2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全16件 (16件中 1-16件目)
1
◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○次席将校(松永市郎)○東アジア・イデオロギーを超えて(古田博司)○尊敬される国民 品格ある国家(岡崎久彦・渡部昇一)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○日露戦争を演出した男モリソン(上)(ウッドハウス暎子) この本を読むといかに日本人が歴史を忘れてしまっているのか、 が分かります。僕は平均的日本人からすればまあ本を読んで いるほうですが、それでも日露戦争の裏に、というか前段階 としてこれだけのことがあったとは知りませんでした。 日本人でモリソンなるオーストラリア人(イギリス連邦)の 名を知っている人は1%もいないのではないでしょうか。 彼はタイムズの記者として長く中国に滞在し、いつしか 中国在住の外国人の情報網の中心となって、その存在感は イギリス公使を超えたということです。 モリソンは愛国者として、アジアでのイギリスの権益を守るため、 侵略の意図を隠そうともしないロシアに日本を当ててイギリスの 代わりに戦わせようと日英同盟の成立に動きます。 モリソンが日英同盟を利用してイギリスの国益を守ろうという 態度から、本当に日本との同盟を祝し、一緒にロシアに当たろう というように心境が変わったのは、義和団事変で北京城に 日本人と共に篭城し、戦って日本人の勇敢さ、規律、真面目な 態度を知ったからです。 岡崎さんがいうように「一緒に戦う」というのは、何よりお互い の心が近づく力になるのですね。その意味でも集団的自衛権を 行使できないとする日本の中途半端な態度は百害あって 一利なし、ではないでしょうか。 明治の日本人は政府首脳から一庶民まで本当に国益を考え、 誕生して間もない日本国が生き残るために必死の努力をして いたのです。 この本で、日本と清とくに袁世凱は日露戦争の頃、かなり親密な 関係であったということも分かります。日本軍人は教官となって 袁世凱の軍隊を教育しますが、これはアジアの民族として西洋 からの侵略に共同して対抗しようと思ったのでしょう。 それゆえ、清の軍隊は日本と一緒にロシアと戦おうというのです。 しかし日本は白色人種対黄色人種の戦い、という構図を嫌って 慎重に対処します。 それでも一部の中国人は馬賊としてロシア軍の後方かく乱の 任務を見事に果たしたといいます。決死の覚悟の日本軍人(選ばれなかったために自殺する人間が出るほど、志願者の意気は 高かった)が特務班として加わり、最強のゲリラ部隊が誕生 していたからです。もっと大々的に中国と協力していたら、 全く違った歴史が誕生したかもしれませんね。 これほど日本の独立を確実なものにするため必死であった明治の 人々も、早くも第一世代と第二世代の間で認識のギャップが 出ます。 ここで石井菊次郎など第二世代は第一世代(伊藤博文や 井上馨たち)がイギリスやその他西洋諸国に気後れしていると 馬鹿にしているのです。 何と愚かなことでしょう。この傾向がどんどん加速して、 外国の情報も技術も精神も学ばずに第二次世界大戦の破局に 到るのです。 またこの本で日英同盟を仲介したのがドイツと知って驚きました。 複雑に絡み合ったヨーロッパ外交の中で、ロシアと隣接した ドイツはロシアの圧力をアジア方面に逸らそうと工夫するのです。 そして日露戦争が起こるように策略をめぐらすのですが、 日本が単独でロシアと戦うとは思っていないので日本とイギリス を同盟させようと考えたということです。 そのために日英にドイツも入って日独英三国同盟をしようと 働きかけ、日英がその気になった最後の瞬間、ドイツは抜けて 日英同盟になったと知りました。 それでも日本は勇気付けられ、遂に日露戦争を決断したのです。 これら多くの事情に北京から発信するモリソンの記事が影響を 与え、日露が戦わざるを得ない方向に向かっていきました。 「上」の最後でついに日露開戦です。
2008.01.30
コメント(2)
今週のゲストは「インド流!マルカスが紹介するお釈迦さまの国」の著者で立川談志門下の立川談デリーことマルカスさんです。「この番組は20年以上やっているけど、インドの人は初めて。ゲストにはどんどん喋ってくださいといっているけど、インドの人にはその必要はないでしょう」という竹村さんの言葉で番組は始まります。・インド流!マルカスが紹介するお釈迦さまの国;http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31928405マルカスさんはデリー大学の学生の頃、日本語と出会い、日本大使館が運営するクラスを首席で卒業して来日、旅行会社に入った後、日印間を往復しながら仕事をして、2003年日本に居を移してインド料理店、旅行会社を経営する方です。立川談志さんがインドに行かれる時、コーディネイトをしてその縁で「談デリー」の名をもらってときどき一緒に落語に出演するようになった、とも語っていました。落語(漫才?)をやるほどだから日本語はかなりペラペラでした。竹村さんも感心していたようにインド人は語学に堪能ですが、その理由はインド社会にあるようです。同じ地域でも少し離れると言葉が違うそうで、インド全体で言葉は1625種類あるとか。しかも方言というより、文字も文法も違う別の言葉だといいます。ここで初めて、日本語とヒンドゥー語は文法的に似ている、語の並びは同じということを聞いて驚きました。これまで日本語と同じ文法を持つのは韓国語だけ、と思っていましたので。たった二人の兄弟なら仲良くせざるを得ないけど、ほかにも大きくて頼もしい兄弟が遠くに生きていたことを知ったら……。番組ではさらに日本語とタミル語の類似性をいう日本人の話もでました。語学ができること、特に英語が第二の母国語であるインドの特徴は世界が一つになるネット社会では利点になっていますが、でもそれって実は不幸なこと。共通語がないというのは国としてのまとまりも悪いでしょうし、英語が得意なのも英国の植民地だったせいですからね。日本人はもっと外国語下手を自慢、親に感謝すべきでしょう。インド料理、インドカレーの話が次に出ましたが、日本のカレーとは全然似ていないそうです。日本のカレーを食べて「インド人もビックリ」したそうです。カレーにもたくさんの種類があって毎日、カレーを食べるといっても全部違うそうです。日本人が味噌汁を毎日食べても具が違ったりして飽きないのと似ているのでしょう。また、インド式数学の素晴らしさについても出ましたが、インドの九九は19×19まであるというのが最近有名ですね。(たけしの平成教育予備校でもインド式数学の計算法などが紹介されます)そのお陰なのかインド人は世界中の銀行、IT関係の企業で活躍していると聞きます。また「0」もインドで発明されました。この「零」は宗教にも入っていて、般若心経の「空」もヒンドゥー語では「シュウネタ」といって同じ語だそうです。(ここでマルカスさんがヒンドゥー語で般若心経を唱える)僕も昔、般若心経を覚えて毎日唱えていたことがありますが、初めて原語で般若心経を聴きました。でもふと考えると、10進法では九九までできていればそれでいいのではないでしょうか。九九さえあれば、あとは何桁の計算でも筆算でできます。二桁の暗算がどこで必要なのでしょうか。頭のトレーニングのため?他にもいろいろインド社会の問題を竹村さんが聞いていきます。カースト制度がインドの発展を妨げているのではないか、という問いに対しては、インドではカースト制度をやめようとはしていない、カースト制度に起因する問題をなくそうとしている、と答えます。カーストは元々、専門家の養成のために職業を分けたものだそうですが、そこに上下関係ができて悪くなった、とマルカスさんは説明します。この言い方で僕は、近世のどこかでそういう歴史的事実があったのかな?ひょっとしてイギリス人が統治の手段としてそんなことをやったのか、などと一瞬考えましたが、竹村さんが「いつ頃の話ですか」と聞くと2500年以上前のこと、ときました。これは驚き、時間の観念が違うなあ、と妙に感心しました。お釈迦様もカーストは良くないと考えて仏教を作った、仏教はそれ以前からあったヒンドゥー教から分かれたものとありましたが、僕の記憶では仏教の前にあったのはバラモン教、そこに仏教が生れ、両者の合体としてヒンドゥー教が生れたと思っていました。インド料理の話に戻って「ナマステ」という挨拶は「生捨て」と考えてください、という話もでました。インドの気候では生ものは食べられない、新鮮な海のものも入りにくいのでスパイスを利かせて長持ちさせるような料理が主になった、ということです。インドは10億人以上いますが、食糧を自給している豊かな国です、とマルカスさんは胸を張ります。確かに自給率30%程度の日本と比べてどちらが真に意味で豊かか、分かりません。このような普通の人が知らないインドについて知ってもらおうと思ってこの本を書きました、と初めて本の話が出ました。あくせく生きる日本人に違った考えがあるのを知ってほしい。よくインドは貧しい、と言われるが、インド人は貧しいとは思っていない。何が豊かで何が貧しいのか分からない。インド人の考え方は違う、と語ります。インド人は「人間は死んでも終わりではない。来世がある」だそうで、締め切りがないようなもの、だからゆっくりと生きていける。今の生活が苦しくても来世には金持ちになれる、と信じてあくせくしない、ということのようです。みなが来世を信じている世界はそうかもしれません。でもそうするとあのインド商人の現実主義はなんなのでしょう。どうせ来世は別の人生を送るのだから現世は現世で何をしてもいい、ということなのでしょうか?今度はお酒を飲みながらでも話したい、という竹村さんの言葉で今週は終わりです。もう少し本の中身も知りたかった気がしますが、いろいろ考えられたので、非常に有意義でした。
2008.01.27
コメント(0)
◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○東アジア・イデオロギーを超えて(古田博司)○日露戦争を演出した男モリソン上(ウッドハウス暎子)○尊敬される国民 品格ある国家(岡崎久彦・渡部昇一)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○逆説の日本史14 文治政治と忠臣蔵の謎(井沢元彦) ずっと読み続けている井沢元彦さんの「逆説の日本史シリーズ」、 今回は14「文治政治と忠臣蔵の謎」です。 基本的にこのシリーズでは常識的な日本観を覆す意欲的な説が 出てきます。とくに日本の歴史は深層に流れる怨霊信仰、 言霊信仰に支配されているので、この思想抜きに語れない、 資料万能主義で狭い範囲の出来事を見るだけでは決して 歴史の真相にたどり着けないとしています。 今回は忠臣蔵についてさまざまな常識を覆していきますが、 僕自身、いろいろ読んでいたのでそれほど意外感はありません でした。 ただ多くの人が漠然と信じる、浅野内匠頭が吉良上野介に 苛め抜かれて最後に切れた、というのを見事に否定して、 内匠頭は統合失調症で事件を起こしたのであり、吉良は全くの 被害者というあたりは面白いのではないでしょうか。 結局、刃傷沙汰の真因は不明のまま、ということです。 また四十七士を義士と認めた幕府の処置が、「主人のためと 信じることを全くの私心なく行なったら、その行動は法に 触れても倫理的には立派。処刑されても殉教者のような評価 を受ける」という思いを日本人に抱かせてしまった、 という山本七平さんの説を採用していました。 以前書きましたが、竹村公太郎さんが赤穂浪士の潜伏したのが 江戸城のすぐそば、半蔵門あたりということと、吉良氏と 徳川家には矢作川河口の塩田を廻って昔から確執があった ことから仇討ちを黙認したのでは、という説を出しましたが、 これは面白いと思いました。 それ以外の逆説として13でも述べていますが、徳川綱吉は 戦国気風を生類憐みの令によって一気に払拭し、さらに 側用人制度を使って名門持ち回りの門閥老中制度を打破した 名君としているところも面白いです。 日本以外の世界では商品を買う時は値切るのが当たり間、 でも日本では何となく定価を信じて値切りませんが、これも 越後屋三井高利が始めた「現金正札掛値なし」に端を発する 日本独特なもの、商売の効率(値切り駆け引きに要する時間 の節約など)を上げる素晴らしい仕組みと語ります。 江戸時代にすでに相互信頼の「商人道」が完成していたのです。 これらを近松門左衛門が浄瑠璃に取り上げ、さらに江戸の 歌舞伎になって「曽根崎心中」、「冥途の飛脚」などは公金を 私しすることは死に値するほどよくないことなどという商人道 を日本人全体に広めていきます。 これも人形で演じることで素早く舞台にできるメリットがあり、 事件性のあるうちにドラマにできたということでした。 これは今のアニメが次々とドラマ化される現代と似ているかも。 堂島の米相場が世界で最初の先物相場だった、というのは わりと常識になっていますが、そこから考えても日本人は 先進のデリバティブに弱い、というは間違いでしょう。 その米相場で百戦百勝、財を築いたのが本間宗久で彼は今に 通用する当機のテクニック、心構えを残しています。 当機というのは禅の用語。「修行者が仏祖の教えにかなって 大悟すること、学人の機と師家の気が一致すること」 だそうです。 そこから機会をうまく捉えることになり、偶然の利益を得る 行為→商取引、相場に変化したそうです。 日本人は仕事でも学問でも何でも一生懸命励めば悟りに 近づけるという文化があります。 剣という殺人の世界から悟りを開いたり、商売、当機の世界 から悟りを開くことも日本ではあり、なのです。 殺し合いの泥沼から咲く蓮の花、商売の欲望の泥沼から咲く 蓮の花。それが悟りにつながるのです。 それ以外にも朝鮮、明、琉球との付き合いの歴史の中の謎 など興味深いものがありました。是非一読ください。 これらは今に到る日韓、日中の歴史認識、謝罪要求などに つながる貴重な歴史の知恵が詰まっています。
2008.01.26
コメント(0)
記念すべき、読書日記100回目です。これからも日本に自信が持てるような本をどんどん紹介して、少しでも同志を獲得していきたいと思います。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○逆説の日本史14 文治政治と忠臣蔵の謎(井沢元彦)○東アジア・イデオロギーを超えて(古田博司)○日露戦争を演出した男モリソン上(ウッドハウス暎子)○尊敬される国民 品格ある国家(岡崎久彦・渡部昇一)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○日本の文化力が世界を救う(日下公人・呉善花) 日本文化の伝道者日下公人さんと日本文化の探求者呉善花さん の対談です。 この本では呉さんがひたすら日本文化の素晴らしさを讃え、 日下さんが「いや、それほど。その裏にはこんな現実的な 意味もあるのですよ。でも確かに日本文化は世界を変えうる 可能性を持っています」的に大きく返す、そんな内容です。 例えば呉さんは「日本内部でしか通用しないといわれてきた 日本の独自性の中に、世界に大きな広がりを持つもの、普遍性 のあるものがあるのではないか」といいますが、 日下さんは「普遍性はもともと宗教が対立した場合の議論 であり、国家の存在がかかったときの損得の世界の話であって 文化の世界にはないのです。 文化にも時々、普遍性はあるかもしれないが、そんなことを 自慢したり卑下したりするのは良くない」とします。 世界はグローバルスタンダードからローカルスタンダードで いこう、という風に振れており、その中では世界が日本に 合わせる、日本のやり方を真似るという動きが広く見られる ようになっているともいいます。 レクサスはアメリカで高級車一番の人気ですが、クルマで なくて芸術品だ、というとか。アメリカ人は自動車をあそこまで 芸術品にしようとは思わないが、日本にはそこまでやろうと 言い出す人がいて、応える技術者、下請け会社があるのです。 そして出来上がった芸術品を見るとアメリカのお客も大満足 でそれがニュースタンダードになるのです。 しかし普及するかしないかは日本には関係ないこと。日本人は 自ら満足するために、自らの富と技術とセンスで自動車や ハイテク製品やアニメやマンガを作っているだけです。 それを世界が真似するかしないかは、先方の勝手なのです。 呉さんは日本人異質論について、日本では「親しき仲にも 礼儀あり」だが韓国では「親しき仲には礼儀なし」のほうが いいという考えがあり、それが西洋流のフランクさと 表面的に同じに見えて日本だけが異質、といういい方が出る (欧米人にもそう見える)と解説してくれます。 呉さんは、日本文化はアジアとも違うし、欧米とも違う。 独特な要素を抱えていて、一個の自立した文明を展開して きた国だと考えるそうです。 ところが大部分の韓国人は、日本は最初は中国、韓国の真似 をして文化を作り、今では欧米の真似をして文化を作っている、 としか考えないそうです。 実際は長い年月をかけた独自の蓄積があり、世界一分配の 平等な社会、秩序の良さ、安全、広く行き渡っている人々の 教養、調和的な道徳、倫理のあり方などどんな国にとっても うらやましいもの、国家として模範、理想としたいもの、 とここまで褒めていただきます。 日下さんはこうなった理由として、島国で他国から侵略 されなかったことと歴史の古さをあげます。 古くは分かれていたとしても1500年も一緒にやって きたので、日本列島の上に一つの日本文明、日本文化、 日本精神、日本民族、日本国家ができあがっているのです。 呉さんはさらに次々と日本の良さを列挙します。 ほかから物事を学ぶ謙虚さ、学んだことを惜しまず共有する 精神、大都会の中でも残っている田舎的な人間関係、 安くてうまい日本食、お客さんに喜んでもらいたいという 気持ちで仕事をする、死ぬまで学ぼうとする意欲、 日本文化は融合型、言わなくてもわかるという独特な 省略文化(韓国は逆にしつこく自己主張)、 言行一致の日本(日下さん)、現場仕事をトップが厭わぬ日本、 社会人になっても残る共生感情、イメージを楽しめる文化、 萎れた花にも美しさを感じる日本人、生を好む文化、 掘り炬燵の居心地のよさは世界に通じる、外部の豊かな自然と 室内に飾る一輪の花、非イデオロギー国家、 停滞を生まない伝統の工夫、植物を人間のように見なす感性 これだけ並べられると嬉しくなります。 正直な個人の感覚として、日本を欧米と比べるとプラス マイナス両面ある、と感じますが、中国、韓国に対しては ほとんど負けていない、なぜもっと毅然と自分たちを 主張しないのか、そんな風に思います。
2008.01.24
コメント(0)
今週のゲストは「生物と無生物のあいだ」の著者、青山学院大学教授の福岡伸一さんです。竹村さんの長男、竹村真一さんの知り合いで変わった話をいつもしているそうです。僕もこの方面の話は好きなのですが、この本は知りませんでした。調べてみますと、去年の5月に出版されて20万部近いベストセラーになっているようです。図書館で借りようと思ったら、近くの3図書館は全て貸し出し中、人気ありますね。・「生物と無生物のあいだ」(福岡さんのインタビューもあります);http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31891314福岡さんが語る変わった話とは、人間を含む生物の身体は毎日のように分子レベルで入れ替わり、新陳代謝しているということ。皮膚、髪だけでなく骨や歯など固く固定していると考えられるところも同じ分子で構成されているのではなくて入れ替わっているのです。脳の細胞は変わりませんが、その中身は入れ替わっているそうです。常に合成と分解がグルグル廻っているので、長い目で見ると我々の身体は固体というより分子が緩く集まっている気体のようなもの。古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトスがいった「万物は流転する」はその通り、鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(確かにずっと一つの川であることは違いないのだけれども、その川を流れる水は常に異なっている。流れる水は変化しているが、その変化を通じて川として維持されている)と同じような生命観を今の分子生物学が明らかにしているそうです。「輪廻転生」といい、生命はぐるぐる廻っているということくらいは知っていますが、分子レベルで同じことが起こっているというのが分かってきたのはいつくらいのことですか、と竹村さん。この実験をやったのはドイツ系ユダヤ人、ルドルフ・シェーンハイマーで1930年代、ラジオアイソトープ(放射性同位体)を含む食べ物を食べさせて、食べたものの分子がどこに行くかを調べたそうです。それまで食べ物は自動車のガソリンのようなものでエネルギーとして消費され、身体の外に排出されると考えていたが、一部が身体に取り込まれているということが分かった。食べ物の分子も元々は他の生物の構成分子、取り込んで消化するということは、例えて言うと、文章だったものがA,B,Cのレベルに分解され、取り込まれ、身体の中でもう一度文章化されるということ。具体的にいうと、たんぱく質とアミノ酸が文章とアルファベットの関係。エネルギーとして燃やされるものもあるが、自分の身体の中に取り込まれてたんぱく質の一部になるのです。なるほど。それが生物と機械の違いですね、と竹村さん。機械の場合は全部燃えて排出されるが、生物の場合は取り込んだものの一部が身体の成分になる。エンジンの部分部分がガソリンの成分と入れ替わりながら動いているようなもの。人間の身体は分子のレベルでは半年もすればスッカリ入れ替わっている。身体から出てあるときはみみずの一部になり、あるいは海の一部になり、地球全体の元素の総量はあまり変わらず、廻りながらあるときは命になり、あるときは他のものの一部になる。これが本当の意味の環境なのです。いい話ですね。このようなことは学校で教えているのですか。今は、生命はミクロなパーツからできているプラモデルのようなもので、パーツごとに入れ替えることができるものというような機械論的な考えに偏りすぎています。生物学ですら思想史で流行り廃りがあって、今は機械論的思考が優勢になって、その上にテクノロジーが乗かって生命操作などをしているのです。魚のDHCを食べたら頭が良くなる、というような話は嘘なのか?全くの嘘ではないが、大半は嘘。何かを食べるとその成分は消化され、身体の中で再構成される。だからコラーゲンが足りないからコラーゲンを摂ると補える、という思考は生物学的には正しくない。食べた牛のコラーゲンがそのまま身体の中のコラーゲンが足りないところにいって補うという風にはならない。生命活動とは、エントロピーを増大させ秩序を壊そうとする宇宙の大原則に対抗して、常に物質とエネルギーを取り込んでいる自転車操業のようなもの。年を取るとペダルをこぐ速度が遅くなり、最後はエントロピーの法則に追い抜かれて死んでしまう。このペダルをこぐ力をダメにする食べ物、逆に活性化する食べ物というのはあるのか。それはあると思います。人工的なものの多くは生命に対して負担になる。だから良い食べ物を選ぶというのは大事。このコペルニクス的大発見をしたシェーンハイマーは若くして自殺してしまったそうです。謎の自殺をして、スッカリ忘れ去られた人物。・ルドルフ・シェーンハイマーについて検索してみたら福岡さんの別の本につながりました。こちらの本も面白そうです。http://viaud.blog16.fc2.com/blog-entry-377.htmlそのあと1953年にワトソンとクリックがDNAの二重螺旋を発見したので、生命が時計仕掛けで自己を複製していく、という機械論的生命観が磐石になっていった。これにも充分な意味はあったが、機械論的生命観にちょっと傾きすぎるのではないか、シェーンハイマーの業績を思い出してみませんか、という思いもあってこの本を書きましたと福岡さん。ここで中間ですが、今日のエキスはだいたい終わったのではないかと思います。後半は軽く流します。シェーンハイマーの考えは宗教のほうに行くのではないですか、と竹村さん。東洋的な流れ、輪廻というような考えと親和性があるかもしれません。それが西洋社会でも再発見されているのです。機械論的な生命観の元はデカルト、それが合理的な見方ということになったが、それをシェーンハイマーが「必ずしもそうではない、全体的に流れている」という考えを導入してきたのです。ハードとソフトみたいなもの。確かにデカルトという名前は固く感じられ、シェーンハイマーは流れているように感じられる、と一同笑い。デカルト的機械論が臓器移植、遺伝子組換、再生医療などの底にあって、部品の入れ替えでいい、という考えにつながっている。それでうまくいっているところも沢山あるが、人間の身体のパーツは一定の機能だけを担っているだけでなく、全体の機能の一要素としてバランスを受け持っている。だから機械論的なアプローチだけでは生命の精妙さを把握できないところがある。非常に重大な、皆が知っておかなければならない問題を提起しているのが福岡先生。それを庶民にわからせるために本を書いているのですね、と竹村さんも感心します。啓蒙的な意味だけでなく、自分の考えを一度まとめる意味でも書いています、と謙虚な福岡さん。先週とはいささか風景が違います。生命と無生物の違い、という難しい話だけど聴いていてよく分かった、と竹村さん。このあとは若干横道にそれた話になります。若い女性たちが水問題、環境問題などを積極的に知ろうとしている、身近に感じられる問題になっている、と竹村さんが語ります。三宅一生サンの美術館の話も出ました。幸田真音さんの番組で知りましたが、この美術館は確か安藤忠雄さんが設計されたものです。三宅さんの「一枚の布」からイメージして、一枚板の鉄板で屋根を作っているそうです。非常に難しい設計で、これに応えられる職人は日本にしかいない、というような話でした。分子生物学はどんどんミクロなところに入っていくが、そこで視野狭窄にならず全体としてみなければならない。そこでだけのロジックに捉われると単純なモデル、機械論に落ち込み易いのです。本当にいい話をありがとうございました、で終わりです。今日の話をよく理解するためには「生物の無生物のあいだ」を読んでみる必要がありそうです。ではまた。
2008.01.20
コメント(6)
今日は幸い天気に恵まれました。娘のセンター試験初日です。3年間頑張ってきたので、その実力プラスアルファが発揮できれば、と祈っています。ところで僕の頃はセンター試験も共通一次もありません。今は東京一極集中ですが、当時は地方地方にいい大学がありました。今よりのんびりしていたような気がするのは、昔は良かった、のたぐいでしょうか。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○東アジア・イデオロギーを超えて(古田博司)○日露戦争を演出した男モリソン上(ウッドハウス暎子)○尊敬される国民 品格ある国家(岡崎久彦・渡部昇一)○日本の文化力が世界を救う(日下公人・呉善花)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○パールハーバーの真実(兵頭二十八)「日本の文化力が世界を幸せにする」を読んで持った日本民族の 誇りが、この本ではガラガラと崩れていきます。この違いは どこに焦点を当てるかででるのですが、そこに加えて戦後の 日本と戦前の日本で知らず知らずのうちに変わっているところ もあるのだと感じました。 この場合は戦後のほうが良くなった、という意味で。それが なんであるかは、あとで書きます。 この本では太平洋戦争当時の日本海軍の装備を中心にして、 それが出来上がった経緯、基本となる技術、実戦に配備された 装備の性能と問題点、原因などを細述しています。 またこの技術論を通じて、日本人があの当時、本当に空母 機動部隊を運用してアメリカと戦えるレベルにあったのか どうかも考察しています。 ここに解説された装備とは主に、魚雷、艦上攻撃機、機銃、 エンジン、零戦、空母など、そしてこれらを駆使して戦った 日本軍兵士と司令官についてもコメントしています。 兵器については一般常識と異なっている点(著者が正しいのか、 それとも常識のほうがはやり正しいのか、その判断をする力は 僕にはありません。今後もいろいろ読みながら考えてみたいと 思います)をまず書き上げてみました。 最初は高性能と有名だった日本の魚雷。特に酸素魚雷は 世界無敵と評価されますが、実はものすごく調整が難しい にもかかわらず命中率は低く、当たっても不発も多いなど 簡単な兵器ではありません。(もちろん外国との比較では高性能)しかも1本が今のお金で 2億円もする超高性能兵器で、艦攻の何分の一かの価格、現代の 巡航ミサイルに相当するようなものだったそうです。 だから無駄にすることを極端に嫌ったそうです。 機銃も完全な外国のコピーですが、零戦で有名な20mm機銃は もともと陸上重爆撃機の防御用として導入されたもので、 重爆開発に成功しなかったので零戦に装備されたがものの役に 立たず、「大空のサムライ」で有名な零戦のエース坂井三郎は 7.7mm銃で敵のパイロットの頭を打ち抜いて落とすような 名人技で戦っていたと語ります。 その零戦はもともと長距離爆撃機の護衛戦闘機として開発された ため航続力はあったが、スピード、上昇力など空母援護戦闘機 としては不向きであった、とも書いてあります。 これらの兵器を作るための基本的な技術力不足もあきらかで、 高性能の合成ゴムがないので防弾もシールもままならず、 精巧な加工のできる工作機がないので、エンジンも機能を発揮 できない。 もちろん、ガソリンのオクタン価もアメリカに及ばず、高空性能 で致命的な弱点になったそうです。 現代日本は工作機械の優秀さで世界を凌駕していますが、 これは最初からではなかったのですね。もちろん日本人は 手先が器用で繊細な作業もきちんとできたのでしょうが、それだけ では精密機械は作れなかったのです。 精度を上げる、品質を上げるという意識が工業製品に宿って 初めて今の日本製品の優秀さがあるのだと思います。この性質は 戦争に負けて初めて身についたものかもしれません。 山本五十六はこの魚雷と陸上重爆撃機を組み合わせて陸上基地 から長距離攻撃により来襲する戦艦を撃沈する戦略を練って いたそうです。(マレー沖海戦でレパルス、プリンスオブウェールズを撃沈した ような形) ところがこの大型爆撃機が間に合わず、代わりに高性能魚雷を 運搬、攻撃する性能を持つ艦攻が戦争ギリギリに間に合った ということで、空母-艦攻-魚雷の組み合わせを選択せざるを 得なかったといいます。 また、山本五十六はアメリカの工業力を熟知していたので、 開戦が遅れれば遅れるほど戦力差が拡大することを怖れ、 この三点セットが揃った瞬間、これに賭け、攻撃する覚悟を 決めたとします。 そしてその成果たる真珠湾奇襲攻撃は停泊していた戦艦に対する 攻撃であり、本当に日本海軍がアメリカ海軍と戦いうる能力を 持っていたことを証明するものではない、と言っているようです。 そしてその証明はお互いが機動部隊を駆使して戦った ミッドウェーでなされた、ということのようです。「運命の5分間」など多くの「れば、たら」が語られていますが 最初の索敵の優劣に始まり、提督の判断ミス、空母護衛戦闘機の 一瞬の隙(上昇能力も影響していたのかも)、甲板上の爆撃機の 燃料タンクの防御不足から起こった誘爆の連鎖による空母沈没 など小さな技術力、国民性の差が大きな敗北につながった気が します。 まとめていうと、日本人は総力戦の能力(全てを勝つことに集中 してほかを省みない厳しさ)に乏しいと共に、当時の技術力は 西欧に及ばなかったということでしょう。 また著者が指摘する日本軍の中の人間関係、力関係も興味 深かったです。命令者とその部下が人材のゆとりのなさから「仕事をしてもらう」という関係であったこと、兵士たちは 一般的に簡単に気の緩む前近代的精神、倦まず弛まず(うまず たゆまず)を維持できぬ体質、気質であったと指摘しています。 ミッドウェー海戦時、はるか後方に役にも立たないのになぜ 戦艦を出撃させたのか、も兵士たちの士気を緩ませないため(+戦闘参加報酬を与えるため)だった、との解釈も面白いです。 これらは今の会社にも通じる特性だと思いました。 南雲艦隊の攻撃パターンは伝統的「日本型農業型」、狭い水田 に限りなく頭脳と労力を注ぎ込んで初めて高収穫を得たのと 同じく、攻撃を立案し真面目に従った。 地上攻撃は爆弾、空母は魚雷など攻撃パターンも決定事項、 このサイクルを敵に乱されると、農家が台風に遭ったようなもの。 なすすべを知らずに敗れ去った、とします。 しかし、戦争なんて敵と味方の騙しあい、サイクルの乱しあい なのですから、そうだとすると日本は近代戦には決して勝てない のでは。 そんななかで著者がただ一人評価するのは山口多聞です。 彼は日本海軍で唯一無比のキャラクター、部下の運命に無頓着 になり切れる、士気能力に自信があり、失敗の責任はいつでも 死をもって取る気概があった司令官。西洋近代合理主義に 対抗しうる日本的精神を持った人物であったとします。 本当に僕も山口多聞が機動部隊の司令官であったら少しは 結果も変わったのでは、といつも思います。 いささかまとまりの悪い感想になりましたが、ご容赦ください。
2008.01.19
コメント(2)
◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○東アジア・イデオロギーを超えて(古田博司)○日露戦争を演出した男モリソン上(ウッドハウス暎子)○尊敬される国民 品格ある国家(岡崎久彦・渡部昇一)○日本の文化力が世界を救う(日下公人・呉善花)○パールハーバーの真実(兵頭二十八)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○異能の勝者(中村彰彦) 織田信長から明治時代まで、中村彰彦さんが選んだ人物の 小伝です。織田信長など大スターもいますが、やや世から 忘れられた、でもちょっといい人物、もしくは誤解されて いる人物にしっかりスポットライトを当ててくれています。 簡単に読めて面白いので是非、一度どうぞ。気になった人を 何人か紹介します。 島津義久の慶長の役での活躍、関が原での敵中突破は見事 です。「島津奔る」(池宮彰一郎)も義久が主役ですが、 面白かったですね。 直江兼続が関が原の戦い直前に練り上げた茨城、福島、栃木 を舞台とした必勝戦略、徳川家康と戦わせて見せたかった、 と思います。 それにしても「直江兼続」は養子に入ったのちの名前で、 以前の名前が樋口与六とは初めて知りました。 この名前ではスターになれなかったかも。 福島正則はただ直情、猪突猛進型の武将というイメージが ありましたが、実は部下の話をよく聴き、部下もそれに応えて 直言を惜しまぬ、本当にいい関係にあったと知りました。 松野主馬は、関が原の戦いで西軍から東軍に寝返った小早川 秀秋の先鋒を務めた武将ながら、主人の理なき命令を断固拒否 して裏切らなかった本物の武士です。 ここで拒否したのは戦場まで来ての裏切り、「盾裏の裏切り」 であり、裏切り自身は決して否定しないと言うのも戦国武将 らしいのです。 義を知る武将としてあちこちの大名に迎えられ、最後まで 幸せに生きたと知り、嬉しく思いました。 松平信綱は知恵伊豆として有名です。著者の「知恵伊豆と 呼ばれた男-松平信綱の生涯」は彼が知恵を発揮した逸話満載 で面白かったです。 明治時代以降では中村さんにしては珍しく長州の大村益次郎を 取り上げています。司馬遼太郎さんの「花神」で読みましたが、 才能ある人だったのですね。 もし長生きしていれば、西南戦争なども違った形で裁き、明治 の軍政も大きく変わったのではと指摘していました。 立見尚文、伊東祐亨、島村速雄たちは乃木希典や大山巌、東郷 平八郎の陰に隠れた名将たちです。著者が書かれている 「闘将伝」「海将伝」などで彼らの偉大さを知りました。 日本人はもっともっと歴史を学んで、日本の偉人、名将などを 知るべきです。 第一次世界大戦時の山東省のドイツ軍捕虜が徳島県の捕虜 収容所で大切に扱われ、今に到るドイツとの交流のルーツ になっていることは知っていましたが、その名収容所長が 松江豊寿であることは初めて知りました。 長州閥の明治陸軍の中で、会津武士として敗軍の兵の心情を 知って武士の情けで接したのでした。 最後に広部精です。彼は大政奉還時の大名家270のうち、 唯一、華族になれなかった主君、請西藩主林忠崇ために必死で 働き、華族の地位を勝ち取った人だそうです。 その忠義の心と共に、その請西藩が僕の住む木更津にあった藩 ということで親近感を持ちました。 この林忠崇は昭和16年、94歳まで生きて、“最後の大名” となったそうです。
2008.01.16
コメント(0)
三連休でまた読書などを楽しんでいます。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○日露戦争を演出した男モリソン上(ウッドハウス暎子)○日本の文化力が世界を救う(日下公人・呉善花)○パールハーバーの真実(兵頭二十八)○異能の勝者(中村彰彦)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○日本帝国の申し子(カーター・J・エッカート) 日本が朝鮮を併合していたことについて、日本人からみれば 西欧の植民地とは違って搾取だけでなくそれなりにいいこと もしてきた、と思うが、朝鮮人からすれば、本来自然に発展 してきた朝鮮が収奪され、悲惨な歴史を負うことになった、 と恨む。 この永遠の対立関係に対して第三者がどうみたか、それも 政治的にではなく、経済に関して知りたくて読みました。 これは朝鮮の民族資本といわれた京城紡績株式会社(京紡) の発展とそれにかかわった朝鮮人資本家たちの行動、資本蓄積 の過程について当時の資料、当事者のインタビューなどを 含めて綿密に調査を行い、ミクロな観点で分析したものです。 結論から言えば、日本併合以前の朝鮮には資本主義の萌芽は なく、産業資本、基盤の蓄積もほとんどない状態から始まった 朝鮮経済は日本からの技術、人的資源、金融資本の導入により 徐々に発展、日本帝国の産業体制のなかに組み入れられて いったのです。 その過程で、日本本土への米の輸出によって小規模な資本蓄積 を行なった朝鮮の地主階級が少しずつ産業への投資に足を 踏み入れていったのです。(当初は土地への投資が一番の高収益を上げており、産業への 投資は進まなかった) やがて、日鮮のより一体化を狙って、日本側からも朝鮮産業の 育成、朝鮮資本家の育成が進みます。朝鮮総督府が指導して 国家資本主義発展への舵が切られ、日本産業の下請け的 二層関係、また中国大陸、満州とのつなぎの存在(物理的 にも産業構造的にも)として最大限の発展を遂げたのです。 そのなかで朝鮮資本家たちは総督府、朝鮮銀行との関係強化 を通じて、自分たちも豊かになり、日本帝国の発展にも寄与 しました。 その行動は民族的というより資本家的行動で、賃金面、待遇面 でも同胞である朝鮮人労働者をある意味で搾取しながら会社を 発展させていきました。 彼らは元朝鮮総督斎藤実を慈父と呼び、元総督が朝鮮を来訪 したことを家族のもとへ帰宅したことに比し、「閣下をお迎えするにあたり、我々の心情は……長旅から慈父が 戻るがごとく感じております」 とまでいうほどの関係だったのです。「この言葉は単に媚びへつらっていたわけではなく、自分を含む 朝鮮人実業家と総督府役人のあいだでの個人的な体験と交流に 基づいたものであり、儒教的色彩の濃い官僚資本主義体制に おける政府と実業界の関係を反映しているのである。 これをもっても、1930年代には朝鮮人資本家階級が植民地体制 にしっかり溶け込んでいたことがわかる」 と著者は言います。 日本の植民地下で資本主義を発展させたことから韓国の資本主義 は、西洋諸国はもちろん、母親である日本とも違う、特殊な 資本主義になっていきました。(その意味では、全ての国がその国独特の資本主義を持つもの です) 韓国資本主義の特徴は、資金、技術その他の面における 国家政府と外国への依存、独裁的政治権力との結びつき である、といいます。 しかし、1960年当時、フィリピンより貧しく、これといった 資源、輸出産業もなかった韓国が60年代半ば以降、誰も予測 しなかったスピードで成長し、韓国経済発展したのは植民地時代 という長い準備期間があったからである、とまとめています。 この本はアメリカで高く評価されていますが、韓国では全訳は されていないそうです。日本が朝鮮の産業を育成したのは朝鮮の ためではなく、自分たちのためにやったのだとはっきり指摘する などかなり中立的な本だと思いますが、これすら韓国では 認められないのでしょうか。 この後に読んだ「日本の文化力が世界を幸せにする」に述べられた 韓国の問題がここに凝縮されていると思います。
2008.01.14
コメント(0)
今週のゲストは「新しい株式投資論-合理的へそ曲がりのすすめ」の著者で経済評論家の山崎元さんでした。竹村さんが最初に「本のタイトルにもあるけど、事前に話をしてこの人もかなりのへそ曲がりだと思った」と語ります。あまのじゃくを自認する竹村さんからへそ曲がりと認定されるとは相当ですね。東大経済学部を卒業後、三菱商事を皮切りに25年間で転職12回、一流企業を渡り歩いているそうで、「日本では珍しい、回数的にはNo1じゃないですか」と竹村さんも呆れ顔。山崎さんの転職履歴です。・三菱商事→野村投信→住友生命→住友信託→シュローダー投信→バーラー→メリルリンチ証券→バリパ証券→山一證券→DKA→UFJ総研→楽天証券・新しい株式投資論 合理的へそ曲がりのすすめ;http://d.hatena.ne.jp/zoe1/20071105・同上;http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refISBN=45696920871社2年くらいの計算ですが、山崎さんが入った会社は、人を買うというより仕事を買うそうで、おもにそれらの会社で資産運用部門やリスク管理の体制つくりをしてきたそうです。竹村さんは証券、金融業のもつ力について話題を移します。日本では証券人口は10万人程度で勤労者6000万人の1%以下だが、その証券業がイギリスではGNPの10数%を稼ぎ出していてここ15年以上ずっと経済成長を続けている。それくらい金融・証券界の規模が大きくなっているのが日本にはまだよく伝わっていない。ロンドン、ニューヨーク、東京はちょうど世界を三分する位置にあって、金融面で有利な位置にあるのに、どんどん香港やシンガポールに取引が移っているのは規制が多くてやりにくいから。そういう意味で、日本もようやく国会議員が集まって国家ファンド(国の資金を優秀なファンドに運用させるというもの。シンガポールやアラブ諸国で実施)をやろうという動きが出てきたことに希望を見出している、と竹村さんは話します。竹村さんの最近の主な提言の一つがこの国家資産のファンドによる合理的な運用の勧めです。シンガポールなど7~10%の運用成績をあげていると言われていますので、日本もうまく廻れば、消費税など不要になる、というのが竹村さんの主張です。ところがここで「国家ファンドはどうかと思います。官から民へ、というのがお金の流れですから」と山崎さんのへそ曲がりが出ます。「有能なファンド、プロ中のプロに運用を任すといいますが、素人の集まりである政治家や官僚にファンドの評価はできないだろうし、第一、本当に優秀で稼いでいる人は自立して自分の資産を運用するようになるのです。人の金を運用したいという人ももちろん沢山いますが、それは高額な手数料が取れるし、失敗してもごめんで済むから」と実にクールです。でも世界には何百人かは稼いでいるファンドマネジャーはいるでしょう、と竹村さんも食い下がりますが、「過去に成功したからといって今後も成功するとはいえない。過去と将来には全く相関はない。と言い切ります。この考え方は以前、この読書日記で紹介した「敗者のゲーム」そのままですね。マーケットに対して常に勝ち続ける人はいない、ということです。さらに竹村さんは、ウォーレン・バフェットやジョージ・ソロスを例に出して勝ち続ける人もいるではないか、と反証を試みますが、バフェットも才能なのか運なのか証明できていない、過去大きな賭けに数回勝っただけ、とかソロスは敗北寸前までいったことがあると切り捨てます。ここまで尊大になるのはどうでしょうか?少なくとも僕はバフェットの力は信頼できると思います。ただ山崎さんが、プロに運用を任せたら大丈夫、外国人は運用がうまいというのは誤解でファンドの宣伝がうまいだけ、というところはそうかもしれません。成功しないファンドは統計データから落ちてしまうのでうまくいっているように見えるだけ、プロや外国人は運用がうまい、というような幻想は持つな、だそうです。竹村さんはあくまでも、製造業だけで稼ぐ時代からお金にも稼がせる、金融立国を目指すべきと自説を繰り返しますが、山崎さんも遠慮容赦なく国家ファンドを切り捨てます。国家ファンドといっても、結局は世界中の一流といわれるファンドにばら撒くようになるだろうが、高い手数料を取られるだけ。中国、アラブなど民間の投資環境が整っていないところではやむをえないが、イギリス、ドイツなどは国家レベルではやっていない、と譲りません。山崎さんは個人が勉強をしながら自分でリスクをとって投資をするのはいいが、国家が大金を使ってやるのはうまく行かない、ファンドのカモになるだけ、と厳しいです。日本は国に投資する金があるのなら、民間に返しなさい、そして民間で運用させるのが健全な考え方、と続けます。運用は運次第、国には説明責任もできませんからやるべきでない、世界で国家ファンドが増えているのはアメリカの赤字の裏返し、といいます。とにかく、いくら竹村さんが21世紀の国家戦略としての金融立国、国家ファンドを提言しても聞く耳を持たず、あくまでも個人、民間でやるべし、なぜなら大金をうまく運用して確実に儲けさせてくれるものなどないから、と断言します。最後は竹村さんも切れたように「あなたの言い方では日本は前に進めないじゃないか。話としてはユニークではあるが、これでは21世紀の日本の進む道の妨害になる!」とまで言います。こんな展開はこれまでで初めて、激論のうちに番組は終了しました。
2008.01.13
コメント(6)
雨の土曜日、読書日記をコツコツまとめています。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○日本の文化力が世界を救う(日下公人・呉善花)○パールハーバーの真実(兵頭二十八)○異能の勝者(中村彰彦)○日本帝国の申し子(カーター・J・エッカート)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○靖国問題と中国(岡崎久彦・屋山太郎) この本は岡崎久彦さんと屋山太郎さんという保守派の論客が、 靖国問題だけを何度も何度も読者に語り、また日本の政治家 を正し、あるいは中国に解決の示唆を与え、無益な争いを 終わらせようとする涙ぐましい苦心の結晶です。 涙ぐましいという訳は、両者がこれだけはっきりした議論を して靖国参拝の正当性の根拠を示し、小泉首相の歴史認識なき、 知覧の公約によってほぼ達成されていた靖国問題の沈静化が、 また福田首相の確信的朝貢外交によって無に帰すところを 今、見ているからです。 他国の慰霊の作法に内政干渉することの外交的非礼、A級戦犯 というもはやどこにも存在しない(講和会議後、関係諸国の 了解の下、犯罪性は消された。だからA級戦犯から大臣も 出たし、国連大使も誕生した。7人も生きてさえいれば よかったのです)ということ、さらには東京裁判自体が不当 であったことなど、日本人であれば心を一つにして対外的に 主張すべきところがバラバラであるのはなぜなのでしょうか。 アメリカのウォーギルトインフォメーションによって誕生した 自虐史観のなせる業、そしてそれが周辺諸国にとって価値ある もの(国内の団結を維持でき、またお金にもなる)であるかぎり 終わることのない日本民族に対する攻撃なのです。 まさに戦争は終わっていない、と覚悟して対峙する問題なのです。 今の年寄りは諦めて、子供たちを教育し直すしかない のでしょうが、これに使う教科書が沖縄の集団自決について あんな迷走をたどるようでは見通しくらいですね。 内容の切れ味のよさが却って現実とのギャップを際立たせて、 悲しくなりました。でも靖国問題で迷っている方には是非 読んでもらいたいと思います。
2008.01.12
コメント(0)
さて、長かった休みも終わって、今日から仕事始めです。みなさんも元気にお仕事、頑張ってください。これまで読み貯めた本の日記を全て書き終えました。これからはボチボチ書き進めていきますので、よろしくお願いします。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○パールハーバーの真実(兵頭二十八)○異能の勝者(中村彰彦)○靖国問題と中国(岡崎久彦・屋山太郎)○日本帝国の申し子(カーター・J・エッカート)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○アメリカでは常識のニッポン人取扱説明書(ロバート・ツチガネ) タイトルが面白いのと訳者が豊田有恒さんだったこともあって 手に取りました。 前書きに「現代の日本を内部から観察してみるとその脆弱性 ばかりが目につきます。……それでいて当の日本人は全く その自覚がありません。……日本人は、日本のことは世界に 知られていないと思い込んでいるふしがあります。 けれども……日本人のやり方は多くの外国で知られるように なっています。……つまり日本人の取り扱い方が多くの外国人に 知れ渡ってしまったのです」と非常に厳しく書かれています。 これまでの日本人論とちょっと変わった視点で日本人を分析し、 改善策を提言していることを期待して読みましたが、やや外れ。 それにしてもよくもこれだけ言えるなあ、というくらい、 日本人の欠点が並びます。 曰く、外国人に弱い、お上に弱い、刑罰が軽い、被害者を 守らない、敗北主義、中国礼賛はもう辞めたら、ニッポン人 だけの裏料金がある、暴利を要求しても文句を言わない、 技術退国ニッポン、規制好きの日本人は規制をすれば黙る、 ニッポン人は勤勉ではない、学生たちは全くの不勉強、 好奇心のない日本人、かくして日本は世界の敗者になった、と。 確かにその通り、という話も多いのですが、この著者(正真正銘の日本人ですがアメリカに帰化したようです) にはあまり日本への愛情を感じませんでした。 これだけのんきで人のいい日本人とそれを騙してカモにしよう と狙う外国人と、どちらが好ましいのでしょうか。 僕は少々の問題はあろうとも、やさしくて人を信じる、日本人 が好きです。 これだけ純真、悪人擦れしていない日本人のよさを肯定的に 語ることが大事なのでは。 ただ一つだけ「日本人とは友人になれない」と語る外国人の 指摘にはうなずくところがありました。 著者は、日本人は人間関係が薄いようだ、と指摘します。 日本人は集団的だといわれ、会社での同僚との付き合いを 家庭生活に優先させますが、果して個人的に友人と呼べる 人間が同僚の中に存在するか、と問いかけます。 そして著者はノーと答えます。一緒になって上司の悪口や 会社への不満を言い合ってはいても、本当に心を許しあって いるわけではないのです。 日本人同士でも集団性はあるものの、対人関係は希薄なのです。 外国人はそこがはるかに濃厚だそうです。日本人のように 同僚全てと付き合うわけではなく、心を許しあった相手と 親友として付き合っているのです。 自分にも当てはまりそう、と納得、反省しました。
2008.01.07
コメント(0)
今週のゲストは「ゴルフで老いる人、若返る人 エイジング・マネジメントのすすめ」の著者でメディカルスキャニング溜池山王クリニック院長の斉藤真嗣さんでした。・「ゴルフで老いる人、若返る人 エイジング・マネジメントのすすめ」http://www.sunmark.co.jp/frame_isbn/978-4-7631-9762-7.html今回は竹村さんが最も関心を持っている分野のひとつ、アンチ・エイジングについての専門家とのお話でした。ゴルフは竹村さんも少しやられるそうで、最初に盛り上がったのは「歩くのがいい」という当たり前の話、著書にはそれ以外にもいろいろ書いてあるようです。調べたところ、目次には以下の項目が並んでいました。・ ゴルフの前夜に酒を飲んではいけない・「飛ばすゴルフ」は体をダメにする・ トイレに行ったら、おしっこの色を確かめる・ 冬場のゴルフで気をつけるべきこと・ 腰が痛いのは「老いるゴルフ」をしている証拠・ 飛ばさない練習を繰り返そう・ 背骨や腰に負担をかけない理想のスイングとは?・ ターゲットゲームにフルスイングは必要ないお年寄りには飛ばすゴルフは禁物、スコアを競うのだから、コントロールされたスイングでコツコツいけ、ということでしょうか。飛ばさない練習をしよう、というのは面白いですね。僕も数年前、腰痛でゴルフを中断してそのままです。ずいぶん熱中したゴルフですが、今はほとんど興味もなし。一方、健康にいいとされるウォーキングは毎朝続けています。若返る最大の秘訣は成長ホルモンが分泌し易い環境をつくることにあるそうで、一日1℃体温を上げるのがいい、といわれます。体内で熱を作っているのは筋肉、その筋肉の7割は下半身にあるので、だから体温を上げるには歩くことがいい、とつながります。さらに、人間の筋肉は下半身から衰えていくそうです。だからこそ歩くべき。歩く習慣をぜひ、身につけて欲しい、と斉藤さん。体温を上げることは免疫機能の活性化にも有効で、1℃体温を上げると免疫機能は5倍あがる。1℃下げると3割下がるそうです。アルコールを飲んでもポカポカした感じになりますが、これは体感では暖かいようでも実際は下がっているとのこと。もう一つ効能として、体温を上げると筋肉も増えるそうです。すると内臓の脂肪が減るそうで本当に歩くのは効果大です。ここで竹村さんは、自分が日々飲んでいるサプリメントの話を出します。サプリメントは有効かどうか。サプリメントは有効。是非飲んでください、というのが斉藤さんの回答。アメリカではサプリメントを飲むこと(その補助など)を法律化しているそうです。たとえばDHEAというホルモン。これは加齢と共に低下しますが、百歳ちかくまで山に登っていた三浦敬三さん、エベレスト登頂の高齢者記録をもっていた雄一郎さんなど三浦一家はこのホルモンが高かったそうです。これは生活習慣、遺伝など多くの結果ですが、心身ともバランスよく老いるのが大事とのことです。抗酸化物質であるビタミンA、C、Eなども血管のさびを防ぐのに有効。よく言われますが、血をサラサラにするだけではだめ。血管が老化すると詰まったり、切れ易くなり、脳梗塞、心筋梗塞の要因となります。血管老化の要因として、大きい順に高血圧、喫煙、糖尿病、高コレステロールだそうです。タバコは発がん物質であるだけでなく、血管を老化させるほうでも悪玉です。パイプ党の竹村さんには悩ましいようで、奥さんなど周辺の人への影響も気にします。タバコと寿命の関係は他にも因子があり確定できないが、血管の老化をマネジメントするにはタバコははっきりと有害。老化を加速するということです。アメリカでは予防医療が進んでおり、法によってサプリメントを安く売るようにしている。例えばメラトニンは睡眠の質をよくするホルモン。20代まではたくさんあるが、50代になるとなくなる。結果として睡眠の質が悪くなる。眠りが浅い。途中で目覚めるとか。これが1か月分5ドルで買えるそうです。その結果、アメリカではこれにより2003年、医療費を40%削減することに成功。日本でもメタボリックシンドロームの人を病気になる前に治療しよう、という動きが出ているとか。アンチエージングの専門家は3年前に3人しかいなかったのが、今は20人くらいに増えたといます。水をたくさん飲むのも健康にはいいとか。健康、長生きに関する話は尽きませんが、ここで時間が来ました。
2008.01.06
コメント(2)
◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○靖国問題と中国(岡崎久彦・屋山太郎)○アメリカでは常識のニッポン人取扱説明書(ロバート・ツチガネ)○日本帝国の申し子(カーター・J・エッカート)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○軍師・佐々淳行「反省しろよ慎太郎だけどやっぱり慎太郎」 (佐々淳行) この本は雑誌「諸君!」に連載された佐々さんのコラム「インテリジェンス・アイ」をまとめたもので、石原都知事の 都知事選選挙対策本部長を務めた際の危機管理の実例から 安倍首相の危機管理への苦言、日本の防諜体制の不備、 非核四原則(三原則+語らず)の愚かさなど佐々さんの鋭い政治、 マスコミ、識者批判になっています。 なかでもタイトル(反省しろよ慎太郎だけどやっぱり慎太郎) にもなった「石原都知事選対本部長かく戦えり」が秀逸でした。 石原慎太郎を再選させた裏方に佐々淳行さんがいたとは 気づきませんでした。 ただ、前半戦で有望そうに見えた浅野さんがみるみる色あせて いったという印象はありました。選挙戦における危機管理、 まさしく佐々さん面目躍如の名参謀。 安倍さんの危機管理との比較もありましたが、安倍さんにも 佐々さんがついていたらなあ、本当に残念。 この中で最初に知ったのは、「コンプライアンス」の本当の 意味。普通、日本では「法令遵守」とされていますが、渡部 さんなどの発言から「服従」とか「従順」という悪い意味が あるところまでは知っていました。 しかし、佐々さんの定義は「応諾」で、自分への攻撃に 敏速適確に対応し、被害を最小限にくいとめる着陸点を探る こと、だそうです。 ありとあらゆる不平・不満・苦情・謝罪要求・取り消し・ 損害賠償・辞任などなどであなたやあなたが所属する組織に 対する悪意を持った攻撃からの「組織防衛」、「人身攻撃 からの個人防衛」が本来の「応諾」という意味の英語、である そうです。 つまり単に法令遵守をして嵐が過ぎ去るのを低頭して待つ という消極的意味より、いかに適確に対応して組織および 攻撃された個人を守るか、という積極的意味のある言葉 なのだと理解できました。 それ以外は、日本も普通の国のようにスパイ防止法を作って 国益を守れとか、核について語ることすらタブー視するな、 日の丸、国歌の尊敬は当然、社会正義の実現が弁護士の責務、 行き過ぎた同和行政、放送禁止語による言葉狩りの問題などなど 至極まともな発言ばかり。 なぜこんなことが素直に進まないのか、本当に残念に思います。○ニッポン神社紀行(大野芳) お正月に日本の伝統を考えるというのもいいもの、 何となく面白そうだったので手に取りました。 日本中に神社を見て廻り、由来を勉強し、何よりも神社に 恭しく頭を下げることが好きなお三方(著者、志村氏、片野氏) が「神社面白クラブ」を立ち上げ、全国の神社を巡り歩いた 本です。 日本には、たくさんの神社があります。(本ではやく8万社) ベストテンを多い順に並べると、八幡、伊勢、天神、稲荷、 熊野、諏訪、祇園、白山、日吉、山神だそうです。 神社は氏神信仰からはじまった古代共同体が、のちに 力のある神をほかから招く「勧進型信仰」に転じたため、 地元の神と全国チェーンの神が共存することになったそうです。 確かに、八百万の神様というごとく非常にたくさんの神様が いらっしるので、神社が何方もの祭神を主神、脇神として 祭られているのも当然かもしれません。 基本的には、 天つ神(高天原の天照大神系)→天孫系と 国つ神(その土地を治めていた神)→出雲系 の二つの流れがあるそうです。 天つ神は国家権力を握り、国つ神は国土開発・殖産興業に専念、 両者が補いながら日本という国を守っている、というように 話されました。何となく納得。 その地の要望によって、最初は火山鎮静の神様が主神だったのが、 鎌倉幕府に近かったので、国家を守る神に主神が代わった 三嶋大社の例など興味深かったです。
2008.01.05
コメント(0)
正月休みは自宅でのんびり。食べたり飲んだいりながら、これまで読んできた本の読書日記をまとめています。ということで、連続配信ですが、休みが終わればまた普段のペースに戻ります。食事についても気になり「粗食で生き返る」なんて本も読みました。食べすぎがよくない、この一言です。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○ニッポン神社紀行(大野芳)○日本帝国の申し子(カーター・J・エッカート)○軍師・佐々淳行「反省しろよ慎太郎だけどやっぱり慎太郎」 (佐々淳行)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○売国奴(黄文雄、呉善花、石平) このお三方は現代日本の外部応援団としては最強の方々 でしょう。 くしくも、台湾、韓国、中国と日本周辺の全く違う国から 日本にやってきて日本を知り、母国との違い、日本の良さを、 日本人を含めアジアの国々に発信してくれるという ありがたい日本伝道の猛者です。 いつものようにさまざま有意義な議論が発展していますが、 とくに興味をそそられたところだけ。 韓国は科挙の精神、学問のできる人が人格にも優れていて 国を司る、という構造が続いている。その人格的に優れた国 のトップがたった一つの歴史観を決めて、それしか認めない。 多様な歴史認識の議論は到底できない。 中国はその時々の政治状況が歴史観を決める。かつて中ソ 対立時は日本に防衛力の増強を求め、歴史問題など 持ち出さなかった。 今はアメリカとうまくやるため、日本をコントロールするため に歴史認識を持ち出している。 日本が中韓それぞれと歴史認識を統一することは不可能。 自分たちの歴史認識認めろ、と言われるだけ。 なぜ日本の上層部はこんな自明の理が分からないのでしょうか。 いっそのこと、まず中国と韓国に歴史認識の統一をさせたら どうでしょうか。 そうすれば、全ての国に認められる歴史認識などないことを 知るでしょう。 もっとも、両国とも充分承知の上で日本を困らせるためだけに やっているのであれば別ですが。 中国との間で歴史問題を解決するには、お互いが外交の場に 歴史問題を出さないようにするしかない、とありましたが、 現在問題になっているのは中国が一方的に持ち出している からで、向こうが態度を改めるしか解決のしようはありません。 韓国では儒教に基づく家族主義を国のまとまりの基盤と していたのが、近代資本主義の発展の中で家族主義が崩壊 してしまい、何もない状態にある、と呉さん。 キリスト教がかろうじて精神的部分を担おうとしているが 不十分。日本は家族主義が崩壊してもまだ武士道に基づく 倫理が残ったので国は安定している。 中国は資本主義の途中段階にありながら、文化大革命などで 儒教精神を壊してしまったので何もない状態。 ここで文化の話に移りますが、三人の認識では、中国、韓国 とも前の時代の文化を破壊してそこに現政権を正当化する 文化を続けてきたので、古い伝統と呼べるものが残っていない、 とします。 一方、日本は岡倉天心も気づいたように「日本はアジアの 思想と文化の博物館であり、信託倉庫であり、相続財産の 保存庫」なのです。 日本は「原始美術の根源的精神」によって、各時代のアジアの 最高の文化を連続して取り入れ続けたのです。 呉さん曰く、この根源的精神とは「細かさイコール美しさの 感覚をもったソフトアミニズム的な精神」だそうです。 日本のよさとは自然の美しさ、ただの自然ではなくて 人間の生活と融合した自然の美しさだということでも 三人はほぼ合意しています。 これを融合の文化といい、中韓は大陸の対立の文化と対比 させていました。 黄さんは日本を「誠」の文化、中華世界は「詐」の文化 とします。 日本は善悪ではなくて美醜を問題にするといます。 行動原理としての善悪はお互いの立場で変わることが ありますが、美醜は簡単な論理で決まる、そこが日本の 興味深いところとも言っていました。 日本人の中でもっとも嫌いなところは何か、という問いに 対する三人の答えもほとんど同じです。 反日的日本人、共産主義にへつらう日本人(大江健三郎など)、 偽善的日本人(大江健三郎など)でした。全く同意します。 中国は反日と親日が並立可能、でも韓国は反日と侮日が セットなので永遠に反日ほなくならない、というような 話もありました。○粗食で生き返る(幕内秀夫) 軽く読みました。 簡単に言うと日本の伝統のご飯、味噌汁、漬物、焼き魚、 納豆などが日本人には一番合っている、ということです。 牛乳も生野菜もヨーグルトもそしてもちろん肉ももともと 日本の伝統にない食材なので、無理に取る必要はない、 無理に摂るとかえって害になる、とします。 バランスの取れた食事をとれというが、実際はその土地に 独特な「偏食」をしているのが事実。欧米人はステーキ、 牛乳、チーズなどを食べており、日本人は米、味噌汁、 焼き魚を食べてきた。肉も焼き魚も両方食べることを バランスの取れた食事とはいわないそうです。 本当の意味でもバランスをとるなら、日本の風土にあった 食材を偏食すべき、というのが結論です。
2008.01.04
コメント(0)
今日はNHKハイビジョンで世界の遺跡めぐりや、安藤忠雄さんのインタビューなどを見てのんびり過ごしました。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○日本帝国の申し子(カーター・J・エッカート)○軍師・佐々淳行「反省しろよ慎太郎だけどやっぱり慎太郎」 (佐々淳行)○売国奴(黄文雄、呉善花、石平)○粗食で生き返る(幕内秀夫)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○もし、日本が中国に勝っていたら(趙無眠) たまたまネットで知ったこの本、僕も同じようなアイデアを 考えていましたので期待して読みました。このような内容の 本を中国人が書いたということが興味深く、彼の地の知識人 の中でも話題になっている、というのが面白いです。 最初に訳者前書きで書かれているように、著者は日本の立場を 理解しているわけではありません。逆に日本は南京大虐殺を 起こしたはずだというスタンスです。 それは歴史上、中国に侵攻した異民族はすべて虐殺を起こして いるし、それ以上に漢民族同士が殺し合いを続けている のだから、日本だけやらなかったのはありえない、という 考えです。 だから、日本が中国に攻めて行って残虐な行為を繰り返した のは中国の歴史では当たり前のこと。日本人がいつまでも 言われるのは日本が征服途上で敗北したから。 その後、中国に吸収されず独立し続けて反映しているから なのです。(ここはなかなか真実を着いていると思います) 歴史的に見ると、中国大陸、中原は華麗な華として周辺の 異民族を引き寄せ、侵入させますが、最後には漢民族に 取り込まれ、中華人になってしまう。 日本人が明治以降、中国大陸に進行したのも歴代の異民族と 同様、中華に魅了され、征服を目指したのだと考えています。 自虐史観にどっぷり浸った日本人も保守的な日本人も、 元や清のように日本が中国を征服して新しい王朝を作る 可能性があったなどとは思っても見ないようですが、著者は その可能性を指摘しています。 もし、日本政府に明確な意図があり、歴史を勉強してさえ いれば、兵力の集中投入、傀儡政権の擁立、住民の懐柔で 日本王朝を成立しえたのです。 ここまでを読むと、日本人にとって理想的な世界になった のかも、と思うかもしれませんが、実は違います。 そうなっていれば、その後、日本民族は漢民族に吸収され、 満州族やモンゴル族のようにほとんど消え去っていただろう とします。 まさにそうでしょうね。もし日本民族が存続し続けた としても(人口がモンゴルなどより遥かに多いですから)、 2億人くらいの漢民族が国内を移動して日本列島に定住し、 緑の山々は丸裸、河川は汚染され、大変なことになって いたのでは。かつて中国大陸で漢民族がやってしまった ように。 それに引き換え、わが日本人の祖先は穏やかに時を過ごし、 豊かで自然に優しい国づくりを成功させてきたのです。 ほぼ同時期に「あと3年で、世界は江戸になる!」を 読んだことで、なお一層その思いが強くなりました。 日本は日中戦争に勝たなくて、よかったのです。 これからもつかず離れず、独自に生きていくのが一番 だと思います。
2008.01.03
コメント(0)
新年明けましておめでとうございます。今年も大晦日の紅白終了直後に家族揃って家を出て、近所の八雲神社で新年を迎えてそのまま初詣、娘の大学受験の合格を祈りました。同時に、今年が日本自立の年となることを祈ります。帰りにセブンイレブンに寄っておでんを買い、家で食べるのも恒例でした。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○日本帝国の申し子(カーター・J・エッカート)○軍師・佐々淳行「反省しろよ慎太郎だけどやっぱり慎太郎」 (佐々淳行)○売国奴(黄文雄、呉善花、石平)○粗食で生き返る(幕内秀夫)○もし日本が中国に勝っていたら(趙無眠)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○吉田茂の遺書(加瀬俊一) これは1967年の本を1993年に復刻したものです。 これを読んで、本当に吉田茂は今から見て、いや今から見る からこそ立派な政治家、立派な見識を持っていたことが 分ります。 生意気を言えば、今の評論家の皆さんが新たに付け加える 必要は余りありません。 ただ、吉田茂を再評価することで、現代の危ない日本は かなり矯正されるのではないでしょうか。 いい言葉がたくさんありましたから、一つ二つ。・自由は、他人に分け与えることによって、初めて真の自由 になる。他人の自由のために、自己の自由を抑制することで 初めて真の自由は生まれるのである。 また吉田さんは、早くも日本に国際的に連携した対共産圏の 情報機関を設立しようとしていました。安倍さんの構想を 平気で潰す福田さんとは正反対です。 日本の進歩的文化人と称する連中は、家族制度は封建制の 遺風だから有害だ、と放言するけど、どうやら親孝行は、 ソ連、中国では国家公認の美風になっているようですな、 として加瀬さんが集めた両国の少年期のしつけについて 引用します。・ソ連の生徒守則……親の言うことを聞き、その手助けをして、 弟妹の面倒を見ること。・中国の小生生守則…父母を敬愛し、弟妹を愛護し、自分で できることは自分でして、父母の手助け をすること。 まるで日本の教育勅語のようなものですね。教育勅語のほうが 格調高いですが。・共産主義は、いずれ、自壊する運命にあると信じています。 もし、コミュニストの言うように、共産主義政権が成功する ものなら、成功の結果、政権は共産主義的性格を、多分に 失って変質するに違いない。 また、もし失敗すれば、民衆が立ち上がって、叛乱を起こす でしょう。……だから、共産主義は良くいっても悪くいっても、 崩壊を免れない、というわけです。 ところが、資本主義のほうは、不断の工夫によって、体質を 改善するから、決して、マルキストが言うようには自壊 なんかしないんですね。・こうなるのはしごく当然だと思う。共産主義は人間性の否定・ 自由の否認なのですから。 吉田さんはここで先の例をソ連としましたが、現代から見れば これは中国でのことあり、ソ連は後者の例として共産主義政権 を崩壊させてしまったのはあきらかです。 吉田さんのユーモアも楽しかったですね。吉田さんの大磯の 新邸に何か適切な名前はないかときかれて、加瀬さんは 主人の人柄を表す表現がよいと思って「海千山千楼はどうですか」というと吉田さんは、わが意を得たり、 という表情で賛成してくれたそうです。 ところが数日後に政界のお歴々を招いて開いた落成式で 吉田さんは不意に、「そこにいる加瀬は怪しからん男でしてね。この家に似合う名前を 考えてくれと頼んだら、なんと海千山千楼とつけたんですよ」 と言ったそうです。 当然、一座はどっと笑い崩れますが、笑い声がしずまると、 吉田さんは取り澄まして「諸君はなにか誤解しているようですな。私が海千山千楼と命名 するのは、どうせここに来る客は、みんな、海千山千だからですよ」 吉田さんが最も危惧を感じていたのは、中国が核武装を 急テンポで進めている事実です。そして、 いまや日本は経済的実力を備え、一流国となった以上、防衛に ついて真剣な努力を払う必要がある、と力説していたそうです。「経済的にも、技術的にも、はたまた学問的にも、世界の一流に 伍するにいたった独立国日本が、自己防衛の面において、 いつまでも他国依存の改まらないことは、いわば、国家として 片輪の状態にあるといってよい。国際外交の面においても、 決して尊重される所以ではない」(世界と日本)「日本内外の環境条件に応じて、国策の方向を改める必要を 痛感する。日本は、政府当局も、国民も、国土防衛という 至上の問題について、すべからく古い考えを清算し、 新しい観点に立って、再思三考すべきであると思う」(同)「なにしろ、中国は全体主義国家のことだから、総力を 核武装の一点に集中することも可能でしょう。 恐らくそうするだろうと思いますね。中国にとって、 核兵器はステイタス・シンボルになる。中国のように多年、 外国に圧迫された不快な記憶を持っていると、これに 反発する意味では、こういう新兵器の開発に突進する んですね。歪んだ民族感情の然らしめるところ。 ……だけどはた迷惑ですよ。危険千万だ。アジアで核兵器を 振り回すのは、英国人のいう、 フェンシング・イン・チャイナア・ショップ(瀬戸物屋の 店頭で剣術試合)というやつですね。…… 日本側としても、もっと、防衛努力を進めなければいけない と思うな。米国が日本をみて、たしかに防衛するに値する 国家だ、と認めるようでなくては、百の安保条約、千の共同 声明があっても、無意味でしょう。…… 日本は富国他兵だ。これではいけない。結局、国民の 防衛意欲を充実させるのが急務だということになります」
2008.01.01
コメント(0)
全16件 (16件中 1-16件目)
1


