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う~む。 これを書かぬまま、年を越すわけにはいかない…。ちょっと古いお話になってしまったけれど、今年のクリスマスのお話。お互いにこんなものを贈りました 私が贈ったのは、PRADAの財布とキーケース+おまけに漢方薬 (←鼻炎薬です(苦笑) 彼が送ってくれたのは、Tiffanyのブレスレットと 宝石のひとつ翡翠(ひすい)のブレスレット+おまけにアジアンノット(蝶番結び)の携帯ストラップ。 およよ そんなに腕に巻いてどうする?(笑)でも、実はこの翡翠のブレスには意味が込められているのです。 昨年11月、彼は友人とともに中国を旅行しました。そう、初めて訪れた東洋の国、実は日本ではなく中国なのです。。。そこで「翡翠 (英語ではJade)」と「干支(英語ではzodiac)」の意味を教わったらしく、初めて触れる東洋文化の神秘にいたく感激したよう…。 東洋人の私ですら、水晶一つひとつにどんな意味があるのか熟知していませんので...(汗)ここでちょっと、お勉強。。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』翡翠(ひすい)またはヒスイは、深緑の半透明な宝石のひとつ。中国など東洋では古くから人気が高い宝石である。古くは玉(ぎょく)と呼ばれた。日本では5月の誕生石にエメラルドとともに数えられている。宝石言葉は「長寿、健康、徳」。玉(ぎょく)は中国では美しい石の総称で、古くから実用品や装飾等の材料として用いられた。玉の玉彫工芸は今でも中国の工芸品の重要な位置をしめる。また、玉の中でも特に翡翠が珍重されたことから、玉は翡翠の意味としても使われた。古い時代の中国では、特に白色のものが好まれており数々の作品が残っている。18世紀(清の時代)以降、ミャンマーから硬玉が輸入されるようになると、鮮やかな緑のものが好まれるようになった。そのなかでも高品質のものは琅カン(ロウカン、カンは玉へんに干)と呼ばれ珍重されることになった。台北故宮博物院にある有名な白菜の彫刻は硬玉製である。琅カンは中国語で青々とした美しい竹を意味し、英語ではインペリアルジェイドと呼ばれる。 これは西太后が熱狂的な収集家であったことに由来するとされる。 ふむ、なるほど彼は旅先で、翡翠の石を 彼自身の干支にあたる動物の形に彫ってもらい、チャームとして身につけているのです。彼はいつも私に「これは願い事が叶う石なんだよ」 と教えてくれていました。今回、彼が贈ってくれたものは、同じ石彼の「意思」 を感じます。(笑) それから、おまけにつけてくれた携帯のストラップ。「アジアンノット(蝶番結び)」と云われる結び方は...『永遠』を意味し、愛情や幸せが果てしなく続きますよう...との思いが込められた縁起物の中国結びだそう。先日の電話にて、そう一生懸命語ってくれました。 そして、そして、クリスマスカードには「一緒になる日が待ちきれないね」 とメッセージが。。ただ今、カメラと写真データがここにありませんので、お見せ出来ないのが残念ですが、たくさん彼の思いを感じたクリスマスでした。普段はまったくロマンチックじゃなく、お互い年が近いので冗談ばかりを言っていますが、日本人らしくいえば 「以心伝心」 を感じたかな…(照) 今年もあと3日ですね。 大晦日は両親と妹夫婦とともに、国際電話をかける予定です。彼には一足早い「Happy New Year」 そして、もちろん、みなさまにも早々に
Dec 28, 2007

ふぅ~長かった ようやく冬休みに入り、久々の更新です いつの間にか、今年も残りあと5日ですよ。いやぁー信じられません。。 ところで、日本の年末といえば年賀状 と 大そうじ ? ここ数年、特に大そうじは 「小そうじ」 程度。。レレレのオジサンが、庭をささっと掃く程度の簡単なものです(笑)(そういえば、「レレレのおじさん」って死語? 「天才バカボン」って終わってる?) 何故なら 毎年遊び歩いていたから(爆) それに海外からエアメールで年賀状を出していることも多く、日本に届く頃には仕事始めというパターン多し。長上者からも 「まだ届かないぞー。 またどこかへ行っていたのか?」 ということが数年続きました(苦笑) (すんません) そこで! 今年は 日本最後の集大成 ということで、 一念発起 今日はその手始めとして、丸一日を使って張り切って大掃除をしました まずは午前中を使って、寝室を中心に窓ふき、床そうじ。午後からはリビングを中心に不用品の処分をしました。ゴシゴシ、パタパタ… 夕方までかかって…ようやく2部屋が完了 思い切って、年内期限付きで公開しちゃいます 寝室 と リビング ***独身オンナの城なので…公開は終了させて頂きました。悪しからずご了承下さいませ*** リビングが終わった頃には、とっぷりと日も暮れ・・・タイムオーバー 残すはダイニングと和室。。(うへっっ明日も続くのか…) いやぁ 大そうじって、本当に大変ですよね なかなか終わらない。。 日頃、サボっている代償なんでしょうが、改めて主婦の方って素晴らしいと痛感しました。 ましてや、ワーキングママをしていらっしゃる方は、私にとって憧れの存在 羨望の的ですどうしたら家事と仕事、その 「二束草鞋」 が履けるのか?是非、どなたか今後のために 時間のやりくりの仕方 について教えて下さい そうこうしている間、大掃除に2日も費やしているバヤイ(=場合)じゃないのだ~ 年賀状を書いたら…実家へ帰省します。 そう、早いもので日本最後の親孝行…。 ずっと更新が滞っていたので、その前に山ほどネタがあるのですが…(汗)休み中は少し時間にゆとりが持てそうなので、いくつかUPしたいなと思っています おっし、今年はひさびさに家族とともに「紅白歌合戦」 何の根拠もないけれど、今年は…「白組勝利」に1票 入れちゃいます そんな予想も久しぶり。面白いかもしれませんね (応募者あれば、是非) それでは、ひとまずではありますが、皆さま 素敵な年越しをお迎え下さいませ。
Dec 26, 2007
今日は閑話シリーズ。 「オチ」のない独り言です。(笑) 「密かなる渡米準備」荷物の発送や、在留届などの役所の手続き、健康診断や警察証明交付などはまだ先のことなんだけど、最近、ワタクシ、こんなことにハマッています。それは ズバリ…美容 突然ですが...クイズです。以下の5つのうち、私が本当にトライしたことが「ない」ものはどれ?1) 脂肪吸引2) 脇の永久脱毛3) 歯のホワイトニング4) アイ・レーシック(目の近視矯正)5) お肌のレーザーシミ取り 実はこのうち、4つは...経験済み ということは、未経験は1つだけなのです(爆)「ちょっと、アンタ、どれだけやっているの」という感じでしょうか えぇ…興味半分で体験したものもありますが...もちろん、マイケル・ジャクソンには敵いません(笑)これらのネタは豊富 ご興味がある方、メール下さい。経験談を語ります (^^;) ところで、今週18日はガリバーの誕生日でございます。同い年から、また1歳差へ...。きっと、2008年、私がまた彼の歳に追いつく頃には、一緒に暮らしていると思うのですが...ビザが下りているかどうかは未知数です。 ビザ申請について、こんな興味深いサイトを発見しました。 Trackitt.com 世界各国のビザ申請者が、自分の取得期間をトラックバックしているので、おおよそどのくらいで取得できたのか? が参考になります。 因みに米国だけでなく、カナダ、イギリスについても検索できます。米国についてはUSCIS(アメリカ移民局)の管轄サービスセンターごと、さらにビザのカテゴリーごとに検索できるので、とっても便利ですよ ビザ申請中、もしくは準備が必要な方々、是非、のぞいてみて下さいね 私の場合ですが、Kビザ(婚約)で、カリフォルニア管轄その事例だけを集めて検索してみると...明らかに7月下旬の申請料の値上げ前では、平均90日前後で取得できているけれど、それ以降は処理速度が落ちて、現在は平均130日前後値上げ前の駆け込み申請急増で、ペースが落ちているのが分かります。 私たちも今日で83日目。 待ちきれず、この日記の正面にカウントアップ・タイマーを取り付けてみました。 (ハートでかわいいでしょ?) 取得までの残り期間を単純に計算してみると、平均130日-83日≠60日前後。 つまり... あと2ヶ月。。 (←うへっ) 今日も2人でこのサイトを見ながら話し合っていたのですが、他の方の事例を見ると、ネガティブなケースとして、1年以上(400日以上)待った挙げ句、「あきらめた」と書いてある方もいるし、「Denied」 Kビザにも拘わらず「拒否」。 そう、取得できなかった方もいる。 恐ろしい... そんな悲惨な事例も中にはありますが、順調に行けば、2月末くらいには「承認」という、朗報が聞けるようです。 彼も少しずつ、お家の中を整理し始めたようで…「室内のインテリアや壁の色は好きにしていいよ」とのこと。。 それぞれの結婚準備。 彼の方がずっと真面目だな...。引っ越す必要があるにも拘わらず私といえば、未だのん気に準備は 「美容」 だけ。。そろそろ片付けを始めなきゃ。 誕生日のプレゼント、今週始めにはガリバーのもとへ届くはず。 離ればなれで寂しいクリスマス+誕生日だけど... 喜んでくれるといいな。。
Dec 16, 2007
(その1) のつづき国際遠距離恋愛期間に見極めなければならないこととは?1) 相方の資質。 通常の恋愛にはない、国際遠距離恋愛ならで、見極めるべき点が1点あります。2) 異国への適応力。 「移住」と「(長期)滞在」は、似て非なるものだと思います。 視点のちがいは?1)について、結論を先に述べると...国際遠距離恋愛には、期限が必要だということ。特にアメリカ-日本という場合、前述のとおり移民局の対応が年々厳しくなっているため、何度も往来することは困難、WVPでの入国ならば、せいぜい次の渡航まで6ヶ月間は空けよ、というアドバイスを頂いたことがあります。つまり、1年に2回の渡米が限度だと思うのです。 年2回、それを2年間続ければ4回。 そうすると滞在は最大1年間で半年ですね。2年間ならば、単純に最大1年分となりますが、回数が増すにつれてリスクが高くなることは、誰しも容易に想像できると思います。恋愛の円熟期間いう根拠を度外視しても、丸2年を越えてなお、頻繁に往来を続けることは如何なものか?3年目を迎える段階で、そろそろ将来の方向性を考えたほうが良いかもしれません。特にパスポートがICチップ化され、空港でフィンガープリントとカメラ撮影によるID身元証明が導入されてからは、個人の渡航記録はバッチリと残りますので、渡航回数には慎重になるべきと考えています。そして、自分のパートナーはビザの問題を十分に理解してくれるのか?ここは見極めどころです これは国際遠距離恋愛ならではの見極めポイントゆえ、非常に重要ふつう、自分の国の移民に関する法律には疎いもの。 私自身、ほとんど日本の移民法に関する知識はありません (ですよね?) (^^;)思うに、恋愛期間からビザという、通常の国内恋愛にはないファクターがついて廻るのだ、ということに彼はどう理解を示すのか?もしも、この問題を敬遠するようならばNGだと思います。安易に 「大丈夫だよ、会いにおいで」を言い、彼女の渡航に期待する、ビザの問題を口にしようものならば「またその話かい?」と怪訝そうな声。そういった相手ならば、さっさとMove onした方がよいのかもしれません。 なぜならば、将来、異国で暮らす私たちにはもっと他にもファクターがあるからです。(2に後述しますね) 乗り越えるべきことがまだ沢山あるにも拘わらず、国際恋愛~国際結婚の入り口段階でつまづくオトコでは、将来が心もとないでしょ?特に相手がアメリカ市民、永住権保持者ならば、ここは重要ですよ。 世界で一番、移民法に厳しい国ですから。 また、それを餌に近づくオトコにも注意が必要だと思います。(苦笑) 2) その国の文化、生活に本当に適応できるか?1つ目はパートナー本人の資質についてでしたが、もう1つは自分自身のお話。「永住」、これがキーワードだと思います。 「言葉の壁」、「生活環境のちがい」という2大要素は、国際恋愛期間ならば目をつぶっていられるけれど、実際、「半永久」もしくは「永住」となると話はちがう。銀行口座を作って、自分の資産を管理すること、税金対策や年金などの金銭の問題。そして遠く離れた親の面倒をどうしていくのか? 上記は恋愛期間中には考えなくてもよいけど、異国で一生を送るには、そういった現実的な話に向き合わなければならないし、そこは彼任せにはできない課題でもあります。 話は変わりますが、米国に駐在していた頃、異国で働き、生活することの楽しさを覚えつつ、難しさを痛感した私。 拠点を移したてのころは、見るもの聞くもの、触れるものすべてが新鮮だったけど、生活に慣れるにつれ、「言葉の壁」、「生活環境のちがい」という問題は相当手強いと感じたものでした。そうそう、一度車で事故をした(させられた)とき、相手が激昂し、拳銃を持ち出されて、死ぬような思いもしたし(苦笑)、人種差別的な行為に悩まされたこともありますそういう場面って衝撃的だけど、生き抜くだけの適応力と、苦境を凌ぐだけの英語力って、やっぱり必要。。彼に何でもおんぶにだっこじゃやり切れませんからね。 もうひとつ、国際遠距離恋愛から結婚に至るケースで大事なのは、ズバリ、経済的自立だと思います。ちょっとシビアな話だけど、ここは敢えて書いてしまいますね。結婚するにあたり、相手の経済力は重要なポイントだと思いますが、前述のとおり、遠距離のまま彼と一緒になる場合、自分自身も経済的自立は必要。 特に私のように晩婚を選んだ場合は、尚更だと思います。たとえどんなに彼が自分を愛してくれていても、国際遠距離恋愛って、基本的に彼の国と日本を繰り返す、「滞在」をベースにした恋愛ですから、相手を隅々まで理解した上で、晴れて結婚 ...というのは相当難しいと思うのです。 遠距離のまま、将来の財産管理まで相手としっかりと話し合いができるでしょうか?彼、ひいては相手の家族について、どこまで知ることができるのでしょう? それらは実際に「数年、一緒に『住んで』みないと」分からない と思うのです。しかも、私くらい晩婚ともなると、彼のもとに「身一つで」とはいかないでしょ?(泣)ほどなく自分の親の面倒について考えなくてはならなく、その都度、渡航を繰り返すことになるし、 自分のカラダ、そして彼の健康面。 人生なにが起きるかは分からないから。もちろん気持ちは若いのよ。 でも…体力は別だもの~(苦笑) 20~30歳代前半のピチピチ女性ならば、不測の事態あって日本への帰国を余儀なくされても、勤務先に困ることはないでしょうけど、歳が行くほど不利だと思いますし、仮にGC取得後、アメリカに残るにしても、ひとりであの高額な医療費や保険を支払い続けることは難しいはずです。結婚が遅いほど、若いうちに彼と一緒に生活設計し、シェアするものが多い訳ではないゆえ、基本的に自分で財産を作り、守ることは重要だと思います。若いみなさん、是非、今から貯蓄に励んでおくことをおススメいたします☆ そして、特にアメリカへ嫁ぐみなさま。 ゆくゆく医療費の問題は切実です...(汗) いやはや、2回に亘って結構シビアな話題。ビザの問題、経済的な自立について。どちらも敬遠されがちですが、恥を忍んで私自身の過去の汚点を暴露しつつ、国際遠距離恋愛を頑張る若い女性に気づいてもらいたいな...と、思うことを書きました。 早いもので、12月も2週目、いよいよクリスマス、そして年の瀬ですちょっと気忙しい時期、今週もバタバタですが...また近々書こうと思います。 書く気はマンマン、体力は 最近、朝はお布団から出るのに、かなり時間が掛かるんです~(汗)近況ですが、私、先週は「ノロウィルス」にやられまして...病院で点滴を受け、ここ1週間は固形物を口にできませんでした。 みなさまも、師走に向けてお身体を十分にご自愛くださいませ
Dec 10, 2007
思わぬところでレスポンスを頂いたので、今日はビザについて書こうと思います。思い切って、2部構成です。 (笑)正直なお話、これを書くことに躊躇いがありましたが、国際遠距離恋愛、そのなかでもアメリカ人男性とお付き合いする方にとって、この問題を避けてとおることはできないので、恥を忍んで(?!)書きますビザの問題って、成功事例を雄弁に語る人はあるようですが、失敗事例は表面化しない。 個人を特定されると問題があるからでしょうか?今回はあくまでも私個人の事実を書くまでですので、移民法について正確な情報は、移民弁護士などの専門機関、もしくは領事館へ確認ください。質問への回答についても、致しかねますので...どうぞご了承下さいませ さて、いきなり本題に入ります。私には入国拒否、その場で強制送還に遭った友人がおりまして、実は私もその場に居合わせていました。 また、私自身も別室送りにあった経験があります。 まず、友人のケース。それは、私が米国に駐在しているときに起きました。まだ9.11テロ以前のお話です。場所はオレゴン州ポートランド国際空港。日本からの直行便を利用、入国審査を受けるときに、私は彼女とは別のカウンターへと並びました。「じゃあ、あとで」と言葉を交わし、私は移民局係官といくつかやりとりし、スタンプをもらって通過。乗り換えがあるので、少し進んだ先で彼女を待っていましたが、一向に現われませんでした。不審に思い、彼女が並んでいたカウンターに目をやると、係官とのやりとりに苦慮している姿が見えました。と、その時。「ここで何をやっているんですか?」と声を掛けられた私。「いえ、別に...」と応えるのが精一杯、その係官に促され、その場を立ち去るほかありませんでした。 乗り継ぎ便のゲートで一人、彼女が来るのを待ちましたが...時間になっても姿はなく...結局、彼女はとなりのシートに座ることはありませんでした。 LAX到着。 一両日が経過し、ようやく何が起きたのかが分かりました。そう、強制送還。 彼女は私の仕事を視察するのが目的だったため、WVP(ビザ査証免除プログラム)で入国、数日滞在後、日本に帰国する予定でした。ところが、あの日、係官との受け答えに戸惑い、それが挙動不審と取られてそのまま別室へ。 数時間に及ぶ取調べの末、パスポートに「Refused」の赤いスタンプを押され、そのまま日本行きの便で返されたのです。英語が十分に話せなかった彼女は訳も分からず、泣いて訴えたそうですが…奥からは日系移民局係官がやって来て、日本語で質問攻めにあったそう。情け容赦など全くなかったらしいです。ビザを取得し、問題なく入国を果たした私と、視察を目的にWVPで入国しようとし、拒否された彼女。ずっと彼女にすまない気持ちでいっぱいでした。 そして、7~8年近くの歳月が経過。今年2007年、彼女は社員研修のため、アメリカ入国が必要となり、弁護士に相談し、B2ビザ(観光)取得を試みたようです。ご存知のとおり、9.11以降、WVPがある日本にとって、B1・2ビザ(商用・観光)はますます取得が難しく、却下されるケースが多いとか。特別な理由なくB2ビザを申請すると、かえって怪しまれるという話を聞いたことがあります。彼女の場合、社用での4泊6日滞在を証明するため、会社からの全面バックアップを受けて、何とかB2ビザ取得。 晴れて問題をクリアをしたようです。と、ここまでが友人のケースです。 そして、私自身の場合。 9.11直後、バケーションでシカゴ・オヘア国際空港を利用したときの話です。女性1人、10日間という予定での入国でしたが、あの日のトラウマが...。世界最大級のハブ空港。 長い列に並び、なるべくアジア人に紛れてカムフラージュを試みたのですが、運悪く、無愛想な女性係官に当たってしまいました。御多聞に洩れず、執拗なまでの質問攻めに遭いました。「なぜ、女性一人なんだ?」 「知り合いがいるんじゃないのか?」 「どこに滞在するんだ?」 怪しまれた原因は、パスポートに押された米国入国のスタンプが多すぎることと、不覚にもパスポートに「ソーシャル・セキュリティカード」を挟んでいたこと。 それでもあまり英語が話せないふりをしたのですが、詰められた挙げ句、何色か忘れましたが、札を持たされて「裏へ行きなさい。詳しく話を聞きます。」即、もう一人の係官を呼んで、別室に連行されました。前述の彼女の後日談同様、日系人係官が対応にあたったのですが、スーツケースを開けられ、さらには中身を全部出され...その係官は男性、周囲に数名の男性係官がいるなか、下着も女性用品も机に並べられました。 恥ずかしかったそれに辛かったですねぇ。。 ひとつひとつ手に取り、透かして見たり、弄ってみたり。ボデイチェックもそんな感じでした。ようやく解放されたのは、1~2時間後だったでしょうか。 こんな思いまでして旅行なんて、まっぴら御免。それ以降、3年以上はアメリカへは行きませんでした。 そして、今。ふと私は気付いたのです。今、こうして婚約ビザ取段階にあるわけだけど、私のような遠距離恋愛のまま婚約→結婚するパターンって、本当にたくさんの「備え」がいる、ということに。国際遠距離恋愛は通常、恋愛初期の燃え上がる期間ののち、離れ離れのまま一生涯のパートナーであるかどうかを見極め、お互いの行き来を続けて、順調に行けばプロポーズ。 そしてビザ取得後、海を越えての結婚生活スタートとなるはずです。つまり、彼とは結婚するまで「滞在」がベースであって、「生活する」という段階がないまま。ということは、せいぜい3ヶ月というビザの有効期限のなかで、寝食を共にしながら、パートナーとの一生を見極めなければなりません。そうです。 日常生活に恋愛期間がないまま、国際結婚。 ここがポイントだと思うのです。私は、国際恋愛期間中に見極めなければならないことが、大きく分けて2つあると思います。長くなったので、第2部へとつなぎます。
Dec 10, 2007
すっかりご無沙汰しております。ここまで期間をあけてしまうと、何から書くべきなのか…?という感じです(苦笑)11月下旬から指揮しているプロジェクトが本格化し、日帰り出張・会議が増えて帰宅が遅く(さらに~)、ホテル滞在もあって、なかなか皆さまのブログにも遊びに行けない状況が続いておりまして…少し遅くなってしまいましたが、前回の日記でみなさまから頂いたご意見・アドバイスに感謝しております。本当にありがとうございました。 ちょっと古い話になってしまいましたが、お母さまには11月最終週にお手紙を送り、私の意向をお伝えしました。今日は、その内容を忘れないためにも、手紙全文を載せます我が事ながら、自分が書いた英文を日本語訳しているので、文章に多少誤りがありますが、そこは…ぶはははっ ご了承下さいね。 (^^;)《 手紙全文 》 お義母さまへ素敵なお手紙を頂きまして、本当に嬉しく思っております。そして、8月にお伺いした際は素敵な時間を頂きまして、感謝致します。あの時は、仕事でお忙しいにも拘らず、時間を空けてくださったのではと推察しております。お料理もとても美味しかったです。さて、お義母さんからの手紙を受け取って以来、今でもそちらに伺うべきかどうか、迷っていました。しかしながら、おそらく最終的にK1ビザを取得するまでは、そちらに訪問するタイミングではないのかもしれません。ごめんなさい、今回は折角のお誘いですが、お受けすることは致しかねます。できれば、来年早々その機会を得たいと思っております。私のことをお考え下さいまして、ありがとうございました。 今の私の心境をありのままお話しさせてください。何故、ガリバーは私がKビザを取得することに同意してくれたのかをというと、何度もビザなしで渡米することはあまりにもリスクが大きく、これ以上、頻繁に訪問することを避けたいということを理解してくれたからです。(WVPでの入国は危険であるということ)実は私にはUSイミグレーションで入国拒否に遭った友人がいます。アメリカの法律上、彼女はそれ以降、約10年間に亘ってグアム準州やハワイはおろか、アメリカ本土への入国を許されていません。 今もなおで大変恐ろしいことです。それゆえ、私はビザを取得するまでは、どうしてもそれら大きなリスクを避けたかった。なぜなら私の唯一の願い、それはお義母さんに近々お会いし、そして、ガリバーとともに幸せな人生を分かち合うことだからです。一度手紙を拝見したとき、私はお義母さんが彼を元気づけたいと思っていらっしゃることを理解しました。ここ日本にいる私ですら、最近、彼の気持ちの中にいくらか余裕を与えるべきだと気づいています。 それゆえ、決意を固めるまでに幾日かを要さずにはいられませんでした。もしも出したこの結論が、お義母さまを悲しませたのならば、どうぞお許し下さい。 加えて、私は未だにもう一つのことについて心配しています。それはお義母さんのお身体についてです。私たち、ガリバーと私は毎回の会話の中でお義母さんの健康状態について話しています。ガリバーは本当にそれを心配しており、いつも私にそう話してくれます。私はお義母さんがいつもお仕事をしていらっしゃることを知っています。その事実は、私を動揺させ、もしも今、私がそこにいたらお義母さんをヘルプすることが出来るのに、と思うのです。そう思うと、たった2-3日でも来月にそちらに行くべきかもしれないと思ったのですが…ごめんなさい、お義母さんを手伝うことができなくて。 然しながら、来年早々、私がそちらに移住することは明らかな事実です。どうか、私にあと数ヶ月、時間をください。すでに私は会社の上司に、日本領事館から面接の連絡が着たら会社を離れることを説得しました。もう少しです。 どうかご了承下さいませ。 私の両親も来年早々、ガリバーに会うことを望んでいます。それはまさしくお互いをよりよく知る絶好の機会になる筈です。私の父はガリバーが日本に来たとき、英会話の本を使って、会話を楽しんでいました。私の母も先週末、電話で彼に「Hi」を言うことをトライしていました。母はガリバーだけでなくお義母さんに近々会えることを楽しみにしていると言っています。よろしければですが、いかがでしょう? 早速、来年の春にはお会いしませんか?もちろん、私はその準備を喜んでさせて頂きます。 是非、お返事をお聞かせ下さい。最後になりましたが、手紙を書く時間を取って下さり、本当に有難うございました。ここ日本から何か出来ることがあれば、いつでもお知らせ下さいませ。来年もお義母さまにとって、幸せで素晴らしい年でありますように。2007年11月25日Blueより
Dec 9, 2007

近日更新する予定です。。コメントを下さった方、返信が遅くなり本当にゴメンナサイ
Dec 4, 2007
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