ユーカリの木陰で里の行
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
7月―日本は猛暑続きだと聞くけれど、オーストラリアでは冬休み。うちの子どもたちも先月29日から始まったホリデーを満喫している。例年冬休みは冷た~く湿った曇り空が続くのだけれど、今年はお天気にも恵まれて、自然フットワークも軽く―。今日はモネ展を見に、ビクトリア州立美術館に行ってきた。『Monet’s Garden』フランス印象派の父ともいわれる、クロード・モネの、北フランスにある、彼の庭を描いた作品を中心に集めたエキシビションである。うちの子たちの通うモンテッソーリ・スクールでは、アートの授業のテーマを、ビクトリア州立美術館の展覧会とリンクさせるため、今年、子どもたちはクロード・モネを勉強している。まず授業でじっくり学んだ後に、ビクトリア州立美術館へ遠足に出て、実際の絵画を鑑賞する。と、実物を見たときのカンドーがますます大きくなるというわけで。モンテッソーリ教育では総体的学習を理念の一つに掲げているため、アートの授業も小学校にしては奥が深くて、なかなか面白い。図画工作っていうよりも、ARTの授業って感じで。なにより、1年間じっくりと一つのテーマに取り組むわけだから、かなり詳しく踏み込んで学べる。そのアーティストの人生から、彼が育った社会的背景や時代背景、作品の特徴や、アート史における位置づけ、そして絵画の技術的テクニックなんかまでも教えてくれるのだ。こう書いて思い出したのだけど、数年前に娘と一緒に展覧会に行ったとき、サルバドール・ダリの歪んだ時計の絵を前にして娘が話してくれたエピソード話なんかは面白かった。(ちなみに私的には印象派よりもシュールレアリズムの方が好みデス)。なんでもその日ダリは、妻と友人夫婦とともにランチを食べに出かけたものの、気が進まなくて公園に行っただけで家に戻ると、家で一人、パンにスライスしたチーズをのせてチーズトーストを作って食べたのだそう。そのときオーブンの中で溶けてゆくチーズを見て、なんと、彼はあの有名な歪んだ時計の絵を思いついた!?のだそうで。ほんと~?とあのときは思わず問うてしまったほどインパクトがあったのよ。ダリの、歪んだ時計―強烈なインパクトで見る者の心に訴えかけてくる、あの有名な絵が、よもやチーズトーストからインスピレーションを授かっていたとは…。なにかこうもっと深淵にしてシュールな意味が込められていたのかと…。あの神秘的で幻想的な絵と、スライスチーズという極めて具体的なそれが結びつかなかったもので。話が逸れてしまったけど、そんな楽しい授業の話は、アート大好きな娘から時々聞いていた。それが今年、下の子のアートクラスをたま~に手伝いに行くようになって、私もじかに体験する機会に恵まれたのだった。美術室の壁いっぱいに、モネの作品や、モネが影響を受けたという浮世絵作品の数々が貼られていて、その環境づくりに、まず感心した。加えて、モネの年表や当時のフランス社会を窺わせる写真まで。今年はこのアーティストを勉強するんだゾ!という意気込みが感じられた。子どもたちは美術室に足を一歩踏み入れるや自然にモネの世界に入り込める、というワケで。その教室でJ先生はモネの作品について語っていたのだけれど、小学校1~3年生にあたるサイクル2の子どもたち相手に、こちらが感心してしまうほどの熱心さだった。細々としたエピソードまで交えて話してくれるので、大人でも面白く、つい手伝いに来たことも忘れて引き込まれてしまった。モネは、自らが絵を描くために作りあげた庭をこよなく愛し、その庭ばかりを二十年も描き続けた画家なのだそうで。J先生は、モネがこだわった風景の中の光と影が彼の作品の中でどのように描かれているか、遠近法をどのように効果的に使っているか、ということなんかを作品を見せながら生徒たちに感じ取り、考えてもらおうと質問していた。モネが浮世絵から影響を受けたことは知られているけれど、モネの作品と、その作品に影響を与えたという浮世絵を生徒たちの前に並べて掲示し、気づいた共通点や違いついて尋ねてらした。子どもたちは彼らなりの見解を話してくれるのだけれど、思いのほか鋭い洞察力にあふれた意見もあったりして、面白かった。それ以上に先生の、質問に関することならばどんな意見も尊重するという姿勢も良かった。それから子どもたちは制作に入っていった。巨匠が編んだテクニックを使って、今度は自らの世界を創作するのだ。子どもたちは学んだばかりのテクニックを、今度は自らの作品で表現するのが楽しいみたいだった。アートの授業は休憩なく2時間なので、小学校低学年の子どもたちには長いと思うのだけど、思いのほか集中して授業に臨んでいた。子どもらしいのびのびとした作品が、それぞれの個性で仕上がってゆくのを傍らで見るのは楽しいものだ。授業の後J先生に、多面的なアートの授業に感心したと話したら、子どもたちの能力は大人が思っている以上にすごいから、与えれば与えるほど伸びてゆくのだとおっしゃっていた。実際、1年生のムゥがどれくらい理解しているのかは怪しいものだけど、息子も娘同様、今年初めてアートの授業を受けるや大好きになったのだった。アートのある木曜日が学校で一番好きな曜日なんだそうで。モネ展でも、二人はダディンと私の専用ミニ・ガイドとなって説明してくれた。同じ場所の風景が、昼と夜なんて時間の違いや季節の違いでいかに違った風景になってくるか、モネが魅了された光と影について、とか。それを表現するために造った庭にかけた情熱とか。モネは50歳になって社会的にも認められ、経済的余裕もでき、長年の夢だった庭を、絵のために造ろうと決意したのだそうだ。そうして、2番目の妻を失い、目の疾患にかかり、色がちゃんと見えなくなってしまった晩年のモネが、絶望のなか一度は絵を描くのを止めてしまったことや、そのとき何枚も自らの作品を燃やしてしまったこと、とか。作品の前に立って、娘のひそひそ声に耳を傾けていた。するとその一枚、一枚が風景画を超え、モネという一人の人間の思いがこちらに向かって解き放たれたかのように、心に迫ってくる。色と光を愛してやまなかった画家が、色彩を失ってしまう―。記憶の世界から描いても、心のなかのイメージを描いても、筆をおいたその絵具の色さえわからないのだ。それでも、結局は描き続けたモネ―。モネの心情に思いを馳せるほど、彼が見えなくなってから描いたという絵画がますます鮮やかに強烈に、心に迫って来た。帰り際、ママにどうしても見せたいものがあるからと息子に袖を引っ張られた。ムーお気に入りの絵を見せたいのかナと思ったら、それは、晩年モネがかけなければならなかったという分厚い丸眼鏡だった。いかにも重たくて見にくそうな、そのレトロなメガネは、切なく重く心に圧し掛かってきた。私はアートよりも物語に魅了されてしまうタイプなので、風景画の向こうにひそんだドラマを聞くほど、心が打たれる。一枚の絵を見るだけで心に訴えるものはあるけれど、やはりそれが描かれた作品のバックグラウンドを知るほど、ますます深みをもって迫ってくるものがある。それを幼い心に教えてくるJ先生の存在は大きいな~と今回、改めて感謝した。これを書いている今は8月も半ばを過ぎてしまったのだけれど、今、子どもたちは、モネが影響を受けたという浮世絵を学びながら浮世絵の制作をしているのだそうだ。昨夜は、J先生に頼まれたからと娘が子どもたちの作品のタイトルを日本語に訳しては、「火山」とか「雪山」とか訳したそれを一枚一枚、筆ペンで丁寧に記していた。全校生徒の日本語タイトルを書いてあげるのだそうで、小さな学校とはいえ、かなりの数である。それでも娘にとっては、思いもよらず日本の文化が学校で取り上げられたことや自分の日本語が役に立つのが嬉しいらしい。『モネの庭』、いつかフランスに行く機会があったら、Givernyにあるというモネの庭を一度、訪ねてみたいものです。
2013.07.13
コメント(0)