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ハロウィン特別企画 (←勝手に今、ネーミング) 「脳年齢テスト」選手権大会 (拍手~) 本当にたくさんのエントリーとご訪問…ありがとうございました 思うに、みなさまの結果に対してのコメントは失礼なので、ここでの御礼にて変えさせて頂きます m(__)m(もちろん、引き続きの応募もOKですよー) 実はワタクシ、日記をUPしたあとも、熱中しておりました。(←アホ(爆)10回目(だったかな?) つ、つ、ついに実年齢-7歳に到達 真夜中に何やってんだろ…(爆) ようやく得点に満足し()、その後、安らかな眠りにつきました~ そして、今朝早速、ガリバーから、結果報告が届いていた! 開けてみると… That was interesting. I got a (結果). You really have to concentrate. What did you get?面白かった。 僕は**歳だったよ。ホントに集中しなくちゃならないね。 (blueは) いくつ(何歳)だったの? ですって。 ガリバーの脳年齢、いくつだったか? と言うと… ナント、実年齢 -11歳!(ってアンタってば、一体いくつよ) ちょっと~ シンジラレナーイ! (バレンタイン監督・風)←死語 というか、あれれ?応募者順でいくと、ガリバーが一番?それとも◇COCO◇(クリック) さんかしら?(笑)(実年齢は書かないというルールの下ならば…) もし二人対戦だったら、ガリバーと私を合わせると、-11歳(ガリバー)+2歳(blue)=-9歳 だから、なかなかの高得点だったけどなぁ(2人対戦の挑戦者、ご応募待ってます あっ!それから、また第2弾も企画しますね) いずれにせよ、一人対戦だと、どうも 私が 最下位 だったらしい。。。 そうよ。結局は、私が…足を引っ張っていたんだわ という訳で、 みなさま… 参りました。。。m(__)m おぉーん。悔しいわー。そうそう、同じサイトにある「脳年齢テスト03-色識別編-」だったら、ワタクシ1回目で-17歳だったのよ。(やった♪) ガリバーの脳年齢を見て、あまりにも悔しかったから、またもやガリバーに「再挑戦」メールしておいたわよー(まだやるの~) こうやって遊んでいる間に、Kビザの通知が届かないかしらねぇー(爆) (だって気づいたら、もう11月よ、11月~ どうしよ。 来年もこれを続けていたら・・・とほほ~(笑)
Oct 31, 2007
今日は 「小ネタ」よ。 あぁ悔しいっ ちょっとショックだったんだけど、 これ 「脳年齢テスト」-瞬間記憶-(クリック) いわゆる「脳トレ」よ。面白そうだったから、挑戦してみたの。「三十路後半、お肌は曲がり角だけど(爆)、脳年齢は若いわよ~」なんて、張り切ってやってみたんだけど...。 結果は... 年齢+2歳 (ガックシ) 私もだんだんアツくなってきて、何度かトライしたんだけど、どうしても年齢を下回ることができないのー(泣) 悔しくなってきて、さっきガリバーにメールで送っておいたわよ どんな結果だったのか? へっへっへっ 楽しみだわ~♪ そこで! 求む挑戦者! 「一人対戦」 もしくは 「二人対戦」 Blue+ガリバー vs 挑戦者の方を募集します! 1人挑戦者の場合は、ワタクシblueとの対戦。2人挑戦者の場合は、貴方とパートナーの合計年齢 ± 診断結果の合計 VS私もガリバーからの結果が届き次第、二人の合計診断結果を公表します! いつでも望むところよ~ あっ年齢は書かなくてもOKよ 私も公表できないし(爆)実年齢±いくつだったか? をご記入下さいまし。*注: チャレンジはお一人さま3回まで。それ以上やって高得点を上げちゃダメよ(爆) 挑戦者からの応募を待ってま~す 追伸 (ひとりごと)でも...何故、年齢を下回れないのかしら~これって「トシを取った」ってこととほほ~
Oct 30, 2007
最近、興味深いなぁ...と思うことがあります。それは、渡米後の生活に欠くことができない問題。 「Language Barrier」 (言葉の壁) 今日はこれを公的・私的、両面に分けて考えてみたいと思います。まずは公的場面について。普段から職場でも日英が社内公用語だし、アメリカに駐在していた頃を含め、ビジネスシーンで語学力が求められてきたけど、あまりシリアスに考えたことがなかった私。(この問題を 「深刻に」 という意味ネ) 最近、ある出会いがきっかけで、気づいたことがあります。このところ、ガリバーの仕事をサポートしておりますが、最近、大切な取引先ができました。その取引先の国は...日本よかった 我が国、日本。 言葉になんら不自由を感じることがないから、私が仲介役となり、彼と取引先との橋渡しをしよう、と当初は安易に考えていたんですよ。私から取引先に彼の要件を電話したり、双方のメールを翻訳して転送するはじめはうまい具合に進んでいたのです。が、最近つくづく思うのが、私自身の語学力不足だめなんです。。。これじゃ。双方の国の法律用語、お互いのビジネス戦略を詳細に伝えること、取引方法について微妙なニュアンスを汲み取って翻訳すること、などなど。 あらためて、こうしたビジネスという重要場面において、「適切な言葉を選ぶことって難しい...」ということを目の当たりにしています。 私の語学力じゃ、まだまだ伝達手段としての「質」が低いんですよね…。これまでも語学力を求められる環境にあったのに...なぜ?たしかに、職場環境や過去の駐在経験...同じように社会的責任を負っている立場にあるのですが、自分のパートナーと取引先を支える、となると、「責任」の大きさがまるでちがうんですよね。 そこが問題だったのです 例えば、今の職場環境であれば「Could you email this to 総務課?」というようなチャンポン(日・英両語入り)でも通じる。前提として、「社内用語」(=共通認識)が存在するから、スムーズに言葉は通じ仕事が流れる。 これでも十分に責任が果たせるのです。一方、彼と取引先との関係といえば、ファーストステップの段階。 何ら前段階がない、事前情報に乏しい状態。お互いの関係構築の段階から、一つ一つに説明が必要なので、なおさら「言葉選びに難しさ」を感じるし、伝達手段としての質を上げることが求められている と気づいたのです。 いやぁ...プロとして翻訳・通訳する方って、すごいと思うわ。 相当、事前の打ち合わせが必要なんだろうな。互いの関係構築がゼロの場面で、いきなり双方のイメージが一致するように出来るなんて、すごい。「瞬時」にふさわしい言葉を選び、発信者の「真意」を見抜き、最も大切な「意思」が伝わるように訳す。 並大抵のことじゃないですねただ思うに、そういった共通認識の不足さえ補えば、あとは言葉以上に「互いの意思」を伝えることが、最も難しいのかもしれないなぁ…。 次に、私的な場面について。国際恋愛・国際結婚をしていらっしゃるカップルのみなさん。お互いに何語で話していらっしゃいますか?おそらく以下の3パターンがあると思います。英語を例にしますが、1) 英語 : 英語2) 英語 + 日本語 (ときどき会話の中に日本語が混じる)3) 日本語 : 日本語 (彼が流暢に日本語を使いこなせる)みなさまのところはいかがですか? 私たちの場合は1)でございます。なぜなら...そう。 ガリバーは日本語を習った経験がないし、日本という国に興味があって...という出会いではなかったので。今でこそ、留守電メッセージや電話で「コンニチハ」くらいは言うけれど、それ以上は皆無です。 この1~3って、似て非なるもの。 一見、3が最も有利なように思えますが...私なりの結論を申し上げれば...どの言語(パターン)であれ同じ。 要は、どれが「最もお互いの『意思』を伝えやすいか?」だと思います。 いかがでしょうか? でね、大切なことを一つ。 国際恋愛カップルの禁則行為と思うことは、公の場で 「互いの『語学力』を否定すること」だと思うの。 言葉はコミュニケーションの手段、音に乗せて「気持ち」や「意思」を伝えるものでしょ?時々見かけるんだけど、「うちの彼ったら、日本語で『アイシテル』って書いてくれたけど、文字が下手で読めなかったわ」「彼の話にこんな文法の間違いがあったから、思わず笑っちゃったわ」というような内容。 悪いけど、これって私は冗談には取れないな。 (個人の価値観としてね) 『アイシテル』 それで十分。 「私 『が』の カノジョ かわいい」 それで伝わってくるじゃない?何か不足があるのかな?日本語って、助詞(「て・に・を・は」=particles)を中心に文の内容が変化する言語。日本人ですら、使いこなすのって難しいでしょ? (←私自身、疑わしいわ。。。) じゃあ、逆に私たちが話す英語(語学力)に間違いがあったとしたら?文法のまちがい、つづり間違い。 あっても不思議じゃないのでは…? 二人の会話の中で…というのはまたちがう訳だし人として、パートナーの努力を嘲笑うような姿勢は、改めるべきかもしれません…ね。 次に、自分自身の語学力について。私は基本的に語学力が不足していても良いんじゃないかと思っています。むしろ、大事なのはパートナーに「意思」を伝えること。 伝わらなければ、何度だってトライすればいい。途中で「もういいっ」と投げ出してしまわずに、何度も「意思」を伝えること、その「意志」が大事だと思うから。 (寧ろ日本人はここがポイントな気がする…)公的場面の話にも書いたけれど、相手に伝えることから、共通語・認識(会社で言う『社内用語』)が生まれ、意思疎通がスムーズにいく。 公にも私にも、「関係構築」って、そうやって成り立っていくんじゃないかな。 ということで、おこがましくも、私が思う結論1) 相手の語学力は、公の場にして否定するべからず。 すべては伝え合うことから始まる。2) 自分の語学力不足。嘆かず「意志」を持って、パートナーに「意思」を伝えるべし。 伝えることから共通語(認識)が生まれる。 要はハートよね。公場面では感情移入はできないのは事実だけど、公私によらず、まずは相手の努力を受け入れ、自分も相手に意思を伝えようという気持ち。それが「言葉の壁」の解決策かもしれません。 あっ! ただね、蛇足だけど、これから国際恋愛をしてみたいという方。私が某有名結婚相談所で出会った外国人男性のうち、特にハイレベルな方は、英語力を求めてくる方が多かったわ。語学力は、あればあったに越したことがないことは事実かもね。ハイレベルな方は、やはり言葉の壁なく、それ相当なコミュニケーションを求めるみたいよ。 (これについては、「ガールズトーク その3」くらいで書こうと思っています。お楽しみに!) 今日もガリバーと公私問わず、多岐にわたるトピックで盛り上がり、4時間近く話しました。離れていても、互いの「意思」確認。 時間を取って相手に気持ちを伝えられること。 それ自体に感謝しようと思います...
Oct 28, 2007
週末は友人と食事に行き、有機野菜をふんだんに使った料理を味わいました。 やっぱり日本の秋はいいですね。そのあと、知人が経営するバーへ行き、ガールズトークで盛り上がり、その後はクラブへGO クラブといっても、ええ。 殿方の社交場ではありませんよ。(苦笑)繰り出した先は某有名クラブ。まもなくハロウィン、80年代ディスコナイトのイベントがあったので、ノリノリに盛り上がって、ちょっと日ごろのストレスを発散してきました。(まだまだ(何とか)イケイケ(笑)いや懐かしい音楽のオンパレードでした「Together forever / リック・アストリー」「September / アースウィンド&ファイヤー」「Turn around and count 2 ten / デッド・オア・アライブ」だとか… そうそう、我が青春80年代 懐かしいィ。。。思えば、私が「ですこデビュー」(初めてディスコに行った)したのは、16歳・高校1年。 当時といえば、18歳以下だったから、入場するときは友人のお姉ちゃんから定期券を借りて、それをID代わりに入場していたっけ。(このお話は時効ってことで) 今でいう「パラパラ」(既に死語?)、そう、手の振り付け。 みんなで覚えて週末はフロアで踊るの(笑) 昔のパラパラといえば、今とちがって、振り付けは当時「黒服」と云われる店員が発信だったから、お店によってちがうし通わないと覚えられない。踊れるということが一種のステイタスだった時代でした。(古っ!)それに、行きつけのお店でよく同級生男子たちがナンパしている場面に遭遇するんだけど、週明けの学校ではその後どうなったか?ということは聞いてはいけない、という「暗黙ルール」があったわ…(爆) 今なお、昔の悪事をカミングアウトして盛り上がっている訳だから、恐ろしいことよね。 そう。 青春を謳歌した バブル絶頂期今でも時々、当時の血が騒ぎます(笑) ええっと、今日はそのお話がメインじゃなくて、ちょっと青春時代にフラッシュバックふと街中やTVから何気なく流れてくるBGM。 「この曲を聴くと、あの時の、あの瞬間を思い出すわ」という曲、ありますよね?特に!元カレや好きだった、片思いだった人との間にあるエピソードが詰まっていて出会った時、デートでドライブの時に聞いた、ひょっとしたら…別れを思い出すなどなど。聴くだけで、胸の奥がキュンと切なくなる1曲って、ありませんか? 今日は辱めもなく、私の想い出の曲ベスト3と当時の恋バナについてです 早速ですが…第1位! 第1位 The frame チープ・トリック (←試聴)大学に入ったばかりの頃、海で知り合った3つ年上の男性。友人に紹介したの。はじめは私の友人と付き合うことになったんだけど、いつしかお互いに惹かれあってしまい…彼女にナイショでデートしたときにラジオから流れていた曲。 この曲を聴くと、何だか切なくなりマス。第2位 Almost Paradise マイク・レノ&アン・ウィルソン映画「フットルース」のサントラ盤。中学時代に通っていた学習塾で一緒だった、別の中学に通う同級生男子。ダンスが大好きな子で、このアルバムをテープに録ってプレゼントしてくれたの。 (当時はCDじゃなくLP盤よー!ははは♪) 当時、うれしくって、うれしくて。 そのカセットテープ、 「ワカメ」のように伸びきるまで聞いたなぁ。私は普通科、彼は工業科へ。最後まで「大好きだった」と伝えられず、そのままお別れ… ところが、高校に入ってから偶然、街で遭遇したのよ。でもね、その時も思いを告げられなかったのよー本気で好きだったのよね。 だからこそ、シャイで言えなかったのかも。 ははは。(照) 第3位 Hello my friend 松任谷由実唯一の邦楽。 これは…三角関係に陥った男性2人との恋愛に迷っていた頃、よく聴いたわ。 どっちつかずの恋愛、最終的には片方の彼とお付き合いしました。今も3人で友達関係をしていた頃を思い出すなぁ。。。実は、彼らとは今も仲良しなんですよ いやはや、またカミングアウトしてしまいましたねぇ。 ハズカシィー (またやっちゃったか…)音楽って、時に自分を元気づけてくれるビタミン剤だったり、時には懐かしい時代を鮮やかに蘇らせる魔法なのかも。時にはノリノリに 時には感傷に浸る。。。 みなさんの「なつかしの一曲」は何ですか?想い出を添えて、ぜひ あっと、今日はお昼すぎからガリバーと電話で話し、そのあとは両親の結婚記念日祝いを買いに行ってきます♪
Oct 28, 2007
今日は何と振替休日。最近、お休み返上で出勤していたから、変則的に平日にお休みを頂きました。ということで今日は調子よく、もう1本書きたいと思います。(笑)10月も半ば、めっきり寒いですね。ワタクシ「冷え性」とは全く無縁の「超・暑がりオンナ」なんですが、それに反し、仕事中は夏場であろうとスーツを着用しています。夏場といえば、当然、スーツ着用は暑いっ ジャケットに背中がくっつく、あの感触といったら 少しでも快適にしたい(?!)ので、ジャケットの下はなるべくコットンのTシャツを着ています。襟付きシャツは何だか腕まわりが気になって、動きにくいのであまり好んで着ないですね。 あとはスカートよりも、圧倒的にパンツ派かな。それから白やベージュ系のスーツは苦手。 汚れると目立つし、似合わないと決めつけているのか、「タンスの肥やし」で終わることが多いようです。(笑)さて、そんな夏物衣服と冬物と入れ替えるシーズン到来。(少し遅いって)いつもならば、来年まで取っておくため、大量に「夏場最後のクリーニング出し」をして、あとは半年間クローゼットにしまうのが10月の恒例行事なのですが、今年はまだ、クリーニングへ出さずにいます。なぜなら...来年は、このスーツに袖を通すことがないだろうから 今、このスーツたちを捨てるかどうか迷っています。一着、一着にはすごく愛着があるんですよね。見るたびに「あぁ、これを着てどこへ行ったなぁ」「これを着ていた時は色々と大変だったな」などなど。 あまりにも思い入れが強すぎて、簡単には処分できずにいるのです。 他人様に差し上げようにも、真新しいものじゃないから、ちょっとね...。 ガリバーが日本に滞在していたある日、クローゼットを開けて言いました。「ねぇBlue、こっち(ハワイ)に来る時、これらはどうするの?」「う~ん。処分するつもりよ。だって、ハワイで着る機会なんて、そうそうないでしょ?ガリバーの仕事に同行する機会があっても、こんなに沢山必要ないし…。」「えぇ捨てちゃうの?(←ガリバーって、割と古風なんです。) 何か良い方法があるんじゃない?」 あの時はこんなやり取りで終わったけれど、いよいよシーズンオフを迎え、改めて考えました。そこで見つけた NPO法人 日本救援衣料センターもともと大手アパレルメーカー「イトキン」などが発起人となって設立したNPO団体で、発展途上国へ中古衣料を救援物資として、送っているようです。寄贈する国は、モンゴル・ラオス・アフガニスタンやアフリカ諸国。渡米前に 衣類を可燃物として処理するくらいなら、これから冬に向けて、寒さで困っている人たちのために役立てたいなぁと。ただ、どう考えても、夏場のスーツをその国々に送ることは無理でしょうねぇ。。。だって、ジャケットやスーツが海を渡り、活かされるとは考え辛いでしょ?(苦笑)でもクローゼットの中に眠る「タンスの肥やし」はまだまだ沢山あるので、それらを全部寄贈しようと考えています。着倒したスーツなんて、他の人に何ら値打ちがないものかもしれないけど、私の「汗」と「苦労」が詰まっている大切な宝物だから...(クッサーなんて言わないで~)もう一度、どこかで活躍して欲しいな...と。自分に何が出来るか分からないけれど、ここまでのサラリーウーマン人生(爆)を支えてくれた愛着あるものに感謝を示し、新たなる人生に向かう。人生の節目に、自分で出来る社会貢献。 私は、人として非常に大切なことだと思っています。 さぁいよいよ10月も残り10日。 にも拘わらず、未だUSCIS(米国移民局)からは「無しの礫」(涙) (どうなってんの~)代理人である弁護士のA先生にも確認を取ってみましたが、同じ返答でして...(泣)最近までガリバーは、仕事が問題なければ12月に来日予定→ビザ取得と共に、そのまま一緒に渡米 という計画だったのですが、どう転んでもビザ取得は無理。それに私はビザ嘆願中だから、リスクを避ける意味でも、これ以上の渡航は控えたほうが良さそうだし。。。(行けない訳じゃないが、結局はVWP(ビザ免除)しか手段がないので) 先日も彼は「1週間でもいいから、予定通り日本へ行くよ」と言っていましたが...私、ナント断りました。。(爆) (おいおい、ええんかい) 今後の予定はすべて 「ビザ頼み~」 とはいえ、USCISから連絡が来る(=Approve)→書類を追加提出 (警察証明や健康診断書)→日本で面接 (ここで約5ヶ月) →ビザ取得 (ここまでで約6ヶ月)この面接まできたら、すぐに領事館へAP入れ。 そこから取得まで、通常は1ヶ月も掛からないのです。 彼はこの面接の段階でも来日し、数週間滞在する計画を立ててくれておりまして、一緒に荷物の整理 (またもやクローゼットの中が見られちゃうわ)簡単な形式でのパーティ (内輪だけのもの)面接への同行を含めた渡航準備 (注;移民法上、面接の同伴は不要です)→取得したら一緒に渡米したい、という意向なのです。 あっ! あと、日本の役所に婚姻手続きもね。(←それがメインだっつーの!) ということで、面接が2月から遅くとも3月だとすると、渡米は4月か? 12月来日に1週間滞在は短すぎるし、面接まではすぐそこ。 2月以降に来日しても変わらないじゃないの~♪何だかね、ビザ嘆願期間に焦りを感じていないんですよねぇ(←ここだけのナイショ)というわけで、ガリバーの誕生日は12月ですが、バースディとホリディは日本で~♪ という計画は、「持ち越し」を提案しました。 先日のこと。 「大丈夫よ。誕生日プレゼントは、12月に贈るからねぇ」と伝えたら、「わかった。それを励みに仕事を頑張るよ」とガリバー。 ささ、年明けからもお互い仕事に精出し、年末年始は日本で最後の(?!)親孝行をしよっーーーと う~ん。 どんな親孝行にしようかな…?
Oct 22, 2007
今週は会議3本、ミーテイング1日平均2本、会合にプレゼン...。目まぐるしい1週間でした。 忙しさはいつものこと、と言えばそうなんですが、今回は少々訳がちがうのです。今、私はとても大きなプロジェクトを指揮させて頂いております。もしも、これが成功すれば、会社に莫大な利益をもたらすと同時に、向こう5年先まで見通し明るいビジネスモデルが完成します。その分、やりがいも手ごたえもずっしり十分...重責を感じる今日この頃なのですが、このプロジェクト、どうしても成功させたいのです。 (少し私の自己満足げ~なお話で恐縮なんですが)何故、それにこだわるのか?そう、もう時間がないのです。 職を辞す日が刻々と迫っているから...。最後にして大きな仕事を任せて頂いた訳ですが、私としては、ここまで育てて頂いた会社へのご恩返しの「集大成」としたい。そんな訳で、プロジェクト成功にこだわっています。そこで、今日はこんなお話。 ご存知のとおり、四半世紀近くを仕事中心に送ってきた私ですが、今日「も」カミングアウトを交えつつ、「自分のライフビジョン」について書きたいと思います。(笑)実は私には、大きなライフビジョンがあったんです。33歳までにアメリカでMBAを取得して、日本に帰国後、転職。 その後、海外移住して自分でビジネスがしたい。振り返れば、幼い頃から漠然と「海外」に対する憧れがありました。。。9歳のとき、いとこのお姉ちゃんが聞いていたKissの 「I was made for loving you」に衝撃を受けたのが、海外文化との出会いの始まり...。周囲は「たのきんトリオ」(田原俊彦・近藤真彦・野村義男) (←R35ネタで失礼!)に夢中になっているなか、私ひとりだけ「ジーン・シモンズ最高!」と言っていたっけ。(笑)小学高学年になって、普段Gパンしかはかない少女は、「大きくなったら、輸入物の洋服屋を開こう」。→中学生になり『ベストヒットUSA』にハマり、小林克也を崇拝。 「ラジオのDJになろう」。→高校生になると一転、「よし体育教師になろう」。(←いきなり方向転換)いやはや一貫性がないですねぇ。。。でも恐らく、その時々にタイムカプセルがあったら、上記を書いて地中に埋めていると思います。(笑)そうして進学、就職を迎えました。が、上記3つの夢...成人した今、タイムカプセルを開けたとしても、何一つ叶えられていません。 ははは。でもね、今、分かるのは少女の成長過程にあった「夢」(=なりたい自分像)は、大人になっても一本の「軸」でつながっているということ。「自分でお店を開きたい」・「小林克也のように英語を流暢に操りたい」・「人を指導する立場になりたい」これら3つを繋ぎ合わせると...前述の「33歳までにアメリカでMBAを取得して、一旦転職。 その後、移住しビジネスがしたい。」に直結するんですよね。おぉ。。。繋がっているではないですか~♪それは幼い頃から「なりたい自分像」としてとして、こだわってきたからだと思うのです。 ちょっとカミングアウトしますが、実は私、その三十路前半、本当に転職しています。望んでそうした訳ではなく、「MBA取得」という夢に破れたから。そう、それまで仕事をガムシャラに頑張ってきたのは、MBA取得の資金を貯めるためであり、「仕事が好きだから」という理由で、日々の生活を犠牲にしている訳ではなかったのです。でも、私ったら、本当に無計画なんですよね。33歳までに会社を辞めて、渡米留学の準備を始めたんだけど...「まだ資金が足りなかった」。(爆)あぁ。。。何という無謀な行動。 そのくらい調べた上で退職すればいいのにね。それが現実的になった時といったら、もう、ショック 途方に暮れましたよー往生際が悪い私は、それでも諦めきれず、日本国内で学校に通うことを決意。そう決めたはいいけれど、三十路過ぎて「学生+プー太郎」はさすがに怖かったです。(苦笑) もう開き直りましたねぇ。 昼間に学校へ行き「経営学」と「語学」を学び、夜はバイト。思い返せば、あの歳でバイトはやっぱり辛かったな。。。同時に並行して、次の求職活動を開始。 こりゃまた焦った、焦った。(汗) だって、まもなく三十路半ばよ?このトシで、これから「再就職」といったら、大変。 日本じゃ、三十路オンナの転職といえば、賞味期限切れでアウトって云わる訳だから、すっごく不安だったし、「何で?何のために仕事を辞めたんだろう」と自責の念に駆られましたよ。(苦笑)でも、まぁ悲嘆に暮れても仕方ない。 他に選択肢がなかったもの。彼と別れた直後で、何せ 「お相手が」 いませんでしたからねぇ。逃げ道がないのよ!逃げ道が!(爆)勿論、養ってくれる誰かがいれば、とうに「お嫁」に行っていたわよー。 そうそう、いわゆる「永久就職」=結婚。 できればそうしたかったけど、当時はそうも行かず、自分で立ち上がるしかなかったんです。だって当時の私にとって、「永久就職」が一番難しかったんですものー。(爆)世の中、チビしい(厳しい)わねぇー。そうこう三十路半ばで「学生さん」と「求職活動」の二束わらじを履く生活を続けること、数ヶ月。。。幸運にも、学校で得た知識やこれまでのスキルを活かせる企業と出会い、とあるポジションつきで買って頂き、晴れて再就業を果たしました。いやはや。 こんな波乱もあったわねぇ...だって、まだまだここ数年前のお話よ。(汗)「33歳までにアメリカでMBAを取得して、一旦転職。 その後、移住しビジネスがしたい。」一度は挫折し、崩れ去った自分の夢。でも、どんな紆余曲折を経ても、「自分のライフビジョン」=「軸」は、一番自分らしくあるための「よりどころ」だから、必ずそこへと戻ってくるんですね。そして今。ガリバーと出会って、彼が手掛けるビジネスをサポートしている。 そして...今後は移住する。ホント、人生って何があるか分からない。(笑)日本という国は、年齢をやたら気にする風潮があるし、年を追うごとに可能性や選択肢が少なくなると言われるけれど、強ちそうでもないのかも。ひょっとしたら、諦めず叶えようとする「意志」と「行動」かもしれないですね。みなさんは、どんな「叶えたい自分像」がありますか?こうしてブログに書き留めていくだけで、それを意識するようになり、未来の実現に繋がっていくような気がしませんか?少し忙しい今だけど、未来の自分へメッセージを残しておきたい、と思う今日この頃です。
Oct 21, 2007
今日も ぶっちゃけ話シリーズ~国際恋愛・結婚をされたみなさま、ちょっと私のぶっちゃけ話にお付き合い頂けますか? (いつもだってば) ズバリ、「国際結婚後、家計管理はご自分で? それとも、お相手がなさる(したい)?」 いかがでしょうか? 国際結婚でなくても、このあたりのお話って、結婚前にお互いに話し合って決めることが大事、と言われますよね。 それに、よくある「アンタがしっかりと財布のヒモを握らないとね!」というオバチャン風会話内容は、国際結婚だと少し訳がちがうのかなぁと。特に相手の国に嫁ぐ場合は、なおさらじゃないかな。。。生活環境がちがいますものね。 実は、これからアメリカへ嫁ぐ身のワタクシ、非常に心配していることがあるのです。。。先に申し上げますと... 私、家計管理はできませぬ。(爆)例えば、みんなで飲み屋に行き「割り勘だから3,785円ね~」などと言われたら、少し多めに4000円支払ってでも、細かい計算の輪からは離れたい人なのです。(こらこら)しかもね、このトシまで「お気楽 独身生活~♪」を送っていると、お金の使い方も非常に大雑把。基本的にクレジットを組むのが好きじゃないので、カードはほとんど使わず、車ですらニコニコ現金払い (金利なんてNGでっせ)その一方で、大きな買い物も「勢い」で購入するタイプ(衝動買い?)なので...これから大変です なんていうのかしら...もう普通の生活に戻れない~と思うのですよ。 (って昔、「普通の女の子に戻りたいー」っていうのが流行ったわよね。古すぎ?(爆)人と財布を同じできないというか…たしかに普通という定義自体が曖昧ですけどね ここでガリバーと私の場合について、先に結論を申し上げますと...ジョイントアカウントを作り、生活費はそこでやりくり、大きな買い物については 「彼が」 決裁する ことになりそうです。ちなみに、彼とこんなことも約束しています。1) これから私が彼のビジネスを手伝うにしても、お給料はいただく。 (ぶははは ちゃっかりしているでしょ?)2) これまでの私の貯蓄には、一切手をつけない。 個人的に必要なものは、そこから出資する。3) お互いの収入は、各々のアカウントに入金。 生活費は彼を中心に私も入れて、ジョイントアカウントから引き出す。 これらは彼が日本に来たとき、それから8月に渡米したときに2人で話し合って決めました。 そう、ガリバーは非常に経済観念がしっかりしているんですよね。(ハイ。 ご想像どおりでゴザイマス) 例えば一緒にスーパーマーケットに行き、買い物をしたときの一コマ。(渡米時)欲しい物はどんどんカゴに放り込む私、それを見て彼は言いました。「ねぇ、それって確かうちにあったでしょ? そもそも買い物をするときは、不足しているものをメモに書き出して、持ってくるんだよ。 そうすれば、時間も短縮できるし、無駄なものを買わなくて済むでしょ。」 と。はい...すみません。。。 (ショボーン)(心の中の叫び) でもねー、女性は買いたい物がなくても、お店を買い回ることが好きなのよ~! 何でもカゴに入れたのは、私が悪いけどね。と口に出したかったけど、確かに的を射ていたので、すぐさま反省、自粛。。。 それに、特に大きな買い物をするとき、彼は納得いくまで店員に聞き、じっくりと選びます。(来日時)思い返せば、某有名電化製品街に行ったときもそうだったわ。いやぁ、とにかく長いのよ~~買い物が!通訳する私も、彼の質問が細部に亘るから、店員さんの説明を直すのに大変だし、集中力が途切れてしまうのようね。何度となく 「あぁもうそれでいいじゃなーい、次に行こうよー」と声をかけたけど、彼は費用対効果をじっくり比較検討するから、立ち止まったまま。 ねぇーいつまでここにいるのーー。買い物時間が長いことはまだ許せるけれど、私は同じ場所にずっといるよりも、色んなお店を見て回るのが好きなのよ~(泣) そんな「良いものを、納得いく価格で買い求め、長く使おう。」という彼。「ある程度のものならいい、失敗したら買い直し」という私。金銭の価値観がまったくちがう点は、今後、見直しが必要...。という訳で、お互いに結婚前から生活費以外は別々に金銭管理、としちゃったのです。 こんなにアバウトで、しかも独立した経済観念の私が言うのもなんだけど、男の人って、お付き合いの段階では気前がいいけれど、いざ一緒になると様子が一変する、っていうのもよく聞くハナシ。 お付き合いしている時の姿勢だけで、『この人について行けば、間違いないわー』なんて、だまされちゃダメよ。それにね、異国に嫁ぐ身とはいえ、相手に何でもおんぶに抱っこだと、何か不測の事態が起きたら、生活して行けないと思うのよね。 それゆえ、お金の話って、お互いに一歩踏み込みにくいけど、彼と結婚を決めるならば、躊躇せず話し合うべきだ…と思います。。。 かくいう私も...それなりの時間を掛けて話し合いましたよ(汗)そうするうちに、彼の経済観念や、貯蓄額だとか...恋愛ラブラブ期には知らなくてもよい事実が分かったものー。大事なところは、事前にチェック ってことかな?(どこかのCMみたいね) 今から思うんだけど、これから共同で使う大きい買い物などは、月のバジェット(予算)を決めて、相当入念に申請準備をしないと、彼の承認は下りそうにないわ。そこが、これからの課題みたいね (苦笑) とほほほ チビしーい
Oct 14, 2007
先日、一度アップしたけれど、書き足りずに消してしまった内容… ボリュームUPして再登場です 最近、ランチネタが多い気がするけど、今日もある日のお話。その日はファミレス。ネクタイを絞めたサラリーマンや、制服姿のOLさんたちが仕事に戻ったあと1時半以降は、小さな子どもを連れたママたちがお友達とお茶をしにくるので、お店の中はとっても賑やか。1人でちょっと遅めのランチを食べていると、隣りに3人組の若いママと幼稚園くらいのキッズたち4名がやって来た。ママたちはお茶とスイーツをオーダーし、おしゃべりが始まった。ご主人のこと、家族のこと、お稽古ごとについてなどなど...。話題は尽きない様子。子どもたちは時折、ママたちの会話に入れず、みんなで遊んでいる。隣りにいた私、話している内容まで気に掛けていなかったが、途中からどうしても気になり、耳は「ダンボ」になった。 聞き捨てならなくて、つい...。お稽古ごとについて、こんな話が聞こえてきた。「もう頭にきたんだけど、習わせている英語~!先生が変わっちゃってねー、今度から白人の先生じゃなくなったの。何だか習わせる意味がなくなっちゃったわよ。」「うそー英語習うのに、それはないんじゃない? 月謝を払う意味ないじゃない。」「でしょー!だからもうやめようと思ってさー。 どこか近くで良いところ(学校)知らない?」食べながら聞いているうちに、何だか...唖然とした。そこって、英語を習いに行くところじゃないんですか? ママさん達。 正直に言えば、子どもの将来が不安になった。 (余計なお世話だろうけど)小さな頃から親から『ガイジンから英語を習う』=白人の先生から習うことだと刷り込まれ...。 それって、どうなの? 今や英語を母語・第2外国語として使用人口は35%、17億人強らしい(調べたら)。英語を自在に使いこなせたら、世界中のたくさんの人たちとコミュニケーションができる。 なんて素晴らしい! だから小さい頃から習わせるんじゃないの? 母語人口 公用語人口 1 中国語 (10億) 1 英語 (14億) 2 英語 (3.5億) 2 中国語 (10億) 3 スペイン語 (2.5億) 3 ヒンディー語 (7億) - 途中省略 -8 ポルトガル語 (1.4億) 8 ポルトガル語 (1.6億) 9 日本語 (1.2億) 9 マレー語 (1.6億) 10 ドイツ語 (1.0億) 10 ベンガル語 (1.5億) 11 フランス語 (0.7億) 11 日本語 (1.2億) ただ何もいい人ぶって書いているのじゃなく、もしも私が親だったら、小さい頃から様々な人種、数多くの国籍の人たちと交流させてあげたい。視野を広げてあげることが、幼児期には最も大切なんじゃないのかしら? 日本という島国に生まれた以上、多くの人種・国籍の方と出会う機会自体は少ないかもしれない。でも、世界に飛び出してみれば、素晴らしい人たちとの出会いがある。世界中に友達ができて、知人がいて… 仕事で世界を駆け回ったり、 旅をしてみたり。そして…ひょっとして連れてきた恋人が外国人だったら。 私が親ならば、大賛成すると思う。 そのとき幼い頃から身に付けた英語力が活かせたら、本望。 習い事は、子どもの将来に向けた先行投資。何のためにお金を掛けるのか?金銭投資に対する価値観のちがいなのかしら...ね。 話は変わるけど、まぶーさんの所にも書いてあったけど、NOVA問題。(まぶーさん、トピが被っているけど、許してね。私なりの視点で書くので…。) NOVAと言えば、「全員、『外国人講師』だから、喋れる・話せる」 だったっけ?この『外国人講師』という表現であって、「ネイティブ」講師じゃないところが、これまた怪しいと思うのは私だけかしらね?そんなNOVAもいよいよ落城するんだろうけど、どう考えても、それまでの企業体質が問題よね。高額なポイントを売っておきながら、まともに予約が取れない、解約時に返還金(精算)が少ないといった特定商取引法違反による業務停止。 それが発端となって、相次ぐ訴訟、解約に応じられず、資金が底をついたとは。今や株価も100円を切って88円でしょ?怖いわー。ひと頃の「ライブドア」みたい。 挙げ句に、講師への給与遅配の原因が、「会社のシステムトラブル」ですって?えーーっ 社会に出てから、ワタクシそんな企業、初めて聞いたわよ。給与が支払われないのよ(驚)、しかも原因は「システムトラブル」って、在り得ないでしょ?これもトップは裸の王様で、上にモノが言えない部下達という、トップダウンな組織体制を物語っているわよね。企業の上層部は自分達しか見ていない。 従業員を見ない、客を見ない。...その代償は大きいってこと、上層部も思い知らなきゃね。 こんな状況じゃ、もはや、まともにお金を貸してくれる銀行がある筈ないじゃない。 資金繰りも限界でしょうね。 ひょっとして、海外の銀行から借りるつもりかしらね? あの社長。(こんなときのために英会話やってたのかも(爆)ホント、あなたの個人資産で対応しなさいよって感じよね!どう考えても、消費者を食い物にした杜撰な契約方法、それを生み出した企業上層部のワンマンな企業体質が原因。 そして、一番可哀想なのは、真面目に語学力をつけようと頑張ってきた生徒、教える気があった講師、誠実に応対しているスタッフ、そして株主だと思うわ。。。 それにも拘わらずよ、その一方では前述の母親のように「今度から白人の先生じゃなくなったから、他の学校を変えようと思うのよー」消費者はその程度の意識よいのか?とも思う。まぁ、これまでNOVAもそういう需要があったからこそ、拡大一直線だったんだろうけど、消費者側ももう少し 「何がお金を支払う目的なのか?」 をよーーく考えるべきじゃないかしら。特に子どもたちには、そういった判断能力がないわけだから、親が冷静に目的意識を持って学校を選び、それを見極める必要と思うのよね。 日本人の「ガイジン・コンプレックス」をこういう形で食い物にする企業もあるってこと。 真の国際人を育てるべく、「英語を学ばせる」のが目的。 教える講師の質と、堅実な学校経営。そこをよーーーーく考えて、親として金銭投資すべきじゃないかしら。 そういうことから教えられる親になりたいし、そうあって欲しいと願うのは、まだ少数派なのかしらね...。
Oct 11, 2007

いきなりだけど、カワイイでしょーーーっ男の子のパピー(仔犬)。どんな種類が混ざった雑種かしら。。。色からすると、ビーグルかな?でも、お耳を見るとパピヨン? 小型犬っぽさも残っているわね え? 何でそんなに「客観的な視点」で、このワンちゃんを見ているのかって? そう、だってこの子...、私のそばにいる訳じゃないの。 え? 誰のワンちゃんかって? その答えはこれ Look what came walking into the office today. He is very sweet and obedient. What do you think? 今日、オフィスに何が入ってきたのか、見て。この子、すっごく可愛いし、従順なんだよ。どう思う?From. ガリバー って、ちょっとガリバー! あなた、 まさか、この子 「も」 飼うつもりじゃないでしょうね 実は、すでに彼の家にはワンちゃんが2頭がいるんです。1頭は以前にもご披露したこの子、それに、もう1頭飼っているのです。ちなみにこの2頭も、もともとは捨て犬。。。 それに、覚えていらっしゃる方がいらしたら嬉しいのですが、彼は日本にやって来たときも、捨てネコちゃんにエサをあげるため、探し回った、という エピソード あり まだありますよ。 現在、2人で動物愛護団体に年間$40という微々たる額ですが、寄附をしているんです。 それらは大変良いことなんですがね。 一回だけ言わせて。 私はあなたと 「ムツゴロウ王国」をやるために渡米するわけじゃないのよーー! あぁ、ホント、こうやって確認を取ってくること自体、何だかアヤシイわ。。。 もぉ、大きな子3頭もどうするのよ、ガリバー。 確かに私もあの仔犬ちゃんを見たら、絶対に飼うだろうけど...いくらなんでも3頭はねぇ。 しかもね、ガリバーったら送られてきた写真のタイトルを よーーーく見たら JACK と書いてあった。 ってことは! すでに名前までつけているんじゃないのっ!(怒) これから転居もあり得るのに、一体どうするのよーーー! これじゃ、移転するときに「クルーザー男」から船でも借りなきゃ 3頭もハワイから連れ出せないわよーーー! (爆) ったくもうっ (今日はこれを書かずにいられませんでした。すんません)
Oct 9, 2007

30歳代折り返し地点が見え隠れするお年頃だった数年前の私。元カレとの別れから立ち直るべく、某有名結婚相談所に申し込み、そこから数名の男性と知り合いました。今日はその続きでございます。えっ? 「待ってました!」って?えぇ。 今日もガールズトーク、しかもカミングアウト満載ですよ。 と…その前に、この先を読むにあたり確認があります。男子禁制、 18歳以上に限るとさせて頂きます。(笑) あなたは18歳以上ですか? No →申し訳ありませんが、これより先には進めません。Yes →ボタンを押してください。 (って、ア●ルトサイトじゃあるまいし) 18歳以上です。入場します。 (←クリック)(笑)*ランキングにジャンプします それでは続きをどうぞ その3東南アジア出身、30歳代米国籍の男性。 相談所の紹介を受けてお会いしました。10代で単身渡米、大学卒業後より自営業。とても誠実で、大人しめの(に見えた)男性でした。とあるハーバー近くにあるレストランへ行き、2人で食事。趣味のアウトドアや仕事についてなど、共通点が多く、第一印象はバッチリ さらに彼は2軒の邸宅とクルーザーを所有自力で地位を確立した方で、さまざまな苦労や偏見...苦行を乗り越えて今があるという点でも大いに共感でき、なかなかの好印象 この時点で、第一ハードル・クリアでした。 日も暮れ、彼の高級車に乗ってハーバーへ向かいました。そして車内で話が盛り上がり、彼のクルーザーでナイトクルージングに出よう、ということに。誰も居ない夜のハーバーに2人きり。彼がエンジンをかけ、覆われているカバーを外すと…現われたのは1.5馬力以上ある大きなクルーザー。 そして…二人で海に出ました 沖から眺める景色といったら、最高 いやもう、それだけで酔い痴れてしまいそうでしたよ。ええ。確かにかなりいい感じだったんです。 ここまでは! ところが...街の明かりが遠くに見えるくらい沖に出たでしょうか、彼はエンジンを止めました。そして...2人きりの船の中、 これまた、困りましたねぇ。 そうです。彼はいきなり 「野人」 と化し、迫ってきたんです。 でもね、船の中だから逃げられないんですよね。 叫んでも岸まで声は届かないし、泳いで戻るわけにも行かないでしょう?(笑)焦りました。 パニック まさに人生初体験でしたよ。 程なくして冷静さを取り戻し、彼をおだて盛り上げ、時には諭して、何とか操縦桿を握らせてハーバーまで戻りました。 その間数十分の私、「オットコ前」だったと思うわ(爆) ハーバーに着く頃には、彼も冷静さを取り戻していたけど、 いやぁー 怖かった! みなさん、クルーザー持ちのオトコって、魅力的に感じるけどうっかり夜の誰もいない時間に2人きりで船に乗り込んじゃダメよ。 地上とちがって 逃げられないんだから!(汗) きっと彼はいつもこの手を使って、女の子を連れ出しているんじゃないかしらね。何度かお会いして、正式にお付き合いすると決めたなら、こういう相手の深い所に入ってもいいだろうけど、私も軽率だったと反省しているわ。これも三十路前半の良い(?!)経験です。(汗) その4金融業に勤める40歳代 黒人男性の紹介。 初対面だと感じない、屈託のない笑顔が素敵な方でした。実は、この方とは初めての食事会の後、二度ほどお会いしています。なかなか良い関係が築けそうだったのですが、本国への帰国が決まり、それっきり音信不通に。 これまた 「ご縁」 がない方とは、途絶えてしまうものなんですね。とても良い方だったけど...残念。 こうしてみると、理想的な男性に巡り会うのって、まさに奇跡なんでしょうね。実は、まだまだ失敗談は...あります。 (第3弾以降もやってみる?!)ただ、こうして醜態を曝け出すばかりで、情けない話ですが。(苦笑) こんな三十路後半の私が申し上げるのもなんですが、特に三十路独身女性に伝えたいのは、男性と出会うチャンスだけは、常に広げておいたほうが良いということ。もう20歳代の頃のように、待っていても男性が来てくれる訳じゃなく、お相手からも「選ばれる年代」だから。。。 最近は、ガリバーとの話をそっちのけで過去の恋愛談義で盛り上がっているけれど(ごめんねガリバー)、彼との出会いを思い返せば、この2回で書いた男性たちの時よりも、ずっと気取らず、カジュアルなものでした。友達と会って話しているような感覚、とでもいうのかしら…そんな彼と話しているうちに、「あっ!この人となら上手く行くかも」 というインスピレーションが駆け巡り...今日に至ります。 私はガリバーとの出会いのように「気取らず」「カジュアルに」を求めていたからこそ、この「ご縁」を掴みに行った訳で。中にはそれを「No」と思う方も、当然あるはずです。 私の拙い経験上ですが、人それぞれ多種多様な価値観があるからこそ、出会いの数を増やし「偶然」の出会いを自らの手で「必然」にすることって、大事だと思う。 特に三十路を過ぎると、ご縁はあるものではなく、作るものですからね さぁこの世の中、オトコの方が多いんだもの、様々な人と出会って、自分の目を養って、その中からピッタリな男性を見つけていきましょ それから…もう一つ。 遠距離恋愛についても、今のガリバーとの関係には、元カレとの失敗経験が確実に活かされています。 無闇に相手の行動を詮索せず、信じることが大事だということ、時に耐えなきゃいけないことも...ね。 (←最近、崩れてきていますね。 反省。。)精神面では、これが遠距離恋愛一番の要所だと思います。 こうしたさまざまな経験から学んだこと…また第3弾以降も書きますね。 今回はこのくらいで。
Oct 8, 2007
昨日一旦、日記をアップしたんだけど、その前にちょっとカミングアウトしたいなと思い、書いています。チェックして下さった、コメントを下さった方。ありがとうございました。 m(_ _)m 段階を追って、また昨日のような話題にも触れたいので、私の考え方の一部として捉え…ご理解頂けたら、嬉しいです。 特に、katakataさん。 私の胸にズキッと響くコメントを下さり、有難うございました。まったく同感です。) 今日はズバリ、私自身の恋愛遍歴について。 (ほぉ~)いつ頃からだったかな? 妙に「結婚したいなぁ」と思うようになったのは。その切欠は、婚約までしていた元カレとの別れだと思います。 以前に書いたように、私には10年愛と云われた年下日本人男性との遠距離恋愛がありました。その彼との離別した諸悪の根源は、ずばり「私の海外転勤」。そう、20歳半ば過ぎにアメリカへの駐在が決定打となり、遂には彼の浮気発覚。そして私自身、帰国後もキャリア志向が捨てきれず、お互いに別れを選びました。(詳細はこちら) それが30歳代前半。以降といえば...荒れましたねぇ。。。(しみじみ)彼のことが忘れられず、一番ひどいときは 「もう誰とも結婚しない!」 と自暴自棄に陥りましたよ。その一方、元カレのおかげか(?!)、どんどん昇進昇給→お金の亡者となり、湯水の如く、月何十万単位で買い物・交際費に充てていましたね。 馬鹿だったなぁ...あの頃。 で、早い話、男性とのお付き合いですが、色々とありました。その1まず、アメリカ本土にバケーションで出かけた際、デトロイトまでの飛行機で偶然、隣り合わせたラテン系男性と即・意気投合。 到着までの数時間、いつしか手を握り肩寄せ合っていました。その頃といったら、傷心気味だったから…これ以上は書けないな。(苦笑)メアドを交換して、デトロイトでそれぞれの目的地に向けて乗り換え。 帰国後お付き合いをスタートさせました。でも、彼は私の7歳年下。 どうも私にはしっくりと来ない年齢だったのよね。可愛がるだけの恋愛に疲れてしまい、1年半くらいで別れました。 その2もちろん日本人男性ともお付き合いしました。 3歳年上の方。友人からの紹介で付き合ったけど、自分よりも収入が少ないことが原因でギクシャクしてしまい、溝が埋められない、将来に期待が持てずに破局。 (ごめんなさい。でも事実なので...) 交際期間は、4ヶ月くらい..。 その3バーで知り合った1つ年上の日本人男性と意気投合。これは付き合ったというよりも、火遊びかも だから、あまり覚えていない。。。短期間のものはまだいくつかありました。 そうなんです。 元カレと別れて以来、まったく良い「ご縁」がなかったのです。その上、仕事はどんどん忙しくなり、男性と出会うチャンスはますますなくなる。あぁもうダメ。 オンナの人生、なのに 男勝り、働き盛り でした。(笑) で、「これじゃいかん」 と一念発起し、 実は... いいですか? カミングアウトしても。 私、某有名結婚相談所に申し込んだんですよ。 だははは。 言っちゃったー 言っちゃったーー そうそう、日本人に限らず男性を紹介してくれる、あの相談所!いくらだったかしら...ウン十万支払いましたねぇ。紹介して頂いたこと、モチロンありますよ。 これについては、色んなエピソードがあるので、追って書こうと思っています。 でもね、素敵な出会いのために格好の手段を得ても、結局は「会う時間がなきゃ、お金を溝に捨てるようなもの」 なのよね。 紹介してもらったのは、年間6名くらい。ちょっとだけ披露しますね。日本人男性2名、黒人男性、白人男性、日系アメリカ人、アジア人男性だったかな?すでに記憶も曖昧になってきた。。。 まさに多民族・多国籍でした。 そう、印象的だった紹介は、日系アメリカ人男性。某有名カフェで待ち合わせて、そのまま食事をしたの。ちょうどアメリカから日本へ出張で来ていたんだけど、なんでも彼曰く 「アメリカは結局、白人社会。 僕はマスターまで修得したけど(修士)、仕事上では互角に競い合えない。 だから日本で仕事を探そうと思っている。よかったら、Blueさんのコネクションを紹介してもらえませんか?」 てな感じで、いつしか話題といったら、彼の「身上相談」よー!!ごめんなさい。 お気持ちは分かるんだけど、私はあなたの職探しをお手伝いするために、ここへ来たんじゃないんです。。。 で、おしまい… あとは、某国白人男性。何でも警察官だったんだけど、やっぱり公務員ってどうなのかしらね。昔、学生の頃にパーティコンパニオンやっていたときも(←若気の至りよ)、忘年会なんかで「スケベ」なのはきまって官公庁勤務、もしくは警察官だったわ。 (あくまでも個人的意見として聞いてね)その警察官男性、だんだんムードが高まってきて…迫ってきたのでもね、その彼が何処に誘ったか? というと、ズバリ 公園 ちょっと勘弁してよーーー! もうティーンじゃないもの。そそくさと、その場を去ったわよ。 まだまだあるんだけど、今回はここまでかなたぶん、ここまで赤裸々に過去の色恋沙汰を書いたことがなかったから、ある意味、一番のビッグ・カミングアウトかも。 ネタは尽きないので、また続きを書きますね。
Oct 6, 2007
先日、ランチに行ったときのことです。一緒に出掛けたのは、某先進国から来ている外国人女性社員。彼女は日本人男性と結婚しています。私にはアメリカ人の婚約者がいることをカミングアウトし、2人で談義しました。テーマは「国際結婚について」。彼女は日本語が堪能、日本の文化にもすっかり馴染んでおり、日本人女性以上に大和撫子です。そもそも国際結婚という言葉自体、日本という国特有の考え方というのは周知のとおりですが、彼女も日本において「国際結婚」は、特殊なカテゴリーとして位置づけられていることを十分に理解しています。まずは、興味本位な質問から。私 「何故、日本人男性との結婚を決めたの?」彼女 「それは、『彼』だったからよ。別に日本人だから結婚したわけじゃないわ。」とあっさり。続けて言った。「確かに私の友人にも、日本人男性と付き合ってみたい、という子はいるわ。だって、日本人男性って前に出すぎない所が良いでしょ。常に気を遣ってくれるしね。でも、初めはそれが良いんだけど、やっぱり言葉の壁とミス・コミュニケーションがストレスになるの。私は彼がどこの国のヒトでも良かった。 彼だから、大好き。 だから結婚したの。でもね~結婚となると、ホントに大変。 彼の親戚は今も分かってくれていない(=理解していない)。 私、髪の毛の色も、目の色も違うでしょ?親戚にも まだ『ガイジン』って言われる。 でも仕方ない。 私は彼が好きだから、その人たちのことを分かるためにも一生懸命、ニホンゴも文化も勉強している。そうしたら、みんな理解してくれるようになってきた。」 そうだろうなぁ。。。 ふと気づいた。彼女は 異国→日本に嫁いで来た側。 私は 日本→異国に嫁ぐ側。ひょっとしたら、私より彼女の方がもっと大変じゃないのか?それにも拘わらず、彼女はかなり難しい漢字も書けるし、日本語での電話応対も完璧。日頃、いわゆる「ビジネス日本語」(ビジネス英語ならぬ)を使いこなしている。敬語もパーフェクトなので、ともすると、電話の相手は日本人が応対していると思っているくらい。 日本人の英語力に置き換えてみると、間違いなく「上級レベル」だと思う。また彼女の報告書は英文だけど 「日本人上司が読める」 ことを意識した平易な文章で作成されていて、随所に日本語をローマ字化してある。 その配慮ができること自体、仕事上において評価も高い。 まさに即戦力だ。私的にも、食事のマナーもスマートで、和室で和食を食べても、箸を上手に使うし、エチケットを弁えている。ここまで日本の暮らしに馴染んでいるので、在住歴は10年くらいと思いきや、日本に来て… なんと!まだ5年。 素晴らしい。 まさに「郷に入ては 郷に従え」。 どのような環境であれ、人はその気さえあれば、速やかに順応できるものなんだと実感した。 と、そこで彼女は言った。「だって、本当に彼がスキだったら、何でも一生懸命、トライしなきゃいけないでしょ。」まさに目からウロコだった。 うん、そのとおりだ。日本人である私、当然ながら、これから渡米したら言葉・慣習にハンデはあるが、彼女よりも、簡単に習得できる環境にいるはず。今の日常生活において、日本に居ても英語は身近だし、食生活についても欧米の食材は簡単に手に入る。 慣習にしても、Westernizeされつつある昨今、情報がないわけでもない。それにも拘わらず、自分の中で「これから渡米だし、大変だよな~ 色んなハンデがあって当然じゃん♪」 と決めつけていたと思う。身近に恵まれた環境があることを棚上げしていちゃ、自分が進歩しないわ。日本に居ても、相手の国の慣習は学べる、語学力も磨ける。要は自分次第。う~む。 何だか彼女にしてやられたり。彼女の日頃の努力量を、何だか「彼への愛情の差」と錯覚してしまいそうだった。 こうして彼女と話していると、自分を鏡に映しているようで面白かった。自分に足りていないものが見える。 何だか緩んだ私の気持ちに「喝」を入れてくれたような感じだった。(笑) (←頼んではいなかったのに、感謝しなきゃ)最後に彼女は言った。「国際結婚って、ミス・コミュニケーションが大変だけど、そこが楽しいよ~」と。彼女曰く、国際結婚で起きるミス・コミュニケーションって、1)言葉の解釈を誤る。2)日本人特有の「言わなくても分かるでしょ」という、高コンテクスト文化 (=非言語コミュニケーション)からミスが生じる。だそうで。 そうよ、日本って世界で最も 「遠慮と察し」 が必要な国。 そういえば、アメリカは最も低コンテクスト文化の国だったなぁと、ふと学生時代の講義を思い出していた。「私も何度も聞かないと、彼の言っていることが分からない。 けれど繰り返し聞かれるのが、イヤみたいね。そこが難しい。」 と彼女。なるほど。 国際結婚の秘訣、ここにありだな。。。無の境地は誤解を生む。 今後、気をつけていこう。彼女と話していると、日ごろ「国際結婚・恋愛」という言葉に驕り、「出来なくて当然」 と、偏ったものの見方をしていたと反省。。。この先、「ビザ・就業・語学力」 が最大のハンデだと考えていたけど、彼女を見るかぎり、仕事も周囲の日本人に負けじと頑張っているし、語学力も引けを取らない。 結局、ビザというファクターを除けば、あとは自分の努力で乗り越えられる!と実感しました。灯台下暗し。身近なところに、自分の在るべき姿が発見できた。よし、今日から彼女の姿勢に倣おう。 今からでもできることは山ほどある。 だって…距離が問題じゃないもの。
Oct 3, 2007

先日、とある有名な神宮へ行った。真っ先に手に取ったのは、「御守」。 早速、彼に送ろう。最近、仕事で一つの山場をむかえ、精神的プレッシャーを感じているガリバー。 彼はいつも言う。「人生 誰しも 『patience』(忍耐) が必要な時があるんだよ。今、離れて暮らしているのも、その一つだね」 と。 神宮でお守りを手にした瞬間、その言葉が頭をよぎった。 大丈夫。 私がいるよ。 2人ならば、怖くない。辛い時はこれを手に握っていて。 私も同じものを身に付けるから。乗り越える勇気を分けてあげるから、一緒に前へ漕ぎ出でようよ。さぁ行こうよ。 その困難を越えれば、一緒に過ごせる日がやってくるから。
Oct 2, 2007
今日は タイトルどおり「R35」ネタです。(笑) 先日、会社帰りにショッピング。 HMVに立ち寄りました。いつもは洋楽コーナーのみをチェック、新作を探して視聴して気に入れば購入します。基本的に音楽はジャンルに拘らず、何でも聞く私。持っているCDの枚数は500枚くらいでしょうか。 これらはすべて洋楽なのですが、その日は珍しく「邦楽コーナー」に立ち寄りました。すると...こんなCDを発見!「bestsongs we love 80's」 (←クリック) コレ、ついつい買っちゃいました(汗) いやぁ買わずにいられませんでしたよー。80年代に青春を謳歌した 三十路ズ後半 世代には 「なつかしい~♪」 ハズレなしの選曲なんですもの。 78年~82年ころの流行曲ばかり全18曲です。 当時といえば 「ザ・ベストテン」! 覚えていますか?黒柳徹子さんと久米宏さん 2人の絶妙なトークの掛け合いと、生出演で登場する歌手に釘付けだった私です。(懐)そういえば、これらの曲を録音するために、ラジカセをTVにベッタリとくっけてよくカセットテープに録っていたっけ。。。録音する前に「ちょっと、お父さん!静かにしててよ!」 と言ったにも拘わらず、「プーーーッ」なんて屁をこくから (失礼!)、あとでテープを聴いてみると、「んもぉーー お父さん!」 と騒ぐ声がそのまま入っていたよなぁ(爆) そうそう、クリスタルキングが唄う 「大都会」(←クリック) を初めて聞いたときの 衝撃 といったら、もう。。。「♪ あぁーーー果てしない 夢を追い続けー あぁいつの日か大空かけめぐるぅーー」って歌詞を見たとき、幼いながらも 「あぁ そうだよなぁー。これからどんな大人になるんだろ。」と思った瞬間があったっけ。(回想中) それと、「ザ・ベストテン」で覚えているのが、「追っかけ生中継」 (懐!)キャッチフレーズは 「追いかけます。どこまでも」 だったけ。あれ? ちょっとちがう?当時、トップ10の歌手全員を出演させるために、国内のコンサート直後はもちろん、海外からも時差に関係なく生中継していましたよね。 (ね!R35のみなさま)当時の海外衛星中継といえば、日本と中継回線を行き来するのに2~3秒間、間が空くのよね。黒柳さん 「それではハワイから中継でーーす!」「聖子ちゃん、聞こえますか~~??」「(シーン)...」 「あっ!はい、聞こえますーーー(急にニッコリ)」みたいに。(笑)それがまた海外らしさを醸し出していて、「かっこいいなぁ 海外中継だって。。。」と幼心に感じていましたねぇ。。。いやぁ懐かしい。 話は変わりますが、私とガリバーについて。ご存知のとおり、同級生の私たち。 当然ながら、同じ時代に青春期を過ごしています。そんな2人は聞いていた音楽も、同じです。 80年代といえば...MTV!!基本的に彼は60年後半~70年代のクラシカル・ロックが好きだけど、ドライブ中ラジオから曲が流れてくると、私「あっ!この曲って5歳くらいのころだよね」 ガ「ちがうよーー7歳くらいだよーー」 なんて談義が始まります。 そんな私たちの間で、最近 流行っていること2つ。1)曲あて ドレミファ・ドン! (←これまた80's!)彼のところに滞在しているときは、カブリオレ(オープンカー)でカーラジオのボリュームを上げて、ドライブするのが2人とも大好き。ラジオから曲のイントロが流れると...、「Yes, I know this!!」 わかった方が手を上げて 曲のタイトルを言って歌うのそりゃ、ガリバーの方が断然、有利なんだけどね。でも、80年代MTVの曲ならば、私も何とか勝てる。 当時、英語辞書を引きながら何度も歌詞を覚えたもの~。 日本といえば、独自の文化が発達し、アメリカの音楽など日本人は全く聞かない、と思っていたガリバー。日本に来たとき、それは、それは驚いていました。 Bilboard Top10でリアルタイムにアメリカの音楽が聴けるし、私の家のケーブルTVでCNNやABCニュースは勿論、最新MTV、はてまた自分の好きなクラシカルロックまで見られることに大感激していたっけ。 そんな同級生の私たち。日本でも、そしてアメリカに居ても、音楽の話題を通じて、同じ時代を感じています。(照) 2)生中継 国際カラオケ大会 なにそれーーー?! 国際遠距離カップル必見!(聴?)私たち2人、Yahoo!メッセンジャーの新たな使い方を編み出しました!通常、ウェブカム+スピーカーで相手と交信していますよね? 今日のお話、私はインカム(ヘッドフォン型マイク)か、イヤホン型マイクを使用するのですが、何を思い付いたか、ガリバー。 いきなりマイクを持ち出し、「今日からコレを繋ぐよ」 と一言。「???」PCにマイクを接続、自分の好きな The Creamの 「Sunshine of your love」 (←クリック) を流して唄いだしました。 「!!!」「どう?」「きゃはは、ヨカッタよ」「そう?じゃぁさ、今度、日本へ行ったときに、Blueのお義父さんと一緒にカラオケで、コレ歌おっかな」「ははは、ど、ど、どうぞ。」 青春時代、アイドル歌手の海外衛星生中継を見て、憧れた私。今は、ハワイと電話回線をつないで、生中継で国際カラオケ大会をやっています。(笑) アイドルのようにはなれなかったし、(爆) 初めてクリスタルキングの 「大都会」 を聴いたとき、どんな大人になるか、想像がつかなかったけど、 海の向こうにいる、ステキな人と 「今」 という時間を共有できる時代を生きています。 今日から10月。 今年もあと2ヶ月。 時が過ぎるのなんて、あっという間だけど…、 20年後にも、彼と一緒に この時代を懐かしんでいたいな。。。
Oct 1, 2007
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