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業界研究ものの書籍は主に就職目指す、学生を対象としている。が、これが結構、仕事や趣味にも活用できると知った。まず「動向」が簡単かつ大まかにつかめる(あくまでもおおまか)。それから、業界の裏?とまではいかないが、「からくり」のようなもの。。。がわかる。業界に知り合いがいればその確証をつかむこともできるので、書籍の真価も確認できてしまう。ちなみに「音楽業界」。大手CDショップからビックポータルサイトの音楽関連の担当に転職した知り合いからの話はかなり、信憑性があった。特にネット系はソフトやハードに関わらず今度急速に変化していくだろうから、そうしたところからの情報収集は欠かせない。
August 31, 2007
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Raul Midon 盲目のソウル・シンガーであり、ギタリストでもある。ギターサウンドは、ハーモニクスを使ったり、パーカシブでキザイア・ジョーンズを彷彿とさせる。曲調はソウルフルでスティービー・ワンダーにも似ている。World Within a World は2作目のアルバム。
August 30, 2007
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8月13日のBSエンターテインメント ? 歌伝説 ザ・ピーナッツの世界 で、ピーナッツの足跡が放映されていた。ピーナッツと言えば♪モスラ~や、モスラ~ などその頃のスーパーアイドル?が子供向けの怪獣映画に出るなんて、といったことでもかなり「いけてる」ミュージシャンだったはずだが、和製ポップスを海外公演などによって世界に広め、ドイツ語での歌まで吹き込んでいたことを初めて知った。初めて聴くドイツ語のピーナッツはとても新鮮でまた聴きたいのだけれどお皿になって残っているのだろうか?同じ頃にクレイジーキャッツの映画もBSで放映されていたが、『クレイジー黄金作戦』のなかで、和服姿で「ウナ・セラ・ディ東京」を歌うピーナッツもまたとても新鮮である。この頃のテレビも音楽もかなりチャレンジングでいろいろな可能性を秘めていたことが伺える。現在のミュージシャンよりもずっと海外展開していたことがとても驚きであり、彼女たちの実力の凄さには改めて感動した。一からすべて聴き直したい。
August 29, 2007
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歌詞がとてもおしゃれ。♪今ね、靴下なおしてるのよ あなたの好きな黒い靴下なんて、男からすれば、なんともかわいいイメージ。おしゃれで小気味良くて、それでいてかわいいなんて。。。今じゃ、絶対、受けないんだろうな。
August 28, 2007
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ローマは一日にして。。。ならず、ではないが、自分たちが今「在る」のも、すべからく先達、先輩諸氏のおかげがあっての「生活」であり、「自分」なのだが、どうしても人間「自分が、自分が」になりがち。人のことより自分のこと。自分が相手からはどう見ても「悪い」はずなのに、自分が正しいと相手から見れば「逆切れ」してしまう。自然なことにも思える。ちょっと前までは、「人に迷惑をかけていないのだから自由のどこが悪い」と言っていたが、近頃は「人に迷惑かけていてもそれのどこが悪い」である。中には自分の産んだこどもにさえ手をかける。犬畜生以下。いや、犬畜生の方がそんなこと言われてはかわいそう。子供の頃学校の先生がよく言っていた。「テレビが日本人を総白雉化する」と。その通りになったのだろうか。もっと原因があるのだろうか。自分の子供を叱らない親。その親の親はどうだったの?一億総白雉化と言っていた先生の世代ではないのか。確かにテレビ放送は「てれ~と見るからテレビ」とも先生たちが言っていたとおり、ものを考えなくなる傾向はある。読書離れ。そういった現象を生んだとも。でも最近は携帯電話で読む小説が流行ったりもしている。時代とともに変わるだけではないのか。時代は繰り返す。ほんとに繰り返しているのだろうか。大昔、みんな「ガングロ」だった。ああ、たしかに原始人はそうだったかも。彼ら曰く「その時にしかできないから」。確かにそうだろうと思う。やりたいことを人の迷惑も考えず、やりたい年頃もあるだろう。それを経験せずに本当の「迷惑」を知らず、ただ親から言われるまま、そういうことはやってはいけない、と頭だけで思っていた人も、とてもいい人たちも、なぜそれがいけないことなのか、本当に考えたことはなかったのかも知れない。なので、自分が子供を持つ番になった際、子供にちゃんと教えてあげることができない。きっと人から人へ伝承すべき術を忘れてしまったのではないか。ちょっと昔まで、それは街全体、すんでるご近所さんが朝から晩まで働きづめの父親代わりをしていたのだろう。それがマンションなどの「隣は何をする人ぞ」と隣近所つきあいがなくなり、どんどん地方から都心に人が流入しつづけ、それが加速化していまに至ったのかもしれない。一人の人間がそれ阻止しようとしてもそんなことはできるわけがない。けれどそのひとりひとりがそう考え、問題意識を持たなければ、きっと物事は変わらない。変えられない。政治家は当てにならない。国民ひとりひとりが少しずつでも良いから、本当の素直な自分を取り戻し、人に感謝するこころを取り戻さないと、今以上に日本はおかしくなるのかもしれない。それも加速度的に。「おれがおれがの「我」でいきるのでなく、おかげ、おかげの「下」で生きる」だったか、少しは誰にでも良いので、一日一回くらい人様に感謝しても罰はあたらんだろうに。自分の人生は自分で生きるしかない。けれど人は一人では生きていけない。それも忘れてはならないことなのだろう。
August 27, 2007
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自分探し。。。まだそんなことをやっている人がいるのだろうか。自分なんてももともといやしない。存在しやしない。マトリックスの世界。感じ方、考え方次第でどうにでもなる。我思う故に我在り、なのだ。そう思った自分が自分。何も思わなくなったり、自分でなくなる。死んだも同然。自分が自分であることをいまは認識できないでいる、そんな人間が増えているのかも。「逃避」辛いこと、嫌なことからただひたすら逃げまくる。かわいい、かわいいと親に育てられたこども時代。褒めることは良いとしても、溺愛はこどもを駄目にするだけ。体罰?叩くくらいしなければ、こどもみんなに分別があるわけではない。ある意味動物と一緒。ある程度の調教は必要だろう。また社会に出るまでのシミュレーション、訓練として、家庭は機能すべきだ。その家庭で甘やかしてばかりでは、ろくな大人にならない。そんなろくでもない大人が増えて続けているのだ。
August 26, 2007
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英語に慣れる。1日1ページ、文庫本サイズの分量の英文に触れる。触れるだけ。知らない単語など調べたりしない。意味が分かろうが分かるまいが頓着しない。ひたすら触れる。大事なことは「毎日やること」。
August 25, 2007
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英語は日本語と文の構造、組立てが異なる。文の組み立ての違いに慣れる。文字を見る(読む)。音で聴く。口に出してみる。意味がどうだとか、文法がどうだとかより、まず、構造に慣れること。プログラミングとはどういうものか、家を建てるとはどういうことか、まず構造を知ることから始める。
August 24, 2007
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言葉をマスターするうえで、その言語の単語を知ることも重要な学習のひとつ。その単語をどのようにして増やすかは結構悩みの種。単語ネットワークを自分なりに組み立てて覚えたりもしたが、いちいち単語をまるごと覚えなくても済む方法の方が便利。接頭辞(prefix)や接尾辞(suffix)で覚える。例えば、つい最近のサブプライム問題。sub-prime:優良顧客(プライム層)向けでないもの。優良顧客以下。subが「下(under)」を指していることがわかる。sub-marinesub-wayun-, dis-, in- で、not の意味を表し反意語をつくる。in-「中へ-」を意味する。re-「繰り返し、再び (again)」を意味する。ex-「外へ (out)」を意味する。con-, com-「ともに (together)」を意味する。pre-「前に (before)」を意味する。sub-(under)、 tele-(far)、over-(beyond) などanti-「-に反する (against)」、「-と逆」を意味する。単語をそのまま覚えなくても、接頭辞や接尾辞でだいたいの意味がつかむことができるようにしておくと負担が少なくて済む。
August 23, 2007
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発音記号が読めればそれにこしたことはないが、いまさらそんなことから学んでもしょうがない。時間もない。だったらどうするか。ジョン万治次郎よろしく、ここはひとつ明治の戻った思いで、日本語に近い音に置き換えて覚える。一応通じるかどうかは確認しておきたいので、ネイティブに一度は聴いてもらい、確認しておく。聞こえたまんまを日本語に置き換えて覚える。英語教育上は邪道のようだが。ま、要は通じればよい。英語だって、いろんな国の人間が使っている。ピジョンイングリッシュもあれば、シングリッシュもあるではないか。通じるか否かが大事と。
August 22, 2007
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一人でできる英語脳トレーニング。英文を作る訓練。Verbal Behaviour.さまざまなパターンの文を繰り返してマスターする。通勤中に車内で目にしたものを、まずは単文、現在形から。次に複文。進行形に。過去形に時制も変えてみる。彼女を彼に変えてみる。主語の無生物に置き換えて組み替えてみる。のような訓練なら、毎朝の通勤電車のなかでも可能。書き残せるようなら書き残す。残したものをネイティブにチェックしてもらう。
August 21, 2007
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書店に行くとWeb2.0がらみの出版物が多数ならんでいる。一時期はパソコンの解説書っぽい出版物が棚を埋め尽くしていたが、最近では、解説に加えてネット技術などを活用した「便乗」とも言える「なんじゃこりゃ」本が出回っている。Web2.0で儲かるなんとかとかGoogleなんとかを活用したなんとかといった類書がところ狭しとならんでいる。一体これで何ができるのだろうと思えるようなものまである。ま、パソコン関係は誰しもがわかる内容のものでもないので、そうしたマニュアル・便乗系が出回るのも仕方ないか。
August 20, 2007
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YAMAHA DX7まだ現在も使われているのだろうか。マドンナの"Like a Virgin"。この頃の音楽製作にはよ~く使われていたようだ。KORG M1シーケンサーを内臓したのはM1が最初だっただろうか。いわゆるワークステーションというタイプのはしりだったように思う。Roland TR808 リズムマシンの草分け。YMOなどが使用して有名になった。YMOが使用していた物はプロトタイプだったらしい。通称「ヤオヤ」。
August 19, 2007
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洋菓子より和菓子。紅茶より緑茶。和菓子の妙味は隠し味?の「塩」。これがあるから「甘さ」が増す。しかも微妙な塩気を感じられるところがお漬け物大好きの日本人にはたまらない。和菓子のなかでも、おはぎは春と秋のお彼岸にいただくのがポピュラー。でも季節でおはぎはその呼び名を変える。春のお彼岸にたべるのが「ぼたもち」。秋のお彼岸にたべるのが「おはぎ」。春に咲く牡丹。秋の萩。とは関係ないのかな?ところでおはぎ。つぶあん派?それともこしあん派?こしあんは公家や殿様が食べ、つぶあんは農民が食したとか。手間のかかるものは上の者が食べ、それを献上する側は手早く食せる方を。。。ということか?
August 18, 2007
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駅前通りや通常の街中の道は制限速度30km~40kmだろうか。しかし最近の道路はあぶなっかしい。近所の通りだけだろうか。平気で車道を逆行してくる自転車。これはほんとに最近良く見かける。非常に危ない。前方にバスなどの大型車両が走っているときなど尚更。それも当然。車道を前方から逆行してくるものがあるなど通常は思いもしない。しかも車道に飛び出してくる輩もいる。若いも年寄りもない。これは警察にぜひ取り締まってもらいたい。いつ事故がおきてもおかしくない。おきてからでは遅いのだから。それから平気で車道を横断する歩行者。もちろん横断歩道のないところを。これも若いも年寄りもない。いったいどうしたことなのだろうか。全く日本人はもう自分のことしか考えなくなってしまったのか。人の迷惑顧みず、やってきました電線音頭?やれやれ。
August 17, 2007
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#031 ヤッターマン#032 忍者ハットリくん#033 ドラゴンボール#034 ハクション大魔王#035 ルパン三世#036 ゲゲゲの鬼太郎#037 ロボット刑事#038 仮面ライダー#039 忍者部隊月光#040 鉄人28号#041 風の藤丸#042 サスケ#043 どろろ#044 悟空の大冒険#045 宇宙エース#046 機動戦士ガンダム#047 装甲騎兵ボトムズ#048 タイガーマスク#049 あしたのジョー#050 ハリスの風
August 16, 2007
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デジタル家電が普及し始めている。2011年地上デジタル放送開始に向けて、テレビとパソコンの融合が進む。そしてその周辺機器も多様化。記録メディアもテープ型からディスク、SDカード、メモリスティックなどへとって代わる。テレビがネットにつながった時点で、映像の楽しみ方もかわる。レンタルショップなどでビデオやDVDを借りることもなくなる時が来る。ネットで探してネット上で借りる。100パーセントそうなるだろう。そうなった時、やはりポータルサイトがものを言うのだろうか。テレビだけではない。PSPも新バージョンもWiFiにつながり、YouTubeなどが楽しめる。iPodもしかり。元々PSPについては、ゲーム機としてはとらえていなかった。テレビやネットへの接続による映像の楽しみ方の一つとして活用できることを望んでいた。なので、納得である。DSも早くそうした対応をして欲しい。まだ、DSで映像を楽しむまでには至っていない。あとは記憶媒体のキャパシティ:容量とバッテリー。
August 15, 2007
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#021 サイボーグ009#022 河童の三平#023 オオカミ少年ケン#024 未来少年ソラン#025 スーパージェッター#026 マッハゴーゴーゴー#027 三つ目がとおる#028 ゲッターロボ#029 勇者ライディーン#030 怪物くん
August 14, 2007
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#001 鉄腕アトム#002 マグマ大使#003 月光仮面#004 エイトマン#005 ミラーマン#006 スペクトルマン#007 ガッチャマン#008 レッドバロン#009 バロムワン#010 マジンガーZ#011 レインボーマン#012 ライオン丸#013 仮面の忍者赤影#014 ジャイアントロボ#015 キカイダー#016 人造人間キャシャーン#017 ビッグX#018 パーマン#019 悪魔くん#020 ドロロンえん魔くん
August 13, 2007
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英国版オリジナル・アルバムとしては、プリーズ・プリーズ・ミー - Please Please Me(1963年) ウィズ・ザ・ビートルズ - With the Beatles(1963年) ビートルズ・フォー・セール - Beatles for Sale(1964年) HELP! 4人はアイドル - Help!(1965年) あたりまでが「初期」だろうか。その後、 ラバー・ソウル - Rubber Soul(1965年) リボルバー - Revolver(1966年) サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド - Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band(1967年) ザ・ビートルズ (ホワイトアルバム) - The Beatles(2枚組)(1968年) イエロー・サブマリン - Yellow Submarine(1969年) アビイ・ロード - Abbey Road(1969年) レット・イット・ビー - Let It Be(1970年) と続く。一応、赤盤、青盤、と呼んでいるベストアルバムでは、1962~1966 [Best of] が初期(と言う言い方をすれば)になっている。が、。。。米国版アルバムでは、イントロデューシング・ザ・ビートルズ - Introducing...The Beatles(1963年) ミート・ザ・ビートルズ - Meet The Beatles(1964年) ザ・ビートルズ・セカンド・アルバム - The Beatles' Second Album(1964年) サムシング・ニュー - Something New(1964年) ア・ハード・デイズ・ナイト - A Hard Day's Night(1964年) ビートルズ '65 - Beatles'65(1964年) ジ・アーリー・ビートルズ - The Early Beatles(1965年) ビートルズ VI - Beatles VI(1965年) ヘルプ! - Help!(1965年) ラバー・ソウル - Rubber Soul(1965年) イエスタディ・アンド・トゥディ - Yesterday...And Today(1966年) リボルバー - Revolver(1966年) ヘイ・ジュード - Hey Jude(1970年) となっている、ようだ。個人的にはすべてのアルバム、シングルが聴くことができれば、それで、良い。ただ、初期のビートルズのコーラスがとても好きでこれはなかなか難しく、コピーしようと思うと案外難しかった覚えがある。シンプルだけど何度も聴きたくなる。もちろん、後期も何度も聞きたくなる。が、シンプルさとは違う魅力が後期にはある。
August 12, 2007
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元々はイギリスのフォークソングと聞いている。ナナ・ムスクーリや日本では白鳥英美子(元トワ・エ・モア)などが歌っている。随分前にオランダで毎年開催されていたノースシー・ジャズ・フェスティバルで、ダイアン・シューアが歌うのを目の前で観た時は、鳥肌がたった。彼女があがったステージはそれほど高くない。聴衆と変わらない、低いステージだった。回りのライトはほとんど照明の役割を果たしていないほど灯りは絞られていた。ただ彼女の立つマイクの辺りだけが、まるで、本当にこれはまるでそうだった。そう、スポットライトは天から射してきた一筋の光明のように。。。まっすぐ彼女の元に降りてきていた。その状況で流れる「アメジング・グレイイス」はもうこの世のものとは思えないほどだった。うそのような話に聞こえるかもしれないが、その時の自分にはもうそれ以外のなんの感覚もなく、現実の世界からははるか遠くへ遠ざかってしまった空間にいたようだった。それ以来、そんな経験はしたことがない。いつかそういう時がくるのだろうか。。。
August 11, 2007
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小さなこどもたちの死は本当にやりきれない。人の手にかかって命を落とすのはもっとやりきれない。なぜ、どうして、と考えても失われた命はかえってはこない。なのにそれがどうして理解できないのか。同じことを何度も繰り返す。やりきれない。ほんの少しでよいから、自分以外の人間に対して行うことを自分に置き換えて考えてみて欲しい。自分のこどもがそういう目にあったとしたら、どう感じるか。犯罪者への刑罰の軽重については、賛否両論あるだろう。残された被害者の家族にしてみれば、極刑を望むのは当然。そうした遺族への配慮をもっと考えるべきだと思う。また、加害者の家族も辛い。どちらも辛い。それを想像できれば、何をしてはならないのか、自ずと湧いてくるはずなのではないか。怒りや憎しみは自分を磨くことに使おう。がまんするのではない、言うべきことは言わなくてはならない。その勇気も必要。
August 10, 2007
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映画について語るとき、1、音楽2、俳優3、監督などについて語られることは多い。特に音楽はシーンとともに心に残るし、何度も繰り返し聴くことができ、また、映画を観た頃に一瞬にして戻ることもできる。カメラワークで切り取られたワンシーン。なかなかうまく伝えられなかったり、そのシーンに対する想いもそれぞれ異なる。映像は映画に限ったことではないけれど、映画のワンシーンはとても特別に思える。映画の中の風景ももちろん、自然そのままのものもあれば、CGや映像技術で演出されたものもある。自然のものも、映画に取り込まれた時点でそれ自体が持つ風景とは異なる世界に変えられてしまう。まるで遠い記憶のように。それがまた良いのかもしれない。あの時観た映画の風景。それが懐かしくて何度も見直してしまう。音楽とまた違った映画の楽しみ方がそこにはあるのかも。特に勝手知ったる日本の風景はその時代を辿ることができて、別の楽しみがある。
August 9, 2007
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個人情報やセキュリティの関連から、書類のPDF化は必須。なのだが、Adobeのアクロバットはとても高くて、個人で買う気にはならない。と思っていたら、ソースネクストからお手軽な価格で出ているではないか。でも待てよ、これって互換性は大丈夫?ちゃんんといろんな書類をPDF化してくれるか?などとふと疑問が湧いてしまい、ならば、ネットでいろいろそれらしいソフトを検索してから考えようと思い、早速、検索。ななんとあるはあるは。しかもフリーウェアもたくさんあるではないか。な~んだこれなら買うことないか。でもセキュリティのことを考えると不安。とよくみると、お、AdobeにもLite版があるではないか。これの方が便利か。。。と結局Adobeに戻ってしまった。やれやれ。
August 8, 2007
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PaulのBass Guitarと言えば、とりもなおさず、ヴァイオリン・ベースを思い出されるが、メーカーがどこだったかは意外と知らない(のは自分だけかも知れないが)。また通称がヴァイオリン・ベースではなく、デビュー前から演奏していた「キャバーン・クラブ」で使用したいたのでキャバーンベースと呼ばれていたことも知らなかった。学生の頃使っていたヴァイオリン・ベースはグレコ製。ヘッドが重くていつもネックを支えていないと弾けないベースだった。カール・ヘフナー500/1(Karl Hofner 500/1)(1本目 1961年製) http://www9.ocn.ne.jp/~w-and-b/beatles/phofner.html最初に入手した左利き用500/1。デビュー前よりキャバーン・クラブなどで使用していたため、通称キャバーンベースとして知られる。ヘッドのロゴが縦書きになっているタイプ。リア・ピックアップがフロント・ピックアップのすぐ隣についており、二つのピックアップの間隔が狭いことが2本目との最大の違いである。それまでビートルズのベーシストだったスチュアート・サトクリフが脱退しポールがベーシストに転向するにあたり、ハンブルクの楽器店で購入。ヘフナーを選んだ理由としてフェンダーベースより格段に安価であったこと、左利き用のベースがこのヘフナーしかなかったこと、シェイプが左右対称で左利きのポールが持っても違和感がなかったこと、ボディシェイプが「ビートルズ」の由来であるカブトムシ(Beetle)に似ていることなどが挙げられている。またショートスケールで弾きやすい上に、ベースとしては非常に軽く、肩がこらないため気に入っていると言われている。1963年に2本目のカール・ヘフナーを購入後は、コンサート時にスペアとしてバックステージに待機させていた。1965年頃には赤みの強いサンバーストの再塗装を施し、破損していたピックアップのエスカッションを作り直す。1968年にはシングル「レボリューション」のレコーディングで久しぶりに使用し、同曲のプロモーションビデオでも使用。さらに1969年の「ゲット・バック・セッション」でも使用していた。「ゲット・バック・セッション」終了後に盗難にあったとされており、現在ポールはこのベースを所有していない。 カール・ヘフナー500/1(Karl Hofner 500/1)(2本目 1962年仕様の1963年製) 2本目に入手した左利き用500/1。1963年10月頃入手。ヘッドのロゴが横書きの筆記体になっているタイプ。二つのピックアップの間隔は1本目より広めになっている。ポールのトレードマークとして有名になったのはこの2本目である。1964年まではレコーディング・ステージ双方においてポールのメインベースとして使用された。1965年にリッケンバッカー4001Sを手に入れてからはレコーディングに使用される頻度が減ったが、ステージに於いては1966年にコンサート活動を停止するまでメインベースとして使用された。1966年8月のビートルズ最後のアメリカツアーではジョージのエピフォン・カジノとともにピックガードが取り外された(ポールによるとその後ピックガードは紛失した)。1967年、シングル「ペニー・レイン」のプロモーションフィルムに登場して以降はレコーディングに使用されることもなく表舞台にも一切出なかったが、1969年の「ゲット・バック・セッション」で1本目とともにメインベースとして再登場し、アップル屋上でのライブでも使用された。ビートルズ解散後およびウイングス結成後は、レコーディング・ステージともにリッケンバッカー4001Sをメインにしていたため表舞台に出ることはなかった。1974年頃のウイングスのリハーサル風景を撮影した写真の中でアンプに立てかけてあったり、ギタリストのジミー・マッカロックが逆さにして弾いているショットが残されているが、ウイングス時代を通してレコーディングに使用されたことは一度もないと思われる。 1980年、ソロ名義で発売されたヒットシングル「カミング・アップ」のプロモーションビデオの中でポールがビートルズ時代の自身に扮し、このヘフナーを抱えて登場。続いて1982年の「テイク・イット・アウェイ」のプロモーションビデオでもこのヘフナーを演奏したが、レコーディングには使用されていないと思われる。 1989年、アルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」レコーディングセッションにおいて、共作者のエルビス・コステロの勧めで再びヘフナー使用を決意。この際に本格的なリペアを施し、「マイ・ブレイブ・フェイス」「ディス・ワン」などの主要曲のレコーディングに使用。続いておこなわれたワールドツアーでは、1969年のアップル屋上ライブ以来20年ぶりにライブ演奏に使用し、ビートルズ時代のヒット曲も多数演奏した。1993年の2度目のワールドツアーからはメインベースとして、ウイングス時代の曲もヘフナーで演奏するようになり、以降コンサート・レコーディング双方に於いて再びメインベースとして使用され続けている。 なお、1993年の2度目のワールドツアーまで、ボディーサイドに1966年のビートルズ最後のコンサートツアーのセットリストが貼ってあったが、現在は剥がされている。この他にも、最近のポールのツアーでは新しいヘフナー(ピックガード付き)がスペアとして常備されているが、実際にポールが使用している写真などは確認されていない。 また近年、1964年頃にカール・ヘフナー社からポールに贈られたとされるゴールド・パーツ付きのヘフナーがオークションに出品され高額で競り落とされたが、ポール自身はこのヘフナーを「所有したことがない」と明言。実際にポールに贈られたことは事実のようであるが、このヘフナーを手にしている写真などが一切存在せず、また本人はまったく覚えていないらしい。本人が使用することなく他人に譲ったのか、ポール自身の手に渡る前に第3者の手に渡ったのかなど真相は一切明らかになっていない。 リッケンバッカー4001S(Rickenbacker 4001S)(1964年製) リッケンバッカー社より贈呈された左利き用ベース。トラスロッドカバーは通常の右利き用タイプなので肩に吊すと、先が上あがりになっている(通常は下さがり)。同社製ホースシュー・ピックアップが取り付けられ、ブリッジユニットはミュートが出来るようになっている。500/1と比べ硬く引き締まったサウンドが特徴。1965年の「ラバー・ソウル」レコーディングセッションからは、レコーディングにおいてのみメインベースとして使用されはじめ、1966年にはコンサートに於いてもスペアとしてバックステージに待機。1966年6月の来日公演にも持ってきていた。当初はファイア・グローと呼ばれる赤をぼかした色であったが、1967年にはジョンのギブソンJ-160E、ジョージのフェンダー・ストラトキャスターとともにサイケデリックな塗装が施され、1969年の「ゲット・バック・セッション」中に塗装を剥がされ、木の地肌を露出したナチュラル仕上げを施される。ビートルズ解散後、1971年にはボディーシェイプが削られ、全体がより丸みを帯びた姿になった。その直後に結成されたウイングス時代を通して、カール・ヘフナーに代わるポールのメインベースとして有名になった。1974年には、ビートルズ時代の1965年に損傷して一部が欠けていたピックガードを新品に交換し、ピッキングの邪魔になっていたリアのホースシュー・ピックアップをハイゲイン・タイプに交換している。 ウイングス解散以降もレコーディングやプロモーションビデオで使用され、1984年の映画「ヤァ!ブロードストリート」にも登場したが、1989年のアルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」レコーディングセッション以降はほとんど使用されていない。ただし、2002年からのワールド・ツアーではサブとしてスタンバイされており、同年の日本公演にも1966年同様持ち込まれていた。なお、現在の写真を見るとリアピックアップが再びホースシュー・タイプに交換されているようである出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
August 7, 2007
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ギルバート・オサリバン(Gilbert O'Sullivan、1946年12月1日)アイルランド出身の歌手、シンガーソングライター。本名:レイモンド・エドワード・オサリバン (Raymond Edward O'sullivan) 。代表曲:アローン・アゲイン」(Alone Again - Naturally)や「クレア」(Clair)などがある。大学在学中にバンド活動を開始、1960年代中盤に自らが作詞・作曲を手がけたオリジナル作品のデモテープをあらゆる音楽出版社に売り込む。1967年CBSより、シングル『Disappear』でデビュー。2年後の1969年、トム・ジョーンズなどのマネージャーとして知られるゴードン・ミルズの主催するMAMレコードと新たに契約。翌1970年、シングル『ナッシング・ライムド』 (Nothing Rhymed) をリリース。全英シングルチャートで最高8位まで上昇するヒットとなる。この曲が収録されたアルバム『ヒムセルフ~ギルバート・オサリバンの肖像』 (Himself) は全英チャートで最高5位をマーク、86週にわたってランクインするロングセラーとなり、一躍スターダムにのし上がる。1972年には、シングル『アローン・アゲイン』 (Alone Again - Naturally) が世界的に大ヒット。とりわけアメリカではビルボードで6週連続1位、同年の年間シングルチャートでは2位を記録するほどの大成功を収めた。同時期に発売されたアルバム『バック・トゥ・フロント』も全英でN0.1を獲得し、その後彼は『ゲット・ダウン』 (Get Down) などをはじめ、主にヨーロッパと日本を中心に1970年代前半から中盤にかけ、次々とヒットを連発。しかしミルズとの関係が悪化し、袂を別った頃からその人気に翳りが見えはじめ、1980年代は音楽業界から長らく遠ざかっていた。1990年代頃からはシーンに復帰し、自らの半生をモチーフとしたミュージカルのスコアを書いたり、サッポロビールのCMのために新曲 (Taking a Chance on Love) を書き下ろしたりと、マイペースながら精力的に創作活動を続けている。 アウト・オブ・ザ・クエスチョン そよ風にキッスなどは、彼らしい爽やかなサウンドが聴ける。 ウー・ベイビー マイナーコードだがアップテンポでまた曲調が変わってよい。
August 6, 2007
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なかなかうまいところを突いている。パソコンの設定はど素人にはかなり大変。結構経験のアル人でもそうした業界人でもなければネットワークの設定などとても難儀な作業だ。その点をついたジャパネットたかたのサービスは凄い。パソコンの設定から、プリンタの設定、はたまた無線LANの設定までわざわざ自宅に赴いて設定をしてくれる。これは時代のニーズに、消費者のニーズにマッチしたビジネスと言える。やはりビジネスは消費者ニーズに応えるものでなければ、商機はないと言える。
August 5, 2007
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テレビショッピングの歴史はどのくらいだろう?恐らく30年はくだらないはず。最近は、24時間ショッピングだけの番組もあるそうな。通販というと高い商品を売りつけられたり、トンでもない中身の商品だったり、あまり良い印象がなかったがそうした印象を払拭したのが、カタログ通販。なかでも「通販生活」は画期的だったのかも。今ではテレビCMまでやれるほど儲かっているようだが。テレビの通販で画期的というかこれまでのテレビショッピングなるものを変えてしまったのは福岡のジャパネット高田だろう。買い物にわざわざ行くのが大変なお年寄りなどを恐らくターゲットにしているのではないかと思う。なかなかいいセグメントをしている。社長もなかなかキャラがたっており、若い人にも名が知られるようになった。商売人は関西というイメージが強かったが最近はまったく関係ない???と言っても福岡も「商業」の街なので、その点は同じか?
August 4, 2007
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------------------------------------------------------------------------------------志布志事件(しぶしじけん)は、2003年4月13日投開票の鹿児島県議会議員選挙・曽於郡選挙区(当時、改選数3)で当選した中山信一県議会議員(同年7月に辞職後、2007年4月の県議選で当選し議員に復帰)の陣営が曽於郡志布志町(現・志布志市)の集落で住民11名に現金191万円を配ったとして、議員やその家族、現金を受け取ったとされた集落の住民らが公職選挙法違反容疑で逮捕された事件の通称。事件を巡る捜査で、鹿児島県警察が自白の強要や6か月間にわたる異例の長期勾留など違法な取調べを行ったとされる。------------------------------------------------------------------------------------出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日本ではいまだにこうした国家権力による弱い者いじめが横行している。自白の強要、長期拘留、事件のでっち上げ。恐るべしは、家族からのメッセージに見立てた文章が書かれた紙を踏ませる「踏み字」の強要。「踏み絵」のことは誰もが知っている歴史上の出来事だけれど、現代社会でもそうしたことが平気で行われている。おまけに、こうした事件を起こした側はなんら処罰らしい処罰を受けていない。それどころか退職金まで出ていると言うから、われわれ国民も相当馬鹿にされたものである。福田か麻生か知らないがどちらが総理大臣なろうとも、この世の中が良くならない以上、どの政党が政治を担ってもなんの意味もない。自分たちの自己満足のためだけに、国民を愚弄しないでもらいたい。これは政治家や警察などの国家権力、社会保険庁などの公務員にとどまらず、マスコミや経済界の人間などなど、本来、自分の仕事の意味を忘れ、その関係性でなんらかの利益を得ているような類の人間すべてに言えることだ。
August 3, 2007
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YouTube活用たぶん、ラジオ番組だろう(AMは聴かないのので詳しくない)。桑田圭祐がいろいろな歌手の持ち歌をギター一本で歌っているのをYouTube上で公開している。自分たちの歌もあれば人様の歌もある。なかでもピーナッツの恋のフーガや青江美奈の伊勢崎町ブルースなんてのはちょっと聞き応えがあるし、なかなかこの人は歌、うまいな(当然うまいことは周知だが)とあらためて思わせてくれる。やはり、弾き語りで歌える歌手はかなりの力量だと思う。ちょっと下ネタ系もあって、それがまた振るっているのでお薦め。
August 2, 2007
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これは凄い!ジミヘンファンでギタリストならビビッとくること間違いなし。商品のサイトにはJimi Hendrixのトリビュート・バンドで有名なJimisenのプロモのムービーもアップされているので、結構楽しめる。あのジミ・ヘンドリックスの名演奏のサウンドが再現可能なギターアンプ & エフェクト・モデリング・ソフトウェア「AmpliTube Jimi Hendrix」はMacはもちろんWindowsにも対応しているし、体験版までフリーでダウンロードしてお試しできる。う~ん、やっぱり「買い」かな。
August 1, 2007
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