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胃ガンで、卵巣と腹膜と肺に転移している妹が留学先から帰ってきて2ヶ月目を迎えようとしている。見た目物凄く元気なのだが「本当は痛いのを我慢しているのではないか」「つらいのでないか」と、なるべく実家に立ち寄るようにして見守っているが本当に元気なようで、先日は庭の木を植木鋏で切って 手入れをし、近所の人を驚かせていた。本人は働きたくてしょうがないようだ。ここは田舎だしロンドン生活が長い妹は退屈しているに違い無い。最近は、抗癌剤の副作用で具合が悪くなる事も無く 肺へ転移していた癌は小さくなりレントゲンでの影が一部消えたそうで、良い方向へ向かっていっているという事実がますます彼女をパワーアップさせたみたい。そして極め付けは主治医のの「気分転換に週2回ぐらいだったらバイトしてもいい」という言葉。これには驚いた。本人はがぜんやる気である。私はそれでもまだ心配なので 急に具合が悪くなったときすぐいける範囲でバイトして欲しいと思ったり、二人が興味をもっているリフレクソロジー関連のバイトをすすめて早い時間に一緒にやろうかと思ったり。しかしすぐではなさそうだ。なぜなら今日から薬の量が増えるから、様子をみなければならない。その後調子がよさそうであれば、私も仕事や演奏活動を増やしたいが、今の時点では6~7月はあまり多くいれないで用心して様子をみた方が良いのでは無いかと思う。私の仕事は実際の労働時間よりも打ち合わせや移動や準備や練習におわれることのほうがおおく詰めて入れると身動きがとれなくなるからだ。しかし生活とのバランスもあるし、今後の事は良く考えなければいけない。さっき起きてきた様子を見ると元気そうだった。今日も家事手伝いや家族のマッサージをして元気に過ごすんだろうな。このまますべての癌細胞が小さくなってほしいと願うばかりである。
May 30, 2006
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教室を開設した後、何度か広告を出した。地元のフリーペーパー、経営者向けの雑誌。しかし、思ったほど効果はなく、ほかの広告会社の営業を呼び寄せるばかりである。駅やおみせにおいてあるそれは、きっと飲食店向けなのだと感じた。それで、今年の夏はお稽古専門の雑誌に依頼した。まず、担当者に教室の写真と案内の記事を書いてもらい、数日たって別のフリーライターとカメラマンが巻頭ページの特集の記事を書くために来訪した。取材を受けるのは大人の生徒のKさん。お稽古事を楽しむ彼女の休日という設定だ。カメラマンから「今日は、女優になってください。」といわれていた。Kさんは色が白く清楚でやさしげな雰囲気。ピアノを弾く女性、という感じ。教室のイメージにぴったり。レッスン風景では私も参加したがあとはKさんがソファーに座って楽譜を眺めていたり一人で弾いている写真を撮影。ライターさんもカメラマンも魅力的でこちらの話を引き出すのが上手い。ついつい口数が多くなる。Kさんは教室の、いえ、私の指導法がいかにほかの教室と違うのか、ということを一生懸命訴えてくれた。楽譜どおりだけでなく自分自身の人生と向き合い、表現すること。引き出しを増やすこと。その表現するための手段として、コードやリズムパターンを理解すること。普段なかなかできないアンサンブルの経験がここでは、できるということ。そういう風に感じてくれていたんだ、と感動した。きっと、それをライターさんがうまくまとめてくれて、読者に伝わり、「こういうところだったら習ってみたいなあ」って思ってくれるよね。ケイコとマナブ九州版8月号は7月4日発売です。
May 27, 2006
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今月は休みの日はイベントが入ることが多く、リラックスできて楽しく過ごせたお休みは先週半ばのみ、後はライブやリハに追われていた。そして今週は休みがなく私の心身は疲れていたので、夕方しか仕事がない今日は休みではないが、プチホリデーとし、移動をする17時までは仕事=音楽のことは忘れてとにかくゆったり過ごそうときめ実家に泊まった。ここは療養するのには本当に良い場所。疲れたときはここにくるに限る。妹とこんど私が帰ってきたたら背中のクレンジングとオイルマッサージをお互い施そうと、約束していたのでかなり期待をしていた。そしてその約束どおり顔と背中のマッサージをしてくれた。私はお返しに背中と、足をしてあげた。レイカはロンドン留学中の手紙や電話、メールでは伝え切れなかった8年分の、(一部とは思うが)思いを吐き出すようにしゃべり続けた。学校のこと、バイトのこと。そして私の教室が上手くいくよう様々なアイデアを次から次に提案。8年間取ることができなかったコミュニケーションを一気にとってるようだ。私もしゃべるうちに鬱積したものが少しずつ浄化していくようだった。そうしている間に下の妹のE子も遊びに来ることになり、二人で迎えに行った。甥のセイイチローはレイカが大好き。満面の笑みで搭乗していたがE子もレイカも銀行などにいくために車を降りるととたんに不安げな、悲しそうな顔をした。泣きはしなかったが二人が戻ってくる間ずっとその顔だった。私のこと嫌いなのかしら。しかし前はすぐ泣いて後追いしていたから、断乳後成長したのだろう。昼食はレイカがつくり皆で仲良く食事。食後は自分の体調が悪くてもセイイチローと懸命に遊ぶレイカ。私もしばらく一緒に遊んでいたが午後3時半になると朝型体質の私はいつものようにねじがきれぴたりと活動が止まってしまう。どのくらい寝ただろうか。結構な時間だった。夕方の仕事に間に合わなくなる。急いで支度をしていると妹たちも全員気持ちよさそうに5月の風に吹かれて眠っていた。言葉をかけることもなく仕事場に向かい、その後自宅に戻ったが E子はそのまま実家に泊まったらしい。私ももう一日いればよかったかな。レイカは肺に転移していた癌細胞が小さくなりいくつか消えているらしい。きっと実家での療養や友達の温かい励ましや薬、彼女の友人たちがかってくれた健康食品が効いているのだろう。このまま良い方向に向かっていきそうだ。それがわかっただけでも、私の疲れた心はパワーを取り戻したのである。
May 24, 2006
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それは、都会の裏通りにある地下のお店。入り口は一見すると昭和の喫茶店。階段をおりるとものすごい数のフィギア、拳銃(本物ではない)キャップ、ウルトラマンのお面やウルトラマンの女性隊員のポスターや身分証明書、ルパンやゴルゴの人形、ミニカーが所狭しと並んでいた。ここは、マニアの店?大阪でこんな雑貨屋さん見たことあるぞ。私、つまずいて棚からすべてのフィギアが落ちて店主さんが青くなってたっけ。レコードやレーザーディスク、楽譜、ギターも民族楽器も多くあり、マスターも独特な雰囲気。ここで、ピアノトリオのライブを行うのだ。そのお店は宮崎駿氏をはじめ多くの著名人が来店されているらしい。私達は早速ライブのためのステージングをはじめたが、膨大な数のマニアックなおもちゃたちをどうすればいいのかわからなかった。ベースのKさんが勝手にぽいぽいと人形やお面を隅におき始めるとマスターから「ちょっと、それは貴重品なんだからさわらないで!!ぼくにきいて!!」と怒られた。独特の世界だが、この店のファンはものすごく多くて、21時になるとあっという間に満員。そして皆真剣に私達の演奏に耳をかたむけてくれた。Kさんは、ギャグで「クールストラッティン」のベースソロの一部にゲゲゲの鬼太郎のフレーズを入れるつもりが、その状態をみて、入れられなくなってしまう。今日のドラムのTさんはライブハウスやセッションを多く経験されている方で、お互いの呼吸を読み、キメや ブレイク、起承転結、メリハリをつけることができ 大変楽しかった。本番ではありったけのアドリブの引き出しとエネルギーを費やすことができたと思う。ラストににマスターのリクエストのジャズロック、The In Croudを弾いた。初めて取り組む曲だしピアノトリオとしてはは3年ぶりなので盛り上がるかどうかちょっと不安だった。しかしこの3年のさまざまな経験で、3年前とはたしかに何かが変わった気がする。昨日は本当にいい経験だった。ちょっとバー木馬のマスター、ベースのKさん ドラムのTさんご来店くださったお客様、ありがとうございました。帰りは12時すぎていた。最近はライブで使うエネルギー消費量が多く、この時間はかなり疲れ、遅い夕食を食べながら私はふらふら。すぐ寝たが、今日も仕事で、夜は別のビッグバンドの練習だ。好きなことができる環境に感謝だ。
May 21, 2006
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ミュージックスクールのオーナーになり半年が経過した。それまではフリーで出張レッスンと貸し教室で指導を行ったり演奏の依頼を引き受けていた。そのスタイルを半分残しつつ以前勤めていた教室の業務を引き継ぎ、所属講師と生徒を引き受け、楽器や備品を前オーナーから買取り、新たな名前と物件で、私の小さな「学校」はスタートした。案ずるより生むが安しとは、よく言ったもので、大きな利益はないにしろかろうじて運営は順調である。フリーのころは、自分対生徒や保護者、カルチャースクールや教室オーナー、音楽事務所との関係をそだてていたが、教室を持ってからは、営業の方と話をすることが増えた。広告会社、情報誌。楽器店、ホームページ作成会社、その他。独立した人が社長自ら売り込みに来ることもある。その方々が電話でどんな反応をするのか。約束した時間のどれぐらい前に来るとか、どういった話術を使って売り込んでくるか。服装はどうなのか。さまざまな要素を見ていると実に役にたつ。フィニシングスクールに通い 知識やマナーを学びスキルアップにつなげることを検討していたがそういった実際の第一線で活躍する人たちからアイデアを盗むのもひとつの方法である。スクールの反映は、5年、10年はかかることを覚悟している。その間を決して無駄にすることなく実のあるすごし方をしていきたいものである。
May 17, 2006
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昨日は九州ブルースフェスティバルだった。私達「The Bed Lulu Lay」は、ボーカル&ギター、ギター、ベース、キーボードの4人編成である。ドラムがほしいけど、なかなか見つからないのだ。それでも、昨日はファンキーなアレンジで、スティービーワンダーの「迷信」など系6曲を演奏。これはブルース??と思うのもあるが、ほかのバンドを見ていると、ハードロックに近いもの、日本語で丁寧に歌っているもの、バッキングはレゲエや、ボサノバだが歌いまわしやコード進行は確かにブルースだったり、定義はさまざまである。妹はハードロックのニュアンスがあるものに反応し、母は日本語で歌うものに聞き入っていた。出演後は、フェスティバルなのでたこ焼きや焼き鳥を食べながら楽しんだ。私はぎっくり腰だったが何とかスタンディングで、リズムをとりながら演奏できた。仕事でははクラシックを弾くときもあればジャズを弾くときもあり、それとは違うロックな自分を永い眠りから呼び覚まし、ハモンド風オルガン?の音色でアドリブを弾いた。今後はもっと、音色にこだわったり、リズムトレーニングを徹底したり、感性を磨いて自分の演奏を追及していきたいと思う。もうひとりの妹は、2歳の子供をつれてきていて、断乳という一大イベントの話をしてくれた。非常に興味深かったし、感動した。そして子供をもったらとても今のような活動も精神の追及も訓練もできないだろうが、もう高年齢出産もいいところだろうし、私はずっと独身で、このまま生まないのだろうかと考え出すと非常にくねくねと曲がった暗い迷路に陥ってしまうので、それ以上考えるのは、今日はもうやめた。
May 14, 2006
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最近は、実家で足裏マッサージが流行っていて、帰る度に妹が母や祖母、わたしを癒してくれる。妹は病人なので甘えてはいけないのだが本人も楽しそうだしつい、身を委ねてしまう。そして、私もお返しで、蒸しタオルで足をあたため、サロンで受けた方法と本で得た知識を駆使して施すと、非常に喜んでくれる。だからこのところよく実家に帰っている。昨日は、ぎっくり腰になり激痛が走った。前日にバンドで2時間立ってキーボードを練習したから腰に負担がかかったのだろう。年が年だしな。土曜は、九州ブルースフェスティバルに出演し激しく演奏する予定なのでそれまでには治さなければ。なんとか運転はできるが日常生活に影響を及ぼしている。でも、妹がリフレクソロジープラス腰をマッサージしてくれたので、今朝は少し調子が良い。午前中は今度は私が妹にリフレを施術すると約束している。もっと詳しく勉強して行えば妹の細胞も活性化され、身体の状態も良くなるかな。
May 11, 2006
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もともと早起き体質だけど、今日は4時におきた。血液の循環がよく興奮状態なのは、昨日、妹が英国式リフレクソロジーを施してくれたからである。最近実家に帰るとかならず顔や足をマッサージしてくれるので、昨日は私も、初めて彼女にタイ式つぼマッサージを施行。(昔肩こりがひどくこの手の本をかなり読んでちょっとくわしい)足裏の真ん中と下を押さえると痛がる妹。癌が胃と卵巣に転移しているからだろうか。やはり内臓と足裏は関係があるのだ。私が実家を出る頃は、妹は母に施行していた。病人なのに本当に、よくやってくれる。じっとしていると不安になるからだと、言う。妹や母は、7時半ごろ起き「早起きだと」いっているが私にはかなわないだろう。(自慢)今日は起きてすぐ、顔のパックと、マッサージをした。そしてブログを書き その後の予定は仕事用の書類を作成、教室の経理、散歩、食事、もう一人の妹(せいちゃんママ)の家に寄り、教室へ。指導の後はそこから峠を越えてちょっと遠い町へ行きバンドの練習だ。多分22時ぐらいには眠くなるだろう。早起きの話しをするとなぜか、笑われるが、仕事の書類やプランは朝するに、限る。事業主仲間も、「早起きは大成する」といっているし。去年は5月病がひどく、なかなか起きれなかった(といっても8時ぐらい)が今年は妹のパワーに触発されて、前向きなので大丈夫である。さ、今日も一日がんばろう。
May 7, 2006
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藤の花が咲き誇る、爽やかな、季節。母と妹たち、そして甥を乗せ、八女郡黒木町へと出発。行きは山道をドライブ。星の村経由で、黒木町へ。星野村では、お茶の農家の直売店へ寄った。こちらは、若いご主人がお茶を入れてくださり、私たちの「なぜ、5月1日と2日のお茶が500円も差額があるのか。」「こちらのお茶は無農薬では、ないのか。」といった無粋な質問にも丁寧に答えてくださった。そのご主人のいれてくださったお茶がほんのり甘くて、まろやかで、とっても美味しかった。自分たちが、愛情をこめて育てたお茶を、また愛情こめて丁寧にいれるのである。お茶の葉への愛情と自信を、その一杯のお茶から感じ取った。その直売所によって良かったと思ったし、妹も母もうれしそうにしていた。お茶請けの手作りのよもぎ餅も、またおいしかったのだ。私は、その5月2日摘んだというお値段が良い「八十八夜」の新茶を買い、母の日のプレゼントにした。もちろん自分も飲もういう魂胆だ。でも、ご主人が心をこめていれたお茶には、かなわないだろう。私たちはその後藤棚に無事、到着。藤の香りと美しさを堪能する。今日は抗がん剤を飲み副作用で具合が悪いはずのレイカは「さっきのお茶を飲んですっかり気分が良くなった。」とつぶやいた。彼女は藤に合わせたらしく、薄紫のシフォンのブラウスを着ており、風にふかれて、藤に同化し今日はなんだか 繊細ではかなくて、頼りなげに見えた。私たちは、しばらく、その香りと薄紫の藤の色彩に包まれ、ゆったりとした時間を、過ごしたのである。
May 3, 2006
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