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(10/29のつづき)平成武士道を書くにあたり、類書はすでに百冊近く読んだ。ICEEに参加する人は全てサムライだ。サムライは不快を避けない。友人の戸塚宏氏は、人は快を求めて、不快を避けるからアカンのや、と仰る。その通り。戦後教育は、tough love(愛のムチ)を禁じ、体罰を唱える戸塚氏を犯罪者として扱った。もったいない。私などは、体罰で鍛えられた人間だから、人間力を鍛えるチャンスを奪った戦後教育を恨む。ノーネス・チャンネルで、TIMEが扱った「いじめ」問題を取り上げ、内容と英語を解説した。(つづく)
2010年10月30日
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(10/28のつづき)勝も敗も生も死も超越した、お祭り、そして「遊び」の空間だ。人生最大の遊びとは、死んだ気持で挑む真剣勝負のことだ。國弘正雄先生から勧められたボイジンガーの「遊戯人間=ホモ・ルーデンス」に多大な影響を受けた。「英語は音読か速読か」というテーマで國弘先生とは衝突したように見えるが、根っ子のところでは、しっかり結びついている。それは、英語道(English as a way of life)だ。(つづく)
2010年10月29日
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(10/27のつづき)甲子園の土を踏むだけで名誉なのに。「このテストには敗北者はいない」というのは表向きのメッセージだが、敢えてホンネをいえば、Nobody wins.(だれも勝てない)なのだ。死への儀式ともいう。地検、水検で落ちた人も、残った人のパフォーマンスを見続ける。そして学ぶ。途中で帰る人もいない。英語のエンタテを最後までエンジョイしている。こんなテストは他にない。「死への儀式」とは、「恥」をかく通過儀礼でもある。(つづく)
2010年10月28日
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(10/26のつづき)ICEEという世界唯一のインタラクティヴな実用英語検定試験は、たしかにnation's toughest test、あるネイティヴは、sink or swim testだと表現していた。成績が問題ではなく、そのプロセス(道)が肝心なのだ。おっかない。たしかに。だから、Nobody loses. だれも敗北者はいない、という。ここまで言わなければ、ペーパーテストで育った日本人は、ICEEの土を踏もうとしない。(つづく)
2010年10月27日
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(10/25のつづき)執念深さ--ICEEというお祭り(一種の英語検定試験)を今も続けている。30年前に、英語道検定試験(道検)としてスタートさせたが、ネーミングに問題があったとみて、敬遠された。私のやることには、華々しさがなく、カンムリはつかない。まるで忍者の検定試験のようなものだ。そんなものはない。死を常に覚悟している忍者はすべて有段者(クロオビ)なのだから。(つづく)
2010年10月26日
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(10/23のつづき)政治家ではなく、武道家としての私は、公約を破ることは、"恥"になるので、自己との挑戦は続けざるをえなくなる。スポーツの世界と違って、武道(英語道は武士道の延長)には、引退はないのだから。 「スミマセン、あのときはあのとき、若気のいたりでして」と前言をひるがえすことはできない。私は欠陥の多い(多すぎる)凡人だが、いったん何かを始めるとブレーキがきかなくなる。一見天才のように見えるが、それは錯覚で、辞めることを恐れる、気が弱いのに、執念深いただの人間なのだ。(つづく)
2010年10月25日
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(10/22のつづき)思えば長い道ノリだった。40代前半、NHKから離れ、70でメディアにカムバックするまでまさに茨の道(a bumpy road)で、何度も挫折した。やはり歳には勝てぬか、と歎いたものだ。しかし20歳の前半で、ナニワに英語道場を創設した時から、生意気にも「道とはgrow youngerのことなり」とトランペットを吹かしてたものだから、逃げられない。これは私にとりマニフェスト。政治家ではなく、武道家としての私は、公約を破ることは、"恥"になるので、自己との挑戦は続けざるをえなくなる。(つづく)
2010年10月23日
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この有料番組(月500円)は、1.Watch TIME(カバーストーリーの解説)、2.Power English(その週のTIMEの斬れる表現を、内容と共に解説する)、3.サムライ・トーク(アクの強い私の時事解説。ときにはゲストを招き)。各10分でトータル30分。毎週変わるトピックと英語を料理するのだから、私にとりこれはkiller job(天職)に近い。私の気迫(killer instinct)が試されているのだから、ワクワクする。その代わり、超多忙ゆえ、旅に出にくくなる。ブログ愛読者に向けて語りかけるように、バイリンガルでやりますので、ぜひ話相手になって下さい。(つづく)
2010年10月22日
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(10/20のつづき)10月からNONESチャンネルでインターネットTV番組「TIMEを読む」が始まった。70歳で必ず復活してみせると公言してきたが、実現できて嬉しい。37歳で日本から一歩も出ずにNHK教育テレビ番組で英語オンリーのインタビュー番組に出たときから40歳前半までの私は華やかなスターだった。降板してから、徐々に忘れられる存在になっていった。ラジオ時代の松本亨、テレビ時代の國弘正雄、そしてインターネット時代の松本道弘としてカムバック――できれば日本のラリー・キングとして――するのだと言い聞かせて、もう十年になる。(つづく)
2010年10月21日
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(10/18のつづき)今の日本はまさに、leadership crisisの真っ只中である。英語を日本刀とすれば、日本の精神は復活する。ICEE精神を日本全土に広げよう。 活火山の私は今も噴火し続けている。その間に、ブレーク。親友の塩入君と、道後温泉の「ぼっちゃんの湯」につかって、息抜きをするか。(つづく)
2010年10月20日
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(10/16のつづき)西郷隆盛は、休火山から活火山となった。再び桜島の温泉(太古の湯)で考えた。私学校――西南の役。学問とは恐ろしいものだ――志があるだけに。 英語道の母胎は、武士道。今、乱世、出でよ、島津斉彬の如き名君!(つづく)
2010年10月18日
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(10/15のつづき)8月25日、鰻温泉で、西郷隆盛の霊と語り合った。佐賀の乱で敗れた江藤新平がここへタカモリを探し求め、激論を交わしていた。これ以上は「武士道」に譲るが、この鰻温泉の少しあと、私学校を建てたのだ。私塾――この教育機関は志とともに産まれた。(つづく)
2010年10月16日
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(10/14のつづき)秋田の佐藤直人君(能代の縄文人)が、やっと土から芽を吹き出した。雪融けが始まった。十日間の九州旅行に戻る。スズムシとの旅は楽しかった。島原で感じた。平成大噴火からインスピレーションを得た。自然力。平成新山とは何か。母なる雲仙・普賢岳から産まれた健康優良児だった。火山は母。マグマは精子に非ず、卵子なり。私の芸術家人生は活火山史そのもの。8月24日の日記はいずれブログで公開する。かつて「0の発見」(今は絶版)で触れた、ゼロ・パワーは、今の「平成武士道」を動かし始めた。山は活きていた。(つづく)
2010年10月15日
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(10/13のつづき)秋田の佐藤直人君(ICEE元チャンピオン)よ、東北の地に、英語道私塾紘道館を創設してくれないか。大学が花の美しさを意識し、萎むことを恐れている間、草の根の英語道は、密かに根を日本全土に張り巡らせている。(つづく)
2010年10月14日
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(10/12のつづき)新渡戸稲造は恐るべき東北のサムライだ。どうやら東の武士道と、西の武士道とは、少し温度差があるように思える。 この秋は雨か嵐か知らねどもけふの努めの種をまくかなこれは、一「所」懸命に働く、東北の武士道の心意気を歌ったもの。(つづく)
2010年10月13日
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(10/11のつづき)晩年の母を背中におんぶした真之は、親孝行であった。兄の好古は、弟に関して述べた。「弟は、お国のためと死ぬまで言い続けていた。これだけは言える」と。 平成武士道のペンも進んできた。ふと松山を訪れたとき、50年間の旧友、塩入君(東雲女子大学名誉教授)が、ここには、秋山兄弟生誕の地があるといって、案内してくれた。(つづく)
2010年10月12日
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(10/9のつづき)ロシアのバルチックを破る戦略を描いた秋山真之(絵が巧かった)は、尊敬する兄(好古)と共に、恐れた共通の人物は母であった。真之の腕白に手を焼いた母は、13才の頃の真之を呼びつけ短刀を置いてこういった。「私が先に死ぬから、お前も死ね」と。日露戦争に出征する前に母はまた手紙を置いた。「お前が国のために、まじめに働かなければ、私にも覚悟がある...」。こんなおっかない手紙を懐から離したことがなかったという。(つづく)
2010年10月11日
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(10/7のつづき)富とは何か。渋沢栄一や、川村緑博士のような研究者は、富の定義でも一致している。足るを知れば貧といえでも富。これだ。Lessで満足。これがネアカ。Moreを期待していたのに、あなたと一緒になってからはlessばかり、と愚痴る人が多い。この「のに」を除けば、禅になる。Accept yourself. それでいいじゃないか。これが武士道の基本。武士には「のに」はない。武士の妻にも「のに」はない。だから、真の武士はこぞって女の方が強いという。(つづく)
2010年10月09日
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(10/6のつづき)ところで、パトロンとなる成功者は全力投球(give it 120%)するタイプ。与えられた仕事(100%)以上やらない人は成功しない。成功者は、給料以上の仕事をやってのける。Give it 120%. 20%はリスク。自己責任。ナポレオンヒルに聞くまでもない。私の経験からしても、成功者は全てネアカ。与えられた仕事を100%でなく、120%に挑む--私のように。(つづく)
2010年10月07日
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(10/5のつづき)しかし、財務担当者はそう甘くない。Devil's advocateを演じるために嫌われ役になる。かつてMDI(私がCEO)のときの経理担当者の妹(奥村幸子)といつもこのことで衝突した。もう二度と社長はやりたくない。芸術家が求めるのは、社員ではなくパトロンなのだから。(つづく)
2010年10月06日
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(10/4のつづき)なぜネガティヴ思考がいけないのか。渋沢栄一は、自己中心的だからだという。思い当たる。失敗しても立ち上がれというネアカに対し、ネクラは成功した人の足も引っぱる。どうせ、そこで得たお金は、また使うんだろうと、これでは周囲が暗くなる。ネアカは、この失敗をバネにしてがんばる。再び成功すれば、家庭だけじゃなく、自由に使える軍資金が入るのだと、これがネアカの参謀。(つづく)
2010年10月05日
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(10/2のつづき)渋沢栄一に会いたくなった。彼はネアカ経営者だ。お金が向こうからくる有徳の士とはかくなる人か。氏曰く「悲観的な人は残酷である。自己中心的になるから」と。ネクラ(オバマのきらいなcynics。冷笑家)は、周囲も暗くさせる。この人はポジティヴ思考の人を嫌う。暗く暗く、現実を悲観的にみる。生い立ちに恵まれていない人に多い。なぜネガティヴ思考がいけないのか。(つづく)
2010年10月04日
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(10/1のつづき)ICEEの発案者は、今も紘道館をバックに今年もやる。紘道館元塾頭の菊池武晴君が今年のコマンダー(委員長)。(霊)は、この私。私は天皇か鬼か。このORという発想(英語で考えるとはorで考えるディベート思考)は日本人には苦手。日本的志向はAND。A and Bだから、ディベートが苦手。これではローカル思考のままで終る。やはり、ディベートだ。将来、私塾国際ディベート大学を建てたい。今から有志そして有徳の士を募っている。公の心で挑む。(つづく)
2010年10月02日
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(9/30のつづき)勝っても負けても楽しい、ネアカ。健康になる。私のように歳はとらない。私のgrow youngerの人生は、70歳から「実り」の季節を迎える。老いて益々さかん(going strong at my age)。サムライには定年はない。いつまでも現役のまま。スポーツにはシーズンがある。武道には、ない。日々是決戦。(つづく)
2010年10月01日
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