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きょう、新しく借りた駐車場の契約金を引き出すために銀行に出かけました。11時少し前の三井住友銀行は、えげつないことになっていました。入り口近くにATMコーナーがあるのですが、ジグザグに並ばされた順番待ちの人々の列が外まで続いています。お客さんを日差しのきつい外に並ばせるなんぞ、サービス業者の風上にも置けない!と怒っている暇はないので、そそくさと最後尾につきました。1分ほどで店内に入れたのですが、並んでいる人の数を数えて愕然としました。1列に10人、6列できているので、ざっと60人は待っているという計算。ATMが10台あるので、一人1分で操作を終わってくれたら、待ち時間は6分。月末ですから、振り込みをする人が多いので、1分は無理でしょう。2分で12分。3分で18分。5分で30分。多分、平均すると3分~5分でしょう。20分~30分待てば、順番は回ってくるはず。果たして22分で順番が回ってきて、私は引き出すだけだったので、30秒ほどで操作が終わりました。私の後ろに並んだおばさんは、ブツクサ言っていました。多分、「待ってる人、多いなぁ。何分かかるかしら。急いでるのに」なんて言っていたのでしょう。そんな人には、次のような方法をおすすめします。どんなに人が並んでいても、驚いたりがっかりしたりせず、まず冷静になりましょう。一人3分ほどかかるという計算をして、並んでいる人数をATMの台数で割ります。月末で3分ですから、平日の行列ならもうちょっと早く作業が終わるはず。最初に「20分」と腹をくくれば、さほどイライラすることはありません。しかも、20分の間に繰り広げられる光景は結構面白いものです。60人も並んでいると、いろんな人間模様が見られるのです。ようやく自分の順番が回ってきたのに、携帯が鳴ってそれに出ざるを得ず、電話をかけながらATMの操作をするのが禁じられているので、後ろに並んでいる人に先に行ってくださいと指示をして、5人ほど行かせたところで、ようやく「いま、銀行なんです。ATMの前では電話切らないといけないので、一旦切ります」と告げることができたおやじ。後ろの列から「こんにちは」と声をかけられ、「あら、お久しぶり。お痩せになったんじゃない?」などと話を続けたおかげで、前の人との間を大きく開けて、後列の人々から顰蹙を買っているおばさん。ATMの作業の途中で行員を呼び、「1,000万円以上のお振込は、機械ではできないんです」と説明され、「窓口ではできるの?」「はい」「窓口ではできるんやね」「はい」「窓口に行ったらATMに行けって、言うくせに」「済みません」「長い間並んだのに、ふん」と憤慨している、見た目が派手な40男。それにしても、1,000万円以上の振り込みって……。何冊もの通帳とカードを使ってさんざんATMを占領しておきながら、通帳やカードをバッグにきちんとしまうまで、ATMの前を動こうとしない、地味で真面目そうなおばさん。こういう人は、自分が正しいと思っているので、なかなか注意しにくい。ちゃんとそれ用の台が用意されているので、そちらでどうぞ。私が並び始めたときには既にATMの前にいて、私が帰るとき、まだそこにいたおねえちゃん。そんなに時間をかけて、お金をどうしているのでしょう。会社のお使いで振り込みに来ているといった風貌ではなかったので、お金の移し替えや振り込みがたくさんある人なのでしょう。経験上、30件以上の何かがないと、20分以上かかるとは考えにくい。大変なことです。ヤクルトおばさんがヤクルトを売ったり、フリーペーパーを配ったり、食品の試食コーナーなんかをつくったりすると、結構喜ばれるんじゃないかしら。銀行も、ただ並ばせるだけじゃなくて、お客の快適性向上のための工夫をしなければならないと思います。6列目はフリーペーパー配付、5列目はヤクルトおばさんによる販売、4列目はオフィスグリコのおばさんによる販売、3列目は食品の試食や試飲、2列目は無料のお茶と水のサーバーがあって、1列目は化粧品やサプリメントなどの試供品がもらえるなんて、いかがでしょう。列が進むごとにうれしさのレベルが上がるような。全国の都市銀行の皆様、ご検討くださいませ。(そんなことするわけがない。銀行の人々が。ふん!)
2009.04.30
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うちの事務所に来た知人が、「タイヤが余っているんだけど……」と言いました。意図としては、タイヤの廃棄料と、アルミ(ホイール/外品)の売価の相殺を知りたいということだと思いました。が、いまの世の中、「売価」がつくことは難しいと思ったので、次のような順序で、「廃棄」と「リサイクル」の方法を探りました。1.当該自治体(居住地)に連絡し、乗用車のタイヤがごみの分別のどの分野に入るかを確認。→「産業廃棄物ですので、市では処分できません」私「処分してもらおうと思うと、産廃業者ですか?」→「そうですね」私「業者を紹介してもらえるということはありませんか?」→「いえ、それはありません。NTTのタウンページかなんかで、『産廃業者』の欄から探してみてはいかがでしょう」いい加減な返事。廃タイヤは、不法投棄の挙げ句、自然発火で広域の火災をもたらすなど多くの被害を出す可能性があります。2.「産業廃棄物業者」に廃棄依頼の連絡タイヤとホイールの廃棄ができるか確認。両方O.K.との返事。私「料金は?」→「1本2,500円です」私「え、4本で1万円?」→「は……」私「回収料はその中に入ってますよね』→「日時指定の場合、手数料をいただくことになってます」私「いかほど…」→「一応1万円が基本です」私「ホイールは純正じゃなくて、アルミの外品が入っているんですが、これはリサイクルできませんか?」→「いえ、取り外しが面倒なので、すべて産廃です」ここまで聞いて、私はばからしくなりました。タイヤ4本処分するのに、2万円かかるなんて。しかも、アルミは絶対売れる。そのままでのリサイクルはもちろん、金属として売れるはずだ。それを隠されたので、「近く、お願いすることになると思います。そのときはよろしくお願いします」とうそぶいて電話を切りました。次に、タイヤを扱うショップに照準を定めました。3.自動車部品専門店に連絡新たなタイヤを買おうと思えば、古いタイヤは不要になります。必ずあるサービスだと信じて。私「古いタイヤを引き取ってもらえますか?」→「はい」私「おいくらですか?」→「1本300円です」私「17インチでアルミの外品を履いてるんですが」→「大きさやホイールに関係なく、普通乗用車のものであれば、300円です」納得の金額です。こうなると、「売れないものか」といった欲が出てきます。「思い出」とか、「ビンテージ」といったことを考えればキリがありません。が、オークションサイトが存在するくらいですから、タイヤは無理としても、アルミに価値を見出してくれる人がいるかもしれないと思いました。そのことを知人に聞くと、それなりに色気のある返事。この時点でどれくらいの価値があるのかを知りたいのだと思い、タイヤ込みでホイールを改修してくれる業者を捜しました。ありました!4.「タイヤ買取専門業者」に連絡私「ホイルつきタイヤなんですが、大丈夫ですか?」→「はい、大丈夫です」私「17インチで外品のアルミをはいているんですが…」→「詳しいことを聞かせていただければ、価格を出しますよ」ということで、知人に電話を代わり、具体的な情報を話してもらいました。その業者が言うには、どんなひどい状態でも、500円/本で買い取ってくれるとか。しかも、引き取りに来る費用も込みで。最初に調べたときは、1本/2,500円の廃物料が要り、しかも、回収時に日時指定をすると、もう1万円がかかり、総計は、約2万円に上るらしい。買い取り業者を使えば、1本500円が基本で、状態がよければもっと高く買ってくれるというのです。例えば、500円だとしても、廃棄料が20,000円、リサイクル料が2,000円とすれば、落差(損)が22,000円。なぜにこんなことになったのでしょうか。政権与党は、自治体は、どの業界の既得権益を守ろうとしているのでしょう。「環境ビジネス」が勢いづいているいま、こうした現象が起こるのは、経済社会に新たな分野が芽生え、活性化する際に起きる不合理だと思います。でも! です。ビジネスにはある一定の価値観やルールがあるはず。これほどふれ幅の大きな業界は、国民生活に少なからず不利益をもたらすのではないでしょうか。「秩序」が整備される必要はないでしょうか。「情報」というものにうとい世代(人)は、確実に損をします。事実、上記4つの方法を探し当てた私の横で、知人はたった一つの方法でさえ、見つけることができませんでした。それは、ネットの「検索」機能を使いこなす能力がないというより、方法論を仮定するという根本的な問題に対する情報量の貧困さが招いたことでした。よしんば、方法論をある程度知っていても、これほどの手法があると、何を選択しても懐疑的にならざるを得ないと思います。自由主義社会における経済理論を無視したかのようなこの現象、放置していていいのでしょうか……。これって、正常な経済活動でしょうか、こんな単純な商業構造の中にさえ、一般人が入っていけない聖地があるのだと痛感しました。「利権」「既得権益」「グレーゾーン」……いやな世の中です。
2009.04.28
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麻生さんが傲慢キャラになっているそうだ。記者の質問にまもとに答えない。インタビュー時にマンガの主人公についての質問を連発する。「あぶさんは幾つだ! え、知らない? だめだなぁ記者って」という感じ。いよいよ覚悟したようだ。「総理は、解散総選挙のタイミングを見計らっている」と周囲は言うが、そうではないだろう。できるだけ、自分が首相の座についている期間を伸ばそうとしているだけだ。9月の任期満了まで突き進む可能性が高いように思う。なぜか。おかしな政策を連発し過ぎだからだ。「バラマキ」と揶揄される、中途半端な定額給付金を出したり、ETC車載機を装備した車しか恩恵を受けられない高速道路の料金割引や、電機メーカーと販売店のみが潤うポイント制、「エコ減税」という名の下に実施されようとしている自動車メーカー優遇策、公務員制度改革もうやむやになり、農業、道路、教育、医療……、さまざまな分野において、利権と選挙が絡んで政策が頓挫するばかり……。これらの不策は“飽きれる”程度だが、捨て置けない事態がある。補正予算だ。2009年度の補正予算案が出たが、その総額は13兆9300億円。過去最大だそうだ。新規国債発行額は10兆8200億円で、2009年度の国債発行額は総額44兆円を超えるのだとか。これは、税収より上回るというひどい状態だ。この中には、変な公共事業が復活したり、役所がちゃっかり確保した金もありそうだ。これで国民は、膨大な借金を抱えることになる。しかし、麻生首相は何とも思っていない。だって、下野する覚悟がとっくにできているのだから。民主党が政権を取った途端、余りにもひどい財政内容であることで、ヘロヘロになることが目に見えているのだ。「ほうら、民主党に政権与党など務められないだろう」と、ひた隠してきた埋蔵金と、利権と、役所とのネットワークを駆使して、民主党にできない政治をするべく自民党が息を吹き返す。そんなシナリオを描いているのではないだろうか。見える埋蔵金を使い倒し、国債を乱発し、役所組織をこれまでより意地悪で小賢しい組織へとつくり変えて、下野するのだ。歪んだ口をさらに歪めてほくそ笑む、麻生さんの顔が目に見えるようだ。さて、民主党はどうしますか。。。
2009.04.27
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メキシコに端を発した「豚インフルエンザ」が、世界じゅうで猛威を振るっています。アメリカ、ヨーロッパ各国、オーストラリアでも、インフルエンザの症状を示している海外渡航者がいるとのこと。「飛行機」という移動手段がある以上、感染症(特にインフルエンザのような空気感染するものは)ものすごいスピードで世界に広がります。「潜伏期間」もあり、感染した本人が自覚できないまま、多くの人に感染させてしまう、という特徴もあります。SARSのパニックを思い出します。2002年11月中旬に中国広東省で既に発生していたSARSの世界保健機関(WHO)への報告が遅れたため、SARSの症例定義に当てはまると確認されたのが4月以降とずれ込んでしまいました。その空白の期間に広東省で患者の治療にあたっていた一人の医師が滞在していたホテルに宿泊していた人を通じてベトナム、香港、シンガポール、トロントなど世界じゅうに感染を広げる事態となりました。その際の全世界の感染者数(可能性例)は8,098名、死亡者数774名。まさに大惨事です。こんな予備知識がありながら、当該の地域に向けて出国する人たちがいます。日本は「渡航の自由」が保証された国ですから、国や特定の機関が国民の出国を制限することはできません。が、こんな中での出国は自粛すべきだと思うのですが……。旅行社によっては、ツアーを中止しているようですが、個人の渡航客は、予定を変えずに出国する例が多いように思います。この人たちが豚インフルエンザを持ち帰ってきたら、罪にはならないのでしょうか。情報がない中では致し方ないと思います。しかし、これほど頻繁に報道され、外務省が渡航情報を、厚生労働省が感染症情報を出しています。尋常ならざることが、全世界で起こっているということが理解できるはず。幸いにも日本にはまだ感染した人はいないようです。しかし、今後帰国する人の中には、ウィルスを持ち帰る人がいないとも限りません。その人たちの、ある意味「不可抗力」的な感染は致し方ないとして、そういう感染ではなく、この時期に出国する人がウィルスを持ち帰って、日本じゅうをパニックに陥れた場合、その責任を問われることはないのでしょうか。非常に理不尽な気がします。レジャーや個人的理由での渡航を強行する人には、それなりの責任を持っていただきたい。もちろん、海外で何らかの理由で足止めを食い、何ヵ月も出国できないというようなリスクを侵してまで行くわけですから、それなりの自覚があると信じていますが。日本人の想像力のなさ、無責任さ、他人任せで人のせいにする特有の性格が災いしなければいいと、心から思います。
2009.04.27
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「奨学金」というと、「日本育英会」という機関が思い浮かぶのは、もう古いらしい。いまでは、「独立行政法人日本学生支援機構」と呼ぶそうだ。この機構の実態は、日本育英会、財団法人日本国際教育協会、財団法人内外学生センター、財団法人国際学友会、財団法人関西国際学友会が合併した組織のようだ(2004年4月1日設立)。高等専門学校、専門学校、短大、大学、大学院に在学する学生を対象に、無利息で一定額の就学費用を貸し付けてくれる(奨学事業)。この機構が最も一般的で貸付額が大きい組織だが、奨学金を貸し付ける団体や学校は星の数ほどあるといっていい。しかも、日本学生支援機構は、「本人の成績及び経済状況により選考される」という選考基準があるが、ほとんどの団体は、簡単な申請で借りることができるそうだ。我々が学生のころは、「奨学金を受ける」というと、「成績優秀」が無条件に意識された。「勉強したいのに、家計に余裕がない」という単一の条件があった。が、いまではそんな条件は全くないようだ。この「奨学金」を巡って、問題が起きているらしい。奨学金滞納23年までに半減方針 「踏み倒し」に法的措置も 大学生などを対象に奨学金の貸与事業を展開する独立行政法人の日本学生支援機構は27日、奨学金の延滞債権の回収を強化し、平成23年度まで半減させる方針を明らかにした。支援機構が回収について数値目標を設定するのは初めて。3カ月以上返済が滞っている延滞債権は約2250億円(平成19年度末)に達しており、財務省は回収態勢の甘さを批判していた。 機構では、回収率を高めるため、改善の進まない大学の公表も検討している。 支援機構は回収の強化策として平成21年度以降、9カ月未満の延滞債権について、債権回収会社への全面回収委託を実施するほか、9カ月以上の延滞に対しては、支払い督促申し立てなどの法的措置をとる。また、住所不明で回収できなくなった133億円の債権も、役所などへの住所調査などで延滞者者を追跡し、回収に結びつける。【産経ニュース 2008年10月27日】ある大学は、「奨学金を滞納した学生には卒業証書を出さない」という措置を決めたそうだ(卒業はできる。が、証書がないということ)。なぜこんなことになったのだろう。「給食費未納」「保育費不払い」「医療費踏み倒し」「税金不払い」「学費滞納」といった無責任行動が大人の世界から子世代にまで波及しているということの象徴だと思う。また、「借りる理由が脆弱」というのも、問題を拡大させている理由だと思う。以前は、貸与金は原則「学費」にしか使えなかった。というか、経済的にそれが最優先されたのだから、皆が学費に使ったということかもしれない。しかし今は、何に使おうが借りた者の勝手だ。インタビューに答えた大学生はこんなことを言っていた。「携帯電話代なんかに使っています。親に負担がかけられないので…」「仲間との付き合いが必要なんで(クラブに入っているらしい)。時間的にバイトができないんですよね」「やりたいことがあるんで。あ、バンドやってるんですよ。練習するのに結構お金がかかるんで……」これでは、武富士やアコムから借りるのと同じだ。違うのは、金利を払わなくていいということと、不払いのときに過酷な取り立てに遭わなくていい(いまではどうか知らない。以前、問題になっていたことは事実)ということであって、借りる側にとっては、ウハウハではないか。「やりたい勉強があるから借りる」という確たる意識があれば、学校を卒業する際に、奨学金を得られたことに感謝することはあっても、「将来踏み倒そう」などとはつゆ思わないだろう。しかし、上記のような動機なら、「金の価値」を実感することなく使ってしまうので、「踏み倒す」ことへの罪悪感も感じなくて済むのではないだろうか。日本は、本当に子どもに甘い国だ。自分の将来を決める学問を納めるためだから、自分で学費を工面するという考えが定着しているアメリカなどに比べて、親が子どもを擁護し過ぎる。が、親の経済力にも限界があり、ある一定の金額しか仕送りできないという事情があるようだ。子どもがアルバイトをして稼ぐか、奨学金を借りねばならない場合、特に大学への進学は諦めればいい。いつでも行けるのだから。高校ならそうもいかないが、大学など、18歳でどうしても行かねばならぬ教育機関ではない。社会人になってからでも遅くはないし、就学をバックアップしてくれる企業もある。人様に金を借りてまで行く必要はない。「学歴社会」という言葉も怪しくなってきた。大学に行って、変なイベントを開いたり、大麻を栽培しているような輩が出没する世の中、不要な知識を吸収しに行く必要もなかろう。就学時に並行してアルバイトなどをすることが困難である場合に、奨学金制度を利用できるという逃げ道がある。これを利用して学問を修め、自分の行きたい方向へ進んで社会人になった場合、そのお金を感謝をもって返済することに、何ら不合理はないし、これまでは皆がそうしてきた。こんな、簡単な構図が崩壊しているという現状は、薄ら寒いものを感じる。「信用社会」の崩壊だ。「保証」というものに重点を置く社会になると、何をするにも関門が厳しくなり、「金」を積まないといけなくなる。事実、都会で賃貸住宅や駐車場を借りようとすると、尋常ではないほど書類や印鑑や保証人が必要になる。どうすればいいだろう。「罰則の強化」などは根本の解決にならないが、現状を改善するための応急処置として必要かもしれない。文部科学省か、厚生労働省か、地方自治体の生活課かは知らないが、優秀な役人の皆さんに有効な対応策を考えていただきたい。教育が間違っていたのは確かなので、文部科学省か。よろしくお願いします。※Protea Mamaさん、書き込みの不十分なところを補いました。
2009.04.26
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今年もはや1/3が経過しようとしています。年末から元旦にかけては、「来年はどうなるだろう」という不安を感じるとともに、「必ず、今年よりいい年にしよう」という決意をします。何をするか、何を始めるかは具体的にいろいろ考えるのですが、1ヵ月たっても着手せず、2ヵ月たっても、3ヵ月たっても……。さすがに年度が変わると焦り出し、桜の季節を迎えた途端、ちょっと気持ちが緩み、造幣局の通り抜けが終わると、焦燥感が一気に高まり……。今年は、3月から具体的に動き出したことがあります。今後の人生を一転させるようなことで、決断するまで、夜も眠れぬ日々を過ごしました。が、とにかく決意と決断をし、協力者の同意も得て、事を進めています。いまは、そのことの準備と新たな境地への挑戦に追われる日々です。新たな生活が始まってしまうと、当分は人との付き合いも希薄になると思われるので、できるだけいまのうちに人に会っておこうと思っています。というわけで、本業と、準備と、挑戦と、宴席とで、体調管理が大変だという状況です。問題なのは、少し油断をすると体重が減ってしまうこと。意識して食べるけれど、宴席で飲み過ぎると食べられなくなり、翌朝、400gも体重が落ちていることに驚きます。昨年秋の病気のときに減った体重が、最近増えつつあったのに、病気のときより減ってしまったので、対策を考えないといけないと思っています。そんな状況でG.W.を迎えてしまいそうですが、今年は(毎年ですが)休日を取ることはまずできないと思います。さまざまな企業に協力を求めて、地方に出かける予定です。車も車検を通しました。フットワーク軽やかに、あちこちに行こうと思います。体力と精神力が続くだろうかと不安になることもありますが、決断したのだから、やるしかありません。やることはまだまだある。明日も頑張ろうー。
2009.04.25
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マスコミと鳩山大臣とスポンサー企業は、ぜひ世間の声に耳を傾けていただきたい。剛くんは「公然わいせつ」の容疑となっているが、その姿を見たのは警察官だけだろう。周辺のマンションの住民が認知したのは、「声」に過ぎず、「迷惑防止条例」くらいの話だったはずだ。が、通報により駆けつけた警官の制止に抵抗したり、暴言を吐いたりしたのはよからぬことだ。しかし、「公務執行妨害」になるほどのことがなかったのなら、「保護シート」による「保護」と「保護センター」への「収容」で済んだはずで、「逮捕」になったり、異常に早い段階での「家宅捜索」につながったことが、腑に落ちない。鳩山法務大臣の発言、マスコミの報道のしよう、警察がほとんど詳しい見解を発表しないなどの状況下で、「送検」となったことも異例だと思う。剛くんの挙動や対応がそれほど悪かったのか?いや、多分、裏側の事情だと思う。きょう、業界人と酒席を共にした。テレビの仕事も多数している人で、私が数々の疑問への回答を示すと、「そうか!」と腑に落ちた様子だった。政治、芸能界、テレビ業界、宗教……、さまざまなことに力学が及び、世間に表出したときに、ややこしい様相を呈する。剛君は、力学の「支点」になり、作用点と力点が勝手にやり合っている、という構図だろうか。それにしても、マスコミは騒ぎ過ぎだ。何を報じるにも規制がかかるジャニーズ事務所に対する仕返しのような、ここぞ! とばかりの報道姿勢にはうんざりする。剛君の憔悴した顔を見ると、かわいそうで仕方がない。「公然わいせつ」など、迷惑をした人がいて初めて成立する罪であって、叫び声が「うるさい」という訴えなら、「騒音」に関する罪でなければならないではないか。酒でストレスを紛らそうとする剛君の弱さを糺弾する権利を有する人はだれ一人としていないだろう。飲酒が違法でない限り。彼の苦悩は常人が計り知ることができないもので、国民的(意味がよくわからないが)トップスターゆえの慟哭が異常な行動へと突き動かしたことは、国民のだれもが推察でき得るし、ほとんどの人が剛君に同情的だと思う。鳩山大臣は前言を撤回し、不細工にも言い回しを変えた上に謝罪した。マスコミは、一夜明けると皆こぞって、「だれもがし得る失敗」とか、「だれも迷惑を被らなかった」などの言い訳とともに、剛君を擁護する姿勢に回った。裏で巨大な力が動いたことがわかる(強い言葉を使った鳩山大臣に対して、「デブ」「ブタ」といった、国民の批判があったり、「何で逮捕した!」という警察への抗議があったりしたという、表面上わかっていることだけではない。揣摩憶測)。日本は「酒に寛大な国」と海外から批判される。自分が犯した失態を、酒のせいにできる甘さは確かにある。が、A型が4割を占める真面目で謙虚な日本人は、ストレスを発散するのが苦手だし、酒に頼るのを大目に見てもいいという気持ちがあっても、それは「お国柄」として認めてもいいだろう。もちろん、ある一定の基準は必要だ。としても、今回の事件は、「逮捕」や「送検」につながる要素は何もなかったと思う(表面上は)。さすがに橋下大阪府知事は、民意を察したコメントをした。人間は、幾つも失敗を犯すと。さらに、剛君がかわいそうで仕方ないと。発言に対するアドバイザーがいるのだろうが、こういうとき、きちんと押さえていると思う。鳩山さん、スポンサー企業の宣伝部の方々、テレビ局のPのお歴々、ぜひとも、むだな費用をかけたり、ほかの芸能人に迷惑をかけたりするような愚行を犯さないようにお願いします。国民はだれも、剛君を糺弾することはないと思います。彼が反省をし、その言葉を述べた時点で「チャンチャン!」というくらいの話です。私は、もっともっと後悔するようなこと、他人に迷惑をかけるようなことを犯しています。立場や影響力が違えど、人間は人間。超人ではないし、肉体も精神も変わりはない。「相当なギャラを得ているのだから、一般人と同じではない!」などという、妬みにも似た意見を言うなら、「金が人を幸せにするのか?」と問いたい。彼が得ているギャラは、他人に私生活や魂を売り渡す代償ではない。そこまで求める傲慢さは、タダでテレビの映像を見て喜んでいる一般人に与えられるものではないはずだ。何だか熱い文章になってしまった。神経の細やかな剛君のことだから、酒が抜けた後の後悔と虚脱感と寂寥と恐怖と……、一般人には計り知れない辛さがのしかかっていると思う。が、考えようによっては、それは、彼を大きくする壁でもあり、無難に生きていては得られない難関で、これを乗り越えれば、これまでと違う意識や芸の領域の広がりが期待できると思う。34歳。大人の男になる扉を開いたのだと思う。
2009.04.24
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18日の夜だったか、イギリスの権威あるオーディション番組に登場した47歳(いまや48歳になったようだが)のおばさんが美声を響かせ、世界じゅうを沸かせていることを知った。早速ブログにも書いた。ある意味、持論である「仕組まれたイベント」というのは間違いではないと思う。オーディションの現場がそうでなかったとするなら、編集用の映像(及び効果音)を用意し、意図的に放映映像を作り上げたということであるかもしれない。それは、それとして認識しておいていいと思う。が、この女性の歌声は、驚嘆と感動を呼び起こすことは確か。容姿と美声とのギャップが余計心に訴えかけるということかもしれないし、彼女のように、「夢」という言葉から遠ざかってしまった年代の人々が一縷の希望を見い出して、共感するということかもしれない。事実、ボイススクールに通う中年女性が増えているそうだ。私は、審査員の「サイモン」が彼女に投げかける物理的な質問(が、彼女にとっては、最も身に迫るもの)と、それに軽やかに答える彼女の表情(それは、彼女が田舎者ゆえの感性なのかもしれないし、素直な性格のあらわれかもしれない)が、極端な対比となって認識されるので、そこのところに感情が揺さぶられた。これがSE(効果音)、VE(効果画像)となって、彼女が歌い出すまでの前奏の数秒に神経が集中される。歌い出した彼女の声は、「天使の声」と呼ぶに異論がないほどの美しい美声だった。涙があふれるほど感動した。が、が、が! この演出の構図は、「水戸黄門」と同じなのだ。「何を偉そうに! この、じじいが!」と言われたとき、格さんが前に出て「下がれ、下がれ! このお方をどなたと心得る!」という低い声の後、例のジングルが鳴り響き、印籠をかざして「水戸光圀公にあらせられるぞ!」これに感動しない日本人はいない(少なくとも昭和生まれは)。日本の時代劇は、まさにこの構図が基本で、「水戸黄門」、「遠山の金さん」、「桃太郎侍」、「旗本退屈男(早乙女主水之介)」、「必殺仕事人(亜流ではあるが)」、「赤穂浪士(大石内蔵助)」、「隠密同心」など、枚挙に暇がないほどの人気時代劇が、この心理を取り入れたシナリオ構成を貫いている。私は、これらの時代劇が嫌いだ。すべてがわかっていても、ウルウル来るから。47歳のおばさんのYouTubeも嫌いだ。次々とテロップの入った投稿が寄せられ、それを手当たり次第に見て、「はん、そんな訳では、レ・ミゼラブルには合わない」「日本語的に訳し過ぎ」などとつぶやきながらも、次から次へとクリックし、彼女が歌い出す瞬間を見ては、喉をつまらせている自分が、何だかいやなのだ。私は、確実に彼女の見た目と声(歌唱力)のギャップの大きさに感動していると思う。しかも、長い人生の中で見て、聴いてきたものの中にはない、質の高いものであるというダブルの驚きの中で。多分、彼女の歌声にだけに感動する人も多いと思う。彼女の見た目(容姿)、人生、表現法(トークや体を使った表現)に、“都会的ではない”とか“現代人ではない”といった違和感を覚えた人もまた多いと思う。が、長く生きると、彼女のそうした人生のすべてが、自分の経験に重なってしまい、「痛み」とか、「苦しみ」とかになって、体感できるように思えるのだ。事実、彼女はいじめに遭った経験があったそうだ。そんな彼女が、三人の審査員に「これまで最高の3(スリー)YESです!」と言われた彼女の無邪気で純粋な反応を見ると、胸に迫るものがある。あーあ、「YouTube」の投稿画像を何種類、何度見ただろうか。それに癒されている自分……、一度すべてを見直そう。。。
2009.04.23
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タレントの清水由貴子さんが亡くなった。硫化水素による自殺だったようだ。腎臓と膵臓を患う母親を前にして、父親の墓前での覚悟の自殺……。「ごめいわくをおかけします。消防署に通報してください。東京では葬儀を挙げないでください」そんな内容の遺書を携えていたそうだ。この人の謙虚で誠実な一面が見えるような文章だと思う。17歳で歌手デビューしてから、母子家庭の大黒柱となり、妹の弁当をつくり、学費を出し、家を建て、父親の墓を立て直したそうだ。2006年には母親の介護に専念したいからと芸能界を引退、登録社員としてパートで働いていたとか。母親の介護スケジュール優先ということだったのかもしれない。消防隊員がかけつけ、本署に報告する際、「60歳くらいの女性の死亡を確認」と報告したと、一部マスコミが伝えた。彼女は49歳。60歳に見えるほど疲れていたのだろうか。「自殺」という事態は、健全な人が見ると「何てばかなことをしたのか……」「ほかに方法があったかもしれないのに……」「残された遺族の気持ちを考えると……」と思う事象ではある。が、本人は、異常な精神状態の域に長く棲みついてしまっている中で、「正常」がわからなくなっているはずで、そんな人に健全な人の正論を吐いたところで、何ら意味がないと思う。そんなことになる前に、だれかが気づくことができなかったのかと、残念に思うが、「核家族」社会にあっては、致し方ないのかもしれない。昔のような大家族なら、なかったであろう悲劇と言えるのではないだろうか。それを補うのは、「社会」「地域」でなければならない。国は、道路や天下りに金を使っている場合ではない。今後、日本は、老人がどんどん増えていく国であることは間違いない。老人介護の負担は、子ども世代に重くのしかかっていく。しかし、40代の子どもが、介護に疲れて自殺しなければならないなど、正常な国とか先進国とか文明国だとはいえようはずがない。医療問題と同様、老人介護問題はいますぐにでも、着手すべき課題だし、いますぐに着手しても、その成果が10年先、20年先にしか出ないという、スパンの要る厄介な問題であることは確かなのだ。それにしても、清水由貴子さんの人生には、悲痛と悲哀がつきまとう。結婚もせず、親と妹の面倒を見続け、自分自身の幸せの何たるかを知らずに逝ってしまった。また、娘の死に立ち会った病弱なお母さんの心情たるや……。精神障害があったお母さんには、そのこと事態が理解できなかったかもしれないが……。彼女が「スター誕生」でグランドチャンピオンになった姿を鮮明に思い出す。「こんな田舎者の女の子が、歌もうまくない女の子が……」と、子どもだった私は不思議に思った。が、こういう人は、息の長い芸人になれるのだ。審査委員はそこを見抜いたのだ。生きる苦痛と苦労を知り、芸能界に身を置くことの意味を断定できる人のみが、芸能界という魑魅魍魎の世界で自分を見失わずに生きていけるのだ。ある意味、山口百恵さんと同じだと思った。百恵さんは、ご長男が芸能界デビューするなど、幸福な人生を謳歌されている(と他人は理解している)。が、百恵さんと同じ「スター誕生」でデビューした同じタレントの末期としては、余りにも悲しかった。心より、ご冥福をお祈りいたします。
2009.04.22
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先日、ブランド牛の「中落ち」をいただきました。焼いて食べるのが一番おいしいだろうと思いましたが、一人で食べるには結構な量だったし、脂分が多かったので、カレーをつくることにしました。お肉の提供者から、「つくったら食べさせてね」と言われていたので、たくさんつくりました。肉はブイヨンで煮込み、そのスープをカレーの出汁に。材料はシンプルなものだったのですが、カレー粉(これは本格的にブレンドし、焙煎、熟成させたもの。これもいただきもの)以外にもたくさんスパイスを使い、3日間煮込んでつくりました。味を二日目に入れたのですが、そのときは辛さ、甘さ、材料の味が別々にしました。が、三日目のきょうは、すべての素材が見事に融合して、一つの味になっていました。尖った辛さは丸くなり、口には余り感じないのですが、食べると汗がにじみます。甘さも隠し味程度になり、自分で言うのも何ですが、結構おいしい!で、提供者のところに持って行きました。ご飯を平らによそぎ、その上でブイヨンで煮込んだ「中落ち」を2~3cmのダイスにカットしてのせ、上からカレーを盛ります。見た目もイケています。提供者がそれを見るなり、「お、プロ仕様やな」という声。一口食べてみて、「これは……」言葉が途切れました。そばにいたご子息に「食べてみ」ご子息がスプーンを持ってきて一口。「これ、おとんがつくるのとは全然違う。プロのカレーや」という言葉(どうやら、提供者も中落ちを使ってよくカレーをつくっているようです)。続けて、「肉とルーを一緒に食べると、カレーがマイルドになって、これはおいしい!」「肉を煮込んだスープでカレーをつくりましたから、相性はいいと思います」「口では余り感じないけど、結構スパイシーですね。汗が出てくる」「結構な種類のスパイスを入れたんですが、3日間煮込んだら、スパイス全部が一体化しました」「あ、この酸味は何ですか?」「トマトだと思います。酸味のある材料は、トマトだけですから」「酸味がいいなぁ。肉の脂分をしつこく感じさせない」ご子息は、なかなか味にシビアなお人です。そんな会話をご子息としていると、やおら提供者が、「肉、どれくらい使った?」「煮込んだら随分痩せたんですが、おおよそ100gくらいです」「100g? そしたら、肉だけで1,000円はかかってるな」「ええっ!!」そうです。ものすごい高級肉をいただいたのです。どうりでおいしくできたわけです。「ルーの材料費、どれくらいですか?」とご子息。「100円程度です。ご飯が100円くらいですから、原価で1,200円ってことですか」つまり、このカレーを売るとなったら、2,000円くらいにしないと儲けが出ないという計算。カレーに2,000円って……。「このカレーを出す店があるとしよう。幾らなら、食べる気になる?」と提供者。「1,000円くらいでしょうか。カレーですから」「それは違うよ。1,000円の肉を使っていることがわかったら、2,000円払っても惜しくないという人、必ずいるよ。カレーであっても」「でも、私がつくったというのなら、無理でしょう」有名店のシェフとか、一流ホテルの元シェフなど、名前があれば、同じものでもハクがつくでしょうから。「材料は嘘をつかない。材料のよさを知っている人なら、納得して出してくれる」そうでしょうか。1,000円の肉を300円に落としていいから、1,000円にしろと言われるような気がします。皆さんは、1,500円とか、2,000円のカレー、食べますか?そんな額のカレー、ゴルフクラブか一流ホテルでしか見たことがないような……。よければ、1.ものすごくいい材料を使ったということがわかっている場合2.ものすごくおいしいカレーである場合3.ほかにない個性的な味のカレーである場合という条件が整っているカレーにかけていい金額を教えていただけませんか?1時間ほど、説教のような、忠告のような、よくわからない話を聞かされて、「私の発想や考え方がおかしい」と断定されました。何だか納得いかないなぁ。一生懸命つくたのに、実は肉のことしかほめられていないような展開で、複雑……。
2009.04.21
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動画サイト「YouTube」で、ものすごい話題になっている投稿があるらしい。イギリスの権威あるオーディション番組「Britains Got Talent 2009」に登場した、47歳の女性が主人公だ。この女性の名前はスーザン・ボイル(Susan Boyle)。イギリスのミュージカル女優/エレイン・ペイジのようになりたいと話す彼女を審査員も観衆も嘲笑を含んだ表情で見る。スタイルはちょっと(大分)おデブで、髪型もイケてないし、決して美形ではない。服装もダサくて、話し方もいかにも田舎者。「独身で求職中。教会ボランティアをしている。男性とキスしたこともない」そんな女性を人々は半ば軽蔑したような目で見、嘲るように笑う。彼女の合図で演奏が始まる。彼女はミュージカル「レ・ミゼラブル」のナンバー「I dreamed a dream」を歌うという。審査員の飽きれたような表情、観衆の侮蔑を含んだ表情、それに比してすがすがしい表情の彼女。その対比は見事。やがて美声が響く。観衆は感嘆の叫びを上げ、審査員は表情を変える。場内の誰もが感動の表情を浮かべ、やがてスタンディングオベーション。彼女は堂々としたアクションとともに、朗々と歌い上げる。画像はこちら…………。確かに、彼女の容姿と美声、そして歌唱力のギャップは甚だしいし、その歌声は感動に価するものだった。が、が、が、オーディション番組に登場するということは、つまり、予選を受けているわけで、それほど無二の美声なら、少なくとも関係者は知っているはずで、すべては芝居だったのだと思う。観衆とて、彼女がステージに上がる前に予選を受けたことはわかっているはずだし、それなりの実力を備えていることは理解しているはず。なのに……、場内にいる人すべてが役者だとしか思えない。携帯電話会社の営業マンが一夜にしてオペラ歌手になれるような番組だから、スーザンさんも脚光を浴びる道を進むのではないだろうか。事実、あるレコード会社が「彼女なら、4億5千万円(ドル?)は稼ぐだろう」と契約をしたがっているそうだ。男性とキスもしたことがないような、純粋に生きてきた彼女の美声が、商売や、利権や、世の中の垢にまみれるのだけは避けてもらいたいが……。
2009.04.20
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パトカーに追尾されたり、停止を求められたりした車が逃走し、挙げ句の果てに無関係な一般人を巻き込んだり、道路標識や信号に衝突したりして死傷事故につながることがままある。「飲酒」「麻薬所持」「盗難車」「交通違反」「整備不良」「無免許」などの背景があるようだが、そのまま素直に警察の指示に従った方が、死亡事故を起こすよりいいのは火を見るより明かだ。が、逃げる。10代の若者が多いが、いい年の大人にも前後の見境のない運転者がいる。飲酒して運転し、死亡ひき逃げ事件を起こしながら逃走、酒が抜けたころに出頭するという輩もいる。警察は、一旦追尾を開始したら、やめられない。逃走車が危ない行為をすればするほど、追尾しなければならない。放置すれば「逃げ得」を許すことになるし、危ない行為の先に起きる可能性のある「事故」を防止するという意味でも、検挙するまで追尾するしかない。しかし、逃走車が大きな事故を起こしたりすると、「追尾の仕方に問題はなかった」と、わざわざ署長が見解を発表しなければならない。追尾の仕方に問題があるわけがない。逃げる車が全面的に悪いのだ。逃走車が死亡事故を起こすなどという意味不明な現象を食い止めるには、ペナルティを課すしかないだろう。最近では、地上だけでなく、ヘリによる空からの追尾によって、検挙率が上がっているようだが、ヘリを出す費用を初めとした追尾にかかった費用を負担させるのはもちろん、罰金、禁固といった刑罰をぐんと重くすればいい。「逃げるのは損」というのが社会通念となるような法整備が必要だろう。覚せい剤を所持していた罪と、逃走して人を跳ね飛ばして死亡させたときの罪は比べるべくもない。その手前、「逃走」という行為自体を罪にしないと、不条理な事故が後を絶たない。「運転免許」を持っている人間は、教育を受ける機会があるが、免許を持たない人間の「無免許運転&逃走」は防ぐのが難しい。やはり、社会全体の認識となるような合理的でインパクトのある法整備と効果的なアナウンスが必要だと思う。警察も、「逃げ得を許さない」という姿勢と、効率的に逃走を防止する方策を考えてほしい。一般人はとりあえず、車を盗まれないようにすること(盗難車の運転者を割り出すのは至難)と、怪しい車を見たら、とにかく遠ざかること。悪い奴に命を奪われるのは、悔しくて虚しい。
2009.04.19
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きょうは、暑いほどの一日でした。大阪は文句なしの快晴!本当は朝から行きたかったのですが、車検を終えた車の納車や「家出した」という母親からの電話など、イレギュラーな出来事があったため、午後からの出発となりました。事務所から歩いて5分ほどのところに「造幣局の通り抜け」のスタートポイントがあります。そこに行くまでにも、幾つかの難関がありました。のそのそ歩く人々をいなすことができず(多過ぎて)、人波にのまれながら警察官が浴びせかける指示に従いながら交差点を渡り、いざ敷地内へ。桜はきれいでした。可憐でした。妖艶でした。壮麗でした。「関山」(多分)/おやじの頭と手が気になるけれど…春らしからぬ強い陽光と、青く晴れ渡った空と、美しく咲き誇る桜は、いまの私には、とてもすがしい存在でした。天満橋から桜宮方面へと続くルートを終える寸前で、大川べりの屋台通りへ降り、食べ物や金魚すくいなど遊びの屋台を物色。このイベントに参加したのが数年振りなので、近年の様子は知らないのだけれど、「トルコ」という文字と、「きゅうりの一本漬け」オンリーの屋台がやたら目につきました。「トルコ」はご存じのとおり「ケバブ」を売る屋台。「きゅうりの一本漬け」は、チロチロと放出される水に潤されるみずみずしいきゅうりの浅漬けを販売するというもの。「きゅうり」は、少し先のメニューのような気がしたし、販売員が若くて商売のイロハを知らなさそうな感じがしたのでスルーし、「トルコ」へ。男前の販売員に「写真撮っていいですか?」と聞くと、「いいですよ」と言うので、パシャリ。500円の価値があるかどうかは別として、ちょっと辛いソースがおいしくて、たこ焼きより「アリ」だと思いました。その後、「佐世保バーガー」を800円で購入し、「バンズが甘い」ということと、「マヨネーズがおいしい」という収穫を得て、通り抜けを終えました。「立ちドまらずに、ゆっくり前へお進みください」という警備の人や警察官の呼びかけに一切応じず、狭い通路を塞ぐようにして立ちどまってデジカメをかざす人々に、「権利」と「勝手」が横行する日本の縮図を見たような気がしましたが、天候に恵まれたのと、桜の美しさが心を潤し、いやなことは忘れました。桜はいい。すがしい。
2009.04.18
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元松下電工の社員だった理事長が事業を興し、延長線上にあった「漢字の知識を普及したい」という思想の元に始めた「漢字能力検定」がえらいことになった。英検をしのぐほどの受験者数(すべての検定試験の中で第一位)を獲得したのは、大晦日の恒例イベントとなった、清水寺貫主が書く「今年の漢字一字」など、協会自らの仕掛けもあっただろうが、テレビ番組を中心として起こった「クイズブーム」「日本語ブーム」「漢字ブーム」が追い風となり、国民の関心を高めた。私は、(化石に近い存在かもしれないが)1980年代に検定試験を受け、「初段」の認定を受けている。そのころの格付けは、「そろばん」の感覚に近かったのかもしれない。4段のじじいがいた。趣味の世界の域を超えないかもしれない。しかし、速記士には、必要不可欠(というか、速記士の実力を誇示する当たり前の資格)だった。「大久保昇」理事長の直筆の認定書がいまも実家の壁を飾っている。しかし、1992年の「公益法人」としての認可を経て、「ランク」の概念が大幅に変わった。私見では、「受験者を増やせる設定になった」という実感だった。それまでに築いた「級」「段」の概念をガラッと変え、内容を低レベル化すると同時に、難解度を上げる(実用性だとか、教育的見地に立った語彙だとかだとは検証していないので何とも言えないが)とともに最高位を1級にしてしまった。ま、それまでの資格取得者は切り捨てられて、新たに金を運んでくれる人々に照準を定めたということだろう。「漢検延期、中止も」文科相見解塩谷立文部科学相は17日、閣議後会見で、財団法人「日本漢字能力検定協会」が提出した改善報告書の内容について「関連企業4社との過去の取引がすべて追認されるなど、大変問題がある」との認識を示し、「今の状況で漢字検定事業を続けることはあまり好ましくない。新理事長の下で体制が整わなければ、漢検の延期、中止も視野に検討しなければならない」と述べた。報告書で協会が関連企業所有の本部ビルを20億円で購入するとしていることについては、「関連企業に資産を不当に流出させるものであれば極めて問題。基本的には購入すべきではない」とした。漢検協会は15日に大久保昇理事長と息子の浩副理事長が一連の問題の責任を取って全役職を退くことを表明。新理事長の鬼追明夫氏は20日に文科省を訪れ、今後の運営方針などについて説明する予定。【産経新聞 4月17日】それにしても「漢字能力検定協会」は儲けてしまった。「私が発案し、広報し、受験者を集め、権威ある資格に仕立て上げたのに、いまさら何で私が吊るし上げられなければならない! 第一、受験者が一番知っているのだ。この資格の有用性を!!!」と、大久保氏は言うだろう。そのとおり。企業やマスコミはそのネームバリューに迎合しながら、「儲け過ぎ」というちょっとしたダークな部分をつついては、「正義感」を主張する。同じ穴のムジナ。悪いもの、間違っているものがあるとしたら、「日本人の多くが共有している感覚」ということになるだろう。それは、「信じる者は正義で、騙す者は悪」という感覚。すべてが騙す者だと思えば解決することなのに、日本人は「信じることが善」と思い込んでいる。資格、学歴、形式……、日本人は、「実態」や「心」を見抜く能力がないか、見抜く自信がない人種だと言っていいだろう。なぜなら、日本人のほとんどが、自分を規定する哲学を持ち得ていない、流浪の民(敗戦が、共産主義が、日本国の、日本人のアイデンティティを規定させなかった)なのだから。。。
2009.04.17
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いま、車を車検に出しています。実は昨年、「車検が切れたら処分しよう」というつもりでいたのですが、新しく始める商売には車が要りそうだし、車はまだまだきれいだし、いいエンジン音を響かせてくれるので、あと2年維持すると決めました。ディラーに車検の見積もりをしてもらったら、何と「25万円!」という見積額を告げられ、気分が萎えました。10万kmという走行距離は検査・交換項目の増大を余儀なくしたようです。が、新車を買うほどの必要性はないと判断しましたので、何とか不要な項目を省いてもらい、19万円に抑えました。諸事情から、駐車場の移動が必要で、敷金礼金、前払いの賃料を合わせると、10万円ほどが入り用。保険もあるし、自動車税も間もなく納付せねばならず、総額何と約「40万円」!!!車を持つって、お金が要ります。40万円支払って、どれくらい便利になり、交通費が浮き、フットワークが軽くなるのかは定かではありません。できれば、車は持たない方がいい。持つなら、計画と計算が必要。それにしても、車検も保険も税金も……高い。
2009.04.16
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人の車に同乗した。車は、高性能のカーナビがついたNISSANのFUGAだ。同乗の理由は商用。運転者の商談先への同行だったので、私は当然行き先を知らない。自分が運転する場合は、あらかじめ目的地周辺の拡大地図を用意するとともに、車を出す前にスーパーマップルを取り出して順路を確認し、使う路線の名称やルートNo、要所要所の交差点名や目印になる施設を頭に入れる。地図を見ずに頭の中で一度シミュレーションしてからエンジンをかける。商談先との折衝(駆け引きや料金的折り合いなど)のことをあれこれ頭の中で巡らしていると、突然横から声がした。「こっちでいいのかな?」私が知るわけがない。「えっ、どちらへ向かわれているんですか?」「◆◆」それは、そのときの位置からすると、北東方向になる。「とりあえず、このままいいと思います。淀川を渡ってから京都方面へ向かいましょう」それにしても、カーナビはどうなっとんのや! と不思議に思った。「あ、目的地を確定してなかった」と運転者がつぶやいた。つまり、目的地を確定し、「ナビゲーション開始」モードにしていなかったということのようだ。スイッチをONし、カーナビが機能し出した。私は安心した。が、が、が、その安心は間違いだった。その後、目的地に着くまでずっと、「この信号、右でいいのかな?」「この信号はまだ手前かな?」「あ、道、間違えた」「これ、どっちに行ったらいいの?」と、私を質問責めにする。いい加減いやになった私は、「地図があれば、私がナビしますけど。地図、ないですよね」「ない」何のためのカーナビだか。事実、ナビゲーションが少し遅れるのは確かだった。うっかりしていると、信号を通り過ぎてから、「間もなく、○○交差点を左折します」とのアナウンス。「あ、通り過ぎました!」私が焦ると、「新しいルートを選択しました」と、涼しい声で言ってくれる(ちょっと冷たい女性の声のナビ)。ナビのとおりに走ればいいのに、運転者は、「え、○○の方向に行くのと違うの? これでいいの?」と聞いてくる。「言うとおりに行けば、間違いないんじゃないですか?」すると、ナビは高速道路に乗せようとして、遠回りの道を指示していることに気づいた。「あ、先は高速の入り口です。上、通りませんよね」「こんなに近くなのに、もったいないやろ」もう! どうしろと言うのだ!私がナビしてやるから、出発点に戻ってくれ!高速道路好きで、幹線道路しか指示しないカーナビと、土地勘も、道に対する知識も、地名に対する情報もなく、わけのわかぬ質問を矢継ぎ早にしてくるおやじに囲まれ、みぞゆう(未曾有)のストレスを感じてしまった。文明の利器とて、利用者によってはバカで不便な「器」になってしまう。商用の後、食事に行く話になり、ついいましがた通った道を再び通ったが、運転者の脳には、一切の記憶が残っていなかったようだ。カーナビは確実に運転者の脳を退化させる。特に、50歳以上の方々はご注意いただきたい。そして、同乗者に迷惑をかけることはくれぐれも……。
2009.04.15
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大阪屈指の桜の名所・毛馬桜宮公園の桜(ソメイヨシノ)は大方散りました。今年も多くの人が桜の木の下で宴を楽しみ、美しい桜を愛でました。一体どこから人がやってくるのかと驚くほど、ひっきりなしに大勢の人が訪れていました。幸い、今年は天候に恵まれ、10日間も続いた晴天とポカポカ陽気のもとで、桜の姿を心行くまで楽しむことができました。そんな、我々の陰鬱な世界にあったかな春を運んでくれた桜も、大川の川面を桜色に染め、葉桜となり、その役目を終えました。そして、造幣局の桜の通り抜けがスタート。あと1週間、さまざまな種類の桜たちが、人々の心を和ませてくれます。散ってしまったソメイヨシノへの寂寥感を紛らすかのように、人々は人波をかき分けていまだ咲き誇る桜を探し求め、その愛らしくも艶やかな姿に安堵します。安らかな日々が過ぎ去るのは何と早いことか。しばし桜に心を奪われた後、人々は自分のいる現実の世界に引き戻されます。せめてあと1週間、桜の姿に現実を忘れさせてほしい。1週間が過ぎた後は……いやがおうにも現実を直視せねばならないときが間違いなくやってくるのだから。可憐なその姿に心癒す贅沢を許して……。 2009.4.8.撮影(満開)
2009.04.14
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また不幸な事故が起きた。<交通事故>高3の自転車にはねられ63歳男性死亡 船橋13日午後8時20分ごろ、千葉県船橋市新高根6の市道で、横断歩道を歩いて渡っていた同市芝山の会社員、和田勝昭さん(63)が、県立高3年の男子生徒(17)が運転する自転車にはねられた。和田さんは頭を強打し約3時間後に死亡した。県警船橋署によると、現場は住宅街の信号機のない横断歩道で、和田さんは日課の散歩の途中。男子生徒は外出先から帰宅する途中で、自分で110番した。「男性に気付いた時には間に合わなかった」と話しているという。現場は街灯から遠くて見通しが悪く、自転車は無灯火だったという。同署は重過失致死容疑で男子生徒から事情を聴いている。【毎日新聞 4月14日】ここ10年ほど、自転車が原因となる交通事故が増えている。年ごとに増減はするが、10年前と比較すると、確実な増加(単純な件数より、交通事故全体に占める自転車事故の割合)が確認できる。参考(警察庁データ)H10年……143,017件(交通事故全体に占める割合 17.8)H20年……162,525件( 〃 21.2)「10年」以上前と、それ以降では、何が違うのだろう。第一は、自転車利用者が一気に増えたことが挙げられる。不景気やエコロジーへの関心の高まり、及び自転車の価格の下落により、10年ほど前から一気に自転車が普及した感がある。第二は、自転車乗車時の遵法意識の低下だ。性能がアップし、静音性能やスピード性が飛躍的に高まった自転車に乗る人間が、そのことを自覚していない。「そんなスピードで走って、万が一人にぶつかったら…」と肝を冷やすことが日常茶飯事の出来事になった。遠慮を知らない若い子、有り余る力を危険な運転で発散しようとする無謀な中高生のやることは、本当に恐ろしい。とどのつまりが、「死亡事故」ということになる。上記の事故の場合、被害者への賠償はどうなるとお考えだろう。自転車は「車両」なので、運転者の義務や違反行為は道路交通法で規定されているため、事故を起こした場合はそれに基づく懲罰があるが、それとは別に、「損害賠償」というものが存在する。被害者が加害者に向かって、事故による損害を金銭で補償させるために起こす訴訟である。子どもをお持ちの方はよく知っておいてもらいたい。加害者が12歳以下なら、親が賠償の義務を負う。加害者が12歳以上なら、未成年であっても、本人が賠償の義務を負う。(判例より) 12歳以上の未成年であっても、以前に事故歴がある子どもであったり、日頃から危険な運転をしていることをだれもが認め得るような場合、親に賠償の義務が移行される。では、12歳以上の子どもが死亡事故の加害者になった場合、どれくらいの賠償額が言い渡されるかというと、自動車事故で「業務上過失致死」の場合と遜色ない。上記の事故の場合、数千万円にはなるのではないだろうか。問題なのは、自動車の場合強制加入保険があり、加害者側にどんな過失があろうと被害者は完全に補償されるが、自転車にはこの制度がないことだ。被害者への補償は、100%加害者側の責務になる。これは極めて加害者に不利な状況である。男性が現役で、高収入を得ている場合や、弁護士や医師などの職業に就いている場合、億の単位になることも考えられる。障害が残った場合の賠償額も高額になる。加害者の子どもは、自分が就職などして支払い能力を獲得したときから、賠償を開始しなければならない。損害賠償請求訴訟はすぐに起こされるはずだから、学生生活など、ないも同然だ。たとえ自転車であれ、重傷事故を起こすと、一生をふいにしたも同然のごとき将来を過ごさねばならない。親はこのことを子どもにきちんと教えてもらいたい。「教育しない学校が悪い」「そんな危ない乗り物を野放しにしている社会が悪い」と言うかもしれない。そう思うなら、自転車に乗らせなければいい。「利便性」「快適性」「迅速性」といったメリットを求めるなら、事故のデメリットを知るとともに、ルールとマナーを認識・自覚しなければならない。平和ボケの日本では、事が起こってから慌てふためく。だれかのせいにしようとする。しかし、現実はそれほど甘いものでも、自分に都合のいいものでもない。被害者にも、加害者にもならない努力が必要だ。
2009.04.13
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自らがパーソナリティを務めるラジオ番組で何か言ったらしい。彼は、毒舌家として知られているようだが、私が思うには、毒舌でも何でもない。放送業界(ラジオ)のタブーを無視したか、あるいはタブー領域に踏み込んでしまっただけのこと。株をやっているせいか、世の中の事象はよく知っているし、自分なりの分析もできる人だと思う。芸能界という裏表のある世界に長くいるがゆえに知り得たことを、ボーダーラインを超えて聴取者に伝えてしまったということではないだろうか。放送業界には「タブー」がある。原稿を書く私のような人間も、それを承知していないとえらいことになる。「暗黙の了解」というやつだ。タブーの段階も幾つかあるが、絶対に触れられないのが、「日本国の象徴」とそれにまつわること、そして「宗教」だ。つまり、日本国憲法で保障されている「思想信条(正しくは良心)の自由」「信教の自由」に関連すること。左、右、宗教。第二水準としては、障害者や同和、人種に関する問題(日本は人種意識が薄いが、侮ってはならない)。第三水準が、大スポンサー絡みの問題や不祥事に関すること。そもそも、「言論の自由」「表現の自由」「報道の自由」といった情報を発信する側の権利は、情報元になる人々や団体の権利にかき消されることが多い。それは致し方ない。積極的に情報を発信する側が規制されるのは、消極的発信者を守る上で健全な構造だと言えるだろう。しかし、「批判」「疑問」「意見」は、常に対等な力関係で語られてしかるべきだ。が、情報発信側(放送局)は、常に腰が引けている。なぜなら、「議論」を許さない土壌があるからだ。その尋常ではない「圧力」に屈しているからにほかならない。その証拠に、北野氏が次々とレギュラー番組を降板している理由をきちんと語る放送局は皆無だ。理由を語ると、再び圧力団体(人物)の逆鱗に触れてしまうからだろう。それでも、きちんと理由を語るべきだろう。すべての番組降板と、無期限活動停止が順当な処分かどうかをリスナーや視聴者が判断する機会を与えないというのは、言論統制にほかならない。日本というのは、そういう国だ。裏と表があることを是としながら、それをひた隠して、表向きは「権利」や「自由」を高らかに謳う。しかし実態は、「臭いものに蓋」の精神で、国民の「知る権利」を侵害し続けた。ゆえに、オウムのようなひどい新興宗教であっても、マスコミが正面から批判せず、マスコミを通じてその存在を中途半端に知った若者の多くが、疑う機会を与えられることなく入信してしまうという過ちを犯してしまったのだ。「誹謗中傷」とて、あながち無駄ではない。「根拠のない批判」というが、そもそも根拠が皆無なら、批判など発生しようもないし、単に個人的な勝手な思いからの言葉であれば、聞いた者がすぐにそれを見抜く。いろんな意見や思いが言葉になっていてこそ、人はそこに判断基準を見つけることができる。語ることすら許さないというのは、どう考えても異常としか言いようがない。北野氏の問題が表面化して数日たっているのに、真相が表に出て来ないというのも気持ちが悪い。恐ろしいことである。
2009.04.12
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このタイトルで何度か書いているけれど、気になる日本語は一向になくならない。特にテレビの中で繰り広げられる、おかしな日本語に限っても、耳にするだけで気に障る言葉があふれている。1.「ご~できます」番組のプレゼントコーナーなどでよく聞かれる。「携帯電話からもご応募できます」など。「ご~」「お~」に続く動作をあらわす名詞は、「~になる」が基本で、尊敬を含むなら、「いただく」を使うことも可能。正しくは、「ご応募になれる」「ご応募いただける」となる。特に在阪局はできていない。一度、メールをしたことがある。その番組ではほどなくして直ったが、同じ時間枠の新しい番組に変わったら、元の木阿弥だった。コメントするアナウンサーはもとより、ディレクターがバカなのだ。2.「ぜひ」番組告知やイベント告知、商品告知のときによく聞かれる。「ぜひ皆さんも、ご覧になってはいかがでしょうか」「ぜひこの機会に、お買いになられてはいかがでしょうか」など。イライラする。「ぜひ」には、「ください」や「たい」といった依頼や願望をあらわす言葉を伴う。正しくは、「ぜひ皆さんも、ご覧になってください」「ぜひこの機会に、お求めになっていただきたいと思います」。「お買いになられては」は、「お~になる」にも反するし、人の行動を言うには雑な言葉なので、聞いている者にとっては三重苦だ。「ぜひ」と言いながら、「いかがでしょう」と結ぶのは、自信のなさか、飽くまでも低姿勢であることを示したいのか。3.口癖「じゃないですけど」コメンテーターに多い。使っている意味がわからない。「政権交代、じゃないですけど、自民・与党体制は変える必要がある」政権交代じゃないか! 何が、じゃないんだ。「独裁国家、じゃないですけど、金日成体制は崩壊させなければ」独裁国家にほかならないのに、じゃないらしい。メインMCのくせに、言葉と言葉の間に「スー」「スー」言う輩も排除対象だ。アナウンサー、コメンテーター、司会者等々、しゃべるのが仕事という人種は、口癖に十分気をつけてもらいたい。4.「なんと」通販番組に多い。通販番組は、シナリオが雑だから大嫌いだ。最近の保険のCMがひどい上に、O.A.頻度が高いので、CMタイムは辟易する。さて、通販番組の「なんと」は、商品を(大げさに)評価するときに使う。例えば、「この収納袋には、セーターがなんとたっぷり入ります」「なんと」の意味がない。「なんと」の後には、指標と具体的情報(数値)がないといけない。「たっぷり」では意味がない。「この収納袋は、一般的な収納袋の1.7倍、セータがなんと15枚も入るんです」としなければ、「なんと」の効力は発揮されない。シナリオ書き、ディレクター、通販会社がバカだからこうなる。という具合に、イライラする日本語がますます増殖中である。私が原稿を書いてやる! テレビ局もコメンテーターも通販会社もかかってこい!!
2009.04.10
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人間は60歳になると、周囲が見えなくなるのだろうか。自分の考え(経験や体感を含め)に凝り固まるというか、人の言うことを聞かなくなるというか、アドバイスと称した押しつけや、説教をいとわなくなるというか……。「周囲が自分をどう見ようが、どう批判されようが関係ない」「自分には経験と実績がある。誰に文句を言われよう」「世の中は自分を認めている」そんな、傲慢とも言える境地にはまってしまって、抜け出せなくなる、それが60歳だと思えて仕方ない。日本を代表するような司会者二人が、とんでもない言動で周囲から顰蹙を買っている。 水嶋ヒロ・絢香の結婚会見で小倉智昭にブーイング 先週末はイケメンでブレーク中の水嶋ヒロ(24)と中高年にも人気の絢香(21)の電撃結婚で大騒ぎだった。しかも、2月に入籍し、さらに絢香がバセドー病を患っていて年内で歌手活動を休止するという話に二度、三度ビックリ――。 ところで、この会見で報道陣が首をひねったことがあった。会見はTBSで行われたのだが、なぜかフジテレビの「とくダネ!」の芸能リポーター・前田忠明とともに同番組のキャスター・小倉智昭(61)の姿があったのだ。キャスターが直々にこの手の会見に出席するのは異例中の異例で、まして場所は他局。周囲が「なぜ、デバってきたのか?」と思って当然だ。 実は小倉は大の絢香ファンで、番組にも呼んだことがある。結婚報道があった3日は番組で「ビックリした」とコメントしてソワソワしっ放しだった。自称、絢香の父親だそうで、“娘”のことが心配で仕方がなかったのだろう。 しかし、そんな小倉を周囲が好意的に見ているのかというと、当然ながら、逆である。「小倉は“絢香”と呼び捨てでタメ口で質問していた。それも質問というより思い入れタップリのメッセージで、絢香と水嶋の何倍もベラベラしゃべっていた。いくらなんでもデシャバり過ぎでしょう。司会を担当したTBSの女子アナも会見を打ち切るのに苦労していました」(関係者) これまでも小倉の出たがりは有名だった。五輪好きで知られ、真っ先に何日も現地取材に出かけるのでヒンシュクを買うことは度々である。最近は番組で自分の趣味やらを得々と語るなど自己顕示欲にも歯止めがかからない状態になっている。 そんな目で見られているのに、絢香可愛さとはいえ、この“傲慢(ごうまん)”ともいえる態度である。 周囲はKYで「やっちゃったな」という反応だし、絢香だって戸惑ったのではないか。【ゲンダイネット 2009年4月9日】みのもんたが失言 「北方領土買っちゃえば」 TBS「不適切」 TBSテレビ「みのもんたの朝ズバッ!」で司会を務めるみのもんたさん(64)が、7日朝の放送で、経済が疲弊しているロシアを助けるため、日本政府に対し、「北方領土を買っちゃえば」と発言した。 みのさんは、番組内でフリップを使って政治日程などについて解説していた。その際、5月にプーチン首相が来日することを念頭に、「ロシア経済が疲弊している。北方領土を買ってしまったらどうですか」と発言。他の出演者は下を向いたまま無言だったという。 同局によると、批判のメールや電話は寄せられていないが、広報部は「発言はみのさんの真意ではないが、言葉の使い方は不適切だった」と説明している。 北方領土は日本固有の領土だけに、波紋を呼びそうだ。【産経ニュース 2009年4月7日】自分の中にある自分のイメージや、言動に対するイメージが、世間とかけ離れているとしか思えない。なぜそうなるのか。思考が緩くなり、脳が固くなるからだと思う。自分中心のユルイ発想から発生する言動は、周囲の認識や感覚とかなり乖離しているのに、固い頭ではそう考えられなくなっているということだろう。最近、仕事上で、60歳になったばかりのおやじと話す機会が多い。私が何をどう言おうと、同じことばかり言う。例えば、おやじ「いいものを使えば、わかってくれる人はわかってくれる」私「それはそうだと思います。が、サブの要素でいいものだとわかってもらうより、メインの要素の精度をより上げたい」おやじ「悪いものを使うということ?」私「悪いものは使いません。が、おっしゃるものより妥協点を下げることが必要だと思います」おやじ「いいものを使えば、わかってくれる人は必ずわかってくれる」私「わかります。が、サブに予算をかけるなら、メインをさらに充実させたい」おやじ「悪いものを使うと、メインまでも悪い印象を与えるよ」私「悪いものは使いません。が、“いい”とも“悪い”とも思われないくらいのラインを保ちたい」おやじ「いいものを使えば、わかってくれるって」私「……」って感じ。「いいもの」というあやふやな概念を押し付けてきて、こちらが具体的なことを言おうと思っても、受け入れてくれない。ことほどさように、万事がこんな感じだ。話すのが虚しくなってくる。最後には、「何事も情熱!」「一生懸命やってください」「情熱を持ってやってくれたら、サポートしますから」と、根性論というか、精神論で締めくくられる。私の本業は「販売促進企画」なので、「精神論」ではなく、合理的に、効率的に、システマティックに考える癖がついていて、私の言葉から情熱が感じられないのかもしれない。ま、余り情熱や夢や心意気といった類のものを持つタイプではなく、十分なリサーチと緻密な計算、次の手を5手くらい用意して事を進める質なので、おやじのようなタイプとは合わないのかもしれない。が、ここで諦めるとか、軌道修正するわけにはいかない。とにかくできる限りのことをやらねば。そのためには、おやじを説得する必要がある。……60歳以上のおやじをうまく操る方法を教えてくれる人、いないだろうか。忍耐と根気と覚悟が必要だということだろうか……。
2009.04.09
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連日、花見に出かけています。夜、昼、夕方と、朝以外の時間帯に、1kmくらい続く桜のトンネルをぶらぶら(でもないか。ウォーキングを兼ねているので)歩いていると、「いろんな人が行き交っているなぁ」と感じます。やはりカップルが多い。60代以上のカップルは、二人とも山歩きをするようなラフな格好で、お弁当持参、という感じ。50代になると、女性はちょっとおめかししてて、男性(旦那さん)はセーターとスラックスだけれど、靴が革靴だったりして、イマイチ似合ってない感じ。私服を着る機会が余りないのかな。40代のカップルって、余り見かけない。女性ばっかりのグループとか、会社の休憩時間にやってきているという感じの男性数人のグループがいたりするけれど……。40代の男性と、すごく若い女性というのは結構います。多分不倫。なぜそう思うかというと、女性の方が男性にやけに絡みついていて、男性がものすごく優しい。目を開けているのに、男性の肩に頭をのせて、寂しそうな表情を浮かべていたりして、意味深なのが一目でわかります。50代の男性が、若い女性を連れているケースも多い。「不倫」とわかるのは、男性が女性の荷物を持っていたり、二人で一つの食べ物を食べていたりする場合。それ以外は、上司と部下という感じ。女性の視線や話し方で大抵わかります。30代の男性と10代後半とか、20代前半の女性が歩いている場合も、不倫じゃないかな、と思うカップルがかなりいます。ちょっと遠慮がちに歩いてはいるけれど、二人が醸す空気は隠せません。恋人同士なら、夫婦なら、こんな空気は醸さない。男性というのは……。。。多分、既婚女性も不倫相手と歩いているのだと思うけれど、主婦の空気というか、既婚女性ならではのどっしり感があるせいで、不倫かどうかわからないし、相手が極端に若いとか、年寄りじゃない限り違和感を感じません。既婚男性は、非常に若い女性を好む傾向がありますが、女性は、同じくらいの年齢の男性とつき合っているんじゃないかな。花見をしているカップルは、ほとんどがほんわか顔です。花見どころではない不倫カップルは、その限りではありませんが。桜はいい。心が晴れやかになります。もうすぐ散ってしまうと思うからでしょうか。過ごした1年を思い出し、来年はどうなっているかと考える。風の暖かさに心を和ませ、桜の香りに体を和ませ、陽の光に輝く桜に目を和ませて。お正月とはまた違う、時間の経過を感じる季節です。もう5回も花見をしました。まだまだ行きます。
2009.04.08
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以前から、ちらっと聞いていました。「テレビでジャニーズのタレントを扱うときには、数々の掟がある」と。在阪の某テレビ局の社員(現在は東京でも活躍)が、東京キー局に課せられた掟の一つを教えてくれました。それは、木村拓哉を「キムタクと呼ぶなかれ」という掟。雑誌や新聞への通達はないようなので、記事のタイトルが「キムタク、○億円の豪邸建設」などとなっているわけです。その記事をテレビで扱うとき、局アナはわざわざ「木村拓哉さん、○億円の豪邸建設」と言い換える。ものすごい違和感です。が、あえてそれを東京キー局は受け入れている。なぜか。簡単です。いまの番組のタレント構成を見てみると、ジャニーズのタレントを使わないわけにはいかない、抜き差しならぬ状態になっているのです。つまり、「ジャニーズが数字を取る」という構図になっている。一種の新興宗教のごとき現象です。それが本当なのか、妄信なのかの検証ができているのかどうかはわかりません。大阪で言う「吉本興業」のごとき位置づけで、経済的価値や国民に対するプレゼテーション力は数倍から数百倍になるだろうと思います(ギャラも比例)。「寡占」状態です。その事実は知ってはいるものの、大阪にいると、余り意識することはありません。局アナであれ、タレントであれ、「キムタク」と呼んではばかりませんから。しかし、きょう、その一端を見ました。「躍る躍る躍る! さんま御殿」を見ていたときです。大阪のお笑い芸人(いまは東京で活躍)がさんまさんの「お前がなりたい芸能人はだれや!?」という問いに、「ボクは、キムタクになりたいですね」と言ったら、さんまさんが、「タクヤか!」と答えたのです。明石家さんまという、芸歴もあり、地位も確立され、数字も取れる大御所でさえ、「キムタク」と呼ぶことを禁じられているのか、と驚きました。これは一種の「表現の自由の侵害」ではないかと思います。木村拓哉さんのタレント性は理解できますが、ファンや一般国民が、彼をどう呼ぶかを統制しようとする行為は、尋常ではありません。キムジョンイルを「将軍様と呼べ」と、党がメディアを統制し、監視するのと何が違うのだろう、と思ってしまいます。木村拓哉さんが、「キムタクと呼ばれるのは、気持ち悪い」と言っているのか、それとも社長が、「彼の高いタレント性を維持するために、フルネームを使わせるのが相応しい」と言っているのかはわかりません。が、これは異常としか言いようがない。このことに、マスメディアが気づいていないのは、激しく低レベルです(気づいていながら、正しく対処しないのなら、その方が低レベル)。ジャーナリストとしての信念はないのか、と情けなくなります。わかっていて目を伏せているとしたら、その理由は、「視聴率至上主義」「ジャニーズなくしてテレビは成り立たない」という、余りにもお粗末な状況を露呈しているということでしょう。これは、大変な問題です。「電波」という極めて公的な媒体を使った「情報統制」であることを、木村拓哉さんが、ジャニーズ事務所が、テレビ局が理解しているとしたら、マスコミ界を揺るがす大事件です。総務省が動くべき事態です。ジャーナリスト団体が動いてくれてもいい。いや、違う。テレビのみを対象にしているので、民放連か。スポンサーに気を使っているのがわかるのもいやなものだが、タレントに気を使うなどというのは、愚の骨頂だと思います。だって、タレントはテレビに出演することによって、名を広め、人気を得、ファンを獲得する。恩義ある媒体が、いつしか「出てやってる」という発想に変わり、「こうしないと出ないぞ」という奢りを生んでしまう。タレントなど、いてもいなくてもいい存在です。明日いなくなっても、多くの国民の生活に何ら影響を与えない。いなくなればなったで、違うタレントが出現し、あいた座布団に座るだけのこと。いずれにしても、テレビ局は、きちんと考えないといけません。そうでないと、テレビで流される情報への信頼性は、激しく下がってしまうと思います。当事者になると決して笑えないけれど、外から見る分には笑えることが多い(常軌を逸する度が半端じゃないので)「ニヤゾフ大統領」のマスコミ統制を思い出した、桜満開の春の夜です。
2009.04.07
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昨日、夕刻(夜かな)に元同居人が来たので、大阪では屈指の桜の名所(といっても、事務所の近くという理由だけですが)大川沿いの天満公園に、夜桜見物に出かけました。多彩な色彩のLEDライトが開発されたせいで(省エネを実現するという現実的な事実はわかっていながら)、ブルー系の危うい明かりが桜を照らしていて、昼間は屈託のない表情を見せていた桜が、妖艶な表情を見せていて、夜ならではの雰囲気を楽しみました。きょうは、天気もよく(快晴)、気温も朝からどんどん上昇するので、お昼は弁当を持って、同じく桜の名所に出かけました。11時という、微妙な時間のせいか、行き交うのはジジババばかり。「年金生活を謳歌しているのだな」とうらやましく思いながら、かまどやの弁当を食べつつ、ソメイヨシノの可憐な姿を愛でて、心すがしく過ごすことしばし。(本当は、手製のお弁当を持っていくべく提案をしましたが、内容を、「ハンバーグ」「ミンチカツ」「シャウエッセン」「卵焼き」と言ったところまではよかったのですが、「ほうれん草のお浸し」と言った途端、「かまどや」と元同居人が答えたため、その真相を追求せずに「かまどやの弁当に、好きなメニューがあるのだろう」と安易に考えて、それに従いました。事後、「ほうれん草のキシキシ感がいや」という子どものような理由を聞き、ゲンナリしました)弁当と、ちょっとしたアルコールと、ほんわかした午後のひとときを過ごして事務所に戻りました。昼間のアルコールが効いたのと、昨日の起床が早かったためか、元同居人がコックン、コックンし始めました。時刻はまだ14時。ここで、仕事を放棄するわけにはいかず、17時近くまで我慢してもらい、再び桜の名所へ。明るいにもかかわらず、ちょっとしたアルコールのアテにと、牛串(ハラミを串に刺して塩だけで焼いたもの』と、こんにゃく玉(東北地方の食べ物のよう。直径3~4cmの球状にしたこんにゃくを甘めのたまり醤油でいりつけたもの)を購入、こういう屋台で購入するには、結構マニアックなものだと思いつつ、そのおいしさ(質感とか、食感とかの満足度かな)を堪能しました。陽が傾くと途端に寒くなってきたので、そそくさと退散しましたが、夜、昼、夕方の桜を堪能することができました。「贅沢な楽しみ方ができたね」と私が言うと、元同居人が、「来年は、桜を見ることすらできなくなるかもしれんし」「刑務所? 病気? 仕事?」「死ぬとはいわないけど、刑務所も仕事も可能性はあるよな」と、感慨深げ。そうです。桜なんて、ほんの一週間ほどしか咲いていないのです。年に一回、満開の桜を愛でることができる人は、とても幸福なのかもしれません。来年、どんな思いで、桜を見ているでしょうか。。。。
2009.04.06
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テレビを見ていると、パチンコ業界のCMの多さに驚く。ここ5年くらいジワジワと勢力を伸ばし、さらに、昨年秋ごろから格段に多くなったように思う。景気に反比例する形だ。TV局が苦しいということだろう。パチンコやパチスロはそもそも、「射幸心を煽るレジャー」ということで、マスメディアはCMの取り扱いに慎重だった。しかし、こうも不景気で、大口のクライアントがバタバタ落ちてしまっては、デンジャラスゾーンに手をつけないわけにはいかなくなったということだろう。もちろん、「ホール」とか「パーラー」と呼ばれるレジャー施設自体のCMはまだ登場していない(少なくとも在阪局では)。中心は、機器メーカーの企業CMか、機器自体のCMだ。最近、歌手やタレントをキャラクターにした機器が次々と開発され、タレントを使えば画になるということもあってか、バンバンCMを打っている。これって、問題ないのか?パチンコのために「借金を抱えている」「自己破産を余儀なくされた」「家庭が崩壊した」といった、昔ながらの問題はまだなくなっていないし、「乳幼児の車内閉じ込め」「幼児失跡(誘拐)事件」「幼児誘拐殺人」など、その遊び方、施設の特性から起きる事件も多数報道されてきた。「パチンコ依存症」などという精神疾患も、見過ごすことのできない問題だ。これまで、「景気が悪くなると、パチンコ業界が繁栄する」と言われたが、今回の、未曾有の不景気には、この法則は当てはまらないようだ。2007年と2008年のデータを比較してみる。かなりの減少傾向が見える。2008年の後半だけを取ってみると、さらに悪い数字になているのではないかと思われる。◆『レジャー白書2007→2008』(財団法人社会経済生産性本部)市場規模 27兆4550億円→22兆9800億円参加人口 1660万人→1450万人★市場規模のピーク…1995年:30兆9020億円理由は何だろう。パチンコをする余裕すらない、ということだろうか。ホールは客を獲得するために、機器の入れ替えを頻繁にしたり、人気のマシンを導入したり、出玉率をアップさせるといった工夫が必要になる。利益率を下げることもいとわない経営姿勢で望んでいることだろう。マシンメーカーは、次々と新しい機器の開発が要求される。開発費はかかるものの、ヒットすればがっぽりもうかる。自らの機器をアピールして客にホールへと足を運ばせるためのCMは、ホールのバックアップにもなる。パチンコ依存症の人にとって、TVCMは、好奇心や射幸心をかき立てられるまたとない材料になっているだろう。TV局は、自らが垂れ流したCMのせいでホールに足を運び、こてんぱにやられ、借金を重ね、一家離散などのひどい目に遭ってしまった人が何人いるか、追跡調査してみて、それを番組にすればいい。そんな番組はつくれない、責任も取れないというのなら、CMをやめるべきだろう。少なくとも、この類のCMを見て、「パチンコ」の正当性やメジャー度を錯覚するなど誤解的解釈をすることはあっても、「パチンコなど、ろくなことはない」とか、「負けることはあっても、勝つことはない」と自重する人や、手放しで「喜ぶ」人はいないだろうから。
2009.04.05
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きょうは、22時過ぎに呼び出しがありました。私の将来の話を具体的にすることになりました。取り寄せた資料や、作業フロー、必要なものリストを携えて、打ち合わせに行ってまいりました。いよいよ、新たな人生に向けたスタートを切ったという感じ。1ヵ月、とりあえず頑張っていろいろ準備をして、梅雨前にはカタチにしたい、というスケジュールで動き出しました。テポドンや100年に一度の不況やらと、世の中大変不安定で不安な感じですが、そんな中でも生きていかねばならぬのですから、できるだけ前を見て、希望と野望と夢を持って、生きていこうという気持ちでしょうか。不安はいっぱいありますが、「できるだろうか」と夜、眠らずにあれこれ考える日々が続いていますが、やるならいましかない、という気持ちでやることにします。そして、「できなかった、では済まされない。必ず成功させる」という決意も必要。だって、クライアントに対して、偉そうに販促企画をつきつけてきたのですから、自分自身の販促ができなくては、これまでの仕事が詐欺まがいのことになってしまいます。さて、車検を終えたら、そろそろ本格的にあちこち回ろう。やるべきことはいろいろあります。きょう、計画書を出して説明したら、相手は驚いていました。「そんなに本格的にやるの?」と聞かれたので、「本格的なことはありません。やろうと思えば、もっともっとやるべきことがあります。私が考えているのは、本物をつくるための最低限の手間とステップです。売れるものは、必ず本物だと思いますから」ホームページ、チラシ、名刺……、本業ルートを利用しながらサクサクッとこなしましょう。ってことで、きょうは眠ります。眠れるかな……?
2009.04.04
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以前にも、少し触れた記憶があるのですが、血液型別に行動の特徴をまとめた文献を読む機会がありました。少し前のものなので、いまはズバリ! とはいかないかもしれませんが、結構面白いので、列記します。★財布を落としたときの行動A型:激しく嘆き、悲しむ。後悔の念が強い。周囲の人にも伝わるように嘆く。二度と落とさないように注意する。執念深いので、持続力がある。が、後悔の念が切れたときにまた落とす。前回の倍の嘆き悲しみを周囲に表現する。O型:「やっちまったか! 仕方ないなぁ」という感覚。余り後悔しない。「落とさない工夫をなぜしなかったか?」という事前策より、「落としても後悔しない、安い財布を持とう」と、事後策(しかもかなり自分流な)を講じる。AB型:不明。B型:この世の終わりかのような嘆きよう。「あの財布がないと、これから生きていけない」くらいの気持ち。が、次の日にはもう忘れていて、また違うものを落とす。★借金をし、行き詰まったときA型:自分一人山の中へ分け入り、首吊り自殺。「家族には、保険金を残して……」と、自分より金貸しや家族を優先。O型:家族みんなで温泉旅行や、遊園地で楽しんだ後、いい景色のところに車をとめ、排ガスを引き込んで一家心中。「家族で楽しい記憶を持ったまま死んでいこう」という感覚。AB型:銀行強盗、コンビニ強盗、詐欺など、その場しのぎの方策を講じる。が、不器用な人が多く、目的は達成されないことが多い。B型:トンズラ。全く知らない土地で、20年も暮らしていたかのようにその土地になじんで生活できる。★最も多い職業A型:公務員、教師、政治家。正義感が強い。が、組織にくみしやすく流されやすい。O型:会社社長。独創性や個性がある。が、規律や法律の遵守が苦手。AB型:芸術家。B型:技術者、学者。紙一重で浮浪者(職業ではないが、職業のごとき概念で生活する)。浮浪者歴の長い人に聞くと、大方がB型。環境に順応しやすく、汚いのが平気。風呂嫌いが多い。本人は「効率的」「合理的」と言うが、周囲からは「ズボラ」と取られやすい。★おまけ:国民・動物と血液型A型:日本人。豚、魚類。O型:中国人。サル。AB型:(占有率の高い国民は不明)。カエル。B型:インド人。象、カメ。※列記したのは、国民における比率が高い国です。全員がその血液型ではありません。う~む。日本人の40%がA型でよかったと、国民全員が喜ぶべきだと思います。「賢明」で、「勤勉」で、「努力家」という評価は、確かにA型を評してのことだと断定できます。少なくとも、AB型とB型ではないと……。くっっ。。。。
2009.04.03
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2004年に端を発した「チーフプロデューサーの番組制作費着服」問題などを受け、NHKに対する国民の不信感が増大し、受信料の不払いが勃発した。その後も度重なる失態が表面化するにつけ、不払い問題は深刻化することはあっても、改善はされていないように見える。民間企業が試算すると、これまで支払っていた世帯の3割が不払い化しているとするのに対し、NHKは1割としているらしい。分母の算出方式が怪しいし、「不払い」の定義もあやふやだ。警察が「犯罪検挙率」を言うときに、分母を減らし、分子を増やす不毛な努力をするのと同一と思えてならない。例えば、例えばだが、警察は、「告訴」や「被害届け」の受理数(犯罪件数)を減らして(変な理由をつけて受け付けない。桶川ストーカー事件などがいい例。「別件逮捕」や「余罪の自白」などで検挙数を増やす)かつて世界一とうたわれた検挙率の減少を(わずかに)食い止めるのに役立つ。ここで、見直しておきたいのが、NHKの受信料の高さだ。2か月2,690円、 6か月7,650円、12か月14,910円これは、ワンセグ端末(携帯電話やPCなど)やパソコンのチューナーに対しても適用されるらしい。で、全体で幾らになるのか。。。(実質的には追求する手段はNHKにはない。名目上という話)。「(2005年2月時点)でのNHK受信契約数は3,650万件前後」らしい。1,345×12×36,500,000=約5,900億円何と! 0.5兆円もの金が、一放送局の収入として上がるのだ。が、この数字も眉唾ものだ。日本の世帯数は確か、5,500万を超えている。しかも、住民票を居住地に置いて単身赴任している会社員や、一人暮らしをしている若者はかなり多い。さらに、ホテルや病院といった宿泊施設や滞在施設でテレビのあるところは、受信契約を結んでいることが多いはずだ。しかも、台数ごとの契約になる。このように、本来、受像機ごとに契約しなければならないが、複数台数を持つ一般家庭は、1台のみの契約で許されてきた。が、商業施設等はその限りではない。とすると、契約数が3,650万というのは、分母を減らす行為が入っているのではないかと見ても、おかしくはない。日本放送協会存続のために、ギリギリの損益計算の数字を計上して、国会の予算員会を通さんがための工作をしているとしか思えない。そんなNHKだが、最近は本当におかしい。いつチャンネルを合わせても「再放送」ばかりだし、そのときの映像も音声も、昭和のような劣悪さだ。まるで、VHSで録画した受像機の映像をそのまま流しているかのようなお粗末さを実感していた。が、それは、受信料の徴収率低下が影響しているのだろうと、ある意味理解できていた。が、番組の内容には、違和感を持つものが少なくなかった。明らかに「視聴率」を意識し、いまブームである(もうかげりが見え始めているが)お笑いに迎合するような番組がたくさん登場した。が、どれも面白くない。吉本の中堅のお笑いタレント(実力者)を入れて、番組を展開しているように見えるが、実は裏ですべてを操っているということがよく見える。当該のタレントは、わきまえがあるということか、そつなく番組をこなしていると思うが、面白さは半減している。「そんな中途半端なことはやめるのが賢明」と常々思っていた。しかし、ヘビーな若者視聴者がついていたようだし、それはそれで、新たな受信料聴取者の獲得につながったのかもしれない。が、が、が、これはいけない(下の記事)!!これをやった職員は、世の中を知らないとしか言いようがない。もしくは、自分が2ちゃんねらーで、NHK職員としての意識が欠落していたということかもしれない。「2ちゃん」キャラ「やる夫」 NHK一転番組HPから削除「やる夫についてのまとめサイトも登場している」 NHKが、巨大掲示板「2ちゃんねる」から生まれたキャラクター「やる夫」を番組公式ホームページトップに2009年3月に掲載した。ネットでは「NHK終わったな」「公共放送が2ちゃんに媚びている」など騒ぎになっていたが、09年4月1日にこのキャラクターを削除していた。■「こまけぇことはいいんだよ!! 」という吹き出し 「やる夫」は文字や記号を使って描かれたアスキーアート(AA)。「2ちゃんねる」で自然発生的に誕生した。見た人をイライラさせるような風貌を持っているため、最初は「2ちゃん」で行われている議論を煽ったり、バカにしたりする役割で使われていた。そのうち08年頃から思わぬ人気者となり、「2ちゃん」には「やる夫シリーズ」なるものも登場。「やる夫が金融機関ではたらくようです」「やる夫がmixiを始めるようです」「やる夫が漫画家を目指すようです」などの「お題」が出て、ユーザーが思い思いに「やる夫」の行動を予想、ストーリーを作ったりしている。 「やる夫」を掲載したのは、NHKBS2の番組「ザ☆ネットスター」。「2ちゃん」からそのまま転載したと思われるAAは「こまけぇことはいいんだよ!! 」というセリフが付けられていた。NHKの番組がホームページのトップに「やる夫」を掲載したことにネットでは驚きが広がった。「天下の公共放送のすることか」「本気で2chに媚びてどうするんだよ」「NHK終わったな」などと否定的意見が多く出ていた。■「不適切な掲載であったと判断した」とNHK 当の「2ちゃん」でも、一部に「受信料を払ってよかった」と、「やる夫」が有名になったことを喜ぶ書き込みが出たが、「国民から巻き上げた金で何やってんだ」といった批判的な内容が目立って多かった。さらに、同番組ホームページの「許可なく転載することを禁じます」という但し書きを指摘し、「やる夫」の著作権はどうなっているのか、「やる夫」はNHKに組み込まれたのか、といった疑問も出ていた。 そうした中、NHKは09年4月1日に同番組ホームページ上から「やる夫」を削除した。 番組はネットで人気を博している「人、もの、コンテンツ」を扱っており、実際に08年7月には同番組で「やる夫」を紹介した。そうしたこともあって、「やる夫」は番組ホームページに掲載するのにふさわしいと判断した、とNHK広報局はコメントした。その上で削除した理由として、「2ちゃん」から引用したという表記がなかったことを挙げ、 「著作者がわからないものであったとはいえ、ホームページでも出典を明記すべきでした。その点では不適切な掲載であったと判断し、本日当該キャラクターをホームページから削除しました」とJ-CASTニュースに説明している。【J-CASTニュース 2009年4月2日】民法なら、取り上げ方もあったろうが、NHKでは無理だ。そのことがわからないのが悲しい。「迎合」「おもねる」「寄り添う」……事メディアに限っては、あってはならない状態だと思う。5年以上、いや、ひもとけば、それよりもっと以前から続く因襲によって、メディアとしての役割を放棄し、自制心を崩壊させ、不必要な視聴率を計ることに労力を費やす(無駄。視聴率で計るようなバカな番組をつくる能力には長けていない)ことに終始していたNHKは、存続の意義が問われていると思う。「いや、NHKは、NHKにしかつくれない番組をつくっている」と言う人がいるかもしれない。が、NHKがつくっているのではない。利益を分配するためにつくった子会社がすべてを担い、さらにその下請け(サラリーが数分の一の悲しい制作会社)に丸投げ(NHKは口出しする役割だけ残していて、極めてやりづらい)し、利益だけをグループでせしめて、厳しい制作の現場は下請けに押し付けているという構図は、他のどの民法とも変わりはない。こんな放送局、存在の意義があるのだろうか。電波が日本列島のあまねくところに到達するというメリットは排除しがたい。ならば、民放連がそれを買い取って、個人、企業、地方自治体、国から寄付金を募り、視聴率というバカな強制力にとらわれない番組を輪番制で受け持ち、国民投票でその評価を得て、評価の高い局が寄付金の多くを割り当ててもらえる、というのはどうだろう。もちろん、「国民」をひとくくりにする危険性も理解している。小沢さんの問題はあったにせよ、「給付金」と「高速道路1,000円」を実施した途端、麻生さんの支持率が回復した事実は、私にはかなりの衝撃だった。そんな日本人の特性も理解しつつ、メディアのあるべき姿を追求してくれる、先端メディアの実現を目指す組織があってもいいのではないだろうか。変な思想的報道が通用しない、あるいは、変な思想的報道を平等に報じることができるメディアが発生し、裏表なく情報を発信していける国……、そういうものを目指す時代がきていると言えると思う。「米ソ首脳会議」で、世界が動いた時代はとっくに終わり、国民の数百万を餓死させながら、「衛星」か「核」かわからないようなおっかないものを打ち上げると公言してはばからない、存在価値があるとは認められないような政府(独裁政権)を排除できない世界のあり方は、この世の末を痛感させられる。NHK諸子よ、北朝鮮拉致問題を、君たちの力ですっかり解決してはどうだろう。中国に、億の単位のロケ車をポンと進呈できる実力のある人々だから、うまい取り引きの方法を考え出せるだろう。背景には、大枚がある。視聴率など気にしなくていい。拉致被害者を一人残らず返してもらう方法を企画し、実行し、実現したなら、どれだけ金を払う人々が増えるだろう。そこまで勝負をして、ダメなら解体もいい、そんな気持ちで動いてほしい。……、ダメか……、公務員の延長線上の人々だから。橋下知事に反発する職員を見ているとわかる。役人の小賢しさと、がめつさと、人間力のなさが。こんな人々に、日本は(国も地方も)支配されているのだから。NHKの職員を避難するのは酷なのかも……。
2009.04.02
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長い間生きてきたけれど、4月1日に嘘をついたという経験はなかった……と思います。子どものころの記憶が定かではないので、もしかしたら、つまらぬ嘘をついたかもしれませんが、大きな顰蹙を買ったり、けったいな事件を引き起こしたりということはなかったと思います。きょう午前0時、元同居人とお酒を飲みながら、話をしていました。何気なくカレンダーを見たら、きょうが4月1日であることに気づきました。「何か嘘をつこう」と、とっさに思ったのですが、嘘をついた経験もなければ、気の利いた嘘の素も持ち合わせていない私は、いかん方向に思考が働いてしまいました。「黙ってたけど、この間、検査した。去年秋の急性膵炎のことが気になって。もしかしたら、違う病気じゃないかと……」「えっ? いつ?」「ちょっと前。今週結果を聞きに行った」「そうえば、最近、顔色悪かったからなぁ。気になってた」えっ、そうだった? 気になるなぁ。「で、結果は?」「膵臓がんだった」「えっっっ!? ……(絶句)」表情がこわばり、おかしなところでとまったままになりました。驚きか、悲しみか、喜びか、何がなんだかわからないような顔です。「4月1日になりましたー」と言うと、怒りの表情になり、「心臓とまりそうやった!!!!」たちの悪い嘘ですが、とっさのときに出た嘘は、本当は本心のあらわれだったような気もします。でもやっぱり、嘘は、楽しくなるような話題にしないといけません。「ペンギンが空を飛べるようになった」とか、「ビッグベンがデジタル化されるので、不要になった針を譲る」とか「暖冬だったためスパゲティーの木が大豊作です」なんて、「うっそー」と明るく言える話題に。新年度になってしまいました。嘘でもいいから、「景気が劇的回復を見せています」って放送をしてくれないかな。
2009.04.01
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