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私たちの町には教会が点在している。大晦日の夜、除夜の鐘と教会の鐘が呼び合う。そして、港の船は汽笛を鳴らして新年のあいさつをする。私のすみかから海は見えない。しかし、ときどき風が港の音を運んでくる。風の丘の教会のほかに、遠い山腹にも小さな教会が見える。宅地化が進む前、風の丘に教会がなかったころ、私は確かにこの小さな教会の鐘の音を聞いた。今夜、大晦日の夜、風はどの音を運んできてくれるだろうか。
December 31, 2004
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1月1日に書き始めたベリルの日記は、12月31日で終了するはずだった。今ごろは、最初から読み返して感想を書き、31日には日記を訪れてくださった方々にお礼を述べ、日記を閉じる予定だった。ところが、今年の後半はなぜだか忙しくなって、気持ちも中途半端なのだ。そういうわけで、来年も書き続けていくことにした。よろしくおつきあいください。
December 30, 2004
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縞猫の寝袋は折りたたんだコタツカバーだ。これまでは、湯たんぽで十分温めた後に滑り込んで寝るというパターンだった。(温めた後の湯たんぽの次の働き先は私の布団)この冬はいつまでも気温が高く、最近急に冷え込んできたので、縞猫は昼間でもぬくぬくとしていたいらしい。お風呂の水面に浮かして断熱するシートを切ってアーチ状にして、縞猫の寝袋に空間を作ってみた。縞猫はご機嫌で、昼間も寝袋を出たり入ったりしている。夜は入り口にカーテンを垂らせば中は結構暖かい。もともとこたつカバーだったのを、縞猫が自分のものにしたのだから、こたつ風に使うほうがいいに決まっている。私も、いちいち寝袋に入れてやる手間が省けるので一石二鳥というところだ。これで縞猫の冬支度は整った。来年、暖かくなるまで、縞猫は自分のこたつで丸くなる。
December 29, 2004
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家の中がきれいに片づいているとか、身ぎれいにしているということで人を判断しなくなった。ゴミの出し方がきれいかどうかは年齢性別に関係がない。特に生ゴミの出し方にはっきりとその人が表れる。戦前の女学校に通って女大学をたたき込まれたはずの主婦が、袋にひっかき傷ができたら、中味がこぼれてしまうようなゴミの出し方をする。若い男女が新聞紙にくるんだ行き届いたゴミを出す。ゴミに関するテレビ番組で、美しい女性アナウンサーが、大きなゴミ袋にポイポイと無造作にゴミを放り込んでいた。彼女はこの袋をゴミ収集場所に持っていき、無造作に投げ込むだろう。そして「ああ、これできれいになった」と、清々した表情で出勤するのだろうか。年末、どの家庭も大掃除の後でゴミ袋は膨らんでいる。ある時期には重宝したに違いないものが邪魔者扱いで捨てられている。ゴミの出し方に心のありようが表れる。だから、私はゴミで判断するのだ。
December 28, 2004
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久しぶりにレイ・ブラッドベリの作品を読んでいる。ひざの上には黒猫の兄貴(スヴァルターフ)が丸くなっている。幻想と抒情のSF詩人といわれているブラッドベリの作品に、黒猫はぴったりの雰囲気だ。『塵よりよみがえり』 ( 著者: レイ・ブラッドベリ /訳者: 中村融 出版社:河出書房新社)ブラッドベリが55年間あたためつづけた物語と聞けば、読まずにはいられない。黒猫との触れ合い時間は、幻想に埋没する時間でもある。
December 27, 2004
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サーラが死んで2週間が過ぎた。この間に忙しくなり、そして急に冬がやって来た。6月に孫娘(本名:ローズ)が死んだ後、季節は一気に夏に突入した。昨年の10月、サーラが慕っていたおばあ猫のかおるのときも、秋の気配に変わっていった。季節の変化は弱った体にはつらいだろう。あのときが「旅立つにはいい日」だったのだと後から思うのである。写真が現像されてきた。小春日和に猫たちの別れのあいさつが写っていた。そして、死ぬ日の朝のサーラの姿で終わっていた。
December 26, 2004
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並べてみると、作風の違いがよく分かる。ユン・ソクホ監督はどこまでも美しくさらさらと画面を作り、イ・ジャンス監督はメリハリの効いた陰影の強いシーンを見せる。『冬のソナタ』と『美しき日々』を続けて見られるという幸運。完全版ということで期待をしたが、やはり『冬のソナタ』への興味は失速しつつある。吹き替え版では同情の余地があったサンヒョクも、ただのつまらない男にしか見えなくなった。その代わりに、二人の魅力的な男に遭遇。もちろんキム次長とヨングクだ。この二人に共通しているのは、適度ないい加減さというか鷹揚(おうよう)さ。ミニョンもサンヒョクも清すぎて息が詰まる。今後は、キム次長とヨングクの言動を楽しみに『冬のソナタ』を見てみよう。並べてみても、やはり『美しき日々』の方が好きだ。第11回「対立」。感想は前回見たときとほとんど変わらない。関連日記:2004年07月26日 ガラス窓の内側
December 25, 2004
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クリスマス・イブのミサには行けそうもない。ずっと以前に参加したとき、「聖しこの夜」はこんなふうに歌われていた。静けき真夜中貧し馬屋神のみどり子は御母の胸に眠りたまう安らかに静けき真夜中星は光り羊飼いたちは馬屋に急ぐ空に響く天使の歌きょうは雨。こんな夜でも、聖歌隊の歌声はまっすぐに天を目指すだろう。*----------*----------*ろうそくの炎が、ポッポッとゆれる。亡くなった人が喜んでいるのだそうだ。
December 24, 2004
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『冬のソナタ』完全版 第5話、第6話余寒のように、悲しみは心を支配する。ユジンの心を思う。あの年の冬は寒かった。あの日の深夜、私は一人で病院の霊安室にいた。冷たくなっていく足に、自分のソックスを脱いで履かせた。チュンサンの顔が思い出せない。声を思い出せなかった。ほんの数時間前まで聞いていた声なのに。救急車の中で記憶が飛んでしまった。「チュンサン、あなたなのね」みんなが駆けつけてくる朝まで、病院の廊下をうろうろと歩き回った。「大丈夫ですか」と問われて、「分かりません」と答えた。一眠りすれば醒める夢のはずだった。
December 23, 2004
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『冬のソナタ』完全版 第3話、第4話「弟子に心の準備ができたときに、師がやって来る」。ユジンに共時性(シンクロニシティー)が起き出したのではないだろうか。「チュンサンに会いたい」と念じた心と、チュンサンに似たミニョンの出現とはぴたりと符合する。現実には、このように劇的な出現とはならないが、よく考えると符合していることに、気づく人は気づく。ミニョン(チュンサンか?)のジグゾーパズルの最後の一片をユジンが拾い、パズルにはめ込んで完成させたことには大きな意味がある。私にも共時性が起き始めた。ジグゾーの1片、1片は、前から提示されていたが、それが加速して形を作り出してきた。きれいなだけと思っていた『冬のソナタ』に、新しい糸口が見えてきた。
December 22, 2004
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縞猫と私の会話。◆方言バージョン縞猫:とっとっと! 私:とっとかんちゃよかよ。縞猫:とっとくと! 私:あたらしかとばやるけん、とっとかんちゃよかって。縞猫:とっときたかと! 私:もう、かってにせんね。◆エメラマリン訳縞猫:ストックしてるの! 私:ストックしてなくてもいいよ。縞猫:ストックするの! 私:新しいのをあげるから、ストックしなくてもいいって。縞猫:ストックしておきたいの! 私:もう、勝手にしなさい。「とっとく=取っておく=ストックする」という感じだろうか。食器に食べ残したドライフードを処分しようとしたら、縞猫が抵抗したのだ。みんな、猫とは何弁で話しているのだろうか。
December 21, 2004
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『冬のソナタ』完全版 第1話、第2話オリジナル音声の完全版だということで、先入観を捨てて見た。つながりのおかしな個所もなく、滑らかに美しく場面が展開されていく。はっと気づくと、お話は先へ行っていた。きれいだな……はっ!寒そうだな……はっ!という具合に、眠さとの戦いであった。全話見るつもりだが、先が思いやられる。この分では、途中で挫折するか、穴だらけの視聴になってしまいそうだ。
December 20, 2004
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先週の日曜の夜更け、まだ温かさの残るサーラの体をふいていた。サーラはぱさつく毛質の猫だったのに、なぜかしっとりとした毛になっていた。ダンボール箱の棺に寝かせると、今にも目を覚ましそうな気がした。いつまでも、いつまでも眺めていたかった。サーラの寝床に入れていた使い捨てカイロの温かさにハッとした。ペットボトルのぬくもりも、もう役目が終わった。明かりを消すと、透明な闇がサーラを包んだ。すべてを受け入れるかのような静かな夜だった。
December 19, 2004
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最近、書店の韓流コーナーは『美しき日々』関連が主流なのだそうだ。今夏のNHKBS2での集中放送に続き、現在NHK総合で放送中であるし、主役の二人が映画のキャンペーンでそろって来日したこと、もう二人の主役たちも挿入歌のヒットや紅白出場が決定したことなどで環境も上々だ。これまでに読んだ『美しき日々』関連の本を整理してみた。1. 美しき日々 韓国ドラマ・ガイド2. 小説『美しき日々』上・下 関連日記:2004年04月13日 小説『美しき日々』読了3. 『美しき日々』で始める韓国語 シナリオ対訳集 関連日記:2004年08月08日 シナリオがやって来た4.韓流スターの時代(3) 関連日記:2004年10月12日 朝早く届いた本5.『「美しき日々」パーフェクトバイブル』 関連日記:2004年11月06日 『「美しき日々」パーフェクトバイブル』この中で一番開くことの多い本は「『美しき日々』で始める韓国語 シナリオ対訳集」だ。NHK教育テレビハングル講座で紹介されるセリフも、この本でチェックしている。『冬のソナタ』の完全版(オリジナル音声・字幕)がいよいよ12月20日から集中放送される。吹き替え版とは違った味わいがあるはずだ。期待している。そして、次はぜひ『美しき日々』の完全版を放送してもらいたい。最後にもう一つ。「美しい日々」は「アルムダウン ナルドゥル」というそうだが、関連本ではこの韓国語読みになかなかお目にかかれない。NHKハングル講座のHPでは「アルムダウン マルドゥル」というコーナーがある。「ナルドゥル」と「マルドゥル」の違いをどなたか教えてください。
December 18, 2004
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この冬は猫抱きの刑から解放されるつもりだったが、そうもいかないらしい。最後に残った私のひざ愛好猫は重いのだ。黒猫の「兄貴」である。兄貴は本名をスヴァルターフという。SF『大魔王作戦』のヒロイン、魔女のヴァージニアの使い魔である黒猫の名前だ。ヴァージニアは、時々スヴァルターフに甘い効果的な言葉をささやく。「おお、スヴァルターフ、闇の王子……」これが気に入って、うちの黒猫にもスヴァルターフと名前をつけた。私:スヴァルターフ、闇の王子兄貴:へっ? おれに言ってんの?私:そ。あんたのことよ。兄貴:おれ、兄貴だぜ。私:で、どうよ、この文句。兄貴:どうよって言われてもなあ……。そんな名前だなんて知らなかったし。しまった! 時々はスヴァルターフと呼んでおくべきだった。兄貴、君は私とハグして「グフフ」と喜んでいるほうが似合ってるよ、確かに。追記:「おお、スヴァルターフ、闇の王子」に続く文句が思い出せない。『大魔王作戦』もどこかにしまい込んで見つけ出せない。完全版で口説いたら、兄貴も納得するだろうか。『大魔王作戦』:( 著者:ポール・アンダースン 訳者:浅倉久志 出版社:早川書房 )
December 17, 2004
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風の丘のカトリック教会の塀に、クリスマスミサのお知らせが貼ってあった。年に1度は先祖ミサを頼みに教会を訪れる。私は五島キリシタンの子孫ではあるが、洗礼を受けていない。自分で宗教を選択するようにという親の意向のためだ。だからカトリックのことはほとんど知らない。それでも、コルベ神父が上陸した大浦の近くや、永井隆博士の住居跡(如己堂)付近に、子供のころ住んだことがある。市内に社宅はたくさんあるのに、なぜだかカトリックに関係の深い場所に住んだことになる。当然、社宅の近くにはカトリックの幼稚園しかなく、お祈りを2、3つ唱えられるのはここに通ったおかげである。祖父は、職場の事故が原因で、妻と5人の子供を残して38歳の若さでこの世を去った。アレルヤを唱えながら亡くなったと聞いている。そして、カトリックとは疎遠であるように見えたのに、父は「みんなに祝福されて幸せだ」と言い残して意識不明になった。父の命日はキリストと同じ十三日の金曜日である。今年は、6月に孫娘(本名:ローズ)、12月にサーラと、2匹の年若い猫を失った。イブの夜のミサはキリストの生誕を祝うものではあるが、2匹の追悼ミサとして、人知れず紛れ込んでみようかとも思う。コルベ神父: メダイとコルベ神父永井隆博士: 己の如く人を愛したひと ~永井 隆~
December 16, 2004
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今週のNHKテレビハングル講座で紹介された『美しき日々』第10回「失意」の中の場面。クムスク(オ・スンウン)とセナ(イ・ジョンヒョン)がミンチョル(イ・ビョンホン)の前に座っている。クムスクはミンチョルに「オッパ」と呼びかけ、セナは「シルチャンニム」と話しかけた。シナリオでは「先輩」、「室長」と訳されている。クムスクはミンジの友人だから、ミンジの兄であるミンチョルとは以前から面識もあったのだとは思うが、仕事上の上司なのだから「室長」というべきではないだろうか。家族であっても目上の者には敬語を使ったり、自社の上司に「様」をつけたりすることに戸惑ったものだが、クムスクの「先輩」という呼びかけにも驚いた。セナはミンチョルには「室長」と言っているが、ソンジェ(リュ・シウォン)には「先輩」と使い分けている。ソンジェとは私的な関係だから、こちらに違和感はない。クムスクはソンジェにも「先輩」を使っている。ミンチョルもソンジェもミンジの兄ということで親しく呼びかけているのだろうか。オリジナル音声とシナリオ対訳、それに実際の放送の日本語を比べてみるのは面白い。「オッパ」一つをとってみても、「おにいちゃん」(ミンジがミンチョルに)、「ソンジェ」(セナがソンジェに)と放送された。第10回でクムスクがミンチョルに呼びかけた「オッパ」は何という日本語になっているのか楽しみだ。
December 15, 2004
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サーラが死ぬ数日前、自分で外へ出てひなたぼっこができたころの出来事だ。外猫たちは、まるで別れのあいさつをするかのように、1匹ずつ時間をおいて、サーラのそばに寄ってきた。そばといっても少し距離を置いていて、ただ黙って座っていた。長いときの流れの中で、動物の持つ力を失ってしまった人間に対しては、猫は音声で話しかけてくるが、仲間内ではその必要はないのだろう。季節はずれの陽気。小春日和の午後、日だまりの中で猫たちの別れのあいさつが交わされていた。サーラの死の翌日、ペットの霊園からお迎えの車が到着するのを待ちながら、ダンボールの棺に収めたサーラの亡きがらを眺めていた。縞猫がふらりと姿を現したので、「縞ちゃん、サーラはもう行くよ」と声をかけると、私の顔を見て「にゃあ」と言って引き返してしまった。縞猫の別れのあいさつも、私の知らぬ間に済まされていたのだろう。いつものように時は過ぎていき、猫も静かな午後を送り、ただサーラの姿だけが見えないのだった。
December 14, 2004
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めだかの列島(著者: 今井美沙子 出版社:清流出版)この本に書かれていた内容だと思うが、定かではない。著者の父親が亡くなるとき、母親は眠くて眠くて仕方がなかったと書かれていたように思う。私の父が亡くなるとき、私も眠くて眠くて寝てしまった。昨夜、猫のサーラをなでながら、寝不足の眠さではない眠気に襲われた。「ああ、サーラはもうすぐ死ぬな」と頭のどこかで考えながら舟をこいでいた。眠くなることで、死に行く者をうまく向こう岸へ渡らせるのだという説も、どこかで読んだような気がする。サーラは私の居眠りで上手に渡ってくれただろうか。今井美沙子の本のうち、『めだかの列島』しか読んでいない。私はこの列島で生まれた。著者名で検索してみると、読んでみたい作品があった。猫はエライやっぱり猫はエライ今の私に染み入る本なのではないかと思う。
December 13, 2004
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12月1日に急に病状が悪化したサーラが死亡した。12月12日23:28分頃だ。私は死に目に会えなかった。ほんの10分、いや5分ほど席をはずした間に、一人で向こうの世界へ行ってしまった。きょうになって、サーラは生まれたての赤んぼ猫のようにしか動けなくなっていた。それでも、「サーラ、ありがとう」と言うと、薄く開けていた目をパチンと閉じてまた開けて、あいさつを返した。どうしても、サーラの意識がこちらにある時にお礼を言いたかったのだ。病を得る前、サーラは道路に出て私の帰りを待っていてくれた。外回りの掃除にはいつもお供でついてきた。ちょうど家族を亡くした悲しみの中にいたときだったから、どんなに慰められたか分からない。サーラの鼻をすする音が聞こえたような気がした。これからは、サーラの寝息を聞きながら眠ることはないのだ。サーラ、ゆっくり休んでください。そして、また会う日まで、しばらくの間さようなら。お見舞いくださった皆さん、ありがとうございました。そのうちに、サーラ関係の日記をカテゴリー分けしようと思います。
December 12, 2004
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『美しき日々』第9回「恋の芽生え」 キスシーンよりも、ヨンスの胸元に伸ばしたミンチョルの手よりも、絡み合う指は官能的だった。浜辺に並んで立つミンチョル(イ・ビョンホン)とヨンス(チェ・ジウ)。ミンチョルの手がヨンスの手を探り当てる。ミンチョルの手の指の一本一本が、しっかりとヨンスの5本の指に絡んでいく。ドラマ作りに制約がある中での、非常に示唆的なシーンだ。手招く指先では、ソンジェ(リュ・シウォン)に軍配が上がったが、絡み合う指でヨンスの心は進む道を決めたと思われる。
December 11, 2004
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そっとサーラの息をうかがう。トレードマークのハナをすする音もしない。スースーと穏やかな寝息だけが聞こえる。きのうから身繕いをしない。きょうは大好きな栄養食をなめるのも気が進まない様子。スポイトで流し込んでも、半分はこぼしてしまう。動けないわけではないが、大儀そうだ。水は自分で飲んでいるが、元気がない。私の1日は、サーラの4日に当たる。流れ方の違う時間の中で、サーラも私も、その日へ向けて準備をしている。
December 10, 2004
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トイレから出た縞猫は、後始末が気に入らなかったのか、上半身だけトイレの上に覆いかぶさって何やらごそごそやっていた。やっと納得してどこかへ行ってしまったのでのぞいてみると、トイレの中央に砂の山ができていた。あまりにもきれいな山の形だったので、トイレ掃除をせずにいたところ、縞猫にしかられてしまった。トイレの横に足をそろえて座り、速やかに掃除をせよと言う。きまじめな縞猫に冗談は通じない。次の日、またごそごその場面に遭遇した。最初は大まかに砂をかけて、その後に山の周りから前足で小刻みに砂をかき集めて仕上げをしている。その丁寧さに舌を巻いた。せっかく作った砂の山なのに、縞猫は残しておく気はまったくないようだ。トイレから出ると、「早く、掃除して!」と厳しく言われてしまった。作っては壊す縞猫と私の共同作業は、毎日休みなく続けられる。
December 9, 2004
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『美しき日々』の2回目の視聴で、ソンジェ(リュ・シウォン)に心を奪われている。12月7日(火)のNHKテレビハングル講座では、ソンジェの愛の告白が紹介された。ソンジェ:愛してる。ヨンスさん!ヨンス:……ソンジェ:愛してる!リュ・シウォンの声はなんと柔らかく暖かいのだろうか。「サランヘヨ ヨンスッシ!」第8回「嫉妬」。ミンチョル(イ・ビョンホン)専用としてヨンス(チェ・ジウ)が持たされている携帯電話に、ソンジェから電話がかかってきた。ものすごい形相で詰め寄るミンチョルからヨンスは逃げ出す。飛び出してきたヨンスをソンジェが呼び止める。「ヨンスッシ、ヨンスッシ」森岡弘一郎の吹き替えも好きだが、リュ・シウォンの「ヨンスッシ」には魅了された。第9回はため息の出る場面が多いような気がする。期待しよう。
December 8, 2004
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今朝、サーラがフラフラしながら寝箱から出てきた。スポイトで、無理やり少し水を飲ませると、口を前足でぬぐった。試しに、前足にサーラの好きなイムラックパウダーをペースト状にして乗せてみた。きれいになめとってしまった。病状が悪化したときには見向きもしなかったのだが、とにかく1日分はなめさせた。5日ぶりに、自分の意志で食べ物を口にしたことになる。それから、日光浴に庭へフラフラしながら降りていった。時々所在を確認したが、庭の外へ出て行くつもりはないようだった。今は、またスースーと寝箱で寝ている。この状態が、最後の輝きなのかどうか分からない。これまで、何度も最後の輝きを見てきた。人間も猫も同じだ。「もう大丈夫」と思ったすぐその後に、死は命をさらっていくのだ。サーラの願い通りになるように、やはり祈っていよう。
December 7, 2004
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恐らく、近いうちにサーラと別れることになるだろう。突然の病状悪化。3日間は病院へ連れて行ったが、そのたびにカクンカクンと生命力が落ちているのが分かる。治療自体がものすごいストレスになっているのだ。今、自分の寝箱ですーすーと眠っている。水を飲むのも断って、向こうへ行く準備をしているように見える。サーラの気持ちを尊重することにした。私にできることはあまりない。いろいろなことが浮かんでは消える。どうか、みなさん、サーラがうまく向こう岸へわたれるように、祈ってください。
December 6, 2004
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『美しき日々』のヨンス(チェ・ジウ)とソンジェ(リュ・シウォン)は、共に他人を癒やす使命を帯びているような気がする。二人の周りには多くの乾いている人がいる。そういう人たちに向けて、二人の愛は注ぎ込まれていくのだろう。とすれば、ヨンスはミンチョル(イ・ビョンホン)を、ソンジェはセナ(イ・ジョンヒョン)を潤すことになるのだろうか。それとも、ヨンスとソンジェが力を合わせることで、大きな癒しに発展していくのか。成り行きを見守ろう。
December 5, 2004
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『美しき日々』第8回「嫉妬」ヨンスをめぐる3つの嫉妬。ミンチョル(イ・ビョンホン)とソンジェ(リュ・シウォン)とセナ(イ・ジョンヒョン)。セナの先手必勝の策略は失敗した。自分で墓穴を掘った感じだ。セナがソンジェに強くアプローチすればするほど、ソンジェは逃げる。相手の了承待ちのソンジェがミンチョルに出し抜かれた。しかし、居眠りをするミンチョルの寝顔を、ヨンス(チェ・ジウ)がじっと見る姿から、ヨンスのひざに頭を乗せて心情を吐露するミンチョルの髪をなでようと、ヨンスの手が躊躇(ちゅうちょ)するシーンから、ヨンスの心がどちらに傾いているかを想像できる。第7回でミンチョルがヨンスに言った言葉を思い出そう。「僕は気楽な人を余計に警戒します」幼いころ、実母の葬式で、ソンジェの母に優しく世話をしてもらったとき、ミンチョルはソンジェの母に心を許したのだろう。そして、実父のついた「ソンジェは自分の子」という嘘で、信頼から一挙に人間不信に陥ったのだ。ソンジェの母ミョンジャ(イ・ギョンジン)とヤン・ミミ(イ・フィヒャン)の間に、25年の時を超えて緊張が走る。参考日記:関連日記:2004年07月22日 均衡の崩れる予感
December 4, 2004
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アリス失踪事件以後、アリスとフジコはけんかもせず、仲良く眠っているはずだったが……。三姉妹猫シリーズ第17弾。(バックナンバーは《 猫はすべてを語る 》にあります)K女史からメールが届いた。最近の二猫(ふたり)はこんな具合に寝ている。1.アリスがK女史の布団の上でやすらかに眠る。2.時間差でフジコが部屋へ。速やかにK女史の右側にもぐり込み、枕に頭を乗せ、そのまま朝までスヤスヤ。3.アリスは朝方寒くなると、左側から布団にもぐり込んでくる。さて、もう一猫(ひとり)の美猫のジェニーはというと、ジェニー専用の毛布を敷いたホットカーペットの上で朝までスヤスヤ。カーペットの電源は切っているが、余熱で暖かいようだ。今年の冬はみんなスヤスヤとおやすみしているようで何よりと思っていたら、次のメールがやってきた。アリスよりも先にフジコが寝床で寝ていた。ところが、自分より「先に」というのがアリスには気にくわなかったらしく、大げんかになってしまった。アリスは、フジコが寝ている布団の上にわざと飛び乗り、ムカついたフジコも布団から飛び出して応酬するという騒ぎに発展した。結局、フジコが負けて、いつも通りにアリスが眠った後、フジコはそろりと布団にもぐり込んだということだ。「順番があるのでしょうか?」とK女史は首をかしげている。
December 3, 2004
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今、少し忙しくて、日記の更新も遅れている。さらに、本も積んでいる状態だ。その中の1冊は、なかなか面白そうだ。映画の中の本屋と図書館著者: 飯島朋子 出版社:日本図書刊行会/近代文芸社必ず読むぞ!
December 2, 2004
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目の前にたくさんの本が並べられた。見たことも聞いたこともない本ばかりだった。しばらくして、どの本がよかったかとたずねられた。迷わず一冊の書名を答えた。その人はにっこりと笑った。『エンドウ豆の上に寝たお姫さま』のような話だ。その人をほほえませた本は、間違いなくジグゾー・パズルの1片だった。『エンドウ豆の上に寝たお姫さま』:「何枚も重ねた布団の下にある異物(エンドウ豆)に気づいた女性が、本当の王女だった」というアンデルセン童話。
December 1, 2004
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