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いきなりコイユールのことを切り出され、見知らぬ義勇兵の前にもかかわらず、不覚にもアンドレスはその場に硬直した。
一方、ジェロニモは、相手に混乱を招かぬよう、丁寧に説明をしていく。
「アンドレス様、突然、このようなことを申し上げ、驚かれているかと思いますが…わたしは、ビルカパサ様の連隊にコイユールと共に参戦している義勇兵です。
以前、インカ軍に参戦するために、スペイン人の元から脱走を図った時、コイユールには助けられたことがあって…、それ以来、友として親しくさせて頂いております」
アンドレスは固唾を呑んだまま、じっと話に聞き入った。
にわかに、その胸の動悸が速まっていく。
その足元で、ジェロニモは真摯な瞳を向けながら、恐らく眼前の若い将は自分よりも幾らか年下かとは思えたが、さすがにトゥパク・アマルの側近中の側近である、このアンドレスの傍で緊張を滲ませてはいた。
しかし、意を決した決然とした口調で続ける。
「アンドレス様は、何故、コイユールにお声のひとつもおかけにならないのですか?
コイユールが…どれほど、アンドレス様の身を案じて…というか、どれほどアンドレス様を深く慕っているか、よく知っておられるはずなのに!!」
「…――!!」
アンドレスは息を呑んだまま、その瞳を大きく揺らしはじめる。
それと共に、まさか、こんな形で、見も知らぬ黒人兵から、突然、己の心に秘めていた核心部分に土足で踏み込まれようとは!!…――アンドレスのその表情には、驚愕と共に憤怒の色さえも浮かび上がった。
「お…おまえには、関係の無いことであろう!!」
思わず、アンドレスの語気が荒くなる。
「アンドレス様、誤魔化さずにお応えください。
何故なのです?
何故、これほどに長い間、コイユールを放っておくのですか?
コイユールが、貧しい農民の娘だからですか?!
それとも、トゥパク・アマル様の目を恐れているのですか?!」
その瞬間、アンドレスのサーベルの剣先が、ピタリとジェロニモの喉下に突き付けられた。
「おまえ…さすがに、無礼ではないのか?
言葉に気をつけろ……」
氷のような声で、アンドレスが言う。
さすがのジェロニモも、ビクリと身を固める。
アンドレスはサーベルをその位置に保ったまま、自らもその黒人兵の前に跪き、同じ目線になった。
そして、唸るように問う。
「名は何と言う?」
「ジェロニモ…」
「ジェロニモ…君こそ、何故、ここまでする?…――コイユールのことを、好きなのか?」
「アンドレス様、誤魔化さず、きちんと俺の質問に応えてください。
俺にとって、コイユールは大切な友です」
そう応えつつも、ジェロニモの胸の奥底は、にわかに疼く。
だが、彼は、いっそう決然とした眼差しを、その黒い野性的な横顔に湛えて続けた。
◆◇◆◇◆Information◆◇◆◇◆
『インカの野生蘭』: トゥパク・アマルやアンドレスが活躍したアンデスの森に、今も人知れず咲いている神秘の花たち…――アンデスやアマゾンを30年以上彷徨する写真家、高野潤氏の最新作。お薦めです!!
著者/訳者名 | 高野潤/著 |
---|---|
出版社名 | 新潮社 (ISBN:4-10-301571-3) |
発行年月 | 2006年08月 |
サイズ | 207P 22cm |
価格 | 2,940円(税込) |
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