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(9/29のつづき)竹田恒泰の本から天皇も怨霊になることを識り、背筋が寒くなった。松本家にも怨霊がウヨウヨいるからだ。平成武士道を書いていると、生霊と死霊との違いがわからなくなってくる。隣のスズムシもそうだそうだと歌う。啼く?鳴く?泣く(cry)?哭く(weep)?こういう問題は、検定試験には出ない。だが、楽しい。「だが」ではなく、「だから」楽しいのだ。パスしないぞ、と、恐怖のために、説得されて考えるのではなく、納得して考えるのだから楽しいのだ。思考のよろこび。負けてより多くを学ぶよろこび。これらがICEEの精神。(つづく)
2010年09月30日
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(9/28のつづき)私はscientistでもある。よくディベートにより、実験そして検証を行なう。シャーロック・ホームズは相棒のワトソン博士に、「見るんじゃない、観るんだ。Observeするんだよ」といった。辞書には、虫の声は外国人にはnoiseと書かれていても、丸呑みはしない。これからのグローバル化に期待される。ディベーターはサムライのようにクールなのだ。(つづく)
2010年09月29日
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(9/27のつづき)ロウソクの話から、多くの哲学が生まれた。ICEEのいう「和」(Competitive-cooperative spirit=祭り)の精神も、すべてスズムシの音楽理論から一歩も出ない。外国からもICEE参加者が増えてくると思うが、国際教養大学(私も一応客員教授)でのディベート教室(7,8カ国の交換留学生がいた)で、私は生徒たちから学んだ。全ての外国人にとり、スズムシの鳴声がnoiseでないことを。(つづく)
2010年09月28日
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(9/25のつづき)今年も、スズムシとの旅は続く。遊読は進む。遊読、遊学にはカネがかかる。なぜこう軍資金がかかるのか。本と車代。旅人はつらいよ--家庭が必ず犠牲になるから。8月14日、車中で、ファラディーの『ろうそくの科学』(古本でわずか250円)を読んだ。試験のために読む本ではないから、ウキウキする。ろうそくの炎は、燃焼して、水に戻る。水はまた燃え上がる。火と水は、仲がいいから反発もする。私が世界平和のために広げたいサッカー・ディベート(その六角ロジックのエッセンスは近々発売予定の『(一時間でわかる)ディベート』で紹介したので、参照されたし)の火と水のロジック相互補完性だ。(つづく)
2010年09月27日
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(9/24のつづき)日本人の英語力は高3がピーク、大学の4年間で、低下し続ける。海外の大学は違うが。大学のいいところは、人脈(一流大学なら)だ。もっと知名度低い大学なら、4年間通い、卒業したという虚栄心と、「集(つど)いの喜び」。この学校で学んだものは、クラスメート。友達ができた――だから、TIMEは読めない。TIMEを読むとは、自己との孤独な戦いである。友達の数とは反比例する。それは術友(数で測れる)。しかし、英語道でいう道友は違う。オレもやるからオマエもやれ――これが相乗効果を産む。だから、私塾の方が人間力と共に英語力を培う方法としてはベター。(つづく)
2010年09月25日
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(9/22のつづき)私の授業は続く。日本人にTIMEが読めない理由は3つある。1.英語力(学校や検定試験では証明されない。英語によるコミュニケーション能力) 2.情報力(TIMEが読めない最大のブロックは情報。日本語でも本を読んでいない人が、いくら英語単語力が優っていても、スラスラ読めることはない。絶対に)3.人間力(続けられるか。気まぐれな人間は、TIMEがツンドクになる)――TIMEを読めといっても、だれも読めない。(つづく)
2010年09月24日
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(9/21のつづき)初めての菱研のTIME大学にもスズムシが登場。半田晴久総長が眼前の虫カゴをコツコツと叩く。鳴かせようとしても鳴かないのがスズムシ。たとえ相手が、天才オペラ歌手であっても、日本の伝統芸の達人であっても、英語武蔵であっても妥協はない。「ああ、鳴いたよ」とはしゃぐ、半田社長。スズムシがこの天才経営者の魂と童心をゆさぶったのだ。(つづく)
2010年09月22日
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(9/20のつづき)10月からノーネスチャンネルでTIMEをWatchしたい人のための、私のレギュラー番組『TIMEを読む』が始まる。ニュースキャスターという帽子をつける。大学と私塾の闘いが始まった。これが血生臭い「西南戦争」に発展することは、まずない。私にはスズムシという恐ろしい参謀がいる。二枚の翅を摩擦させることで、音楽を産むのだぞ、雑音にしちゃいけないよ――。は――い。(つづく)
2010年09月21日
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(9/18のつづき)この信用がご縁となり、私塾TIME大学を日本全国に広げようと考えている。今の大学(4年間)の授業では、だれひとりTIMEを読みこなすことはできない。国際なんとか大学でもムリだ。だから、私塾なのだ。これなら、私の信念と英語道哲学で私のペースで(学長や文科省の役人の眼を恐れずに)進めることができる。実学としてのTIME。そしてTIMEから学ぶ世界情勢と格調高き英語。そのために、10月からノーネスチャンネルでTIMEをWatchしたい人のための、私のレギュラー番組『TIMEを読む』が始まる。(つづく)
2010年09月20日
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(9/17のつづき)菱研が私塾TIME大学(TIMEのお墨付き)を開校した。もちろん私が学長。自らTIMEの英語と情報を学びたいと受講を希望した半田晴久が総長としてスポンサーになってくれる。これまでニューズウィーク派であったみすず学苑がTIMEに衣替えしてくれたからうれしい。たしかに、ニューズウィークは、より日刊紙的だから、読みやすい。ホッとする日本人の気持はよく判る。しかし、英語の鬼(英語界の武蔵)との異名を持つ私は、TIMEを伴侶と決めた(参照『同時通訳』角川学芸ブックス)。浮気はしない。これが信用となり、TIMEの方でも私を裏切らない。ICEEのスポンサーでもある。(つづく)
2010年09月18日
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(9/16のつづき)私はICEEという土俵を与えたまでだ。甲子園の土を踏むつもりで挑戦してみないか。お祭りだから、参加者全員が合格するというユニークなテストだ。今、グローバル化を目ざす大企業の多くが、英語の社内公用化を真剣に考え出しているという。実用英語格闘時代が始まる。ICEEという世界で初めての唯一のmotivational test(動機づけになるコンペティティヴなお祭り)に参加してみないか。私を見守るスズムシ君たちも連れていきたい。(つづく)
2010年09月17日
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(9/15のつづき)ICEE祭りはもう四半世紀近く、続けてきた、英語実技検定試験だ。筆記試験だけで育ってきた日本人の中にも勇気があるサムライがいる。元アルクの松本アカデミア担当の前田君だ。彼は何度もTOEICを受け、何度も満点(990点)をとり、今では英雄。 しかし、「満点を超えて」という本を書くなど、英語道の精神を忘れていない。私が彼を英雄にしたのではない。あくまで彼の自由意志だ。神戸から単身上京し、ICEEを受けた――何度も。級?段?そんなものは関係ない。単身で乗り込む気概と勇気が、彼を自立させた。(つづく)
2010年09月16日
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(9/14のつづき)私の人生は遊学。読書哲学も遊読(Ludic reading)。スコア・アップのための詰め込み(虚学)ではなく、あくまで自分の人間力を高めるための実学だ。そこには遊びがある。今の大学生には逃げ場としてのヒマがあっても遊びがない。真剣勝負は最高の遊びだ。英語道の遊びの哲学にはfriendly competitionが含まれる。今年のICEE祭りの日程が決定した。10月24日(日)、神田外語大学の校庭で行われる。(つづく)
2010年09月15日
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(9/13のつづき)彼の秘書的な参謀を務めた佐倉直海女史(妹幸子の後輩)も女傑で、私とベンジャミン・フルフォードのために「武士道」企画を考えてくれた。11月20日のワールド・フォーラム企画「青い眼のサムライと黒い眼のサムライ」は、期待して頂きたい。70歳(古希)から私の人生が始まると公約した。私は政治家ではない。めったにマニフェストを明らかにしない。しかし、いったん吼えたら、めったに撤回はしない。活火山の爆発は、獅子吼のことでもある。When I roar, everyone listens.
2010年09月14日
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(9/11のつづき)志とは「公」のことだ。「私」は、英語が巧くなりたい、ディベートをすぐに身につけたいという仕事に結びつくスキルだけだ。それが国家のために、どれだけ役に立つか、だと彼はよくいっていた。特攻隊が好きな男で、同じ映画を何度も観て、涙を流す多感な男だった。彼の遺志を継ぎ、ワールド・フォーラムは末永く栄えて欲しい。(つづく)
2010年09月13日
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(9/10のつづき)その佐宗邦夫はよくTIMEの読み方を楽しみに紘道館へ来ていた。「紘道館の人たちは、英語力は抜群で、ディベート力もすごい。こんな教育機関は日本ではどこにもない、しかし...」と佐宗氏は言った。「志が一つ足りないように思う」。耳が痛かった。(つづく)
2010年09月11日
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(9/9のつづき)ワールド・フォーラムは今でも健全だが、その創始者の佐宗邦夫は、私好みの人物だった。東大一年生のときに、寝ぶくろをもって萩へ出掛け、吉田松陰の墓の前で2泊したという――蚊を叩きながら。欠陥の多い人間だったが、私はこの墓の前で寝たという「志」を高く評価する。私が大好きな欠陥人間だった。私ももっとスケールのでかい欠陥人間だから類が類を呼ぶのであろう。(つづく)
2010年09月10日
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(9/8のつづき)明日の紘道館の前は、いつものように緊張する。久高島の神女林田こずえ(18才)が来ていた。まさか!奇跡か。今日午後1時から谷中の東淵寺で佐宗邦夫の一回忌の法要が行われる。葬式と結婚式がぶつかったときは、というテーマでさせるバイリンガル・ディベートの準備の1時間の間、私は、菊池と真由香を連れて、焼香に出掛けた。(つづく)
2010年09月09日
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(9/7のつづき)タイム大学、ICEE神田祭り、これらをインターネットメディアに結びつけるのがノーネスの平山さん(服部さんは氏の部下)。服部真子は、私とハーバード大のマイケル・サンデル氏と対決させるのは、ノーネスのチャンネルを使えば不可能ではないと、強気である。(つづく)
2010年09月08日
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(9/6のつづき)半田晴久社長はトップダウン。タイム大学をうちでやろう、宮古大学ができたんだから(光永氏もにが笑いをしているだろう)と。その日(7月30日)は、ICEE神田祭り(10月19日)の打ち合わせを兼ねて、神田外語大で待ち合わせる。佐野元泰理事長に、紘道館メンバーの幹部が表敬訪問をする(浜岡、中谷、マチックス千里、服部真子、菊池と私)。窓口の長谷川さんと前祝いの夕食会。(つづく)
2010年09月07日
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(9/4のつづき)その反対の逆つりがね方式は組を、そして組織をつぶす。トップの悪口を言わせない組織は、部下たちの不備を買い、飲み屋で上司の、そして会社の悪口をいうので、社内のガン細胞は広がりやすい。 やはり、風通しのいい職場には、ディベートが必要なのだ。明日、菱研でTIMEを教材にこのことを語ろう。私は教壇に立つまで、徹底的に準備をする。しかし、その場においては、無心になる。あとは即興。Playing by ear. (つづく)
2010年09月06日
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(9/3のつづき)明日、菱研でTIME大学の講義をする。その前日は、心の準備。ヤクザから学ぶ。1.交渉力、2.指導力、3.カリスマ性の3本のDVDを観る。やはりここは男の世界だ。ナワバリとは、男をみがくところ。カネは「情」、出し惜しみする男は名前が残せない。人は子分を見て親分を評価する。成功する企業もそうだろう。男を立てさせる姐御(あねご)がいる。一番おもしろかったのが、ツリガネ方式だ。釣鐘の中では、おたがいが自論をぶつけ合う。腹を割って話す。しかしゴーンと鳴ったらやめる(これがミコトノリ)。あとは一丸となって突っ走り。これが栄えるヤクザ組織。(つづく)
2010年09月04日
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(9/2のつづき)中庸とは何か。和して同ぜず。決して折合い主義ではない。原則を無視して、迎合はない。孔健氏は「孔子の経営学」でそう述べる。この原則が守れず、私はMDI(マネージメント開発研究所)の社長を辞任することになった。その点、菱研の半田晴久社長の経営感覚は、見上げたものだ。私はどうも経営感覚に乏しい。すぐにカネに逃げられる。カネに貴賎はないのに、カネのある人間を妬んでしまう。だからマネーと相性が悪くなる。カネに好かれる人間にならなければならない。道は遠い。(つづく)
2010年09月03日
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(9/1のつづき)久高島での武士道の原稿は、琉球紘道館の3銃士が力を合わせてワープロ打ちしてくれた。内容は、大阪紘道館で発表する。一息ついて、奥村幸子(みことのり普及会)から借りた「山鹿素行」を読み始める。 ――師は志なり、己れの志に因りて師道立つ。その志はただ人たるの道を尽くすに在り――(つづく)
2010年09月02日
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(8/31のつづき)強い女とは男と張り合うことではない。サヤに徹することだ。久高島の神女たちは、そのことを歌と踊り(今は亡きイザイホーも女の教育のためだった)で次代の若者たちを教育した。武士道教育は、婦人道から始まるのではと思った。ハーバードのサンデル教授との架空ディベートで、論破しようとしたが、久高島にいると、ペンの動きが和(なご)んでくる。相手を言向け和(やわ)そうという気になる。ディベート道(究論道)の目指すところだ。(つづく)
2010年09月01日
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