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The 万田坑VR(日本語版)
2022.06.30
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荒尾市史 通史編
2022.06.26
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荒尾市史 絵図・地図編
2022.06.24
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次回の7月講演会予定です。
2022.06.23
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6月予定の講演会、実施しました。
2022.06.22
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現在アクセス数:298440あと3、4日で 30万件超えそうです。皆様のアクセスのお陰です。ぴったり30万件を見た方・・・スクリーンコピーでも送って下さい。
2022.06.20
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いよいよ、です。お待ちしてます。
2022.06.19
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情報ネタが枯渇したので、市役所の歴史情報でつなぎます。荒尾市史 基礎資料集
2022.06.17
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ネタが無くなった所で、荒尾市史関係の情報を見てみます。荒尾市のオンライン講演会、だそうです。小代氏の筒ヶ岳城について市史講演会(1)
2022.06.14
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荒尾大師に来ました。32.981395, 130.493109先日、新聞情報で、お色直しがあったとのことでしたので・・なるほど、キレイに塗られていました。以前の情報は、https://plaza.rakuten.co.jp/araosigakkai/diary/201909150000/
2022.06.12
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ついに、情報ストックが枯渇してしまいました。3年間続けてきましたが、とうとう・・・また、コロナで、新規の情報入手も湿っています。こまった・・・??
2022.06.11
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2015年ですが、文化センターで展示会があってました。その時の写真です。孫文の書です。書の説明文ですこちらは、黄興さんの書です。
2022.06.10
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小代氏に対する研究成果を発表して頂きました。
2022.06.08
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初代柳川藩主・立花宗茂の妻・誾千代を描く
2022.06.07
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滔天のボダイジュ香る 宮崎兄弟の生家施設 荒尾市
2022.06.07
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大河「鎌倉殿の13人」のトークライブがあったとのこと・・・以前の佐賀の史跡巡りで、小城の千葉城跡や須賀神社で千葉氏の史跡を廻った事を思い出しますね。「鎌倉殿の13人」でのトークライブ 千葉常胤役の岡本信人さん
2022.06.07
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荒尾歴史講座レジュメテーマ 荒尾二造の意義について 2019、1,15(火)山野幸司1、はじめに 自己紹介から2、問題提起 (1)新聞記事①、②、③から (2)二造のことについて ①保存活動のこと ②二造会のこと ③資料について ④学徒の方々 (3)価値ある二造の施設 イ、施設及び資料 1、排液路処理施設跡 2、官舎や工員、学徒宿舎跡 3、境界石(約6か所) 4、専用鉄道跡 5、工事場跡 6、検査掛棟及び試料室建物跡 7、水道関連施設(現水道局、屋形山配水池、桜山水源地) 8、消火栓 9、各種の火薬庫(現存約10棟) 10、変電所跡 11、資料館(工員補助名簿、腕章、檄文等) 12、荒尾駅(万田駅) 13、極秘青焼き二造配置図(長田 斉寄贈) ロ、価値 1、造兵廠跡全体がしっかり残っている。 2、近代化遺産三井炭鉱石炭コンビナートの一環(三井東圧染料荒尾工場や石炭等) 3、日本の軍事化の歴史(火薬がどう生産され、処理されたか) 4、戦争中の国内状況(国民、朝鮮の徴用工のこと) 5、進駐軍の戦後処理の跡が残る。Trans fomar 484 6、二造跡の活用等 7、子ども達が生きた歴史を教材 ハ、戦争とは、何であったのか。 日中戦争・太平洋戦争(15年戦争)、平和とは、生きるとは。根本的な生き方を問う。3、まとめ これから荒尾市民として、この二造の施設や資料と関わっていくのか。このままでは崩壊し、散逸していいのか。世界的視野に立つ時、平和教育施設として観光化が必要ではないか。
2022.06.06
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少々天気が湿り気味でしたが、予定通り島原巡りが実施されました。11名で巡りました。朝7:00、中央公民館集合です。遅刻無く願います。
2022.06.05
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小岱山の筒ケ岳城跡について、長助金比羅城と前岳城の調査を講演頂きました。筒ケ岳城の縄張り図
2022.06.04
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スマホのアプリ、グーグル・レンズはお使いでしょうか?史跡巡りの資料整理で、このレンズが活躍しますので、ご紹介します。史跡に説明板が設置してある場合がありますが、これをテキストに直しておけば便利です。従来は、カメラで撮って保存でしたが、あまり読み直ししませんね。読み難いです。テキストにするには、写真を拡大して読んでキー入力・・・時間がかかります。OCRソフトを使って来ましたが、変換が不十分な場合も多くありました。そこで、レンズでは、OCR機能なのですが、かなり優秀です。しかも、手書き文字の認識率も高いです。サンプルとして、「若宮古墳」(和水町中央公民館前)の説明板の写真です。先日、写真を撮ってきましたが、0.6MBでかなり粗く、ブログ用の解像度です。説明板も、結構くたびれており、文字も看板手書きです。白文字です。この写真を、スマホのGフォトで見ますと、、この様に、スマホにGレンズをインストールしていると、下に「レンズ」が出ます。レンズをタップします。ここで、検索を文字にします。さらに、全て選択をタップします。左のコピーをタップします。クリップボードにコピーが出たらOKです。あとは、このコピー文をワードかノートパッドかに貼り付けるとOKなのですが・・・それだと、パソコンへ移動しなければならないので、此処では、グーグルドキュメントに貼り付けます。Gドキュメントをタップして立ち上げます。新しいファイルにします。入力画面、左上のカーソルを長押しします。カーソル上に出た「貼り付け」をタップします。以下が、テキスト化したものです。======熊本県指定史跡 若宮古墳昭和48年1月26日指定若宮古墳は、諏訪原台地の南縁に立地する前方後円 墳で、現在の墳形の長さは30メートルであるが、 前方 部などかなり変化しているため、 もとは全長50メート ルほどの大きさてあったと思われる。 後円部は直径20 メートル、高さ5.5メートルである。この古墳の内部主体は、 家形石棺といわれているが 記録がないので明らかでない。 漬物も、墳丘から須恵器片が採集された以外は不明である。なお、この古墳のすぐ東側から舟形石棺が見つかっている。南西約90メートル 清原台地にある江田船山古 墳、塚坊主古墳、虚空蔵塚古墳(いずれも国指定史跡 や約100メートルにある江田穴観音古墳(国指定 史跡などとともに、菊川し下流域を支配した古代 家族の華である。熊本県教育委員会=======どうでしょうか、立派なものでしょう。あとは、目で確認して、誤変換を手で訂正します。熊本県指定史跡 若宮古墳 昭和48年1月26日指定 若宮古墳は、諏訪原台地の南縁に立地する前方後円墳で、現在の墳形の長さは30メートルであるが、 前方部などかなり変化しているため、 もとは全長50メートルほどの大きさてあったと思われる。 後円部は直径20 メートル、高さ5.5メートルである。 この古墳の内部主体は、 家形石棺といわれているが記録がないので明らかでない。 遺(漬)物も、墳丘から須恵器片が採集された以外は不明である。なお、この古墳のすぐ東側から舟形石棺が見つかっている。 南南西約900メートルの清原台地にある江田船山古墳、塚坊主古墳、虚空蔵塚古墳(いずれも国指定史跡)や南約100メートルにある江田穴観音古墳(国指定史跡)などとともに、菊池川の(し)下流域を支配した古代豪(家)族の墳墓(華)である。 熊本県教育委員会
2022.06.03
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熊野座神社の、県指定重要文化財・熊野宮宝塔に来ました。32.976096, 130.603904熊野宮宝塔この宝塔は貞和5年(1349)に造られた南北朝時代の代表的な宝塔で、均整のとれた形態は石造美術, 石造文化財としての価値が高い。全高は、 1465センチメートルで、基礎、塔身、笠、宝珠の各部から 成り、基礎は一石段階式である。 塔身は有顎のなつめ形で、上部に納経のためと考えられる円筒形の穴がある。 笠は軒を子持ち造り、底面の膨らみに更に一段の張り出しをつけ、その中央に塔身の顎部を入れる円孔を覆っている。笠の上部に抉りがあることから、宝珠は後補で、本来は相輪があっていたと考えられる。 銘文は「敬白、奉造進寶塔一基、右意趣者為富社繁昌、佛法興隆就中願主禪心禅門。童息災延命、増長福寿也、仍造记志如件、貞和五年己丑九月九日、勸進沙門實賢大顾主禪門。小願主道善」と彫られている。ここから東方 500メートルの江田字中道には、「南無口口大會口口妙典一部。 延慶三季 (1310)十月廿三日、勸進沙門實賢」の銘文のある宝塔があり、同一人の勧進として興味深い。
2022.06.02
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和水町のトンカラリンの最下地点・石舞台に来ました。32.969811, 130.603306少し進むと、この石舞台に着きます。中央の、池の浮島の様な石が「石舞台」です。トンカラリンを通って、此処に出た巫女は、この石の上で舞ったと伝わります。
2022.06.01
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