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そして、はやくもその日の夕刻、スペイン側の戦時委員会からの使者が、トゥパク・アマルのいるインカ軍本営へと遣わされた。
時に、1781年3月初旬のことである。
そのスペイン人の使者は、門前のインカ軍の兵たちに驚きと警戒をもって差し止められたが、すぐに使者の来訪はトゥパク・アマルに知らされ、本営の中へと通された。
使者との面会用にしつらえられた天幕で、トゥパク・アマルと使者は対面した。
使者は、一応の礼を払った後、アレッチェによってしたためられた書状を差し出す。
トゥパク・アマルも相手に礼を払った後、優雅な、しかし、素早い手つきで書状を開いていく。
中には、先刻、クスコの戦時委員会でアレッチェらによって取り決められたばかりの、あの内容が記されていた。
つまりは、代官による強制配給の全面的廃止、税関の閉鎖、教会の十分の一税の禁止、さらには、反乱軍の全ての将兵及び兵たちの罪を不問に付すこと、そして、その条件としての、トゥパク・アマル及び、その側近たちのクスコ戦時委員会への出頭…――。
その内容に目を通しながら、さすがに、トゥパク・アマルの眼は大きく見開かれた。
(代官による強制配給の全面的廃止、税関の閉鎖、教会の十分の一税の禁止…!!)
反乱を起こすまでは、血を吐くほどにあれほど幾十回にも渡り訴え続けてきたにもかかわらず、決して見向きもされなかったそれらの要求に、今、殖民地支配中枢部が許諾の態度を示そうとしているのだ。
もちろん、スペイン役人たちの二枚舌ぶりは、これまでの彼らとの交渉過程及び治世を見てくる中で嫌というほど思い知らされてきたトゥパク・アマルは、今もその白い役人たちが書き連ねたそれらの文言を、そのまま甘受してよいなどと思いはしなかった。
しかしながら――強制配給を全面的に廃止し、税関を閉鎖し、教会の十分の一税をも禁止すると、ついにそこまでスペイン人中枢部に言わしめたという、その事実は、少なからず心に迫りくる要素をもっていた。
且つまた、真にそれらが実現すれば、この国の民の負担はどれほどに軽減されるであろうか!!
わななくように見開かれたトゥパク・アマルの瞳も、この時ばかりは明らかに揺れている。
だが、彼はすぐに冷静な表情に戻り、再びそれらの全文に目を通すと、暫し、思慮深い、そして、やや鋭い眼差しになって、その目をすっと細めた。
結局は、その書状の内容の本質は、甘い餌をちらつかせながらも、暗黙にインカ軍の、そして、トゥパク・アマルの降伏を迫っているものであった。
彼は、しなやかな褐色の指先をその額に添えながら、もう一度、険しい眼差しでその書状を沈黙のまま読み返していく。
スペイン人の使者も、周囲に集まった側近たちも、息を詰めてその様子を見つめていた。
それから、トゥパク・アマルはゆっくりと書状から目を上げ、使者の方に視線を向けた。
「使者殿、此度(こたび)は誠にご苦労であった。
この書状、確かに、お預かりした。」
使者は、鋭く探るような目つきをしつつも、頭を下げる。
トゥパク・アマルも頷き、それから、改めて、真っ直ぐな眼差しをその白人の使者に向けた。
「貴軍の総指揮官アレッチェ殿と、直接二人で話したい。
この書状への返答は、その後に。
その旨、アレッチェ殿にお伝え願いたいのだが。」
そう言って、トゥパク・アマルは研ぎ澄まされた精悍な横顔に、静かな、しかしながら、決して否とは言わせぬ、との気迫を滲ませ、その目元を鋭利に細めた。
◆◇◆◇◆Information◆◇◆◇◆
トゥパク・アマルやアンドレスが活躍したアンデスの森に、今も人知れず咲いている神秘の花たち…――アンデスやアマゾンを30年以上彷徨する写真家、高野潤氏の最新作。お薦めです!!
著者/訳者名 | 高野潤/著 |
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出版社名 | 新潮社 (ISBN:4-10-301571-3) |
発行年月 | 2006年08月 |
サイズ | 207P 22cm |
価格 | 2,940円(税込) |
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