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弊社トランクルームには、8年前に私が業界で初めて考案した「ロフト付」タイプの部屋があります・・・ロフト付とは、部屋の中に所謂「棚」があり、2階建ての構造になっているのです・・・弊社の本館1階は高さが3.5mもあり(一般的なトランクルームの高さは2~2.4m)、このロフト(棚)を作る事によってモノが入れやすく、収容能力が飛躍的にアップするのです・・・例えば、弊社の中で多いタイプで「2.2帖 W(ワイド)ロフト付」というのがありますが、床面積が3.6平米(畳2.2畳)で高さが3.5mあり、高さが2.1mの所に「1.5畳のロフト(棚)」の付いているのです・・・これで、ナント「2トン・ショートトラック1台分」の荷物が入るのです・・・同じ床面積でも、天井高が高く収納に工夫(ロフト)すれば、驚くほど荷物が入るのです・・・事業用不動産の仲介業務で「倉庫」がありますが、フォークリフトを使ってどれだけパレットを積み上げられるかという「収容能力」が問われますが、ここでポイントになってくるのが「天井高」なのです・・・不動産屋的な考え方からすればトランクルームも同じで、多くのトランクルーム業者は床面積ばかり強調しますが(酷い業者になると、高さも明示していない)、実は寸法で一番大事なのは天井高だったのです・・・どんな人間やビジネスもそうですが、イタイ所は隠したいものです・・・この辺のところを、みなさんヨクお考えになってください・・・決して、床面積にだけに惑わされてはいけません(高さが大事なのです)・・・そもそも、この「ロフト付」のアイデアが浮かんだのは、弊社トランクルーム本館建物1階の高さが他社より1~1.5mも高い3.5mもあったからです・・・元々織物工場で、クリーンロボット用のモノレールをエアージェット織機の頭上全面に施工していたからです・・・そうなると、どうしても通常の織物工場より天井が1m高くならざるを得なかったのです・・・そして、織物工場を改造コンバージョンしてトランクルームにすると、殆んどのお客さんが高さを有効に利用できず、半分上が空いているのです・・・「もったいないなァ・・なんか?イイ方法がないのか・・」なんて事を、ボンヤリ考えていたのです・・・サラリーマン時代にコネクションのあったラックメーカーと業務提携して、ホームセンターでは売っていない業務用の大型ラックのサンプルを展示販売した事もありました・・・しかし、お客さんで大型ラックを組み立てるのもナカナカ難しいものです・・・まァ、そんな試行錯誤をして、数か月経ったある時ふと、「そうや!こちら側で棚(ロフト)を作ればイイやん!」と閃いたのです・・・直ぐに、長年付き合いのある近所の大工さんに相談しました・・・そして取り敢えず2,3部屋、テストで棚(ロフト)を高さ2.1mの所に大工さんに取り付けてもらいました・・・「なかなか、イイ感じやん!これなら、イケる!」と、直感しました・・・早速お客さんに勧めると、意外に大好評です・・・これに気を良くして、以降は自分で見よう見まねでロフトを作る事にしました・・・子供の頃から工作が大の得意で、左甚五郎の流れを汲む血が騒ぎました・・・(笑)空き部屋や解約後の部屋を、片っ端から自分独りでロフトに改造しまくりました・・・最初は木をノコギリで切り金槌で釘を打っていたのですが、ダンダン要領を覚えていき、旧式電動ノコギリ → LED付き丸鋸に、コード付き日曜大工ドライバー → 12Vインパクトドライバー → 18Vインパクトドライバーと、プロの大工さん並みの道具を揃えるようになり、作業も早く見栄えも見違えるようになりました・・・(笑)だいたい同じ形状が多いのですが、中には10畳クラスの大きな部屋だとか変形の部屋だったりとありますので、プランを考え採寸するだけで2,3時間もかかりました・・・しかし、ロフトを作るのは「こりゃ、無理だ!」という複雑に変形した部屋も、1日中考え続けると、ウマい具合にパッとアイデアが閃きました・・・(笑)まァ、このモノ作りの過程・・・自分の脳ミソでプランを捻りだし、試行錯誤で実際自分で作ってみる・・・このボチボチ上達していく経験こそがイイんですねェ・・・子供の頃からミカン箱を潰して、犬小屋や子供だんじりを作ったりもしましたが、家業の織物業を継いでから、最新エアージェット織機を導入する前に、中古の自動織機(ユニフル付)を導入して2年間改造に苦労した経験が役に立ったと思います・・・なんせ中古織機で、ジーパンに近い太番手の糸を織っていましたのでガタガタでした・・・先ずガタガタのクラッチを分解して近所の鉄工所に毎日1台づつ持って行き、溶接し直して取り付けるという作業を延々と全台何ヶ月もかかってやりました・・・この経験で、機械の構造を身をもって覚えましたねェ・・・スパナとモンキー片手に油だらけになり、手がひと回り太くなりました・・・その後ラッキーな事に、たまたま鉄工所で知り合った隣村に住む地元の大手織物工場の工場長さんに「細かい改造」をイロイロと教えて頂きました・・・あとで噂で聞いたら、その人は「織機の神様」と言われるくらい全国的に有名でスゴイ人だと知って、自分のラッキーさに感謝したのです・・・同郷の隣村のよしみ・・・に感謝です・・・クラッチの改造後は、シャットルの飛走とチェンジの整備で、周辺のステッキやオイルバッファ、ユニフルの分解修理と糸道の改造に取り組みました・・・これも1台ずつ取り組み、全台終えるのに半年はかかったでしょう・・・こうして1年近くかかって織機全台の改造と修理に明け暮れましたが、結局、中古機械の改造でしたので、当たり前ですが根本的に新品同様に動く事はありませんでした・・・そういう中古機械で苦労した結果、やはり新型の機械でないと勝負できないと判断し、旧式のシャットル織機ではなく最新鋭のエアージェット織機で、新工場を建設してまで社運を賭け勝負しようと決断したのです・・・こういった織機の修理や保全をする工員を、地元では「機(ハタ)大工」と言い、文字通り私は大工さんだったのです・・・(笑)今回のように私が大工として作ってきた「ロフト付」はトランクルーム業界初です・・・弊社トランクルームには、この他、業界初というのが多いです・・・「軽トラックレンタル」サービス「スノコレンタル」サービス「除湿剤入替」サービス「荷物状況の動画配信」サービス(LINEで)まだまだニッチで狭い業界なので、真似をすればバレバレですので、今のところ大きな顔をしてマネをする同業他社は少ないようです・・・何も登録商標も取っていませんので、ドンドン真似てもらっても構わないのですが・・・(笑)ただ、ホームページの宣伝文句を真似するのだけは止めて欲しいですねェ(2,3社あり)・・・(笑)という事で、ロフトの作製も数年前にほぼ終えましたが、今でもたまにあり、先日も久しぶりに半日かかって作りました・・・本館1階の2.2帖「W(ワイド)ロフト付」というのは、ロフトが1.5帖もありますので、ロフトで十分寝れて下に荷物を置き生活できそうです・・・(笑)全部荷物を置けば、2トンショートラック1台分が入りますから、月額8000円というのはかなりお得だと思います・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村
2015.01.28
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今月「2ヶ月無料キャンペーン」を10名限定で行っていますが、早々と年始から応募いただきました・・・やはりキャンペーンの効果は大きいですねェ・・・エンドユーザーは、如何に値段に敏感かという証拠です・・・ついては、来月2月もこのキャンペーンを延長いたします・・・そして10名限定という条件も外し、2月中に契約頂いたお客様全員に適用させて頂きます・・・また、今月1月も既に限定の10名を越えましたが、1月中に契約して頂いたお客様にもこのキャンペーンを適用させて頂きます・・・要するに、2月28日までに契約して頂いたお客様全員は「2ヶ月無料」だという事です・・・ただ条件として、 1. 新規契約 2. 1年以上の契約 の2点があります。元々「ダントツの日本最安値!」の弊社としては、今回のキャンペーンは大出血サービスです・・・昨年まではこのようなディスカウントサービスを行った事はありませんでしたし、昨年4月の消費税の増税後も値段据え置きでしたが(賃料そのまま)、年々競争が激化していますし、やはりエンドユーザーの1番の要望は「値段(賃料)」だと確信し、弊社に対する「顧客満足度」を少しでも高める為に実行したのです・・・昨今消費税の増税に関係なく、円安の影響で原材料費が上がり、いろんなモノが値上げラッシュです・・・中には、便乗値上げ的なモノも見られます・・・産業用の電気代なんか、昨年から約40%の値上げです・・・織物業時代は恐ろしく電気を食う最新鋭のエアージェット織機で年間2000万円も電気代を支払っていましたから、800万円もコストアップになっていたところです・・・これじゃ、電気を大量に使う製造業は日本ではデキない(ヤルな)という事です・・・値上げ前で、すでにアメリカの約2倍の電気料金でしたから、世界的に見て「日本の電気代が如何に高いか!」という事実がネックになるというのは、冷静に考えればオカシナ話です・・・物価の値上げに比べて給料が上がっていませんので、国民の多くは実質給料ダウン(目減り)です・・・マスコミや評論家や政治家らはアベノミクスがナンや?かと言ってますが、日本の実体経済は不況なのです・・・実際昨年の日本のGDPはマイナス成長率のようですし、国際通貨基金(IMF)が7日発表した最新の世界経済見通しで、今年の日本の経済成長率予想を0.9%とし、7月時点から0.7ポイント引き下げ、先進国の中で最も大きな下方修正となったのを見ると、世界は日本を客観的によく見ているなァと感じます・・・日本発信の情報だけを鵜呑みにすると、何となく?景気が良くなったような錯覚に陥りますが、実際は逆なのです・・・無責任なイロンナ情報に騙されては、正確な判断がデキません・・・ まァ、そういう時こそ、消費者(エンドユーザー)目線に立って、メーカーや我々サービス提供者は値下げすべきです・・・みんなが値上げしている時こそ、値下げ断行!・・・ビジネスは正に「逆張り」発想が何より大事です・・・思い起こせば、社運を賭けたエアージェット織機導入(工場新設)も誰も設備投資をしない円高不況真っ只中のバブルが始まる前年でしたし、廃業(=トランクルームに転業)もまだ景気がマシだったリーマンショックの2年前でした・・・私は株の売買はしませんが、株と一緒で「不景気で安く工場を建て機械を買い、高く中古機械を売り抜けた」のです・・・投資金額が億単位でしたので、一歩間違えば倒産・・・1,2年の「判断ミス」が、正に命とりだったのです(イヤ、半年の差か?)・・・零細企業の経営者といえども、世の中に溢れ返っているマスコミや他人の言動に影響されて、学校教育で習ったように人と同じ事を考えたり行動をしていては、皮肉な事に決して生き残っていけないのです・・・もちろん、値下げは採算割れで赤字ならすべきではありませんんが、まだ余裕のある会社なら出来るはずです・・・弊社の場合は、1.無借金 2.自社物件(土地・建物) 3.人件費少ない(従業員ゼロ、独り&ファミリー経営) 4.薄利多売戦略(大阪最大級171室) 5.企画、募集、契約、管理、集金、クレーム処理と全て自社運営(他社の多くは 管理委託やFC加盟など業者任せ) 6.不動産仲介業(宅建協会加盟)と月極駐車場(岸和田市東ヶ丘町)も兼業以上の6点で、今回のキャンペーンだけでなく、まだまだ値下げも出来ますが、これ以上やると同業者からクレームが出ますので止めときます・・・(笑)更に今年は、鳳高校時代オーケストラ部でトランペット、大学時代はバンドでドラムをヤッテいたりと、残り少ない人生、自分が本当に好きな音楽をヤルという意味でも、以前から計画していたトランクルーム内の30畳の部屋を改造して音楽のバンド練習(楽器演奏)やダンス、ライブ等が出来る時間貸しの「スタジオ経営(Studio0724 / music&dance)」という、プライベート的で社会貢献的な要素を含んだ「新しいビジネス」にチャレンジして、さらに収益アップを狙っています(トランクルーム業者ならではの15畳の楽器保管庫も併設)・・・9年前の転業まで、仕事現場で騒音と綿と埃にまみれ、肉体的にも精神的にも限界ギリギリできつく、「一生、この織屋でいくのか・・・?」と、仕事的に人生に不安と疑問と諦めの境地?でしたので、今の「人生の展開」がトテモ不思議です・・・確かに、家族を守る為にそれなりに努力をしてきましたが、決して「こうするんや!」という確固たる意志も無かったのですから・・・ただ無意識のうちに潜在意識として、「こうなったらイイなァ・・・こうしたいなァ・・・」というボヤ~ッとした「夢」があったのかもしれませんねェ・・・サラリーマン → 織物製造業 → トランクルーム&不動産屋 と紆余曲折、時代に合わせて仕事の中身も路線変更しながら、イロイロとヤッテいくうちに、ピンときたのでしょう・・・(笑)自分が「本当に好きな事」を、決して諦めないココロが勝ったのか・・・という事で、「ビジネスは戦争だ!」という基本的な考え方を、繊維業界のグローバル化で海外との熾烈な競争に巻き込まれ揉まれた経験をした織物時代に身に染みましたので、残念ながらこういったシビアな考え方しかデキないのです・・・イヤ、これが経営者として、ごく当たり前で普通の感覚かも・・・そして自分とファミリーを守るために、この考え方を今後も強化し推し進めます・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.01.22
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最近、堺市や和泉市方面に公私の用事で出かける事が多いです・・・そんな時、帰りに決まって立ち寄るのが泉北高島屋のデパ地下の食料品売り場です・・・厳密に言うと、1階ですが・・・普段は、地元の食品専門スーパーや大型SCの食料品売り場ばかりです・・・というか、岸和田市以南は田舎ですので近くにデパート(百貨店)がないのです・・・やはりスーパーとデパートでは、明らかに「中身(味)」が違います・・・百貨店の食料品はとにかく美味しいです・・・百貨店が近くにある都会の人が羨ましいです・・・ここ2,3年「朝食抜きダイエット(毎日プチ断食)」ですので、昼夜の食事に関して逆に貪欲になったのか・・・(笑)しかし、この「違い」は何故なんでしょう・・・この違いは食料品だけでなくファッションにも表れています・・・日本のアパレルメーカーやインポートブランドも「まず百貨店(デパート)・・・」という意識があるのでしょうか(百貨店第一優先主義か?)・・・ネットがこれだけ普及し、大型SCや専門店が乱立している昨今でも、まだエンドユーザーの意識が百貨店に向いている証拠でしょうか・・・?実際、普段着るファッションはその辺のショップで買っても、チョッとしたモノは何故か百貨店で買ってしまいますねェ・・・もうオッサンは、毎年買い替えるほどファッションに拘りませんし、イイものをあまり流行に関係なく何年も着ています・・・となると、デザインや耐久性に関して、どうしても百貨店で買ったモノに何故か一日の長があるのです・・・多少高くても長年着れれば、結局安くつきます・・・まァ、そんな考えのオッサンばかりだと、商売になりませんが・・・(笑)先日着物の仕立て直しの件で、近隣をアチコチ手を尽くして当たったのですが、全く見通しが立ちませんでした・・・着物の仕立て直しという超マイナーな仕事が根絶している証拠です・・・ウインドサーフィンの道具の販売と修理と全く同じです・・・(笑)ところが、日頃お付き合いのある大阪の百貨店に頼むと一発で解決してくれました・・・この時、百貨店の「力」をマザマザと感じましたねェ・・・この辺が日本の百貨店が「信頼のブランド」たる所以でしょうねェ・・・景気の良かった昭和の織物時代は百貨店の外商をよく利用していましたが、転業してからは弊社の売り上げの減少と比例して取引が少なくなりました・・・まァ、親父の時代は2社の百貨店と外商取引がありましたが、M&Aで無くなったり社名が変わったり、泉州営業所が閉鎖したりと、百貨店側も大変な時代を乗り切ってきた訳ですが・・・まァ、時代に流れで致し方のない事で、モノによってケースバイケースで、ネットやスーパー、専門店、百貨店と、区別して買っているのは言うまでもありません・・・それどころか、これまでの「新品一辺倒」から方向転換して、ウインドサーフィンの道具なんかは中古品をよくネットで買っているのです・・・という事で、デパ地下からウインドの中古までいつもの様に脱線しましたが、これからは食べるものは別にして、単なる「物品売買」はこれまで以上によく考えて買いたいですねェ・・・そして「出口戦略」として、使い古した後、如何に高く売るか(或いはリサイクル)?・・・というのも、個人的な事だけでなく、トランクルームビジネスとして少しでもお客さんに役立てるように、これからの課題として是非考えてみたいと思うのです・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.01.12
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昨日は毎年恒例の地元脇浜の「えべっさん」へ今年の福を頂きに行ってきました・・・今年も御祈祷もガラガラで、参拝者が少ないような気がします・・・まだまだ不況感が強い中小零細企業が多いので、単に参拝を止めたのか、より福を求めて今宮戎とか別のえべっさんへ鞍替えしたのかは定かでありません・・・いつもの様に美味しい甘酒を頂き、ホッと一息・・・子供の頃は、親父に連れられ今宮戎に行っていた記憶があります・・・スゴイ人混みの中を手を引っ張られ、何もオモシロくなかっただけで、その後いつの間にか地元貝塚の神田神社に鞍替えしました・・・一時期、神田神社と脇浜戎の両方に行っていたのですが、親父が亡くなってから脇浜一本に絞りました・・・まァ、えべっさんに参るのも惰性と言えば惰性かもしれませんが、長年の地元での習慣ですし、正月気分から区切りをつけて「ビジネスに邁進」という意味合いもあるのです・・・夕方からは泉佐野のスターゲートホテルで、毎年恒例の大阪宅建協会泉州支部の新年互礼会でした・・・所謂、泉州の不動産屋が大集結といった感じの新年会です・・・早いもので、もう7回目です・・・全く素人から不動産屋を始めて丸6年、7年目のスタートです・・・過去6年を振り返ると、反省ばかりで誠に恥ずかしい限りです・・・毎年「今年こそは!」と張り切るのですが、いつもカラ振りが多いですねェ・・・(笑)そして、今回もビール瓶片手にアチコチ挨拶回りです・・・まだまだ新人ですから、テーブルに座っているだけでは何も始まりません・・・自ら動いて先ず知り合いに挨拶をして、同じテーブルから全く知らない人に自己紹介を始めるのです・・・とにかく、しゃべる事です・・・亡き親父は私に子供の頃からよく言いました・・・「目と口があるやろ!」と・・・世の中には、目の見えない人や耳が聞こえない人が沢山いる・・・「五体満足のお前が消極的でどうする?シッカリせんかい!」と天国から聞こえそうです・・・何も、オバマ大統領と英語で政治討論せよと言っているのではないのですから、見栄を捨て恥をかくのが当然と思えば、誰にでも自分より「3ランクくらい上」の人と日本語で会話できるはずです・・・それが、自分が脱皮(ブレークスルー)できるキッカケになるかもです・・・若い頃から、こういった訓練?のお蔭で、子供の頃からチョッと吃音の気があるにも拘わらず、まァ大概どんな人とも初対面でビビらず卑下せず普通に堂々と話す事がデキます・・・(笑)要は、場数を踏む事でしょうねェ・・・まァ、知り合いと言っても、まずリアルな関係の人から、そしてフェイスブックの友達へ挨拶・・・しかし、便利な時代になりました・・・実際に知り合うまでに、フェイスブックで友達になっていれば、話がスムーズにいきます・・・人間関係の構築を、デジタルとアナログの両方で上手に強化できるというのは、これまでになかった素晴らしい「切り口」です・・・今回もイイ出会いがありました・・・エ?ホンマかいな?と驚く・・・地元の仕事って、プライベートでどこかで不思議と繋がっているのだなァ・・・と実感します・・・そして、今回初めてお会いした方々にフェイスブックの友達申請をこちらからしました・・・みなさんフェイスブックをされていますねェ・・・古いと言われた不動産業界も、これなんかで「時代の変化」を実感します・・・未だ業歴10年や15年といったバブルを知らない若い3,40代の経営者が増えて、不動産業界に新しい息吹を感じます・・・やはりどんな業界でも新陳代謝が必要で、若者が頑張れるような仕組みや体制が絶対必要でしょうねェ・・・織物業界にいた時は不動産業界と正反対で、弊社の戦後の創業60年は若手で、多くは戦前や大正明治の創業で、創業70年や80年が普通でした・・・今考えると、大阪の織物業者は丸紅や伊藤忠といった繊維が祖業の総合商社が大阪に本社がありましたので、同じ綿織物産地の西脇や岡山や浜松といった地方と比べて、我々大阪産地の業者は発注元に近く、「長年商売が楽だった(恵まれていた)」という絶対的有利な環境が逆に裏目に出てしまったというのが原因で、最盛期から97%も激減してしまったのかと思うのです・・・大商社にぶら下がって、かつての日本の長い繊維の流通の中で、実需とあまり関係もない「仮需(仲間取引)」という少品種大量生産の巨大マーケットの中で長年迷走し、時代の流れで日本がグローバル化せざるを得なくなり、下界(実需嗜好の多品種小ロット)に放り出されたら死んでしまうようなものです・・・長年商社の賃織り(委託加工)だった織物製造業をやめて改めて思うのは、「エンドユーザーを意識したビジネススタイルを自らの脳ミソで考えよ!」「楽して商売したらアカン!」でした・・・私の戸籍上の年齢は誤魔化せませんが、少なくとも80歳まで仕事を100%現役で頑張れるように、肉体と精神の「マイナス20歳の若さ」を目指し、よく遊びよく学びを実践していきたいと思います・・・(笑)という事で、最後の抽選会ではナント信じられない事に「特等」が当たりました・・・200社くらいの中からの1番ですから、ホントに年始からツイテいますねェ・・・去年も確か、2等か3等が当たりました・・・宝くじを買った事はありませんが、くじ運が強いのでしょうか・・・イヤ、今回の前に「えべっさん」から福を貰ったからでしょう・・・(笑)今回の特等で「運」が尽きないように、人生はある意味「ノリ」や「リズム」で悪くもなり良くもなるものですから、今年もイイ年になるように、この「ノリ」をキープできるようにしっかりと努力していきたいと思うのです・・・そして、来年もまたクジが当たると思いますので、もうチョットマシなスピーチを事前に考えて新年互礼会に臨みたいと思います・・・(笑)ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.01.10
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本日読売朝刊の三面記事にデカデカと「貝塚に サッカー王国」と載っていました・・・記事によると、ブラジルのサッカー名門クラブ「コリンチャンス」が貝塚市に選手の養成などを目的としたサッカーアカデミーを設立する構想を進めているというものです・・・具体的な場所は特定していませんが、どうやら貝塚市所有の千石壮病院跡(37ha=11万坪)の一部のようです・・・千石壮と言えば、近所です・・・というか、同じ名越町です・・・私が子供の頃には大きな国立千石壮病院があり、周辺には職員宿舎、養護学校、看護学校、各種寮、関連の販売店や小さなスーパーがいくつもあり、ひとつの大きな町を形成していました・・・木島小学校の運動会の「町別対抗リレー」でも、5町の他に「千石壮・大良チーム」があったのです・・・また大きなグラウンドやテニスコートもいくつかあり、子供の頃に町内の幼馴染らと野球やソフトボールでよく遊んだものです・・・夏は蝉取りの宝庫でした・・・市販の蝉取りネットでは小さくて間に合わないので、長い物干し竿に針金で輪を作り、工場で織った布を縫い付けて蝉を取ると、よく取れました・・・秋の祭りには我町だけ、だんじりを引っ張って千石壮病院へ慰問に行くのが毎年恒例でした・・・普段静かな病院も、この日だけは賑やかになり、患者さんの明るい顔を見るのが子供ながら楽しみでした・・・昔はアスファルトの道ではなくデコボコの地道だったので、町内を練り歩くのも大変だったのに、坂の多い千石壮病院へよく行ったものだと今更ながら不思議に思います・・・2か所病院があり、行く途中のカーブを曲がりきれずだんじりが暴走して溝にハマり転倒しかけたり、上り坂でバックしたり・・・こういった日頃の町内会と病院とのお付き合いのお蔭で、我々地元の子供もグラウンドやテニスコートを無断で使っても何も言われなかったのでしょう・・・しかし考えてみれば、「だんじりで慰問」というボランティアも、我々の町が初めてでしょうし、最近では東北震災へ行った一部の有志くらいでしょうか・・・今のだんじり祭は何処も、ギャラリーを意識した「やり回し」中心ですが、かつて名越でもあった地域性を考えたボランティアを少しだけ絡ませるのも、祭を地域に根付かせて、子供にボランティアの重要性(人間の優しさを知る)を教えるひとつの方法ではないでしょうか・・・昔の祭りはPTAもビックリ、小学生低学年から大人の春歌を歌ったり、酒飲んでケンカという生の人間模様を見て経験する絶好の社会勉強でもありましたが、実はこういった成長期に絶対必要な社会教育の一面もあったのです・・・子供の頃にこういった年上の大人達との付き合った経験をせずに、同級生だけと付き合い勉強ばかりしてエリートコースに乗ったとしても、社会人になっていきなり海千山千の実社会に放り出されて、よく鬱病になってしまうのも頷けます・・・やはり、人生の最終目標は「社会で独り立ち(生きていく)」ですから、子供の頃からバランス良く徐々に「慣らし運転」して成長しなければならないのですから・・・サラリーマン時代、1年に1回孤児院への慰問が義務づけられていました・・・営業で忙しい中、厭々初めて行ったのですが、子供らと一緒に遊んで帰り際、私の足を捕まえて離さない小さな子供を振り切って帰らざるを得なかったのには考えさせられましたが・・・ボランティアに関し最近チョッと関心があり、ありきたりの誰も出来るボランティアではなく自分にしかデキない、自分が好きなボランティアはないかと、時々考えるのです・・・そう考えると、やはり「ウインドサーフィン」「空手」「音楽」となる訳で、ウインドと空手は機会があればいつでも人に教える準備が出来そうですが、音楽に関してチョッと構想があるのです・・・今年「音楽スタジオ(music&dance)」をオープンする予定ですが、それと同時に自分のドラムを30数年ぶりに「基礎からリスタート」したいのです・・・そして近い将来、お客さんの練習の発表の場としてスタジオを定期的に無料で開放し、ライブを無料で聴いて頂くのです・・・ひとりでも多く生の音楽に触れ、音楽の素晴らしさを是非知って欲しいのです・・・私のドラムは上達次第、何処かのバンドに加入させて頂き、数年後には老人ホームへ慰問に行き、団塊世代向けのGSサウンドのカーナビーツの「好きさ好きさ好きさ」や、ジャガーズやゴールデンカップスといったナンバーを演奏したいですねェ・・・(笑)「音楽で脳が活性する」というのは、中高年になると特に有効です・・・私が毎日実践していますから・・・(笑)自分が本当の老人になった15~20年後は、ディープパープルやレッドツェぺリンといったハードロック、アースウインド&ファイヤー、クール&ギャングといったディスコナンバーも演奏して、同世代らを勇気づけたいですねェ・・・(笑)まァ、ブラジルのサッカーアカデミーが出来たら、名越のだんじりの「コース」に組み込むのも良いアイデアではないでしょうか・・・特に平成29年の名越の新調だんじりに間に合うとイイですねェ・・・そしてアカデミーが出来る事によって、建築土木や不動産関連だけでなく、施設維持として継続的に地元に大きな経済効果が期待できそうです・・・年始早々良いニュースが飛び込んできて、今年はイイ年になりそうです・・・貝塚市も、これで「浮上」するキッカケになればと思います・・・近隣の岸和田市は「だんじり祭」、泉佐野市は「関空とタオル」、熊取は「学園都市」というイメージがあるのに、貝塚市は何もないのです・・・かつては「織物とワイヤーロープ」でしたが・・・これからは今回を機に地元に根付いた「サッカー」と、今後の観光立国を意識して個人的には貝塚オリジナルの「左甚五郎の里」を前面にアピールした貝塚市を目指して欲しいものです・・・しかし、今回の千石壮から私の住んでいる名越町一帯は、戦国時代は今の千石壮橋のある近木川を挟んで大阪の豊臣勢と和歌山の根来衆との戦場(合戦場)だったのです・・・水間線名越駅に隣接している所が「高井城」跡で、千石壮病院正門右手の小高い山を登った所に「千石掘城」跡があり、どちらも根来衆の出(支)城で、最終的に根来衆は豊臣勢に追い込まれ、高井城を捨て千石掘城に立て籠もって戦っていたのですが、根来衆が破れ落城してしまいました・・・子供の頃に、近所のお年寄りからそんな名越の言伝えを半信半疑で聞いていたのですが、本当の歴史だったんです・・・地元にそんな歴史が500年前にあり、これからブラジルのサッカー学校できるなんて、誰が想像したでしょうか・・・という事は、今から激動の500年後の名越には外人だけでなく火星人も住んで、一緒にだんじりを引っ張っているかもしれませんねェ・・・(笑)ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.01.05
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年末に自分の部屋を片付けていると、織物時代の写真が出てきました・・・眺めていると、昔の思い出が蘇えります・・・写真は織物時代の後半に導入した新しい織機「エアージェット」で、何億という大きな借金を背負って導入しましたので、工場を止めるのは盆と正月のみで(年355日稼働)、それ以外は24時間稼働で動かしていたのです・・・年末は12月31日の朝5時まで従業員で稼働させ、従業員が帰った後、私ひとりで夕方6時まで機を織っていたものです・・・年始は1月3日の夕方から、また私ひとりで工場を4日の従業員の初出の翌朝まで稼働させていたのです・・・特に3日の始業時は、丸3日間機械を完全停止していましたので(0℃で完全に冷え切っている)、順調に動く事はまずなく、いつも機械トラブルに奔走していたのが懐かしく思い出されます・・・世の中がまだまだ正月気分に浸っている時に、油だらけで悪戦苦闘している自分が情けなく思ったものですが、1時間でも長く稼働させ織物生産を上げ、借金を早く返さないという思いだけで頑張っていたのです・・・誰からも強制された訳ではありませんでしたので、身体が自然と工場に向かわせました・・・モチロン、精神的にルンルンで工場に行ったと言えばウソになり、小さかった娘らともう少し遊びたかったのは言うまでもありませんでした・・・しかし、そういった欲望を断ち切れたのは、身体が弱かった親父に代わり「俺しかいない!」という強い想いだったのでしょう・・・親父が身体が健康で現役バリバリだったなら、ここまで強くなれなかったでしょう・・・個人的には「不幸中の幸い」という言葉では決して割り切れないのです・・・だから、今でもそれがトラウマになっているのか、夢でたまにうなされるのです・・・(笑)しかし、当時の機械設備は「世界最新鋭」でした・・・トヨタ自動車の親会社である豊田自動織機が開発したエアージェット織機で、当時実用運転で1分間に400~500回転くらいだったのが、いきなり「世界新」の750~800回転で運転しようとしたのですから・・・800回転はさすがに無理でしたが、750回転の常用運転には成功しました・・・これで一時期、大きな自信を持ちました・・・しかし、いきなり50%以上も機械スピードを上げたものですから、その後破損トラブルに見舞われました・・・勿論それらのトラブルは織り込み済みでしたので、機械メーカーと部品メーカーと一緒になって改善策を講じました・・・ある意味、織機メーカーの「実験工場」的な要素をもって工場稼働していましたので、メリットもスゴクありました・・・やはり、先行者メリットの享受というのは大きいです・・・他社に先駆けて、「新工場」建設から機械設備をすべて変えたものですから、機械性能を100%発揮できました(地下ピット全風量の空調設備と完全防音防振で)・・・これが、旧工場の改造だけで機械を入れ替えたら、投資金額が少なくて済みますが、機械性能を100%発揮できませんでした・・・この辺の「読み」も当たり、その後20年も生き残れたのでしょう・・・そして、バブル前年の円高不況に導入したというのも、絶好のタイミングだったように思います・・・日本全体が大不況の時に設備投資をしましたので、建物も機械もすべて安く買えました・・・同業他社は、バブル期に入ってから一斉に導入し始めましたので、弊社より高く買っています・・・バブル期に入ってALC壁も鉄骨材も機械設備も人件費も急騰しましたから・・・このウン千万円?のイニシャルコストの差はとてつもなく大きいと思いますし、それより他社がバブル期初期に設備でモタモタしている時に、高級羽毛布団の受注が完全に軌道に乗り絶好調だったのが大きかったですねェ・・・まァ、そういう意味で2番手以降というのはメリットは少ないですし、場合によっては命取りだったのです・・・この1年の差は、正に生死を分けました・・・イヤ、半年の差か・・・「タイミング」こそ、すべてか・・・家業に戻る前のサラリーマン時代に、同じような経験をしました・・・大卒後すぐに入社した建築建材金物メーカーで、私の学生時代の経験を活かしてウインドサーフィンのパーツ(アルミやカーボン製のジョイント、ブーム、マスト)の開発販売を試みようとしたのです・・・入社したての新入社員に全権を任せ、特許庁への調査や素材メーカー(アルミ、カーボン)や総合商社との研究や交渉をひとりで仕切り、業界の裏側を垣間見て恐ろしくなりました・・・これがニュービジネスの実態・・・ココまでヤルか、と・・・詳しくはトテモ言えませんが、ひと頃の太陽光発電に群がる海千山千の業者達のようでした・・・この間までウインドの一愛好者だったのが、業界人になると全てが見えてくる「恐ろしさ」・・・この経験が、ホント「イイ勉強」になりました・・・結局、開発段階で総合的に判断すると、断念せざるを得ませんでした・・・しかし、その数年後にウインドサーフィンのブームが去り、胸を撫で下ろすと共にビジネスの難しさを痛感したものです・・・そういった経験で、家業に戻ってからの新しい機械設備導入と、その20年後の廃業の「タイミング」をウマく出来たのかも・・・いずれにしても、サラリーマンか経営者か責任の大きな違いがありますが、「経験こそすべて」というのをこの年になって改めて実感します・・・という事で、今ノホホンと気楽そう?にトランクルームと不動産屋を営んでいますが、「土台」にはこれまでこういった経験があったのです・・・若い頃から不労所得とか言って、不動産投資や株式投資・・・働かずに苦労せずに稼ごうという風潮がありますが、一時的に成功しても人生最期まで続くかと言えば難しいように思います・・・古い考え方かもしれませんが、「若い時は、買ってでも苦労せよ」というのは、ネット社会になった今でも十分通用すると思うのです・・・若い時は肉体的精神的に苦労して、年齢によって「働き方」を変えていくべきものだと・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.01.03
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新年、明けましておめでとうございます・・・今年も、私の拙いブログにお付き合いのほど、ヨロシクお願い申し上げます・・・さて、年末ディナーで、JR和泉府中駅近くの「うお健」へ行ってきました・・・ビル丸ごと、「うお健ごちそう村」と称して、各階にイタリアン、フレンチ、中華、日本料理、ステーキと専門料理店があるようです・・・今回はちょっとリッチに、ステーキのコース料理を頂きました・・・昨年も仕事に一生懸命頑張りましたので、自分へのご褒美です・・・仕事の目標に対して100%達成とはいきませんでしたが、概ね6,70%でマァマァといったところでしょう・・・だからと言って、目標がないのも励みになりません・・・自分の限界能力の110%くらいが目標として丁度イイのではないでしょうか・・・しかし、もう若い頃の様に、ガムシャラにはなれず、ボチボチ努力、じっくり落ち着いて努力・・・といった感じでしょうか・・・まァ、持病の腰痛もなく、花粉症も20年ぶりに消えましたので、身体的には仕事100%達成以上の効果を実感しましたので、これ以上望めばバチが当たります・・・・毎朝の15分ストレッチと、週3,4回のジム通いと空手、1日2食主義(毎日プチ断食)が効を奏したのか・・・左手で箸を持って食べたりGI値を頭に入れ、食べるスピードや順番を考えたりも・・・夏のウインドサーフィンや常に音楽を聴いている環境もストレス発散に大きく貢献しています・・・何気ない、毎日の地味な積み重ねと言えば努力家みたいですが、毎日「努力と感じない」短い時間と労力の繰り返しで、楽しみながらやっているだけの事です・・・更に年末には、初孫の誕生が花を添えてくれました・・・公私トータルで、80%満足出来ればもう御の字です・・・ただ苦しんで頑張るだけで、後の楽しみが無ければ、報われませんし何のために働いているのか、生きているのか分りません・・・やはり、人間は「あとの報酬(楽しみ)」が無ければ、頑張れないのです・・・という事で、「うお健」さんでのトテモ美味しいステーキディナーを2時間ジックリ楽しみました・・・今年の年末にも、どこかでユックリ食事を楽しめるように、ボチボチと頑張りたいと思います・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2015.01.02
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