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スターゼリーに出会った。 丸くて透明な、こんなビー玉みたいな物体を、自然のなかで発見されたたことはありますか? この物体はスターゼリーと呼ばれているらしく、今回は そんなスターゼリーに遭遇した2月28日分の回となります。じつは本日4月29日、ふたたびスターゼリーが出現したので、参考編としてよろしかったら。 ↓、直射日光の当たらない雨上がりの倉庫の裏手・・・そんな寒々しげに濡れたコンクリーとのうえに散らばる透明な玉。何度か目にしてはいたのだけれど・・スターゼリーなどという物体であることなど露とも知らず、見かけるたびに ● こんなとこに乾燥剤をすてたのは誰 ?とか ● またバランスボールがあるよとか ● ひょっとして芳香剤 ?とか ● カエルか ナメクジ類の卵なのかもとか、自ら そんなふうに軽く断じてた スターゼリー。そんなスターゼリーの 一連の映像が こちらです ↓ 。 ということで、この採取した物体を紙のうえに置いたのちしばらく観察してみることにしたのです。 つづく。 今回の採取した以前に初見したときは まさに小型 のバランスボールだとばかりおもって、ついつい蹴 っちゃったのです。そしたら バラけちゃったので そのときは ついつい あらら芳香剤だったのかな とも思ったんですね。 ちなみに触った感じ それは ふにゅふにゅ。つく づく不思議な物体です。 「夢で終らせない農業起業」「本当は危ない有機野菜」
Apr 29, 2022

宇喜多秀家も、見てていたのかホトトギス。大坂夏の陣のあとに流行ったという、“花のようなる秀頼さまを 鬼のようなる真田がつれて 退きも退いたり加護島へ” という俗謡。それに惹かれての鹿児島県垂水へ。次回の資料として、 2015年10月25日分再掲載です。 ↓『宇喜多秀家も、見てていたのかホトトギス。』錦江湾をはさんで鹿児島市の向かい側にある垂水市。その垂水市の巨大なヘゴシダが自生しているような亜熱帯ともいえる牛根地区の樹林の中で、の ← 3mはありそう まだまだ暑い気候のなか、 元気に開花しているホトドスのお花をみました。ののの ホトトギスのお花の花言葉、それは『秘めた意志』『永遠の若さ』。お花が咲いていたこの場所が、関ヶ原の合戦のあと薩摩に匿われていた 宇喜多秀家の住まわれていた場所であっただけに[なんだか秀家の心情をあらわしているようで]とっても感慨深かったです。の家康の当時の年齢を考えれば、戦に負けたとはいえまだ20代後半であった秀家だけに、心中期するものがあったにちがいない・・・なんてことを勝手に思わずにはおられませんでした。 垂水市側から見た桜島 ↓のの元気の象徴ともいえる、あの錦江湾に浮かぶ活火山である桜島の姿を朝な夕なに見ていれば、だれでもきっとさう思う気がして。 関ヶ原から時代がくだって、大坂夏の陣のあとに流行っ たという、“花のようなる秀頼さまを 鬼のようなる真田 がつれて 退きも退いたり加護島へ” という俗謡。 この謡は、秀家の鹿児島滞在も踏まえての希望的観測だ ったのでしょうね、きっと。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
Apr 26, 2022

ヤケド虫の罠。。掃除などしているときに気づく、一本の草。あれれ、あんなに大きかったっけ・・・などと思いつつ、身体がついつい勝手に動いちゃって抜いたのはいいんだけれど、あとになって 指のあいだなどが腫れてくるなんてことが多々あります。そんな腫れをもたらす一見アリのような、そんな虫被害のおはなしです。[抜いた草の種類がちがうにもかかわらず]昨日もやられちゃったもので昨年分を掲載しつつ おおいに反省中。↓事務所でお祀りしている地主神さまの碑の周りに植えているジャノヒゲ[リュウノヒゲ]のなかから、 花穂のついた草が伸びて着ていたので、 素手だったのだけれど、ついつい反射的に手が伸びて、その草を抜いた まさにそのとき、花穂に触れた右手の そこかしこに感じたにピリリと走った感触。。花穂にアリでもいたのだろうと考えて、いつもどうりのアリ対策として、熱さを感じている部分に ガムテープを貼り付けては剥がすという アリの針を抜く作業を繰り返したのち、水道の水で手首を洗ってアリ被害にあったときの薬を塗布したところその後しばらくして 患部がヤケドでも負ったように腫れてきました。で、一週間経過した本日の右手の様子がこちら。 薬剤を塗り続け、一週間経過してもこんなかんじですからね。35度ちかい気温のなかの、ただでさえ汗ばむ季節のなかであるのに加え、患部のピリビリとし、しかも肌が突っ張るような感触には おおいに閉口させられましたよ。そうですこの症状はアリではなくアオバアリガタハネカクシ通称ヤケド虫[宮崎では毒虫とも]による被害だったのです。アリだとおもって対処[アリ被害はこちら]したのも、回復が遅れた要因でしょうけれど、あの花を抜くとき花のなかにはいなかったと思ったのですけれど、まだ小さい個体がいた・・ということなのでしょうね~。成虫でも6ミリほどの細い体で、網戸をすり抜けて、戸内に侵入し、電灯の明かりを飛び回って、落ちてきて、灯りのしたにいるヒトの 首元やら胸元やらに侵入して刺したり、 戸外の自販機の明かりに集まり、飲料を求めてやってきたヒトの素肌の部分を刺したりすることのおおいアオバアリガタハネカクシが、昼間に ひょっと抜いたお花にいたとは まったく注意不足なことで ありました。 ちなみに そのとき抜いた お花が こちら。 本日も 痒みをかんじるたびにお薬を塗布しているのですが、完治するのには、あと10日ほどはかかりそうです。ということで今回は、 気になる場所に生えていてひょっと抜きたくなる草であっても注意が必要な場合もある・・・というおはなしでした。それにしてものアリガタハネカクシ。ぜんぜんありがたくないのに、この名まえはないだろぉぉぉぉぉ。 ちょっと調べただけでも・・・ やけど虫は、卵・幼虫・蛹・成虫のいずれも「ペデリン」 という有害物質を体内に持っており、人の体に止まった ときに払い落としたりすると、体液が糸のように付着し、 そこが数時間後に発赤し水ぶくれになる。症状はかゆみ を感じた後、やけどしたときのような痛みに変わる。 目に入ると激しい痛みがあり、結膜炎、角膜炎、虹彩炎 を起こす・・などとありますから、夏のいまの時期には とくに注意が必要なようですね。「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
Apr 23, 2022

国民から非難されない政治家になる方法。政治指導者がなにをやっても批判されないようにするはどうすればよいのか。それは独裁国家となり、独裁政治をおこなうことで達成されます。ちなみに一般的な定義によれば・・・ 独裁国家とは独裁政治を敷いている国を指す言葉。また独裁政治とは、一個人や少数者または一党派が、絶対的な政治権力を独占している政治体制を指します。さて、そこでです。現在のところで、いま世界でもっとも有名な独裁国家と独裁者といえば、いったいどの国で、いったい誰になるのだろうと思われますか?と問われたら、やっぱりこの国とこの方になるかと思われます。そう、独裁国家はウクライナ。そして 独裁者となるのは かのゼレンスキー大統領。 上記の定義からいえば そうなります。ゼレンスキー大統領は3月20日、「分裂を目指す政治家のいかなる活動も成功しない」との声明を出し、国内の複数の政党の活動を禁止しました。このため同国最大の野党である「プラットフォーム―生活党」をはじめとする11の政党の活動が一切禁じられてしまいました。これによりウクライナの国会は、実質的に一党独裁状態になり、大統領の独断よって全てが決定されることとなっているのです。もちろん、ご存じのように現在のウクライナは2月24日からはじまったロシア連邦による軍事侵攻の真っただ中の非常事態にある。だから仕方のない措置であったのだ・・といわれれば、それはそうかもしれません。ただ現地から発信されるニュースのなかで、たとえば “国土が焼野原になってしまったじゃないか” とか、“家も財産もすべて灰になってしまったじゃないか” などという、政府の舵取りに抗議するウクライナ国民の声がまったくないといってよいほどに伝えられてこないという事態は、これはこれで問題じゃないかなあとも思えてしまうんですよ。そのような国民から非難されない政治家になる方法を取り上げた米国の番組『タッカー・カールソン・トゥナイト』は こちら。明日は我が身、転ばぬ先のつえ。もし日本が侵略されたら、その間隙をついて、日本がウクライナのような独裁国家にされてしまわないともかぎりません。ということでよろしかったら、ご参考に。 ちなみに 関連の回は こちら と こちら 。 ウクライナのニュースをみるたびに、朝ドラのカムカム エブリバディでの岡山空襲の場面をいつもおもいだして ますよ。そう、安子のお母さんとおばあさんが防空壕で なくなったあの回です。 「夢で終らせない農業起業」 「本当は危ない有機野菜」
Apr 22, 2022

では、バイデンさんは。ゼレンスキーさんが 山姥/やまんばに見えてしまって・・という回[こちら]から10日ほどたちましたが、それではウクライナにまたまた武器を供与すると発表した ジョーバイデンさんは どうなのよ と問われたら、それは やっぱり 職務に忠実なセールスマンというのが言いえて妙な話なのかもしれません。 その理由はこちら。ご参考までに よろしかったら。 上記の話の、そんなウクライナのはなしが こちら。 山姥ばなしでも紹介したマイケル・ムーア監督による、 ゼレンスキーさんの米国議会での演説前の談話のはな し[こちら]と併せて よろしかったら。 「夢で終らせない農業起業」 「本当は危ない有機野菜」
Apr 19, 2022

ミノムシ被害、今年は早め。。枝にじっとしてぶら下がっている・・・といったイメージの強いミノムシ。 ですが そんなミノムシたちを、たとえば動きのよくわかる透明なガラス製の花瓶のなかに放り込んでおくと・・ ものの10分もしないうちに しきりにうごきまわって、なかには瓶の外に逃げていってしまう強者もいるほどの行動をします。そんなミノムシたちですから 食欲も旺盛。 4月のはじめのサツキの新芽が食べられると、↑の写真のような葉が まだらなかんじに食害されてしまいます。 アップすると、こんなかんじ。動きの早い彼らですから、繁殖していた場所のはを食べ尽くすと、当然のことながら葉のあるとなりの枝に移動して、めしゃむしゃむしゃめしゃと、おなじような食害を繰り広げ、しまいには樹が枯れてしまうこともあるのです。 この枯れた部分にいたミノムシがこちら。 ざっと15匹ほど。いつになく寒かった今年、ツツジノグンバイやハダニなどは少なかったのですが、このミノムシの早すぎる繁殖ぶりには驚かされてしまいました[例年は梅雨明けに多いミノムシ被害はこちら]。・・・今年はどうも芽の萌きが遅いなあなどと思われている方がおられましたら、ミノムシがいないかどうか調べられたら良いかも。です。 寒いうちからオルトラン粒剤なども散布し散水もして 発生予防していたつもりなのですが、まんまとミノガし てしまいました。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
Apr 18, 2022

サツキが丸坊主にされるまえに。なんだかサツキの新芽の伸びが悪い部分があるなと思っていたら、例年より早くミノムシが被害の発生です。今回の冬は寒い・・とおもっていただけに意外な展開となりました。ということでとりアえず2018年のミノムシ被害を受けた時分の回の再掲載です。次回のつなぎとして6月の分ではありますが、よろしかったら。 ↓『サツキを丸坊主にした犯人は/2018年6月分』じとじとと小雨が降りつづいた長い梅雨もおわって、ひと月あまり。 晴れ渡った青空のもとで、早朝の涼しいうちに事務所の剪定でもや ろうか・・と、道具をもってお盆前の樹木の伸びを確認していたら 列に植えられているサツキに、葉がなくなって丸坊主になりかかっ ている部分を発見[映像↑の左の映像が被害個所・右は健常部分]。しまった油断した・・・とおもったときには大発生しているあの虫、ミノガの仕業です。 ミノガとは もちろんミノムシ。 葉や枝を食べた残りくずで 幼虫の作る巣が、ワラ製の雨具である蓑/ミノ[こなきじじいが着ているアレです]に 似ているために ミノムシとよばれるようになったのであろうという、あの虫です。 いったいどのくらいいればこんなに丸坊主にされるのだろう と、ためしに被害個所の1本当たりの1センチ以上の大きさのムシ を、ひとつふたつと枝から引き剥がしといったところ、約30匹く らいのミノムシを捕獲しました。 農業用の害虫図鑑をひも解けば、 発生は年1回・梅雨あけに新成虫が現れる とされていますので、6月の中旬以降につぎつぎと孵化した幼虫が2月弱あまりでおおきいものは3センチ強に育ったことになります。そしてこのミノムシ。 特筆すべきは、その防除の厄介さです。なんせ防水性に富んだミノを持つ。たとえ薬剤を散布したとしても安全なミノのなかに逃げ込んしまうのでなかなか薬効がないのです。さらには汎用性な食性も武器ということであり、75種の庭木や樹 木で発生し、ときにはヒマワリなども食害するというからビックリ ですよね。ということで、お庭の手入れが趣味のあなた。 梅雨明けてひと月のいま。お庭の一角に丸坊主になりかかっている株はありませんか。もし存在/したとしたら、対処は いま。充分に生長して被害が広範囲に広がらないいまのうちに、せっせとミノをみつけて捕獲してまいりましょう。ということで今回は、梅雨明けの爽やかなサツキの新緑を丸坊主に した犯人は局所に大量発生するミノムシだった というお話でした。 身の回りにある 手ごろなものでも、ミノを作るミノムシ。 色とりどりの毛糸クズのなかに、蓑をはずしたミノムシを 入れて毛糸のミノを作らせる・・なん遊びも以前は流行って ましたよね。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
Apr 13, 2022

限りなく迫ってくるって怖すぎ。どなたもいちどは聞いたことがあるとはおもいますが、 山に棲む 山姥/やまんば の 話です。 ある牛引きが沢山の干し魚を牛に背負わせ、ひと山を超えて 自分の村へ帰る途中、危険な山姥/やまんばに出会う。 何か食べるものをよこせ、まずはその牛の背中にある魚を食 わせろとじりじり詰め寄ってくる山姥。まずい、ひょっとし たら自分が食われちまうと、命の危険を感じた牛引き。そこ で牛引きは一計を案じ、積み荷の魚を一匹づつ投げて[山姥が 魚を食べている間の]時間を稼ぐことで、なんとか逃げおおせ ることにした。 しかし、そこは山姥。 魚を食べる速度はとてつもなく早く、 魚を投げても魚を投げても、 あっという間に山姥はこれを 平らげ もっとくれ・もっとくれと叫びつつ、どこまでもい つまでも牛と牛引きを追いかけてくる。とうとう積み荷の魚 の残りが一匹となり、そこで山姥は牛引きににやりと笑って 言い放つ。 これを喰ったら、つぎはべこ(牛)かお前か。 どちらかを食わせろと迫ってくる。 牛がいなくなれば、 これからの仕事はできくなる。しかし 命には変えられない。 牛引きは、相棒である牛を見捨てて 一目散に逃げに逃げた。というようなお話。・・・怖い怖すぎる話ですよね。ルックスもでしょうけれど、いつまでも追いかけてくる執念と、尽きることもない山姥の欲というもの、それがまた輪をかけて怖い。そんな山姥の話、この人を見ると連想してしまっちゃって。国民の命と安全、そして財産を守る責任があると思う職についておられながら、すべてを相手の責任として、際限なく武器を欲しがるその姿勢や怖すぎ。 2002年の『ボウリング・フォー・コロンバイン』でアカデミ ー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したマイケル・ムーア 監督による、かの人の米国議会での演説前の談話が こちら。 ムーア監督といえば、レイジアゲンストザマシーンの♪スリープ・ インザ・ファイア、かっこいい~[こちら]。 「夢で終らせない農業起業」 「本当は危ない有機野菜」
Apr 11, 2022

今思い返す、カダフィ大佐の思い出。 2009年11月の過去分です。 「喧嘩は両成敗が定法のはず、松の廊下でもあるまいに」と、一方だけを異常ともいえるほどの英雄視をする海外からのニュースばかり配信される様子を見て思う今日この頃。 当たるとも遠からずかなと思ったこの風刺画も添えて、よろしかったらご参考に。 ⇩ 『ありがとう。アフリカを思う皆様に感謝します』 「砂漠の狂犬」とか、「アラブの暴れん坊」とよばれたこともある、リビアのガタフィ大佐です。 実質的なリビアの元首にして、大佐。 受け取る側のこちらとしても、本名の ムアンマル・ムハンマド・アル=カッザーフィーっていうよりも、 やはり、カダフィ大佐 のほうがしっくりきます。最近のニュースでは、2009年9月の国連での演説で約15分間という予定を無視して1時間36分にわたり安保理批判などを繰り広げたニュースが伝えられたばかりですよね。 そんなカダフィ大佐の実像はどんなものなのか・・・それを知る貴重な機会に恵まれたのは、2009年12月15日。明治大学の駿河台キャンパス・アカデミーホールで開かれたサテライト対話集会のことでした。 「テレビでは横暴なイメージだったが、質問に一生懸命答えようとしていて親近感があった」という学生のコメントがあります。そのコメントに代表されるように、(西側メディアを通じて伝えられている氏のイメージとはうらはらに)非常に真摯な氏の姿勢の一面と人間性を窺い知ることができたのは貴重な体験となりました。本日のブログタイトルである、「今日はありがとう。アフリカの事を大事に思う皆様に感謝します」という冒頭の氏の言葉は、現在はアフリカ連合(AU)議長でもあるという現在の氏の立場と、アフリカの現状を如実に表したものだと感じました。 主催者となった明治大学の集会に関する広報は こちら 。集会を一般公開してくださった明治大学には感謝申しあげます。 12月といえば・・・じつは大量破壊兵器はなかったと、 物議をかもしていたイラクの サダム・フセイン元 大統領の 軍事裁判による刑の執行 から、ちょうど3年。その意味でも、 今回の対話集会は意義深いものととらえずにはおられませ んでした。 「夢で終らせない農業起業」 「本当は危ない有機野菜」
Apr 8, 2022

薩摩の六次化・・ひばかりぢゃわんは二度あつい。前回の寒天工場関連として、六次産業化には熱き心も必要ではないかなという回となります。2007年の回ですが、よろしかったら。 ↓400年前に豊臣秀吉が朝鮮に出兵した時、藩主であった島津義弘によって鹿児島県東市来町美山に連行された朝鮮陶工たちは、義弘の命令で薩摩焼を始めました。そんな陶工たちの心情やいかばかりか。そして彼らのそんな時代の代表作が、この「火計り茶碗」です。 朝鮮から持ってきた陶工と釉薬、陶工の技術で、火だけが日本のものであったことから「火ばかり茶碗」とよばれ、「火計り」の題名になっている。 と、これが「火計り茶碗」の由来。ということで、美山で「火計り茶碗」の実物を目にしたときには、陶工たちの心情や誇りとか心意気といったものに対して、心のなかに熱いものを感じずにはおられませんでした。そしてもうひとつ。当時の陶工たちが創建した、村の北西に檀君を祀る玉山宮(現在の玉山神社)にお参りしようとしたわたしは、お宮さんに通じる急な坂道の参道の途中で、「火計り茶碗」と同じように、いやむしろそれよりも熱いかもしれないもの を発見したのです。・・・・それは お墓。その墓石に彫られていた名前は・・調所広郷。いわゆる笑左衛門のお墓だったのです。そのお墓のある理由ですが・・・『弘化2年(1845年)薩摩藩の実権を握った調所広郷は、美山の窯の新造を支援するとともに専売制度を改革し、住民の生活改善と生産増加を図った。これにより苗代川の薩摩焼は広く全国に知られるようになった。』 ということで、美山の朝鮮陶工たちは、この調所の自分達への厚遇に謝し以て〔お墓も赦されなかったほどの〕彼の供養塔を玉山宮の参道の脇に立てて、感謝していたというのですよ。熱い・あつい話ではありませんか。[いまでこそ市内の天保山に銅像も建てられている調所笑左衛門ですが]調所が刑死し一族が追放された後はお墓さえもなかっただろうと考えてさえいたのに、その彼のお墓を建立していたという美山の方々の心意気は。さすがは「火計り茶碗」を作られた方々のご子孫だな と、感心せずにはおられませんでした。ということで今回は、美山で見たひばかりぢゃわんには、二度にわたってあついものを感じずにはおられなかった。というおはなしでございました[美山に行かれる折には、ぜひ玉山宮にも]。 冬になると朝鮮半島から飛来し、春とともに帰るツル。日本と 故郷の朝鮮を自由に行き来するツルの姿に、望郷の想いをたく した陶工さんたち・・・ということで、ツルを題材とした焼き 物。これも、またいいんですよねぇ。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
Apr 5, 2022

六次化の手本にしたい薩摩藩施設の跡。前回の亀割峠&亀割公園[こちら]の関連として2014年の過去分ですが、よろしかったら。⇩ものづくりを有利に進めるためには、なんといってもその土地の気象条件を考慮し・気象条件を味方にした工場立地をすすめる必要があります。さて、そこで の ● 日中晴天が続き、朝は温度が氷点下以下に下がること ● 雪が 少なく、積らないこと。 ● 風が吹きにくい土地・盆地であること ● きれいな水があること ● 燃料となる薪が多量にあることといった条件を備えた土地で興業する場合、あなたはどんな産業を興してみたいと考えられますか?その答えのひとつとなるかつての工場跡のひとつが こちら 。 人の背丈以上に地面が掘り下げられ、左右に石組が組まれています。 その石組の上には、大釜が設置できるようになっていますよ。 この構造であれば、左右の窯の日の具合が一つの通路だけで管理できるうえに、火が風の影響をうけることがないので、火力の安定も図られたのだなと思えます。そしてこの施設は、薩摩藩の寒天工場跡。のののの 現在でも充分すぎるほど僻遠であるこの地で秘密裏に製造をはじめた調所笑左衛門って、すごすぎ。 この施設群、夏場はなにをしていたのでしょうね。寒天が貴重な時代 であったから、秘密であったから、あえて動かさなかったのかもしれ ませんが・・やはり気になります。さとねりにも使えそうだと おもったのですが、これもまた冬の風物詩。。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
Apr 2, 2022
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