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千葉法務大臣が、福島党首と結託して、「夫婦別姓」に関する民放改正に力を入れることを表明した。ほかにやるべきことがあるだろう(特に死刑執行に関する態度は許せないので、それに関するアクションは必要なはず)、と思うが、社民党はその程度の党なので、政権与党にしてしまった民主党に何とかしてもらいたいと思うばかりだ。「夫婦別姓」には、さまざまな問題点がある。短絡的論議としては、「キャリアのある女性が結婚して夫の姓になると、仕事上不便」「女性が実家の姓を継ぎたいけれど、夫に養子になれとは言えない」「女性が男性の家に入るという習慣が古くさい」といったものがあるが、そんなことは塵埃的話。民法では、婚姻関係を結んだとき、夫、妻、どちらの姓を名乗ってもいいことになっているし、夫の姓を名乗る必要性に言及する何物もない。つまり、女性が夫の姓を名乗るのは、「習慣」でしかない。互い(家も含むが)の同意があれば、妻の姓を名乗ったところで、社会的な問題は発生しない。しかも、「通称」というやり方が定着していて、女性が結婚して姓が変わっても、職場などで旧姓を名乗り続けることに、違和感を感じることがなくなっている。であるなら、なぜいま、「夫婦別姓」をことさら取り上げるのか。「女性の人権」を主張したいのだろうと思う。いまの時代に……と思うが、人権派弁護士は、社会常識というか、世間の認識とかけ離れていてわけがわからないというのが周知の事実。では、別姓にしたときに、どんな弊害があるのか。現行の法律や社会機構の中では、夫婦同姓がベースになっている。「世帯」は一つの姓であるということだ。世帯に二つの姓がある場合、子どもはどちらを名乗るのか。どちらかの姓を選んだ場合、遺産相続など「家」にまつわる法律上の問題が生じないのか。子どもの子どもは、選んだ姓と違う方の姓を名乗れるのか。自分が姓を選んだことで、家系が途絶えることにつながったとして、精神的負担がないのか……。などなど、「家」というものを重視する日本社会にあっては、「夫婦別姓」にするデメリットの方が多いことは明らかだ。今後、ますます「長男」「長女」ばかりが結婚する時代を迎える。「家系」を重んじる人々が、結婚に異様に慎重になったり、孫を奪い合ったり、家系の存続を目的とした、変な婚姻関係が横行したり(外国人との人身売買的結婚)、婚姻関係を結んだ後に問題が生じたりするといった問題が発生するのは、目に見えている。「戸籍」「家系」「墓」など、姓に関連する問題が諸外国より複雑な日本にとって、「夫婦別姓」は、世界的な経済不安や新政権による国内不安、景気の悪化といった諸問題をさておいて、いま論議する問題ではないと思う。ライフワーク的な話を国政に持ち込まないでいただきたい。弁護士というのは、本当に……。。。
2009.09.30
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以前からずっと思っていました。ウォークマン的音響機器の弊害。若いとき、ウォークマンを四六時中使っていて、「危ない」とか「いやだな」と感じたことがいろいろあったので、いまなお規制や基準が設けられていないことに懸念していました。ウォークマンの発売から30年、ようやく、EUが規制を打ち出したようです。iPodなどに音量制限…EU、聴覚障害予防へ欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会は28日、米アップルの「iPod」(アイポッド)など携帯型音楽プレーヤーに音量制限を設けると発表した。 各メーカーは、製品の最大音量を80デシベル以下に抑えるよう義務づけられる。2年以内に技術基準を定め、それ以降に発売される新製品に適用する。 欧州委は「使用者を聴覚障害から守るため」としている。現状では、最大音量は多くの製品でロックコンサートに相当する100デシベル以上に設定されているという。欧州委の調査によると、毎日1時間、100デシベルで音楽を聴き続けた場合、5年後には聴力を完全に失う危険がある。 もっとも使用者が危険を承知で80デシベルを突破するのは構わないとしており、今後発売される製品には、何らかの警告を発した上で音量制限を無効にできる機能も付く見込みという。 【読売新聞 2009年9月28日】日本の製品は、音量の上限制限はないようで、人によっては、80dB以上で聞いていることもままあるとか。「街に出ると、回りの音がうるさいので、音量を上げます」あな恐ろしい。田舎の大草原で耳を塞がれても、大して危なくないかもしれないけれど、都会には危険がいっぱいあって、耳からの情報は、危険回避に大きな役割を果たします。前180°程度しか見えない目に比べ、360°の音を拾うことができる耳は、車両の運転時や歩行時になくてはならない情報収集器官です。最近、自転車を走らせながら、iPodで耳を塞ぎ、携帯メールをしているといった無謀な若者が横行しています。電車の中で、イヤホンから漏れてくる音は相変わらず大きい。エレベーターの中やエスカレーターなどで、場所や道をあけてほしくて「済みません」と言っても知らん顔。好きな音楽に恍惚として。運転中、交差点から飛び出してくる自転車を運転しているのは、イヤホンをはめた若者たち。満員電車の中で、大きく足を投げ出し、あるいは足を組んで目をつぶり、イヤホンから流れてくる音楽に聞き入りながら、お年寄りがいても、妊婦さんがいても「知らんぷりキンチョール」を決め込む。ま、皆が皆、そうだとは言いませんが、そうした光景を結構目にするのは確か。ここに来て、EUがなぜ突然規制を打ち出したのか疑問ですが、「消費者保護」ということには間違いないので、それはそれでいいと思います。聴覚は、一度壊れてしまうと戻りません。音の仕事をしている人は、小さな音が聞こえない、いつも高音の耳鳴りがする、聞こえる音域が狭まるといった職業病を抱えることが多いと聞きます。細かな音を聞き分けるため、音声を大音量で聞くためです。私も、ビデオやCMの仕事でスタジオに入ることがあるのですが、耳がつらくて長くいられません。仕事が終わるとゲンナリします。耳からのストレスが、全身を緊張させるからです。若い人は、経験がないからかこういうことを理解しようとしませんが、身体は精巧に、そして繊細にできていることをよく知って、業界や法律の規制がなくても自主的に規制するようにしてもらいたいと思います。体の機能は、失われてから後悔しても遅いのです。放っておいても、経年変化とともに、あちこちの機能が失われ、自然と不自由になっていくのですから、自らその寿命を縮めることはありません。……この規制の裏側を調べてみてもいいかな、と思っています。
2009.09.29
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銀行には、月に幾度か足を運びます。本業の用件としては、外注先への振り込み、事務所や駐車場の賃料の振り込み、税金の払い込み、給与の振り替えなどなど。カレー屋の用件としては、収益の預け入れ、外注先への振り込み、店の賃料の振り込み、そして、両替。銀行は、不便なことばかりです。まずは手数料。窓口の振込となると、840円も取られてしまいます。ATMで面倒な操作をして、ようやく振り込めたときも、105円~630円という高額な振込手数料を取られます(土日の振込も含む)。大阪は、これを経費と見なして、支払い額から差し引くという習慣があります。小さな額の請求に対しての場合は、結構痛い。領収証を切るとなると、3万円以上は収入印紙が必要となるので、その手数を考えると、振込の方が便利、ということで、泣く泣く目をつぶっているのが実情です。金利は、涙が出るほど微々たるものなのに。公的資金を注入された後の銀行が復活したのは、この振込手数料が大きく貢献したというのも事実。が、健全な経営状態になったのなら、廃止すべきではないでしょうか。市民や企業が支払った税金を注入してもらったわけですから、恩返ししても罰は当たらないでしょう。店をやるようになって不便に感じるのが両替。一度(1日)に交換できる枚数が激しく少ないのです。しかも、その銀行と取り引きしていることが条件になり、カードを挿入する必要があります。幸い、私は2つの会社を経営していて、便宜上口座を複数持っているので、100円玉×50枚を2本、50円×50枚を1本、10円×50枚を1本といった程度の両替が可能です。が、うちよりもっと繁盛している店なら、これくらいの両替では足りないはず。どうしているのだろう、と考えてしまいます。これは都市銀行だけの話で、地銀は違うのかもしれません。それにしても、両替ごときにこんな制限を設けるとは、得手勝手なものです。振り込みだって、個人が現金でしようとすれば、10万円程度に制限されていることが多いようです。振り込め詐欺対策といいますが、これに不便を感じている人は大変多いはず。窓口なら制限が広がるかもしれませんが、待ち人数が表示されている紙を取って、長い間待たされるのは、苦痛であり、大変な経済損失をもたらします。不便です。最近、通帳をATMに差し込むと、「磁気が読み取れません」と表示される頻度が激しく上がりました。セキュリティ上の措置なのか、私の保管状態が悪いのかわかりませんが、同じような状態になっている人が私だけではないのを確認しているので、多分銀行側の都合なのでしょう。月末や五十日などは、大変混雑しているので、銀行での滞留時間も長くなります。でも、全く長居したくない場所です。日本経済をメチャクチャにし、税金で復活し、なのに、中小企業から貸しはがしをしたり、貸し付けを拒否したりして多くの企業を倒産に追い込み、自分たちは生きながらえて、それなりの報酬を受け取りながら、微々たる金利で客をあしらい、しかもなお高邁な手数料を取り続けているのに、表面上は慇懃な態度を取っている無礼な場所、そんな感覚しか持てないのです。ま、銀行に行くときは、支払い絡みが多いので、気分がくさっているから、こういう見方しかできないというのも事実ですが。……いかん。こういう発想をしていると、何もかもがネガティブになる。銀行に行くのが楽しみになるように努力しましょう。預金残高を見てほくそ笑むような未来を想像しながら。……。。。
2009.09.28
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ブログに何かを書き込む気力がありません。「なんでだろう…」と考えてみたら、当たり前だと思いました。6月半ばから、1日も休んでいないのです。本業を開業して20年以上になりますが、こんなことは幾らでもありました。1年で休んだ日数が5日、なんていうのもザラで、その休日も、実家に帰る必要があり、実家で必要な用件を果たすためだったりして、実際に休んでいなかったり。体調不良は年末に何度か経験しましたが、気力が萎えたことはありませんでした。が、今回は気力が……。初めての世界を経験したことで、思った以上に神経を使ったり、体力を消耗したりしたというのはあります。でも、こんなことで気力が萎えるなんて、想像もしていなかった。多分、寄る年波の影響だと思います。ま、ちょっと気を抜いて、手を抜いて、過ごす日があってもいいと思います。先は長いのですから。カレー屋で終わるつもりもないし、本業もこなさないといけない。しかも、本業の方で、ちょっと厄介な仕事を受けることになりそうで、水曜日を定休日(カレー屋)にする必要がありそうです。新しい仕事は受けないと決めていたのですが、後輩絡みの話で、ビジネスライクに処理できないと判断したのです。水曜日は神戸通いです。週のうち、あと2、3日、カレー屋終わりで駆けつけることが必要になる日々が続くと思います。もちろん、期限があることですので、その仕事が終われば元の生活に戻れます。長期化しないように頑張ろうと思います。やらないといけないことが山積み。考えると、気分が萎えそうです。きょうは、税理士に指示された、決算関係書類の用意とFAX送信をして仕事を終えようと思います。それにしても、カレー屋なんて厄介な商売を選んでしまったことに溜息をついてしまうきょうこのごろです。
2009.09.26
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家には、早朝と夜遅くになってからしかいませんが、毎日悩まされていることがあります。煙草です。早いときは朝4時くらいから、遅いときでも6時には始まります。ベランダで煙草を吸っているのだと思います。その匂いが、窓をすり抜けて入ってきます。夏場でも、早朝は窓を開けます。この季節は特に窓からの風を受け入れたいもの。夜も、空気の交換のために真夏でも窓を開けていました。すると、見計らったように煙草を吸い始めるのです。否、もしかしたら、ずっと絶え間なく吸っているのかもしれません。そう思えるほど、いつもいつも煙草の匂いがするのです。で、毎回うんざりして窓を閉めることになります。家族に言われてベランダに出ているのかもしれません。家族はいい。煙草を吸う人間がベランダに出たら、窓を閉めて部屋に煙草の煙や匂いが入ってこないようにすることができます。が、他人はそのタイミングがわからない。毎朝、毎晩、大嫌いな煙草の匂いを嗅がされる人間はたまったものじゃない。店でも悩ましい事態が。店の前が煙草店で、「いっぷくコーナー」があります。そこで煙草を吸う人が後を絶たず、店のドアを開放できないのです。カレー屋だとわかりにく外観なので、中を見て安心していただけるよう営業開始時はドアを開けておきたいのに、それができない。涼しくなると、冷房代を節約したいのに……。ビルの中やオフィスで煙草を吸うのを禁止しているためだと思われますが、企業やビルのオーナーは安易に喫煙禁止にして、スモーカーを閉め出すのではなく、分煙のための根本的な解決法を考えてもらいたいのです。もちろん、家庭でも。煙害はれっきとした公害だと思います。煙草の嫌いな人が、煙草を排除する術はありません。煙草の匂いや有害成分を完全に排除しようとすれば、毒ガスマスクでもしないと。不自由です。外の空気が入れられないなんて。家で、店で、道路で、駅で、居酒屋で、バーで、煙草に悩まされない日は来るのでしょうか。今夜もあの匂いが漂ってくると思うと……うんざりです。
2009.09.24
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私は失敗だと思う。中国とアメリカの協力を得るという確約を得られぬまま、外交カードをどんどん切って、相手の思うつぼにはまった。村山談話(日本の過去を植民地支配と侵略の歴史について、痛切な反省と心からのおわびを表明)の踏襲発言しかり、靖国神社への参拝自粛の明言しかり。相手が何も言っていないのに、自ら外交カードを切りまくるという失態は、これまでの自民党政権と何ら変わらない。否、自民党は、長く政権を維持している間に、一般人には理解不能なしがらみや、密約的な縛りが多々あったことは想像に難くないので、そうした事柄がベースになった、理解不能な外交政策になったことは理解できる。しかし、政権交代し、日本が新機軸を打出す絶好のチャンスなのに、日本の負の遺産とも言える、村山談話を踏襲するとは……。バカか! と言いたい気持ちになる。そればかりか、鳩山さんは、以前から河野談話(物的証拠なしに慰安婦募集時における日本軍関与の強制性を認めた)をも尊重する意志を表明している。政権を取ったと思ったら、いきなり中国と韓国におもねる外交姿勢を披露してしまった。お先真っ暗だ。村山談話、河野談話が再びクローズアップされ、日本の外交政策が不利な状況になることは目に見えている。しかも、CO2削減25%(1990年比)という無謀な宣言をし、演説の中の「アメリカや中国の協力なしには実現し得ない」という部分をすっ飛ばされて、アメリカから無視されるという失態をさらした。「発展途上国への援助の準備がある」などと、役人がつくったのか本人がつくったのかわからないが、日本語的に中途半端、しかし、英語としては極めて断定的な表現を含んだ原稿を読んだものだから、「すべての発展途上国にすぐさま援助するだけの財源を確保している」と受け取られて、今後問題になりそうだ。マスコミは、そうした重要なことを一切報じない。分析できていないのか、だれかの指示で報道規制をされているのか。前者だろう。国民は、マスコミの言うことを鵜呑みにせずに、慎重に新政権の動向を見守らなければならない。今回の外交デビューは完全に失敗だったと思う。「拍手をもらって感動した」などとのんきなことを言っているようだが、「拍手」の裏には、演説ではなく、「実態」を示すことを求める「要求」が隠されている。「資金援助」、CO2排出権の「購入(大変高価になってしまっている)」など、日本から金を出させることに期待する国々の拍手であって、演説が素晴らしかったなどだれも(どの国)も思っていない。それが「外交」なのだ。こと「外交」に関しては、「友愛」は通用しない。「利害」以外の何物も介在しない外交の舞台で、眠たいことを言っていては、国の利益を害する。鳩山首相には、早く目を覚ましてもらいたいと願うばかりだ。
2009.09.23
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民主党が政権与党となり、衆院選で発表したマニフェストを実行する段階になった。すると、各所、各地で異論や反論が噴出している。現在、最も問題が大きそうなのが国交省の抱える「八ッ場ダム」の案件。前原大臣の視察を前に、地元では大騒動になっている。「八ッ場(やんば)ダム」は利根川の主要な支流である吾妻川中流部、群馬県吾妻郡長野原町川原湯地先に建設が進められている多目的ダムである。2010年度(平成22年度)の完成予定で、完成すれば、神奈川県を除く関東1都5県の水がめとしては9番目のダムとなる。形式は重力式コンクリートダムで高さは131.0m。国土交通省関東地方整備局が事業主体である。総事業費4600億円はダム事業費としては全国トップの規模。八ッ場ダムに関係する水源地域対策特別措置法(水特法)と利根川・荒川水源地域対策基金の2事業、起債の利息も含めると総額は9000億円近くになると予想されている。【YAHOO!ニュースより】長野県知事だった田中康夫氏が「脱ダム宣言」をして、当時大きな話題となった。役人の言い分は「ここで工事を凍結しても、費用負担がかえって増える」「補償問題などを考えると、つくった方がいい」だろう。今回も、そういう流れになるはずだ。が、つくってしまって終わり、ではない。今後延々と必要となる、維持管理費は膨大なもの。役人にとっては、天下り先の確保などのメリットがあるだろうが、その費用は紛れも無く税金を納める国民の肩にかかってくる。ことほどさように、何かを実行しよう、やめようとすると、反対意見が出る。民主党マニフェストに関しては、一般国民の関心が高く、町のあちこちで賛否を言い合っている。が、ここでよく考えると、その「賛否」の根拠はどこにあるのか。例えば、「子育て支援」として、一人当たり2万なにがしかのお金を各家庭に交付しようという公約。「財源はどこから? 日本って、お金がないんでしょう?」「そんな金を捻出するには、消費税を上げざるを得ないはず」「無駄遣いをやめれば財源が確保できるって言ってるけど、そんなに無駄遣いがあるの?」「所得制限が必要だろう。が、所得を把握するのは至難だというし…」「親に配ったら、パチンコなんかに使ってしまうよ」そんな声をよく聞くが、これは、国民自らが考えたことではない。だれかから刷り込まれたことが明らかだ。一つは役人。一つはマスコミ。情報操作されていることを疑った方がいい。特に役人は、自分たちに都合のいい情報をリークする傾向がある。マスコミは、「記者クラブ」などという、“報道の自由”を根っこから腐らせる存在によって、まともな情報を入手できない(あえてしない)状態にあるし、視聴率がよければいいという、哲学のない番組づくりがまかり通っているので、情報が正しいか否かよりも、情報ソースに責任を持たなくていいかどうかの方が重要視されている。ゆえに、国民が知らず知らずの間に刷り込まれている情報が、正しいか否かの検証を自らがしないで、民主党の公約を批判したりすると、何か間違いが起こるような気がしてならぬ。「高速道路の無料化」もそう。もともと、高速道路はある一定の年限を減れば無料にするという約束で、当時の政府は建設したはずだ。それができなくしたのは、役所(役人)や政治家ではなかったのか。「補修費」や採算が取れない路線の「補填」という名目で利用料が維持されるばかりか、値上げを繰り返してきた。しかし、よーく見てみると、高速道路の維持や運営に必要な企業や団体は政治家や政党、役所、役人と密接な関係を持つ。つまり、身内ばかりが得をするシステムをつくって、もっともらしい理由のもと、国民から料金を徴収し続けているということになる。であるなら、民主党の「高速道路無料化」は、当たり前の政策のはずだ。なのに、国民皆がそう感じないのは、長い間の刷り込みがあったためだと思う。「高速道路は高速で走るので傷みやすい。補修が必要」「高速を使わない人から補修費を徴収するのは不公平。受益者負担が当たり前」「高速道路がもたらす経済効果は絶大」「高速道路は地域の活性化に貢献している」などといった役所側からリークされた情報だけに接してきているのは明らか。マスコミは、そのことの是非をきちんと検証してこなかった。まずは、この、恐ろしい情報操作の存在を認識し、自分がどの情報を根拠に政策批判をしているかを確認することから始める必要があるのではないかと思う。せっかく、腐り切った自民党政権から、新たな息吹を吹き込める民主党政権への移行が実現したのだから。「無知の知」を経て、きちんと知ることを覚えた国民は、与党にとっては「脅威」に違いない。小さな存在である一国民が、「脅威」になる手段、それは、「知る」ことにあると思う。いまのままでは、年寄りも赤ちゃんも、障害者も芸術家もサラリーマンも経営者も、未来に望みを託すことができない。「国民」の重要性を政治家に認識させる、千載一遇の機会を得たのだと理解して、小さなパワーをできる限り発揮したいと思う。自分が老人になったときの悲惨さを想像せずに済むように。
2009.09.21
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テレビのアナウンサーというのは、おかしな言葉をはやせるのが好きなようだ。へんちくりんな日本語を用いる上、慣用句やことわざを誤用することが多いので、若い人が慣用句の意味を間違えて覚えている原因の一つは、テレビのアナウンサーにあるのではないかと疑ってしまうほど。最初に気づいたのは、「語尾上げ」。絶えず人に問いかけるように語尾を上げるので、思わず、「聞くな!」と叫んだものだ。そのうち、一般人の多くが真似をし出し、どこでもいつでも質問されているようで、気持ちが悪かった。次が「じゃないですか」。「これって、昔からあったじゃないですか」などと言う。言われた方が否定できない押しつけ的言葉だし、知らないことを聞かれても、答えようのない、会話に破綻を来す言葉だ。最近気になるのが、「ですけれども」「なんですけれども」。全く意味なく使う。不愉快極まりない。例えば、「きょう、組閣人事を行った模様です。鳩山総理なんですけれども…」とか、「小沢代表が幹事長に内定しました。その民主党ですけれども…」といった具合で、「は」とか「が」といった格助詞で済むところを、「ですけれども」「なんですけれども」といった、無意味な言葉でつなぐ。注意して聞いていると、各局のアナウンサーや芸能レポーター、気象予報士までもがこぞってこの言い回しを使っている。「そうなんですね」「これでよかったでしょうか」といったような、本来の言い回しではないような言い方や、「どうぞいただいてください(食べ物を食べるように促すとき)」「ご応募できます」など、敬語と謙譲語の区別ができていない言い方、「ぜひ行ってみてはいかがでしょう」「きっと、いい旅になるのではないでしょうか」という、「ぜひ」や「きっと」が含むニュアンスを文末に表現し切れない表現など枚挙にいとまがないほど気持ち悪い言葉が氾濫している。(正しい用法は最後に)アナウンサーの方々はぜひとも留意の上、是正してもらいたい。あなた方の言葉が、青少年や、知識の薄い大人たちに与える影響は甚大で、しかも、恐ろしいほどの伝搬力を持っているということを肝に命じて、正しい言葉を使っていただきたい。アナウンサーだけではない。ディレクターも、シナリオライターも、チェックするべきプロデュサーも、同じ穴のムジナである。麻生総理のことを笑えた立場か! と、腹立たしいし、こんな人々が日本語を崩壊させていく過程を見るのは、何とも虚しい限りだ。 合掌※正しい言葉編「そうなんですか」「これでよろしいでしょうか」「どうぞ召し上がってください」「ご応募いただけます(もしくは、ご応募になれます)」「ぜひ行ってみてください(行ってみることをおすすめします など」「きっと、いい旅になるはずです(なるでしょう、なると思います など)」
2009.09.20
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カレー屋をオープンして、間もなく3ヵ月になります。その間に、リピートしてくださったお客さんのことは、ほぼ全員覚えています。開店当初のころのお客さんの顔はうろおぼえのところがありますが、再度来店してくださったら、それなりにわかると思います(自信があります)。そんなリピート客の中で、オープンから2週目に第一回の来店があり、その後、毎週連続4週にわたって来店してくださった会社(一人の方を核にしています)の面々が、およそ2ヵ月にわたってご来店くださいませんでした。4回目のご来店のときに、何か粗相をしでかしたのだと思いました。確かにその日、早がけからお客さんがみえて、追い炊きを2回繰り返したとき、くだんの会社の面々(4名様)が来店されました。追い炊きのスイッチを入れた直後だし、来店のタイミングが結構遅かったので、タイムラグでランチタイムを取られているのではないかと思い(時間に余裕がある)、「15分ほどお待ちいただけますか?」と聞くと、「いいよ」という返事でした。が、一般的なビジネスマンは、12:00~13:00という標準的なランチタイムの中で戦っている感があります。ことに、12:15~12:30の15分間のお客さんの集中の仕方が半端ではないので、きっと、お店(席)確保が大変なのだろうと察していました。ゆえに、「15分待って」という要望は、果てしなく勝手で、店側の無策だと思われたと思います。せっかく足を伸ばして(歩いて3~4分ほどかかります)ご来店くださったのに、しかも、12:30にもなっていないのに、ご飯がないなどという格好の悪いことはぜひとも避けたいと思っていました。が、その時点では、どうしようもない。それ以来、2ヵ月にわたって、その会社からどなたもお見えになっていませんでした。「核」になってくださっていた方の意向かもしれないと思っていました。「核」の方は、通勤経路上にうちの店があるので、顔を合わせると、普段通り挨拶をしてくださっていました。なのに、来店してくださらない……。そんなことをうじうじ考えること2ヵ月、もう、忘れるべきときに来ていると思っていました。そんな中、2ヵ月前にご来店くださった「核」の方が、ご来店くださいました。店内に入って来られたとき、それまでのように、「あぁ、いい匂い! この匂いや!」とおっしゃいました。寸胴鍋で炊けているカレールーの状態がよほどよかったのでしょう。カレーを召し上がっているときも、「おいしい」という言葉を小刻みに交えながらの会話が進んでいきます。途中で質問しました。「味、以前と違いませんか?」すると、私が話したいと思う「核」の人の横の人がすかさず答えます。「少し、マイルドになったのと違う?」「核」の方はキョトンとした表情。実は、素人の舌でわかるほど何かを変えたわけではありません。炊き込みの時間を長くしたことくらいで、味に反映されるような、材料や材料の分量などを変えたつもりも経緯もありません。が、「そうやろ、わしはわかっとった」という、「核」の方ではない方の意見を尊重し、「材料や分量は変えていませんが、煮込み方を変えたので、少し食べやすくなっていると思います」と説明しました。うそではありません。開店当時は不可能でしたが、時間の経過とともに可能になったことです。「そう思った。わからんかったやろ(「核」の方に向かって)。このおっさんは、この程度のもんや」と、横の方が「核」の方を批評しました。でも、「核」の方の方が正しいのです。質問の趣旨は、カレーの味が問題で2ヵ月間も足が遠のいたのではないかという仮説の正否を確認するためと、会話をすることで、理由のヒントが得られたら、と思ったのです。ほかのお客さんもその会話に加わって、賑やかなやりとりになってしまったので、私の気持ちを満足させるに至りませんでしたが、味が問題ではなかったことだけははっきりしました。そして、ご飯がなかったという無策の件も、ある程度忘れてくださったから、再度ご来店いただけたのだと思うことにしました。というわけで、少し気持ちが楽になりました。これからは、これまでのようにご来店いただけるように、常に準備万端でいようと思います。細かな話になってしまいました。意外に気の小さな私です。
2009.09.19
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本格的な恋愛は、随分長い間していないように思います。もちろん、「付き合い」を伴うもの。妄想的恋愛は、結構しているように思います。去年もおととしも、妄想相手がいました。もっとも、手出しができる相手ではなかったので、単純に妄想だけですが。(といいながら、電話やメール作戦は決行しました。自分の立場を利用しての行為だったので、その奥に恋愛感情が潜んでいたことなど、相手が知るよしもなく)こんなことではいけません。昨日いらしたお客さん(30代の男性)が「もう何十年も、恋なんかしてないなぁ」とおっしゃり、連れの女性が「どう思います?」と私に質問されるので、「それはいけません。妄想でもいいので、だれかを一方的に好きになりましょう。つけ回したりすると、厄介な犯罪になるので、見るだけ、というスタンスで。それだけで、おしゃれになるし、表情もイキイキしますよ」(私)「そうなんですよね。恋をしてないし、モテたいと思わないから、痩せる気も起こらない」(男性)その男性はちょっとぽっちゃりしていらっしゃいます。「以前、肥満解消のためにスポーツクラブに通ったら、1ヵ月ちょっとで10kgくらい落ちたんですけど、すぐにリバウンドしてしまって……」(男性)「それは、痩せた自分を見せたい相手がいないからですよ」(私)「そっかぁ。面倒臭いけどなぁ」(男性)そんな会話をしました。で、自分を振り返ってみると……恋をしていない。。「店が忙しくて、そんな暇はない」なんて言い訳にはなりません。暇だから恋愛をするわけじゃないですから。だれかいないかなぁ……と、探してみると、全くいない。これではいけないと、無理やりにでもだれかに照準を合わせようと思います。そんな中、こんな情報を入手しました。「意中の相手といるとき、チョコレートを食べるといい」というもの。「チョコレートには、人間の脳に見出されるのと同じ化学物質があり、これが恋愛感情の起伏に直接関連している」と発表。この化学物質とは、フェニルエチルアラミン(PEA)といわれるもので、人が夢中になっている時に、脳内で盛んにつくられ、反対に失恋したり、気持ちが沈むとつくられなくなってしまう(NY州立精神医学研究所)。いい情報だ……と思ったのも束の間、第一、いい年をした男女がチョコレートを食べるシチュエーションって……。ちょっとおしゃれなバーで、スコッチなどを飲みながら、ビターチョコレートを口にしてみますか。バーのメニューにない場合は、持参したものをおもむろに出して、相手の口に放り込みましょうか。……無理。第一、甘いものが嫌いな私が、チョコレートを持ち歩いているのがそもそも不審。チョコレートをさらりと食べこなせる男性って、そうそういないし……。手の指についた溶けたチョコレートをペロペロなめられたりしたら、それだけで興ざめだし。そんなことを言っているから、恋ができないのか。めぼしい男性がお客さんとして店に来たら、缶ビールをサービスすることくらいしか考えつかない、のんべえな私ですが……。まずは、気のきいた会話ができるように、幾つか言葉を用意しておきましょうか。でも、面倒臭いことにならないように注意しないと。やり方を間違えると、相手に誤解を与えてしまい、相手がストーカーと化す可能性があるし、こっちのことを根掘り葉掘り聞かれるのもいやだし……。だめだ。当分、恋はできそうにありません。でも、念のため、チョコレートは持って歩くことにします。大人が持っててもおかしくない、おしゃれで粋なチョコレートを探しましょう。妄想でも何でも恋ができたら、ちょっとはきれいになる気になるでしょう。いまのままではダメです。この間、お客さん(30代男性)から言われました。「ママさんが目当てで来る男性客も多いでしょう?」私は力を込めていいました。「一人もいません!」……これではいけないのです。店の人間の魅力も、商売の武器の一つ。それをあっさり放棄している場合ではない。頑張ろう!!!
2009.09.18
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きょうは、タイトルの言葉を実感した1日でした。(きのうも登場しました。本当のフレーズは、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」です)お昼の営業は 11:30 スタートなのですが、最近は、12:00 前に来店されるお客さんはとんといない状態が続いていました。お勤めをしておられないとか、自由業とかというわりと時間にラフなご近所の常連さん以外は、12:15~12:30 という極めて短時間の間に来店され、嵐のように去って行く、というのが通常パターンでした。ご飯を炊く量も一か八か的なところがあったのですが、最近では11:00台にお客さんがあれば、追い炊きをし、なければレギュラー量でランチタイムに突入するという感じになっていました。きょうも、朝のメニューのために炊いたご飯と、それにプラスするために追い炊きしたご飯を用意して営業をスタートしました。通常なら、この量で12:30まで持つはず。それ以降のためのご飯は、12:15 前後の出足で判断します。が、11:30になるかならないかというときに一番目のお客さんが、その後、次々にお客さんが来店され、用意したご飯は12:00までになくなると判断。追い炊きの釜をセットしました。が、炊き上がり、さらに蒸らし上がるまでに合計30分必要です。「もつかな」と不安になりながら、保温釜をのぞくと、あと二人分くらいしかありません。すると、ドアの前に二人のお客さんが。「大盛り」をオーダーされると、困ったことになったのですが、幸いにも通常量でOKということだったので、すべてのご飯を器によそって、保温釜は空っぽに。「カチャン」ご飯が炊き上がりました。「あと15分、お客さんが来ませんように……」果たして15分後にお二人が来店。その後もお客さんが続き、追い炊きしたご飯もなくなりました。本来なら、ご飯を追い炊きしなければならないのですが、もう肉がない……!あと2人分くらいしか残っていません。たった2合を追い炊きする意味もないので、非常に残念ですが、「本日は売り切れました」と言うことにしました(開店以来初めてのこと)。幸いにも、その後の来店はありませんでした。外のメニューをずっと眺めていらっしゃる方が数人いて、ヒヤヒヤしましたが、お断りすることなく終われてよかったと思います。「来客が少ない理由」はいろいろ考えられます。「財布の紐を締めて」「連休の影響」「インフルエンザの影響」「不景気」「政権交代の影響」「天候が悪い」「暑い」などなど。でも、きょう、こんなに来店客が多かった理由は一つも見つかりません。「偶然」としか言いようがないのです。悪い理由も、いい理由も考えても仕方がないということ。悪い理由を考えるなら、原因を是正する努力をするところまでいかなければ意味がない。いい理由を予想するなら、それを維持あるいは発展させる努力をする必要がある。努力しないなら、考えないこと。ただし、「準備」は本当に大切だと思いました。今回は事なきを得ました。運がいいな、と思うことも多々ありました。運に見離されたときも、お客さんに迷惑をかけないための、不快な思いをさせないための準備は、きちんとしておかなければならないと。忙しいというのはいいことです。不要なことを考える時間がないので、あっという間に時間が過ぎます。営業後も気持ちがいい。とはいえ、明日も同じ状態が続くとは考えにくい。が、続かないとも言えないのです。だって、「勝ちに不思議あり」ですから。そんなことを考えながら、間もなく就寝時間。明日も用意するご飯の量に悩むだろうな、と思いつつ、眠ることにします。せめて夢の中だけでも幸せになれますように。決して、運に見離されてアタフタしている夢だけは見ませんように……。ついでに宣伝。連休中も、お昼は営業します。営業時間:7:00~9:15/11:30~14:15定休日:日・祝日連休中は、だいたい11:00~14:00くらいの営業にしようと思います。日曜日は休みます。あと1日くらい休むかもしれません。国産黒毛和牛特製カレー 800円大阪市北区天満3-8-12『紀楽 朝昼亭』
2009.09.17
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きょう、若いビジネスマンが朝、来店してくれました。30歳くらいでしょうか。シュッとした出で立ちで、かなりハンサム。店に入る前に、店頭のメニューをじっくり眺めていらしたので、「通りすがり? それともうわさを聞いて?」と疑問に思っていました。「朝カレーをください」「はい」最近、「たまごかけご飯」より「朝カレー」をオーダーされる方が多くなりました。早速「朝カレー」の支度をしていると、またしても若いビジネスマンが…。「おっ」(先に来店したビジネスマン)「早いですね」(後から来たビジネスマン)事前に申し合わせ、時間を合わせていらしたみたいです。それぞれに朝カレーを供した後、聞くともなく話を聞いていると、カレーの評価をしてくださっている模様。「いい感じの刺激ですね」「うん」「食べやすい」私にも関係する話だし、さっきから気になっていたので、聞いてみました。「東京の方ですか?」以前のお客さんが言った言葉が思い出されたからです。「東京では朝カレーは当たり前のようにあるのに、大阪じゃぜんぜん見つからない」というもの。先に来店された男性はきょとんとした表情。「大阪ですか?」(私。その男性に向かって)「はい」「あ、僕、出身が埼玉です」(後から来店された男性)「そうですか。お言葉が東京みたいだったので」(私)「先日、お客さまから、東京では朝カレーは当たり前のようにあるって聞いたんですが、そうなんですか?」(私。後からの男性へ)「いえ、僕がいたときは、そんなことはなかったです」「東京から帰っていらしたらしいんですが、朝カレーが食べたいって、ベンツで乗り付けられたんです」(私)「へぇ、すごい(笑)」(二人)「この店は、チラシをご覧になって?」(私)「いえ、僕の家がすぐそこで、彼がドンキホーテの近所なので、通勤のときの通り道なんです。この間、ここを偶然見つけて、彼を誘って…」(先にいらした男性)「お務め先はどちらですか?」(私)「北浜です」(先の男性)「この道を通られるんですか?」(私)「いえ。たまたま見つけて…」(先の男性)「わかりにくですよ、ここ。通る人、少ないでしょう?」(後の男性)「そうなんです」(私)「大通りからずっとのぼりか看板でも立てて誘導しないと、こっちには来ないでしょう」(先の男性)痛いところを指摘されました。やはり、大通りでチラシのサンプリングをすべきときだと思います。連休明けに実行します。お昼にトップで来店された男性も、だれかから聞いてきたような雰囲気。「この店は、どなたかからお聞きになって?」(私)「あ、会社にチラシがあって」(男性)「そうですか。滝川公園の近く(比較的最近チラシをまいた地域)の会社ですか?」(私)「いえ、郵便局の向こうの……」(男性)社名を聞いてびっくりしました。ついこの間まで私が事務所を置いていたビルの階下と階上に事務所を持っていた会社です。儲けに儲けて、近くにビルを建てて移転したのが10年ほど前。そのことを少し話すと、業界の話に花が咲きました。お客さまの会社は、この不況下で、うまく成功している会社です。その原因をいろいろ探ることができました。キーワードは、「公共取り込み」「東京進出」「業域拡大」「分野乗り換え」…。これがスムーズにできたら、成功できるだろうと、私にも納得できました。「実は、テイクアウトのことを聞いた女性がうちのマネージャーなんですけど、味見してきて、と命令されて」(男性)12日のブログに登場した方の命を受けていらしたようです。その男性がどう報告するかで、テイクアウトの需要につながるか否かが決まりますが、ま、テイクアウトできる方向で容器の調達をしようと思います(サンプルが届きました。予想どおり、かなりお高くて尻込みしていますが…)。カレー屋業務の終了後、飛び出しで本業の取材に向かいました。取材先は、有名フレンチの店です。一通り取材した後、雑談しているときに、こんな会話になりました。「この夏、ひどかったでんじゃないですか?」(私)「8月は、去年ほどじゃなかったんですけど、9月はひどい」(シェフ)「こんな人気店でも、ひどいですか?」(私)「ひどいですよ。店を始めて16年ですが、こんなの初めてです」(シェフ)「何ででしょう。連休のせいでしょうか。インフルエンザ?」(私)「悪いことの理由は幾つでも出てきますよ」(シェフ)「……そうですね。そういえば、いいときほど理由がわからない」(私)「そう。野村さんが言ってたでしょう。“負けに不思議の負けなし。勝ちに不思議の勝ちあり”って」(シェフ)楽天の野村監督の言葉です。「悪い理由は考えないこと。考えても何の解決にもならない。ハハハ」(シェフ)と、笑い飛ばされました。きょうは、朝、昼、夕方と、私の商売のヒントになることをおっしゃってくださる方があらわれるという、不思議な一日でした。16年選手の有名レストランが「悪い」というのですから、しかも、近隣の、うちよりもずっと条件のいい(立地やメニュー内容など)店が悪いと言っています。きのうきょう、商売を始めたうちが悪いのは、当たり前ということでしょう。とはいえ、他のお店ほど余裕がないのも事実。他のお店は、いいときがあって、いまがあります。が、私には、悪いときしかない。余力が切れるまでに何とかしないといけません。時間のかかることもありますから、早々に準備をスタートさせ、できることから順に手をつけることにします。よいのか悪いのか、本業に新たな展開がありそうで、こっちも予断を許さない状況。決算も遅れているし、裁判準備も遅々として進んでいないので、一気にすべてを進めるつもりで、とにかく頑張ります。朝の営業を休まざるを得ない日が出そうな気がして、少々心苦しいのですが、うっちゃっておけない問題ばかりですから、プライオリティをつけて、着実に片付けていきます。間もなく開店から3ヵ月。3ヵ月をひと区切りにし(きょう取材したシェフがおっしゃってました。数値目標や運営方針の切り替えなどは、3ヵ月単位で考えることが一番、と)、10月から新たな何かを始めようと思います。とりあえず宣伝を。国産黒毛和牛の特製カレー 800円朝カレー(温泉卵&牛そぼろのせ) 430円
2009.09.16
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「景気が悪い」という状況で顕著にあらわれるのが、「消費の冷え込み」だ。物資が豊かにあり、必要最低限の生活を続けられる状況にある現代では、不況になるとまず第一に消費材の「買い控え」が起きる。その限界点(かなり甘いが)に達したとき、いたし方なく消費することになるが、その際にも、より安いもの、買うのに気軽なものに走る傾向が強くなる。長い目で見れば、高くつくことが理解できているか否かは別にして(昔、母親から、「安物買いの銭失い」と言われ、衝動買いや安物ばかり見ることを戒められた)、安価なものが飛ぶように売れる。そのことを憂えた論文が書かれたらしい。「ユニクロ栄えて国滅ぶ」 この議論は正しいのか 景気が「底打ち」だとも言われる中、「ユニクロ栄えて国滅ぶ」と題した論文波紋を呼んでいる。快進撃を続けているユニクロなどを例に、「安売りは企業の利益が減り、それが人件費にも跳ね返る。結果、労働者は安いモノしか買えなくなる」などという議論を展開している。もっとも、これにモーレツに反論する経済学者も相次いでいる。「自分さえ良ければ病」があると指摘 話題を呼んでいるのは、例えば文藝春秋09年10月号に掲載された、エコノミストの浜矩子氏による「ユニクロ栄えて国滅ぶ」と題した論文。価格が下がることで企業の利益が縮小し、それが人件費の切り下げにつながるなどと論じている。 確かに、2009年春~夏にかけての流通業界を振り返ってみると、「値下げラッシュ」が起きている。例えばアパレル業界では、ユニクロが3月に980円のジーンズを発売したのに続いて、イオンが8月には880円のジーンズで追随。ビール類では、イオンとセブン&アイ・ホールディングスが、「第3のビール」を、プライベートブランド(PB)としてナショナルブランド(NB)よりも1~2割安い価格で投入したことが話題を呼んだ。 論文では、こうした傾向を受けて(1)09年7月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く、コアCPI)の下落幅は前年同月比2.2%で、3か月連続で過去最大の下落率を更新(2)7月の勤労統計調査では、現金給与総額(平均賃金)は前年同月比4.8%減の36万5922円。現金給与総額がマイナスになるのは14か月連続で厳しい状況が続いている、といった事柄につながっていると指摘している。 浜氏の論文では、これらの背景として、消費者や企業、ひいては各国政府に「自分さえ良ければ病」があると指摘。「せめて安いモノを買うことが自分と他人の値打ちを互いに下げていることに思い至ってほしい」とも訴えている。「安いから売れている」という見方を否定 一方、この見方に反発する声も多い。代表的なのが、ブロガーとしても知られる経済学者の池田信夫さん。ブログ上で「唖然とした」とし、「ユニクロや弁当の値下げは貨幣的なデフレではなく、相対価格の変化なので、価格が限界費用と均等化すれば止まる。そして価格が下がれば需要は増えるので、ユニクロのように高い利益が上がる場合も多い」として、浜氏の議論に反論、「これ以上説明するのもバカバカしい」と切り捨てている。【J-CAST 2009年9月14日】※一部抜粋浜さんというと、ちょっと顔が妖怪(魔女)系で、声も低く、見た目にインパクトがあるので、フジテレビの「報道2001」なんかに出ていると、ちょっと暗い気持ちになるという(私だけ?)独特の雰囲気を持つエコノミストだ。ある意味、この意見は正しいと思う。国民がいっぱい消費すれば、メーカーや販売店の利益が上がる。利益の幅が大きければ大きいいほど、企業や社員の懐に入る額も大きくなる。単純な経済理論だ。しかし、「安物を売る」=「企業の利益が減る」=「社員の収入が下がる」=「安物を買わざるを得ない」というフローチャートは描けないと思う。確か、ユニクロの会長の資産や年収は、海外の長者番付にのぼるほどだと記憶している。社員は薄給で、会長だけそれなら、株主が許さないだろう。社員も株主もそれなりの報酬を得ているのだと思う。つまり、安物を売っても、企業の利益が増える図式をつくればいいわけだ。また、池田さんの「価格が限界費用と均等化すれば低価格化はとまる」という意見にも奥行きがないと思う。こちらの理論の方が、浜さんの意見に当てはまるのだ。「限界費用」と「価格」が均等化するポイントは、工夫や努力によって、いかようにも変わる。言い換えれば、悪いもの、危ないものを安く調達する能力のある企業が値下げ競争に勝つし、「限界費用」の基準や水準は、経営者の哲学やポリシーによって、あるいは、企業力によって高くも安くもなる。このやり方なら、安いものを売っていても利益が上がる場合がある(事故米の事件が証明)。しかし、その利益は、世間にはほとんど還元されず(不正で得た利益は、社員や株主にも還元しづらい。勢い、企業と一握りの経営者に分配されることになる)、「一人勝ち」状態を生み出してしまう。我々の業界(広告制作)は、「限界費用」がない。ほとんどが人の能力によるもので、原価がかかるものといえば、パソコンやコピー機といった機器類や紙、トナー、インクなどの資材のみ。脳(思考と感性)と手先だけでつくる商売ゆえ、安くしようとすればできる世界だ。それこそ、浜さんが言う「自分さえよければ病」に毒されている人間(経営者)がわんさかいる。専門学校卒業したてのような、能力も中途半端、収入にもこだわらない人間を乱用し、安くて悪いものをつくって世の中に出す。「安い」ことはだれにもわかるが、「悪い」ことがわかる人間がいなくなってしまった。ここ10年余りの間に、広告物の善し悪しを評価できる企業担当者が激減した。よって、「安かろう、悪かろう」という世界がいとも簡単に成立し、悪いものしかつくれないが、安い会社に仕事が集中するようになった。勢い、能力があり、こだわりや哲学を持つ企業は瀕死の状態に陥っている。これこそ、「自分さえよければ病」だろう。業界を健全に存続させるためには、ある程度の価格維持を図るための努力をしなければ、行く末は自分の首をも絞めることになると理解してほしい。といっても、こういう理論が世間に浸透し、状況が改善されることはないと思う。政府が政策として打ち出す、あるいは、立法して規制するぐらいのことがなければ、自然に動いている経済活動に歯止めをかけることはできまい。いずれにしても、景気が悪い。ひどい話ばかりが耳に入る。エコノミストほど、経済の発展や改善の弊害になる存在はない。つまらぬ意見や推測を発表しては、経済を冷え込ませている。皆が潤い、懐があったかくなるには、政治の健全化が必要不可欠。変な財政出動より、精神面の安定の方がはるかに効果があるはずだ。個人資産が1,000兆円(1400兆円というのは、負債を引かない数字)と言われるいま、精神面が安定すれば、資産が世の中に流出するのは必至。それにしても、日本には大したエコノミストがいない、と思う。
2009.09.15
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当選直後から、「過去」を大きく報じられている議員がいる。もちろん民主党。田中美絵子さんだ。自民党の重鎮・森喜朗元首相(72)を"伐採"(「森」だけに)寸前まで追い詰めたことで話題になったので、マスコミの取り上げ方も尋常じゃない。第二の「姫」を生まんとする勢いだ。この人の過去は、一言で言って「自由奔放」。「世間」や「親」や「親族」を眼中に入れずに生きてきた感がある。一部では「生きていくために仕方なかった」という人がいるらしいが、それは過大評価というもの。「水商売」という世界がある。女性がそこに身を落とすとき、それなりのその後を覚悟しないといけない。若い人にはわからないと思うが、「過去は過去」と割り切れるほど単純な世界ではない。特殊な世界に身を置くと、その経歴が生涯ついて回る。また、そこで得た感覚や感性は、その世界から抜け出すことができたとしてもたやすく変えられるものではない。女性が女性として堅持しなければならない感性や哲学を、きれいさっぱり捨て去るか、否定しなければならない世界、ということだ。そのことを認識せず、自らのヌード(バストだけらしいが)を世間にさらしたような人物は、どこかのネジがはずれているのだと思う。それはそれでいい。そういう生き方や表現が合っている生き方もあろう。が、代議士(衆議院議員/参議院はこの限りではない)になってはいけない。「常識」「良識」からかけ離れた生活をしてしまった人が、真面目で善良な人々の生き方や気持ちを理解できるはずがない。いや、逆説になってしまった。「常識」や「良識」がないから、そういう過去を持ってしまったというべきだろう。「これまでにないタイプの議員が誕生したから、期待が広がる」「生きることが切実だと知っているから、我々の思いを理解できる」「議員然としていなくていい」などと言う人もいるらしいが、それは逆説でしかない。これまでに、経歴清廉で、頭脳優秀で、身なりがよくて、出身がよい代議士が必ずしも自分たちのために働いてくれたとはいえないし、満足できなかったから、こういう変わり種に期待しよう、ということだと思う。昔、テレビの報道番組で見た、デリヘル嬢をやっている女性(大学生)へのインタビューシーンが印象的だった。記者「何のためにデリヘル嬢を?」女性「お金を貯めるためです。留学したいんです」記者「何のための留学ですか?」女性「語学を本格的に学ぶため」記者「留学資金なら、一時的に親に出してもらうことはできないんですか?」女性「親には迷惑かけたくないので」記者「留学して語学を学んで、どうするんですか?」女性「学校の先生になりたいんです。英語の」記者「中学とか、高校とか?」女性「はい」記者「……」この思考が理解できる人は、「公僕」的存在になってはいけない。自分で、自分の世界の中でできる活動を勝手にやればいい。それが「おかしい」とか、「常識に欠ける」と言ったところで、理解できる感性は全く持ち合わせていないだろう。つまり、人間としての「根っこ」が違うのだ。一般国民として、こういう代議士に温情をかければ、将来、自分の首を絞めるような政治をされたとしても、何も言えない。決して、田中美絵子さんを否定するものではない。この人は、この人だけの能力やパワーを生かして、力強く生きていってくれればいい。しかし、そのパワーを生かすのが、「衆議院議員」だったという感性は容認し難い。普通の人間にはできない、「一線を超える」という経験をした人間は、尋常ではないのだ。田中さんには、いま、自分がやりたいこと、やってほしいと望まれたことに対して自分の過去が邪魔をしているという事態がなぜかを思考してほしい。多分、理解できないだろうが。彼女の中では、「風俗ライター」と「衆議院議員」が同列なのだろう。人間の現在は過去がつくる。「過去は過去」と割り切ろうとする人は、大した過去がない人だ(つまり、田中さんに意見などできようはずがない、真面目な人種)。または、大きな過ちをしでかしてしまったが、立ち直りたいと思い続けている人、ということだと思う。過去は決して切り捨てられない。だから、人は、さまざまなことに悩み、二の亜足を踏み、さまざまなことを諦めて生きていく。こんなことを言う自分は珍しいと思う。人は、それぞれの過去を背負って生き、それがその人の厚みや重みになっていくと思う。そのことはよくわかっていて、だれがどう生きようが、それはそれで認めるべき、と思っている。が、ある一定の人々には、許せない領域がある。なぜなら、多くの人のいまと未来がかかっているから。ある程度年を重ねると、過去の生き方がいまのその人をつくっているということが感覚的に認識できる。一度だけの人生、が、「公僕」となるなら、自分のためだけに生きた過去のある人は大きなハンデを背負うと思っていいのではないだろうか。
2009.09.14
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民主党が衆議院の第一党になり、いま、組閣人事と連立を組む国民新党、社民党との政策合意の方向性の模索が急務の課題となっている。ま、これほどイデオロギーの違う政党との連立はナンセンス以外の何物でもないし、国民にメリットをもたらすことはないだろうと諦めているが…。国民新党の亀井氏の小泉さんへの恨み節は「総務大臣」の椅子への固執になり、社民党の福島氏のおねだりは、「役所を持つ省庁のポスト」という、極めて表面的で見栄ばかりの話につながっているのが片腹痛い。政治家とか政党なんていうのは、所詮その程度のものだと再認識させられた。「連立」など、愚策だと思わないのだろうか、民主党は。おのれの党内にさえ、多様なイデオロギーが存在し、統一も統制もできないくせに、「数合わせ」という物理的にして無意味とも思えるような事柄のために厄介な思想や背景を持つ政党と組むことが、いかにこれからの政策実行の障害になるか……。拉致問題は進展しないことが明白だし、憲法改正は決して実現しない。さらに、あらゆる「改革」は後退するに違いない。つまり、自民党政権が、数の理論で封じ込めてきた「臭いもの」の蓋をはずしてしまった格好だ。「民主に期待」読売7割・ネット3割 なんでこれほど違う 読売新聞が2009年9月13日、早稲田大学と共同で実施した全国世論調査結果を朝刊で発表した。「民主党に期待している」という回答が72%と高い数値を示した。一方、10日に夕刊フジがニコニコ動画上で行った調査では「民主新政権へ期待」は29%にとどまり、読売・早大調査と比べると「真逆」ともいえる結果だった。「本当の世論」はいったいどちらなのだろうか。【J-CAST 2009年9月13日】調査対象に年齢層の偏りがあったことは想像に難くないし、新聞とネットというメディアの質の違いが、人々の思想や発想の違いに結びついたこともあるだろう。しかし、どちらの調査結果も正しいのだと思う。「民主党に期待している」という言葉の裏側を見ると、「自民党がだめだから、民主党しかない」という逆説的、あるいは消去法的発想から発生する「期待」もあれば、「民主党なら、自民党政権時代の膿を出し、新たな時代をつくってくれる」という、能動的で力強い気持ちがみなぎる「期待」もある。国民の投票行動からすれば、ハイテンションシアターそのものだったので、本来なら読売新聞の調査結果が正しいと思う。しかし、ニコニコ動画を介して集まったであろう若い人の「冷めた視線」は、「痛み」を実感しないことがベースにある、エセ「諦め」ではないかと思う。痛みを知った大人は諦められない。どんなにつらくても、苦しくても、生きていかなければならないからだ。若い人のエセ「諦め」は、何が原因かを言及しないが、それではいけないことは確か。政治は国民がつくる。政治のレベルは国民の民度だと言われる。「諦め」の先には何も生まれない。いいか悪いかは別にして、与党は民主党になってしまった。自民党政権のときのように、情報公開をいやがり、自分たちの利益ばかりを追求する政治を許してはならない。幸いなことに、民主党は自民党をことごとく否定してきた政党だ。そこのところを国民がきちんと監視すれば、ヘタなことはできないはず。「ポピュラリズム」とか「衆愚政治」などといって、民主党が政権を取った途端、手のひらを返したように現政権を批判したいマスコミは無視して、国民は自分たちの、社会の、日本の利益を追求する政治の実現を望み、考え、動いていかなければならないのだと思う。民主党に「期待」「希望」を持たなければ、また、希望が持てる政治をしてもらわなければ、多くの企業が、多くの経営者が、多くの一般国民が生きていけない状況になる。そこまで、日本は切羽詰まっているのだと思う。自殺者が11年連続で3万人を超える異常な先進国・ニッポンは、待ったなしの状況なのだ。
2009.09.13
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若いころ、つき合った人や来客をもてなすためにつくった料理……。「カレー」→リクエストがあったから「鍋焼きうどん」→相手が風邪で寝込んでいたから「豚しゃぶ」→私が好きだから「中華料理」→テーブルが賑やかになるから「サンドウィッチ」→行楽の弁当「おでん」→安価でたくさんつくれるから、大勢が集まるときはコレなどなど。お弁当をつくっていたので、いつもなにがしかの煮物があったし、朝と夜は味噌汁をつくっていたし、ハンバーグやフライものはたくさんつくって冷凍していたので、だれかがおなかがすいたといえば、すぐに出していました。人に「料理を出す」という行為が余り特別ではなかったと思います。一人暮らしが長いので、外食しないなら、家でつくって食べることになります。自分が食べる料理の延長線上にあったのかな。そのとき冷蔵庫にある食材でチョコチョコッとつくってしまうのが常で、きちんと買い出しに行くなら、いつもは自分で食べないもの、「チーズフォンデュ」とか「ローストビーフ」とか「串揚げ」とか「ロールキャベツ」とか「タンシチュー」とか……手間のかかる、そして、見た目が華やかなものをつくったという記憶があります。でも、気合いを入れてつくった記憶は……ない…。男がホンネで食べたいカノジョの手料理は何だ?彼氏に作ってあげる料理のことを「彼ごはん」「恋めし」というんだそうだ。これが今ひそかなブームで、料理研究家のSHIORIさん著の『作ってあげたい彼ごはん』(宝島社)はシリーズ累計発行部数130万部を超える大ヒット。また、女性向けサイト「OZmall」の調査では、「恋めし」を作ったことがある女性は65%で、彼が喜ぶ人気メニューは「カレー」「ハンバーグ」「コロッケ」とのこと。しかし、ちょっと待った。確かにどれも定番ではあるが、これではまるで「お子様メニュー」ではないか。男性諸君はホントにそんな手料理を求めているのか。と、若干の疑問を胸に男の本音を探るアンケートを敢行した。「彼女に作ってもらいたい料理は?」ハイ、結論から言います。世の通説通り、「カレー」と「ハンバーグ」が不動のトップ人気でした。理由は「単純に好きだから」(26歳・建設)、「ちょっとした工夫がうれしい料理だと思う」(32歳・飲食)、「凝った料理は申し訳ない気分になる」(27歳・出版)など。一方、これらと人気を二分したのが煮物系。「鶏肉や里芋の煮もの。母親の味でいちばん好きだったから。死ぬ前はこれを食べたい」(30歳・製造)、「魚の煮付け。ビールに合うものがいい」(28歳・IT)、「やっぱり肉じゃが。関西風の牛肉ではなく、豚バラで作ってほしい」(29歳・音楽)。ほかに多くの支持を得たのは、からあげ、生姜焼き、ロールキャベツ、親子丼、カルボナーラなどなど。ああ、男は食べ物の好みに関しては、永遠にお子様なのかもしれない。また、少数派ながら「なるほど!」と思ったのは、「彼女の出身地の郷土料理。相手のことをより深く知れる気がするし、鍋に意外なものを入れたりして楽しい」(31歳・サービス)、「味噌汁。自分では案外うまくできないから」(25歳・通信)という意見。というわけで、女性の皆さんは正しかった。男の舌はやはりお子様のままです。買い出しに行ったり後片づけを手伝うなど、できる限りのお手伝いはするので、引き続きよろしくお願いいたします。【R25 2009年9月11日】「カレー」か……。きっと、「バーモントカレー」系の、市販のルーを使ったカレーなんでしょうね。男性は、お母さんがつくるカレーが一番おいしいと思っているようなので。その傾向が顕著なのが50代以上の年代。うちのカレーのようにスパイシーで具のないカレーはカレーじゃないと思っているようです。この場合、「お母さんのカレー」プラス「奥さんのカレー」がブレンドされているので、お子様仕様の味付けになっているみたいです。「カレーをつくってほしい」と言われた女性は、迷わずうちに来て、肉とルーを買ってください。鍋に移してしまえば、だれがつくったかわかりません。おいしいかおいしくないか(彼の感覚で)は別にして、家庭でつくれるカレーじゃないことは明白ですから、「こんな本格的なカレーを、手間隙かけてつくってくれたんだ」と感動してくれること請け合い。というわけで、持ち帰り用の容器を用意しようと思っています。開店前に店に行くと、若い女性が自転車にまたがったまま、店頭のメニューをじっとご覧になってて、「こんにちは」と声をかけると、「外に出られない仕事なので、テイクアウトものをあちこちで物色してるんですが、あのカレー、食べてみたいね、ってみんなで言ってて……」とおっしゃいまして。大々的には宣伝できないのですが、ぜひ持ち帰りたいという人用に、なにがしかの手段を考えねば、と思った次第です。実は、難問があります。店でカレーを供するとき、ご飯を盛り、別炊きの肉とスープをご飯の上にのせ、ルーをかけるというやり方にしています。テイクアウトの容器でこれを実現しようとすると、ご飯、肉、カレールーの3つの容器が必要です。が、容器の値段がまた高い。1000個単位で買えば単価が下がるらしいのですが、そんなにたくさん買っても、保管場所もないし、1000個売るのに何年かかるかわからないし。店で食べるより味が落ちることを事前に承知してもらって売りますか……。それとも、何かアイデアをひねり出しますか……。悩ましいきょうこのごろです。こんなカレーです。国産黒毛和牛を使った「特製和牛カレー」800円最近、こちらもじわじわ人気がアップしてきています。温泉卵と牛そぼろのせ「朝カレー」430円お近くの方はぜひ一度お試しください。
2009.09.12
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先の衆院選のときに展開された、自民党のネガティブキャンペーンについていろいろ思った人は多いと思う。アメリカなどでは、「批判広告」は当たり前の話だが、日本では、以前は禁止に近い状態だったが、広告規制が緩められても、ほとんどの場合、この手法は使わない。そんな土壌で、「思い切ったことをするな」と思ったが、私は「当たり前」だと思った。民主党を初め野党は与党の批判を堂々とする。それが真実なのかどうかを検証する能力(機会と方法)は、一般国民は持ち合わせていない。マスコミが垂れ流す党ごとの批判を、さも正しいことのようにメディアに乗せる。こっちの方が問題だと思っていた。で、ちょっと与党が批判広告的情報を出すと、途端にメディアがこぞって批判的に取り上げる。それでは不平等だろう。放送法にあるはずだ。「反対、賛成どちらの意見も均等に取り上げなければならない」と。他党批判CMは“逆効果” 6割が悪印象と回答 今回の衆院選で、対立相手を批判する政党のCMを見た人の約6割が、批判された政党ではなく、批判した政党側に対して悪い印象を持ったことが11日、情報通信学会「間(かん)メディア社会研究会」の調査で分かった。研究会の遠藤薫学習院大教授は、自民党の民主党政策批判は「日本で初めての本格的なネガティブキャンペーン」と指摘。“逆効果”になっていたことが調査で明らかとなり、「有権者は良識を持って行動した」と分析。【共同通信 2009年9月11日】 ネガティブキャンペーンに「悪印象」を持つことが「良識」だとする分析の意味が全くわからない。体制側が出す情報に対して常に疑念を持ち、批判的な立場を取るマスメディアの影響を受けているだけのことで、それを「良識」とするのは、この教授がまさに左寄りの人間であるだけのことだろう。国民は、「ネガティブ」な情報の中身を精査する能力を持たなければならない。精査した上で、「自民党の出す情報は偏重が見られる」とか、「与党という優位な立場を利用して、情報を囲い込んだことによって、民主党の無理な政策が生まれた」など双方の意見や主張を見比べた上で「自民党が悪い」と思ったのなら問題はないが、「印象」だけで民主党に票を入れてしまったという人は、自分の首を自分で締めたと自覚すべきだろう。どんな事柄にも裏があるし、見えない部分が存在する。それが、一般国民に何らかのマイナス要素をもたらすことが多いのも事実。日本人はそういう民族だ。マスメディアを絶対的な情報源にして、右往左往する。民主党の政策「効率高校の授業料の実質無料化」についてもそう。「じゃ、私学はどうなる! 無料にならないのは不公平だ」とか、自治体によって違う授業料の差額を取り上げて、「他県は無料なのに、うち(特に大阪など)は2万円以上も支払わなければならない。何でだ!」といった不満が噴出する。12万なにがしかの授業料をただ(補填)にしてもらう(私学も含む)だけでもハッピーなのに、マスメディアはマイナス面をことさら取り上げて批判する。自民党は、ネガティブキャンペーンにマスメディアを使わなかった。そうした国民性を嫌ったのだろう。さまざまな意見が飛び交うネットなら、賛同する声も多いだろうと踏んでネットを介して実行したが、結果はさほど変わりなかった。民主党政権になって、次々に新しい政策や考え方、人事、法案などが飛び出すだろう。その一つ一つをきちんととらえ、裏の意味までを見抜いていかないと、大変なことになる。と思う。古いものから新しいものに変えようとするとき、相当なマイナスの力が働くのも事実。日本国中が民主党を選んだのだから、何があってもだれかのせいにはできない。「印象」とか、「好み」で政治や社会を見るのをやめて、きちんと目を開く訓練をしなければ、自分が不幸になる、と思ったニュースだ。
2009.09.11
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民主党の本気とやる気にかかっているのが、「公務員制度改革」。これは、自民党時代の命名なので、他の名称になるだろうが、いわゆる役所(役人)の粛正だ。役所のデタラメな仕事は幾らでもあるようだが、巨額の税金を動かす「国交省」のデタラメは、国の財政を左右しかねない。こんな記事を見つけた。国交省のデタラメ役人を捕まえろ 国交省というのは、とことん、ふざけた役所だ。高速道路無料化の経済効果をプラス2.7兆円と試算していたのに隠していた。この話は民主党の馬淵澄夫衆院議員が今年2月に国会で追及、試算の存在が明るみに出た。朝日新聞が6日、大々的に報じ、改めて注目が集まっている。国交省の“犯罪的行為”はこれにとどまらないからだ。民主党政権になれば、霞が関の粛清が始まる。イの一番にやり玉に挙がるのは、国交省だ。「国交省のデタラメは高速道路無料化の試算隠しだけではありませんよ。民主党が建設中止を打ち出し、入札がいきなり凍結になった八ツ場(やんば)ダムでもダムの費用対効果を水増しした疑惑が浮上し、国会で資料を出せと追及されたのに『ない』とスットボケてきたのです」(この問題を追及しているジャーナリストの横田一氏) 国交省は八ツ場ダムの治水効果(年平均被害軽減額)を8276億円とはじく。総事業費は4600億円だから、ふつうに考えると、莫大な経済効果があるように見える。ところが、国交省の治水効果をよくよく見ると、同時に10カ所の堤防が決壊する非現実的な想定をしているのだ。1カ所の堤防が決壊すれば、水位は下がるので、同時決壊は起こりにくい。そこで、民主党の富岡由紀夫参院議員が去年6月、根拠となる積算資料を出せと迫った。そうしたら、平井卓也・国交副大臣は「ないはずないと思って役所に捜させたがなかった」と言ったのだ。 高速道路無料化試算が「ない」と言い続けたのと一緒である。自分たちの都合の悪いデータはヒタ隠しにし、不要な公共事業に税金投入を続ける。まさしく犯罪官庁というしかないが、この役所もこれまでだ。●いい加減な資料で税金ブン捕りの“犯罪集団” 鳥取県の片山善博・前知事は県内に建設予定だった中部ダムについて、役人の試算のウソを見抜いたことがある。「ウソを言ったら情報公開条例で罰せられるぞ! 試算をやり直せ」と一喝、そうしたら、震え上がった役人はデータの改ざんを認めた。国も同じことをやればいいのだ。 シンクタンク代表で高速道路無料化論を唱えてきた山崎養世氏は「今度の国会は世直し国会にすべきだ。与党の権限で役人を呼んで、ひとつひとつ説明させればいい」と言う。 こうしたことをやれば、役人のウソがあぶり出される。その過程で、儲ける業者が洗い出され、そこからの政治献金がチェックされる。八ツ場ダムでも事業受注者が03年の選挙期間中に福田康夫に政治献金をしていた事実が発覚、問題になった。 いくらでもワルは出てくるのだ。国交省の大臣には、役人と対決できる大物を起用すべきである。【日刊ゲンダイ 2009年9月7日】※またしても日刊ゲンダイの記事ですが……。納税者が不景気で青息吐息のときに、税金をジャブジャブ使って天下り先を確保し、与党の利権を確保してきた国交省。いま、駆け込みで天下っている高級官僚がたくさんいるようだ。さぁ、どうする! 民主党1真剣に、命をかけてこれを何とかする覚悟はあるか?本当にきちんとやろうとすると、何人か死ぬかもしれない。それでもやってもらいたい。いまやらないと、また数十年の間、国民の血税は役人にいいように使われてしまうのだ。きっと役人は、民主党の議員に対して甘言を囁くだろう。金や地位、権力に目がくらんだ政治家は、甘言に負けるに違いない。所詮一番かわいいのは自分だろうから。国交省だけではない。全省庁のすべての高級官僚は同じ穴のムジナだ。外郭団体、地方の役所と外郭団体、政治家のファミリー企業などなどすべての関係先を洗い直し、粛正を行ってほしい。ま、短命に終わると言われている民主党政権には無理だろうけど。あぁ、言いようのない閉塞感が……。
2009.09.10
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最近、外食するお客さんが減った話ばかり書いているように思いますが、また一つ、いやな話題を見つけてしまいました。初の「9月病」大流行の恐れ 今秋は、新型インフルの猛威に加え「9月病」が大流行する? 耳慣れない病だが、ゴールデンウイーク後の5月病と同じで「夏休み明けのやる気のなさや、だるさ」により出社が億劫(おっくう)になる症状だ。 夏休みは毎年のこと。なぜ今年は9月病が蔓延するのか。「9月の大型連休(19~23日)のせいです。休みの取り方によっては9連休になります。例年なら夏休みが終わり、仕事に集中する時期なのに、そのサイクルが崩れます。9月の連休明けに5月病と同じ症状に陥るサラリーマンが続出しかねません」(企業リスク研究所の白木大五郎代表) 悪いことに9月は中間決算の時期と重なる。連休明けの激務でストレスが増大し、いつもの仕事のペースに戻れず「9月病」になるケースも出てきそうだ。「入社して3年目ぐらいまでの人が特に危ない。連休中に昔の友人と会って仕事や給与の話をすると、今、自分が置かれている職場環境に疑問を抱いてしまうのです。GW、夏休みと乗り切った新人が、また不安になるのです」(前出の白木氏) シルバーウイークとも呼ばれる秋の大型連休。サラリーマンにはうれしい休みだが、休み明けの反動には気をつけたい。【日刊ゲンダイ2009年9月5日】連休があるだけでもいやなのに。上半期最終月というのもネックだと思っていたのに。10月の行楽シーズンに備えて、お金や体力を温存しそうなのもいやだったのに。「9月病」ですって。これで休業する人が増えたり、引きこもりになったり、会社をやめてしまったりしたら、またまたお客さんの絶対数が減ってしまいます。きょう、本業の会社の労務の面倒を見てくれている労務士さんがカレーを食べに来てくれました。ひどいことになっているようです。労務士さんのクライアントはどんどん減っているそうで(倒産)、保険料の滞納、給与の支給遅滞、ボーナスの全面カット、不渡り、夜逃げなどは日常茶飯事のように起きているそうです。「何が原因でしょう?」私が言うと、「政治」という答え。いまだに自民党は内紛などを繰り返していますが、こいつら(執行部)が日本をグチャグチャにしたのだと思うと、憤懣やる方ない!首相指名みたいなものでもめるな! 執行部はすべて退陣せよ!裏で若い人を威圧する古参議員は自ら身を引け!ま、終わった(いまのところ)政党なので、これは置いておくとして、民主が連立協議をしている社民党と国民新党は、身のほどをわきまえないといけないでしょう。大体、こんな政党と連立するなんて、常に地雷を足元に置いておくようなものではないですか。全く政策の違う党同士がどうやって政策合意し、立法し、政策を実施していくというのでしょう。先進諸国も注目しているはず。特に社民党はいけない。この党が意見を言える立場になることには、多くの懸念が噴出するはず。ま、いいでしょう。皆がカレーを食べに来てくれるようになるなら、社民党であれ、みんなの党であれ、いろんな党と連立してくだされば。さて、政治などに期待せず、状況打破を考えましょう。いろいろ秘策を考えてはいるのです。実行には、困難な要素があるのも事実ですが、何とか頭をひねり、身体を動かしましょう。本業のノウハウを生かすときです。……体力、気力、行動力、思考力、表現力、説得力、人間力……力こぶがまた大きくなります。油脂と小麦粉を使わず、シャクッとした口当たりが新鮮な少し辛いカレーは、ヘルシーでたくさん食べても食べ飽きません。ご飯とよく煮込んだ国産黒毛和牛(スープ込み)、ルーを絡めて食べると、驚きのおいしさになります。特製和牛カレー 800円※少々お高い印象ですが、800円の価値があると実感していただけます。
2009.09.08
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8月に入ってから、少しずつおかしなことになっています。10日の週は前週と比べて、ガクンと人が減りました。昼休みに外を歩いている人の数が。17日の週はお盆休みですから、当然のことながら、街にはわずかな人影しか見られませんでした。24日の週は、24日がとくにかくひどかった。給料日の前日だからというのもあると思いますが、お盆休みに体力とお金を使ってしまったのだろうというのが、周辺飲食店の諸先輩方のご意見でした。でも、25日過ぎには、ちょっとした期待感がありました。「お盆休み」にそんなにイベント性を見出さない若い世代にとって、給料支給後の贅沢は、ある意味恒常的なものだと思っていました。それは、お昼ご飯にも当てはまるはず……でした。が、が、が……、街に人の姿がないのです。さっき、昼は定食屋、夜は居酒屋になる店のママと話をしました。「8月はひどかったー。こんなこと、初めてよー!」ママが泣き出さんばかりの表情とジェスチャーで言います。「給料日を過ぎてもひどいでしょう? 9月に入ってからも持ち直さないし」「そう! 9月は取り返さないと! と思ってたのに……ひえぇぇん」「何ででしょう?」「22年この商売やってるけど、こんなことなかったよ、これまで」「9月のシルバーウィークの影響でしょうか?」「そうかなぁ。それにしても、どこに行ってるんやろ、お昼ご飯」「友達があちこち見にいってくれたんですけど、コンビニみたいですよ。お弁当屋さんも賑わってるし」「もう! どうしよう! 今度、飲みに行こう! 愚痴聞いてぇぇ」そんな会話でした。ママの店は、カウンターのみ9席の小さな店ですが、昼は、40人くらいのお客さんをコンスタントに集めていました。が、いまはそんなにお客さんが来ないらしいのです。お米は3升炊くと決めているので、余ったご飯の多さで客の入りがわかるわけです。ひどいようです。また、15年選手のちょっとした小料理屋さんでも「15年間やってきたけど、こんなに暇なのは経験したことがない」とのこと。さらに、開店3年目のうどん屋さんは、「飲食店は、8月、9月、10月は全くだめですよ。休日が多いのと、行楽のシーズンなので。あと2ヵ月は忍耐です」いやです。11月まで待てません。とはいえ、外食する人の絶対数が減ってしまっているなら、打つ手はない。ほかの店から引っ張ってくることもできないのですから。かといって、外食をひかえようとしている人の重い腰を上げさせる要素が私のカレーにあるかというと……。そんなことを言っていても、何も始まりません。地道にチラシを配り、いいタイミングで駅前でのサンプリングを実施し、店をきれいにし、おいしいカレーを用意して、お客さまを待つことにしましょう。きょうのカレーもおいしかった。カレー好きの人にぜひ召し上がっていただきたい!『特製和牛カレー』800円(ピクルス食べ放題)大阪市北区天満3-8-12『紀楽 朝昼亭』
2009.09.07
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タイトルに深い意味はありません。F1が好きで、日曜の深夜帯に放送されるグランプリを見ているうちに、フィンランド人の名前に「ネン」がついているのに気づきました。キミ・ライコネン,ヘイキ・コバライネン,ミカ・ハッキネン……。そういえば、冬季オリンピックで、金メダルを総なめにしたスキーヤーが「アホネン」という名前だったことを思い出しました。フィンランド人にとっては、至極当たり前の名前なのかもしれませんが、「アホネン」とは……、特に大阪の人間にとっては、聞き捨てならないフレーズなわけでして。で、余りにも気になったので、ちょこっと調べてみると、「~ネンというのは、先祖の出身地や職業をあらわしている」ということのようです。つまり、「ライコネン」は、「ライコ地方出身」か、「ライコ屋」という職業の先祖を持つということらしいのです。ライコネンもハッキネンも、色白で奇麗な美男子でした(過去形)。若いときは、透き通るような肌の、容姿の美しさを誇るフィンランド人ですが、年を重ねると、身体の緩み、顔の型崩れ、表情のたるみが顕著になります。デブデブになるのも捨て置けない。ハッキネンがF1を退き、ライコネンが登場した2002年、私はフィンランド人の見た目の衰退を目の当たりにしました。33歳にしてこの変化……。アジア人は、加齢による変化が少ないと思います。北欧の人々と比べると。シワ、たるみ、シミ、くすみ……。10年前には全く考えることのなかったことを、実に真剣に考える必要がある今(悲)、その原因の究明と根本治療ができるよう、さまざまな研鑽を積んでいきたいと思います。自分が提供するカレーが、「安心」「安全」「満足」という気持ちを創出できる私服の食べ物になるよう努力して。(カレーを毎日食べている私は、肌や体調の変化を体感しているので、それを皆様に感じていただきたく)明日は日曜日(店はお休み)。でも、朝と夕方にはカレーと真剣に向き合う時間が数時間必要ですが……。
2009.09.05
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いま、大阪は揺れました。九州(鹿児島~宮崎)で震度4の地震があったようです。それにしては、遠く離れた大阪でも結構揺れました。大きなプレートが関係した地震でしょうか。先日、静岡でも大きな地震があり、スワッ東海地震か! と騒然としました。が、専門家が「東海地震はこんな規模ではない」とすぐさまコメントを出し、そうではなかったことを喜んでいいのか、悲しむべきか迷うと同時に、恐怖が押し寄せてきました。「こんな規模ではない」の言葉には、得体の知れないすごさが感じ取れ、「被害」という言葉を内包する「規模」というものに背筋が凍る思いがしました。九州から近畿にかけての西日本で、大規模な水害もありました。これからは、日照不足や低気温による農作物の「不作」という事態が確実に起こります。台風、大雨、ゲリラ豪雨、残暑といった天候関連の災害、地震と津波、山火事、新型インフルエンザや他の感染症の大流行、航空機や電車など交通関連の事故、テロに至るまで、ありとあらゆる「災害」が日本の各地で起こりそうな気がします。(事故やテロは「災害」ではありませんが、期せずして巻き込まれるという意味では同じ感覚だと思いますので、あえて同列に)まずは、新型インフルエンザ。地震も気をつけないといけません。それから、新政権に移行する際の混乱や行政機能の停止や停滞、政策遂行時の遅滞、地方自治体の機能停止、社会生活の混迷、経済の後退、景気の低迷……「災害」と呼んでもいいような、ひどい状況になることもある意味では覚悟しておかなければならないと思います。何せ、60年続いた体制を変えようとしているのですから(民主党に成し遂げられるかどうかはわかりませんが、国民の期待を背負って、何かをせねばならないわけですから、何かをしようとすれば、そのとっかかりだけでもえらいことになることは予想に難くありません)。飽くまでも受け身一方の一般国民は、自分を守ること、そして、国民同士が助け合って、これらの「災害」を乗り越えることが必要不可欠だと思います。心せねばならない年。何があっても驚いてはならない年。いかなることにも打ち勝つ覚悟を持たないといけない年。自分の環境がそうだからか、結構切羽詰まった気分でいます。長い人生、そんなときも必要だと感じさせてくれた、きょうの地震です。
2009.09.03
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普通に社会生活を営む人の中に、精神疾患を患う人が急増していることは、このブログにも何度か書いている。そういう病気になっても、公務員や企業の正社員なら、ある程度の治療時間や生活保障が約束され、社会復帰を果たすことも可能だ。もちろん、こういう時節ゆえ、長期間の休業は難しいかもしれない。とはいっても、何らかの福祉政策が用意されていると言える。が、一般的な社会生活から逸脱してしまった人には、「治療」や「生活保障」は全くない。ゆえに、精神疾患を抱えてしまったら、病気からはもちろん、社会生活から逸脱した状態から抜け出すのは、果てしなく不可能に近い。しかも、逸脱が早いか、精神疾患が早いかと考えると、精神疾患が早い場合が多いようだ。これは、何らかの対策が必要ではないだろうか。<路上生活者>6割以上が精神疾患 池袋周辺で医師らが調査 路上生活者の6割以上がうつ病や統合失調症など何らかの精神疾患を抱えていることが、東京の池袋駅周辺で精神科医らが実施した実態調査で分かった。国内でのこうした調査は初めて。自殺願望を伴うケースも目立ち、調査に当たった医師は「精神疾患があると自力で路上生活から抜け出すのは困難。状態に応じた支援や治療が必要だ」としている 国立病院機構久里浜アルコール症センター(神奈川県横須賀市)の森川すいめい医師らが昨年末~今年1月上旬、池袋駅周辺で路上生活者の支援に取り組むNPO法人「TENOHASI(てのはし)」(清野賢司事務局長)の協力を得て実施。駅1キロ圏内に寝泊まりする路上生活者約100人に協力を求め、応じた80人を診察した。 それによると、うつ病が40%、アルコール依存症が15%、統合失調症など幻覚や妄想のあるケースが15%。複数の症状を発症しているケースもあり、不安障害やPTSD(心的外傷後ストレス障害)なども含めると63%(50人)が何らかの精神疾患を抱えていた。失業してうつ病になったり、疾患が原因で職に就けないなどの理由が考えられる。重症者は調査に応じられないため、実際はより高い割合になるとみられる。【毎日新聞 2009年9月2日】路上生活者の精神疾患を把握して、自殺やさらなる疾患の罹患を防ぐのは大変な労力が必要になる。自治体の福祉職員(ケースワーカーなど)が現場に出向いて、路上生活者と何度も接触し、精神疾患であることを確定、福祉施設に収容したり、治療したりといった、幾人もの手が必要であるということは、人手も費用もかかる。本来は、ドロップアウトする前に精神疾患を見抜き、その後の行動を監視するのが一番だと思う。路上生活者の犯罪率は把握していないが、精神疾患ゆえのおかしな行動や、ちょっとした法律違反を犯すことは、あり得ることだ。本人に悪気がなくても、大変な被害者を出してしまうことになるかもしれない。日本人の多くは、精神を病んでいる。「福祉」や「医療」に求められることがどんどん変質しているのも事実。「犯罪」の内容や、被害の実態も、予想を超えた領域に入ってしまっている。確かに被害を受けたが、それに当てはまる罪科がなく、立件できないといった奇妙な現象も多数起こっている。できるだけ早く、精神疾患の実情を正面から見据えて、何らかの対策を打たなければ、出さなくていい被害者がどんどん出てしまう。もちろん、精神疾患を抱えた人もある意味被害者だろう。「財界・役所・政治」の三つどもえで、福祉や医療を切り捨ててきた自民党政権が崩壊したのだから、新政権には、こうした方面にもきめ細やかに対応してもらいたい。精神疾患など、いつ、どこで、どんなふうに自分に襲いかかるかわからない。だれもが精神疾患を患う可能性のある国、それがニッポンなのだから。
2009.09.02
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開店当初に配布したチラシの効果が目にみえるほど上がったのは、その後2週間程度でした。1ヵ月後、営業時間とメニューの改定をし、前回配布した「企業中心」から「民家中心」に切り替えて、前回程度の数を配布しましたが、一度に配布するのではなく、場所や配布先の反応の詳細を確認しながら、エリアごとに配布しているので、その効果は1ヵ月程度続いています。が、開店当初のような反応のよさはなく、日々、徐々に、という感じ。間もなく、駅でのサンプリングを実施しようと思っています。でも、タイミングが難しい。9月の連休前に配布しても、さほど効果が上がらないのではないかと思ったり、連休後だと、余計に懐具合が悪くなっているのではないかと思ったりで、割引券や金券をつけたくないゆえ、ベストなタイミングを計っているといった状態。開店から2ヵ月が経過し、こんなお客さんが増えてきました。「前から気になってたんですけど…」と、初めて来店されるお客さん。「会社の子から聞いて…」と、口コミを聞いてきたお客さん。「朝早くから開いてるね。夜もやってるの?」と、いつも店の前を通っていて、興味を持ってやってきたお客さん。「前回はスペシャルを食べたので、今回は黒毛和牛の方を…」と、カレーの味に興味を持って来てくれたお客さん。また、毎週土曜日に決まって来てくださるお客さんがいます。多分、その人のランチスケジュールに、うちが組み込まれているのでしょう。そのお客さんは、いつも中華料理屋さんのサービスランチを召し上がっているようです。きょうも、店の前を通過して、当該の中華料理屋さんへ行かれました。が、なぜか戻ってきて、うちへ。満席だったのか、嫌いな食材がサービスランチに使われていたのか…。いずれにしても、今回で8回目のご来店となりました。チラシの効果が薄くなった分、来店動機が濃いものとなっています。リピートのお客さんも増えました。が、まだまだです。月に1度来店してくれる常連客だけで店を運営しようとしたら、700人~1000人のお客さんが必要になります。地域的にそれは無理。流れ客(通りすがりに入ってくれる、他地域からの来訪者)も皆無に近い。1ヵ月を10日、1週間に縮める努力、何らかの工夫が必要です。電車やタクシーを使ってでも来てくれるお客さんがたくさん得られれば、それがベースになることも考えられますが、キャパから考えると、行列をもいとわないという一見客をたくさん得るのには、少し無理があるかもしれません。そういう物理的な計算とは一線を画す要素として、「味」があります。何といっても、「味」はお客さんをつなぎとめる重要な要素。幾つものメニューがある定食屋ではなく、カレーだけの店なので、その重要度はぐんと上がります。が、うちのカレーには、「欠点」があります。1.口に入れた瞬間の甘さと、後から押し寄せる辛さのギャップ2.ほかにはないあっさり感3.ご飯、肉(スープ含む)、カレールーの三位一体で出来上がる味(ご飯とカレールーだけなら、味が変わります)4.他に類を見ない、独特の香辛料の風味5.「おいしい」とすぐに感じにくい味並べて書くと、結構致命的な感じがしますが、そうでもないのです。食べ初めには違和感を持っても、食べ終わると、おいしいと思えるはず。口に入れた瞬間「おいしい」と思うカレーは、「甘さ」「とろみ」「バター」という3つの要素があると言われます(NHK「ためしてガッテン」より)。加えて、ニンニクの風味、果物のフルーティーな香り、まとまりのある香辛料、といったところでしょうか。こういうカレーには、必ずラードのような油脂と、とろみをつけるための小麦粉が使われていて、見た目も食感もよくなります。が、油脂と小麦粉を使うと、カロリーが高くなり、胃の中での滞留時間も長くなる。人によっては、胃もたれなどを感じることがあるはず。うちのカレーは、油脂と小麦粉を使っていないので、「まとまり」がありません。私としては、タマネギの甘さ、個性的な香辛料の配合、鮮烈な辛さのそれぞれが、口の中で順を追って押し寄せてくる味わいが新鮮でおいしいと思うのです。しかも、食べた後に胃もたれしたり、満腹感が異常に長く続くということがない。「食べた2時間後にまた食べたくなった」とおっしゃったお客さんがいるほど。「口に入れるまでのカレーのイメージをこれほど裏切るカレーは食べたことがない」と言われたお客さんもいます。「初めて食べた味。このおいしさ、辛さはハマるな」と評価してくださったお客さんもいます。もちろん、「辛い!」「スパイシーさが苦手」「あっさりし過ぎ」と批判されるお客さんもいるでしょう。万人が評価する味など、つくれるわけがないので、それはそれでいいと思います。私は、「おいしい」と適当に言われるカレーより、「また食べたい」と言われるカレーをつくっているつもりだし、これからもつくりたいと思います。事実、私は毎日食べたいし、食べています。胃もたれすることもなく、飽きることもなく、毎日営業終了後に食べるとき、幸福感すら覚えます。ヘルシーで食べやすく、爽やかな汗がかけるカレー、そんなカレーに興味がある人は大阪市北区天満3-8-12『紀楽 朝昼亭』06-6356-7072へ。こんなカレーです。特製黒毛和牛カレー朝は朝カレーがあります。
2009.09.01
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