2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全26件 (26件中 1-26件目)
1
円周率は「3.14」でした、わたしが小学生の頃は。姪っ子が小学生のとき、「3」になりました。「円周率は、どこまで知っている?」と、小学5年生の夏休み、姪に尋ねられたことがあります。ママの弟さんは「たくさん知っているんだ」そうです。姪に教えられました。それを耳にした義姉の弟さんは、こちらを振り返るや否や、「3.14159 26535 89793 23846 26433 83279 50288 …」普段どおりの表情で、そらんじてくれたのでした。うわっ、すごい!お通夜会場に喪服姿では、違和感を覚える円周率だったのですけど。そんな場所で、どうして急に、姪が円周率のことを尋ねたのか……、「3」に簡略化された円周率が、なぜ、ふたたび「3.14」に戻されたのか……、そんなことを、先ほど思い出しながら、別ブログに記事を書いていたのが、23時半頃でした。と、リビングから、「円周率が、3.14に……」声が。聞こえてきたのです、男性の声でした。ええ、NHKのアナウンサーが、話していたのです。なぜ、今夜、ふと、円周率のことを思い出し、あの日のことをつづっていたのかわかりませんが、もっと、わからないのは、なぜ、こんな夜更けになって、特別、新しいニュースでもない円周率のニュースを流すのか、そして、書いている最中に、そのニュースを聞くことになったのか、ものすごいシンクロニシティを実感して、ふしぎな気持ちになるのでした。* * *ま、ともあれ、よい機会なので、語呂合わせの覚え方を、引用させていただきましょう。『Wikipediaより』産医師異国に向かう 産後厄なく 産婦みやしろに 虫散々闇に鳴く 3.14159265 358979 3238462 643383279 (30桁) 千桁の覚え方と英語の覚え方
2008.06.30
コメント(2)
![]()
さぁ、寝よう、でも、その前に~、テレビのチャンネルを一巡させたところ、目にとまってしまったのが、イギリス(BBC)のドラマ。第3章まで通しで放映していたのを、ラストまで見てしまいました。そのドラマは、ジェーン・オースティンの『Sense and Sensibility』、邦題は『分別と多感』。分別のある長女エリノアと、多感な次女マリアンヌの結婚をめぐる物語です。婚約を交わそうか、という親しい時期にもかかわらず、姉妹それぞれのお相手は別の女性と婚約してしまい、結婚するなら財産ある人と、という時代的図式が成り立って、姉妹は失恋、でも、ラストはハッピーエンド、という展開に、ヤキモキしました(~~; 少し前に話題になった映画では『いつか晴れた日に~分別と多感~』のタイトルでしたね。感情移入しながら、夜中に、19世紀のイギリスにワープしてしまったので、なかなか寝つけず、帰還するのに時間を要しました。朝方まで見た夢は、BBCのドラマ情報を処理をするものではなく、まったくちがう、めちゃめちゃ現実的な内容で、舞台は現代日本、だったのですけど、こちらも、また、ドラマ仕立てなのでした。
2008.06.29
コメント(6)

今日の『美の壺』は、暖簾(のれん)について。江戸初期からはじまったと言われる日本独特の風習、暖簾は、日本家屋に、似合う生活アートですね。白の暖簾が象徴するのは、お菓子屋さん、薬屋さん。藍は、食品店、呉服屋さん。茶は、お茶屋さん、料亭。言われてみれば、という気がします。暖簾を見るポイントのひとつだそうですから、記憶に留めておきましょう。京都の町に、暖簾は、絵になりますね。金沢の町も、似合うのですが、かなわないなぁ~、と思っちゃいます。でも、金沢、能登、富山西部のみに伝わる、独特な風習がありました。5月にもブログでご紹介しましたが、そう、あの加賀友禅の艶やかな「花嫁のれん」です。番組後半でも、家族の絆をつなぐ暖簾として、「花嫁のれん」が登場しました。連休中、七尾市の商店街を取材していたら、NHK『美の壺』クルーが、町会長さん宅で撮影しているところに遭遇。なめるように、上から下から撮っていたので、どんな風に放送されるのか、楽しみにしていました。暖簾に描かれたモチーフの意味にまでは、触れる時間がなかったようですね。その分、加賀友禅作家さんの創作現場に迫り、彼女の現代的な「創作のれん」に込めた想いを、クローズアップしていました。薔薇に棘を描いた意味深い「花嫁のれん」(町会長さん宅)取材も殺到する花嫁道中醤油店女将さんの手作り「花嫁のれん」(左奥)今日もこちらのお醤油をいただきましたどの「花嫁のれん」にも、親の想いが込められているのですよね。残念ながら、この頃は、形骸化しつつある風習です。日本家屋から洋風建築に建て替えられるようになった戦後あたりから、暖簾をめぐる風景も、変わり始めたのでしょうね。さてさて、撮りためた膨大な写真をどうしようかな、と番組を見終えて頭をめぐるのでした。
2008.06.27
コメント(10)
![]()
創作した絵本の世界にウソ偽りなく暮らして、生活をアートに、人生を芸術に昇華した女性といえば、アメリカの絵本作家、ターシャ・テューダーさん。先ごろ、6月18日、92歳で永眠された、という報に触れ、ご著書を読み返して、偲んでおります。『思うとおりに歩めばいいのよ』87歳のときに編まれた、この言葉の宝石箱を手にしたのは、発売された2002年。あれから続編がぞくぞくと世に出て、書店の一角がお花畑のように華やかになったのを、思い出します。ヴァーモント州にあるお宅の広大なお庭では、散策ツアーが企画実施されているそうですが、これから、ますます多くの方々が訪れて、にぎわうのでしょうね。いつかチャンスがあれば、実物の世界におじゃましてみたい気がしますけど、本の扉を開けば、いつでも、ワープできますから、太い筋が通ったターシャ・テューダーさんに、いつでもお会いできますね。今しがたもお会いして、勇気をいただいて、帰ってきたところです。美しい花々の香りをかいで、ワンちゃんたちと戯れて、静かに寛ぐ、素敵な時間でした。いちばんお好きだったという絵本
2008.06.27
コメント(6)

小人シリーズの彩色で、多用使いするのは、紅色です。赤、よりも自然を感じる、心惹かれる色ですが、社会生活を彩るのは、赤、という、赤ばかり。紅色のモノは、あまり見ることがないように思います。けれど、お花の世界には、よく見かけます。いずれは、お店で捨てられてしまう切り花を、あえて買って、愛でるのでした。名も無き紅薔薇さん。
2008.06.26
コメント(6)
![]()
あるとき、ふっと、思い立って、ブログにサブタイトルをつけ加えたのは、ブックガイド中心だったはずの内容が、銅版画をはじめとする生活アート中心になっていたからですが、先日、サブタイトルとおんなじタイトルの本が存在することを知りました。 『生活はアート』は、12年前に書かれたものです。でも、新鮮。在日20年あまりのフランス人パトリス・ジュリアンさんは、食やライフスタイルを提言する方として、ずっと前から有名だったのですね。この本で、ほぼ、はじめて知った、という有様ですが、フランスでは、生活をアートにすることが、あたり前の感覚だそうで、目にとまるものに気を配り、日々を丁寧に暮らしていらっしゃるのが伝わります。「生活はアートだ」と思うのです。そう、思いながらも、相反するところがあります。目にあまる、この雑然としたデスク周りを、なんとしよう……。ええ、でも、これで、いいのかもしれません。先月、人からいただいたカモミールが、先ごろ、盛りを過ぎて枯れてしまったので、土ごと処分しようとしたところ、いっしょにくっついてきたらしい雑草が、いつのまにか芽を出し、勝手に育っていたことに気がつきました。なんの葉っぱか。どんなお花が咲くのでしょう。ドクダミの花かな?その子の成長ぶりを想像しながら、カモミールだけサヨナラして、プランターはおなじ状態にしておきました。デスク周りの雑然とした物たちも、もしかすると、予期せぬなにかを芽生えはじめ、なにかを育ててくれるかもしれませんし。と、自分に言い聞かせて、『いんげん豆がおしえてくれたこと』を、ひきつづき読みながら、日々のことを、思いめぐらせています。
2008.06.24
コメント(6)
最近、とても眠いのですが、まとまった睡眠ではなく、細ぎれ睡眠が多くなっているためか、見る夢は、ドタバタ劇のように場面転換しています。昨夜は、十数種類ぐらい、内容が変わりました。そのなかで、2度ほど、胸にじ~んと響くような感情を覚えるシーンがあって、涙ぐみそうになった経験は、夢の中とはいえ、初めてのような気がしました。前に見た夢と、同じ構造のマンションが登場したので、これも、気になるのでした。「あなたの日記を、もし……」と、女性にささやかれた場面では、「え? 日記? 誰の?」聞き返しているうちに、 夢の世界からはがされるように、現実に戻ってきてしまったので、言いかけられた言葉が、気になってたまりませぬ、のです。しばらく、ブログの更新をゆるやかにしようか、と思っていた矢先なのに、また、更新してしまうのでした。
2008.06.19
コメント(8)

「ピンチはチャンス」、といいますが、すべてのピンチには意味があって、チャンスにするための気づきを孕んでいるのです、気づいてちょうだいよ、気づけば、もっとよりよくなるんだから~、と、ピンチの状況が、チャンスに向かって、叫んでいるんじゃないのかなぁ、たまたま、開いたページで「ピンチはチャンス」という言葉が目にとまり、今日は、この言葉が、頭に渦巻きました。「より感動するための演出効果」、と、わたしは、翻訳して、とらえています。タイガー・ウッズも、上田桃子さんも、ピンチからチャンスに転換したことで、魂がふるえるほど喜ぶことができ、感動がギャラリーに伝わって、歓声を沸かせたんじゃないですか。怪我の功名、というステキな言葉もございますしね。どんな演出効果があるのか、ドラマを楽しんじゃえばいいのです。
2008.06.17
コメント(6)
USオープンのゴルフ中継に、早朝から、釘付けになりました。昨日の18番ホールでは、極限状態のタイガー・ウッズが、トップに並ぶバーディを決めたシーンで、鳥肌が立ちそうになりました。心臓の強さと技術の確かさに、感動を覚えましたが、今朝も、18番ホールでトップに並ぶシーンが再現されまして、世界トップに君臨しているウッズの底力を見せつけられました。延長されたプレイオフ7番ホールで、ついに決着をつけたウッズが、メージャー3つを達成するという、「トリプル・グランドスラム」の栄光を手につかみ、伝説のジャック・ニクラウスの記録に並ぶ大偉業を成したことから、ギャラリーたちも、お祭り騒ぎのように盛り上がっていました。この「グランドスラム」というワードは、カード・ゲームのブリッジからきているのですね。コントラクト・ブリッジでは、13トリックすべて取る、と宣言し、実際、すべてを取ったときに、「グランドスラム」を達成したと言います。ものすごいボーナス点が加算されるので、宣言するかどうか、達成できるかどうかの判断とプレイの緻密さは、不可欠となります。ちなみに、12トリック取る、と宣言し、達成したときは、「スモールスラム」と言います。取るか取らないかは、雲泥の差。ミスショットを重ねても踏ん張る、堪える、小さく刻む、我慢のシーンも、印象的でしたし、うまくいっているときも、けっして高揚しすぎず、自分をコントロールして、確実に決める、平常心でプレイできるようになれたら、と思うのでした。
2008.06.17
コメント(4)

甥っ子が、ふいに言い出しました。人には見えないものが見えるんだ、と。え~!!? どんなの?姪とわたしは、興味津々です。運動会のときに、超、いたよ。どんなものが? なにやら説明してくれるのですが、甥っ子の表現では、よく、わかりません。プラーナとか、オーブとか、称されている、目に見えない気みたいなものを見たのかな、と想像するばかりです。人の目に見えないもの、耳に聞こえないものは、世の中にいっぱいあるんだよ、という、おおざっぱな説明をして、ふしぎ話をしめくくりました。「擬似ママ」を終え、ネックレスをはずして金具を留めようとしたとき、金具が、蛍光灯を反射して、キラキラと光りました、その光は、上下に伸びています。鎖、ひとつひとつが、細かな光を放っています。芸術的な美しさだったので、しばらく魅入ってしまいました。と、ネックレスをつまんでいる両手からも、光が出ていることに気が付きました。えっっっ?よ~く見てみると、指先からなにかが、シューシューと、激しくでています。眼鏡が曇っているのか、と思いましたが、視界はクリアで、手を包む自分のオーラ(生体エネルギー)を、色つきで、見ていたのですね。見ようとしなくても、ふいに見えてしまうものや、ときが、あるらしく、ふいに見てしまう時代に突入したのか、と思うのでした。姪と甥に言ったことが、自分に反射して戻ってきたのかもしれない、と思うと、言霊力は偉大だ、と感心いたします。
2008.06.16
コメント(10)
![]()
木の上の「チャイルドハウス」を楽しむために、父が古書店で見つけてきた本です。『冒険図鑑』の名の通り、丁寧なイラストをふんだんに取り入れながら、野外ライフの楽しみ方を、くわしく説明しています。アウトドアに興味がなくても、見ていて飽きない、たのし~い本です。
2008.06.15
コメント(2)

うちの父は、たのしい人です。精神レベルは、甥っ子と、似たり寄ったりでしょうか。父の発案で、実家のジャングルに、突如、こんなものが登場したのです。「ああ、チャイルドハウスでしょ」姪にも、すっかりお馴染みなのでした。「擬似ママ」初日、夕暮れどきになって、甥っ子が父を呼びつけ、わたしをその場所へ、案内してくれました。といっても、実家とは隣接しているので、玄関を開けたら、すぐ目の前なのですけど。「チャイルドハウス」!ジャングルの一角に立つ木には、手作りの看板が、付けられているんです。父と甥の合作だそうです。なんだか、たのしいな~。では、初公開です。逆光ですけど、得意気にピースをしています元気な、甥っ子。子ども1人なら、だいじょうぶ。いえ、2人乗っても、だいじょうぶ(~~)遊び友達の父と甥!木に縄でしっかりと結わいてあるので、思ったよりも、頑丈です。定員は3名。でも、お友だち同伴は、禁止。登るときは、軍手着用。注意事項を確認し、次はどうする、今度はいつ手がける、など、相談した後、猿も木から下りてきました。あ、猿のように、でした(~~)サルスベリの木かな?カエデの木かな?この2人、夏には、白山登山をするらしいのです。父は、サッカー少年の甥っ子を先導するために、毎日、金沢の坂道を歩いて、練習しているということでした。義姉方の父は、当初、参加の予定でしたが、自信がないから、パス、となったそうです。「一緒にどう?」父に誘われましたが、パス!ですね。「登らないの~? 一緒に登ろうよ」甥っ子から「魔法の言葉」が飛び出したら……、いや~、白山登山は、カンベンですわよ。
2008.06.15
コメント(4)

兄にフリーデイをプレゼントしたので、ひさしぶりに、お泊り付「擬似ママ」となりました。炊飯器でつくった、アップル&ラズベリー入りの超簡単ケーキ昨日、帰るつもりだったのですが、甥の魔法のひと言で、予定が1日延びました。今朝も、その魔法にかかりまして、姪の演奏会デビューを観に行くことに。1年生になって、まだ2ヶ月たらずで、もう演奏ができるのですね。びっくりです。いや~、見事な演奏! 70名強の部員を抱える優秀な吹奏楽部なのだそうです。甥は、金沢で、サッカーの試合です。こちらは、兄が応援団。昨日は、その練習があったので、ボールを抱えて、出かけて行きました。姪も、演奏会の準備があるというので、朝から出て行きました。土・日もなく、子どもたちは、忙しく過ごしていますが、夢中になれるものに出会えて、幸せですね。
2008.06.15
コメント(4)
友人と待ち合わせて、どこかでお茶しながら、あれこれと、お話に興じることは、ほとんどありません。年に数回、いや、2、3回、あるかしら……?という生活です。近所に、そういうお友だちがいない、というだけのことかもしれませんが、会って話せば、時を忘れて話しこむことも、あります。(限られた人ですが)会わずに、電話で2、3時間ほど話しこむことも、年に数えるぐらいのことです。で、今日がその日となりました。半年ぶりのお電話でしたが、なんということでしょう。午前11時頃かかってきた電話で、午後1時半まで、ぶっとおしで話し、それぞれランチブレイクをとって、午後2時半から、再開。気づけば、夕方5時まで話していた、という超長電話ぶり。幸い、お互い、おなじ電話会社に加入しているので、どれだけ話しても、定額です。やれやれ。話題は多岐にわたるわけですが、いつものごとく、オラクル・カード占いをしてさしあげることとなりました。「霊能者さんのおっしゃることと、おんなじで、ものすごく、当たる!」と毎回、彼女には、大評判なのですよね。昨秋は、「New Location」が出たので、転勤か、引越しか、通院先の変更か……、と、心当たりを探したそうなのですが、年が明けても、なんの変化も見られない。ですが、今春、すべて同時期にまとめて起こったそうなのです。そんなカードのことは、すっかり忘れていましたが、慌しい春が過ぎて、ようやく落ち着いたので、ご報告がてら、お電話をくださったというわけです。今日は、気分にまかせて、2種類のカードをめくってみたところ、どうしても、つながらないカードが出てしまいました。首をひねりつつ、お話していたら、ピンと来たことがあったので、カードの内容を伝えたところ、実は、と心の中の秘密事項に直撃していたことが、発覚しました。「当たりすぎて、おそろしいわ、なにも隠せない」と言わせる有様です。その内容は、魂の記憶に近いものに思われました。と同時に、わたしに、別の直感が走っていきます。きっと、過去には、同時期に、フランスあたりにいたような……。従姉妹か親友の間柄で、毎日のように上質な舞台や音楽を楽しみ、ともにブリッジを楽しんでいたような……。そんな気がしてきました。後年は、修道院に身を投じ、キリスト教に人生を捧げていたような……。お若いのにバリバリの仏教徒、ですが、イエス様を敬愛している姿は、イメージに、ぴったりなのです。ヨーロッパの教会を訪ねることが大好きだから腑に落ちるわ、と笑っていました。長電話は、妄想をかきたて、空想に遊ばせ、イメージ像をふくらませてくれ、思わぬ歴史的ドラマを構築してくれるものですから、久しぶりに時を忘れて、数時間も話しこんでしまうのでした。
2008.06.12
コメント(6)
アメリカは「ポーカー」が作った、といっても、過言ではない、というのは、『トランプものがたり』(松田道弘著:岩波新書'79)の説です。ポーカー用語が、日常的に言葉に入り込んでいることも、アメリカの歴史に「ポーカー」が深く関わっていた証なわけですね。ブリッジの元は、「ホイスト」という切り札遊びだったように、ポーカにも、「アス」という原型があったのでした。* * * 「アス」 * * *1組20枚あります。(ライオン、キング、兵士、貴婦人、踊り子の5種類の絵カードが各4枚ずつ)4人のプレイヤーに、5枚ずつカードを配ります。役の組み合わせは、5種類。(1)フォーズ(フォー・オブ・ア・カインド)(2)フルズ(フルハウス)(3)トリップス(スリー・カーズ)(4)ツー・ペアズ (5)ペアズカードは交換できないので、相手の顔色と相手の賭け方を見て、手を判断する、ブラフ(bluff)が大切なテクニック。* * * * * *初期の「ポーカー」(1850年以降)は、この「アス」の絵札を、AKQJ10におきかえて、プレーされたのだそうです。1組52枚のカードが使われるようになったのは、1830年代の終わり頃。ニューオリンズから、スチーム・ボートとともに、ミシシッピ川をさかのぼって、半世紀のあいだに、全米に広まっていったといいます。1848年、ゴールド・ラッシュがはじまると、人々は、カリフォルニアに向かいましたが、そこでは、成金たちが「ポーカー」で賭けを楽しんでいたのですね。その頃、「フラッシュ」が、取り込まれるようになり、それからしばらく経った後、「ストレート」が役に加わることになったそうです。南北戦争(1860-65)では、カードの交換を行わないルール(スタッド・ポーカー)が一般化。1872年、アメリカ人の軍人が、ロンドンの社交界で、有名な公爵夫人に披露したことから、興味をもたれ、ルールがはじめて活字化へ。1929年からの不況時代に、「ポーカー」は全盛期を迎え、あらゆる階層の方々によって、賭け付の遊びが行われたそうです。第二次世界大戦中も、例外なく。戦争のあいまに「ポーカー」だったのでしょうか。歴代の大統領も、勇気と決断を象徴する「ポーカー」の勝負を好んでいたのだ、と。ふむ……。「ワンペア」「ツーペア」「スリーカード」~、「ロイヤル・ストレート・フラッシュ」~、と歌詞では、聴いたことがありますが、わたしには、「ポーカー」の遊び方が、いまいち、わかりません。どんなゲームなのでしょう?→「ポーカー」の基本→「ポーカー」の種類とルールいつの時代も、「ポーカー」には、賭け、が付き物なのですね。賭け方、遊び方が、いろいろとあって、途中から読むのが、面倒になってきました(~~;「勇気と決断」のアメリカが、「ポーカー」なら、日本は、「チルドレンズ・ゲームの大国」として、賭け事どころか、子どもの水準に合わせてルールを変更して、戯れ事を好む文化だそうですから、「勇気と決断」の賭け事には、弱腰になりがちなのですね~。「ポーカー」では、カードを交換する際、運に左右されますし、相手の顔色をうかがって、相手の手を予想する上、その判断で、賭けが成功するか否かが決まるわけですから、真剣勝負ですね。人に悟られぬよう、平然とした顔でいなければならないことから、「ポーカーフェイス」という表現が生まれた理由が、わかります。「ポーカー」の遊びを知らなくても、普通に使っていることに、今さらながら、「ポーカー」の影響力を、感じるのでした。そういえば、映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』の後半に、ラスベガスのカジノで、豪快な賭けをしかける若いお金持ちの女性が、大勝ちして、お金を巻き上げるシーンが、登場します。非常に印象的だったので、以前、ブログにも、書いたことがありましたが、カジノで賭けを楽しむ文化も、元をたどれば、「ポーカー」とともに歩んだアメリカの歴史の産物だったのですね。
2008.06.11
コメント(4)
![]()
ブリッジが今のような形に定着したのは、アメリカに渡って改良された、1925年。1930年代は、ブリッジが大流行した時代で、コントラクト・ブリッジの興隆期が、ミステリーの黄金時代にあたることから、当時のミステリー小説には、ひんぱんに、ブリッジの場面が描かれたようです。なかでも、有名なのは、アガサ・クリスティーですね。『ひらいたトランプ』、『動く指』、『エッジウェア卿の死』、『教会で死んだ男』、『茶色の服の男』、『七つの時計』などに、流行のブリッジを取り入れたようです。 実は、アガサ・クリスティーのミステリー小説は、この歳になって初体験です(~~;ブリッジをたしなむ機会がなければ、読むご縁もなさそうでしたが、ようやくめぐり合った、という状況を迎え、ぼちぼちと、読みすすめているところです。* * *「ブリッジは人類が発明したもっとも知的なゲームだ」と表現したのは、イギリスの文豪サマセット・モームです。この言葉は、ブリッジ愛好家のあいだで、あまりにも有名ですが、モームが人との交流を好ましく思わない方だったとは、あまり知られていないかもしれません。ブリッジは、社交的なゲームですけど、カードを通じてコミュニケーションを図るので、親しく話す必要は、ないんですよね。モームは、ブリッジが行われると、パーティにも積極的に参加したのだそうです。『お菓子とビール』、『サナトリウム』、『三人のふとった女』には、ブリッジのことが織り込まれているようで、モームが、ブリッジにどれほどの情熱を注いでいたのか、物語を通じて、うかがえそうです。 そのほかにも、ブリッジが描かれる物語は、いろいろ、あります。パトリック・クェンティン『死を招く航海』。ヘレン・マクロイ『ひとりで歩く女』。ジョルジュ・シムノン『メグレの途中下車』。イアン・フレミング『007/ムーンレイカー』。『チャーリーとチョコレート工場』で知られる、ロアルド・ダールの短編集『あなたに似た人』のなかの『いとしの鳩よ、わが妻よ』。日本では、竹本健治『トランプ殺人事件』。 ブリッジシーンが登場する映画もあります。『虹をつかむ男』。『レディ・イヴ』。『眼下の敵』。『80日間世界一周』。など。 プレイするだけでなく、ブリッジを扱った物語に浸ってみると、楽しみが倍増しそうです。
2008.06.10
コメント(4)
ブリッジの元といわれる「ホイスト」とは、どんなカード・ゲームだったのでしょう。『トランプものがたり』(松田道弘著:岩波新書'79)に書かれていました。* * * 「ホイスト」の遊び方 * * *52枚のカードを、4人に配ります。1人の手元に13枚が渡ります。向かいあった2人がパートナーとなり、隣り合った2人とペアで対戦します。カードの強さは、Aが一番、次がK、Q、J、10……2。切り札の決め方は、ディーラー(カードを配る人)が、全員に配り終えて、最後のカードを表向きにしたときのスーツ(スペードなどの印)が、切り札となります。最初に1枚出して(オープニング・リード)、ゲームをはじめるのは、ディーラーの隣の人。他のプレイヤーは、同じスーツをフォローして、なければ切り札でトランプする(勝つ)か、ディスカードし(捨て)ます。一番強いカードの人が、この回(トリック)をとり、次のカードを出します。13トリック(13巡)したら、ゲームは終了。6トリックとることを「ブック」といい、それ以上多くとったら、ポイントとなります。* * * * * *う~ん、面影がありますね。切り札を使うゲームは、いろいろとありますが、コントラクト・ブリッジの子ども版、ミニ・ブリッジを、より簡素化したような感じです。「ホイスト」は、イギリスの上流社会にふさわしいゲームではないと思われていたため、当初は、それほど普及しなかったのですが、1742年に『ホイスト小論』という本がベストセラーとなったことから、一大ブームが巻き起こったそうです。そうして、あっという間に、上流社会でもプレイされるようになった、とのこと。1743年には、「ユーモア・オブ・ホイスト」という笑劇が上演されるほどの人気ぶり。舞台化されるということは、それだけ広く浸透していた、ということが、わかります。ホイルさんが考案した「ホイスト」に関する書籍『ホイルのゲーム』は、17版を重ねて読み継がれ、類書も、どんどん出版されていきました。1862年以来、版を重ねた『キャバンディッシュ・オン・ホイスト』では、ゲームの規則や、エチケット面が、細かく、厳しくルール化されていたそうです。プレイの場を提供していたクラブが、あまりにも独裁的な権威をふりまいたために、それまで広く楽しまれていた「ホイスト」の人気は衰え、20世紀のはじめになると、すっかり息絶えてしまったようです。「ホイスト」は、それまでに、十数種類にも、プレイ形態が枝分かれしていたらしいので、そこに、現在にも通じるブリッジの要素が、たとえば、ビッド(切り札を決めるせり合いのオークション)や、ダミー公開(トリックを宣言した人のパートナーは、プレイせずに全カードを公開する)、などなど、新たに加えられて、コントラクト・ブリッジの原型が作られていったそうです。19世紀の終わりから、20世紀始めにかけての出来事でした。
2008.06.10
コメント(4)
![]()
「決断するときは、たとえ危険でも、単純で、簡単な方法を選ぶ」将棋のことは、ちんぷんかんぷんですが、棋士・羽生善治さんのお言葉に、共感を覚えることも多々ありました。興味深かったのは、大局観(全体を眺めて状況判断をし、本質を見抜く力)を、しっかりと築くためには、その思考の基盤となる、勘・直感力が大切で、直感力の元になる感性を磨くことが欠かせない、とおっしゃる点です。ぎりぎりの状況で力を発揮するには、大局観と感性のバランスが決め手となり、そのためにも、ふだんから、読書をしたり、音楽を聴いたり、人と会ったりして、得た刺激で、感性を研ぎ澄ましているといいます。決断を迫られる場面などで、思いがけず、身を助けてくれるのですね。感性といえば、数学こそ、感性が求められる分野である、というのも、印象深いお話です。数学は、緻密なロジックで構成された論理的な学問、と思いがちですが、高度に感覚的な学問であり、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞受賞者の小平邦彦氏は、そのことを、「数覚」と表現されたそうです。将棋も、数学のように、空間に補助線を引いて考えられるかどうか、その閃きがあるかないか、が、分かれ目らしく、「数覚」も、日ごろからの感性づくりが、大本になっているというわけです。ブリッジにも、通じるように思いました。数字のカードを扱うだけに、「数覚」は、なくてはならないでしょうね。将棋は、駒を通しての対話であり、お互いの一手一手に嘘はない、と述べられているところなどは、そうそう、と合の手を入れたくなりました。ブリッジでは、プレイの前に、オークションといって、切り札を用いてプレイするかしないか、あるいは、トリックをいくつ取るのか、と宣言する、せりあいを行いますが、その際、パートナーや、オポーネントに、自分の手の内を、正しく公表しなければならず、カードで情報のやりとりするのは、対話の感覚になります。プレイ中にも、このカードで来て、とカモンのサインを送ったり、それは嫌よ来ないで、と意思表示をしたり、しょっちゅう会話をするのです。将棋とブリッジは、似ているところが、たくさんありそうです。入り込んだら出口がない、という狂的な奥深さも、共感を覚えました。共感?超初心者のわたしにとっては、想像できる、の方が、合っているかもしれません。
2008.06.09
コメント(4)
![]()
図書館で目にとまったので、とりあえず借りてきました。美術書の棚に並んでいた豪華な本です。黄金時代の挿絵画家たちアーサー・ラッカムの挿絵で『リップ・ヴァン・ウインクル』が出版された1905年から、第一次大戦が終わる1918年までの10年間を、イギリスでは、「挿絵の黄金時代」、「ブックス・ビューティフル時代」と呼び、子どもだけでなく、大人向けの豪華本として、クリスマスなどのギフト用、応接間本用に、贅沢な挿絵本が、経済力のある方々のあいだで、親しまれていたのだそうです。分厚い1冊の中には、イギリス挿絵美術の系譜を担った当時の挿絵画家たちのことが、(黄金時代の先人であるヴィクトリア時代の方々や、兄弟系列にあたるアメリカの挿絵画家、そして、黄金時代に活躍した多くの画家たちについて)絵とともに、簡易に紹介されていました。見たことあるような、ないような挿絵のタッチを、ただ、眺めているのですが、日本の挿絵本は、あまりにも、子ども向け、という趣が強いように思われて、イギリスの物語(「ピーターラビット」や「不思議の国のアリス」など)が、根強いロングセラーである理由が、じわじわと伝わってくるのです。子どもの頃、子ども扱いされたことを侮辱に感じた、という話を、ある芸術家から、聞いたことがありますけれど、子どもに見えても、すでに、大人の嗜好を持っていることがあるように、外見は大人でも、子ども心を、持ち続けているのだということを、忘れてはいけないのだわ、と思うのでした。
2008.06.09
コメント(6)
ナッツ入りのチョコが、むしょうに食べたくなるときがあります。でも、アメリカのチョコレートは、人工的な甘さが強くて、食べられません。日本のチョコレートも、あまり、口に合いません。もちろん、いただきますけど、さらっとしすぎていて、好みではありませんどちらかというと、ヨーロッパのチョコレートが、合うようです。スイスとか、ベルギーとか、甘すぎないタイプのものを、試してみたりしますが、やはり、この子には、勝てないなぁ、と思うのでした。この子、というのは、みなさんも、ご存知の、輸入品を扱うスーパーなどで、比較的、手に入りやすいお手ごろ価格のチョコのことです。ラファエロT-3アーモンドをココナッツミルクのチョコで包み、それをウエハースで覆って、さらに、ココナッツでコーティングされているもの。この、たまらなく見事な味と食感のハーモニーが、3粒120円ぐらいで手に入るのですから、ありがたい。取り扱っているお店に立ち寄ると、棚をのぞいて、2つか3つ、かごに入れてしまいます。しかし、おなじような好みの方が、ご近所にいるようで、入荷された直後でも、ごっそり減っていることが多く、がっかりすることがあります。次の入荷がなかなか、されないのですよね。ああ、大人買いしておけばよかった~、と、後悔することも、しばしばですから、うちの家族も、見つけたら、買ってきてくれるようになりました。「ラファエロ」というタイトルですから、イタリアのチョコ。楽天ショップの宣伝にも、そう表示されています。実物を見ると、原産国はベルギー、とされているのですけど?ま、どちらでもかまいませんが、ココナッツの食感に魅了されて、ついつい食べ過ぎないように、今日も、仕入れたばかりのチョコの美味しさを、味わっております。
2008.06.08
コメント(4)

先週末は、ブリッジの富山リジョナル大会でした。今夜は、隔週で開かれる、地元のブリッジ・デイにあたります。ひさしぶりに参加して、ベテランさんたちと、チーム戦を楽しみました。たぶん、年に何度もないことだと思うのですが、世界で同時に同じハンドパターンに取り組む日だったのです。これは、めったにないチャンスのときです。プレイの後には、お得な品が、付いてくるからです。全パターンを解説した小冊子、すべて英語です(~~)今夜のおまけは、解説書だけでは、ありませんでした。先週2日間の全ハンド・パターンを比較する一覧表が、手元にやってきたのです。左が、世界同時大会の解説小冊子。その下が、富山大会の比較表。どのペアが、どんなプレイをして、何ポイント獲得したのかが、わかるようになっています。ブリッジは、テーブルを囲んで、N(北)S(南)ペアと、E(東)W(西)ペアが、対戦しますが、同じプレイをしたNS同士、EW同士の相対評価で、ポイントを重ねるゲームなのですね。試合を振り返る参考資料として、この一覧表は、初心者のわたしにとって、とても大切に思えます。七転び八起き用に、きっちりとした資料がいただけるのですから、参加してよかったです。
2008.06.07
コメント(4)

富山県では、4月から、主要スーパーとクリーニング店33社で、レジ袋の有料化がはじまりました。1カ月経って、その効果は、というと、レジ袋882万枚削減。石油に換算すると、200リットルのドラム缶810本分の削減にあたるそう。マイバッグ持参率は、平均で93%!!!すばらしく、まじめな県民性ですね。この調子で、マイバッグを促進しようと、今後は、ドラッグストアでも、コンビニでも、有料化をすすめていく方針だとか。夏には、マイバッグコンテストも開催されるそうです。* * *わたしも、ご存知のとおり、銅版画をプリントしたエコ・バッグを愛用しています。パン屋さんでも、クリーニング屋さんでも、重宝しています。ちょっとしたお礼に、ミニ・エコ・バッグを贈ることがありますが、ご時世ですから、よろこんでいただけます。* * *先日、ご注文いただいて、即ご愛用くださっている方から、うれしい声が届きました。5月の1ヶ月間、かなり重く滞っていた社会的生活に、ある劇的な変化が見られたということです。地獄から天国に転換するほどの景色の変わりぐあいなのだそうです。少なからず、なにかしらの心理的サポーター役になってくれたのかな、と、プリント・バッグの働きに、想いを馳せています。きっと、滞りが解けて、クリアになるだろう、という直感もあったので、よしよし、とバッグを、撫でてあげたい気分です。6月に入って、今週後半は、光が降り注ぐでしょう、とブログに書いたことも、当たっているようですから、なんだか、占い師か預言者のような気分で、ほくそ笑むのでした。
2008.06.06
コメント(8)
たいていのことは、右利きなのですが、カードをシャッフルしたり、出したり、配ったりするときに限って、サウスポーになります。複数枚のカードを開いて片手に持つときは、右手でも、左手でも、かまわないのですが、こうした癖は、古の記憶なのかな、と思ったりしています。* * *マインド・スポーツであるブリッジのルーツをひもといてみると、原型は、「ホイスト」という切り札ゲームで、16世紀のイギリス・ロンドンにさかのぼるそうです。18世紀になると、ロンドンでさかんに楽しまれるようになり、ブリッジの原型がヨーロッパ中に広まって、さらには、新大陸アメリカにも伝わっていったとのこと。(今の形に改良されたのは1925年、アメリカで)おそらく、その当時(え、どの当時?)、たぶん、どの時代でも、わたしは、過去世で、ブリッジを楽しんでいたのではないかしら、と、想像力が、ふくらんできます。たとえば、イギリスでは、原型や改良された後のカード遊びに、はまっていて、タイタニックなどの船上で、興じていたかもしれませんし、(想像の根拠その1:海底に吸い込まれそうなので、実は、沖に出るのが怖いのです)(想像の根拠その2:反面、クルージングに憧れ、船上の楽しみのために、教わり始めたのでした)そのとき、サンドイッチ博士がブリッジのために考案したというサンドイッチを、片手でつまんで、ほおばっていたのかもしれません。あるいは、フランスか、どこかヨーロッパの地で、退屈しのぎに、ブリッジにふけっていた頃、時おり、羽毛のついた扇で表情をかくしたり、仰いでいた扇をテーブルに置いて、カードを出したりした癖が、今も顔を出して、カードを触るときだけ、サウスポーになったのかもしれません。* * *ちなみに、ブリッジの日本上陸は20世紀初頭で、山本五十六元師も、はまっていたことが、資料に残っているそうです。ブリッジセンターの図書館には、貴重な資料が保管されているので、いつか機会を見つけて、訪ねてみたいと思います。ようやく、ブリッジというゲームの仕組みがわかってきたところですから、アガサ・クリスティーなどの小説本に描かれているトリックを読んで、どれだけ難しい手なのか、感じてみることから、始めたいですね。
2008.06.05
コメント(8)

ひと晩、ふた晩、経つにつれ、オープニングリードでしくじったプレイや、展開を一転させてしまうプレイが思い出されて、悔しさがわいてきます。うぐぐ。ブリッジは、入り込むと奥が深く、抜けて出られなくなりそうな魅力があるのですよね。筋肉痛みたいに、あとから痛みが増すという経験は、はじめてのことかもしれません。2日間で、72ゲーム行ったので、脳内筋肉痛になるのも、いたしかたありませぬわね。(脳内体力は余裕なのですけれど)ふとした瞬間、痛みが記憶をつれてくるので、趣味も、ほどほどに。とはいえ、なにかに入れ込むことは、なにものにも変えがたい、得がたい経験なのです。お仕事柄。と、某有名編集者が、おっしゃっていました。ある時期、入れ込んだ経験がなければ、よい仕事はできない、と。そういうことなので、まぁ、いいのかな、と思っています。思わなくても、すでに入口に立っているみたいですけど。
2008.06.03
コメント(6)

食のマーケットに足を運んでも、レンタルショップに出かけても、とにかく、行く先々で、メン・イン・ブラックのような雰囲気をもった男性たちに、なぜか見張られている気がするわ~、と感じる夢を見たのですが、月末、特に、この週末、どことなく似た空気感に、とりまかれていたように思えてきます。奇しくも、そういう星の動きがあったことを記すサイトが2つほどあって、なるほど、自分も宇宙の一員なのだなぁ、と実感したりします。わたしの体感的第一感によれば、今週中には、ぱぁ~っと、明けていきます。これを待っていたのよ~、という輝きが降り注ぐ気がします。ま、季節的には、そろそろ梅雨に入るでしょうけどね。お花畑から届いた胡蝶蘭と過ごす6月
2008.06.02
コメント(4)

ブリッジ・リジョナルの公式デビュー戦を終えたら、緊張感がほどけて、「くたくた」に、いえ、「ぐだぐだ」になっています(笑)初日は、まぁまぁ、の成績でしたが、2日目は、うむ……。「指先が薔薇園」は、それほどの効果には、ならなかったみたいですね(~~;けれど、とてもよい経験になりまして、楽しかったです。ブリッジの上達には、語学習得と似たようなプロセスが必要のようです。少しわかるようになったかな、と思ったら、まもなく、階段の踊り場で足踏みをつづけている状態に陥って、地道に足踏みをつづけているうちに、ふいに視界が開けて、一気に階段をかけのぼり、やがて、また壁にぶちあたり……、の繰り返し。たかが、カード・ゲームとはいえ、奥深い世界が広がっているので、開けた視界を手に入れるためには、時間がかかるのですね。10年、20年は、あたりまえ。歳と経験を重ねるごとに、際限なく強くなれるのが、うれしい競技です。公式戦は、全国で毎週のように開かれているようですが、富山では、夏に、「セクショナル」、金沢では、秋に、「リジョナル」、という大会が、待っています。つぎの一里塚を目指して、一歩ずつ、ですね。* * *さて、お楽しみのステージと懇親会は、有意義なひと時でした。「おわら風の盆」の情緒ある舞いは、観衆を魅了しましたし、懇親会のお食事は、富山の海の幸がふんだんに盛り込まれていて、ものすごく豪勢でした。ホテルの社長が差し入れてくださったワインは、まろやかな美酒で、酔いの方から醒めていくような味わいでした。今日のお昼は、富山が誇る食材の特色が反映された見事な懐石料理。お品書き付です。しかも、富山湾の写真が背景にプリントされている、という気配り。小鉢 : 野菜おひたし(いくらのせ)造り : 白えび かんぱち 昆布〆焼八寸: 鰆小串 ばい貝煮 海老芝煮 赤巻かまぼこ酢物 : つぶ貝蒸物 : ずわいがに茶碗蒸し(ふかひれのせ)食事 : 竹の子ごはん 赤だし(かに身入り) 香の物水菓子: メロンつくづく、幸せなデビュー戦だったことを、かみしめています。
2008.06.01
コメント(4)
全26件 (26件中 1-26件目)
1


