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(7/30のつづき)関西弁のやんちゃという形容詞だが、私は友人の半田晴久を「やんちゃ」、そして私を「ゴンタ」と表現してきたが、ミスズの中村有紀子取締役(半田社長の実妹)によると、「先生こそやんちゃですよ」と反論された。そうか、オレがやんちゃか?論破された。そういえば大阪弁のゴンタはワルに近い。遊びが少ない。私は、遊びの中に仕事を含めてしまう。やっぱり、やんちゃか。(つづく)
2010年07月31日
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(7/29のつづき)その日(7月1日)の夜、勝手連の光永勇会長と初めて会った。宮古島の高校を飛び出し、宮古大学を15、6人と建てたという。こういう怪物が大好きだ。今や、永田町にオフィスを建てて、派手に政界の曲者たちを動かしている。こういう荒くれ男(ケンカが強い)とやんちゃな私が組めば、政界に新風を巻き起こすかもしれない。(つづく)
2010年07月30日
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(7/27のつづき)宮崎正弘に電話をした。そして東京で会うことにした。「三島は29歳のとき神島で元服したと思いました。遅すぎた元服だったのかもしれませんね」と言うと宮崎氏も、「そうかも」と答えられた。いつものようにクールな観察者、そして鋭いミシマ・ウォッチャーだ。(つづく)
2010年07月29日
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(7/26のつづき)私の文体は、環境に左右される。近くに水がないと書けない。川か海。ダム湖ではペンが進まない。そして29歳の三島が使った机の上で原稿を書く。三島の隠れた部分を書くとなると、構えてしまう。それがいつの間にか、寓話「ムツゴロウ物語」となった。なぜこうポンポンと思考がとぶのか。やはり私は芸術家なのか。(つづく)
2010年07月27日
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(7/24のつづき)三島由紀夫が「潮騒」を書いた神島へまた足を運んだ。三島先生の銅像を建てたいという島人の望みを、故三島夫人が断ったらしい。その辺りのいきさつをどう書こうかと考えたが妙案が浮ばない。寺田家の二階の三島が使った朱塗りの机で書こうと思ったがペンが進まず、いきなりゴロ寝。ふっと目がさめると、小説風の文章が書けた。(つづく)
2010年07月26日
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(7/23のつづき)これを私が大事にする「残心」である。この適訳を探すのに20年かかった。今、わかった。Uninterrupted readinessだ。勝った直後(このときが油断するので一番危険)でも「構え」を崩さない。私の英語道哲学。勝っても負けても油断するな。できれば表情も崩すな。継続は力とはこの「残心」のことではないか。(つづく)
2010年07月24日
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(7/22のつづき)射手にready, aim, fireの三つのステップがある。Readyは「構え」だが、ある古武道の名人に語らせると、一番大切なのは「構え」だという。Aimそして撃て(Fire)のあとも、構えを崩してはならない。この武道の精神が、勝ったと思って、ガッツ・ポーズするスポーツ精神と違うのだ。(つづく)
2010年07月23日
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(7/20のつづき)近くで気迫が感じられない人もいるだろう。多分その人はTIMEを手にしているだけの、ツンドクreadersのひとりだ。それでもいい。必ず、手にしろ、という。この構えが英語でいうcommitmentだ。読めないのに手にしている自分が恥ずかしいと思う人は、救われる。恥意識は面子(体面)を重んじるサムライの絶対必要条件である。(つづく)
2010年07月22日
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(7/19のつづき)そこで2年制のTIME大学を設立しようと思い立った。国際ディベート大学は戦略だ。Strategyは一つでよい。しかし戦術、tactics(複数)は、いくらあってもよい。ヴィジョンは変わらないまま、基本的戦略は変わらない。来年2月ごろから開校しようとしている。紘道館ネットワークの拡大だ。紘道館のメンバーはTIMEを定期購読しているので、周囲にいてもその異様な雰囲気は伝わってくるはずだ。(つづく)
2010年07月20日
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(7/17のつづき)一昔前のナニワ英語道発祥の地の大阪には、そんなハングリーなdriven guysがウヨウヨいた。英語による他流試合や道場破りもいた。そんなエネルギーは少数のサッカー選手に限られるようになった。つまりハングリー精神の欠如により、人間力がガタ落ちしている。TIMEが読める――これをゴールにしないか。(つづく)
2010年07月19日
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(7/15のつづき)3番目の理由は、人間力だ。大学は入ったとたん、もう力が抜けている。あとは、卒業できるお金があるかだけ。親力の問題だ。その本人の根性などあまり問われない。自力で学資を稼いで、大学を卒業するまでに、グローバル言語としての英語をモノにしてやるといった、脂ぎった大学生と会ったことがない。(つづく)
2010年07月17日
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(7/14のつづき)この人にとって大学の教授生活は、老後の楽しみであったのかと、一生現役で闘うと誓った私のようなサムライ教育者にとり、砂を噛むような思いで名刺を見る――お世辞もいえなくて...。とにかく、情報力の裏付けのある英語を情熱的に教える教授はめったにいない。だから、学生がinformed English(情報つきの英語)を学ぶ機会はことごとく限定される。(つづく)
2010年07月15日
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(7/13のつづき)2番目の理由は、情報力。英語が見えないのは、情報量が少ないからだ。大学の教授たちも、情報力に乏しい。大学の教授になると、頂上に登りつめたエリートだと錯覚する。現場でがんばっていたプロが、久しぶりに会って、「教授になりました」と名刺を渡されると、淋しくなる。この人にとって大学の教授生活は、老後の楽しみであったのか、と。(つづく)
2010年07月14日
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(7/12のつづき)まるっきり動機に乏しい。18歳人口が減ると、競争力が落ち、英語力は益々下がる。大学生はTIMEが読めない。その主なる理由は3つある。1.英語力。TIMEは時事英語。しかもインターネットの時代で新語が続々と登場。辞書が追いつけない英語がうじゃうじゃ湧いてくる。日本人の英語では、先述したように、英語の見出しが見えない。理解できないから、使えない。実用英語が身につかない。(つづく)
2010年07月13日
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(7/9のつづき)今の4年制の大学では、生徒は絶対にTIMEが読みこなせない。一流大学の数々が試みたが失敗。一冊のTIMEが6ヶ月。TIME2冊(2週間分)を読みこなすのに1年もかかる。4年間で8冊。これじゃ読んだとはいえない。英語購読というねむたい科目がある。私の母校の関西学院でもあった。クラスの半分はさぼり、クラスの半分は眠っている。大学生はTIMEを読む気などさらさらない。彼らが求めているのは卒業証書のみ。大学出というハクだけが欲しいのだ。これじゃ読めない。(つづく)
2010年07月12日
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(7/8のつづき)私の英語哲学は、思考だ。「知」のよろこびだ。そしてその知をどのように行に結びつけようかと自問自答してきた。 だから、ディベート(究論)が基本になる。知ろう、知らなくて恥をかきたくない――負けたくない――。だから「まずディベートありき」である。これが、知と行を結びつけるディベート大学の基本構想だ。(つづく)
2010年07月09日
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(7/7のつづき)私は筆記試験のスコアをバロメーターには使わない。英会話能力も、あまり知的レベルの測定とは関係ないとみている。英語が話せるかというよりも英語が書けるか、聴きとれるかが肝心なのだ。海外へ行かずに米大使館の同時通訳者になれたのも、インプット(リスニングとリーディング)を重視し、日本語のディベートに力を入れてきたからであろう。(つづく)
2010年07月08日
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(7/6のつづき)TIME大学(これも私塾)を考えている。企業のエリートにはTIME CLUBの創設を急いでいる。世界一の発刊部数を誇るタイムはほとんどの日本人にとり高嶺の花。しかも日本での購読者数は下がる一方――今3万人を切った。かつては十万近くまでいたのに。英語教育でお金をかけるのは、日本はダントツにトップだが、TIMEが読める人はアジアでは最下位になる。(つづく)
2010年07月07日
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(7/5のつづき)紘道館では必ずTIMEの読み方をソクラテス対話法(pushよりもpull)で進めているが、こういう見出しとイラストがわかるようになれば本文を読まなくてもほとんどの情報がつかめ、速読ができると思う。このTIME速読入門を服部真子(ICU)が、ノーネスチャンネル(インターネットテレビ)で私にやらせようと動いている。彼女(2年連続英語即興ディベートで優勝)が、男なら忍者の服部半蔵になるのにと惜しく感じる。(つづく)
2010年07月06日
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(7/3のつづき)そこで私が解説を加えると、あっそうか、それならTry, try again. だといった。最初ほんとかなと思っていたが最近のサッカー特集をしたTIME(6月14日~6月23日)の中にTry, try again.という見出しがあった。この小学生でもわかる英語が、大人の日本人に理解できないのだ。紘道館では必ずTIMEの読み方をソクラテス対話法(pushよりもpull)で進めているが、こういう見出しとイラストがわかるようになれば本文を読まなくてもほとんどの情報がつかめ、速読ができると思う。(つづく)
2010年07月05日
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(7/2のつづき)さて、話は戻る。この「継続は力」が英訳できないのだ。ネチネチと続けることは、欧米人にとりあまり美徳とは思えないのだろう。日本人は辞めることを失敗とみなすが、欧米人はそうはみない。失敗するのは当り前。それでも試行錯誤を何度もやるのが美徳なのだ。その英語が、Try, try again. だ。一秒で言える。今、たちばな出版で、「音読--1秒英語」を書いている。あるアメリカ人がContinuity is power. という英語がワカンナイといった--日本人はすべてうなずいていたのに。(つづく)
2010年07月03日
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(7/1のつづき)私はしぶとい。かつての私の秘書松永三枝子女史(ヘブライ語を初め数ヶ国語がペラペラ)は、私のねちっこさに閉口していたが、その偏執病が私を英語の鬼にしたのではないかとみている。私の欠点まで大目に見てくれたネアカの秋田美人。(つづく)
2010年07月02日
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(6/29のつづき)お金より大切なものは、信用だ。信用は友情や信頼が続くことだ。すぐポンと投げ出す人間は、人間関係でも必ず行きづまる。孔子は、小人は利を求め、君子は義を求めるという。私は君子をサムライと置き変えて、ペンを進めている。新渡戸の武士道を更に改訂する構想はずっと前からあった。着想といえば、十年以上になる。(つづく)
2010年07月01日
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