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リーグ1王者のオリンピック・リヨンが30日、フランススーパーカップ5連覇を達成した。パリ・サンジェルマンとの決勝戦は終始押され気味に展開したが、1-1のままPK戦に突入し、最終的に5-4で優勝を飾った。試合のヒーローはリヨンのGKレミー・ベルクートルだった。PK戦でボナベントゥル・カルーを止めると、対するリヨンはマアマドゥ・ディアッラがしっかりと決め、激戦に終止符を打った。試合を通して意外だったことは、リヨンの勝利という結果だった。リヨンが擁する、フランス、ブラジル、ポルトガルの各代表選手たちは、ワールドカップでの疲労もあったが、PSGに懸命に対応した。前半にはエドゥアール・シセが遠目からポストを強打するロングシュートを放った。すると後半15分過ぎ、ジェローム・ロタンが鮮やかなカウンター攻撃からゴールを奪い、PSGが先制した。リヨンは、ベルクートルがピエール・アラン・フローのヘディングシュートをセーブし、重要な場面を救った。すると9分後、この試合が代表デビューとなるセバスティアン・スキラッチがシルバン・アルマンに倒されPKを獲得。これをU-19フランス代表のカリム・ベンゼマが決め、同点とした。その後得点は無く、延長戦の無い試合はそのままPK戦に突入。フランスカップを制覇したPSGだったが、この大会はリヨンの5連覇で幕を閉じた。
June 30, 2006
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イタリア・セリエAの不正疑惑を審議していた上訴審は25日、セリエB降格処分を受けていた、フィオレンティーナとラツィオをセリエAに残留させるなど、対象になっていた4クラブへの処分を軽減する判決を下した。フィオレンティーナとラツィオは当初、セリエBへの降格、勝ち点減点の処分を受けていた。しかし、上訴審の判決の結果、フィオレンティーナは勝ち点19、ラツィオも同11を減点されるが、新シーズンをセリエAで迎えることになった。減点処分だけを受けていたACミランは、新シーズンではく奪される勝ち点が15から8に軽減された。ユベントスも勝ち点の減点が30から17になった。しかし、セリエBへの降格、昨季まで2季連続のセリエA優勝を取り消される処分は変わらなかった。ミランは、昨季のリーグ戦での勝ち点減点処分も44から30に減らされた。この結果、獲得勝ち点は58になり、セリエAを3位で終了したことになった。UEFAは25日、イタリア・サッカー協会(FIGC)の要請を受け、同国から2006-07シーズンのUEFA主催大会に出場するクラブの提出期限を26日に延期することに合意していた。当初の期限は25日に設定されていた。
June 29, 2006
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サラゴサが、バレンシアのアルゼンチン代表パブロ・アイマールを4年契約で獲得した。サラゴサはアイマールに1,100万ユーロ(約15億4,000万円)を支払ったと伝えられており、2006-07シーズンに向けた補強の中で、同選手を「クラブ史上最も重要な人材」と称賛している。26歳の司令塔アイマールは、ビクトール・フェルナンデス新監督のもと、同じアルゼンチン出身のアンドレス・ダレッサンドロと中盤を構成。さらに、セルヒオ・フェルナンデスとファンフランの両DFと連携を組む。代表には43回出場し、2006ワールドカップにも3試合に出場した。アイマールは地元クラブのリーベル・プレートで頭角を現すと、2001年初頭にバレンシアに入団。リーガエスパニョーラを2度制すとともに2004年にはUEFAカップを制覇。しかし新シーズンを迎えるに当たり、キケ・サンチェス・フローレス監督から余剰人員と考えられていた。バレンシアでは通算162試合に出場し27得点を挙げている。
June 28, 2006
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マンチェスター・ユナイテッドのオランダ代表FWルート・ファン・ニステルローイ(30)が、間もなくレアル・マドリーへ移籍する見通しとなった。同選手はメディカルチェックを受けるため、すでにスペインへ到着している。マドリーは、ファン・ニステルローイの移籍に関してマンチェスター・ユナイテッドと合意に達したと発表した。3年契約を交わすファン・ニステルローイが、「28日午前中にメディカルチェックを受け、ベルナベウで入団発表を行う」と公表した。しかし、同選手のスペイン入りを認めたマンチェスター・ユナイテッドは、この発表に「時期尚早」と反論。「契約条件に合意していない」と報じている。デン・ボッシュ、ヘーレンフェーン、PSVなどを渡り歩いたファン・ニステルローイは、2001年にマンチェスター・ユナイテッドへ入団。移籍金は、当時のイングランド最高額となる2,800万ユーロに及んだ。5年を過ごしたイングランドでは、リーグ戦やカップ戦を合わせて150得点を記録。今回の発表通りに移籍が完了した場合は、この夏にマドリーへ加わる3人目の新戦力となる。ラモン・カルデロン新会長就任後のマドリーは、指揮官のファビオ・カペッロ監督だけでなく、イタリア代表の主将ファビオ・カンナバーロ、ブラジル代表のMFエメルソンをすでに獲得している。2週間前に移籍を志願したファン・ニステルローイに対して、マドリーとバイエルン・ミュンヘンが激しい獲得競争を繰り広げていた。ファン・ニステルローイは昨季の終盤にレギュラーから降格。アレックス・ファーガソン監督がFWウェイン・ルーニーのパートナーに選んだのは、フランス代表のルイ・サアだった。なお、オランダ代表では54試合に出場して28得点を記録しており、ドイツでのワールドカップでも1ゴールを挙げている。
June 27, 2006
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イタリア・サッカー協会は2005-06シーズンのセリエA優勝をインテルにすることを決めた。インテルは昨季のイタリア杯も制しており、2冠を達成したことになる。昨シーズンのセリエAは、今年5月14日にユベントスの優勝で幕を閉じていた。しかし、不正疑惑の調査の結果、FIGCはユベントスに優勝のはく奪とセリエBへの降格の処分を下した。2位で終了したミランは、勝ち点30を減点される処分を受けたために3位。2位にはASローマが繰り上がった。FIGCは、ゲアハルト・アイグナー元UEFA最高運営責任者、ロベルト・パルドレージ教授、スポーツ裁判所のマッシモ・コッチア教授の3者で編成する特別委員会を設置。同委員会の答申を受け、FIGCは今回の決定を下した。FIGCは「裁判の結果、セリエAの新順位が決まったことを受け、グイド・ロッシ特別委員会委員長はインテルにスクデットを授与すべきという特別委員会の答申に同意した」という声明を発表した。インテルのリーグ優勝は1989年以来、通算14度目。イタリア杯では決勝でローマを2試合合計得点4-2で下していた。
June 26, 2006
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ニューカッスルが、チェルシーのアイルランド代表MFデミアン・ダフを獲得する見通しになった。ダフは移籍に同意しており、健康診断に合格すれば正式に移籍が成立する。ダフは2003年夏にブラックバーン・ローバーズからチェルシーへ移籍。プレミアシップでは81試合で14得点を挙げるなどして、2004-05シーズンからのチェルシーのリーグ2連覇に貢献した。しかし、昨季の先発出場は18試合にとどまった上、チェルシーがミヒャエル・バラック、ジョン・オビ・ミケルを獲得したこともあり、2006-07シーズンの出場機会はさらに減少することが予想されていた。ニューカッスルは22日、インタートトカップ3回戦でノルウェーのリールストレームを2試合合計得点4-1で破り、UEFAカップ予選2回戦への出場を決めた。
June 25, 2006
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バレンシアがスペイン代表の左SBアシエル・デル・オルノをチェルシーから獲得した。移籍金は公表されていない。25歳のデル・オルノは、バレンシアと6年契約で合意した。スタンフォード・ブリッジでは、プレミアシップで25試合1得点を記録し、チェルシーの2連覇に貢献。チェルシーには、2005年6月にアスレティック・ビルバオから1200万ユーロ(約16億8000万円)で加入していたが、今回の合意により、わずか1シーズンでスペインに戻ることになった。デル・オルノは、スペイン代表としても10試合の出場経験を持っているが、ドイツでのワールドカップはケガのために出場できなかった。バレンシアにとっては、リバプールから獲得したフェルナンド・モリエンテスに続く、今夏2人目の大型補強となる。
June 24, 2006
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パレルモがワールドカップ・ドイツ大会で活躍したオーストラリア代表MFマーク・ブレシアーノ(26)をパルマから獲得した。現時点での移籍金は公表されていない。契約期間は4年。ブレシアーノは、4季過ごしたパルマでセリエAの123試合に出場し、19ゴールを挙げた。ワールドカップではオーストラリアの全4試合に出場し、代表キャップを28にしている。メルボルン出身のブレシアーノは、オーストラリアのカールトン・ブルーズで選手生活を始め、1999年にイタリアのエンポリに移籍した。パレルモは昨季のセリエAを8位で終了している。
June 23, 2006
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チャンピオンズリーグの連覇を狙うバルセロナが、イタリア代表DFジャンルカ・ザンブロッタとフランス代表DFリリアン・テュラムをユベントスから獲得した。移籍金の総額は約1,900万ユーロ(約26億6,000万円)と報じられている。ワールドカップ決勝で対戦し、大会ベストイレブンにも選ばれた両選手は、ユーベのセリエB降格を受けてバルセロナへ移籍した。29歳のザンブロッタは、移籍金1,400万ユーロ(約19億6,000万円)の4年契約にサイン。34歳のテュラムは、移籍金500万ユーロ(約7億円)の2年契約に合意している。チェルシーからアイスランド代表FWエイドゥル・グジョンセンを獲得しているバルセロナにとって、この夏の新戦力はこれで3人となった。スペイン王者のバルセロナは、プレシーズンマッチを行うためにメキシコとアメリカを訪れる予定だが、この遠征にはテュラムとザンブロッタの他、ワールドカップに出場したバルサの選手が多数参加することになる。また、ユーベ時代のチームメートであるファビオ・カンナバーロとエメルソンも、来季はリーガ・エスパニョーラでプレーすることが決まっている。両選手は19日、元指揮官のファビオ・カペッロ監督率いるマドリーへ移籍。ファンゾーン
June 22, 2006
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ワールドカップ決勝で、フランス代表のジネディーヌ・ジダンが退場処分になった事態を調査していたFIFAは20日、ジダンとイタリア代表DFマルコ・マテラッツィを出場停止と罰金の処分にすることを決めた。マテラッツィは、3182ユーロ(約46万円)の罰金以外にも、出場停止2試合の処分を受けた。この結果、9月2日にリトアニア、同月6日にパリでフランスと対戦する、イタリアのEURO2008予選の2試合に出場できなくなった。一方、ジダンには、出場停止3試合と罰金4773ユーロ(約70万円)の処分が科せられた。しかし、ジダンはすでに現役から引退しているため、代わりにFIFAの社会奉仕活動に3日間参加することになった。
June 22, 2006
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マドリーがユベントスからワールドカップを制したイタリア代表のファビオ・カンナバーロに加え、ブラジル代表のMFエメルソンを獲得した。マドリーの公式サイトは次のような声明を掲載した。「ファビオ・カンナバーロとエメルソンの移籍について、レアル・マドリーはユベントスと合意に達した。スポーツ・ディレクターのプレドラグ・ミヤトビッチが、19日夜にトリノで最終合意を取りつけた。両選手の入団発表は、近日中にサンチャゴ・ベルナベウで行われる」カンナバーロとエメルソンは、ユーベからマドリーへ移ったファビオ・カペッロ監督の後を追う形となった。不正疑惑の処分を受けたユーベは、上訴審で判決が覆らなければ、今シーズンをセリエBでプレーする。32歳のカンナバーロは、主将としてイタリア代表のワールドカップ優勝に貢献。4月に30歳になったエメルソンは、以前にもマドリーが獲得に乗り出したことがあった。2004年にユベントスへ移籍したエメルソンは、4シーズンを過ごしたローマ時代にもカペッロ監督の下でプレーしている。一方、GKジャンルイジ・ブッフォンはユーベにとどまり、クラブの1部復帰に力を貸すことになった。ブッフォンの代理人を務めるシルバーノ・マルティーナ氏は「ジジはユベントスに残る。これは彼自身の決断であり、本人もセリエBでプレーする覚悟ができている。ユベントスには彼を放出する意思がなく、本人からも残留の意向が伝えられていた」と話した。
June 21, 2006
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リバプールのフランス代表FWジブリル・シセ(24)が、マルセイユへ1年の期限付きで移籍することになった。シセは2004年夏、オセールからリバプールへ移籍。同年10月に足を骨折したが、ミランと対戦した2005年5月のチャンピオンズリーグ決勝ではPK戦でゴールを決め、優勝に貢献した。しかし、2シーズンのリーグ戦での成績は、49試合の出場で13得点に終わっり、フランス代表でもワールドカップ・ドイツ大会のメンバーに招集されたが、6月7日に行われた中国との親善試合で再び足を骨折して欠場した。復帰は10月以降になるとみられている。
June 20, 2006
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ローマの元イタリア代表MFダミアーノ・トマージ (32)が、スペイン1部リーグへ昇格したレバンテへ移籍した。レバンテは同日、フアン・ラモス・ロペス・カロ新監督の正式就任も発表すると同時に、デポルティボ・ラ・コルーニャからDFセサール・マルティン(29)を獲得したことも明らかにした。ローマに10季在籍したトマージは、昨季のセリエAで27試合に出場するなど、リーグ戦で通算263試合に出場し、14得点を挙げた。元スペイン代表のセサールは、デポルティボで7シーズンにわたってプレーしたが、昨季のリーグ戦での出場は7試合にとどまっていた。
June 19, 2006
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バイエルン・ミュンヘンがフェリックス・マガト監督との契約を2008年まで1年延長した。マガト監督は2004年5月にシュツットガルトからバイエルン監督に就任。その後の2シーズンでチームをリーグ2連覇に導いたほか、ドイツ新記録になるリーグ戦15連勝も達成した。バイエルンのカール・ハインツ・ルンメニゲ氏は「すべての面で合意に達した」と語った。リーグ3連覇を狙うバイエルンは、8月11日に行われるドルトムントとの一戦がリーグ開幕戦になっている。
June 18, 2006
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セリエAの不正疑惑を審理していた裁判の判決が14日発表され、厳しい判決が下った。セリエAを2連覇したユベントスがフィオレンティーナ、ラツィオとともにセリエBへ降格することになった。一方のミランはセリエAに残留するが、2006-07シーズンのリーグ戦での勝ち点15をはく奪されることになった。ユベントスは降格以外にも、来季のセリエBでの勝ち点30を減算、2005-06年のセリエA優勝のはく奪という判決を受けた。フィオレンティーナとラツィオにも来季の勝ち点をはく奪する判決が下され、フィオレンティーナは勝ち点12を、ラツィオは同7を減算されることになった。昨季のリーグ2位のミランは、降格の判決を受けなかったが、来季のセリエAで勝ち点15をはく奪されることになり、スクデッド獲得は非常に厳しいスタートとなった。処分を受けた4クラブは、今回の判決について3日以内に上訴できるとのこと。そしてUEFAはイタリア・サッカー協会に対して、2006-07シーズンのUEFA主催のクラブ大会への出場リストを25日までに提出するよう求めている。UEFA理事会は11日にドイツのベルリンで開いた会議で、FIFAとUEFAの規定に基づき、懲戒処分はスポーツ団体内の適切な決定機関が対処すべきことを再確認した。UEFAのウィリアム・ガイヤール広報部長は「私たちはイタリア・サッカー協会に全幅の信頼を寄せている。7月25日までにクラブのリストを提出するはずだ。私たちはそれを受理・承認するだけだ」と語った。
June 17, 2006
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ワールドカップ・ドイツ大会で優勝したイタリアの新監督に、元同国代表のロベルト・ドナドーニの就任が決まった。前任のマルチェロ・リッピ氏は12日に辞任したばかりだった。現在42歳のドナドーニは、セリエBなどチーム、昨季の途中に突然解任されるまで、セリエAのリボルノの監督を務めていた。現役時代はミランで5度のリーグ優勝、3度の欧州チャンピオンズカップ制覇を経験。その後アメリカのメジャーリーグに移籍。イタリア代表としても、1990年と94年のワールドカップ本大会に出場するなど、63試合に出場し、5得点を記録した。正式発表は18日にローマでの記者会見で行われる。
June 16, 2006
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フランス・サッカー連盟は、ワールドカップ・ドイツ大会で同国代表を準優勝に導いたレイモン・ドメネク監督にユーロ2008予選での続投を要請する決定を下した。ドメネク監督は現在、休暇中だが、契約延長に合意するとみられている。FFFのジャン・ピエール・エスカレット会長は、11日午前にパリで行われた理事会の後、次のように語った。「今回のワールドカップでフランスは素晴らしい活躍を見せた。理事会はドメネク監督に契約延長を提案することになった」2年前からフランスを指揮するドメネク監督は、在任中の28試合で15勝1敗12分けの成績を残している。唯一の敗戦は1-2でスロバキアに敗れた3月の親善試合。引き分けの中には、PK戦でイタリアに敗れた9日のワールドカップ決勝も含まれている。フランスの次の試合は、8月16日にサラエボで行われるボスニア・ヘルツェゴビナとの親善試合。EURO 2008予選は9月2日のグルジア戦が初戦になる。同月6日の2試合目では、スタッド・ドゥ・フランスでイタリアと対戦することが決まっている。
June 15, 2006
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ユベントスは、新監督に元ユベントス選手のディディエ・デシャン氏を任命した。契約期間は2年。デシャンはマドリーの監督に就任するため、先週辞任したファビオ・カペッロの後任になる。昨季の開幕直後に監督を辞任したモナコでは、2004年のチャンピオンズリーグ決勝へチームを導くなどの成功を収めていた。現役時代はマルセイユやチェルシー、バレンシアなどで活躍。ユベントスに在籍した1994-99シーズンの間には、3度のリーグ優勝のほか、チャンピオンズリーグ制覇も経験した。
June 14, 2006
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ワールドカップ決勝は、延長戦でも決着がつかず、PK戦を5-3で制したイタリアが4度目の優勝を飾った。この試合を最後に現役を引退するフランスのジネディーヌ・ジダンは、延長戦でマルコ・マテラッツィに頭突きを浴びせ、一発退場となった。この試合を最後に引退するジダンは、大胆なPKでフランスに先制点をもたらし、花道を飾るものと思われたが、最後は自らの反則行為により、輝かしいキャリアに汚点を残してしまった。また、イタリアのマテラッツィは、先制のPKを献上したものの、19分に鮮やかなヘディングで同点ゴールを奪い、ミスを挽回。その後は両チームは持ち味を出し好機が訪れたが得点には至らず、試合は延長戦に突入し、ジダンの一発退場を経てPK戦へともつれ込んだ。PK戦では、イタリアが、アンドレア・ピルロ、マテラッツィ、ダニエル・デ・ロッシ、アレッサンドロ・デル・ピエロ、グロッソの5人全員が決めたのに対し、フランスは、UEFA EURO 2000決勝でイタリアから「ゴールデンゴール」を奪ったトレゼゲが外した。決勝戦は、それまでの6試合で両チーム合わせてわずか3失点と堅守を誇るチーム同士の対戦となったが、早々と均衡が敗れる。7分にフロラン・マルダがマテラッツィに倒されてフランスがPKを獲得すると、ジダンが鮮やかなチップキックでクロスバーの下を叩いて先制点を奪取。このゴールにより、ジダンはワールドカップ決勝での得点記録を3に伸ばした。先制点を奪われたイタリアは、その数分後、ティエリ・アンリのクロスをマテラッツィが頭でクリアしたボールがあわやオウンゴールという場面に遭遇するなど、不安定な立ち上がりを見せたが、徐々に立て直し、ペースをつかむ。そして19分、大きな弧を描いたピルロのCKにマテラッツィがヘディング、ビエラの肩を押さえ込むファール気味に競り勝ち、同点に追いついた。マテラッツィは12分前の失点を完璧な形で帳消しにした。同点に追いつかれたフランスは、その直後にもマテラッツィにヘディングシュートを浴びる。幸いこれはマテラッツィのプッシングと判定され、事なきを得たものの、セットプレーでマテラッツィの高さへの対応に苦慮した。ペースをつかんだイタリアは、前半終了直前にルカ・トニが抜け出してシュートを放つが、リリアン・テュラムの好ブロックに遭うと、その後のヘディングシュートもクロスバーを叩き、チャンスを逃す。前半はイタリアが有利に試合を進めたが、後半立ち上がりは、完全にフランスのペース。アンリがドリブルでペナルティエリアに侵入し、シュートまで持っていくが、インサイドキックで合わせたシュートは、力強さと精度を欠き、GKに阻まれる。アンリはその直後にも再びペナルティエリアに侵入したが、最後のボールタッチで精度を欠き、得点には至らなかった。フランスの追加点は時間の問題のように思われたが、60分手前でパトリック・ビエラがハムストリングを痛めてベンチに退くと、流れがイタリアに傾く中、ビエラの交代で投入されたディアラも堅守を見せる。そして、ピルロからのFCからトニがヘディングでゴールネットを揺らしたが、僅かにこれはオフサイドの判定。フランスも、アンリのシュートがジャンルイジ・ブッフォンの好セーブに遭うなど、ゴール前で1枚足りず決定機にはならず、ペースを掴みつつチャンスらしいチャンスはなし。結局両チームとも決勝点を奪うことができず、試合は延長戦に突入する。延長前半、フランク・リベリーのシュートがわずかにポスト右に外れたところで、リベリーに代えてトレゼゲが投入されたが、投入が遅すぎた感があり、そのトレゼゲのPK失敗が、最終的にイタリアに勝利をもたらした。想像だがジダンの退場はマテラッツィが再三屈辱的な暴言を幾度と無く浴びせられていたに違いなく、ジュール・リメを棒に振るほどの差別的、屈辱的罵声がジダンに浴びせられていたに違いない。ジダンがいればトレゼゲのキッカーはなかったろうから違う結果だったかも知れない。FIFAが調査するだろうが、マテラッツィに重い処分が科せられる可能性もある。ジダンの退場の際に覚悟を決めたかのように、ジュール・リメには目もくれず、通路を降りて行ったのは印象的で、試合後、ジダンは何もコメントしていない。もちろん報復行為はレッドだが、フランスを応援していた自分にとっては残念で仕方ない。しかし、イタリアには八百長疑惑が政界にも飛び火し、ユーベはセリエC、ミラン、ラツィオ、フィオはセリエB降格が濃厚とされているし、選手にもリッピ監督にも何らかの処分が下されるだろう。今夜未明にもその決断が下される。イタリアは2008年ユーロ予選でフランスと対戦するが、今からどうなるか楽しみだ。
June 13, 2006
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シュツットガルトで行われたワールドカップ3位決定戦は、シュバインシュタイガーの鮮やかな2得点などにより、開催国ドイツがポルトガルを3-1で下した。この試合では、両監督とも、これまでの布陣から何人かの選手を変更してきた。ドイツは、ミヒャエル・バラック、アルネ・フリードリヒ、ペル・メルテザッカー、ティム・ボロウスキがケガのために欠場したことに加え、ロベルト・フートも試合前のウォームアップで負傷したため、ユルゲン・クリンスマン監督は、急遽イェンス・ノボトニーを起用することを余儀なくされた。そしてGKについては、主将を務める控えのオリバー・カーンを起用。カーンは何度かの好セーブで監督の配慮に応えたが、無失点に抑えることはできなかった。一方、ミゲルとリカルド・カルバリョをケガで欠くポルトガルのルイス・フェリペ・スコラーリ監督は、ルイス・フィーゴを先発から外した。にぎやかな観衆の声援に包まれた中での試合となったが、前半は決定機が少なく、セバスティアン・ケールのロングシュートとルーカス・ポドルスキの強烈なFKに、ポルトガルGKのリカルドが好セーブを見せるに止まった。しかし、後半に入って10分、イタリアとの準決勝で先発メンバーから外れたバスティアン・シュバインシュタイガーが、左サイドで内側に切れ込み、ペナルティエリア端から強烈なシュートを叩き込むと、その5分後には、抑えの効いたシュート性のFKでペティートのオウンゴールを呼び込み、ドイツのリードを2点に広げた。さらに終了12分前には、再び遠目からの鮮やかなシュートでリカルドを破り、勝利を決定づけた。対するポルトガルは終盤、フィーゴが、代表チームでの輝かしいキャリアを締めくくる127試合目の出場を果たす。そして終了2分前に右サイドから絶妙なクロスを供給し、ヌーノ・ゴメスのヘディングシュートをアシスト。最後までチームに貢献した。
June 12, 2006
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ユベントスの監督を辞任したファビオ・カペッロが、マドリーの新監督に就任することが決まった。カペッロは1996-97シーズンの1季、マドリーの監督を務め、チームをリーグ優勝に導いていた実績を持つ。ユベントスは4日、カペッロの辞任について、「ファビオ・カペッロ監督の意向を受け入れ、辞任を承認した。これまでのクラブへの貢献に感謝したい」という声明を発表していた。ユベントスは現在、セリエAの不正疑惑を審理する裁判に起訴されており、クラブの将来の行方が不透明になっている。マドリーのラモン・カルデロン新会長は、以前から新監督にカペッロ氏を任命した意向を表明していた。カペッロ氏は過去に数々のクラブで成功を収めてきた。1990年代に5季監督を務めたACミランでは、4度のスクデット制覇のほか、1994年のチャンピオンズリーグで優勝。2000-01シーズンにはローマをセリエA優勝へ導くと、ユベントスを率いた過去2シーズンは、1度も首位の座を明け渡すことなく、連続優勝を果たした。
June 11, 2006
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ワールドカップのブラジル戦が現役最後の試合になった中田英寿。 セリエAのフィオレンティーナに所属する日本代表MF中田英寿(29)が3日、現役引退を発表した。みなさんご存知と思うが世界に大きなニュースとして打電された。イタリアのガゼッタ・デロ・スポルト紙やコリエレ・デラ・セラ紙のネット上で最新ニュースとして続々と掲載され、中田の存在感の大きさを示した。デルピエロは現役引退を考え直すように電話するとコメントしている。初対決は、98年9月13日のセリエA開幕戦。ペルージャに移籍したヒデは、ユベントスとのデビュー戦で2得点し、試合こそ3-4で敗れたが、強烈なインパクトを世界最高峰リーグといわれるファンに、そして、絶大な人気と実力を誇るデルピエロに残した。試合後、ヒデは「デルピエロが、ピッチの上でどう動くかは手本になった」と話した。この時から、2人は認め合う関係になり、7シーズンにわたりセリエAで対戦。世界選抜でプレーした仲でもある。ヒデのCSの番組で対談し、とても仲が良さそうに話していたのを覚えている。その際頂いた、ヒデとアレの2人のサイン入りフォトを今でも大事にしている。家宝かもしれない。3度目のW杯、背番号7、ここまで代表出場77試合と、奇遇な共通点を持つ2人。中田はフィオレンティーナの公式サイトに次のように語った。「半年前、ワールドカップ・ドイツ大会を最後にプロサッカー界から引退しようと決めた。『私は本当にサッカーを愛しているのか』という質問に、正直に答えることができなくなっていた。責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも、子供のころに持っていたボールに対するみずみずしい感情は失われていった」。フィオレンティーナとの間に1年残っていた契約は、中田の要請で解除されている。中田は1998年にセリエAのペルージャへ移籍すると、ローマに在籍した2000-01シーズンにはスクデットに貢献。その後、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナを経て、2005-06シーズンからプレミアシップのボルトンに期限付き移籍した。ブンデスリーガ1部の1860ミュンヘンからのオファーも噂され、ボルトンからの完全移籍を断っての決断になった。ワールドカップには今回のドイツ大会を含め3大会連続して出場。代表では77試合で11得点の通算成績を残した。
June 10, 2006
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後世に残る名勝負となったドイツ対イタリアの準決勝は、延長戦の試合終了間際に決まったファビオ・グロッソとアレッサンドロ・デル・ピエロのゴールで、イタリアが勝利。ドイツのワールドカップでの夢は、ベストファーレンシュタディオンで衝撃の最後を迎えた。ドルトムントで行われた欧州の強豪対決は、主審が試合の流れを切らない好ジャッジを見せたこともあり、息つく暇のない、両者一歩も引かない展開となった。イタリアの2得点は、いずれもPK戦突入が確実と見られた、延長戦の終了直前に生まれた。まず119分、アンドレア・ピルロからのボールを、SBファビオ・グロッソがカーブをかけてダイレクトに蹴り込むと、ボールは懸命にダイブしたドイツのGKイェンス・レーマンを越えてネットに突き刺さった。さらに途中出場のアルベルト・ジラルディーノがうまく逆のスペースに出したパスから、同じく交代で入っていたデル・ピエロが決めて勝利を確定。このゴールがラストプレーとなり、試合が終了した。まず、15分に相手ゴールを脅かしたのは、アズーリだった。MFシモーネ・ペッロッタがゴール前に抜け出したが、レーマンに阻まれた。続いてストライカーのルカ・トニが絶好機を迎える。トニは、左サイドを力強く駆け上がったグロッソのクロスに合わせたが、これも決まらなかった。30分を過ぎると、地元ドイツも攻撃的姿勢を見せる。前線でコンビを組んだミロスラフ・クローゼとルーカス・ポドルスキの連係から、フリーになった右サイドのベルント・シュナイダーがゴールを狙ったが、シュートはジャンルイジ・ブッフォンの守るゴールの上に抜けていった。後半に入ってからも、前半同様、立ち上がりから積極的な攻撃が展開された。今大会5得点を決めて得点ランキングのトップに立っているクローゼが、ドリブルで相手守備陣を突破し、ペナルティースポットまで持ち上がったが、肝心なところでもたついてしまった。これに対し、イタリアも素早くゴールに襲い掛かる。ピルロのスルーパスにグロッソが飛び出したが、これはオフサイド。62分、今度はドイツのポドルスキがマルコ・マテラッツィを背負いながら、振り向きざまに至近距離からシュートを放ったが、ブッフォンが好セーブ。このあたりから、ユルゲン・クリンスマン監督も、イラだちを隠せない様子だった。白熱の試合展開はさらに続き、両者とも攻撃の応酬となる。延長戦突入が近づく中、イタリアの守備の要、パオロ・カンナバーロがペナルティーエリア外でポドルスキにファウル。これで得たFKをミヒャエル・バラックが直接狙ったが、シュートはクロスバーを越えた。続いてペッロッタがドイツのペナルティーエリアに進入するも、ここはレーマンがパンチングで防いだ。延長戦に入ると、レーマンは序盤に2度にわたってピンチを迎えた。まずは途中出場のジラルディーノが、バラックをかわしてゴール前6メートルの位置からニアサイドを狙ったが、これはポストに阻まれた。続くペナルティーエリア端からのジャンルカ・ザンブロッタのシュートも、枠を直撃。すると今度は、ドイツが試合の均衡を破る絶好機を迎える。105分、途中出場のダビト・オドンコーが右サイドから入れた絶妙なクロスに、ポドルスキが頭で合わせたが、ボールは惜しくもゴール脇に外れた。ポドルスキはさらにシュートを放つが、ブッフォンに弾かれる。その直前には、ドイツのエリア内でバウンドしたボールが、デル・ピエロに渡る場面があったが、レーマンがシュートを打たせなかった。しかし、疲労で足が止まった守備陣は、終盤のドラマを阻止することができなかった。ピルロのシュートは、レーマンが弾いてコーナーに逃れたが、そのピルロからのチャンスに、グロッソが決定的なゴールを決めた。イタリアは、その直後にもデル・ピエロがダメ押しの2点目を追加。試合は劇的な幕切れとなった。予想通り?いやフランスが優勝するためにはイタリアに勝ちあがってもらわなければならない。フランスはポルトガルに勝つだろうし、イタリアとは分が良い。過去、準決勝で2度敗れたフランスの相手は旧西ドイツ。プラティニをしても82年、86年と勝てなかった。しかし、ジンクスがあるならば、86年メキシコ大会準々決勝でのブラジルとの死闘を制したフランスと今回のフランスは似ているかもしれない。当然、安堵しているのはフランス国民だろう。
June 10, 2006
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元イタリア代表のGKジャンルカ・パリュウカが、所属するボローニャを離れ、来季からアスコリの一員としてセリエAに戻ってくることになった。12月に40歳になるパリュウカは、これまでセリエAで569試合に出場。ディノ・ゾフ氏の記録にあと1試合、ミランのDFパオロ・マルディーニが持つ最多出場記録には、あと13試合と迫っている。サンプドリア時代には、セリエA優勝と1990年のUEFAカップウィナーズカップ制覇を経験し、インテル時代の1998年にはUEFAカップを制している。イタリア代表では、3度のFIFAワールドカップを経験。1990年大会では出場機会がなかったが、PK戦の末にブラジルに敗れた1994年大会の決勝、そして1998年大会では、ゴールマウスに立った。代表では通算58キャップを記録している。
June 9, 2006
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「代表をやめないで!」と中田英ホームページにアクセス殺到、私もそう考える一人だ。日本代表中田英寿の公式ホームページに代表継続を求めるメールなどが殺到している。HPの1日平均のアクセス数は70万件だったが、22日のブラジル戦以降は280万件に急増したらしい。ファンからの応援メールも通常の1000倍の5万通に達した。「次の2010年W杯でも日本代表をリードしてほしい!」など、熱いエールが届けられている。当然の事だろう。1次リーグの最終戦ブラジル4-1日本と完敗。ドルトムントのピッチでヒデは泣いていた。それもセンターサークルで、僕もレベルは違うにせよ同じ経験をし、涙を流した事があった。一番走り、キャプテンよりもチームを鼓舞した。1番世界を知っているだけに思いはドルムントでブラジルに勝てなかったまま止まってしまうのか?厳しい現実にヒデが号泣し、惨敗したショック、過去2戦の不甲斐無い代表のパフォーマンス。合宿でもヒデの厳しさを理解しようとする選手は少なかった。自分にも周りにも厳しいヒデと、世界で勝つためにはどちらが正しいかは誰にでもわかるはずだ。メンタルの弱さ、勝負に貪欲ではない選手達、そしてジーコの采配ミス。日本中の期待を集めた3度目のW杯は、1分け2敗のF組最下位であっけなく終戦。2大会連続決勝トーナメント進出という目標を逃した。試合後、最後の決意で臨んだMF中田英寿が流した涙には、力を出し切れなかった悔しさが凝縮されていた。初出場した98年フランス大会から8年。中田英寿を中心とした黄金世代はついにW杯で輝くことなく、1つの時代を終えた。あれほどクールなヒデが、あふれるものを抑えきれなかった。どんなときも強気で冷静だった中田英が、ピッチで初めて涙を流した。私はその光景を見て感動し、拍手した。君は良くやったと。突き指した左手親指の痛みも忘れ、すべてを出し尽くして走った。しかし、勝てなかった。何よりもチームの持てる力を出し切れなかったことが悔しかったに違いない。ロッカールーム横の通路でも、肩を震わせて泣いた。中田英のW杯は不完全燃焼のまま終わっり、ドイツの地を後にした。ブラジルに真っ向勝負を挑み、FW玉田のゴールで先制した。だが、前半ロスタイムにホナウドの同点弾を浴びて夢はかすんだ。「なにやってんだっ!」。激しいジェスチャーで中田英は味方を怒った。ミスの許されない試合で、また同じ過ちを繰り返した。初戦のオーストラリア戦で終盤に逆転された反省が生かされなかった。力を出し尽くせば、世界とも十分に戦える。欧州のトップリーグで結果を残してきた男は、日本人の能力の高さを実証してきた。だからこそW杯の結果に涙が出るほど悔しがった。「最大限の力を発揮していれば、こういう結果になっていなかった」。試合後の言葉が、今大会の日本代表の戦いぶりを象徴していた。ぶっ倒れるまで走ったのか? 死ぬ気で戦ったのか? 初戦、2戦目と続いた午後3時の暑さなど、言い訳にしかならない。余力を残して勝てるほどW杯は甘くない。過去2大会で過酷な戦いを7試合戦い抜いた男は、この4年間ずっとチームに「闘争心」を訴え続けた。ボン合宿中の居残りシュート練習では、ちぎれんばかりに右足を振り続け、背中からメッセージを発し続けた。その高い志が若手に届かなかったのは他の選手達の甘えだろう。実績、存在感ともに際立つ中田英は、チームの中では別次元の人だった。シュート練習を見た日本協会川淵キャプテンが「ヒデのレベルに合わせるとみんな壊れちゃう」と話したことがある。「ヒデさんは特別だから...」という若手選手もいた。それは違うだろう!!それを見習うべきなのが若手だろう。一時は「自分が今の日本代表に本当に障害になるのならば、辞退してもいいとさえ思う」と思い詰めたこともある。W杯期間中はピッチの外でもチームをまとめようとした。第2戦のクロアチア戦を3日後に控えた15日夜。中田英は率先して、選手だけの食事会をボン市内の和食レストランで開いた。普段はとっつきにくい男が、アルコールも手伝って、場を盛り上げた。「ヒデさんは、ちょっと酔っ払っていた方がちょうどいいぐらい」。若手選手の1人は言った。それでも他の選手との温度差は埋まらなかった。ブラジルに負けたことより、1次リーグ敗退より、チームが1つになって戦えなかったことが、日本の本当の力を出し切れなかったことが悔しかった。涙のわけは、そこにあった。W杯開幕をちょうど1年後に控えた昨年6月9日。成田空港近くのホテルで中田英は、この惨敗を想定したかのような警告を発していた。異例の「無観客試合」となったバンコクの北朝鮮戦を制し、世界で一番最初にW杯予選を勝ち抜いた翌日だった。「このチームにW杯を勝ち抜く力はまだない」。この言葉の意味を本当に理解していた選手はいただろうか。無論皆無だ。戦い終えたジーコ監督の言葉が中田英の思いを代弁していた。「アジアのレベルじゃダメなんだと言ってきたが、その言葉が間違いじゃなかった。W杯に軽い気持ちできた選手もいた」。日本代表は中田英やジーコ監督が求めてきた、戦う集団になりきれていなかった。 FIFAはグループリーグで敗退した16カ国の選手を対象にして選出したベスト11を公式HP上で発表した。同HPによると大会から去った国の選手のなかから11人を選出し、W杯の優勝トロフィーを掲げる可能性の高いドリームチームを考えてみたとしている。日本からはMFとして中田英寿がメンバー入りしたほか、各ポジションから1名づつ選んだ控え選手枠にGK川口能活が入った。JFAハウスで退任会見を開いたジーコ。4年間を振り返り、改めて「世界で戦うにはもっとフィジカルが必要だ」と提言。「次の監督には"日本は技術があるが欠けているものがある"とメッセージを残したい」と次期監督就任が決定的な千葉・オシム監督に日本の進化を託した。夢を果たせなかった悔しさを飲み込んだ。そして、ジーコ監督は次期監督に夢を託した。「日本には力のある選手がそろっている。サッカーは芸術だが、今の世界はパワーのプレーで勝負している。体格差で踏みつぶされてしまう。90分間耐えうる体を作れば、日本のよさはもっと出せるはずだ」最後は高さとハイボールに翻弄された12日の豪州戦、ゴールをこじ開けられなかった18日のクロアチア戦、そして力の差をみせつけられた22日のブラジル戦。これらのシーンが今でも頭を離れていなかった。日本を狂わせた初戦のオーストラリア戦での1-0からの戦い方と、メンバー交代。前監督のトルシエ監督なら後半20分前後に俊輔に変えて稲本を投入し、福西と稲本のピボーテにしていただろうし、坪井の怪我にしても中田浩二を投入しただろう。最後のカードは時間を見て柳沢に変えて小野を投入し、ハイボールのケアとカウンター攻撃の日本らしい試合が出来ただろう。しかし、ジーコは俊輔に固執し過ぎた。それも大きな敗因だろうし、レッジーナ、セルテックでも均衡した試合では20分前後で交代させられ、チームは勝ち点を挙げていた。監督の経験のなさだろうし、敗因の責任は監督にあるのは当然。俊輔に固執するあまり、FWどもMFの前も出来る松井をメンバーから外したのも誤算だろう。W杯の大舞台では予想の付かないFWやMFが必要になる。その意味ではヨーロッパの舞台で出番が一番多く、松井のテクニックとキープ力、高原のサブとして、日本人として一番得点している平山の高さ、マジョルカでは上り調子だった大久保の意外性と粘りのありプレー、前で頑張れる選手が必要だったハズなのに。もう少し、大きな相手に対抗できる体があったら...。会見でジーコ監督は「愛する日本にW杯で美酒を味わってもらいたい。」だからこそ、隣に座る日本サッカー協会・川淵三郎キャプテンを意識するかのように、課題とプランを提案した。「スポーツ医学的に世界とも交流して、若い世代から体作りをしてほしい」。「次の監督も一生懸命やると思う。ただ自分の見てきたもの、つまり"日本は技術があっても、まだ欠けているものがある"というメッセージを残したい」名前こそ出さなかったが、日本で3シーズン指揮をとってきたオシム監督なら、きっと理解してくれると信じての伝言だった。あとは任せた。オシム流の味付けで、日本が世界基準に進化していくことを祈っている。そんなコメントを残したが、ただの責任逃れにしか聞こえないのが寂しい。監督は負けた時に、言い訳や、選手を引き合いに出して、「アジリティがあるが、スキルが無い」などと言うのはお門違い。ヒデが言う通り、持てる力を全て出し切る。それでもダメならファンも「良くやった」と誇りに思うだろう。
June 8, 2006
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八百長疑惑を巡り幹部が総辞職したユーベが新体制を発表した。ガゼッタ紙によると新会長にはジョヴァンニ・カボッリ氏、新CEO兼GMにはジャン・クロード・ブラン氏が就任した。セリエAでは昨シーズン終了間際に、ユーベ幹部による審判買収と選手の移籍に関する粉飾経理疑惑が発覚し、Calcio会の影の実力者ルチャーノ・モッジGMやアントニオ・ジラウドCEOら、同クラブ幹部が総辞職する一大事が発生、その余波はミラン、フィオレンティーナ、ラツィオといった有名クラブにも波及し、国中を巻き込むスキャンダルとなっている。この件では上記4クラブのほか、関係者が26人が起訴されており、有罪が確定すれば来季からユヴェントスらが下位リーグへ降格を命じられる可能性が大いにある。公判は2006年W杯の決勝が行なわれる7月9日までに終了する見込みだが、イタリア代表が好調なだけに、今後が心配される。
June 8, 2006
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ラウンド16、屈指の好カード、スペイン対フランスの戦は、劇的な展開となり、フランスが3-1で逆転勝利し、王者ブラジルとの準々決勝に駒を進めた。ハノーファーで行われた決勝トーナメント1回戦、戦前の話題はマドリーで長年一緒にプレーしてきたスペイン代表のラウール・ゴンサレスとフランス代表のジネディーヌ・ジダンに集中していた。本大会のメンバー入りは果たしたものの、ここまで常にスタメンというわけではなかったラウール。一方のジダンは、このドイツ大会を最後に現役引退を表明していた。ここまでのフランスは代表選考からジュリやピレスなどを外し、中国との親善試合でシセの離脱の際にゴブを追加召集するなどドメネク監督の采配を疑問視する向きもある中、グループリーグ最終戦の韓国戦で調子を取り戻し、本来のフランスらしい片鱗を見せた。ブラジルとの1998年大会の決勝で2得点を挙げ、3-0での勝利に貢献したそのジダンが、今回も大活躍を見せ、ロスタイムにフランスの勝利を締めくくるゴールを決めた。この試合、最初に見せ場を作ったのはフランスだった。前半23分、ティエリ・アンリが右サイドをフリーで駆け上がり、ゴール前に絶妙のボールを滑り込ませる。だが、走ってきたパトリック・ビエラもフランク・リベリーも、わずかに届かなかった。これに対しスペインもいい反撃を見せ、その5分後にリードを奪う。パブロ・イバニェスがリリアン・テュラムのファウルを受けて得たPKを、ダビド・ビジャが難なく沈めた。だが、フランスも失点に怯むことなくハーフタイム直前に同点に追いついてみせる。ビエラとのワンツーからフリーで抜け出したリベリーが、GKイケル・カシージャスをかわし、落ち着いて確実にシュートをネットに収めた。フランスは後半の立ち上がりに逆転の絶好機を迎える。だが、フロラン・マルダのシュートは、カシージャスの好セーブに阻まれた。これを見たスペインのルイス・アラゴネス監督は、メンバー交代のタイミングと判断し、ビジャとラウールを下げて、ルイス・ガルシアとホアキン・サンチェスを送り込んだ。両選手の投入は、スペインの攻撃にスピードと意図をもたらしたが、次の決定的なゴールを導いたのは、アンリのスピードだった。プジョルが、いつものようにボールを前へクリアしようとしたところへ、アンリが突進。プジョルは、たまらずアンリを倒してしまう。これで得たFKからのボールに、ビエラがファーポストで合わせてヘディングシュート。ボールはセルヒオ・ラモスに当たってネットに突き刺さった。だが、フランスの攻撃は、これで終わりではなかった。23日に34歳になったばかりのジダンが、果敢に3点目を奪い勝負を決めた。準々決勝のブラジル戦は、自信を深めたフランスと、86年メキシコ大会準々決勝、98年フランス大会決勝とフランスには勝てないブラジルが対戦する。下馬評はブラジルが有利と判断しているが、フランスにとっては優勝経験国の中で、ブラジルは戦い難い相手とは思っていないだろう。むしろ、プラティニを要した82年スペイン大会、86年メキシコ大会、いずれも準決勝で旧西ドイツに破れた思いが強いだろう。やはり開催国ドイツを1番苦手としているに違いない。
June 7, 2006
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ブラジル代表ロナウドが、ワールドカップ本大会の通算最多得点になるゴールなどでガーナを破り、準々決勝進出を決めた。ドルトムントでの試合は、王者ブラジルが絶好のスタートを切った。5分、ロナウドがカカのパスからガーナ守備陣の裏に抜け出し、GKリチャード・キングストンをかわすと、そのまま無人のゴールにシュート。ワールドカップ本大会での通算得点を15点に伸ばしたロナウドは、歴代得点ランキングでゲルト・ミュラーを上回り単独首位に立つだけでなく、ブラジルに先制点をもたらした。ブラジルはその直後にも加点の機会が訪れたが、アドリアーノはGKと1対1になりながら決めることができない。初出場で決勝トーナメントへ進出したガーナも反撃に出る。しかしマシュー・アモアは、サリー・ムンタリの好パスから弱いシュートしか放てなかった。試合は前半終了直前の攻防が明暗を分けることになる。ガーナはジョン・メンサーのヘディングシュートが、ブラジルGKジダの足に阻まれた。その直後に速攻に出たブラジルは、右サイドでカカとカフーが連携。カフーがゴール前にクロスを入れると、中央にいたアドリアーノが無人のゴールに押し込んだ。ガーナは後半に入っても好調なサッカーを続けるが、シュートの精度を欠くなどして、ゴールを奪えない。81分にはさらに厳しい事態になる。アサモア・ジャンがシュミレーションの反則で、2度目の警告を受けて退くことになった。その3分後、ブラジルはオフサイドトラップを破ったゼ・ロベルトが3点目を決め、勝利を確実にした。準々決勝ではフランスと7月1日にフランクフルトで対戦することになった。4大会連続出場中のロナウドは94年アメリカ大会でパヘイラ監督もと代表に召集されたがロマーリオ、ベベットのFW陣の前に出番は無くアンリ・ドローネ杯を掲げ、W杯優勝を経験するに留まった。(90年イタリア大会ラウンド16で対戦したマラドーナ率いるアルゼンチンに苦杯をなめ、94年アメリカ大会は90年大会で優勝し、組織的に完成された旧西ドイツを意識したのか、かなり守備を意識したつまらないチームだった)98年フランス大会では地元フランスに決勝で完敗。記憶にも新しい2002年日韓大会ではロナウジーニョ、リバウドらと共に決勝では自らのゴールで貫禄の優勝を遂げた。しかし、94年以降ブラジルは98年のフランス以外に負けていない。フランクフルトでの1戦はブラジル有利と思うのが当然だが、ブラジルは98年大会の完敗の記憶とジダンの輝きは拭い去れないだろう。一方のフランスは、今大会のグループリーグ、W杯予選でも対戦し、苦戦したスイスや同じくW杯予選で苦戦したアイルランドよりもよっぽどブラジルの方が戦いやすいと考えているだろう。その答えは試合を見ればわかるはずだが、それはブラジルが強いから戦いやすい。86年メキシコ大会の準決勝も同じカードで、ジーコ、カレッカ、ミューレル、ソクラテスなどが率いるブラジルとプラティニ、ジレス、ティガナ、フェルナンデスをようするフランス、黄金の中盤同士の対戦は今でもW杯史上最高の試合と言われているが、PK戦の末フランスが勝利した。(フランスは準決勝で82年大会と同じ様に西ドイツに敗れるが、どうもフランスはドイツを苦手としているデータがある)個人的にはフランスに優勝してもらいたいが、この試合に勝ったチームがFINALの切符を手に入れると考えている。ドイツとアルゼンチンの勝者がFINALまでくるのだろうが、ここまで恵まれた試合を続けてきたドイツ、難敵、コートジボワール、オランダ、メキシコと対戦してきたアルゼンチンの強さは本物、ラックのクリンスマン監督と手腕のペケルマン監督、どちらに勝利の女神は微笑むのか?ただし、この勝者はウクライナを破るであろう試合巧者のイタリアと対戦することになるだろうが。しかし、今大会ほど波乱が少ない大会は珍しい。ベスト8に勝ち上がったチームの6チームは優勝経験国、ブックメーカーのオッズの上位をしめている。こういう大会こそ、今大会、異色のサッカーをするポルトガルが優勝すると話題性があるのだが、、、。
June 6, 2006
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韓国代表前監督のディック・アドフォカート氏が、ゼニト・サンクトペテルブルクの新監督に就任することになった。契約期間は1年半で、1年延長のオプションが付いている。ワールドカップ・ドイツ大会に出場した韓国は、グループGをスイス、フランスに続く3位で終了し、決勝トーナメント進出を逃した。オランダ出身のアドフォカート氏は代表監督を退任。レンジャーズで指揮を執ったこともある58歳の同氏は、月曜日にサンクトペテルブルクに到着し、木曜日には初のロシア・プレミアリーグに臨む予定となっている。アドフォカート氏は、オランダ代表、PSVでも監督を務めた経験がある。今回は、リーグ戦での不甲斐ない結果を受けて退いた、前監督のブラジミール・ペトルジェラ氏の後を引き継ぐことになった。クラブは、オランダ人のコル・ポット氏を新アシスタントコーチに指名している。
June 5, 2006
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(ガゼッタ・デロ・スポルト紙、コリエデ・スポルト紙を翻訳)過去25年間で最大とも言えるイタリア・スポーツ界の大スキャンダルとなっているセリエAの八百長疑惑について、イタリア・サッカー協会の検察当局は22日、セリエAのユベントス、ACミラン、ラツィオ、フィオレンティーナの4クラブを裁判にかけることを決めた。イタリア・サッカー協会は短い声明を発表したが、その中で、協会のステファーノ・パラッツィ検察官が、合わせて30人の「捜査対象者」をスポーツ詐欺、公正および信義誠実に反する行為で起訴したと明らかにした。声明は誰が起訴されたのかについて、個人名の特定はしていないが、最悪の場合はチームのセリエB、セリエC unoに降格、もしくはポイントの剥奪、関与した選手及び、レフリーはCalcioの世界から永久追放の可能性もある。裁判は7月20日までに終了すると見込まれ、W杯の活躍とは裏腹に大きな波紋を呼ぶことは間違い無い。ユベントスは大きなペナルティーが必死、その他のクラブはポイント剥奪と罰金が妥当の決着と考えられているが、来シーズンのセリエAに、大きな波紋が起こることは間違い無い。
June 4, 2006
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ワールドカップ、アメリカ戦でマブライトに暴力行為を働いたイタリア代表MFダニエレ・デ・ロッシ(22)に対し、FIFAは4試合の出場停止処分を下した。17日に1-1で引き分けたアメリカ戦の前半、空中で相手FWブライアン・マクブライドと競り合ったデ・ロッシが、悪質なひじ打ちを食らわせてレッドカードを受けた。今回の処分は22日のチェコ戦から適用されたものの、イタリアが決勝へ勝ち進まない限り、デ・ロッシはワールドカップのピッチに戻れないことになる。イタリア・サッカー協会の広報担当、アントネッロ・バレンティーニ氏は「FIFAの説明によると、デ・ロッシの謝罪文が受け入れられたため、5試合ではなく4試合の出場停止になった」とコメントした。2-0でチェコを倒し、グループEを首位で通過したイタリアは、決勝トーナメント1回戦でオーストラリアと対戦する。
June 3, 2006
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アルゼンチンとオランダが、グループCでの戦いを低調なスコアレスドローで終了し、それぞれ1位と2位でグループ通過を決めた。最終戦を終え、両者とも無敗の勝ち点7で並んだが、得失点差で上回ったアルゼンチンが、欧州以外の国で初めてグループを首位通過したチームとなった。アルゼンチンは、決勝トーナメントで24日にグループD2位のメキシコと対戦する。一方のオランダは、その翌日にライプチヒで準々決勝進出を懸けてポルトガルと戦う。既にグループ突破を確定している者同士の戦いだったため、この試合では、両監督ともイエローカードをもらっている選手を休ませることができた。オランダのマルコ・ファン・バステン監督は、前の試合から5人を変更。一方のアルゼンチンも、バルセロナのFWリオネル・メッシを含む数人を変えてきた。アルゼンチンは、メッシの低めの絶妙なパスからエステバン・カンビアッソが先制点に近づくもゴールには至らず。続いて17分にはカルロス・テベスがカーブをかけたシュートで狙ったが、これは枠を外れた。一方のオランダは、CBハリド・ブラルーズがファン・ロマン・リケルメのFKをクリアしようとして自陣のクロスバーに当ててしまい、ヒヤリとさせられる。前半唯一チャンスらしいチャンスを作ったのはディルク・カイト。だが、ニコラス・ブルディッソからボールを奪って放ったシュートは、サイドネットを叩いた。アルゼンチンもマキシ・ロドリゲス、メッシ、そしてリケルメがシュートを放ったが、いずれも枠を捉えられない。この試合で代表通算100試合目を記録したオランダの主将フィリップ・コクーのシュートもゴール脇へ。結局試合は、この後に控える決勝トーナメントに備えて、両者とも全力を出し切らないまま終了した。
June 2, 2006
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クロアチア紙ワールドカップで引き分けに終わった日本-クロアチア戦についてクロアチア各紙は19日、「400万人が失望」(ユタニ・リスト紙)などの大見出しで伝える一方、日本の中田英寿選手らの健闘を評価した。地元各紙はそろってクロアチア代表の出来の悪さを批判。日本代表については、スポルツケ・ノボスチ紙が、中心は中田選手だったと報道。ベチェルニ・リスト紙は「日本の中盤は素晴らしかった」と称賛する一方で、「問題は良いフォワードがいないこと」と指摘した。ビエスニク紙は、ジーコ監督の戦術を評価し、加地亮選手の名前を挙げて「青いサムライ」のカウンター攻撃は速く、危険だったとしたが、シュートの集中力と技術を欠いたと分析した。イタリア紙日本-クロアチア戦について、19日付のイタリアのスポーツ紙コリエレ・デロ・スポルトは「かわいそうなジーコ」との書き出しで日本チームを酷評した。同紙はジーコ監督について「中村(俊輔選手)以外は才能のないチームの監督に当たってしまった。しかも最後の希望は母国との対戦にかかっている」とし、「母国ではペレに一番近かった人間にとって、この運命はひどい」と指摘した。 ガゼッタ・デロ・スポルトも「攻撃の4人はシュートしようとしない。日本選手はゴール前20メートルで姿を消す」と評した。
June 1, 2006
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グループBのイングランド対スウェーデンの一戦は、2-2の引き分けに終わり、両者そろってベスト16進出を決めた。だが、スベン・ゴラン・エリクソン監督率いるイングランドは、試合開始早々にFWマイケル・オーウェンが負傷退場し、不安が広がっている。ニューカッスル所属のオーウェンは、キックオフから1分も経たないうちに倒れこみ、担架で運び出された。現段階ではひざをひねったと見られているが、21日の午前中に行われる精密検査で、今大会絶望との結果が出るのではないかと不安が広がっている。オーウェンに代わりピーター・クラウチが入ったイングランドは、34分にジョー・コールの鮮やかなゴールで先制する。コールは、スウェーデンが大きくクリアしたボールを胸で落とすと、ゴール前25メートルの位置から見事な山なりのボレーシュートを、GKアンドレアス・イサクションの左手側に突き刺した。前半はイングランド優勢で終了。だが、51分に追いつかれる。ジョン・テリーがフレドリク・リュングベリの枠内シュートをブロックした直後のアンデルス・リンデロートのCK。イングランドの一瞬のスキを突いて、マルクス・アルベックが頭でゴールに流し込んだ。イングランドが神経をすり減らす中、ヘンリク・ラーションとオロフ・メルベリがともにクロスバーを叩く惜しいシュートを放つ。キム・シェルストレームの一撃は、途中出場のスティーブン・ジェラードにゴールライン上でクリアされた。そのジェラードは残り5分、ジョー・コールのパスに頭で合わせてイングランドに勝利の望みを与える。だが試合終了間際、エリック・エドマンのロングスローからラーションがイングランドの守備の乱れを突いて押し込み、スウェーデンが引き分けに持ち込んだ。この結果、ベスト16では、グループBを首位で通過したイングランドがグループA2位のエクアドルと、スウェーデンが開催国ドイツと対戦することになった。
June 1, 2006
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