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新冠のサラブレッド銀座公園に来ました。42.37447587298154, 142.31099261634162銀座通りの両側に並ぶ牧場が見渡せます。優駿メモリアルパーク・優駿記念館に来ました。42.399936436676356, 142.36733569409242左から、キングヘイロー号、子馬、オグリキャップ号、マヤノトップガン号オグリキャップ・墓ナリタブライアン・墓
2022.12.29
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札幌・中島公園に来ました。43.0446501097033, 141.35440069940134気持ちの良い朝を迎えました。
2022.12.27
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24号詩碑に来ました。33.0022361,130.4263889先ずは、四ツ山神社神社の裏手に古墳が在リ、その手前に詩碑が建っていました。草餅です。なお、以前の一覧記事に32から35までを追加して、一覧表にしています。180619大正の天才詩人・海達公子・詩碑めぐり
2022.12.25
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知多半島・大野城跡に来ました。34.92848428193813, 136.8337810625017天守閣・展望台がありました。愛知県常滑市金山にある中世の城の跡が大野城。昭和54年に模擬天守が造られ、一帯は城山公園として整備されています。戦国時代、大野城主で織田信長配下の佐治一成(さじかずなり)は、浅井三姉妹のお江(後の徳川秀忠・正室、崇源院/NHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』ヒロイン)を妻にしています。 大野佐治氏の歴史 ここは、昔、佐治氏の城があったところである。古くは、宮山城とか大野城とか呼ばれ、昭和四十三年十一月一日、この一帯は「大野城跡」として常滑市文化財に指定された。城主佐治一族については、いろいろな話が伝えられているが、室町時代の終わりごろの戦国時代に、四代の城主が続いて勢力を張っていたと思われる。初代 佐治駿河守宗貞 享禄三年(一五三〇)没 ・江州(滋賀県)より移住して宮山城主となる。二代 佐治上野守為貞 弘治二年(一五五六)没 ・城内に斉年寺を建て、天文元年(一五三二)に雪舟の 「慧可断臂図」を寄進した。 ・天文十三年(一五四四)、連歌師 谷宗牧が来城した。三代 佐治八郎信方 元亀二年(一五七一)没 ・永禄十年(一五六七)、連歌師 里村じょうほが来城した。 ・織田信長の妹、於犬の方を妻として、信長に協力したが、 元亀二年五月九日、伊勢長島の戦いで討死した。四代 佐治与九郎一成 寛永十一年(一六三四)没 ・信長の姪、小督を妻としたが、離婚。小督は、後に徳川 二代将軍秀忠の正室になる。与九郎一成は、天正十二年 (一五八四)、大野城放棄後、伊勢に居り、後、 京で病死した。 城は、南側の低いところが空堀で、現在、佐治神社のある一段と高いところに物見櫓があったようである。 (※なお、この建物は当時の建物を復元したものではありません)天守閣・展望台から伊勢湾を望む
2022.12.23
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年間計画:来年の計画、日付が間違ってましたが、更新しました。1月講演:案内状を会長に言って貰えましたので、更新しました。ご確認下さい。
2022.12.22
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来年2/12日に和水町で行われる「肥後国衆まつり」のボランティア募集が行われています。https://www.town.nagomi.lg.jp/hpkiji/pub/detail.aspx?c_id=3&type=top&id=3998参加されませんか?
2022.12.21
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来年1月の講演予定:1/17日荒尾史学会 月例講演 荒尾史学会の講演を下記のように行いますので、ご参加ください。 演題:荒尾の歴史内容:旧石跡時代から昭和までの歴史 期日および時間:令和5年1月17日(火)、18:30~20:00場所:荒尾中央公民館 視聴覚室講師:諸隈 征碩(荒尾史学会 会長) 資料代・部屋使用代:会員(\100) 非会員(\500) 連絡:諸隈 TEL 090-2905-6837(申し込み不要) E-mail qqna2hr9k@estate.ocn.ne.jp https://plaza.rakuten.co.jp/araosigakka
2022.12.20
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※訂正済です。令和5年 荒尾史学会・講演予定 月/日タイトル講師1/17 (火)荒尾の歴史(旧石跡時代~昭和)諸隈 征碩 (荒尾史学会 会長)2/21(火)書籍(荒尾の文化財)の解説宍戸 恒裕 (荒尾史学会 会員)3/21(火)海達公子について野田 真衣(荒尾市役所 文化企画課 学芸員)4/18(火)三池地方の歴史と史跡奥園(荒尾史学会 会員)5/16(火)朝鮮出兵後の器の変革堺扶二子 (荒尾史学会 会員)6/20(火)三池と荒尾の石炭について梶原 伸介(大牟田市立 歴史資料館)7/18(火)中世の野原庄(荒尾・玉名)について(鎌倉・室町時代と小代氏)諸隈 征碩 (荒尾史学会 会長)8/22(火)有明地区の歴史と史跡について松尾 州裕(まつおレディースクリニック 院長)9/19(火)荒尾の漁業と農産物の歴史について林田昌吾、古澤直人(荒尾市役所 農林水産課)10/17(火)大牟田の戦争遺跡について藤木 雄二 (大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブ 副理事長)11/21(火)日本遺産・続編(菊池川水運と米づくりについて)末永 崇 (玉名市歴史博物館こころピア 係長)12/19(火)荒尾二造の疎開地について福田 一郎(荒尾二造市民の会 調査担当、荒尾史学会 会員)場所:荒尾中央公民館 連絡:諸隈 征碩時間:18:30~20:00 TEL 090-2905-6837資料代・部屋代: E-mail qqna2hr9k@estate.ocn.ne.jp 会員 年会費 \3,000 月額 \100 非会員 \500熊本県荒尾市マジャッキー#161
2022.12.20
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本日予定の講演会、中止します。ピンチヒッターの諸隈会長にコロナ陽性が発見された為です。そこで今月の今日の講演会を中止せざるを得なくなりました。参加予定の皆様には、申し訳ありませんが、急ですが、よろしく!
2022.12.20
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20日開催予定の講演会、予定講師の病気により、急遽、講演内容の変更です。講師:諸隈会長テーマ:荒尾二造について日時、会場は予定通りです。皆様のご参加、お待ちしています。
2022.12.18
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賀庭寺住僧墓所に来ました。⑤ 賀庭寺住僧墓 樺字円城(付図2-89)硯川を距てた「ちょうじん山」という所に4基の住僧墓がある。最古の夫婦の石塔には、覚了院道察禅定門 貞享五戊/辰(1688)七月十六日涼峯妙察禅定尼 延宝八庚/辰(1680)十一月廿八日孝子 敬白 の銘が刻まれている。2基目は当寺中興開山贈権大僧都法印慶玄大和尚位寛保三発/亥(1743)天九月十二日3基目は無縫塔むほうとうである。権律師円観院豪源寛保三発/亥年(1743)六月初日この石塔は筑後三池今山吉田甚六という生縁者が之を建てたとしてある。4基目は権律師快良大徳 賀庭寺中興三世宝暦十一辛/巳(1761)天七月十日以上4基は、賀庭寺再興の住僧墓であり「数年退転セシヲ、貞享3年(1686)再興シ乞、元禄13年(1701)造立シ、延暦寺ノ末寺トナレリ」の『玉名郡村誌』の記述を裏付ける資料である。高い木が刈られたら、賀庭寺が見渡せるロケーションである。今は、個人の梨園の中にあるので、許可を受けること。梨園の方がきれいに保存して頂いている。以上、府本巡り終了。
2022.12.16
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海達公子・詩碑33号に来ました。32.9944194,130.4380139天理教万田分教会の敷地内です。前の空き庭にありました。門は開放されており、いつでもどうぞと言って頂きました。顕彰会の創立10周年記念碑とのことです。市役所が35号でしたので、33、34を探して・・・わからないので、、松山代表に電話で教えて頂きました。有難う御座いました。早速伺いました。
2022.12.15
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20日開催予定の講演会、予定講師の病気により、急遽、講演内容の変更です。講師:諸隈会長テーマ:荒尾二造について日時、会場は予定通りです。皆様のご参加、お待ちしています。
2022.12.14
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荒尾市より、以下の案内が届きました。【にっぽん縦断こころ旅に荒尾市が登場!】NHK-BSプレミアムで放送中の「にっぽん縦断こころ旅2022秋の旅」。今回、俳優の火野正平さんが、自転車旅の中で荒尾市を訪れました。荒尾市内のどんな場所を旅したのでしょうか・・・ぜひ番組をご覧ください!〇荒尾市の旅の放送日12月13日(火曜日)朝版 7時45分からとうちゃこ版 19時から〇再放送12月17日(土曜日)11時から〇番組ホームページ(外部リンク)https://www.nhk.or.jp/kokorotabi/
2022.12.13
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石塔群に来ました。① 宗善寺石塔群 府本字乱塔(付図2-205)墓域を劃して11~12基の墓石があり(第88図)、元亀天正期(1570~85)の無縫塔むほうとう、五輪塔、板碑である。
2022.12.13
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海達公子の歌碑が新設されたとの事で、市役所に来ました。32.98732625953799, 130.4325799533183432号が宮崎兄弟生家の駐車場でしたので、(これが33号になるかと思います。)銘板をよく見たら、市政80周年記念35号となっていました。いつの間に!33,34は?
2022.12.13
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荒尾市より、情報です。【にっぽん縦断こころ旅に荒尾市が登場!】NHK-BSプレミアムで放送中の「にっぽん縦断こころ旅2022秋の旅」。今回、俳優の火野正平さんが、自転車旅の中で荒尾市を訪れました。荒尾市内のどんな場所を旅したのでしょうか・・・ぜひ番組をご覧ください!〇荒尾市の旅の放送日12月13日(火曜日)朝版 7時45分からとうちゃこ版 19時から〇再放送12月17日(土曜日)11時から〇番組ホームページ(外部リンク)https://www.nhk.or.jp/kokorotabi/
2022.12.12
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こころピアで、笠智衆展があってます。無料でした。2/12日までだそうです。天水町です。
2022.12.11
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釈迦堂に来ました。(46)宗善寺遺跡 府本字会下(付図2-207)玉名郡伊倉中尾山報恩寺の末寺の一寺、註(1)筒が嶽正法寺麓の宿坊 註(2)ともいわれているが、いずれも定かでない。梅尾城下、家中の寺屋敷(会下)であると考えれば自ら合点がゆくだろう。天正7年(1579)3月、肥前勢のために寺が焼け、江戸時代釈迦堂が建てられた。住僧もいたが無住となって、堂内には釈迦如来木彫(座像)1軀(図版9(1))と、異国風の観音菩薩木像1軀が安置されている。また、隣接の会下155山田清満氏方には涅槃絵図があり、「奉寄進文化五戊/辰年(1808)二月十五日 肥之後荒尾手永府本村会下」と墨書してある。釈迦像が祀られています。
2022.12.10
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殿んやしきに来ました。が、写真は梅尾城登り口です。殿んやしきは、この前の道の後ろ側に、地図で示されていますが、今や何も無かったので写真を撮らず、梅尾城のほうを撮して来ました。殿は、屋敷からここを登って梅尾城にかよったのでしょうか。花畑との石碑が建っています。奥方が住んだところを花畑とかお花とかよんでいたと聞きました。
2022.12.07
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135念妙寺に来ました。(49)念妙寺ねんみょうじ 府本字町(付図2-135)もと府本村家中に所在し、梅尾山念妙寺と号したが、その開祖釈浄了法師は、俗姓本田八郎行良と称し、筒が嶽の城主小代下総守の老臣治郎行治の子という。後、剃髪して真京東本願寺の末弟となり、明暦元年(1655)本寺を創建した。註(1)爾来、歴代相ついで現在にいたる。註(1)念妙寺歴代住職墓碑による。天井に龍の絵が描かれています。
2022.12.04
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