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三橋歌織被告の裁判では責任能力の有無が争われましたが、判決では精神鑑定の結果を合理的なものだと認めながらも、裁判官の総合的な判断により責任能力があると判断しました。責任能力を認めた判決には違和感を覚えました。 裁判員制度を意識した法廷では弁護側、検事側の鑑定医が同席し証言しましたが、両者共に被告が一時的に幻覚妄想状態下にあり、責任能力がないと鑑定しました。被告が夫である被害者のDVにより精神病を発病していたからです。 最高裁は精神鑑定の評価について、「否定する合理的な事情が認められない限り、十分に尊重すべきだ」とし、鑑定を重視する判断を示していますから、鑑定医の鑑定結果を認めながらも裁判官の総合的判断を優先した判決でした。 最近は常識から外れた不可解な殺人事件が多いですから、責任能力の有無が最大の争点になるケースが少なくありません。裁判官の精神鑑定に対する評価が判決を左右します。有罪が無罪、大幅な減刑に変わるケースも出てきます。 精神鑑定の評価は裁判官でも非常に難しいと言われていますから、裁判員が正当に評価できるか疑問に感じます。麻原裁判でも人権派弁護士が責任能力を最大の争点にしたように、弁護士は責任能力の有無を争点にしてくるでしょう。 精神鑑定は生化学検査のように数字化できませんから、鑑定医により十人十色の鑑定結果が出てきます。裁判員は客観的な事実よりも情実に左右される危険性がありますから、法廷は鑑定医の人間的な素質に左右されかねません。 裁判員制度では弁護士の裁判員を誘導する能力により判決が左右される可能性が高いと思われます。アメリカにはラジオのコマーシャルで警察署長の前で殺人を犯しても無罪にしてみせると豪語する弁護士がいると聞きました。 アメリカンフットボールのスーパースターであった黒人のシンプソンがパトカーとカーチョイスをしている画像が放映されましたが、自宅を捜索すると奥さんが射殺死体で発見されましたから、シンプソンは殺人罪で起訴されました。 シンプソンの弁護団は裁判を黒人地域で行われるようにし、陪審員も黒人にするように画策しました。裁判の結果は無罪でした。アメリカの裁判制度では陪審員の無罪の評決により無罪になれば再び訴追されることはないそうです。 しかし、奥さんの遺族が民事訴訟を起こしました。今度は白人地域で裁判が行われ、シンプソンの殺人行為が認定されました。アメリカの陪審員制度では黒人地域と白人地域では異なる判決が出るのは珍しいことではないようです。 日本には人種問題はありませんが、マスコミによる誘導は考えられますし、弁護士の技量が判決を左右する可能性が大です。国民の大多数は裁判を経験したことがありませんから、法廷で殺人事件を審理するのには無理があります。 現役世代には時間的な余裕がありませんから、裁判員には納税者以外がならざるを得ません。裁判官でも死刑の判決を下ろせば動揺するそうです。裁判員制度は市民にはトラウマを引き起こしかねませんから、無理な制度です。
2008/04/30
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光市の母子殺害事件の差し戻し控訴審で、広島高裁は元少年に死刑判決を言い渡しましたが、妥当な判決だと思います。殺人について無罪であるという被告側の主張は常識から外れ、理解不能ですから、常識的な結論だと思えます。 この裁判は裁判員制度の導入に当たり、死刑判決の基準を明確にする意味がありましたから、死刑廃止を主張する弁護団のなりふり構わぬ弁護が行われました。麻原彰晃の裁判同様目的のためには手段を選ばない弁護が行われました。 弁護側の詭弁がむしろ裁判官の心証を悪くしたようですから、死刑廃止のためにこの裁判を利用したように思えます。被告には虐待された経験などの同情すべき面もありましたから、弁護団は情状酌量を求める弁護をすべきでした。 今回のような残虐な性犯罪事件は裁判員制度が導入されたら死刑の判決が下りる可能性が大きいですが、判事ですら死刑判決を下せば平然としてはおられないそうですから、裁判員に回復不能なトラウマを与えるかも知れません。 死刑廃止運動には支持できる面もあるのですが、麻原裁判、今回の裁判のような弁護士の法の裏をつくような法廷戦術には違和感を覚えます。裁判が市民の常識からかけ離れているのが、人権派弁護士の弁護でも明らかにされました。 安田弁護士は強制執行妨害罪で有罪にされましたが、弁護団が2000人にもなると聞いてあきれました。市民感覚からすれば違和感を覚える弁護士を支持する同業者がこれほど多いのには驚きましたが、それが司法の現実なのでしょう。 裁判員制度には問題が多すぎますが、裁判が市民感覚から乖離しているのは事実です。光市裁判で問題提起された被害者、家族の人権を守る法律が立法化されましたが、被害者側の一方的な負担を軽減する余地は残されています。 世論は厳罰化を求める傾向ですし、死刑を容認しているようです。最近の判決では永山基準が厳格に適用されるようになり、複数の人間を殺せば死刑が常識化しましたが、おそらく裁判員制度でも同様な傾向が見られるでしょう。 裁判官の常識と市民感覚の乖離は少年事件に顕著に見られます。裁判官は刑の軽減を考えますが、市民は逆を考えるようです。飲酒運転、性犯罪でも現在の判決が軽すぎると考えられますから、判決が激変する可能性があります。 逆に家庭内暴力、DV、介護疲れなどについては情状酌量が認められるでしょうから、量刑の多寡が過去の判例と極端に異なる可能性があります。法の下での平等という原則からすれば、判例の激変は好ましいものとは思えません。 日本では陪審制は戦前に試みられましたが定着しませんでした。市民革命により裁判権を権力者より奪取した経験がないからでしょう。政府の主張である裁判員制度が民主主義の根源だと納得できる人が果たしているのでしょうか。 現役世代には裁判員になるだけの時間的余裕がありませんから、裁判員がリタイアした人、専業主婦、フリーターなどに限られるのではないでしょうか。納税者が参加しない裁判員制度はむしろ民主主義の堕落といえるでしょう。
2008/04/24
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日韓首脳会談が開かれましたが、韓国の政権交代により協調ムードが広がりました。李大統領は盧前大統領の観念左翼とは違い、実利優先主義ですから、日韓の経済協調が最優先課題のようです。日韓の経済交流の促進が望まれます。 日韓貿易では韓国が多額の赤字を計上していますから、日本からの何らかの経済援助、中小企業への投資拡大、環境整備などが求められるでしょうが、日本はウィンウィン関係の構築に政、財、官を上げて取り組むことが必要です。 金、盧両大統領の左翼政権が10年間も続きましたから、政冷経熱状態が続きました。両大統領は就任時には日本よりの姿勢を見せましたが、支持率が下がり始めると日本パッシングに走りました。政権浮揚のために活用したのです。 特に観念左翼の盧大統領の反日、反米政策は日韓米同盟に楔を打ち込みました。さらに金大統領の太陽政策を受け継いだ盧大統領の対北朝鮮傾斜は露骨でした。盧政権では学生運動出身の活動家が大統領府の中枢を占めたからです。 韓国人の「叛」は日本人には理解しがたいところがありますが、日本人が加害者であるのは歴史的な事実ですから、日本人は謙虚になる必要があります。日本が韓国を解放し、経済発展に寄与したというのは日本の言い分だからです。 しかし、盧大統領のように居丈高になられれば日本側にも言い分が出てきます。日韓の首脳が冷静に話し合えたのが最大の成果ですから、日韓友好が新時代に入ろうとしているのでしょうが、揺り戻しが来ないように祈ります。 韓国は工業製品の材料や部品を日本から調達しているようですから、韓国経済の発展は日本にも望ましいところですが、韓国の対日貿易赤字がこれ以上増加すれば外交問題に発展しかねませんから、日本側の配慮も必要になります。 EPA交渉が進展することが望ましいのですが、貿易不均衡が日韓経済の構造的な違いから来ていますから、丁寧な議論が必要です。EPAはウィンウィン関係が前提となっているのですから、特に未来志向の外交が必要だからです。 金、盧政権時代には緊張した日韓関係が続きましたが、民間レベルでの交流は盛んになりました。韓流、日流が自然に社会に溶け込み、人の交流も桁違いに増えてきていますから、日韓関係の質的な転換も期待できるように思えます。 李大統領の対北政策の転換は朝鮮半島の安全保障が質的に変わる前触れです。韓国からの膨大な経済援助が北に核開発の余裕を与えたとも思えますから、韓国の拉致に対する姿勢転換ととも日本の対北外交に利する面が多いでしょう。 日本からすれば韓国の観念外交から実利外交への転換は歓迎すべきです。両民族間にあるわだかまりを解消させるためには時間が必要なのでしょうが、経済面におけるウィンウィン関係が日韓の新しい未来を構築するでしょう。 戦争の傷は戦後60年が経っても癒えることがないようですが、戦争を知らない世代が社会の中枢を占める時代になりました。団塊の世代がリタイアし始めましたから、旧世代とは発想の異なる解決法が見つかるかもしれません。
2008/04/22
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新型インフルエンザがいつ発生しても可笑しくない状況になってきました。新型インフルエンザは強毒性だと考えられています。おそらく日本でもスペイン風邪以上、百万人近い犠牲者が出るのではないかと予測されています。 新型インフルエンザがまだ発生していませんから、未知のウィルスのワクチンを製造することはできません。鳥インフルエンザのウィルスを基にして製造された「プレパンデミック(大流行前)ワクチン」が備蓄されています。 プレパンデミックワクチンが新型インフルエンザに有効である保証はありませんが、同じタイプのインフルエンザウィルスですから有効である可能性が高いと考えられていますから、予防効果を期待して試験的な投与が始まりました。 新型の大流行の危険性は薄れてきたようですが、来年には大流行する可能性が高いと思われます。東南アジアのどこかで発生したら、数週間も経たないうちに全世界にウィルスがまき散らされ、新型の大流行が起きると思われます。 ウィルスが登場してから新型のワクチンが製造されるまでには半年間はかかると考えられていますから、大流行には間に合いません。抗ウィルス剤の国家備蓄しかありませんから、プレパンデミックワクチンの投与を考えるべきです。 備蓄されたプレパンデミックワクチンの有効期限が迫ってきているそうですから、希望者にも投与を初めても良い時期にきていると思います。2000万人分もあれば医療従事者、ライフラインの維持者以外にも投与できるからです。 備えあれば憂いなしですから、リスクを承知した人だけにでも投与すれば、5人に一人ですから大流行抑制にも効果があるかもしれません。もし効果がなければあきらめればよいのですから、試みてみる価値は十分にあると思えます。 官僚がリスクを承知した政策を実行するのは例外的なことですから、厚労省の官僚を見直しました。厚労省の失態が続出していますから、厚労省の存在意義を国民に示して欲しいものです。世論の逆風も少しは和らぐかもしれません。 日本には西欧のように感染症の大流行に対するノウハウがありませんから、世界で初めてプレパンデミックワクチンの投与を試みるのも当然です。リスクが大きいのは当然ですが、大流行の犠牲者数からすれば小さいと思えます。 新型のウィルスの国内侵入を阻止できる可能性はゼロに近いですし、感染拡大を阻止するのも不可能でしょう。大流行が治まるのを祈るしかないのが現状ですから、プレパンデミックワクチンの効用に賭けるのも新しい危機管理です。 最近の若者や子供がはしかなどの感染症の抗体を持たないのは厚労省の責任ですから、新型インフルエンザにも同様の対応をすれば厚労省は国民の支持を完全に失うでしょう。厚労省の官僚の恥さらしだけでは済まないからです。 厚労省の官僚に誇りに思えるような仕事をする機会が与えられたのですから、プレパンデミックワクチンの2000万人への投与を世界に先駆けて実行して欲しいものです。これが効果を発揮すれば助かる命は天文学的数字になるからです。
2008/04/21
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後期高齢者医療制度が始まりましたが、行政の不手際が目立ちます。準備期間が2年もあったのにも拘わらず、制度の周知徹底がなされていませんでした。75歳以上のご老人に新規の負担が生じたかのように誤解されているからです。 扶養家族以外の年金生活者には従来の国民健康保険に変わる制度であり、新規の負担ではなく、負担の仕組みが変わっただけですが、厚労省の老人に対する配慮の無さに加えて年金からの天引きが誤った印象を与えているようです。 厚労省は薬害問題にしろ、宙に浮いた年金にしろ国民感情を逆撫でするような対応に終始してきました。高齢者医療制度もご老人の感情を無視した制度です。健康保険制度の維持、現役世代の負担軽減しか脳裏になかったからです。 老人の医療費は幾何級数的に増加していますし、これ以上の負担を現役世代に負わせるのには無理がありますから、自己負担の原則を制度化するのは間違っていませんが、新たな制度を高齢者に理解させる努力が欠けていました。 ご老人の「長生きするのは悪いことなのでしょうか」という問いかけは論理が飛躍していますが、切実な疑問ですから、丁寧に時間をかけて誤解を解かなければなりませんが、官僚の目には理解できない老人が悪く映るのでしょう。 為政者には論理的に正しい政策でも庶民には弱い者いじめとしか思われない政策は愚策なのです。民主主義国家の政治家、官僚は世論を敵に回してはいけないからです。政策を実行するための世論形成も彼らの重要な仕事だからです。 年金からの天引きも個人の手間を省きますし、未納がなくなりますから論理的には正しい手段なのですが、預金通帳に振り込まれる年金が激減すれば不安を感じるのが人情です。年金が唯一の収入源である老人が少なくないからです。 低所得者層では負担が軽減するはずでしたが、地方自治体固有の軽減措置が考慮されていませんでしたから、増加した人が出てきたのも誤算でした。福田政権になり政治的配慮から複雑な負担の軽減措置がなされたのも想定外でした。 しかし、現役世代の負担も限界に達していますから、老人にも自己負担が求められるのも仕方がありません。子や孫の世代に膨大な赤字国債を残さないためには、消費税をヨーロッパ並みの二桁に増額しなければならないでしょう。 現在の日本には減税の選択肢はありません。国民一人当たり1000万円近くの借金を抱えているからです。いかに無駄を省くのかが役所の課題ですからばらまき行政は問題外です。政治、行政のリストラが国家的な課題だからです。 バブル崩壊時には天文学的数字の財政出動がなされましたが、残ったのは赤字国債だけです。小泉首相は常識に捉われることなく、逆転の発想から構造改革を進めましたから、財政出動の伴わない経済再生を達成できたのでしょう。 小泉首相が抵抗勢力の徹底抗戦を排除できたのは世論の圧倒的な支持を味方にしたからです。小泉改革はポピュリズムとも批判されましたが、民主主義国家ではポピュリストにならなければ何事も為し遂げることはできないからです。
2008/04/16
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日本年金保険機構に社会保険庁から移籍する職員の人員計画が発表されましたが、旧組織温存が目に余ります。国民にこれだけの迷惑を与えた組織の職員は分限免職が相当ですから、解体的な人員整理を断行する必要があります。 国民が怒り心頭に発しているのにも拘わらず職員はペナルティを課せられることもなく身分が保障されるのは納得がいきません。処分を受けた職員でも勤務評価が最高クラスにもなるそうですから、身内同士の庇い合いに過ぎません。 社会保険庁の職員に「仕事をしないのが仕事だ」と思い込ませたのは自治労幹部ですから、職員も被害者だと言えなくもありませんが、結果責任は重大です。破綻した組織の職員の再雇用ですから、非正規職員並みの待遇にすべきです。 宙に浮いた年金が国政選挙に波及し、国会は機能停止していますから、社会保険庁の職員の組織的サボタージュは万死に値します。スペシャリスト以外は非正規職員として雇用し、順次勤務成績に応じて正職員に昇格すべきです。 年金の記録を入力させるだけならば外注も考えられますし、新規雇用者でも十分にこなせる仕事ですから、人件費のかかるベテランをあえて雇用する必要は認められません。民間企業なら倒産していたのですから、当然な処置です。 年金の相談に訪れる人を長く待たしているようですが、土日を返上しても対応すべきです。社会保険庁の職員は未だに役所仕事しかできないようです。お粗末な対応が混乱に輪をかけていますから、一旦解体するしかないのでしょう。 日本をリストラの波が襲いましたが、企業は筋肉質の体質に生まれ変われましたから、年金機構は思い切ったリストラを行うべきです。国鉄の民営化も多くの犠牲者を出しましたが、リストラされ、株の100%公開も目前のようです。 お役所仕事から目覚めさせるには自己決定、自己責任の原則を厳しく適用させるしかありません。国民に何千億円もの損出を強いる結果となる可能性が大ですから、給料の全額返還を求められても仕方がないケースだと思います。 損害賠償を請求される訳でもないのですから、大幅な待遇ダウンを覚悟すべきでしょう。北海道庁、夕張市を考えれば、30%程度のベースダウンをするべきです。雇用は継続されるようですから、恵まれていると思うべきでしょう。 新機構発足時の社保庁職員数と、機構の採用職員数がほぼ同数のようですから国民の厳しい反発を受けるでしょうが、公務員ですから仕方がないのかもしれませんが、待遇面で厳しい対応がなされなければ受け入れられないでしょう。 参議院選の与野党逆転の陰の主役は社会保険庁でしたが、政局絡みで同じ轍を踏む可能性もあります。桝添厚労相の支持率が高いのは国民から期待されているからですが、機構移行を曖昧に決着させたら厳しい反発を買うでしょう。 お役所仕事の弊害が端的に表れたケースが社会保険庁ですから、公務員制度の抜本的な改革がいかに必要なのかを示す反面教師になりました。バブル崩壊で明らかになったように、統治システムが制度疲労を起こしているからです。
2008/04/11
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民主党の電話疑惑に対する釈明では、公党の議員が前財務省財務官の渡辺一橋大教授に電話してどこが可笑しいかというものでしたが、それならば渡辺氏の副総裁への起用が天下りだから認められないという論拠も怪しくなります。 山岡氏が天下り官僚を副総裁に起用しないように電話で圧力をかけたとしたら大問題ですが、例え私的な電話であるにせよ人事案件を内々に伝えるぐらいに親しい間柄であるのも問題です。野党と官僚との癒着に発展するからです。 民主党が渡辺氏に拒否権を行使したのは天下りを認められないからでしたが、民主党の幹部も天下り官僚を評価しているから懇意にしていたのですから、有能な人材の登用を元官僚の肩書きだけで拒否したのは時代に逆行しています。 小沢代表は最初は財政と金融を分離しなければならないから財務省、大蔵省の事務次官に総裁就任に反対し、天下りを理由に財務官に反対しました。小沢氏の主張は為にするための主張ですから、論理に飛躍があり、支離滅裂です。 民主党の大勢は渡辺氏容認に傾いていたそうですが、小沢氏の辞任カードによる恫喝に鳩山幹事長が屈したようです。予想以上の造反議員が出ましたから、不同意は薄氷を履むような想いだったでしょうが、民主党の良心を感じました。 日銀は政治に左右されてきましたから、新日銀法ができたのですが、むしろ政治の介入が露骨になりましたから、日銀法の改正が必要です。人事同意案件の賛否が衆参で異なり、国会が機能しなくなるのを予測できなかったからです。。 憲法が同意案件を人質にし、国会の機能を停止させる政治家の出現を予測できなかったのも無理ではありません。民主主義国家の選良が良識の府である参議院を党利党略のために徹頭徹尾悪用するのを予測できなかったのも当然です。 民主主義国家ですから、小沢氏が独自の政治政策を掲げるマキャベリストであり、毀誉褒貶の多い政治家であるのも自由ですが、拒否権を行使するためには正当な理由が必要です。拒否権の乱発は政権担当能力の欠如の裏返しです。 民主党が国会での審議棚上げ戦術を止め、審議が深められなければ日本は操縦不能に陥った飛行機のように失速、墜落します。小沢氏は政権奪取のためには手段を選ばない覚悟のようですから、党内クーデターが必要不可欠です。 民主党が正常化しなければ政治の機能は停止したままですから、バブル崩壊から再生した日本経済も世界同時不況に為す術もなく巻き込まれるでしょう。日銀が最も必要とされる時に政治の介入により機能停止にさせられるからです。 小沢氏の戦術は「何でも反対」の旧社会党レベルの幼稚なものですから、逆に大人の解決、政治的な妥協は無理でしょう。自爆覚悟の逆ねじを与野党が通してしまえば、小沢独裁体制が確立し、民主主義は危機を迎えてしまいます。 小沢氏の行動はナチスヒトラーが独裁政権を確立していった過程に似ています。民主主義とは相容れない政治目的を民主的な手段で合法化する手法は全体主義に繋がります。ナチスもソ連も中共も建前は民主主義国家だからです。
2008/04/10
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国民は小沢民主党代表には愛想が尽きているでしょうが、民主党はまたもや小沢独裁体制に屈服しました。日銀副総裁人事には賛成の党員が多かったようですが、小沢氏の代表辞任の恫喝に屈し、全面降伏とはだらしがありません。 前原、岡田元代表らの若手は政局がらみの「何でも反対」戦術から脱皮しようとしたそうですが、鳩山副代表が恫喝に屈したようです。小沢氏の政局優先の国会戦術は政治の停滞を引き起こしていますから、国賊ナンバーワンです。 サブプライムローンにより100兆円もの損失が出たようですが、日本はドルに依存していますから対岸の火事として傍観はできません。ドルの信用不安は国内経済に直ちに反映されますから、延焼を食い止める方策が緊急に必要です。 母屋の本家が火事騒ぎなのに、別棟の分家は内輪もめの真っ最中だから消火の手伝いさえもしないで放置しています。火の粉を被らなければ正気に戻らないようです。消防隊の副団長も拒否し、防火作業の邪魔をするのが民主党です。 民主党の中にも正気を取り戻し、防火作業に加わろうとする者もいますが、小沢代表は家が焼け落ちさえすれば我が世の春が来ると思い、消防隊の消火作業を積極的に妨害しています。延焼を防がないのは犯罪的な行為に当たります。 民主党から造反議員が出ましたが、民主党にも常識的な判断ができる議員が残されていたようです。憲法が良識の府、参議院が小沢氏のような常識を弁えず狂気に走る政治家に主導されるを予測していなかったのはむしろ当然です。 民主党が小沢氏のような毀誉褒貶の多いマキアヴェリストのなすがままになっているが理解できません。国民は小沢氏の側近政治、恐怖政治による独裁体制を目の前に見せつけられましたから、国民は既に民主党から離反しています。 前原、岡田代表時代の民主党からは良い意味でも悪い意味でも若さが感じられましたが、現在は老醜しか感じられません。小沢氏の非自民党政権時代に味わった蜜の味が忘れられないのでしょうが、二の舞を演じるのが関の山です。 小沢氏は田中角栄の直系ですから道路特定財源を支持していると思われますから、政局のための為にするための反対ですから不純です。小沢氏には権勢欲しかなく、国益には関心がありませんから、バブル崩壊を加速させたのです。 副総裁に財務省の元財務官を起用するのは常識的だと思います。財政と金融のプロが必要とされているのですから財務官だから天下りだというのは論理の飛躍です。元官僚の起用が総て駄目だとすれば人材が枯渇してしまうからです。 民主党内でも賛成論が強かったのですから、反対のための反対としか思えません。国民が最も嫌悪するのは「何でも反対」、問答無用という政治姿勢ですから、総選挙は民主党内でクーデターでも起きない限り惨敗するでしょう。 世界同時不況が現実味を帯びてきましたから、強引に政治を停滞させるのは国賊ものです。小沢氏の政治手法は強権政治ですから、著しく民主主義から乖離しています。民主党は党是に戻り、民主主義、自由主義に立ち返るべきです。
2008/04/09
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北京オリンピックの聖火リレーがロンドン、パリでは抗議の列に迎えられました。国賓級の警備が敷かれましたが、聖火をバスの中に仕舞い込む場面もあったようです。西欧の人権思想の高まりが世界の人々に広く報道されました。 人権団体はオリンピックのボイコットではなく、各国の首脳に開会式のボイコットを求めているようです。モスクワオリンピックのボイコットを再現しようとしているのではありませんから、彼らの主張にも耳を傾けるべきです。 チベットで何が起きているのかが知らされない状況では疑心暗鬼に駆られたのも無理はありません。報道されている範囲でもミャンマーの軍事政権による武力弾圧を思い起こさせます。僧侶の僧服がミャンマーを連想させるからです。 チベット人あるいはウィグル自治区のイスラム教徒は漢民族とは別の民族ですから、彼らの自治の要求はむしろ当然だと思えます。漢民族の同和政策は占領政策のように思えます。言葉も宗教も違えば相互理解も困難だからです。 中国は広大な国土に莫大な人口を抱えていますから、西欧の人権思想がそのまま適応されるとは思えませんが、基本的人権は国際基準ですから、中国政府も配慮すべきでしょう。憲法の文面を美辞麗句に終わらせないことが大切です。 東洋的な価値観は西洋的な価値観とは相容れない側面を持ちますが、北京五輪は中国の国際社会へのお披露目であったはずですから守らなければならない基本的なルールがあります。これでは特殊な国として認知されてしまいます。 国境なき記者団の実力行動には違和感を覚えますが、中国の対応にはもっと違和感を覚えます。現代の国際化した社会では情報の秘匿は不可能であることを理解していないからです。情報の秘匿が疑心暗鬼を生じさせているからです。 チベット騒乱、聖火リレーに対する抗議行動が正確に報道されていないのは中国本土だけでしょうが、インターネット社会では真相はいずれ明らかにされることですから、中国政府にも報道管制がボディブローのように効いてきます。 天安門事件の時代には報道管制にも効果がありましたが、インターネット社会では報道管制も諸刃の剣でしょう。中国政府は国内問題として片付けようとしていますが、国際社会は単なる中国の国内問題としては受け入れられません。 基本的人権、特に報道の自由は民主主義社会の生命線ですから、日本も譲歩できません。かつて日本はジャパンパッシングに苦しみましたから、今回は中国かという気もしますが、国際基準から離れた報道管制は中国に非があります。 中国の中華思想には日本のような小国は違和感を覚えます。広大な国土と莫大な人民を統治するためには必要なのでしょうが、国際社会の一員として守らなければならない最低限のマナーがありますから、中国には自重を求めます。 北京オリンピック開催は中国の国際社会へのお披露目でしたが、中国の基準が国際基準から遠く離れていることを明らかにしました。中国なしには世界経済は成り立ちませんから、文明の衝突を解消する手段が必要とされています。
2008/04/08
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日本の官僚制度が制度疲労を起こしているのは誰の目から見ても明らかですから、福田首相も公務員改革に大鉈を振るわなければ、支持率が低迷するばかりです。首相が官僚制度維持に固執するならば政権交代も仕方がないでしょう。 官僚には自浄能力はありませんから、政治が主導しなければなりません。自民党も発想を逆転し、ねじれ国会を外圧として活用すれば、大胆な公務員改革を実現できます。小泉改革でやり残した改革を成し遂げる好機だと思います。 国民は古い自民党には愛想が尽きていますから、若い世代が自民党を改革するチャンスです。政局は流動的ですが、小沢民主党が支持されないのは明らかですから、自民、民主両党の構造改革競争の勝者が次期政権を担えるでしょう。 福田首相からは構造改革からの後退しか感じられませんから、国民は期待を裏切られたと感じているのです。小泉改革は外科手術、あるいは劇薬でしたから副作用が随所に表れましたが、構造改革の必要性は国民も認めました。 希代のカリスマでも道路特定財源、公務員改革には手こずりましたから、並大抵の力では抵抗勢力、与野党の利権集団、道路族や官僚などを押さえ込めないでしょうから、ねじれ国会がそれを可能にしたチャンスを生かすべきです。 バブル崩壊に日本の官僚システムの制度疲労が如実に表れていました。企業は血の滲むようなリストラを行い、再生を果たしましたが、政界、官界は旧態依然としたままです。小沢主導でないのなら政権交代も支持されるでしょう。 政治の混乱は古い自民党と古い民主党とが激突して起きているコップの中の嵐にすぎませんから、どちらが勝っても反革命にしか過ぎません。グローバル化した世界を生き抜くためには、新しい政治体制が必要とされているからです。 福田首相や小沢トロイカは歴史が求める人材とはほど遠い守旧派ですから、どこかに新しいカリスマが用意されていると思えますが、国民の目には映りません。むしろ小沢トロイカが小沢ナチスになりかねないようにすら思えます。 小沢代表の政権取りの手法を非自民党政権時代に見せつけられましたが、政治目的のためには手段を問わない、国民を人質にすることも厭わない手段です。小沢氏の毀誉褒貶の激しい政治姿勢が政党を作っては壊してきたからです。 小沢氏が政権を奪取したら現在の民主党の主張はなし崩しにされるでしょう。小沢トロイカ執行部は政権奪取と共に冷や飯食いにされるでしょう。執行部は彼の側近で固められるからです。小沢氏の政治スタイルは側近政治だからです。 小沢氏の究極的な政治目的は大連合にあると思えます。小沢新党による翼賛体制を敷き、独裁体制を固めるでしょう。ナチスヒトラーが民主憲法、ワイマール憲法の下で独裁国家を作り上げたように独裁国家ができるかもしれません。 政治の危機は小沢氏により意図的に作り上げられたのですから、国民がそれに扇動されると危険です。小沢氏は何でもありのマキアベリストですから、日本人の感覚には合いません。日本人は政治家には誠実さを求めているからです。
2008/04/07
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福田内閣の支持率はイエロ-ゾーンからレッドゾーンに入りかけています。支持率の回復は道路特定財源の一般財源化の内容次第でしょう。福田首相が外圧を利用し、道路族、利権集団に勝つことができれば歴史に名を残すでしょう。 あの小泉首相ですら道路特定財源の一般財源化は不可能でしたが、ねじれ国会が生んだ権力の空隙が一般財源化を可能にするかもしれません。国民は土建政治に愛想が尽きていますから、生活道路しか建設を認めいないからです。 10年間、59兆円におよぶ道路建設は必要ありません。土建行政は前世紀の遺物だからです。地方の生活道路の財源を地方に移譲し、残りを環境対策目的税にすればよいと思います。自動車による環境破壊対策に用いればよいのです。 ガソリンが値下げされましたが、地球温暖化対策の視点からすれば誤ったメッセージを発しかねません。アメリカのようなガソリンの大量消費を前提とした社会でも省エネカーが普及していますから、日本も省エネに励むべきです。 ガソリンが150円前後の社会は健全だと思います。省エネ産業の育成のためにはガソリンの値上げは障壁となるからです。値上げは日常の生活に省エネ車、軽自動車を使うような動機付けになりますから、ガソリン消費も減ります。 原油価格が急騰していますが、長期的にはさらに値上がりするでしょうから、ガソリン価格を下げるのは資源、外貨の浪費に繋がります。民主党は参議院選でも農家にばらまきを公約しましたが、今回も政局のためのばらまきです。 自民党が制度疲労を起こしているのは誰の目から見ても明らかですが、小沢民主党の政局のためには国民も人質にする戦術は国家百年の計に相応しくありません。小沢氏の支持率が低迷しているのは国会戦術に同意できないからです。 民主党のパフォーマンスは何でも反対の旧社会党レベルですから、国民が盛り上がらないのです。民主党の執行部の目には国民の姿はなく、政権奪取しか目に入っていないようですから、世論の流れから取り残されているのです。 小沢氏は非自民党政権を樹立させましたが、彼の毀誉褒貶の多い政治スタイルがバブル崩壊を加速しました。政党を作っては壊す政治スタイルは政治に対する不信感を醸成しましたし、今回の毀誉褒貶も政治不信を加速しています。 福田首相、小沢トロイカは55年体制のしがらみから脱することは不可能ですから、ニューリーダーが必要とされています。55年体制の政治家はバブル崩壊の責任をとっていないのですから、政治の表舞台から退場すべき時がきました。 政治の舞台でもパラダイムシフトが必要とされています。世界の先進国では政治の世界も既に戦後世代に世代交代していますから、日本も世代交代が必要です。民主党も前原・岡田前代表のようなニューリーダーに若返るべきです。 自民党内でも一般財源化を主張する若い世代が台頭してきたようですが、道路族などの抵抗勢力を押し切れれば党再生の芽も残っています。小泉首相は平時の革命を果たしましたが、それに続く若いカリスマの登場が待ち望まれます。
2008/04/05
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北京五輪の開会式をボイコットする動きが世界的に広がっています。中国政府のチベット民族に対する武力弾圧が国際的な非難を浴びているからです。ダライ・ラマの自治要求を反政府運動、分離主義者としか評価しないからです。 チベット人を武力弾圧し、チベット自治区を国際社会から隔離した手法はミャンマーの軍事政権が用いた手法と同じレベルです。中国の政治体制が国際基準から大きく逸脱している証拠ですから、国際社会から批判されても当然です。 中国政府はあくまでも国内問題として処理しようとしていますが、国際社会は人権問題として捉えています。チベット人の反乱は中国西南部地域にも拡大していったようですが、世界は蚊帳の外に置かれていますから真相は不明です。 オリンピックそのものをボイコットするのではなく、元首レベルに開会式をボイコットすることを求める比較的穏健な処置ですから、皇族の出席を見合わせるのは妥当な判断です。国際基準に則った賢明な処置だと思います。 銭元外相の回顧録によれば民主化運動を武力弾圧した天安門事件により中国が国際社会から孤立した時に、天皇の訪中が「国際社会の西側の制裁を打ち破る突破口」になりましたから、皇族に二の舞を演じさせてはならないからです。 日本、韓国もオリンピックにより国際舞台にデビューしましたが、中国はオリンピックを国内の締め付けに使っているように見えます。経済の発展がもたらした超格差社会、政治腐敗、人権問題などを棚上げにしようとしています。 中国の急速な経済的発展が国内矛盾を激化させているようです。経済はグローバル化の波に乗り急成長しましたが、政治は旧態依然としています。アメリカの民主化に対する希望的な観測とは正反対に強権体制が強化されています。 広大な国土と人口を抱えた中国には西欧的な民主主義をそのまま取り入れるのは不可能でしょうし、その気もないようですが、基本的な人権を守ってもらわなくてはなりません。基本的人権が国際基準、国際スタンダードだからです。 中国には世界の工場としての思い上がりがあるようです。中国なしでは世界経済が成り立たないことばかりに目が行き、国際社会の協力なしでは中国経済が成り立たないことを忘れているようですから、中華思想が目立ち過ぎます。 西欧諸国が民主主義を国際スタンダードだと信じ込んでいるのは思い上がりですが、基本的人権は国際スタンダードだと思います。中国が世界の工場として繁栄し続けるためには中国も国際基準である基本的人権を尊重すべきです。 アメリカの住宅バブルが弾けました。サブプライムローンによる損失を確定できないようです。中国にもバブル崩壊の危険性を感じます。日本のバブル崩壊の前にも政治、経済だけではなく、社会の倫理、道徳なども乱れました。 アメリカは中国から既に資本を回収しているようですし、回収せざるを得ない状況に陥りました。日本も中国から距離を置く必要があります。中国のバブルが弾け、内部から崩壊するのもそう遠くない未来だと思えるからです。
2008/04/03
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映画「靖国 YASUKUNI」が東京、大阪では上映されないようです。映画館が反対行動を懸念して上映中止を決めたそうです。中国やロシアではないのですから、右翼の暴力行為に対しては警察が毅然と対処すべきです。 プリンスホテルが日教組への会場の提供を一方的に解約した事件がありました。裁判所の命令を右翼による妨害行動を理由に拒否しました。旅館業法違反も指摘されていますが、暴力が法治国家の法秩序を破壊した卑近な例です。 右翼の威嚇が効を奏すれば法治国家の根底が崩されますから、警察の対応が適切であったかどうかをマスコミは報道すべきです。暴力団対策法ができても政治団体ならばやりたい放題ですから、法治体制が機能不全に陥っています。 右翼の街宣車がボリュームを一杯に上げて市内を闊歩していますが、迷惑防止条例違反を適用されるのは極めて希なようです。政治活動の自由は尊重されなくてはなりませんが、警察と右翼との持ちつ持たれつの関係は目に余ります。 自民党の大物代議士でさえも街宣車に悩まされ、右翼の大物に頼った例もありますから、一映画館が街宣車に対抗できるわけがありません。街宣車による脅迫がプリンスホテル、映画館を屈服させた戦果は右翼を勢いづけるでしょう。 右翼の脅迫が通用するのは警察の対応が甘すぎるからです。市民は右翼が警察官の制止を無視するのを見せつけられています。警察が右翼から市民を守ってくれるのではなく、右翼の味方であることを市民は知らされているからです。 民間企業が右翼に睨まれれば先ずお手上げです。警察は政治活動の自由、民事不介入の原則を錦の御旗にして右翼を取り締まらないからです。プリンスホテルの対応も一民間企業の防衛策としては仕方がなかった側面もあります。 警察には宗教法人、政治団体は聖域であり、不介入の原則を墨守しているようですが、オウム真理教事件ではその盲点を突かれました。法治主義を徹底させるためには警察、暴力団、右翼の持ちつ持たれつの関係を破棄すべきです。 街宣車の規制は現行法でもできるはずですが、取り締まりの現状は市民の常識からかけ離れています。あれぐらい騒ぎながらも取り締まりの対象にならないのならば、騒音おばさん、ゴミ屋敷なども右翼に比べればかわいいものです。 警察は市民に直接振るわれる暴力にはもっと厳しく対処すべきです。受忍限度があまりにも高めに設定されていますから右翼の街宣車はやりたい放題です。受忍限度は運用次第でしょうから、警察庁は前向きに取り組むべきでしょう。 中国、ロシアの人治主義は日本人の想像を超えていますが、日本でも闇の世界は政界、経済界に深く根を下ろしているようです。右翼の誉め殺しが政界を大きく揺さぶりましたから、闇の力が政治の奥底で蠢いているのでしょう。 政治家と右翼との持ちつ持たれつの関係は戦前から続いていますから、政治家に右翼を取り締まる勇気はないでしょう。このまま右翼を放置しておけば、警察が暴力に無力ですから、市民は暴力が支配する社会から縁が切れません。
2008/04/02
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