2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全14件 (14件中 1-14件目)
1
お久しぶりです。暫く、文章が書けない状況に居ました。今もどこまで書いてよいかわからないのですが、他人と私の間で起きた事。プライベ~トな出来事。他人のした事をどこまで書いてよいかは判らない。が、これは、多くの病気を抱えた人に注意をして欲しい事でもあるので、書かせてもらう。鬱を抱えた人が躁病の始まりに見られること。家族の人が気がつきにくい変化の1つの状態。先週、久々に、姉と会った。一月ほど、姪の語学留学、下準備に付き合って、海外に居た。私の、性質の中で、1つ、特徴がある。不自然な事に、心が引っかかる。人の日記を、読んでいて思うことは、日記を読んでいるとまるで、その人を、知ったかのような気に成る。しかし、それは、その人の一部で、全てではない。判りきった事だが・・・・。文章には、1つの人格があることも事実。その中で、気に成ってしまうのは、同じ人間が、突然に人格が変わったような文章になる時だ。この人に、何が起こったの?久々の、姉との再会。私は少し、心配を抱えていた。一緒に食事をしながら、姉に布石を置いておく。私自身、これから、自分が受け入れる事がどんな事かは、定かではない。「友達が来るかもしれない。」『ア~。ネットの友達?』思わず、目を逸らして。「そんなんじゃない。」友達というより、心配な人を受け入れる。実際、私はその人物を知らない。ただ、感じたことは、かなり不安定な状態にある。20歳前半だろうと思って居た。万一、途方にくれたとき、自分を訪ねて欲しいと思って居た。私は、相手の電話番号も本名も年齢も知らなかった。性別と、不安定な状態それだけが、気に成っていた。自分の責任能力を考えると、それはかなり、出すぎた事であって、本来見ぬ振りをするべきなのかもしれない。人と関わる時、相手の状態がよいときしか、人間は接しない物。危険を感じながら、見ぬ振りをすることは自分の性格上、無理だ。そして、その危険は自分以外気がついていないとしたら。それでも、無視できるだろうか?一月ほど前、一方的に、私の、携帯のアドレスと、電話番号を入れておいた。そして、自分が出来る範囲の条件を送った。この条件で私に飛び込む人間は、精神的によっぽど追い詰められている。人は、本能的に、知らない人に世話に成る時、危険を感じるからだ。返事も無く、私は、安心していた。どうして、そうした心配をしたか。一年以上前に、その人の文章に触れて、やり取りをした事があった。それだけの関係。最初、同じ人物と気がつかないほど、意識レベルが、小中学生レベルに下がっていたからだ。返事が無い事に安心していた。そして、もう危険は無くなったのかと思って居た。今現在、共通な話題も無く、交流も無かった。先週末金曜、夜中の一時にメ~ルが入った。『今から、電話をしても良いか』という内容だった。DVDを見ていて、気がつかなかった。朝、気がついて危険な精神状態だと、思った。直ぐ返信を入れる。最近、日記を開かない日がある。自宅に帰って、日記をチェック。世話に成りたい、と言うメッセ。しまった。今月、もうこないだろうと踏んで、余裕のお金は使い果たした。別な事にまわしてしまった上に、自分も少し浪費気味。生活費を切りつめるしかない。しかし、自分が一方的とは言え、約束した事。正直、出来る事なら、関わりを持ちたくなかった。しかし、この場合、気がついてしまった自分を抑える事は出来ない。当人の親も気がついていない、尋常では無い状態。姉は、私の付き合い方を心得ている。私は、嘘がつけない。目を逸らした時点で、それ以上の追求はしなかった。幸い姉は、仕事が入って、姉の関心は、仕事と自分の事に移っていたのが幸いした。私も、それ以上追及されたらもっと、困った事になる。私自身が、受け入れた相手を知らないので、かなりの緊張状態にあった。まず、相手がどんな格好で来るのか。見たからに可笑しかったら、周りに対して、どう対処するか?色んな心配が、渦巻いていた。何より、本人を刺激しない事。まず、相手とのやり取りで、連絡をしっかりする事を条件付けておいた。私の元に来る前に、既にいくつかの事件を起こしていた。これから、私のほうへ向かうと言う連絡から、一時間半ほどで、こちらに来ると言って、連絡が途絶える。どうやら、先の行動が行き当たりばったりに成っている。この時点で、わたしの心労はかなりに達していた。「これ以上勝手に動かれると、貴方に責任もてない。」と思わず電話で言ってしまった。電話が切られた。それ程、幼くないとメ~ルが入った。東京へ一月に一度は着ているとか、自分は世の中の事は知っているような事が書かれていた。私は、「一時間先のことが読めない行動力を心配してる。」正直、高校生の子どもでも、これほど心配しない。本人が、無軌道に行動する状態を心配している。年齢は、30歳近い事を知り、20前後の子どもでない事に、自分の責任の荷は少し軽くなったものの、人間、他人に対して、行動の責任は持つ事は難しい。夕方に、本人と会う。目がぶっ飛んでいる。やはり、正常な状態ではない。親に私の電話番号と今の所在を知らせる、メ~ルを打って貰う。自宅に連れて行ける状態ではない。アトリエには風呂が無い。食事を摂らせ、風呂屋に連れて行く。風呂から上がると、親から電話が入っていた。少し安心した。連絡先が知る事が出来た。私も状況を全て把握しているわけではないので、お預かりしている事を知らせ、とりあえず安心下さいと伝え、連絡を取ることを約束する。その日、本人の申告では、盗難に合い旅費を失ったと言っている。一万程、銀行に残っていると言う。現金の持ち合わせを聞くと、千円と言う事で、4千円を手渡す。その話も、どうも、可笑しい。盗難に会う前にレンタカ~で事故を起こしている。盗難に合った事がつじつまが合わない。その日は、睡眠薬を飲むのを確認してから、別れる。翌日、昼過ぎに、電話をして、アトリエに向かう。コンビニに行くとメ~ルが入る。コンビニで待つ。食事を摂らせる。服装の組み合わせが可笑しいので部屋で、着替えさせる。散歩に出る。スヌ~ピ~の縫いぐるみを買う。喫茶店で、少し話を聞く。彼女の心積もり、を確認。日曜日に法事が有ると親に言われて帰ることに成った。土曜日に友達と会って、東京から、帰るつもりという。法事などは、イキナリ決まることではない。嘘をつく傾向が有る事は感じて居るが、問題は、彼女が、その後埼玉に向かう予定が見えている。どこかで、宿つきのバイトを探すつもりらしい。何とか、家に帰る気持ちに整えなくてはならない。実際、家族は彼女の状態を把握していない。ここで、失ったら、もう行方知れずになる可能性が高い。人に嘘をついて行動する事は、自分では人を騙しているつもりかもしれないが、現実には、他人との関わりをきる行為。その時は巧くすり抜けても、その後、自分自身を追い込んでしまう。わたしは、新幹線に乗せたら連絡するので、迎えに行くよう話をしていた。しかし、この状態では、新幹線も途中で降りてしまうだろう。正直、家族に今の状態をどう知らせていいのか、困っていた。話をしている内に、盗難の届けを出す事を思い起こす。気がついたのが、小田原だと言う。だとしたら、小田原で盗難届けを出さなくてはならない。横浜で、届けを出すには、無理がある。交番で、横浜の警察の行き方を聞く。本人の話をまともに受け取れば、小田原で、届けを出す事が筋だ。彼女は、レンタカ~で車上荒しに有ったと、シナリオを作っている。だとしたら、小田原に立つ前に届けを出さなくては、不自然。その事を、考えて、届けを考えるよう、諭す。気をつけて行って言ってアトリエの近くで別れる。一時間後にアトリエに行くと、未だ居た。これからでるという。服装が整えられない。鏡の前で、服を脱がせ、合わせなおす。5時ごろ、片道45分位の横浜の警察に向かう。警察も、筋が通らない話で、届けを受けるのに時間が掛かったようだ。何度も連絡を取る。その日、11時半にこちらの最寄り駅に着いた連絡が有った。風呂屋が休みなので、自宅で入れるしかなかったので、連絡を待っていた。夜遅く私も眠いので、翌朝落ち合う事で、連絡を終わる。翌日、病院の保健婦から、連絡を受ける。駅前で倒れて、救急車で運ばれたらしい。「直ぐ行きます。」まずお茶を飲んで、親に連絡。「保険証はどうなってますか?」自宅の方にも連絡が有ったらしい。消化器系の検査を受けて良いか、問い合わせが合ったらしい。二日ほど入院、と言う事で病院に迎えに来る、話らしい。口が利けない状態と報告を受けたらしい。それにしても、親も私に問い合わせをしてこない。私から、連絡をしなければ、何も聞いて来ない。親も私を知らない。娘の状態もわからない。何を考えているのか???「口をキケナイのは嘘ですよ。」病院は一分くらいのところですから、これから行きます。安心してください。こちらに向かう前に、神経科の入院が出来るところを確保してください。帰った後で探すのは大変だと思います。区役所やかかっている、病院に連絡をしてください。実際に、こうした状態を、周りの人も、対処の仕方に困る。本人が落ち込んでいる。心療内科で安定剤を出してもらって、気分を楽にすることだと軽く考えている人が多い。鬱病は同時に躁病を予測しなくてはならない。急性期を気がつく人は、相当その病気に慣れている。家族も、躁病に対する、認識が無かったと思う。お家の中で、反抗的だったり、夜中に勝手な行動をするくらいの認識しかないと思う。こうした時に、大変なのは、入院の受け入れを、今通っている病院がどれほど、相談に乗ってくれるか。実際、町のクリニックの先生で、どのの病院と繋がりを持っているかで、その人の運不運が別れる。大病院で精神科勤務の後、独立した先生なら受け入れの病院の情報を多く持っている。患者に合った病院の紹介出きる能力もある。しかし、問題は大学病院の経験が少なく、経営の為に、最近流行の、心療内科で儲けている医者。大学病院、総合病院や、精神病院では、治療に制限があるので、個人で開業した先生なら、信頼できる。現実には、精神科に詳しくない先生でも心療内科の開業は出来る。卒業時には21科の看板を出す事が出来るのだ。医者も商売。********23年前の話。24歳の時、医者の卵と別れを決意した時、この手の先生に引っかかった事がある。総合病院で担当の先生が居なくて、偶々、その病院から、関係を切られる先生に、かなり危ない病院に引っ張られた経験がある。つづく
2004年05月31日
コメント(0)
最近、インドで、選挙が有った。相撲の中継後、イタリア育ちのガンジ~の親類の女性が立候補をした事を知った。生憎当選しなかった。うとうとした後で、このニュウ~ズを聞き、せかいが動いている事を感じた。先日、ガンジ~のDVDを借りてきた。ガンジ~和尚だとおもっていた。仏教では無かった。アメリカに行っても、キリストの最後の晩餐と同じ館で、ガンジ~の蝋人形が陳列されている。あたしの人生に、「謎のままの人物」だった。ガンジ~はヒンドゥ教の村で生まれ。二つの神を拝むむらで生まれ。神様を拝めるなら、どっちでもいいという、仲良い村。13歳で妻を迎えるの高貴な生まれ。イギリスに留学し、キリスト教の自由の精神と平等の精神を学ぶ。当時はイギリス領の国の弁護士に成るが、人種差別に合いインドに帰国し、インドの実情に触れる。イギリスの支配下で奴隷のような、最生活をしていたインドを、独立国として開放に成功する。「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ。」この、キリストの教えをふかく理解して、無抵抗を武器にした。兵士の無謀な虐殺に対して、「復讐せず従わず」、イギリスの良心を迫る事で、独立を勝ち取る。経済の自立。イギリス製品の不買運動。自国で生産にすることで、対抗。しかし、独立後、自国の宗教上の派閥争いで、内乱になった時、自分の命をかけて鎮圧するも、(断食で自分の命を懸ける。)一人の、愚か者、怒りを抑えられない、「無知な心の弱い人間」に、暗殺される。幸い、暗殺された年、かなりの老齢だった事。多くの業績を残した。1つの大きな歴史。歴史上稀な出来事。彼は、自分を、自分は「ヒンズ~教。回教。キリスト教。ユダヤ教」であると言う。「神への道」に隔たりを外した人である。私は、存在は小さい。しかし、考えの立場は同じです。何教でもいいと思ってます。神の道であれば。聖書で、割礼を受けた者は受けたままで、奴隷の立場なら奴隷の立場で、などなど。ユダヤ教に所属してようが、何人でも、立場はそのままで、キリストの教えを実践する事を望んでいる。宗教的、儀式に囚われる必要は無いのだ。全ての事は、実践できなくても。キリストの大切な教えの小さな1つでも実践したい。ガンジ~是非、見てください。 ****ジェイキンス氏。この方は、日本の国の大きな後ろ盾を得る「チャンスを逃した小心な者の典型だと思う。」この機に日本をジェイィンス氏が味方につけたら、最大限の、軍の譲歩をえられたと思う。わたしは、最初サタンとはなんだ?とかんがえた時。根底にあるのは、「恐怖心」だと思った。自己保身、これは、人間の自然な防衛本能だが、一人の力では、大きな力が得られない。紙に書かれた、総理からの「メッセ~ジ」を、受け取める勇気が無かった。これは個人の意識の、問題だ。知らない世界は怖い。誰でもある思い。朝鮮に対しての信頼の方が強い意志の表れ。この場合。過去の、軍の脱走と別の、新しい、意思表示となった。老齢を考える。日本の立場を考える。アメリカ軍の譲歩のカ~ドを自ら、捨ててしまった。しかし、北朝鮮の情報の不自由な状態に居れば、グアムで発見された小野田さん、横井さん等の兵士同様、現在の世界を知らない。彼の中では、戦争は終わっていない。日本の総理の権限も判らないと思う。これは、北朝鮮の人々共通の状況に思われる。個人の意志を無視して、連れ去る事は拉致と同じ。それは、人道的に許されない。本人は問題を抱えていても、娘達を母親の元に送る、優しさを彼が持っていれば、と残念に思う。一人で残る心細さか、異国に離れた、妻を思う事はないのか?それとも、北朝鮮が娘にとって、最良の土地と思っているか?そのところは、判らないこれど、軍の問題だけなら、ひとりで残るべきであって、子どもを母親に会わせる事は考えられなかったのか?あくまでも、彼の意思。異国で暮らす事は、64歳の老齢では、考えにくいのかもしれない。日本の64歳より実際、衰えていると思う。静かに慣れた土地で暮らしたいと思う気持ちも考えられる。この、個人の意思は、善悪や欲得だけで、量れない思いがある。総理は、今回よく頑張ったと思う。武器を下ろす。これは、話し合いの大前提。そして、腹をすかした相手と同等には話せない。まずは、飢えを和らげて、落ち着いて、お互い最善の道を模索する事は、「飴」などではない。「飢えた獣」に「人間」が化さない為の人道支援。医療品も最低限は必要な事。病院内に治療に必要な物が無いのだから。物的支援と言っても、内容は人命救助だ。私たちの、物余りの物質的な豊かさに程遠い。人を信じられない弱さ。これは、万人が心のうちにある。誰も責める事は出来ないが、打ち勝つのは自分自身によってしか助けられない。今回、最大のジェンキンス氏本人にとってのチャンスを逃してしまった。同じチャンスは2度来ない。しかし、違った形で本人が望むなら、再び「その時期の最良」を選びえる可能性もある。自分以外の家族を思うことで、人は、思わぬチャンスを得る物だ。心の勇気が時に間に合いますように。曽我さん一家、不明者の家族。北朝鮮の方々に、平安が訪れますように。
2004年05月23日
コメント(1)
ボランティア。日本で、ボランティアに対する、行動に対しての考えは、自費で動く。つまり、経費に関してまで、自己負担を求められるので、活動が、難しい。キリスト教という教会団体で、ミサの最後に献金を見えない袋の入れる、習慣がある。ああしたお金は、どのように使われるのか?詳しい事は知らないが、キリストの教会は、世界各国にある。修道女が世界中で、病院で働いている人がいるらしい。らしいばかりで、申し訳ないが・・・・。慈善・福祉の考えは、キリスト教の基本的な考え。自分が生きる経費を考えていると、自分に出来る事を、出来なくしてしまう事が多い。特に、ボランティアの行動は、経費は保証され、労働力がボランティアである事で、力を発揮する。集会に用いられる、建物。牧師の生活。それらの事をまかなった上で、剰余の部分を、このボランティアに宛てられる。教会の意思で、更なる、牧師の育成に宛てられる事もあるし、使い方は、教会の構成員の全員の決定でされる場合もあるらしい。地域の教会(集会所)の設立に対して、母教会から、借金をして、起こす場合もある。そうして意味で、民間の銀行や街金融と離れて存在しているようだ。教会単位での蓄財はしない。その意味で、他の宗教団体とは、少し違うかも知れない。これを、宗教団体の経営と受け取るか、教会の為に働くボランティアと受け取るか?団体に存在するお陰で、私のような、無宗教で居た者が、キリスト教を知る機会に恵まれる事がある。我が家は、街頭募金を好まない。ワクチンを送るより、身近な人を助ける。他に、義理の兄がしている活動がある。南の未開の地の教会に不要な洋服を送る。郵送費に、2万かかる。2万のお金の使い道。物を買っても、大した物が買えないので、郵送費に宛てている。義理の兄が、ベルギ~に留学した頃、教会の聖歌隊に参加して、仕送りをほとんど使わないで、過ごしたらしい。その縁で、当時一緒だった、神父が南の島に居る。私が、洗礼を受けた頃、この南の島から、神父が日本に来ていた。フランス人。大昔に、贈った、義理の兄の背広を着て日本に来たいた。フランス人です。私は、東京案内を言いつけられました。フランス語と英語は通じませんが、神田周辺を一緒に回りました。私の中に、カソリック・プロテスタントの集団の違いは有っても、キリスト教者である事に、隔ては有りません。ただ、日本のカソリックの人は、修道女が優しかったから、とかの、キリスト理解が無く、神父を神の代弁者と思う人が多い事に、抵抗を感じ近づけません。自分自身に善悪の秤が無くて、良心の責任を人任せの考えの人は、付き合いづらいし、怖いです。ですから、日本で教会活動の経験は有りません。神は屋根の下に限っているのではない。と言う考えから、日本という国を1つの教会と考えています。そして、自宅で祈る事が、会った事も無い日本のキリスト教者に言わずとも繋がっている事を信じています。義理の兄は、キリスト教徒では有りません。しかし、神を感じる事は、一人一人の心の内の事。行動の中に、キリスト教と通じた所が有ります。集まる品々の中に、未開地に送っても仕方の無い品等、私の手元にバック等が、回ってくる事も有ります。ブランドに詳しくない私が、知らずに、持っていることがあります。聖書を読んでいると、この活動費に対する問題での争う事は昔から有ったようです。コリント人への手紙を書いた人も、争いに対して書いています。人びとの為に働く人が、食べる物をその中から頂く事は自然な事。しかし、彼自身は誤解を受けない為に、自分のお金は自分で稼いで、入れる立場に居ると言う事を書いている。指導者で居る立場の人間は、自費の部分の用意できる人たちがなっていたようです。行動から、蓄財の利益を得ない事がボランティア。日本の経済は、蓄財を出来る人が少ない事で、世の中が、平和に動いているのかな?衣食足りて、礼節を知る。昔海外に出た後、日本に帰ってくると、ほっと、しました。電車に乗っても、誰もが、擦り切れた、物を着ていない国。外国では、ホテルを出ると、目に映る世界がみすぼらしい事が多いです。日本の国は街行く人がパラダイスの住人のように、清潔で身奇麗を保てる。豊かな国です。夜女一人で街を歩き、酒場に女の人が居られる、平和な国日本。そんな日本を大変愛しています。皆さんに平安あれ。
2004年05月20日
コメント(2)
法律と道徳この二つは、必ずしも、一致するとは、限らない。法の精神。と実態は双方に平等に与えられた、喧嘩の道具である。よく、法律上、問題が無い事を、正義とする人がいる。法律は、そこまで完璧な物でもなく、人間性を補償するほどの責任を持っていない。あくまでも、道具であって、それを持つ人の、人格が現れる試される場でもある。作為と書いて、サイと読む。サイで、変換しても、作為が書けない。????日本語も変わっていくのか?そして、ル~ルは時代によって、変わっていく。法律に反したから、と言って、人間性が間違っている、とは限らない。最近、年金問題で、国会議員の未加入問題で、国会議員としての資格を問われている。皆さんのうち、、どれだけ、銀行口座をもて居る人が居るだろうか?先ず言えるのは、子供の頃から、親の庇護を受けている人。給料を銀行振り込みではなく、現金で受け取っている人。現金の受給は今では珍しくなったが、昔は、現金取引が普通だった。ハンンコウを持ち、領収書に印を押す。フリ~タ~称する人が、年金をどれだけ払っているか?代行されないと、自主的に払うのは難しい。世帯主、非世帯主の立場の違い。一軒家で、世帯主の数が、決められていない事を知っている人はどれだけ居るか?今日、民主党の党首の決定があった。いつも思うことは、責任者になったとたんに、顔が変わる。これは、歴代首相にも、感じる。立場が人の顔を創る。小沢氏は、今回辞退した。これは、かなり、強引な辞任だと思う。任意の時代。小沢氏は、「頭」になるより、「懐刀が似合う」と自分で思っているのではないか?人には、タイプがある。必ずしも、人が頭に成る事を望むとは限らない。任意の時代。これは、政治の移り変わりの内にある事。自由意志。年金は払わないと、受ける事が出来ない。と言う前提があった。義務は同時に、権利の取得の保障でもある。それは、今も、25年払わないと受け取れないと言う、決まりがある。国家公務員は昔の知識では、15年働けば、恩給が出ると聞いていた。日本は、不思議な国。世界中で一番の福祉国家になってしまった。過去、外国で、スエ~デンとか福祉国家が早くに完成したと聞いたことがある。ところが、若い人の、税金が60%に達して、若い世代が逃げ出したと言う事実。を聞いている。日本は、諸外国と違い、累進課税の為に、大金持ちが居ない。日本の大金持ちは、外国にも資本資産を持っていると思われる。議員の鳩山さんが、一番の資産家。一億5千万の自宅。日本の発表によると、資産は何とも倹しい。多くの人が中産階級。秀でる事を許さない国民。大金持ちが居てもいいはずなのに、表には表れない。マイケルジャクソンの無駄遣い。物、土地。それらは、売買の後何も生み出す事は無い。利用する人が、有効利用で価値を高める。我が家の近くで、ある家族が、人通りの無いところで、商売を成功させた。地主は、その土地に力があると勘違いして、家賃を吊り上げ、立ち退きさせ、自分の息子に商売させた。その場所は、再び人気の無い土地に戻ってしまった。マイケルジャクソンは多くの人を雇用している。多くの人を、養っている。お金持ちのお金の使い方。恐らく、消耗する、労働力が、一番の贅沢なのだと思う。資産家のお金の使い方は実に倹しい。再生産に繋がる、人的消費。物品に関しては、その物品が、何かを生み出す事以外に価値を認めない。それが、資産家のお金の使い方。宝石等も、売買の対象として価値の普遍な物にしか手を出さないと思う。私達が、手にする事の出来る、宝石は、クズの価値しかない。そんなものに、命を費やす必要も無い。記念の為に、ダイヤを贈る。自分の為に記念として、装飾品に魂を込める。それ以外に、そうしたものに価値はない。それ故、セカンドハンドの、正規の取引をされたもの以外は、宝石などの装飾品は、身につけるのも危険だと思う。そうしたものには、持ち主の念が残り。「この宝石を手にしたものは不幸に成る」と言った、類の話はかなり、現実のものである。逆に、「幸せの宝石」も存在する。それは、送られた、最初の動機から物語が作られる。最近、見た映画で、一番楽しかったのは、カルビアン・パイレ~ツ。アステカ金貨の逸話が語られている。幽霊船。ディズ二~ランドのカリブの海賊のアトラクションの場面が何を語っているのか、初めて知った。宝石、金貨とは元々、そうした物。人から不当に奪って幸せになるものではない。私は、お金で育った子ども。親から、お金を毎週手渡された。そして、こう教えられていた。「お金は只の紙だけれども。。。。それを、渡す事で、気持ちを込める事の出来る紙だ。」お金の種類で、お金以上の価値のあるものといえば、低額の一円硬貨が際立っていると思う。一円を作り出すのに、どれだけの価格が掛かっているか。「一円を笑う物は壱円で無く。」とも教えれれた。それに比べると、高額紙幣ほど、同等の価値が無いと思われる。昔は、一ドル・一グラムの金に相当した。それを、360度で、割った、物が一円硬貨。一円硬貨には、日本の大切にしている、物が意匠されている。オリ~ブ木。平和の象徴。アメリカの一円に当る硬貨は、セント。セイント・「聖なる精神」中国、元の下には、角と分。恐らく。分。時間を大切にしたと思う。平和・聖なる精神。時間。恐らく、これ以上の贅沢はこの世に存在しないと思う。円は360度。一ドルは、金一グラム。金の割合の単位は24分割。そして、一時間六十分。一分の時間は60秒。私の家では、お金の一番有効な使い方は、「時間を買うこと。」こう教えられて育った。お金。今私達が、手にしているものは、日本銀行発行の信用券。私の最初のバイトは、外資系銀行のバイスプレジデントの日本語家庭教師。支払いは、マネ~ジャ~ズチェック。わたしは、24歳の時、銀行に口座を持っていなかった。(子供の頃のある年のお年玉を入れた、通帳が後に出てきたが・・・)小切手の使い方が、判らなくて、紛失してしまった。何年か後、この銀行に、このバイスプレジデントに連絡とろうとして、電話すると、本人は退職していて、担当者から私がお金を受け取っていない事の理由を聞かれた。初めて、銀行の常識が、一般に知られてない事が銀行に知られたと思う。わたしは、この変わった、小切手を皆に見せて、無くしてしまったのだ。そして、小切手は無くしても、再発行されるものとしらなかった。トラベラ~ズチェックはこの、小切手の一種。現金に無い、安全性。それらを、今の人は、当たり前に知っているが、今の、議員の若い頃。そうした、社会のお約束事。日本でも、民主主義、権利補償の概念を理解するには時間が掛かっている。日本は近代の文化を与えられて国。自由の権利の獲得に血を流していない。国会は、確かに色んな法案を審議するところであるが・・・。法律には、罰する為のもの。権利を守るための物。この二つが存在する。私が地元で、お酒を飲まないのは、30代のとき、地元の酒場で、「先生!」と声をかけられた事が起因している。恥ずかしかった。地元の中学で教育実習を受けて、体育の保険の授業で、「心身の健康」の授業を受け負った。その時、教科書に書いてあることの他に、少年法について述べた。子どもの成長の20までの成長曲線と法律で、飲酒タバコを禁止する、法律は、罰する目的ではなく、保護する為に作られている事を伝えた。出来るだけ、「飲酒・タバコ」は、控えるよう促した。教えながら、言い切れない何かを感じながら、こんな責任のある仕事は出来ないと感じ、その学校を卒業する事をやめた。20歳は、体は、大人に見えても、経験の少ない子ども。何年か前、公園の暗がりで、自転車で、徒党を組み、タバコを吸っている中学生の一団に説教をした。「あんた達7つでしょ?」成長期に何している?背が伸びなくなる。頭の悪くなる。わたしも、タバコ吸うから、我慢は大変なのは判る。吸うなら、人目につかない自宅のトイレで、一人で吸え。と教えた。人前で、吸えば、成長を助ける保護者や大人たちに失礼だと言うこと。人目につけば、自分が損をすると・・・。全員、「一理有る」と認め、その場でタバコを捨てた。法律を守る事が必ずしも、まっとうな生き方と言う事ではない。時に、卑劣なル~ルが世を支配する事も、歴史の事実だ。今の国会で、過去の落ち度をつつきあうより、わかり難い、法律の変化を、広報する事が大きな役目と気づいた人は、どれだけ居ただろう。私達外人は、もとより、国の保護を期待しないように育ってきた。外人の企業での雇用も諦めてきた。しかし、移り行く時代の中で、色んな変化が起きていた事を知るのは、問題が起きた時。我が家で、勤め人の経験が有るのは私だけ。「寄らば大樹の陰」大企業で働ける事は、とても有り難い。この経歴は信用に繋がる。信用金庫でバイトをした時。上司の最初の言葉がおかしかった。「外国人でも、私達と変わらないのですね。」日本企業の人は、日本在住の外人を初めて見る。という当時の事情を物語っている。同じ、黄色人種で、日本に生まれ、外人に成る方が難しい。私は東急系列の事業所で、初めて、社員契約をしたのが、父親が亡くなった後の30歳。私の前に、朝鮮国籍の人が勤務した経験が私の入社を楽にした。アルバイトを探して、偶然に社員になった。戦後、1つの世代が終わる頃、この薄いべ~ルを被った、日本生まれの外国人が、社会参加を許される時代になってきた。親の時代には信じられない事。それ故、大学は、医学系の資格を取れる物しか、授業料は払わないと親に言われていた。文科系は、勤め人のパスポ~トと認識されていた。私達外人が年金加入できる事を、知ったのはその頃。今現在でも、年金加入が認められていることを知らない外人は多いと思う。気がついたときには、25年の最低の期間を支払えない年齢だったりする。年金は、義務を果たすと言う事は同時に、権利を与えられる、喜ばしい事でもある。今の予測で、悲観論も多い。しかし、時代と共に、世の中の実態も変わる。その時代。日本信用券がどのように分配されるのか?バブルの時代。実体の無い、計算上の負債が生まれ、この処理が大変になった。現実のお金、これが、どれほど、潜在的にあるのかが、見えないことが物事を複雑にしている。流通していないお金の存在。日本信用券。その分配の仕方で、新しい雇用や、産業が生まれる。今の机上の計算で全てを決めるな。と私は言いたい。昔のお金の一億は想像を超える金額が、今では、殆どの人が実感がある。一人の人が、生きる計算をすれば、誰でも、一億以上必要になる。貨幣価値の変化は人間の必要より早い。富の再分配。これは、産業の発展に流通は不可欠な大切な役割である。弱い立場の人間が「社会を信用する。」これは勇気の居る事だと思う。「人間捨てた物ではない。」 これが、これまで生きた私の今の実感。その時その時、不都合を修正する。ル~ルはガイドラインで、神が決めた絶対的な人間の掟と言う性質の物ではない。それ故、過去を突付きあう事では無く、そこから、何が問題だったかを、見つけることが大切。作為、不作為。この二つの問題。大きく責任の問われ方が違う。作為であれば、その作為に隠された真意の質が問われる。時代は、私達生きている人間が生み出す物だ。
2004年05月18日
コメント(3)
泡雪は、究極の気分や。その日のならないと判らない。仕事の約束以外は、歯医者の予約も、苦手。起きる時間を予想したが、見事裏切られた。酷い落ち込みが、先週の土曜を境に、すっかり落ち着いている。胸の真ん中に、再び暖かい物が戻ってきた。心が荒んだ時。最悪な思いが、浮かんだ。隣のテ~ブルを見ながら。「こんな人たち。死んじゃえばいいのに。」泡雪は、自分に沸いた想念を観察する。思い浮かんだからと言って、それが、本心ではない。周りが、醜く見えるとき。それは、自身の心が醜いときだ。:ふ~ん。こんな思いが、人種の迫害、や親父狩りを起こすんだな。:と理解する。その日、家に帰ってふと、再び、胸の中心に温かい物が、戻ってきている事に気がついた。この間の落ち込みは、異常だった。初めて、心が荒んだ。他人に対して、殆ど無関心な私が、他人に無意味な悪意を持つ。花に、憎しみを感じた時点がややおかしい。「妙だ。」と感じたいた。実は、この落ち込みが私に、親父狩りをする人の気持。戦争で、捕虜を虐待する人の気持ちを理解させた。私は、自分が、どうしてそういう状況に置かれるのか判らないけれど、何かを理解すると、すぐさま過ぎ去る事だけは、経験的に、知っている。だから、自分に沸く全ての想念を逃さず見逃さない。そして、自分を醜いを卑下しない。こうした時には、こんな心境になる。と言う事を理解する。実は、その頃、眠っている時は、「夢のマトリックスで生きていたので、楽しかった。」起きている時が、妙に殺伐としていた。そして、心に暖かい物が戻った頃から、「夢のマトリックス」は入れなくなった。睡眠時間が、先週から人並みの時間に戻っているようだ。なわけで、朝9時ごろ眠ったのだが、午後3時には起きていた。自分の変化は、暫く気がつかない。起きてから、暫くPCやテレビを見ながら、用を足して、初めての食事に出たのが夜8時。町で、仮店舗の古本屋に入る。古本屋の面白いところは、店主でコレクションが違う。一週間の交代の仮店舗。先週は洋服屋だった。泡雪は、ジャンルは理解できるだけ、幅を広げる努力をする。昨日、見つけたもの。官能小説誌 背徳5 綺羅光 牧村僚他 (この手は初めて)ホラーアンソロジー異形コレクション 悪魔の発明 井上雅彦 (お初) 推理文庫 邪馬台国はどこですか? 鯨 統一郎(お初)宇宙を見つめる人たち D.ゴ~ルドスミスナルシスの生涯 P.エヴァンス上はお初の作家で、読んでみないと面白いかは予想がつかない。 なじみの人たちの本。五木寛之 青い鳥のゆくえ 命蘇る日に曽野綾子 一枚の写真星新一 宇宙のあいさつ おせっかいな神々大槻義彦 ふしぎ・おもしろ科学それと、姉が娯楽で読む、小池真理子のサイコサスペンス。家に無いもの、十冊ほど購入。ルドン/ルソ~の画集。今が画集は人気が無いのか偉く安い。作家について少し知りたくなった。例によって、ルドン←名前覚え間違えているかもしれない。絵は見たこと有るが、名前は初めて。今、手元に無い。昨日見たDVD誰かの日記で絶賛の「24」早速、借りに行った。今半額なので、品薄の中。4.7.8.10.11.12 が借りられた。全部見たら、又夜が明けた。面白かったが・・・。胃が痛くなる内容だった。気が抜けない。リアリティが無いのは、理想の大統領の人格。素晴らしすぎないか?女性の馬鹿さの、総出演。よくまあ、ココまでと思うほど、女性のアホさを描かれていた。家庭の主婦、奥さん、母として、立派な人も、愛人の気持ちには逆なでする無神経とか。旦那の職場で、我が者顔でウロウロするから、旦那が守っても厄介に巻き込まれるとか・・・・。(ありがち)候補の奥さんは、典型的な、旦那が偉ければ自分も偉いと思う、典型的な哀れな人。その他、女性は信用なら無い愚かしい者である事を見事描かれている。痛快だ。野蛮な男性社会。アメリカ的な女性蔑視が見事に描かれた作品だと思う。日本女性もまた、「日本婦女伝」松本清張著のような、賢さは失われ、男女平等の名の下、アメリカ的な御馬鹿な女性が多くなってきてるかも・・・。冷戦の頃の多重スパイを思い出した。私の「ホストファミリ~」のご主人は、アメリカ軍の諜報部員で、「家族を守るため」に自分の頭を打ち抜いた話を思い出した。その霊を救う為、キリスト教徒に成った人。優性遺伝のコケ~ジョンの子どもを持つ日本人女性だ。結構現実味の有る話し。イギリスには、あんな女性の描き方は出来ないものと思う。あくまでもイメ~ジですが・・・・。レディ・ファ~ストのイギリスレディは淑やかで賢者だ。女性は男性次第で、賢くも馬鹿にもなるような気がする。女性の扱いには気をつけましょう。「24」をみて、軍に利用されるような特殊な能力も無く、平民で有る事の幸せを、つくづく噛み締めた。誇りを持って、名も無く生きよう。寿命をまっとうする事が、私の、唯一の目標だ。
2004年05月16日
コメント(0)
夕方らしい頃に、目を覚ました。泡雪の一日の睡眠時間は、人より長い。一日に起きている時間は、18時間目安でそれ以上にしないよう気をつける。一月、20回くらい眠る。去年は24時間単位で、起きる日と眠る日があった。一月、15回眠っていた。大分、進歩した。なわけで、朝起きる時と、夕方起きる時が有る。明るさで、朝か昼かは直ぐに判別できない。回りの声に耳を傾け、子供の声とかしていると、夕方かと思う。朝は、子供の声もしない。静けさは、日によって夕方でも静か。昨日は夕方目をさました。眠るタイミングを失って、着かれ切るまで、起きていると、40時間以上起きている事が有る。起きた時、やはり、疲労が残っている。タバコを吸いながら、前の日に思い出せなかったことを、考える。長時間起きていると、さすがに集中力が切れて、思い浮かびにくくなり、本も読みたくても読み取れなくなる。昨日思い出せなかったこと。あ~!アジアまで、覇政したのはアレキサンダ~大王だ。と思い出して、早速検索。あらら、フビライとは、全然、関係無い。西暦前、334年。1000年の3分の1年前ね!おお~エジプトまでか?おお~コリント出てきた。「コリントは、少しわたしの、重要ポイント」十年前から、これを、追っていた。ソクラテス・プラトンの時代。1600年ごろまで、存在した、スタア学派。ここいらが、私の思想のル~ツな気がする。最初に読んだ、哲学書はプラトンの「饗宴」。聖霊に出会っても、宗教団体に飲み込まれない性質のわたしの・・・。聖書に触れて、最初に考えたのは、「サタン」とは、具体的にどういう物を指しているのか?聖書に書いてあることを普通の言葉に置き換える、旅が始まった。わたしは、地理、地学、歴史が中学から、及第点を取った事が無い。アチ~ブメントテストだけは、一夜付けした記憶が・・・。基本的に暗記は苦手。短期記憶だけ。かなり、苦手。つまり、私には、努力忍耐、根性と言う文字は辞書に無い。知らない事が多くて、今子供のように楽しい。今は暗記ではなくて、理解で読み始めているから、少し年代が覚えられるように成ってきた。中国の事を少し調べる。漢民族。え~56民族の中国国民の内、92%が漢民族?そう言えば、中国の、内戦は、遺恨の復習劇を避ける為に、一族郎党、殺すんだった。だけれども、民族の優秀性の遺伝を残す為、何組かの、男女の孤児を養子にした姫様は誰だったか?この手の話は、司馬遼太郎か松本清張、あるいは陳瞬臣の本で読んだ。と思う。が、年代がわからない。そうそう、楊貴妃のも読んだ事があるが、それかな?と、楊貴妃を調べる。玄宗皇帝の時代。この人は、楊貴妃とのロマンスで有名。だったんだ。「美人に一度振り向くと、国が建ち、二度振り向くと国が倒れる。」楊貴妃に満足して愛の生活に夢中で、戦争や治世をやめてしまった人だ。実は、私は、自分が何民俗か判っていなかった。どうやら、華僑の殆どは、漢民族らしい。学友で、モンゴルのジンギスカンの末裔が居る。どうして判るかと言うと。その血筋の長男に英雄と称号がつけられるからだ。それと、血筋のだれだれの子、だれだれ、見たいに名前がつけられるので、兄弟全員、名前の最初の文字に苗字見たいのが無い。そんなわけで、自分が何民俗か知らなかったが、どうやら、民の為政者の時代の流れなので漢民族だ。PCを閉じて、食事にでる。その後喫茶店で、昨日届いた、宮城音弥の本を読む。お疲れ気味で、3冊目を通し始めて、「精神分析入門。」「新・心理学入門。」今日はお疲れ気味、専門的な話は、少しかが入らないので、「タバコ」を選ぶ。取り寄せる時、又タバコの害かな?辞める為の本かな?と、気が進まなかったが・・・。タバコの薬効とル~ツ。嫌煙家と愛煙家の長きに渡る、論争の話だ。一時、万能薬として、西洋に流行ったらしい。副流煙に関して、皆さん、かなり神経質に成っているけれど、私としては、吸う場所とマナ~を考えれば、大気中の煙の害は、自動車の排気ガスより、よっぽどまし。と思っている。今の、嫌煙の流れはアメリカナイズされた、極端な形と理解している。日本でも、昔、キセルの時代、タバコ禁止令が出たが、乞食でも、吸いたがる、タバコは不滅だったらしい。10時で喫茶店が閉まる。集中力が無い日は、ビデオを借りる。途中喫茶店の前のツタ○でDVDを選んでおいた。なんと、登録すると半額期間だったので、登録した。今日、選んだのは「チャタレ~夫人の恋人」マダム・チャタレ~の3巻。さすが、イタリア。ロマンポルノも一味違う。我が家の、応接室の本棚にあった、文学全集で「チャタレ~夫人の恋人」「ナナ」「月と6ペンス」「椿姫」アンナカレ~二ナ」等世界文学全集は中学生の時に、暇つぶしに読むでもなく目を通している。が、子ども故に、スト~リ~が混乱してる。椿姫、ナナ、等は、二つが1つの話になっているかもしれない。親から渡される物とは別の物。小学校の時、どうしても、読めなくて居たのは、パ~ルバックの「大地」。親に質問されて、しどろもどろでごまかした。いつか、読もうと思うが、どうしても、入り込めなくて、辛かった記憶がある。チャタレ~は、その時代、かなり、過激で論争された本だと聞いている。私の記憶では、戦争で下半身不随に成った、領主の妻の、庭番との浮気話。どうして、教養レベル違う同士に純愛が生まれる?と言う、「子どものはてな」どこが、文学なんだ?と言う疑問が有った。で、映画を見たら。う~ん。大人の文学。これは大人にならないと判らない世界。日本は、恋愛の歴史が浅い。「キス」と言う習慣は、最近の輸入らしい。ああした、行為も本能ではなくて、学習みたいだ。日本人は恋愛べた。歴史が浅い。このシリ~ズは男の人がみても、女の人が見ても、かなり刺激的で、美しい。美しいセックスの見本みたいだ。女の人の気の無いセックスの反応とか、夢中の時の表情とか、実によく、演じ分けられていた。日本の汚い、素人の本番、ぼかしと違って。情感の有る、セックスの演技。腰位置をわざと不自然にしているが、役者が男も女も一流の演技。3作ともそれぞれ、の女の立場の色気の違いの表現が巧い。さすが、イタリアだ。子どもの、骨盤の発達していない女性の挑発もよく、書かれている。昔の、日活のロマンポルノとは、役者と内容の格が違う。心理が細かくて面白い。かなり、官能的で美しい。マル~と言う女優が好みなので、「チャタレ~夫人の恋人」の主演女優。O夫人の誘惑シリ~ズもみようと思う。エマニエル夫人の「O嬢の物語」は、昔劇場で見たが、薄知的で面白くなかった。イタリアン、ロマンシリ~ズ。女優が綺麗なので、レズビアンの人でも楽しめると思いますよ。マダムシリ~ズの3が内容が深いのに最後の方で気がついて、もう一度見たので、夜が明けた。ニュ~スを見て、5時半ごろ、実家へ戻る。映画は、アパ~トで見ている。テラスの木や草の水遣り。HPを確認。前日の添削は今更しても、意味が無いのでパスして。今日の日記を、認めた。ア~。お日様が上ると、眠りたくなくなるが、そろそろ、薬を飲まないと、又、24時間起きてしまう。今から、薬を飲んでテレビを見ながら昼頃眠ると思う。では皆様。おはようございます。明日の朝は恐らく、午前一時ごろ。です。
2004年05月15日
コメント(2)
な、な、なんと!宮城音弥は、1908年生まれ。生きていれば、96歳。未だ、没年を記した物を見ていたい。一世紀の歴史の証人。未だ存命中か?どこかで、名誉教授の肩書きを目にしたような?ご存知の方、一報下さい。今日更に、3冊手元に届いた。明日が楽しみ。今日は、既に起きている時間が40時間(相撲の時間中仮眠)を越えているので、少し頭が纏まらない。私は算数は応用はかろうじて、式が立てられる。やはり公式は覚えていない。時間をかければ、考えられる。一次方程式。だが、なんと、計算が苦手。なわけで、大正生まれの父と昭和一桁の継母。そして自分の西暦。と昭和の年号しか、歴史は年代を覚えていない。計算は、10と5と0でアバウトで考える。端数切捨て。で、日常はそれ程困らない。歴史は、さっぱり判らなかったが、キリスト教に出会って、2000年前から、時間を考えるようになった。そして、アバウトで覚える私は。西暦元年をお0と置き。前500年。仏教誕生。後500年。イスラム教誕生その後飛んで、ルネッサンス時期。1600年から、考えている。その時代の、イタリアの文化と現在の事象を点で結んで、経緯を考える癖がある。実にアバウトで、頭が空っぽなのがわかる。本に書いてあることは覚えないと言う、決心をしたのは、18歳。子供の頃から、教科書に書き込み、ノ~ト兼用で、高校まで来た。かばんはすっきり。教科書は試験前まで、机の中。大学では、高校のような教科書はない。参考書。先生の書いた本と、本に書いていない、大切な事を授業される。授業は寝ているか、(でも、熟睡できてないので、頭に入る。)先生の話に耳を傾ける。これが、私の学校生活。ろくな物じゃない。そうして、ドンドン頭が軽くなった。で、今になって、勉強し始めた。時代が過ぎると。実に色んなことが纏まっている。それなりに、時代の結論が出ていて、迷い実験の時代よりわかり易い。今日は、中国の「元寇」(モンゴルの騎馬民族が日本まで押し寄せてきた時代。と「始皇帝」の時代を調べた。実は、どっちが先だか判らなかった。なんと、この二つは1000年近い開きで、「始皇帝」が先立った。実は、万里の長城。これは、騎馬民族対策で作られている。この、万里の長城を越えて、来るのに、1000年掛かったのだ。と単純なわたしは考える。次に、現在の中国の区分を開いた。私は、中国国籍。しかし、日本で生まれている。条件は皆さんが日本で生まれているのと、対して変わらない日本で外人に成るには、勉強しないと日本以外の外国情報は実際のところ何も知りえない。言葉さえも。ロ~マとこのモンゴルが手を結んだ事を先日海のシルクロ~ドで読んだ。だとすると、カソリックとモンゴルのフビライ。元の国は中国の侵略と言われているが、正確には、ロ~マから来た、カソリックの共謀か?確かロ~マから、中国を一世風靡した人?時代をなんと言ったか頭に浮かばない。名前が浮かばないので今日は調べられない。初めて、西暦1000年から、1、600年の間の所に、焦点を当てて居る。**はっきり言ってこれは私の、想像。こうして私は、推理する。まず、自分でかんがえてから調べるとどこで、思考が間違えたか判りやすい。明日は、この辺を調べてみる。4年ほど前、臨時で外人の個人旅行の引率をした。その時、ベトナム系のある国のエンジニアを江戸村に連れて行った。私も始めてで楽しかった。皆さん。日光江戸村へ行きましょう。日本がおぼろげに見えてきます。一番古い時代で、フビライから、日本を守った、忍者が出てくる。「忍者」を説明するのに、少し、行きに起きたトラブルが頭を曇らせていて、いい説明が浮かばなくて。何をする人たち?「メッセンジャ~」とトンでもない説明した。「フォ~・ディフェンス。」時々、言葉が浮かばなくなるのだ。ガ~ドマンとも言った気がする。『誰なのか?』ノ~ボデイ・ノウズ、フ~・ゼイ・ア~。ウィ・コ~ル・ゼイ・『ニンジャ』。ニンジャ・ザット・ミ~ニング・「シ~クレット・パ~ソン。」まるで、必殺仕置き人の説明のようだ。と更に判らなくなるような説明。勿論、劇を見ながらだから、戦うのは、見て知ればいい。この程度も英語力でも、ピンチヒッタ~はナイヨリまし。今なら、「エ~ジェント」と間違えなく言うだろう。私の職業は、無職で、敢えて言えば、ピンチヒッタ~。出来そうな事は初めてでも何でも、します。一番変わったところでは、ユニフォ~ムデザインのイラストアップが有った。昔は、資本主義・帝国主義・資本主義。どれがよいのか、それどれの国が競って、実験した。で結果。アメリカの傘の下で育った日本とドイツが偶然一番清潔で暮らし易い国になった。アメリカは抑える上が居ないから。アメリカ、北朝鮮、イスラム。この三つが、極端な、「恐怖」と「欲」と「自己保身」の形を現している。これは、形としての表れ。声明を出し実行するテロ。脅迫する、朝鮮。武力を振り回すアメリカ。イラクの国とテロ。テロが民間組織なら、イラク国を侵略したアメリカは、結果としてテロ国家ではないのか?テロ(民間組織?)の、悪の枢軸と言われた国には大量殺戮兵器は未だ見つからないし、これからも見つからないと思う。暴力団かギャングの抗争を見ているようだ。その中でも、イスラムが一番理性的かもしれない。アヘンを扱う朝鮮の方が危ない。やったらやり返す。アメリカが正義とはこの時代、文化が有る程度、世界に分散した今は言えない。自衛隊のお陰で今まで、テレビで見なかった、砂漠の国が身近になった。武器を持った派兵は基本的に反対だが、現実良かった面もある。一人しか、見せしめに使わなかった、イスラムが一番我慢強い。それは、家族を失った、アメリカの人もアメリカの責任を言うところは、アメリカの市民も又、狂って居ない。イラクは一年我慢していたのだから。ビジネスの為のアメリカに。一万人のイラク被害者の映像を撮っていたら、もっと、残酷な映像が出来上がるだろう。武器から手離れた所に、標的が有ると、殺しの実感はすくなくなるかしら?イスラム人は、かなり世界で謙虚だ。どの国に行っても、日本人だから高く取る事は無い。同じように、商売する。少なくても食べ物は。神を心に形は違っても持っている。一番判らないのは、ブッシュの言う神だ。ブッシュの正義も判らない。テロが何だかわからなくなってきた。確かに、9・11はショック。でも、それは、イスラムの国のイラクにしたことに対して、イスラムの過激派が10年後。仕返しをしている。宗教は違っても、人の尊厳は変わらない。アメリカ人がされると、テロで。アメリカ人がすると、軍隊の個人の行動なのか?かれらは、国単位ではない。日本人は、季節が変わり、気分も変わるからか、切り替えが早い。ブ~ムも直ぐ去る。イスラムの報復は、忘れた頃にやってくる。歴史が砂漠の人は気が長い。5、600年以上前から、人類の歴史がある。その忘れるほど長い時間の間に修復をしなくては。自爆テロでも、西洋人は鈍い。映像で、見せた。「人を殺す事は、これほど残酷な事だよ」と言う事。ヤギや羊を殺すところから、食べる作業をしている、彼らは、苦しみを最大限少なくしたと思う。見え方は残酷でも、あの殺され方は、手足を切り刻んだり、虐待よりかなりの苦しみの時間が少ないと思われる。形は違っても時間の長さは違っても、歴史は絡みながら、出来事は続いている。イラクの人は、今自国の出来事を日本ほど情報取れていないと思うが・・・。この情報の伝達の時間の差が、お互いの心の時間の差を生むんでいる。日本の情報も又、操作されて物とは思うが、現実は、いつも現場にしかない。情報で頭で作られた現実とどこで、接点が起きるのだろうか?朦朧としているので、明日、添削、削除する。お休み!
2004年05月13日
コメント(0)
時々、思い込んで、勘違いする事がある。靖国神社。この神社、実は、近くに、兄弟が居て、よく、北の丸公園と靖国は、子供の散歩に歩いていた。ある年。友達と、初詣に神社を選んだ。大晦日の夜。いつになっても、人が集まらず。11時半頃。友達は特に親しい男の子でも無かった。ふと、こんな人と正月を迎えるのは嫌だと思い。親戚のところに行くように言って、私も、オバに電話をして、タクシ~で、おばの家で、年越しそぼを食べさせてもらった。そんな経験から、どうして、靖国神社は大晦日しまっているのか考えた。靖国神社で有名なのは御霊祭り。沢山の灯篭を色んな方々が絵を描き。奉納する。これは、灯篭祭りは、鎌倉の八幡様もある。わたしは、初詣で一番好きな場所は、明治神宮。この森は、気が良い感じがして、20歳くらいまでは、早朝、デ~トコ~スだった。森を、ボ~イフレンドと交互に知っている歌を、披露しながら、歩くのだ。次は、ドイツ語とか、テ~マ決めながら、進める。いろんな人と、行った。女の子とも行った。お気に入りの場所。ある時期から、休日。代々木公園の路上ライブで、静寂が失われ。最近、中のコ~スも変わった。道が少し違うところに出る様になった。神田明神に帰るとか、未だ良く判らないニュ~スが流れる。明治神宮の神様。どこか行ってしまうの?明治神宮の神様は、かなり気が合って、良く頼みごとした。よろしく!頼むよ!カ・ミ・サ・マと良く挨拶した。私は、神様は1つと思っているので、「気が良いと感じるところ」ではどこで祈っても、神社の社を祈っては居ない。その向こうの同じ神に通じると信じている。「お稲荷さんだけは、怖くて近づかない。」明治神宮は口の利き方が気に食わないなんて、小さな事言う神様と違うと思える。優しい感じがした。あそこのオミクジは、大吉と小吉ではなくて、「目明き千人、めくら千人、人の言う事は気にするな、自分の心に従え。」と言うような、具体的なそのとき必要なアドバイスをくれるから、どこよりも好きだ。天皇勅語も買った事がある。宝仏殿で売っている。とっても、良い所。ところで、靖国神社。大晦日、偶々、その頃、開いてなかったのか?昔から開いてなかったのか?その事を、確かめてない事に気がついた。時々人は偶々の経験から、思い込んでしまうことがある。以前、「いつから大晦日開く様になったのか?」とこの日記で尋ねたことがある。わたしは、沢山の思い違いが有ると思う。ここは、無料のサイト。資料を調べて、何かを人知らせるところと思っていない。むしろ、勘違いに対して、正して欲しいと思っている。感じて居る事。思った事を書いている。で、時々、冷や冷やしている。以前、ウランドさんが、何かの意見を書いたら、反論が沢山来て、政治的な意見書くの辞めた。と言う経緯が有った時笑えた。彼には言いやすかった。いろんな人が、色んな反論した。いろんな人の意見が引き出せるって面白いと思うし、それって凄い。それを受け止める、ウランドさんがホント、懐深いと思った。そして、今も元気に色んな考えを提示してくれている。わたしも、全て調べて描いているわけではない。思い違いも沢山有ると思う。気がついたらお手数だが、訂正して欲しい。わたしは、そうして事で更にいろいろ知る事ができる。意見の違いは善だと私は思う。意見の違いではない、明らかな間違いもあるはず。見守ってくれると、わたしも、ひやひやしないで済む。書いていて、自信の無い部分はかなりある。見て来た事、聞いた事、は沢山有るが、未だ検証していない。これからも少しずつ、勉強しますが、最近始めた勉強が、自分の無知を気づかせてくれている。「よろしくお願いいたします。」ね!お・ね・が・い!皆様
2004年05月12日
コメント(3)
わたしは、何もしてこなかった。何が善で、何が悪なのか?判らない内は、何もするべきではないと、思った。子供の頃は、許せない思いとか、善意の意志に振り回された。しかし、何がよいことに繋がるか判らないのが人生。人の為に良かれと思って、一方に手を思わず貸したことが、結果、他方にとって、悪く見える方向に事が動く。求められても、何もしないようになった。お金を貰って、働く事においては、結果は自分の責任ではないので、安心して動けた。何が自分にとって、よいことかもわからなくなっていた。只、流れに身を任せ。ひたすら見て、感じて。世の中を眺めてきた。重いからだをひきずり、マヤ文明。アステカ文明。そして、中国のシルクロ~ド。最後は、バチカン。世界中で、見る神がみの姿はどれも似ていた。アダムとイブの原型。描かれる姿は。下半身が蛇が絡みつく下半身。マヤ文明に触れて。私は、ここを知っている。と不思議な感覚がして、特に興味が沸かなかった。アステカの心臓を捧げた、ピラミッドの上に、スペイン人の立てた教会があった。シルクロ~ド。香妃の納められた、イスラム式の寺院。どこも、ココも知っている。と感じた。バチカンだけは、神よりも、人の権力を感じさせた。神ではなく、歴代法王が高いところから、見下ろしていた。その後、海外に出なくなった。もう6年経つ。そして今、歩いた自分の過去を振り返った。婚姻・墓・財産。昨日、この三つのことで、日本を振り返った時に。将来、これから起こるだろう事に法律は、未だ備えられていない事に気がつく。この50年間。戦前、長男が家督を継ぐ法律から、兄弟全て同じ扱いに変わった。その事で、多くの裁判費用が費やされた。そして、その人たちは、もう直ぐ死ぬ。今の法律では、嫡子、非嫡子は、只、子と記され、平等な権利を得る。昔結婚の紙切れ一枚で、しがみついたのは、嫡子非嫡子と言う、厳密な差別が有ったからだろう。現在、離婚、結婚で、子供達の権利は変わらない。そして、親の責任の所在も判らなくなった。この責任も、大きくのしかからなくなりつつある。親が子を捨てる時代。子が親を捨てる時代。昔は、男の家が子供を引き取るのが多かったが、今は、女性が引き取るみたいだ。生まれてきて、生きることに怯える子供達が増えてきた。一夫一婦制の今の婚姻。キリスト教的な式が流行った日本。日本式なけっこんも含めて。神を知らない日本の人たちは、何故式を神の前でしたがるのだろう?そして、離婚。(私は式を挙げた事は無い。)そうして考えたら、私の生まれる、1957年より、ほんの、15年前に、ユダヤ人の迫害が有った事に気がつく。今、世界が平和を謳い。日本の人たちは、私も含めて「私は人を殺した事がありません」と言う罪の無い顔で生きているけれど・・・・。私の叔父も、日本軍の軍事産業に勤めていた。間接的な関わりを持つ。ユダヤ人が迫害されていた頃に、日本は世界で、現地の人々に同じような事をしていたのだ。それ程、昔のことではない。そして、したほうは忘れても、痛さをされたほうは忘れない。親の虐待、恋人から受けた傷。それらの心の修復に苦しんだ経験を持つなら、身内を殺された人たちが、心で、人を許せるようになるのは、時間が50年でも、短いのが判ると思う。そうして、日本は、ナチス同様に加害者なのだ。天皇は、「現人神」で人々の信仰心を利用されただけ。それ故、「ヒトラ~」のように、実際の戦争責任者の名前が薄れている。私も知らない。その代名詞が「日本人」として、残ってしまっている。ドイツは、「ヒトラ~」だけが非難されている。日本は、「日本人」総評で残っているこれが、世界の中での日本の現実。「私達は殺していない。」しかし、歴史の中の、50年前は、ガス室にユダヤ人を送ったナチスと同等なのだ。「日本軍は、各地で、現地人の人体で、細菌の研究を行った。」この事実を日本の人たちは余り知らないようだ。その人たちは「人間丸太」と呼ばれていた。きのこのように「菌」を植えるからだ。小泉総理が、どうして、戦争で死んだ人をお参りしてはいけないのか?戦争の犠牲者を追悼してはいけない?という気持ちは子供の理論。理屈ではその通り。現実に、戦争で、その戦死者は外国で多くの人を虐待した。その反省。と鎮魂の意味で靖国神社が建てられている。関係者が生きている内は、総理の行為は気持ちを逆なでする事に気がつかない。ヒトラ~の墓参り、をする人は、ナチズムと非難されるのと、靖国参拝は外国から見ると同じ事なのだ。個人で鎮魂に行くのは良い。総理である内は、公人で、個人の行動にも国を代表する物。15年前。靖国神社の門は大晦日開いていなかった。あの神社は鎮魂の為の神社で、祈願する神社ではないのだ。関係者が皆亡くなったころ、初めて歴史の中の人々として、参拝する事は待てないのだろうか?神社を参拝して、イラクに武器を持った軍を送れば、どう見えるか?本当に鎮魂する気持ちなら、自宅にいても出来る。靖国神社は墓なのだ。それも、未だ許されることの無い。正月に墓参りする人は少ない。神は死者を嫌うからだ。神道的にはそうなっている。そんなところにも、日本は神を失っている感覚を覚える。人が死んで神になるか?戦争を放棄し続ける事で、神になることが有る様に祈るのみだ。嘗て、被害を受けた国は、日本を未だ恐れている。その現実を受け止めなくてはいけないと思う。戦場で、虐待するなと言う方が無理だ。攻撃する先には殺すべき人々がいる。殺す事と、虐待とどちらが軽い?その、差を兵士にバランスよく切り替える事を望む事が、人間的に無理を強いている。感情を持って人を殺す事は難しい。相手を人間ではない、動物と見なさなくては、殺人は出来ないだろう。イスラムにも、神は居る。国によって、神の祭り方が違う。イラク戦争前。日本は、イラクの友人国家だった。とても、近かった。だから特別な付き合いがある。イラク戦争の時には、「日本・お前もか?」と裏切られた気持ちだっただろう。民主主義と、イスラムは合わない。砂漠には砂漠の神との付き合い方がある。昔、旧約聖書の時代。人々が、同じ言葉で話していた時代が有ったと言う。バベルの塔を立てようとして、言葉が神によって分断されたそうだ。その頃の人々に神は1つだったのだろう。何千、何万年も架けて、人々は再び1つになろうとして、文明をお互い伝えあう事を努力した。シリアのシルクロ~ド。ロ~マ・インド・中国。そして、朝鮮・日本。人々が文字を使い始めたのは新しい。僧侶達が文字を編み出した。そして、イエスが生まれ、弟子達が聖書の布教の為に、世界中に各国の文字をつくり、文字を普及させた。それは、カソリック教徒とは、違う人々だ。日本の最初のキリスト教の伝来は早い。インドに西暦61年ごろ日本には西暦198年・199年のようだ。日本に住み着いた人が平安の頃。、「かな」文字を編み出したらしい。いろは歌に込められたメッセ~ジは面白い。いろはにほへと 色は匂えど散りぬるをちりぬるをわか 我が世誰ぞ常ならむよたれそつねな 有為(憂い)の奥山今日越えてらむうゐのおく 浅き夢見じ酔いもせずやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせ す 7文字に分けて、書くと、右の一行にメッセ~ジがでる。左から上・下・右・端に人の名が。http://www.sagamiono-ch.or.jp/intercessors/2000/2000.11/2000.11.report.htm上のHPから見ました。興味ある方はどうぞ。西暦700年代に牧師が、天皇家を訪れ、皇后がキリスト教を信奉したことは知る人ぞ知る話のようだ。これらの、活動は東方基督教と言うらしい。天草の乱で有名なあの時代。西暦1600年前後に絶滅させられた、日本のクリスチャンは100万人。マカオの教会の門の残骸にマリア様が、顔が徳川家康の顔をした、鯉を踏みつけている意味が、やっと繋がった。当時の人口で、どれだけの割合だったのか?現代私達が触れているのは、ロ~マ・ゲルマン的なキリスト教。私も、戦後の生まれで、アメリカ軍が持ってきた新しい物と思って居た。というより、23歳まで、無宗教で、その後キリスト教を深追いしなかったので、先日まで知らなかった。大体、カソリックとプロテスタントの違いを理解するまで時間掛かった。カソリック、プロテスタントの経緯で知るべきことは、人は一夜のうちに字が読めるように成って居ない事。民衆に文字が浸透するのに時間が掛かった。イエス・キリストは神の国を知らせに降りた神の子。神との仲介役を、神からの贈り物。イエスは、人間であり、神で有った人。神の国から来たから、神を伝える事が出来た。マリアはイエスの母で有って、神の母ではない。神に母は居ない。神格・と人格。この二つを分ける意味を理解できなかったのが、ロ~マ・カソリック。世界の人口が63億いるといわれる今も、文字を使っている人たちは、かなり少ない。私達、日本に居ると、世界中の人々が文字を読めるものと錯覚するけれど。世界は、未だ、文字を読めない人たちが殆どなのだ。今、インタ~ネットで簡単に色んな知識に触れるたび。私は何も知ってはいない。謎が解けて行くのが楽しい。これから、勉強しようと思うことばかり。その知識は、これまで、見て聞いて、不思議な事と思ったことを、知るためだ。見て、聞いて、感じて。それから、必要な知識は初めて役に立ってくる。自分の欲求の前に、只、知識を詰め込むと物事が偏ってみえてくる。まず、自分が何も知らないと気がつくまで、知識は詰め込まない方がよいのでは?自分の目で見て、聞いて、体験する。その後で、初めて知るべき事を調べるべき、と思うことが多い。これらの知識を集積してくれた、科学者達に感謝をする。今、こうしてインタ~ネットで色々勉強できる事は天国にでも居る気がする。
2004年05月11日
コメント(6)
最近美味しい物を考えていたら、良く母の料理を思い出す。気がつけば、今日は母の日。一時、料理の作れない若い子が、テレビの主役になってた時代がある。あれは、笑い事じゃない悲しい事だと思った。料理は、教える物でなく、手伝いながら、見よう見まねで覚える。わたしは、包丁を握り始めたのは、小学校3年の頃。最後のお手伝いさんが、年寄りで、美味しい煮物を作ってくれた。我が家に無い味。それは、どこで買ってきたのか、鮫の肉。とっても、美味しかった。でもどうして、最後のお手伝いさんに成ってしまったのか。美味しいと言ったら、3日続けて、同じ料理を出した。子供は、社会を知らないから、本人に言えなくて、残酷な事をした。親に、「もうお手伝いさん要らない。同じ物三日食べさせられたら、辛い。」と言った。そして、我が家から、お手伝いさんが居なくなった。今、考えると、当時のお手伝いさんは、住み込みで、家族の一員。年取った、老婆に気の毒な事をしたと思うが・・・。母親は、当時では珍しく、深夜2時3時まで、開けている店を始めた。子沢山の、教育費を考えて始めた店が当った。全自動洗濯機の無い時代。冬に学校に行く時に、パシ~ンと凍った、シ~ツが頬に当ると、嫌でも親の苦労を感じる。見よう見まねで、3日に一度は、食事を作るようになった。ママの味。我が家は、パパ、ママだった。これは、英語から来たのではなく、中国語でも、パパ、ママなのだ。大学で、兄が表で、キチンと、「家のお袋」と言っているのが妙におかしかった。私も表では、「家の母」がと言って居たが、家では死ぬまで、パパとママ。その、兄にとっても忘れられない「ママの味」がある。我が家では、通称『肉団子』団子の形をしたものではない。子供の多い我が家で、母が編み出した、肉団子の材料を使った、いため料理。材料は、玉ねぎ、一個、と豚引き200グラム。玉ねぎをみじん切りにする。中華なべに油をしき、にんにく2片、叩いて、刻んだものを投げ入れる。色づいたところで、玉ねぎを先に入れる。透き通ってきたら、豚引きを入れる。いため返しで、肉を玉ねぎと満遍なく細かくすると、肉が白くなる。ここで、大切なのが、我が家の基本。塩壷に入れられた、スプ~ンの加減を教えてもらう。小さじ2はいくらいなのだろか?計量スプ~んの量がわからない。カレ~スプ~ンの先に、一センチ程。好みで、コショウ少々。香りづけに、醤油をヒトまわし。肉と玉ねぎから、出た水分を水溶き片栗粉で閉じる。これが、温かいご飯にたまらなく美味しかった。当時は、流行の味の素を少々使ったが、今は変わりに味の素の2倍ぐらいの砂糖を忍ばせるのがいいと思う。これが、我が家の味のべ~ス。つまり、食材に対して、どれ位の塩加減が端的に覚えられた。片栗粉の適度な量もこれで覚える。片栗粉は、食材を繋ぐ位で、ちょうど良い。汁だけが固まるほど入れたら不味い。具が絡み合う程度が良い。醤油も香り付けで、主調させると、別物になる。この料理は、年を取ってから、母は作らなくなって、少し違う肉団子が登場した。玉ねぎひき肉は同じだが、中華材料で売っている、醤油豆なるものを混ぜ込み、蒸かす。これも、好評だったが、兄は、子供の頃に食べた味が懐かしいらしい。嫁さんに作らせようとするのだが、兄の記憶と違うらしい。そこで、「私は、何故嫁さんに教えないのか?」けして、小姑の意地悪で教えないわけではない。我が家の料理は、16歳で故郷を離れた父の記憶の味を母が推理で再現しながら、オリジナルが出来てきた。その為に美味しい料理屋があると、家族で出かけた。父の記憶がべ~ス有って、我が家の料理が出来上がる。夫婦で、お互いに、こうじゃない、ああじゃないと言いながら、家庭の味を作っていけばいいのだ。だから、兄の好きな味のレシピは教えない事にした。知ってしまえば、簡単な事。謎解きの作業が色んな家庭の味を生み出す。継母は日本人だ。日本料理は、しっかりしていた。わたしの小学校の頃の得意はなんと、小魚の煮しめ。小あじを骨まで柔らかく煮あげる。時間をかければ、誰でも出来る。魚料理は、煮こぼし、臭み取りの生姜。後は、甘みと醤油の加減のバランスを、鼻で覚える。先に、甘みを入れ、後から醤油。醤油のタイミングで、煮崩れを防げる。早すぎると、やわらかく上がらない。後は、水の量。煮詰まって、丁度良い味に仕上げるには、醤油や砂糖の量よりよりも、味の香りバランスを覚えると失敗が無い。途中ゆっくりと、コトコト煮て、最後は、強火で一気に水を飛ばし、汁を絡める。子供の頃から、好みは砂糖の味より、酒とみりんを多く使った。最近お店屋の味は、煮物は砂糖を多く使うのが普通みたいで、お口に合わない。みりんは最後に照りを出す為だけに入れる場合が多い。母の煮物は、みりんも酒も使うが私より砂糖の割合が多い。料理は、鼻で覚える。小学校の頃に最低限の塩加減、を覚えさせると、他のバランスが判りやすいと思う。テレビで子供には広めのまな板が使いやすいとか、子供に使いやすい包丁とか言って居るのが笑える。手を猫の手とか教えているが、台所の傍に立たせていれば、自然と覚える物だ。何度か、皮を削ぎ、つめを包丁削り、冷っとしながら、体で覚える。そうそう斬る物じゃない。漬けすぎたキュウリは、透けるほど薄切り。生姜や、ミョウガと合わせると美味しい。小学生でも、見ていれば出来る直ぐできる。これは、自慢で話しているのではない。中国で、留学中、心に残る1件が有った。私達日本で生まれた人間には、外国の料理は、3ヶ月以上体が持たなくなる。日本みたいに、色んな料理が選べる国は珍しい。嫌でも、自分で作らなくては成らなくなる。現地の材料で。そうした中で、ある日。牛テ~ルのス~プを作った。細かい毛を焼いて落とす事が判らなかった。日本と違って、尾っぽ一本売り。男の子の髭剃り、刃を新しくして全員で細かい毛を落とした。皆で苦労して、塩加減も決まり、程よくなった頃。「コショウ入れておいて。」と頼んだ。後ろから。『多めに出ちゃったけれど、どれくらい入れるの?』「適当、少しくらい多くても、コショウは飛ぶから、気にしないで・・・。」次の瞬間鍋を覗くと・・・・。鍋の表面が黒い。「エ・・・?????」「多いって、どれほど入れたの?」男の子は、手のひらに山を描いて見せた。信じられない・・・。ス~プは薄くなっても、仕方ない。上質な油が・・・・。なんて問題ではなかった。洗っても、コビリツイタ、コショウの味は抜けることは無かった。泣く泣く捨てた。何時間の苦労が水の泡。日常、コショウを振りかけて、どんな感覚かわかっていれば、限度って物わかるでしょう?これは、男の子でも、女の子でも、普段ある程度は、料理の現場を見せてあげて欲しいという、私の願いだ。家庭の塩加減。私の家では、男子厨房に入らず。で、男は余り入れなかった。それで、ママの味のレシピを知らない。しかし、しっかり、味バランスは舌で覚えている。時々、父が作りたがって、台所をひっくり返したようになって居たが、お願いだから辞めてと後片付けに懲りた母が頼んだ。兄も、自分で作りたがって、野菜スティックなど、包丁技を親の居ない時、楽しんでいた。
2004年05月08日
コメント(3)
若い人に、美味しい物、の発見をお勧めするのは・・・。最近、老境に入りつつある泡雪は、もうそれ程、食にも、執着が無い。心身もバランスを崩して時には、味と言う刺激が駄目になった。味わう事も体力なのだ。豚足をかじる女、嫌いですか?味わう事が、苦痛になった時、最低限の、栄養摂取に役立ったのは、韓国式の、茹でた、豚足だった。酢味噌を少しつけて、コリコリした感触、それが、心地よかった。今日食べたいなと思ったのは、いわしの丸干し。若い時に、色んな物に挑戦して、好き嫌いを出来るだけ無くして欲しい。私が好き嫌いが無いのは、親のお陰。4つの時に、母親が来た。私に、綺麗なケ~キをくれた。とっても、嬉しかった。そこで、その嬉しさを人にも味わって欲しくて、隣の子に上げてしまった。わたしは、最初に貰う嬉しさを覚えた。ある日。母親は。『親は自分が食べたくても、貴方に食べて欲しくて上げているの。自分で食べてくれないかな?』と言われた。そうして、自分の口に入れるようになった。隣の男の子と遊ばなくなったのは、『おかあさん。このガムあげてもいい?』とお母さんに聞いているのを耳にした時、自分で、そんなことも決められない男は嫌いだと思った。喫茶店で、小さな子供が、自分のキャンディ~を私に分けてくれようとしたとき。わたしは、この、美味しい物を自発的に人に分かち合う気持ちのある子供に嬉しくなる。わたしが、子供の頃、苦手だったのは、生もの。刺身を美味しいと思えるようになったのは、20歳過ぎの事。嫌いでも、一切れは口に運ぶ訓練が必要。ある日、ボ~イフレンドとその子の親の行きつけの小田原のすし屋で、トロが美味しいとかんじた瞬間が有った。海に近いからかと、思いきや、やはり、築地で仕入れるそうだ。美味しいと思えるのはタイミング。それから、刺身類が好きに成って、今、一番好きなのはイワシ。その次しま鯵。マグロは、最後の順番。納豆は30近くで美味しいと思えた。これは、母親が、洋からしとネギを沢山入れて、食べさせてくれた。その時美味しいと思えて、今では、醤油だけでも食べられる。母親は、苦手なものをどうしたら、美味しく感じるか色々試行錯誤してくれた。トマトは、中一の頃、克服。毎日、トマトジュ~スを飲んで、美味しさの探求をした。生来、負けず嫌いがある。他人に対してではなくて、自分に対して。人が美味しいと思える感覚が理解できない事が寂しく感じるからだ。チ~ズは、子供の頃から好きではなかったが、あれば口にしていた。初期の頃みんな、石鹸のように感じるらしい。ピザは好きだったが、生のチ~ズは皆に聞くとやはり、美味しいと思えるのは遅い。美味しいチ~ズに出会ったとき、こだわりが消えた。最初に美味しいと感じたのは、カマンベ~ル。牛乳に至っては、幼稚園までは、毎日朝に飲まされていたが、その後、学生寮に入って、飲まなくなると牛乳で、下痢を起こすようになった。中学校のミルク給食で、毎日2本のみ、一ヶ月、自宅で500ミリリットル、毎日飲んで、一ヶ月下痢を続けて、克服。自分の苦手を克服。今でも、牛乳は期間を置くと、お腹が緩むが美味しいと思える。ドリアンは最初、旅先で、一人前を3人で分けた。4切れあったのだが。全員がにっこり笑って、最後の一切れを、譲り合った。誰も、吐き出す者は居なかった。それで、全員笑い出して・・・。『だめ~。』『苦手~。』とそれぞれの、感じた感想を言い合った。人によって、感じ方が違っていたが、その感想を、聞いて、それぞれが、最も、嫌いな匂いを思い浮かべるようだ。わたしは、「流しのゴミ」の匂いを思い出した。ある人は、「漬物の腐った匂い」だった。誰も吐き出さなかった事に、私はこの人たちと知り合えてよかったと思った。それぞれの、感想を聞き、ドリアンは、ある種、臭覚の幻覚を引き起こすのではないかと感じた。それでも、一度では懲りないのが大切。二度目は、頂き物で、冷蔵庫で見つけた。食べた時、腐敗臭を感じず、それなりに美味しいと思った。癖のあるものは、一度で、思い切らずに、何度も挑戦してみよう。思わぬ、美味しさの発見がある。やぎ、羊は臭いと思って居たが・・・。シルクロ~ドの砂漠のオアシス。天山でヤギを食べた。なんと、何の匂いも無く、美味しかった。マトンとか匂いが強いと感じていたのは、新鮮なものを口にしたことがなかったから?マトンはにおいが強く、ヤギに匂いが無いのか?マアどちらにしても、美味しかった。らくだの足。熊の手。珍重がるほど、もう一度食べたいと言う気にならない。料理が下手だったのかも知れないが・・・。例え、美味しくても、口にしたくないものが有る。犬と猫。話に聞く、サルの脳みそ。せみ。(地方の名物で、美味しいらしい。)昆虫系。そうしたモテナシを受けない事を祈る。自分が犬猫を食べたくないのは、愛玩動物としての概念が有って、人に意識が近い。そして、匂いに記憶がある。これは、宗教的に豚が食べられない。牛が食べられない。と思うのと近い感覚ではないかと思う。美味しさは、そうして意味で、人に強要するものではないし、それぞれの、中で見出すものだと思う。友達の実家にお世話になった時。料理係を担当した。若い人、母親、老人は喜んだが・・・。一人父親が。田舎の人間は、変わった味が嫌なんだ。と言われた。で、「不味いのですか?」と聞くと・・・・。「否。美味しい。」と言う。同じ物は作りませんから、一通り食べてくださいね。とお願いした。お父さんは毎日変わったお菓子をパチンコ屋さんから貰ってきてくれた。この事は、最近理解するようになった。味を感じることは、美味しいと共に刺激である。多くの刺激は、田舎の日常性に反するのだ。毎日同じ事を繰り返す、田舎の生活で、味の変化は、ある種革命的な異文化の暴力に当る。美味しいと思うさまざまな味。多くを感じることは、一時の客で有る私。一生そこに居る訳ではない、私。日常から、非日常を思い起こさせる味なのだった。刺身、煮物。鮭が定番。他にも色んな生活を感じると、農家は平凡な毎日。変わらない事。その安心感も、この年に成ると実に理解できる。私は最近一日一度はうどんを食べる。もう、3ヶ月は続いて居ると思う。3食は食べられない。平均2食。日の拠って、食に興味が失せて一食の時もある。そろそろ別の物に移りそうだ。味に変化をを求めるのは元気な証拠。しかし、日々の安心な味というものは確かに存在する。美食家になれとは思わない。しかし、美味しさを理解する力は若い内に養った方が良い。年を取ると、食に興味が失せる。だからこそ、若い時に挑戦してもらいたい。
2004年05月06日
コメント(4)
最近美味しい物が食べたくなって、ふと思い出したことがある。フカヒレが余り美味しい物ではないと言う意見。????そうか?どうしてだ?と。味覚に人それぞれなのか?と思ったが・・・。去年わたしも、中華街で、不味いフカヒレ料理を食べた。以前は、高級食材として、どの料理屋でも扱っている物ではなかった。それが、誰もが有る程度、食に興味を持ち始めて、フカヒレなどに興味を持ち始めた頃。料理の腕の無い、料理屋がフカヒレ成るものを扱い始めた事にこの悲劇が有る。ツバメの巣。フカヒレは、素人では手に負えない代物。レシピをしっかり持った、料理屋で食べて初めて美味しい。不味いフカヒレを食べて、悲しくなった。又懲りずに、今年、誕生日に蟹を食べた時、フカヒレメニュウが有って、頼んだ。悲しくなった、はっきり言って、不味い。5千円の値段が安いか高いかは、美味しさに比較されるが・・・。立派なフカヒレが、調理の下手さで、不味いのは不思議な感覚がした。そのフカヒレは、充分大きくて、5千円に値するが・・・。悲しい事に料理の腕が下手。元々、日本料理の食材で無いから、日本的な味付けでは、本来のフカヒレの美味しさが引き出せない。濃厚な、ス~プで初めて、フカヒレの繊維が引き立つ。ス~プだけでは、あの味は出ないし、ス~プが合わないとフカヒレは美味しくいただけない。かにすきを食べるような、日本的な味覚の店で、美味しいフカヒレを望む方が無理だと初めて気がついた。どうか、フカヒレの美味しい料理を食べた事の無い、職人さん。フカヒレには手を出さないで欲しいと思う。不味いフカヒレ料理を食べた人は、フカヒレを美味しいとは思わなくなる。キャビアも、本当に美味しい物は美味しい。母親が買ってきた、ものを姉と母と私で、スプ~ン一杯ずつで、一瓶が無くなる。生憎、味を覚えるほど沢山食べた事は無い。しかし、大して、美味しいと思わなかった事が、誤解だった事だけ判った。美味しい物は本当に美味しい。前でのウニ、これは若い頃、一月食べ続けた。美味しい物。そうではないもの。殻から割って食べた。最近聞いたことは、オスメスの違いもあるらしい。ミョウバンで洗ったものは、そうした味。別物のようだ。瓶詰めのウニも好きだったが。今は、ミョウバンで洗ったものは食べたいと思わない。馬糞ウニより、紫ウニのほうが好み。カリフォルニアの方では、馬糞ウニばかりだ。フカヒレ料理。高い値段を出せば美味しい物が食べられるとは限らない。親戚の料理屋では、一枚7000円だと思ったが、後悔はさせない味を出している。法事の時、久々にフカヒレス~プ口にして、やっぱり浮気は出来ないねと姉と話していた。美味しい料理屋さんは、特別高いわけではない。逆に高い店が美味しいとも限らない。高い値段を出しても、不味いものは不味い。一番微妙なのは、7000円くらいのホテルコ~スを食べた時、もう少し出して、サカイサンの店に行けばよかったと、後悔してしまう。誰でも作れそうなものを出される。一流の店でも、ベラボウな事は無い。ボトルワインを頼んでも、二人で3万くらいで、充分楽しめる。美味しい物を食べさせる料理人の意地を感じる。そのワインは料理と同額ぐらい。料理だけなら、一人一万出せば、美味しい物が食べられる。素人には、作れない、味を解明しようとする気も起きない、職人芸の味。口に感動が残る。しかし、きちんとした料理を食べる時、それなりに、気持ち良い状態で行きたいと思う。食べる側も、料理に対してキチンと向き合いたいと思わせる。料理は芸術だ。懐かしいのは、やはり母親の作った料理。いつでも、気楽に食べられる、美味しい料理。一応自分でも創れるように、仕込まれて入るが、近年創りたいと思わせてくれる人が居ない。
2004年05月05日
コメント(2)
少し気分が高揚してきた。人間がつまらなく感じるとき。実は、結構普通に襲ってくる。わたしは、これを、心の疲れと思っている。いつも、感動してると、心身ともに疲れるので、刺激を、遮断してしまうのだと思っている。そして、2・3日の後には必ず回復することも、経験的に判っている。しかし、今回は、少し、程度が深かった。テラスの花を見ても、憎らしく思うくらい、荒んでいた。勝手に成長する草花の絡み具合が気に入らなかったり、抜いてしまいたかったりする。戦争と虐待。これは、人間と言う物が、心が荒めば、誰でも、虐待を始める動物なのだ。 ***特別な事ではないのだ。心が荒んだ時。奥の手は、好きな物を食べる。美味しい物にあうと、舌が緩む。不味い物を食べる時、舌が緊張する。舌が緩むと心も和む。私の好きな物は、ウニです。おすし屋さんで食べるのは、あたり外れがある。ス~パ~でも、おいしい物に会ったことが無い。今回は、町のお魚屋さんで、買ったものが大当たり。美味しい物の記憶に、アジャストした。う~ん。何年ぶりかに美味しいウニ。親がお酒を飲めなかったので、結構美味しい物を食べさせられた。ママは料理の天才だった。店で食べた味を再現する達人でも在った。最近、美味しい外食産業が失われてきた。最近美味しいと思えた店は、料理の鉄人のサカイサンのお店。ステ~キの焦げ目がお肉に苦味を与えて、絶妙な味を出す事も、ここで知った。でも、毎日おいしいものには拘らない。普段は、印象に残らない程度の味が好ましいと私は思っている。美味しい物は、いつも食べていると、やはり、麻痺する。親の生きていた頃は、美味しい物が当たり前に口に入った。まずい物に出会うと、どうしてこんなに不味いのか?とそれだけで、興味をそそり、食べてしまうほど・・・。そして、殆どの時間を一人で過ごす今。この過去の美味しい物の記憶は、かなり強い味方。どうしても、美味しい物に行き会わなければ、自分で作る事もある。しかし、今回は、ウニで回復。若いと時は、色んな味覚に挑戦して、この美味しい物を見つけて欲しい。美味しい物の快感は、感性を開く助けになる。今日、ポストを覗いたら、インタ~ネットで注文した、本の一部が届いていた。フロイト。若い頃少し拒絶反応を覚えた物だが、最近、昔レポ~ト代筆業をした居たとき、代筆できなかった先生の書物を取り寄せてみた。宮城音弥。この先生の心理学の本には、物凄く影響を受けている。言葉の裏に隠された意味に書かれた本で、この先生の科目は代筆がばれると恐れて、断った。20歳の頃に出会ったのだが、その時、この先生が心理学を探求する目的が、心象的で、枕元に死者が立つ事。虫の知らせを科学的に解明する目的で、心理学を志した事が、巻末に書いてあった。その時、この先生が将来どんな説き証をするのか、楽しみに思った。それから、27年。私は人の名前が覚えられなくて、「おとや先生」と記憶していて、検索する時に、手間取った。心理学・音也で、調べて、別な人の本を買ってしまったり、その音也は本名ではない事から、違う人だと発見。「音弥」辿りついた。注文した物で、「フロイト」宮城音弥・訳が先に届いた。この本なら、近くの本屋に並んで居そうだ。他は取り寄せで、未だ届いていない。この本を読んで、夢占いで、抵抗を感じて、フロイトの分析を嫌いに思って、居たのが・・・。ヒステリ~についての、体系的な捕らえ方や、性について、今特に特別な物とは感じなくなって、フロイトの分析を見れるようになると、頷ける点が多い。彼の、精神の傷。「ダイナミックな傷」この件に関しては、私も偶然にも同じ結論に至っていた。特に、老人病院で、働いていた頃、ボケている人を観察していた時。過去に自分をごまかした人が多い事に気がついた。その前後が混乱していて、同じ空間から出られなくなっている感じを受け止めていた。じぶんに対して嘘をつかない。これが一番大切なこと。実際、10月から、私は、医学生のHPに出会い、この事を始めていた。過去の記憶、漠然の自己認識している事柄から、更に自分で他人事であるかのように自分でもう一度受け止める。するとそこに、隠れていた、自分の思いが浮かび上がってきた。わたしは、本当は、怒っていたとか。もろもろの事が気がついてきた。そして、今、過去においての自分の取り囲まれた、靄みたいなものが晴れてくる思いがした。そして、過去にとらわれた感情を見つめると、現在はその状況に無くて、その苦しみから解放される自分に出会う。認めること、自分を許す事。感情は自由なのだ。その湧き出た感情に振り回される事無く、感情を自分自身が受け止める作業。自分が認知すること。この自分に対しての告白は、最初HPの主で有る、医学生に対して行われた。自分が、抱いた感情を告白して、詫びた事が切っ掛けだった。幸いな事に、この医学生が私の感情を否定せずに、受け入れてくれた事で、わたしの、閉ざされた感情が開き始めた。フロイトも、自己の分析に手間取ったのは、かれの感情を引きだしてくれる相手が居なかった事のようだ。この医学生は、しばし、国家試験の為、更新をしなくなったので、孤独な作業になってしまったが・・・。無事試験を通過したので、就職先で生活が定まったら、再び更新くれる事だと思う。私のこの間にしてきた作業は、奇しくも、フロイトの使った治療法と酷似していた。という事を今日きがついた。現在の精神科の治療は、日本では投薬治療が主で、催眠療法。などは使われえ居ない。その事を、群馬大学の医者と話した事があるが・・・。現在の医療保険では、治療に対しての時間を取れない事が原因だそうだ。投薬を決める時間で、一日に何人をこなして、保険点数で病院を運営するのに、対人で時間を費やすと、経営が成り立たないというものであった。投薬による治療。一人だけ、私に納得させた医者が居た。現在その先生の決めた薬を、使っているが、どんな、幻想。妄想。状態で有ったとしても、治療方法は1つしかない。「大脳を休める事。」わたしは、この意見を非常にうけいれている。ポルタ~ガイストであれ、脳の錯誤であれ、非常な精神疲労に対して、脳を休める。これは、確かに有効だ。しかし、日本において、精神の治療と言われる、心の傷に対しては、自分で立ち向かわなければ成らない。今回フロイトを読んで、最近自分で認めたくない現実を受け止め始めた自分を発見。私には、生母の愛情を知らない事実。「マイ・ファ~ザ~・イズ・マイ・マザ~」「私の父は我侭。」と親父ギャグを飛ばしてみるが・・・。私は父に抱かれて、育てられた。若い頃は、女性に対して欲情することに悩んだ。25歳の時に、男性を愛して、その欲情は消えたが、綺麗なと年上の女性の存在が私の心の支えに成っていた。それも、いつの間にか卒業して・・・・。今思うことは、この父との間に流れていた、信頼が、私の理想の男性との関わりの、尺度に成っている。変な言い方だけれど。性を意識しない関係。相手が異性故に与えられる安心感。これを満たす人が居なければ、私は男性と受け入れない。性的なアピ~ルの強い人は、動物的で、次第に嫌悪を感じる。男性的な特徴の人が嫌いなのは、こうした背景にあるのかもしれない。父は、物凄くフェミニストな人だった。女々しいわけではなく、知的な優しさがあった。う~ん。そんな人居たらいいな~。今健康で結婚してない人は、残り少ないが、世の中何が有るか判らない。沢山の独身者が居たとしても、自分に合う人は一人。居なければ、キリストの妻だ。年齢的にも、性衝動が落ちてきている今、実に自分の好みが判ってきた。振り返って、悪戯に自分を傷つけた、過去が我ながら可愛そう。己を知る。好みの人でなければ、付き合っても、自分を傷つけるだけだ。一人でも生きていけるって、寂しすぎるかな?フロイト的にもう少し自分を解析してみよう。宮城音弥の本が届くのが楽しみだ。27年の間に音弥先生は、不思議な出来事をどこまで解明したのだろう?美味しい物。落ち込んだ時、幸せを思い起こす切っ掛けに成る。若い時には、ドンドン美味しい味見つけてね!幸せって、結構単純な事で思い起こせる。
2004年05月03日
コメント(4)
最近落ち込む事。特に無いけれど。自分が、少し鬱かな?って思うのは・・・。人間をつまらないな。と思う時。これって鬱かな?と思う。DVDを借りに行った。山ほど作品があるのに。見たい作品が少ない。見たい物は見尽くした。アメリカの作品。ハリウッドの作品。こんなに作ったのに・・・。楽しんでしまうと、それもまた消耗品。毎日、テレビを見ながら、一度放映された物。さほど価値を失ってしまう。新鮮さが命。人って貪欲だな~。『マ~ラ~』を借りてみた。ユダヤ教から、改宗するところで流れる歌。何だか、聞いたことある。どこで聞いたのだろう?最近クラシック聞こうかと思う。人間をつまらなく感じるとき。実は、自分の感性が鈍っている。感動する時、生きているって感じが嬉しい。感動が薄れている時は、生きているのが楽しいとも、思えない。今日は、少し町外れの、ケ~キ屋さんに行く。商店街から、少し離れている。しかし、味が絶品。この町で、唯一一流の味。この味を食べていると、他のケ~キ屋さんは、自分の創っているもの、美味しい思って作っているのか?と疑問に思う。美味しさの基準が自分と合うか合わないかで、美味しさは変わるのか?感動も、も又。人間もまた。自分を感動させてくれる物を探して・・・。HPの中で、感動を与えてくれる人。偶にいる。自分の感性に合う人なのだと思う。でも、万人向けの感動は私の口に合わない。私の好みは偏っている。面白い事に、私のHPの訪問者が私のすきなHPを好きだとは限らない事。一部の感性は受け入れるけれど、重ならないところに、個性が在るのだと思う。酷く、孤独の陥る時と、極端にシンパシ~(共感)するときと。でも、どちらの自分も自分は好きだ。キムタクのCMの閉じている自分も好き!って感じ良くわかる。マ~ラ~を見ながら、この人の音楽で、感動出来る、貴方を素晴らしいと思う。感動を与える人。感動を受け取る人。両者が1つになって、初めて、(共感)が生まれる。この波動が、生きている上で一番大切な「愛の証」だと思う。人間がつまらないと思う自分。「そんな自分を愛せる自分は凄い」と取りあえず、自分だけは褒めて上げよう。昨日、朝まで討論会、で、宮崎哲弥見ても、さほど嬉しくなかったが、心が和んだ。客観的に見て、私は、ごつい男の人が好きでは無いのだろうな~と、自分を観察する。どこか、中性的なみてくれの人が好みなのかもしれない。マダマダ、自分が良くわかっていない。33歳で同級生が初めて、一人亡くなった。生母は42歳くらいで死んでいる。私に影響与えた大人の人は、同じ年に、51歳で3人死んだ年があった。マ~ラ~が51歳で亡くなったのを知りふと思い出した。一人は、画家。一人は、俳優一人は、お茶の先生。私は今年初めて、老いを感じた。この年をピ~クに私は51歳で死ぬのか、94まで生きるのか?正直、皺を数えながら生きたくない。が、寿命は侭成らない。最近始めた身辺整理。余生をどう暮らすのか。日々感動を求めて。自分も又、作品作るようになるのか?答えは未来に・・・。創造の神が未だ降りてこないよ~。
2004年05月01日
コメント(2)
全14件 (14件中 1-14件目)
1