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今週も引き続き、三好徹さんでした。それにしても本当に80歳とは思えないお声と声量、次々と出てくるお話はさすがの幸田さんも口を挟むのに苦労するほど豊かです。内容は前半、海外取材時の様様なトラブルの話でした。中東、アフリカの取材での恐怖、本物の銃を持った警備兵に問い詰められたり、立ち寄ったイギリスでは今度は持っていたPLOのビラから過激派と疑られて入国を拒否されそうになった、など本当に修羅場をくぐっていますよね。日本の大使館に自分がどういう人間か聞いてくれ、と弁明し、イギリスの入国係官が確認しても三好さんを知らなかった、というところはなぜかな、と思ったらどうやら電話に出たのはイギリス現地で雇われた人間だった、ということで日本人の三好さんを知るはずはありません。でもそんないい加減な応対で人の運命が決まったかもしれないとなると怖いですね。小説に書く場合、内容はフィクションだが、背景は真実を書かないと物語にリアリティがでない、と言われますがその通りでしょうね。後半は一転してゴルフの話。三好さんは囲碁も相当に強いということでしたが、ゴルフも若い頃はかなりの腕前だった様子。かつては文壇ゴルフというのが盛んで、各新聞社、出版会社が競ってゴルフ大会を催していたようです。「作家の皆さんは坐業なので、運動不足になりますから」というのが理由のようですが、バブリーなあの頃、自分たちも作家をだしにゴルフを楽しんだのでしょう。三好さんは伝説の名プレーヤー、ジーン・サラゼンともゴルフをして勝ったことがある、と言われていました。まさにそれ自体が伝説ですよね。そんな話で楽しく終わりました。僕もちょっぴりゴルフを復活したい気分になりました。では今週は簡単ですが、また。
2011.02.26
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今週のゲストは女優のもたいまさこさんでした。結構インパクトのある名前で、聞いたことはありましたが、顔や代表作などは思い浮かばず、です。この「もたいまさこ」という変わった名前は、実は本名で「缶尊(もたい)真佐子」だそうです。(本当は缶と尊がくっついて一つの字なのですが、それが表せませんでした)所属していた劇団では芸名をつける、という雰囲気はなく、本名でいましたが、なかなか読めない名前なのでひらがなにされたようです。もたいさんは小林聡美さんなどと仲がいいようで、本人は無趣味ながら小林さんに連れ出されて、落語も聴いたことがあるそうです。今日の落語は三代目桂文朝師匠の肥瓶(こえがめ)でした。肥瓶とは昔のトイレ、いわゆるボットン便所でトイレの床下に埋めてそこに大小を溜めていたものです。落語では、仲間の新築祝いに持参するものを買いに古道具屋に寄った男たちが、お金をほとんど持たないため、買えたのは建替えの家の床下から掘り出した肥瓶だけ。それを水瓶と称して新居の台所に持ち込み、ばれないように水を張ってしまいます。そして早々に引き上げるつもりだったのが、兄貴に酒を呼ばれついつい座り込みます。そして酒の肴として出てきた冷奴などを頂きますが、これらはいずれも男たちが持ってきた肥瓶の水で冷やしたもので自業自得の苦行。最後はご飯をご馳走になりますが、そのご飯も肥瓶の水で炊いたもの、ということでジ・エンド。このあとには大変な人間関係の修羅場がやってきそうですが、そこは落語ではやりません。それにしても、こんなひどいことをする友人関係って一体何なのでしょうか?肥瓶なんていう言葉から、子供の頃、我が家もボットン便所だったし、近所の畠のあちこちにも肥溜めがあって、遊んでいて落っこちてしまった仲間が何人もいたことなどを思い出しました。また肥塚などという苗字の子もいましたが、誰もそれで冷やかすという風でもなく、まだ肥の存在が身近な時代だったのだと思います。水洗便所の普及した今の子供には信じられないことでしょう。さらにもたいさんは「Always 三丁目の夕日」の第三弾「Always 三丁目の夕日‘64」に出演される、ということで作品の紹介もありました。今度の作品は3Dで撮っているということですが、もたいさんは「なぜ3Dなのかわからない」と呟きます。・「Always 三丁目の夕日‘64」;http://www.always3.jp/肥瓶の話に1964年(昭和39年)などが出て、頭の中はすっかり昭和モード。冷蔵庫に入れる氷を売りに来るおじさんを覚えているし、七輪で魚を焼いた記憶もあります。近所の小川で母親が弟のオムツを洗うについて行った覚えもあるのです。その川ではウナギやドンコを獲っていました。あれから30年近くが過ぎましたが、本当にあっという間、でも何てたくさんのものが変わってしまったのでしょうか。二度と帰らぬあの時代。全てを経験している僕らの世代はある意味では今の子達よりずっと幸せではないかと思います。
2011.02.21
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今週のゲストは作家の三好徹さん。お名前は聞いたことがありますが、作品を読んだことはありませんでした。読売新聞の記者を経て作家になったということですが、驚いたのは三好さんの年齢、読売新聞では渡邉恒夫、なんとあのナベツネさんと同期と仰られました。正確に言うと1931年生まれ、ということで今年80歳になられます。・三好徹;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%A5%BD%E5%BE%B9しかしラジオでお声を聴く限り、50歳から60歳代としか思えません。記憶もしっかりしており、言語明瞭意味明快でとても80歳ではありませんね。三好さんはもともと社会部か外交関係をやりたかったようで、地方修業の後、本社に戻ってさあ、これからというときにまた地方、水戸支局に飛ばされてしまったそうです。番組では言われませんでしたが、ネットで調べるとこの水戸支局行きは、本社で上司と喧嘩したから、とありました。ナベツネさんはどうしても本社に残りたい、と頑張って関連の読売ウィークリーに回ったそうですが、ここで過激派とのインタビューをものにして名を上げ、現在に至る、ということのようです。入社試験で三好さん主席、渡邉さん次席、ということでお二人とも優秀、世が世なら三好さんも読売新聞の大物になったのかもしれませんけれども支局回りが続いたこと、本人の興味も変わってきたこともあって、次第に物書きに流れて行ったようですが、新聞記者と小説家の二束のわらじは嫉妬を受ける、ということで大変だったとか。でも記者の先輩で芥川賞を取った菊村到などからもアドバイスを受けながら文筆活動を続け、のちに作家になったそうです。ですから、幸田さんの二束のわらじ(作家活動とテレビ、ラジオの両立)を最初から支持してくれたそうです。後半は三好さんの代表作「チェ・ゲバラ伝」の話題になります。チェ・ゲバラとカストロの友情の話、貧富の差、階級差などのある社会で比較的上流階級に生まれた者が、差別をなくすために戦うということへの共感などを語られます。その流れの中で、ある会議のなかでリビアの独裁者カダフィ大佐に会った話をされます。わずかのボディガードとともに静かに会議に参加され、回りもことさら意識せず、カダフィも大物ぶらない、と褒めていたような気がしますが、これはどうでしょうか?これこそが独裁者の演出のような気がします。とにかく僕は三好さんのお年を感じさせない声に感心して、自分もあの年になったら斯くありたい、と感じ入ったひとときでした。一日遅れで幸田真音さんの番組をフォローしました。という音で、「志の輔ラジオ落語でデート」はまた明日。
2011.02.20
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今週のゲストはシャンソン歌手のクミコさん、初めて聞く名前でしたが(これが多すぎますね)昨年の紅白歌合戦に「INORI~祈り」で出演されていたそうです。実はわが娘も紅白に出演していました、と言ってもバックコーラスとして、でしたが。・クミコさん;http://www.puerta-ds.com/kumiko/profile/index.html最初の話題はこの紅白の舞台裏、前日まで初出演の連絡は入らず、本当に驚いたそうです。秘密厳守なのですね。紅白は昔であれば歌手の一世一代の晴れ舞台、でも出演後、全てが変わる、誰も彼もから声をかけられる、というほどの変化はなかったそうです。それでも紅白出場歌手、としての自覚、みたいなものが生まれてきたとか。やはり何かあります。紅白はリハーサルが大変、と思われているようだが、歌手自身のリハーサルはそれほどではなく、全体をうまく進行させることにスタッフは全ての精力を注ぎ込むようです。だからその流れに歌手は乗っからないといけない、極端を言えば、歌手が一人歌わなくても番組は進んでいく、とそんな感じのようです。応援シーンなどでみんなと一緒に出て行くときも番組の進行を妨げることのないよう、30分くらい前から袖で待っていた、とかで離れている楽屋との往復も含めてとても大変だったそうです。それ以外にも番組が終わっても語れないような秘密?守秘義務もあるようで、本当に大変ですね。でもこれだけの苦労をしても、紅白に出場した、ということでこれまでお世話になった方々、松本隆さんやえいさん(永六輔さんのことだと想像しますが)にもいっぺんで恩返しができた、ということで紅白歌合戦の偉大さを思い知る、と語ります。志の輔師匠は、落語にはそのような大きなイベントはないなあ、と一言。今日の落語はお酒好き?のクミコさんにうってつけ、と五代目古今亭志ん生師匠の「親子酒」を紹介します。僕も久しぶりの志ん生師匠に思わずにんまり。噺の筋はどうということもないもの。息子の深酒、悪酔いを叱って酒を断たせた親父さん、自分も酒を断ちますが、まあ1杯くらいいいだろうと女房にねだり、1杯が2杯、2杯が3杯となってすっかり酔ってしまいます。そこに息子が帰ってきますが、息子も実は出入り先の旦那に強いられて飲んでいる様子。父親に酔っ払いにはこの家はやらん、と怒られた息子が、ぐるぐる回るような家なんていらない!と言い返してオチです。これだけの話ですが、どうして志ん生が演じると面白いのか、その場面が眼に浮かぶのでしょうか?志ん生が演じているのは、酔っ払いの親父ではなくて、酔っ払っている志ん生自身、つまり自分で自分を語っている、そんな気がします。いつでもどこでも志ん生の演じるのは、様様な場面に遭遇しておかしなことを言ったり喋ったりしている志ん生自身、なのではないでしょうか。クミコさん、これまで僕が聴いた中では一番の落語通のようで、同じように志ん生の面白さについて志の輔師匠と語り合います。そして何か、どこか1本突き抜けた面白さ、ということで同意します。クミコさんも老化防止に落語を覚えて喋ってみたい、と言って今日はお終いです。ではまた来週。
2011.02.13
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今週のゲストは先週に続き、読売巨人軍球団代表の清武さんです。清武さんは社会部の記者から球団代表になりましたが、社会部出身ならでは、というものはありますか?社会部とは人間観察部的な感じがあって、人との付き合いしかないところ。選手と接したり、話をしたり、叱ったりするのが楽しいので務まるのかもしれない。(清)それがこの「こんな言葉で叱られたい」という本にもなっているのだと思いますが、これだけは言ってはいけないという言葉はありますか。いろいろありますが、プロは一般的に言って言葉は丁寧です。新聞記者は叱る場合も二語か三語、バカとかあほうだけでしたが、プロはもともとアマチュア時代に徹底的に鍛えられているので、少々のことを言われても、殴られてもめげないですよ。(清)今の若者はきつい言葉には弱い、といわれるけど。プロに入ってくる人は東大以上の狭き門を潜り抜けてきた人たちなので、そのような人をさらに鍛え上げるには乱暴な言葉や殴るだけではダメ、そのために言葉があるのではないか、と思います。(清)昔は確かに相当殴られてもいました。原監督は学生時代、監督である父親貢さんに頭の形が変わるくらい、ノックバットが折れるくらい殴られていたそうです。別の選手の親も、練習を見に来て、息子はまだ殴られているから見込みがあるのだ、と納得して帰ったそうです。でもこれは昔の話。今は殴れないから、代わりに言葉の鉄拳を使うのです。監督やコーチは常に考えて、言葉を選んで、叱っています。(清)野球界に入って驚いたことは選手がよく泣くこと。いい大人が実によく泣くのです。たいていの選手、そして監督の泣くのさえ見ています。監督は喜怒哀楽をはっきり出すタイプなので特に感動したときに泣きますが、選手が泣くのは、監督やコーチから真っ直ぐな言葉で叱られたときですね。(清)それは嬉しいからでしょう。一番のポイントを愛情、リスペクトを持って叱ってくれるから。講演に行って時々、私は叱られたことがないのです、上司から素晴らしい言葉で叱られたことがありません、と言う人もいますが、上司はこれではダメ。叱られた言葉というのは長持ちする。なかなか忘れないのです。最近は褒めろというが、この風潮は好きではない。褒められたら次ももっと褒めて欲しいとなってくるだけ。(清)ここで中間です。ジャイアンツといえば常に優勝しないといけない、というプレッシャーもあるのでは?それほどのプレッシャーはありません。ただ、毎日勝敗を気にするような人生というのはあまりないと思います。試合中は手に汗握って、終わればまた翌日の試合のことを考えて、そんな風に日々が過ぎていくのです。(清)幸田さんは清武さんと初めて対談した頃のことを話します。あの時は肩に力みがあったように見えたが、今は楽しめているようです。大変なときに担当されて、3年連続の優勝をもたらす、改革も着実に進んでいるということなどで自信も出てきたのでしょうか。まだチャレンジをしている気持ち、過渡期だと思っています。ちょうど今、球場に夜間照明をつけていつでも試合ができるように準備していますが、こんなことばかり考えていて肩に力が入っている暇がなくなってきたのではないでしょうか。これまでやってきて分かってきたのは、思うとおりに生きるしかない、ということ。周りの言うことを気にせず、やりたいようにやるようになってきた、と思います。(清)ジャイアンツには常に紳士たれ、という言葉があると聞くが。それが大変なのです。常にネクタイをしなくてはいけないし、コンビニに行くときもジャージではいけない。正装していかないといけない。こちらから一方的にというのではなくて、お互いに「紳士たれ」と言い合いながらやっているところ。窮屈だなあ、と思いながらも制約を守りながらやるのがいいのではないでしょうか。育成選手(高卒)の場合、門限は21時半などさらに厳しいのです。(清)人は頑張ることはできるが、頑張り続けるのは難しい。だから仕組みを作れ、というのです。周りから刺激し続けて、頑張らせてあげることが必要。(清)今後の清武さんの夢は。3つ目のチーム(第2二軍)を完全なものにして、4つめ、5つめを作りたい。宮崎、仙台などに巨人のチームがさらにあってもいいじゃないですか。第2二軍、三軍を作って成果を出すには、試合をやらせてあげないとダメ。試合=チャンスなのです。だからこのチャンスを作ってあげないといけない。選手はそこでアピールできるし、自分で自分の力、成果を確認することもできる。彼らにチャンスを与えないと納得させられない。やれるだけやらせてチャンスを与えてやるのが我々の一番の仕事。(清)選手にとってもそれが一番嬉しいこと。それが球団の仕事なんですね。そろそろ時間です。その続きは清武さんの「こんな言葉で叱られたい」を読んでください。リスナーにもプレゼントします、という幸田さんの言葉で今週は終わりです。メールでもいい、ということなので早速申し込んでみたいと思います。あて先はmain@joqr.netだそうです。われも、と思われる方はぜひどうぞ。
2011.02.12
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今回のゲストは僕のあまり興味ない野球関係、巨人軍球団代表の清武英利さん、ということで軽く聞き流しました。もちろん清武さんの名前くらいは知っていましたが、読売新聞の社会部記者、編集委員などを務めて球団代表に就任、育成選手制度など様様な改革で巨人を立て直した人ということまでは知りませんでした。三連覇のあと、昨シーズンは惜しくも中日に敗れましたが、あと1勝していたら勝っていたのですよ、と清武さん。育成選手制度では多くの若手が育ちましたが、今は一軍、二軍に第二二軍というものを作って雪辱を期すそうです。第二二軍としたわけはあくまでも一軍を狙うモチベーションを維持して欲しい、三軍という名にすれば二軍を目指す、ということでレベルが下がってしまうことを心配しているようです。もう一つはとにかく試合をたくさん組んで選手にはつねに実戦を意識させることを考えている、と言われました。やはり練習と実戦、本番、試合ではまるで気持ちが違う、そうで、これは幸田さんも証券業界にいたとき、初めてディーリングに参加するとそれまでとまるで違った、やはり実戦が全て、儲けて何ぼの世界だった、と述懐しました。最初の取引で買った株が下がって呆然とする幸田さんに上司は一言「Have fan!」と言っただけだそうです。誰もがくぐらねばならぬ実戦の重みでしょうか。そういえば、今大騒ぎの大相撲、初場所をやめることになりましたが、力士たちは実戦の感を失うのではないか、と産経新聞に気にする記事が出ていました。スポーツ選手にとって、実戦とはそれほど大切なもののようです。清武さんは本も書いていて、「こんな言葉で叱られたい」はなかなかのベストセラーだそうです。「チャンスは準備をしている者にしか見えない」など、まあ当たり前ながら大事な人生の教えも一杯ありそうです。最近野球人気も落ちていますが、その盛り上げにももっともっと魅力ある選手が出てきて欲しい、ということですが、必ずしも大リーグに人材が引っ張られていくことも恐れません。その穴を生める選手をドンドン育成していけばいい、大リーグを経験して戻ってくる選手もいるし、日本のチームに骨をうずめるという一流選手もたくさんいる、と語り、そんな選手をもっと評価して欲しい、とも言います。こんなところで来週に続きます。続いて、今朝の志の輔ラジオの紹介です。志の輔ラジオ落語deデート「吉田真由子さん」今週のゲストは何でも鑑定団アシスタントの吉田真由子さんでした。と言っても僕もごくたまに、それも偶然TVをつけてやっていたら見る、程度の番組ですから、そのアシスタントさんのことなど知りませんでした。今、ネットで調べたら島田伸介から「日本で一番やる気のないアシスタント」と言われたこともある、とありましたが、なるほど。今日の番組でもなんとなく乗りが悪いと言うか、志の輔さんに話題を考えさせ、それに最低限の受け答えで済ます感じがあって、なんだ?と思っていましたから。落語も吉田真由子さんにちなんで骨董品を扱ったなにか、志ん生師匠の「火炎太鼓」などを期待しましたが、この季節ということで、八代目春風亭柳枝師匠の「節分」でした。大晦日の次の掛取りの時期がこの節分、ということのようで、何とか借金逃れをしようとする夫婦のおかしさを演じてくれました。それにしても、落語の登場人物たちは一体いつ、借金を払っているのでしょうね。実に不思議。
2011.02.06
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