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険しくも、案ずる色を濃厚に漂わせはじめたトゥパク・アマルの方を、ロレンソは真っ直ぐに見上げ、きっぱりとした口調で言う。
「トゥパク・アマル様。
あなた様をお一人、むざむざ、あの悪鬼のごとくのスペイン役人たちのもとへ行かせるなど、アンドレス様には到底できぬことなのです!
アンドレス様なりに、道を必死で探っておられるのでございます!」
そう言って、跪いたその姿勢のまま、地につくほどに深く頭を下げた。
「何卒、アンドレス様のお気持ちをお察しください。
どうか、ご容赦ください!!」
友を弁護するために己の前に平伏(ひれふ)している若者の姿を見下ろすトゥパク・アマルの眼差しは、今は、もう、すっかり静かな色に戻っている。
そして、微かに溜息をついて、ロレンソに語りかけた。
「全く…そなたのように、よく出来た友をもち、アンドレスは果報者だな。」
そう言って、ロレンソの傍に彼もまた跪く。
「顔を上げなさい。」と、穏やかな声で言うと、慎重に頭を上げた真摯なロレンソの瞳に優しい眼差しで頷き返した。
「ロレンソ殿、この後も、アンドレスのことをよろしく頼む。」
「はっ!!」
再び、深く頭を下げて、しかし、力強い声で応じる若者の方に、細めた目でもう一度頷き返した後、トゥパク・アマルはゆっくりと立ち上がった。
そして、状況を見守っていたディエゴとビルカパサの方を順次見渡した後、トゥパク・アマルは思慮深い眼差しで、「まさか、迎えに行くわけにもいくまい。あのアンドレスのことだ。ここは信頼して、本人のしたいように任せるとしようか。」と言って、ほんの僅かに、しかし、はっきりと微笑んだ。
その頃、既に、アンドレスは、ロレンソに教えられた裏ルートを通って、スペイン兵たちの目を逃れ、クスコのフィゲロアの屋敷の門前まで来ていた。
もちろん、己の身分や正体を隠すために、貧しい平民の服装に扮し、頭にターバンのような布を巻いて、さり気なく顔を隠しながら。
まだ、真昼の日が高い頃ではあったが、暑さのためか、かえって街の人通りは少なかった。
アンドレスは人通りの切れた隙を見計らうと、そのまま策を弄さず、屋敷の門前の護衛官たちの前に進み出た。
たちまち、数名の厳(いかめ)しい護衛官たちに取り囲まれる。
相手に嫌疑の質問をさせる間も与えず、彼は、素手のままに、しかし、その腕と肘を常のサーベルのごとくに鋭く振り翳すと、護衛官たちの急所目がけて俊敏に振り下ろした。
通りの人目につく前に、瞬時に事を片付けねばならない。
彼は集団で襲い来る敵をかわして幾度か中空に跳躍すると、確実に狙いを定めて敵の急所めがけて舞い降りては、次々と一撃で相手の気を奪った。
たちまち辺りには静けさが戻り、微かに汗を滲ませて立つアンドレスの周りには、気絶した護衛官たちの体がばらばらと横たわっていた。
気を失って、すっかり伸びている兵たちを、門柱の陰に運んで、素早く隠す。
そして、急ぎ足で、屋敷のドアに向かった。
◆◇◆◇◆Information◆◇◆◇◆
『インカの野生蘭』: トゥパク・アマルやアンドレスが活躍したアンデスの森に、今も人知れず咲いている神秘の花たち…――アンデスやアマゾンを30年以上彷徨する写真家、高野潤氏の最新作。お薦めです!!
著者/訳者名 | 高野潤/著 |
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出版社名 | 新潮社 (ISBN:4-10-301571-3) |
発行年月 | 2006年08月 |
サイズ | 207P 22cm |
価格 | 2,940円(税込) |
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