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横顔の少女シリーズを作りながら、ふと頭に思い浮かんだ一人は、グロテスクな木口木版画の鏡花の顔でしたが、もう一人、浮かんできた男性の顔がありました。横顔の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)です。小泉八雲といえば、「怪談」の再話で知られた作家さんですね。ハーン、または、ヘルン先生と呼ばれて、今も親しまれている方ですが、彼の人生は、そう容易いものではなかったようです。アイルランド人の父とギリシャ人の母とのあいだに生まれたハーンは、幼い頃から、両親と離れて暮らし、淋しさを抱えながら、フランス・イギリス・アメリカでの複雑な日々を経た末に、憧れの日本に、たどり着きました。最初に赴任したのは松江です。松江といえば、小泉八雲、というぐらいに、密接な関係がありますが、もう少し、長くいたのかと思ったら、たった1年足らずで、離れることになったのですね。しかし、ハーンにとって、なくてはならない人生のパートナー、小泉節さんにめぐり会えたのですから、奇跡的な運命の出会いをするために、松江に行くことになったんだろう、という気がしてなりません。松江を離れた後、熊本、神戸、東京へ、赴任。帝国大学で教鞭をとっていたハーンは、人気者の先生だったようです。けれど、突然、解雇されてしまいました。その後任となったのが、夏目漱石です。ハーンは、その後、早稲田大学で教える機会を得たものの、じきにこの世を去ることになり、大切な節さんとお子さん、そして、膨大な蔵書を、この世に残していきました。曾孫さんは、現在、松江で教鞭をとっておられますが、あの蔵書は、どうなったのか……。実は、縁あって、富山大学の図書館に、保管されているのです。何年か前、ハーン研究者の取材をするために、何度か訪れました。蔵書には、ハーンの書き込みもあり、生原稿もあり、それらが、静謐な空間に、ひっそりと息づいているものですから、押し寄せる静かな感動を覚えました。当人にとっては、生前、訪ねたこともない土地なのに……。あそこなら安全だから、と天国で許可されたのか、ご縁というものは、不思議ですね。館内に足を踏み入れる前、あれ~、と心に引っかかるものがありました。入口に飾られていた肖像レリーフです。左向きなのです。それから、どの本で見るハーンも、うつむいた斜め横顔か、左向きであることに気がつきました。集合写真も、かならず、左向き。左眼を失明していたのですね。イギリスの全寮制の学校で、友人と遊んでいた16歳のときに、ロープの結び目が左眼にあたって、光を失ったのだそうです。見えなくなってしまった左眼は、淋しさやコンプレックスの象徴のように思えます。横顔のレリーフを見た瞬間、なぜか夏目漱石の顔が横切ったので、後任者だったと後で知ったときは、少し、おどろきました。時代の皮肉さを、感じますね。横顔、といえば、ハーンの顔が、浮かんでくるのは、そういうことからなのです。……と、二人の顔が浮かんでから、それほど間を置かずして、わたしの携帯電話が鳴りました。「実は、鏡花と八雲のことで……」と。(横顔の連鎖は、つづきます)
2009.02.26
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鏡花作品『化鳥』の舞台となった「中の橋」は、風情あるお茶屋街・主計町(かずえまち)に面した、浅野川にかかる橋のひとつです。主計町は、少し前まで、「尾張町」という町に属されていたのですが、近年、旧町名が復活して、もとの輝きを魅力的に発信しています。金沢には、味噌蔵町やら、材木町やら、昔の街の面影を漂わせる町名が、あたり前に存在していて、なかなかいいなぁ~、と思うのですが、行政の都合で消えてしまった旧町名の復活の動きが、にわかに盛んになっていることも、いいんじゃないかな~、と思います。過去の遺産にすがるのはどうか、という自問もありますが、いや、歴史と文化の保管庫としての使命を果たすこと、これぞ金沢、という気がしますから、これでいいのでしょう。主計町の入口となる浅野川大橋のたもとには、浅野川の風情を描いた碑が置かれています。五木寛之氏の小説『浅の川暮色』の一節です。新聞記者の森口が、かつて金沢に赴任していた頃、若き芸者のみつと出会い、恋に落ち、そして、別れた日々を、再び訪れた主計町の鍋や「次郎」の一角で、浅野川を眺めながら、森口が思いを馳せる短編です。別れてしまったけれど、忘れられない金沢の女性・みつは、きっと今も川向こうで、芸者をしているはず。近くにいながら、まだ見ぬ彼女は、どうしているんだろう、この先、二人は、再会するんだろうか、森口の一方的な思いが、いつしか乗り移ってきて、森口に捨てられたみつを、実在の人物のように、気にかけてしまう……。物語のつづきを想像させる余韻が、読後に漂います。
2009.02.26
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あのグロテスクな鏡花像とは、まったくちがう、可愛らしいイメージの作品があります。幼い男の子の口語体で書かれた『化鳥』という短編です。物語の舞台は、「女川」と呼ばれている、金沢の浅野川。茶屋街沿いを流れる、この情緒ある川には、いくつかの橋が架けられています。物語の舞台となる「中の橋」は、明治42年までの80年もの間、私的な橋が架けられていて、通行人から橋料を取る有料橋(一文橋)でした。『化鳥』は、その「中の橋」のたもとで、橋賃を得て暮らす母と幼い息子が、なにげない日常を送っている様子が、少年の視点から、描かれています。少年の視点、というより、少年の無意識・意識の世界観、というのかしら。橋を通る人が、猪や猿や茸に見えたりして、こっけいで楽しい、とか、橋賃を払わない先生より、花の方が美しい、とか、川でおぼれかけた時に助けてもらったのが、五色の翼をもつ美しいお姉さんで、もう一度会いたいけど、お母さんがいるから、いいや、とか、ここに羅列してみると、どうでもよさそうだけれど、いえいえ、実は、どうでもよくなく、そういうことが、大切だったりして、一つ一つ、読み解くほど、奥深さが感じられてくるのですね。日常を描きながら、ふっと立ち現れる姿なきものの姿が、魅力的です。どのような時代になっても、「幻想」表現にこだわって書いた鏡花は、時代錯誤で観念的だと、揶揄された時期もあったようですが、わたしの心の目に映って感じられるのは、鏡花という作家は、「幻想」という隠れ蓑を着ながら、社会の暗部に鋭いメスを切り込んで、広く伝えようとした社会派の作家なんだなぁ~、ということです。ともあれ、登場人物が語るラスト2行に、むんずと、魂をつかまれています。
2009.02.26
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この2月は、生まれて初めて、木口木版画を彫り、ものすごく久しぶりにメゾチント技法に挑戦し、いずれも、横顔の少女をモチーフに、シリーズで作っていますが、どうして、横顔なんだろうなぁ、と思いつつ、夢中で、木口木版を彫っていました。そうしているうちに、ふいに頭に浮かんできた顔が、2つ……。そのひとつは、明治の文豪、泉鏡花でした。美しい名前のとおり、文体も流麗で、水にまつわるモチーフが、妖艶な形をともなって、作品に昇華されることが多い作家なのですが、彼のイメージを、木口木版画の巨匠、柄澤齊(からさわひとし)氏が、見事にとらえて、肖像シリーズで描いているのです。地に横たわる鏡花の横顔。しかも、首から上だけ。皮膚から透けて見えるのは、脳か血管か。まるで、それらは迷路のように、皮膚の質感を浮かび上がらせ、脳から順に溶け出すみたいに、地へと滴り落ち、まさに、泉と化す鏡花……。柄澤齊木口木版画集1971-1991よりグロテスクだけれども、ものすごいインパクトを伴って、脳内にこびりついて離れません。この横顔が、どこからともなく現れて、わたしに、ある作品を読め、と言うのです。
2009.02.24
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甥っ子くんの誕生日にかけつけるのは、今年で3回目です。母のお店で所用を済ませ、さて、プレゼントは、どうしましょう……、と、顔をあげたら、目にとまりました、金沢21世紀美術館。ショップに、なにか面白いものが、見つかるでしょう。こちらのミュージアムショップは、人気があって、いつも、人・人・人、でございます。手先が器用で、なかなかユニークな甥っ子なので、ブロックを組み合わせてブタの小物入れを作るキットを、プレゼントに選びました。と、ショップの付近が、にぎやかです。館内には、無料で楽しめるコーナーがいくつかあり、ショップ前のスペースには、巨大サッカーゲームで興じる親子の姿がありました。大きくて長い棒を操って、選手を動かしていますよ。幼い頃、遊んだわ~、このミニチュア版で。あぁ、このサッカーゲームを見せてあげたかったなぁ~、と思いましたが、元気エネルギーを消費するには、生身でサッカーをする方がいいのでしょうね。近日、お花や木が生えている実家の畑地を均して、サッカー練習場を作ってもらうのだそうです。超簡単アップルパイ!とミートパイ!を作ってみました、家族に好評でしたが、甥っ子の口には、ムムム……
2009.02.23
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今週末は、どうやら、雪が舞うみたい。でも、来週末には、春が来るかしら~。という期待を込めて、ちょっとだけ身軽にしたいときに、大活躍するのが、しらたきスパ、あるいは、いとこんにゃくスパ。そう、こんにゃくをスパゲッティーにして、いただくのです。今夜は、芋系いとこんにゃくに、大好きなエリンギとサワーキャベツとピーマン、ニンジン入り。味付けは、少々のバターに、たっぷりの明太子+α。ひと袋ぜんぶ使うので、ボリュームもあって、満足感いっぱいです。ま、サイドミールもいただくので、それだけじゃないのですけどね(笑)。雨の中、ヘアカットに出かけ、気持ちもすっきりです。
2009.02.20
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2、3日前、10枚限定の予定です、とご紹介しました、ひさびさのメゾチント作品について、続報です。試し刷りをご覧になられた方から、お問い合わせをいただきまして、出来上がり前というのに、すでに予約をいただいております。いずれも県外へとお嫁入りが決まっております。↓ 「春の予感」(仮)70×125mm版を微調整して、刷り色パターンと、タイトルと、価格を決めて、額装などのお色直しを考えて、おそらく、来週中、あるいは、来月初めに、改めてご紹介する予定でおりますので、どうぞ、お楽しみに~♪
2009.02.19
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春めいていた季節が、ここ2、3日で、冬へと舞い戻ったように、2009年、はじまって2ヶ月過ぎたところで、クリスマスシーズンがやって来たような気がしています。さあ、冬の妖精たち、出番ですよ。以前お求めくださったお客さまからの再リクエストにより、春冬風のお色直しが整いました。ほんのりとピンクがかったような白木の額に、赤と白の二重マット。今回は、エンボス加工のマットを合わせてみたところ、いつも以上にキュートな雰囲気に。現品限りのマットなので、この額装は、これきりです。紅白でおめでたく、可愛らしくて、わたしもお気に入りの額装となりました。ラブリー♪ライトの下では、より、やわらかな雰囲気になりますよ。空間の光加減によって、表情が変わるのですね。次のクリスマスには、ずいぶん早いですが、こちらでは、思い出したように、時おり、雪が舞い戻ることもある時節です。そんな、忘れっぽい、おっちょこちょいな雪国から届く、「おっちょこちょいな冬の妖精たち」を、ぜひ、お楽しみいただければ、と思います。~*~*~*~*~*~P.S. アイボリーにピンクの二重マットも、春らしくて愛らしかったです。ぜひともお嫁に、と思われる方がいらっしゃったら、土曜日までにお問い合わせくださいね。(それ以降は、価格が変わります)
2009.02.18
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黒い面から白い部分を掘り出していく、という木口木版画を、慣れないビュランという道具を手なずけながら、なんとか、つづけて2つ作ったおかげで、黒い面から白い部分を削り出していく、というメゾチント技法も、もしかしたら以前より上手になっているかもしれないので、やってみようかな、と思い立ち、ものすご~く久しぶりに、メゾチント作品を作っています。ポストカードになった龍くん(唯一のメゾチント)につづいて、ようやく2作目という……。(実際には、3作目なのですが)。ま、珍しくその気になった貴重な試みなわけで(笑)。こちらが版です。そして、こちらが試し刷り。 せっかくのメゾチントというのに、この子は、10枚程しか刷れないデリケートな版となってしまったので、できるだけ丁寧に仕上げたいと思います。これから版を微調整して、来週、本刷りの予定です。出来上がったら、また、ご紹介いたしますね♪2作目の木口木版画も、近いうちに、ご紹介できるかな、と思います。
2009.02.16
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深夜未明まで、ぼやぼやとしていたので、眠くて、眠くて、さぁ、眠ろうと思って、TVを消そうとしたら、画面に流れていた映画番組に、見とれてしまい、つい最後のエンドロールまで、鑑賞してしまいました。トム・ハンクス主演の『レディー・キラーズ』('04)です。「教授」と呼ばれる知能犯(トム・ハンクス)は、いつものように上品な身のこなしで悪知恵を働かせ、白人・黒人・東洋人を混ぜた4人の悪党を率いて、カジノの大金強奪計画を実行し、見事に成功。「教授」は、一人暮らしの老婦人で未亡人(イルマ・P・ホール)を上手にだまして、彼女の家の地下室に滞在。地下室からカジノの金庫室まで、悪党たちにトンネルを掘らせ、手に入れるものを無事に手に入れるまではよかったのですが、痕跡を消す辺りから、雲行きはあやしくなり……。強盗あり、殺人あり、のクライム・ストーリーでありながら、笑っちゃうユーモラスな結末と、その表現に魅了されました。敬虔なクリスチャンである老婦人と「教授」のやりとり、ほのぼのとした老婦人の存在感、たっぷりと肥えた黒人老婦人がたのお洒落な装い、お宅の装飾、暮らしぶりが、とてもチャーミングで、ああ、最初から観たかったなぁ、と思いながら眠りについた、そんな映画でした。
2009.02.14
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わたしにとって、版画の魅力は、作者が決めた分だけ、複数枚、お福分けできることです。わたしの場合は、作品というより、商品化しつつありますが、それでも、作品&商品に対価をいただくのは、ありがたいお布施をいただく感覚があります。調子にのって新作を作っていると、版の数だけ、ねずみ算式に増えていき、在庫管理が、たいへん面倒となりますので、たいてい20枚+α(AP版)で終了です。在庫管理をしていると、人気者か否かの様子が、よくわかります。マーケットに出した出さなったの差はありますが、新作は、その年のマーケットに、かならず登場いたします。昨年誕生した子を眺めていると、かなり目立つ子に気がつきました。08年の春に生まれ、春のマーケットで初披露された初日から、すぐにお嫁入りが決まった小人くんです。この子は、その年をリードする人気者となりまして、なかなかのがんばりを見せてくれました。こういう子が、一人でも登場すると、次のお福分け活動に向かう勇気とやる気がわいてくるのですね。クラッシックを奏でる小人くんたちには、バレンタインデーのチョコの代わりに、なかなかよかったで賞を贈呈いたしましょ。"Aren't you Mozart?"
2009.02.12
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銅版画は、昔ながらの技法で創作されている現場がほとんどです。銅版に繊細な線を描くエッチング技法や、版に濃淡を施すアクアチント技法などには、石油系物質が、あたり前のように使われています。この物質を銅版から取り除くにも、やはり石油系溶剤が必要です。石油系溶剤といえば、ホワイトガソリン、リグロイン、灯油など、マスクもゴーグルも手袋もなく、平然と触れることが、創作現場では、普通になっていました。石油系溶剤の使用が、全国全世界的に主流なので、銅版画を教ったときから、深い疑問も抱かずに、ただ、教わるままに、使ってきたのです。しかし、石油系物質は健康に有害な物質です。健康被害も報告されています。京都の版画工房の報告なんということでしょう!この十年近く、寿命を削りながら、作品を創っていたわけですね!そこで、うちの銅版画の先生は、最新の創作法を取り入れるべく、昨年一年間、海外へ赴いて、水溶性の無害系溶剤を使う新しい方法を学び、さらに独自に開発されました。今月から、本格的に、ノン・トクシック(Non Toxic)技法を教わっています。富山の版画教室灯油やホワイトガソリンではなく、サラダ油と食器用洗剤。コンクリート系の黒ニス、グランドではなく、床磨きワックス剤。リグロインやホワイトガソリンではなく、ワックス除去剤。松やにではなく、水溶性グランド。水溶性ですから、水で流せば、版はきれいになります。なので、アルコールも、使いません。ちょっと手間をかけるだけで、健康と環境の保全が、完璧に無害ではないけれど、かなり無害な状態で守れるのですね。京都の版画工房は、日本版画界をリードする最新の技法を紹介されており、たいへん進んだ工房だなぁ、と興味深く拝見しておりましたが、富山発のノン・トクシック技法は、さらに画期的かもしれません。世界中のどこよりも手軽でエコな最先端技法……!?この技法を身につけてしまったら、他の教室や工房へは、通えなくなりますね(笑)。できるだけ早くなじんで、出来栄えのちがいを確かめてみたいです。 Non Toxic技法でも、刷りは変わらずプレス機で撮影:先生モデル:ヤンチャリカ
2009.02.11
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がんぴ紙で摺った木口木版画を、版画紙に貼り付て、サインを入れれば、完成です。永年耐久性のある紙なら、銅版画用紙でなくてもよいため、定番のドイツ紙のほか、水彩や木版画の紙など、数種類の紙に貼ってみました。今のところ、地色は、淡桃、淡クリーム、オフホワイト、ホワイト、各2種と様々なので、全体の雰囲気が、微妙に違って表現できます。手彩もアリなので、まだまだ、いろんな雰囲気が出せそうです。画像では、あいにく、紙の地色がどれも同じになってしまいますので、機会があれば、グループ展やマーケットで、ぜひ、現物を手にとって、ご笑覧くださいね。木口木版画「唯我独尊」'09※右下のカーブの部分に、エディションナンバーとタイトルとサインが入ります。
2009.02.09
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歩道に、乳母車が、停まっていました。子どもを運ぶ乳母車というより、昔ながらの乳母車。高齢の方が、荷台代わりに使う、運搬車のようでした。でも、持ち主の姿が見えません。松川べりに目を転じてみると、土手を下る階段に、豆粒のようなおばあちゃんの姿がありました。座っているのではなく、竹箒で枯葉を集めておられるようです。誰に言われたのでもなく、自主的に、街の美観のために、竹箒を動かしている行いには、えもいわれぬ感動を覚えます。それから15分ほど後、同じ場所を通りかかるまでの間、わたしは、実家の祖母を想い、海外でお世話になった女性を想い出し、途中、西洋の老婆が主演の映画の看板を見たので、ヨーロッパの老齢女性を想い、「世界一周老婆の旅」をしたような、あたたかい気分を味わいました。再び、同じ橋を渡って戻るとき、先ほどの、あの女性の姿を探しました。階段の真ん中で、作業をしていたその方は、階段の下までたどり着き、腰を九十度に折り曲げて、作業中でした。お昼時間なのに、休むことなく、ゆっくりと、丁寧に、自分のペースで、掃き掃除を行っておられたのです。ありがたい、ありがたい、ありがたい。世界平和は、身近な地の美観から、なのですね。* * *ところで、勝手に、おばあちゃん、と決めつけてしまいましたが、これは、一般的には、ものすごく失礼なことです。おばあちゃん、ではなく、生涯独身女性、あるいは、子どもや孫をもたなかった既婚女性か、元既婚女性、または、未亡人、かもしれませんから。けれど、わたしの中では、おばぁちゃん。その方の姿に、実家の祖母が重なるので、どうしても、おばあちゃん、になるのです。その方を見ながら、実は、祖母の姿を見ていた気がします。
2009.02.05
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コメント欄のカーテンを閉めて、心なしか気楽になった今日、出かけた書店で見つけたのが、この本です。『「自分」から自由になる沈黙入門』おもしろいタイトルですね。続編なのか『偽善入門』という本も並んでいました。著者は、東大出身の若い住職さんです。イラストレーターばりのイラストを添えながら、「自分」の自意識を手放して、よけいなことは語らず無になる方法、社会を泳ぐための知恵を、わかりやすく現代的に講和してくれる1冊です。あ、もっともです、はい、ごもっともです、と、ページをめくりながら、頭を下げそうになりました。わたしには、調子になってしゃべりすぎるところがありますので、人生における「沈黙」修行は、必須カリキュラムです。そうそう、この修行のために、今の状況が与えられたことを、ブログを書きながら、思い出しました。「沈黙」は「孤独」と仲良くなるための生きる知恵なのですよね。情報が行き交い、どうでもよい言葉が四方八方から飛んできて、不必要なことが入り込もうとしたときには、本書でオススメのお嬢さまことばに見習って、「さようでございますか」と、品よく受け流してみませう。
2009.02.03
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1日に、浅間山が噴火、2日に、桜島が噴火。これは、いったい……。と書いて、やめました。人間感情の代弁かしら、と思ったりしましたが、アップするのも、やめました。やめたはずでした。しかし、なぜか、いつも見ない資料の束を引っ張り出して、コピーに目を通していると、「天変地異の原因は感情の抑圧にある」という箇所にぶつかって、呼びかけられるような気がしたのです。要約すると、人間は地球という生命体の表現媒体なので、地球人が本来の自分を表現すれば、地球は健全な状態を維持することができる、なぜなら、大地のエネルギーは、滞ることなく、人間を通して流れるから。しかし、大半の方は、自分を抑圧しており、これが、ある臨界点にまで達すると、地球はバランス回復のために、天変地異を起こして、エネルギーを解放しようとする。日本は東洋と西洋を統合する役割があるので、心を開いて、本来の自分を表現するとよいですよ、と。まるで、先の問いかけに対する、お答えみたいでした。答えあわせをした気分です。噴火とは、まったく関係のないような感じがしますが、今、個々人にできることは、あまり周囲のことは気にせずに、本来の自分に戻って、歩くことなのでしょう。みんなで、個人バランスを取り戻すと、母なる大地も、安心してくれるのかな。などと言い放ったら、すかさず、次のお答えに呼びとめられるかも、ですね(笑)。
2009.02.02
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どうすれば人に影響されないですむのか、どうすれば人の威圧感から逃れられるのか、きっと、それは、自信をもつことなのでしょう~。「唯我独尊」(木口木版画) では、どうすれば、自信がもてるのでしょう?……。ひと晩、考えてみましょうか。……。ん?いや、もしかして、粘ること、なんじゃありませんか。粘る。……。なにを?なにに?……。粘る。……。やはり、ひと晩、考えてみては。……あの、たぶん、自分に粘るんじゃないかと思います。自分に。……。ならば、どうぞ、粘ってみてはいかがでしょう?ご自身に。
2009.02.01
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