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「ちょっと降りようか。」彼はジャングルの() 山中に車を止めた「野良」馬たちはゆっくり、ゆっくり こちらへ向かって歩いてくる。 山の中は彼らにとって、まさに楽園 甘い果実、うっそうと生い茂った木々...。彼らにとって、生きていく上で十分すぎるほどの恵まれた環境。 これまで競走馬や放牧馬しか見たことのない私にとってその「野良馬」たちは、とっても新鮮、何よりも幸せそうに見えました。 所どころで「道草」を食いながら、こちらに歩いてきて... 遂には…タッチ 「うわぉーっ」 全く警戒心がないのにはオドロキ。 しばらく二人で馬たちの面を撫でていたときに、彼は、彼らのとある場所を見つめて ポツリと呟いた。 「He has a nice ONE. 」 「?!」 こらっ バカモノっ こんな山の中で、いきなり 「シモねーたー」を飛ばすんじゃないっ(すみません...淑女の皆さま) 「んもぉー行くわよっ」(怒) さらに車はガタゴトと走り、ようやくジャングルを抜け、目的地に到着した模様。彼が車の後部ハッチを開くと、「クーラーBOX」が積まれていた...。 「じゃぁ、ここからは少し歩くよ」 「…」 走ってきた道はこんなかんじ。 「おーい 待ってぇーー 置いて行かないでぇーー」 向こうに見えるはガリバー本人。初公開!クーラーBOXを持っています。 サンダルでやって来たため、とうとう靴のストラップが切れた。これじゃ歩けない~彼のダイビング用シューズを借り、彼の後ろを歩いた。(ご存知のとおりデカ足) ヨロヨロと歩くこと...20分。 「ここだよ」 到着したのは・・・こんな景色だった。 「すごーーーーい! 海が青いよ!」 大感動のパノラマ 「実はね...このもう少し先に 僕のプロパティ(土地) があるんだ。」 「えっ?そうなの?」 そして、彼は白い砂の上に座って 話し始めた。 「この先、ビジネスプランを変更して、本土で展開しようと考えているのは、知っているよね?」「えぇ。 もちろん。」「僕らも、あと数年で40歳。そのビジネスを あと10年、いや、頑張って5年はやろうと思っている。その後は、ここに家を建てて住もうと考えているんだ。今、住んでいる家のこともあるから、まだハッキリとは分からない。本土に住むのかもしれない。でも、海を見ながら、こうして暮らすのもいいかな...と思っているんだ。」 「......」 「これから先、早くにリタイヤメントするためにも、仕事づくしの毎日になると思う。それでもいいかな...?」 「もちろんよ。」 「忙しい毎日で、十分に一緒に居られないかもしれない。君が僕の仕事をサポートしたい、という希望があるのならば、それはそれで嬉しいよ。でも、僕はそれをプッシュしようとは思わない。Blue自身が思うようにすればいいよ。」 実は私たち…今はこうして離れているのですが、私も少しずつ彼のビジネスに関わり始めています。なぜなら、彼はゆくゆく アジアにも拠点を展開したい という意向があるから...。彼に少しでも有益な情報を届けてあげたいので、私の方で日本・アジア各国の情報を収集し、彼にメールしたり、日本国内にあるいくつかの専門機関を訪問したりと、微力ながら、彼をサポートしているのです。 そして、この先、私自身の展望ですが、彼と一緒になった後も、どこに住もうとも 「社会」 と接点を保ちたい と考えています。ご存知のとおり、日本での 「会社勤め」 は 年末で終了することになりそう。でも、アメリカに居を移しても、自分自身の「足」で、大地を踏みしめていたいのです。 彼に何でも 「おんぶに抱っこ」。それも悪くない。 でも、生意気を言うようですが、何でも相方に依存できない性分なんですよね...。きっと、私自身... 「馬にニンジン」 タイプなんだと思う。 何か 「ご褒美」(=目標) を目の前にぶら下げて、それに向かって走ることに対し、何ら抵抗を感じない、というのか... ちょうど見た 「野良馬」 たちのように、ゆっくり、のんびりと恵まれた環境で暮らすことに「幸せ・生きがい」 を感じるのではなく、競走馬の如く、毎日をものすごいスピードで走り切って、気づいたら年老いて...そして、引退。 厩舎を離れ、余生は 「種蒔き」 に興じるタイプ(すみません。例えが悪くて)なんでしょうね。 きっと、ガリバーのように 「ひたむき」 な男と一緒に 「伴走」 するのが、好きなんだと思う。 私(たち)の人生、得な生き方かどうかは分からないけれど、 私は...彼と出会えてよかった。 心から そう思っています。 青い海、波の音 2人、寝そべる浜辺にて。 「ガリバー、あなたに出会えてよかった」 運転に疲れ、寝ている彼を見ながら、そう思った私でした。
Aug 29, 2007

時差ボケとの戦い 滞在1日目。彼は黙って私を一人家に残し、ただひたすら睡眠をとる時間を与えてくれました 滞在期間は8日間だというのに、それまでの仕事の疲れも溜まっていて、動き回る気力がなかった私。この日だけは家でゆっくり、のんびりと過ごしました。 滞在2日目。仕事が忙しい彼は、どうも休めそうにない様子 「ごめん、Blue。 どうしても仕事に行かなくちゃ。 午後には戻ってこれると思う。今日はBlueに連れて行きたい所があるから。」 「大丈夫よ。私のことは気にしないで。仕事なんだもの、仕方ないじゃない。」 「何とか都合をつけるよ。戻ってきたら車で出かけるから、準備しておいて。 水着…ある?」 「えっ? 泳ぎに行くの?」 「い、いや、必要ならば 準備しておいて。 どうするかは任せるよ。」 「????」 ブォーーーー 車で仕事に出て行った彼。 まだ時差ボケもあったので、再び寝床へ向かう。 (しかし、よく寝るわぁ)彼が戻ってきたことにも 気づかず、爆睡中だったZZZzzz 「はっ」 目覚めた。 外では物音がする。 (あれ 今、何時 げっ もう12時30分だ) そう、彼は自営業なので、スケジュール調整は自在。 (その代わりに、あとで『ツケ』が廻ってくるんです) 今日は午前中に仕事を切り上げてくれたようです。 「Hi. Did you sleep well?」「うん。ありがとう。たくさん寝たから元気よ」 (って...私、15時間近く寝てました(汗) 「OK. Let's go. 」 すでに出掛ける気マンマンの彼。 「ちょ、ちょっと、もう出かけるの?」 慌ててバッグに着替えと「水着」を詰め込み、訳も分からぬまま、彼の車に飛び乗った。 車はどこかへ向かっているようだ...。 青い海... 「ねぇ、どこに行くの?」 「......」 「ちょっと、ガリバー、どこへ行くのょぉ?」 「へへへ... Almost there. (もうすぐだよ) 」 車はやがて...こんな所へ...。 「えぇっ ここはどこ?」と訊ねても、横でニコニコと微笑むだけの彼 さらに車は小川を越え、谷を越えて山中へと進んだ。 そして、そして 私が目にしたものは...? 「馬だぁ!」 こんな山の中を 馬が歩いている! 「すごーーーい こんな所で馬を飼っている人がいるんだね!」 横で感動する私に 彼は言った。 「No」 「へっ????」 「彼らは 野生の馬 だよ」 えぇーーっ! 野良馬?! 私、ウマれて(爆) 30数年、 野生のウマってものを、初めて見ましたよ (注) 彼らは間違いなく 『野次馬』 ではなかった。だって、車の中まで のぞきに来なかったもん。(爆) これにはビックリでした。 でも… さらに… ビックリは続くのです。。。 ガリバー、なかなかやってくれましたよ。 (つづく)
Aug 27, 2007
今年のお盆、日本列島は灼熱太陽サンサン、40℃を超えた都市もあったようで...。すっかりご無沙汰しております。まったく更新が出来ぬまま、早いもので間もなく9月。 (早っ!)心なしか、夜は賑やかな 「ジジーっ」 というセミたちよりも、「リンリン」 という心地よいスズムシたちの声が勝ってきたように感じます。そんな四季の移り変わり... ここは日本、やっぱり我が家。 なんだかホッとしますね。 半年ぶりのハワイですが、気候はあの時とまったく同じでした。抜けるような青い空・青い海に、トロピカルな花々、そしてヤシの木...。青 ・ 赤 ・ 緑、 大自然が織り成す三原色のコントラストが、私は大好きです その楽園を離れ、帰国直後はいつも、音や色の変化やちがいから日本の 「四季」 を感じつつ、また 「一人ぼっちの生活」 にシフトしていくんですよねぇ。(おぉーん、悲し。) 今週から仕事開始。 時差ボケをする暇もなく、相変わらずバタバタの毎日でして再び 「いつもどおりの」 慌ただしい生活が始まり、そういった日々の喧騒が「楽園の美しさ」 や 「彼との楽しかった数日」 をすぐに忘れさせちゃうのです…おっと、マズイな。 いけない、いけない 色褪せないうちに、何とかして書き止めておかないとね...。(焦) さて、今回の滞在ですが、目的は沢山ありました。1)今後に向けて。 (ビザ関連、彼の仕事、移住に向けて、などなど)2)そして、 私の「誕生日祝い」3)ふたたび彼のお母さまと対面。 (おぉっ) 滞在は短い期間だったけど、実に内容は濃かった今日はその序章でございます。 きっと皆さまにもお分かり頂けると思うんですが、結婚を決めるまでの過程 「ラブラブ」期間→プロポーズ→そのあと って、徐々に 「一緒になるための現実的な話」 が増えていきますよね?(結婚を控えておられる、もしくはご経験済みの皆さま、いかがでしょうか?) それは 「国際遠距離恋愛」であれど、同じ…。 ご存知のとおり、通常の恋愛関係と較べ、更にその歩みの速度は鈍化しますが、おなじ過程があるのです。 (とほほ) それは、通常より一層シビアかも。 ・ 一緒になったら、お互いにどういったライフスタイルを望むか? ・ 具体的な人生設計は?もっと現実的にいえば、お金の管理はどちらがどのようにするか? ・ 年老いたら互いの親とどう関わるか?などなど。 それらは加齢とともに、深刻に考えざるを得ない問題の数々でもありまする (どひゃーっ) おそらく、私たちが20歳代でまだまだイケイケだったら「えいやぁっ、とぉーっ」と 勢いと柔軟性をもって、徐々に乗り越えるんでしょうが、三十路ズ(後半)の私たち2人にとって、これらはすぐに直面する問題です。 それに、彼は一度離婚を経験しているし、少なからずも以前の失敗を踏まえて、慎重に考えることは当然かもしれません。 加えて、国際恋愛というファクター。それら将来の前に 「ビザ取得」 と 「アメリカへの移住準備」 は避けて通れないわけで。移住となると、トランク1つの身軽さではなく、これから日本国内外問わず、様々な書類手続きが必要…。やっぱり気軽に旅行・観光ベースで、彼のもとを訪ねることとは大きくちがいますね。(何度も出てきますが、ビザ問題は国際恋愛のみに起きる本当に厄介な問題(泣)。 既におなかいっぱいです) これらの現実的な話はすべて、後になって 「聞いてないよー」 「知らなかった」 じゃ済まされない(苦笑)歳を追うごとに、若い20歳代よりも「柔軟な発想・行動力 < なかなか変えられない互いの妥協点」 が多くなるけど、それに反し、悲しいかな三十路ズ後半にもなって 「わかんないィー」なんて泣き言言ってちゃ、単なる 「無知」というより、無「恥」と言われるのが世の常…。距離・国籍にちがいがある、そして、この年齢だからこそ、現実的に 「移住する」 という、自分の将来をしっかりと見据えないといけないようです。 すでにそんなお年頃なのかもなぁ。 いつまでも 「夢見る夢子ちゃん」 じゃ いられないんですねまだまだ若いつもりなんだけど 日ごろ、ウェブカムやメール、電話が中心だから、なかなか一歩踏み込んだ話ってしづらいし、対面しない関係だから問題点を修復するのって、難しいっ。けれど、そこから逃げず、一緒になる日に向けて 「面倒だぁ~」 と思うことこそ トコトン話し合い、将来に向けてすべてを明らかにして、互いを理解する努力って、必要だなぁ、とつくづく感じました そんな訳で、とっても楽しかったけれど、いっぱい議論(ケンカではなく) したので、「楽しい・バケーション~」 というよりも、より一層深く、渡米後の2人をイメージして戻ってきました。 これからまた少しずつですが、書いていきますね テーマはズバリ三十路(後半)オンナの国際遠距離恋愛その現実やいかに? 新装開店(笑) オープンです (20日以上空けちゃったし)どうぞお付き合いくださいませ。
Aug 26, 2007
御年3x歳を迎え、たくさんの人からメールを頂きました本当にありがたいことです ラジオのDJに「BLUEさんHappy Bithday」とコメントされてビックリしたし、ちょっと疎遠になっている昔の部下からの祝福メール覚えていてくれたんだ...という喜び+仕事の様子が気になったり。 学生時代の仲間「日本でお祝いするのは、今年が最後?」 なんて言葉を聞いて、ちょっと感慨にふけってみたり。 と 「誕生日」 という節目を通じ、自分の歩みに関わってくれた人たちへの感謝と、この一年の自分をリセット+今年の所信 を新たにした私でした 今日は、ちょっと長いのですが、宜しくお付き合い下さいネ。 m(_ _)m以前、この日記にも書いたN子さん。 (詳細はこちら)実は、あの記事を書いた頃から、お互いの歯車が噛み合わなく、疎遠になっていたのです。 遡れば... 彼との今後の進展について、悩んでいた私ある日、彼女と共通の男友達の3人で食事に行きましたいつもどおりお酒も入って、ワイワイ盛り上がる私たち3人でも胸中は決して穏やかではなく、いつ切り出そうか、どこから話そうか? と考えながら、2人に接していました。 しばらくして「あのね、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど、いいかな?」私は真顔で切り出しました。そして、これまで黙っていた彼の存在や、今後の方向性についてを打ち明けたのです。無論、真っ先に 「そっか、おめでとう!よかったね」 という言葉を期待していたのですが…実際の反応は 「まぁ、まだ分からないんだろ? ははは」「結婚?! まぁBLUEのことだから、どうなるかな。 ははは」と、2人は話を一蹴して終了 まぁ、それまでの私といえば、それだけ誰が見ても 「一人で生きていける女性」と写っていた訳ですから、そういう反応があっても、仕方ないのかもしれません。 結局、その場は 「ははは」 で終わってしまい、私も何だか 「(苦笑い)」 し、話を流しました。 (勿論、ショックだったし 「言うんじゃった」 と後悔しましたけどね。) それ以来、何だか心の中にしこりが出来てしまい、次第に自分から食事に誘うことも、メールも途切れがちになったんです。 やがて1ヶ月が経過。 一緒に食事をする機会がありましたが、十分話す時間もなく...。その後も 「もうすぐ彼が来るから、よかったら会ってやってね」 とメールしたものの、結局会わぬままでした そして今日、約2ヶ月ぶり。久しぶりにN子からメールが届いたんです。あの男友達との同報送信で。内容は 「今、飲んでるんだけど、2件目から一緒に飲まない?」 でした。 が…今日は先約があったため、合流できず。 しばらくしてメールをチェックすると、N子と男友達との間で今日は都合つかず、というやり取りで完結したようで、ちょうど、先約の会合もお開きとなったので、彼女に電話を掛けました「ひさしぶり。ごめんね、今日は行けなくて。 今、終わったのよ」 と私。 「そうだったんだ。あっ!今日って、BLUEの誕生日だよね?」 とN子。 覚えていてくれた事が嬉しかった そして、しばらく他愛もない近況報告を続けていると…何だか電話の向こうの様子がおかしい。 「どうしたの?N子。よく聞こえないよ。」 「...」 彼女、泣いていたんです。 はじめは何故泣いているのか、分からなかった。暫し沈黙が続き、彼女はかすかな声で言いました。「ごめんね、BLUE。」そう言った後、彼女は堰を切ったように話し始めました。 そう。 「あの日の出来事」を。 ・私が真剣に将来を考えているとは知らず、揶揄して終わってしまい、それを後悔していた。・これから遠くへ離れていってしまう私。どうやって関係を修復すべきなのか、悩んでいた。・このままにはしておけない。私の誕生日まで音信不通の状態が続いていたら、電話しようと思っていた。 そう泣きながら話してくれたのです。同じ気持ちでいてくれたんだ...。 お互いどちらともなく、「ごめんね」 と 「ありがとう」 が口から素直に出てきました。3x歳になってなお、こうして互いを思い遣れる友人...N子。本当にありがたい。つづけて、彼女はこう言いました。「あの時、BLUEから結婚するかも、っていう話を聞いたときに、嫉妬したんだと思う。だって、独身で気持ちが通じるBLUEを本当に頼りにしていたから...。これから距離も 関係も 離れていくんだ、と居たたまれなくて…それで揶揄しちゃって 本当にごめんね。」 と。 そう。 30歳も半ばを過ぎると、時々、本当に孤独を感じるのです。このままの人生で果たしてよいのか?ずっと独りのままなのか? と。 今日、彼女の気持ちが痛いほど分かりました。 私は、彼女にも 「本当の幸せ」 を掴んでもらいたい。 (理由は別途)それに、何だかこうやって彼女を見送るようなコメントをするのも、心が痛い。 そうか…。 日本に置いていかねばならないものって、沢山あるんだな。 祝福してくれる ・ そばに居てくれる多くの人たち 古くを知る友人・知人の存在って、大切にしないといけないと、最近つくづく思うのです。(特に国際結婚をして日本を離れている方や、実家を離れている方にはお分かり頂けると思うのですが...) 一方、 今朝6時、彼は電話で言いました。「お誕生日おめでとう。同い年だね。これから始まる一年が楽しみだよ。」 と。 来年の今頃は、どこで何をしているのかな? 間違いなく、今までにない「波乱の」一年になるはずです。 「365日分の1日」。 いつもどおりの24時間なのに、多くの人から色々と気づかされた一日でした。 しばらく渡航準備で日記はお休みします。誕生日プレゼントは…まだなんです。 (しょぼ~ん)会うときのサプライズだよと彼。 (ホントかな?) 戻ってきたら、是非、報告させて下さいね
Aug 3, 2007

Sunday July 22, 2007 Dear BLUE, Thank you so much for your gift. The Foot massager is a very welcome gift. Helps more my feet better.Hope to spend time with you in August.Aloha, 彼ママ 先日、こんな 「Thank you card」 がエアメールで届きました差出人は...そうです。 彼のお母さまから その経緯を少し書きますね 彼が日本滞在していた6月末、 京都旅行にて、扇子・和柄の小物・メガネケースなどを購入重い物ではないので、彼に持ち帰ってもらうことにました。 そして後日、2人で富士スピードウェイに行った時のことです。 (詳細はこちら) 雄々しい富士山が目前に見える素敵な休憩所にて、ふと窓際に 「電動マッサージチェア」 発見「ねぇ、コレ知ってる? 疲れたから、ちょっとやってみない?」「OK」 ブィーーーーン 「Oh, so good」 彼はやけに気に入った様子。 結局、30分近くも座っていました。「いいねぇ。こういう発想は日本ならではだよ。これを持ち帰れたら、どんなにいいことか...」そんな会話を交わし、その場を離れました。 そして、ある日のこと。某有名「ゴリラ・マークの大型ディスカウントストア」にて。(おわかりですよね?)「じ~っ」 「どうしたの?」 「What's this?」 彼が発見したのがこれ。 ←フットマッサージャー 「これは持ち運びも簡単だし、イイね うちの母 これがあったら、すごく喜びそうだよ」 と大はしゃぎ。そこで…思い切って、お母様のために買っちゃいました ところが、帰国も近づき、荷物をパッキングしている彼が言いました。「ねぇやっぱり、いくらなんでもトランクには入らない...。」 ちょっと重いし、嵩張るんですよね…。せっかく購入したけれど、泣く泣く 持ち帰りを断念 そして、帰国前日。 彼は私に50ドルを手渡し、こういいました。「ねぇ、この箱とこの袋、郵便で一緒に送ってくれる?」「いいわよ。マッサージャーと一緒に送るわね。」と、ある「箱」と「袋」を手渡されました。 彼、帰国 数日が過ぎました。 さぁて、彼に送るため、荷造りしようかな。手渡された「箱」と「袋」 (ラルフ・ローレンの買い物袋)、そしてマッサージ器。これらを手に郵便局へ持ち込みました「32,000円ですね。」 と郵便局員。「おぉー」 国際航空便だとこの金額。仕方ない...。お母さまへのプレゼントだから、船便で1ヶ月以上掛けるよりも、すぐに届けよう。 そう判断し、荷物を預けました。 3日後、あっという間に彼のもとに到着。 (早いっ!) 早速、彼から電話がありました「ありがとう、うちの母、すっごく喜んでいるよ 仕事が終わって家に帰ると、ずっと使っているみたいだ。ホントにありがとう」 「よかった でもね、送料は$50どころじゃ済まなかったの~ お母さまのお土産分の送料は私が持つけど、自分の分は何とかしてね」と私。 (理由は後ほど) そして・・・先日、彼のお母さまから直々にカードを頂いたわけです。 おそらく、マッサージ器のみならば、送料は 航空便で1万円~2万円。本体は、何と! 「6,800円」 () 少し重いですが、手荷物で持ち込める方ならば、お土産に手頃な価格ですし、 何よりも、彼パパ・彼ママの世代には 大ウケ間違いなしと分かりました。 おそるべし、日本の家電製品の威力 日本製品は一種の 「ブランド品 扱い」 ですものね。 某電化製品街で良く見かけますが多くの外国人が家電を買いに訪れる、ということは...それを 「持っていくと喜ばれる」 という逆の発想に気づいたのです。(ほぉー) リラックスグッズって意外と安価ですし、性能がいいから、プレゼントにお勧めですよ いずれであれ、はるばる日本から選んで持っていくもの…笑顔の彼パパ・ママを前に、高感度UP としたいですね。 あっ余談ですが…何故、彼に対して 余分に送料を請求したのか? といいますと... TAMIYA本社で買った ラジコンカーと彼の衣類、しかも… 置いていくべきでない「衣類」 だったからです(頼むよー ガリバー) いよいよ夏休みまで10日前後。ステキな 「夏」 にしたいですね 私の夏も…カードを読むかぎり、彼ママが待っていて下さるようです (照) ちょっと緊張しちゃうな
Aug 2, 2007
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