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本日はバイオリン、チェロの方々が、クラシックのコンサートのリハでわがスタジオを利用してくださった。高貴な雰囲気の方々、ちょっと緊張。練習中防音室のすぐとなりは、少し音が漏れるので、しばらく聴いていた。名曲の数々。練習といっても、ほぼ完成されているようで、CDを聞いてるみたいで、うっとり。ピアノの方は二人いて、ひとりは高校の音楽コースの同級生だ。ほかの方の練習中に、彼女とお互いの演奏活動について近況を報告しあった。Iちゃんは家庭の主婦で、1児の母でもあるが、クラシックを中心にホールや、コンサートなど県や市からの依頼で演奏活動を行っている。ほかに指導や、コンクール審査員などもやっている。Iちゃんとはたまに、会う機会があり、いつも活動状況を聞いては、感心し、自分に「がんばろう。」と、叱咤激励する。似て異なる私達の活動。彼女も、私のブルースバンドの話を聞き、歌詞に区切り線やコードをつけた楽譜というよりも「表」を見て、「どうやって弾くの?」といっていた。彼女や、そのころの同級生の子供はチェロやピアノを習わせていて、日々の練習や、厳しさやフォローのことなど、いろいろな話をしてくれた。そして、音楽って、(特にチェロなど弦楽器は)精神的にも経済的にもゆとりがないとかなりのレベルまで続けていくことは不可能だねと、いっていた。なるほど、この優雅な音色はそういった環境に基づき生まれてくるものなのだな。しかし、ゆとりがある人もそうでないひとも、音楽を楽しむ方法はそれぞれ。自分にあった方法で、演奏の場をつくればいい。私も、生まれてからずっとなにかと音楽環境に恵まれている人対して羨望と自分の現実の葛藤にさいなまれている。だがなんだかんだいって自分は自分の道を歩いている。インプロビゼーション。イメージをリズムとメロディーとコードから連想して、ヘッドアレンジで表現する。ピアノをならっているからといって即皆がみなそれができるわけではない。まだまだだが、それを追求できる環境にいること、(独身で時間をコントロールできる、自由に練習できるスタジオを手に入れている)を自覚し、ないものねだりはもうやめなければ、いけない。
June 28, 2006
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グランドピアノがある貸しスタジオってあまり無い。あってもけっこう高かったり、レッスン利用不可だったり。公共の音楽室は借りる人数が決まっていたり定期的に借りなければいけなかったり、しかもグランドはホールで無ければかりられない。楽器店だと、夕方のそこのレッスンが入っている時は借りられない。それで、テナントに防音室を入れて教室を営業する事になった時に、「ピアノを思う存分家で弾けない人や、デュオのリハーサル、コンクールの朝のために、この教室をスタジオとして利用できるようにしよう」と、思った。レッスンは、何度も広告を出したが スタジオは今のところ口コミ。それでもいろいろなかたが利用して下さった。ピアノ講師。レッスン生。ベースとボーカル。コンクール出場者。声楽家。聖歌隊。昨日はフルートとボーカル。今週はチェロ。バイオリン。来週はサックスとピアノ。(予定)スペースの関係上ドラムがおけないのとギターやベースを演奏するには狭いのでロック系はだめなのだが まだロックバンドからの問い合わせは無い。昨日、受付嬢は妹レイカに頼んだ。病気で療養中だが、最近は調子が良く週末に友人宅に滞在し天神や博多のバイトを入れている彼女は快く引き受けてくれた。私はその時間は別の場所でレッスンだったからだ。彼女は来週より防音室外の他目的スペースで、英語のレッスンを行う事になっている。彼女はいろいろな生き甲斐をみつけ、いきいきしている。このまま病気に打ち勝っていくといっている。私も彼女のパワーにまけないようにこの梅雨を乗り切っていこう。教室のホームページhttp://www.k4.dion.ne.jp/~an.music
June 25, 2006
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昨日のレッスンは、どちらとも高学年の女の子で、ひとりは、昨日でレッスンをやめるということだった。お母さんいわく「先生のことが大好きで、ここまで続けられたと思う、でも練習と、楽譜を読むことがどうしても好きじゃないらしい」。それでも、6年はがんばってきた。最初の5年ぐらいは 曲もそう難しくなく歌やリズム、お絵かきの感覚の音符書きで「楽しい」と感じてピアノに向かうのだが、だんだんと曲が高度になり練習の必要性がでてきて、こどものなかに葛藤が生まれる。そんななかで、達成感、努力して得る喜びを経験し、「練習したら上手になって ほめられて、こんなに楽しいんだ」と、感じなければピアノに向かうことは苦痛以外の何者でもない。今まで「素質」はあるのに練習の習慣が苦痛でやめた子が何人もいる。そのたびにすごく残念に思う。「練習練習」と、いったとしても、結局は本人が必要と思ってやらなければ、続かないのだ。しかし現在の大人の生徒の大半はそんな小学校高学年あたりで、やめてもう一度やりたいと再開されたかたがただ。帰り際、お互いプレゼントを交換し合った。彼女は小さい頃から私の靴や服やバッグについてコメントをいう子だったが、このプレゼントも母親に、「先生こんなデザイン好きだよね。」と、言って選んでくれたらしい。うん、さすが!!昨日もそんな服着てました。チョットさびしいけど彼女が、音楽自体は嫌いにならずにこれからも何らかの形で触れることがあればいいと思う。その次にも同じ学年のこの出張レッスンに行ったが、この子はまだ習って2年めなのに非常に進むのが早い。というのも、かなり練習しているようなのだ。今、彼女の希望の曲、ベートーベンの悲愴第3楽章をやっている。レッスン後、私は別室の母親のいる場所に行ったが、その間もずっとくりかえしくりかえし、上手くひけない4小説だけを弾いていた。30分後、帰るときもまだ同じところを弾いていた。この子の場合は親や私が練習のことをいわずとも自分の判断でで行っていることのようだ。まだ2年目なので、テクニックが曲に追いついていないのだが彼女はこの曲がひけるようになりたいという一心で必死で取り組んでいる。だから指のトレーニングなどは、必要性を説明して、今後取り入れていく。いろんな生徒がいる。一様にはいかないが、その中で、わたし自身がいつも何かを掴み取り学んでゆく。
June 23, 2006
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先日、闘病中の妹の激励会が行われた。東京、大分、福岡、各地から妹のために時間を作っていただきありがとうございました。たくさんの友人に囲まれてレイカはとても幸せそう。きっと癌を克服して、元気になるのだと、私たちは信じてサポートしていきます。しかし友人の多いこと、多いこと。どんなに多忙でも友達と過ごす時間を大事にしてきたんだろうな。私は限られた時間を仕事と音楽に費やしているため今はほとんど夜遊びしないしまめに連絡取らないので友達と呼べる人はかなり少数。この10年間自分のやりたいことのために目に見えない大切なものをどこかに置いてきちゃったのかなあと思うときがある。(それも覚悟で、はじめたんだけど)得たことも多いけどね。レイカは実家にいるのにもそろそろ飽きてきたようで、実家と友人宅を半々で滞在する方向でスケジュールを組んでいるそうだ。私も週初めは福岡市内から実家近辺に戻り週中は福岡と久留米の中間週末は福岡市の教室そして実家近辺の仕事という行ったりきたりのスケジュールなのでレイカが移動するときに車に乗っていけてちょうどいいみたいだ。すこぶる元気だけどやはり心配は消えない。奔放な妹を着かず離れず見守る姉なのよ。
June 20, 2006
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妹の胃がんが発覚して3ヶ月。私たちの心配をよそに、どんどんパワーアップしていき、働く気力を持ち、3社の派遣会社へ登録したレイカ。ロンドンでも、8年間語学や音楽、ダンスを学びながらハウスキーパーや映像の仕事や、クラブのママをしながら華やかな生活をしていたんだもの、実家で、じっとしているわけがない。何か役に立ちたいと、常に動いていて、私が実家にいったときも料理を作ってくれたりアクセサリーのパーツを直してくれたり。そんなレイカが、今日は家に泊まりにくる。今日から私の生徒の母親に英語を指導するのだ。ふたりでそこにおじゃまし、同じ時間にそれぞれのレッスン。その母親はジャズボーカルをしているから、レパートリーの歌詞を教材にするようだ。生徒も、がんばるお母さんを見たら何かしら影響を受けるかも。レイカはその後私の家で過ごし、家事を手伝ってくれる予定。生徒の母は高校時代、私たちとバンドを組んでいた。今は派遣会社の社長だ。彼女もパワフルで、努力家。前向きな彼女たちと過ごすことで何か影響を受けそうだ。最近の私は内向的な面が強く、迷ったり進んだり立ち止まって、また進んで、振り返って、という状態。ひとに相談はしてないんだけど。受身で、開拓力がたりない、とも思う。まわりは積極的な友人が多いが、自分にないものを求めているのか。それとも実は私も似たところがあるのか。とにかく今日はレッスン後楽しんできます。
June 15, 2006
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このところ、妹はとても調子がよいようだ。抗がん剤の副作用もない様だし、特に「働いても大丈夫」と、言われた後、ますます元気になったように思う。会話も、「週末は天神でバイトしたい」「フラメンコをしたい」と、常に前向き。そして先日とうとう5時間程度のアルバイトをした。そこで、自信をつけたのか、「ほかにも登録する」と派遣会社の面接の向かって準備しだした。そのほかにも、英語の指導をはじめるとか、私とタイアップして英語リトミックをしよう!と、いって盛り上がった。おしゃれもいつも手を抜かず、何度も着替えては「これ、どう?」「こっちかわいくない?」と、聞いてくる。そのあたりは昔のままだ。そんなレイカが、100均でかったアクセサリー製作用の器具やパーツを使って、アクセサリーをリサイクルしたのが下の写真だ。このほかにイヤリングをピアスにかえてくれた。器用で、マメなのは昔から。昨日は、天神へ遊びにいくということで、私は仕事終了後実家から私の住む町の駅まで送った。リサイクルしたブレスレットをつけておしゃれしたレイカはなんだかアゲハチョウのようだ。つかまえていても、ひらひらと飛んでいってしまう。「行ってきます。」改札口へ向かう階段を登りながらふとふりかえり 彼女は、笑った。
June 11, 2006
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今朝、NHKの番組に日本人の舞踏家が出演していた。70歳。現役。あのオレンジの髪の毛と乙女チックな服装はいただけないが、生き方には感銘を受けた。そしてなんといっても舞踏が、すばらしい。何年か前も特集を組まれていて、そのときは僧侶のお経をBGMに狂ったように踊っている姿がショッキングだったが、それ以上に 今回の演歌(石川さゆり?)をBGMにフラメンコを踊る姿も、独特で、良かった。ジャズピアニストの秋吉敏子にしてもデザイナーの森英恵もそうだが、外国で活躍していくにしたがってどうしても越えることのできない人種の壁。日本人の血。それを、年を重ねるにしたがって素直に受け入れ、それまでの経験と融合させて自分なりに消化させていくようになるのだろう。その番組を見た後繰り返しフラメンコギターのCDを聴いた。その舞踏家は40歳からジョギング、50歳から油絵を始めている。「私は、自分を若くて綺麗だと思っている。今しか見ていない。後ろも先も考えない。」と、おっしゃった。その姿は燐として、独特の光を放っていた。やはり、何かに信念を持ってやり続け、達成感と挫折を知っていて自信がある人は素敵。今日は、その番組からものすごいエネルギーとパワーをもらったのだ。
June 9, 2006
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自宅療養2ヶ月目の妹。胃ガン第4期とは思えない程元気で、前向き。昨日は、100均から、工具やパーツを買ってきてアクセサリーのリサイクルをし、数々のがらくた(失礼!)を、蘇らせた。ミシンをあやつり古着をリサイクル。はけなくなっていたパンツを、リニューアル。田舎で有り余る時間をフルに活用し、精神を活性化させている。「驚くべき速さで完治し、その体験談を出版して印税生活!イヒヒヒヒ....」といっている。昨日は私は実家の近くで仕事だったので泊まったが、趣味で異常な早起きをしているので22時には眠くてふらふらしていた。すると、足の裏をマッサージしてくれたので、寝ぼけながら「レイカちゃんは、なんて優しいコなの」と、思っていたら思いっきりツボを押してくれて、起こされた。最近主治医から「週2回は働いても大丈夫」といわれたため華やかな仕事を望むレイカは、共通の友人の経営する派遣会社を紹介してほしかったらしい。それでミント0503さんに電話をし、レイカはそこで2時間程度のパーコンのバイトをすることになった。ミントさんは病気の事も妹の性格も良く知っているから、きっと適した仕事を紹介してくれるだろう。今日、事務所に登録しにいくんだって。がんばってね。
June 6, 2006
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先日わが妹たちがリーフレット制作のためマイスクールへ来校。妹E子(通称セイちゃんママ)はデザイナー&カメラマン。Y子(通称レイカ)は、モデルとして、スクールを応援しにきてくれた。ここ、中央区、大名という地域はかなりの数のボーカル&ピアノスクールがあるため、内容はもちろん広告にも力を入れなければ、押しつぶされてしまいそうだ。時々くじけそうになる私を無言で励ます、妹たち。(いや、くじけてることは気づいてないかも)撮影中「おいしい水」「ローズ」などを演奏。「歌詞を忘れた」といいつつもリズムをとってたのしそうに歌うレイカ。その姿はとても第4期がん患者とは、思えない。この日は、レイカの友達のよう子さんと子供たち、甥のセイイチロウも来校。撮影が終わると皆でエスニックバーにご飯を食べに行きナシゴレンやブリトーを堪能。BGMのレゲエが開放的な気分にさせてくれる。毎年5月病明けはレゲエばかり聴くようになるが今年もそのようだ。(でもブルースやジャズも聴かなきゃね。夏にライブがあるから)途中私はまたレッスンしに教室へ行き、終了後またその店へ帰ってきた。さらに満足しその後解散し、レイカと駅へ。彼女は特急で実家へ、私は急行で自分の家へ。体調が良くなってきたレイカは時々は福岡市へ来たいようだ。An.Music の リーフレットは私たち3姉妹の、思い出の作品になり、末永く使用したいしいつかレイカが完治して「このときは癌だったけど乗り越えたのよ!!」と、それをみながらロンドンの友人たちに熱く語ってほしい。だからすごく期待している。せいちゃんママ、素敵なデザインをよろしく、頼んだよ!!
June 4, 2006
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小学校高学年の頃から、5月になると私の心は低迷する。最初は理由がわからなかった。人に相談したこともなかったし、気づかれたこともなかった。今思えばホルモンの関係かもしれない。とにかく、爽やかな季節とは裏腹に、心の中の森へ入り、1~3ヶ月さまようことになる。しかしこれはいわゆる「うつ」ほどではないのか、ちょっとしたきっかけですぐ迷い道から戻ってこれるようだ。5月病ってやつかな。誰しも外交的な面と内向的な面があり私もまた突然外交的になったりする。多分、その周期のときに、引っ越したり教室を立ち上げたりしたのだろう。それはいつも夏に決心し、冬に実行する。森に、迷い込んだときは、やたらともがかずじっと自分を見つめて、ゆっくりまっすぐ歩いていくと、やがて光が見出せる。今年は、迷う期間が短かった。これは、前向きな家族や、友人、応援してくれる人たちの存在があるからだろう。今朝、そこから抜けたことを実感した。夏、こんどは広くて大きな海へ向かって、まっすぐ歩き出している。
June 3, 2006
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