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大蔵廃寺毘沙門天堂に来ました。(65)大蔵おおくら廃寺毘沙門天(図版12(1))平山字簸ヶ坂はたがさか(付図2-268) 城集落西の平坦な丘陵を大蔵という。中世寺院の跡で小堂のなかに、小代八郎影向ようごう仏 と称する毘沙門天像が1軀ある。その法量は、総高180cm、像高160.5cm、楠の一木づくり、 無銘ではあるが、室町時代中頃の製作である。右手に宝棒、左手に宝塔を捧げ邪鬼を踏みしめた 武装忿怒ふんぬ形は、仏法守護、北方守護の法力をそなえ、衆生のために除災招福与えるところ より参拝者が多い。この日は閉まっており、カーテンもかかっていて像を見れなかった。岩本橋の交差点近くから、山に入る。直ぐに細い山道で、軽トラの道幅となるが舗装はされている。上がってゆくと、このお堂と駐車場になる平らな土地がある。氏子さんが整備されている。
2022.09.30
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首塚古墳に来ました。(9)首塚くびづか古墳 平山字大坂 (付図2-271) 平山と上井手の字界近くの台地上にある古墳。未調査のため内部主体不明。本墳についての 記載は『玉名郡誌』(頁866、首塚の項・大正12年 註(1)がもっとも早いようである。 要約すると、①平井村上井手上区にある。②無銘の小石碑叢中そうちゅうにあり③里俗の説によれば 竜造寺・小代氏攻伐時の陣歿じんぼつ将士を埋葬せし所なりと。現況では石碑は全く見られない。 だから安易に郡誌のそれを本墳に直結することには慎重であらねばならぬが、調査時でも、 あるいは現在でも、土地の人は当墳を首塚と呼び龍造寺・小代二氏の戦いをいう。無銘碑類が ないのは郡誌調査時以後の同台地上の急激な開発によるものとみてよかろう。さらにつけ加える べきことは、足で強く踏むと空洞の反応が、農道でもあったことで、むしろこの点が土地の人には かなり以前から興味をもって知られており、現在も記憶する大が多い。 測量のみの調査を、昭和28年9月10日第3中学校生徒(代表大橋君・当時)らと実施した。 巾2m~4mの農道の車縁に、農道面比2m長径7m75cm余の、墳丘があり、老樹の切株が遺 存。墳丘の農道寄りの方は凹地となり、石室材と思われる長さ1m巾50cmの切りこみがある板 状石材が1枚遺存。「すぐ頂上部天井」と当時のメモがあり、強く踏めば空洞の反応があった。 調査当時の周辺はすべて、からいも・粟畠であった。古墳であるが未調査であり、内部主体・ 遺物および年代などについて言及できない。
2022.09.28
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最初に、皮寵田窯跡に来ました。位置は、前回照会の一覧表から確認下さい。本:荒尾市の文化財 での紹介文です。⑭皮籠田かわごた窯跡 平山字皮籠田(付図2-148)浦川の最上流部、標高40m前後の丘陵斜面に位置する。窯跡一帯はなだらかな起伏の丘陵地帯であるが、浸食された谷が多く複雑な地勢を呈している。窯跡は荒尾第三中学校の真南の谷の谷口近くに立地しており、同一の丘陵に暁町窯跡・フタゴ池窯跡がある。遺跡近くの岡村公君によって須恵器が採集され、その存在が明らかとなった。現地一帯は竹の繁る藪となっており、小さな私道周辺に遺物の散布をみるが、窯体は確認できない。岡村君の採集品は200点以上を数えるが、大半は甕の胴部破片である。甕の他、蓋・坏・盤がある。これらの遺物には形態差があり、わずかな時期差が考えられるが、採集遺物であるので即断はできない。奈良時代後半~平安時代前半に含まれるものである。なお、これらの採集品の中に緑釉陶器の破片が1点含まれていることは注目される。器肉が厚く、大型品の破片と考えられるが、細片のため器形は不明である。<松本健郎〉皮籠田B窯址古代須恵器窯跡です。年代は、奈良時代後期(8世紀後半)の様です。甕 壺 鉢 坏 高坏 椀 蓋 盤などが出土しています。
2022.09.26
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秋晴れの残暑厳しい好日、会員の方といくつか史跡巡りをしました。1時間ちょいのドライブです。途中には、軽トラ程度の細い道があります。図書館に、「荒尾市の文化財」という本があります。今回、書籍検索して、No:A219.4アラ6二 でした。その本から、以下の地点をピックアップして、シティモールを発着点としました。この本には、以下の様にGマップにピン立てした、沢山の文化財が照会されています。これらの中から、上記の史跡をピックアップして、順に巡りました。「書庫」が使える方は、書庫の資料と、マップをご利用下さい。次回から、1つずつ照会して行きます。
2022.09.24
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2022.09.22
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9月度・講演会を予定通り実施しました。今現在、レジュメの情報が届いていませんので、届いたら内容更新します。9/24現在、まだ届きません。諸隈さんに督促入れたのですが、返事も無く・・? もう少しお待ち下さい。9/26現在、まだ届きませんが、別の情報を照会します。https://www.youtube.com/watch?v=DqGfEGuQyH89/28現在、資料が入ってましたが、年表のみでレジメがありません。 「書庫」をご確認下さい。9/28日、督促のメールを入れてたら、やっとレジメも入りました(毎月の事だから、言われなくてもやってよ!!)。宮崎家家系図(出典:宮崎龍介・小野川秀実編『宮崎滔天全集 第五巻』平凡社、1876年)
2022.09.21
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ブログの移行残り・・・チェックしましたが、移行済、でした。OK!
2022.09.21
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ちょっと興味があって、記事別にアクセス数をチェックしてみました。220818から220917までのアクセスレポートのまとめです。この期間にアクセスが無かった記事は表示されていません。掲載日/タイトルとアクセス数(記事を掲載してからの累計数)です。アクセスの多い順(つまり人気順)
2022.09.20
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別件ですが、荒尾の花の話題を。小岱山のツツジのトンネルが満開です。さらに、荒尾のバラ園
2022.09.20
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2022.09.19
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この「楽天ブログ」の前に、他のブログ・サイトで照会していたものがあります。移行してなかったかも知れないので、幾つか移行してみます。(最初に・・)荒尾には多くの大木、名木、珍しい木・・・があります。いくつかご紹介します。三ノ宮の大楠ちしゃの木浄業寺の銀杏トキワマンサク朴(ほう)の木荒尾梨の木花
2022.09.17
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少し戻って、あいあい広場で一服です。33.0136306,130.4168528三池港閘門のすぐ前になります。ここから、三池島原ラインの船が出ています。ターミナル待合所です。この先に、三池港閘門に使われたグリーンハートが展示してあるのですが、ごめんなさい写真ありません。ポタリング終わります。
2022.09.15
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三池港の先端の海水浴場跡地に来ました。33.0107194,130.409075左手、三池港堤防の道は、ここで行き止まりです。うしろを振り返ると、三池港内です。発電所煙突などが見えます。
2022.09.13
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競馬場跡地に来ました。32.987899, 130.429887旧競馬場跡地の再開発:道の駅建設中へ来ました。 この道路は歩道を歩道と自転車道に分けています。右手の建物が、道の駅だと思います。道の駅あらお(仮称) - 荒尾市【令和3年4月1日作成】荒尾市南新地地区の将来のイメージ四ツ山が見えます。あの横から、沿岸道路の降り口が延長されて、ここに降りるそうです。競馬場のスタンド跡・・・解体されるようです。
2022.09.11
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海岸の堤防を大牟田に向かっているところで石祠を見つけました。32.969569, 130.431271海岸線にポツポツと見られますので、部落毎に海の安全を祈ったものではないかと思います。
2022.09.09
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干潟センターは休館日でした。32.961700, 130.432593「ラムサール条約湿地 荒尾干潟」 荒尾干潟は有明海の中央部分から東側にあり、南北約 9.1km、東西最大幅約3.2km、 干潟面積 1,656haの干潟です。 この広い荒尾干潟には、流れ込む大きな河川はなく、 有明海を反時計回りにまわる潮の流れによって土や貝殻が運ばれて 積もり 干潟ができてます。 荒尾干潟は、多くのカニ類、貝類、ゴカイ類、 渡り鳥など様々な生きものがすんでおり、 また、ノリの養殖 やアサリ漁などの漁業が営まれています。「荒尾干潟の生きもの」シロチドリ、クロツラヘラサギ、ズグロカモメ、ハマシギ、アナジャコ (マジャク)、オサガニ、マテガイ、ハマゴウ、ムツゴロウ、「荒尾干潟の価値」 荒尾干潟には、 クロツラヘラサギやズグロカモメなどの世界的に絶滅が心配さ れている種類の鳥もやって来ます。「ラムサール条約」 1971年にイランのラムサールというまちで 「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」 が採択されました。 この条約は会議が開催された場所の名前から「ラムサール条約」 と呼ばれています。 この条約は世界中の重要な湿地やそこにすんでいる動物や植物を守ること を目的としています。 荒尾干潟は、2012年7月にラムサール条約湿地に登録されました。「東アジア・オーストラリア地域 渡り性水鳥重要生息地ネットワーク」 渡り鳥は旅の途中に荒尾干潟で休んだり、冬を越したりします。 渡り鳥にとって荒尾干潟はとても重要な場所であることから2013年に世界中で 協力して渡り鳥を守る取組を進める東アジア・オーストラリア地域フライウェイ パートナーシップ (EAAFP) の重要生息地ネットワークに参加しました。左図 「渡りのルート」「荒尾干潟保全・賢明利活用協議会」今日は、満潮でした。干潟は水の下に天気も曇りで、島原が見えません。いつもの場所で一服・・・
2022.09.08
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八幡宮の鳥居の横に、お宮がありました。32.9587278,130.4408028どういうお宮か、名前は?判りません。お宮の前の畑です。盆地状になっています。
2022.09.05
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続いて、近くの蔵満八満宮 32.959210, 130.441428蔵満城の南約200mの所に蔵満八満宮があるが、これは野原八幡四の宮であり、蔵満城の支城美名尻城とおもわれているが、実際はここが蔵満城であるという説もある。荒尾史跡散歩(午前中)・平成27年12月10日・千寿の荒尾市蔵満蔵満八幡宮 - YouTube蔵満(くらみつ)神社の狛犬さん - 花鳥風月141112蔵満・蔵満城B地点
2022.09.04
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では、先ず蔵満城跡 32.96011977030258, 130.44277935133314現在、天四柱神社がたっています。神社の横手に、城公民館が建っています。小代氏の一族・蔵満氏の居城跡。 現在、城跡に天四柱神社をまつる。城 跡は、美名尻地区の立陵地末端部(標高十三メートル)に位置する。丘陵地の背面は平坦地となっているが、家屋が建て込んでいるために遺構の確認が困難である。また城跡周辺には 「じおんどん」「どくどんさん」という小名を残す所があり、特に 「どくどんさん」については周辺に空堀が巡っていたという。神社入り口です。左手の大きな木が神社です。肥後 蔵満城-城郭放浪記蔵満城 荒尾市 城 - 近くの城址荒尾史跡散歩(午前中)・平成27年12月10日・千寿の 荒尾市の神社・仏閣 No15 天四柱神社{蔵満城跡 ... - YouTube141121蔵満・蔵満城 | 荒尾史学会のブログ - 楽天ブログ190721カレンダー8月
2022.09.03
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朝が少し温度が下がって、秋の好い日だったので、自転車(フリーパワー)で蔵満から三池港まで海岸堤防線を走ってみました。まずは移動の全体を示し、続けて詳しく説明してゆきます。蔵満城跡へ蔵満天満宮へ干潟センター石祠競馬場跡地:道の駅建設中三池港:海水浴場跡三池港あいあい広場で昼飯以上
2022.09.01
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