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今日は二週間ぶりの通院日。長時間の外出ができたことはよくなってきた兆候だと言われる。日々の過ごし方や体調を話し、発病からの経過を整理する。このことの繰り返しで自分の「状態」を何度も何度も反芻する。今、果たして自分自身の状態の何%を理解しているのだろうか。喪失体験はきっかけであり、それよりずっと前から、自分の中に蓄積され、しかし意識されない-それは、意識するのが怖かったからである-「怒り」が私の心の中に巣くっていたことが病気の原因であることに、随分前に気がついた。そして、その「怒り」は、失うこと(過去に失ったこと、これから失うもの)への「恐れ」から来るのだ。「怒りを内部に向けていくと、それはしばしば抑うつや罪悪感となってあらわれてくる。怒りが胸中で腰をすえてしまい、それが過去のできごとにたいする印象を変え、現在のリアリティにたいする見解をゆがめる。そうした古い怒りはすべて、他者のみならず自己に関する未完結のわだかまりとなって蓄積される。」 - エリザベス・キューブラー・ロス -
2004.05.31
「本望だったと思います。」笑顔さえ浮かべながら、夫の遺体を引き取りに行く奥様。すごいです。死んで「本望」といえるものと出会えること。「本望」のために命を投げ出せること。投げ出した命を受けとめてくれる人がいること。考えただけで私の目の前には向こう岸の見えない夜の水面が広がるような気がする。本望を見つけたばかりで逝かなければならなかった方がせめて、今、心安らかでありますように。一刻も早くご家族のもとへ帰れますように。
2004.05.30

とりあえず見ておこうかなぁと行ってみたのですが、よかった!よかった!ピカソの陶芸展!!!ピカソが陶芸を始めたのは、60歳を過ぎてから・・・。それなのに作品たちは、夏休みの麦わら帽子の男の子たちから発せられるような楽しさ、元気さ、陽気さの大連発!!!生きることを大いに楽しんだ大天才!こんなふうに生きられたら幸せ!と思わずにはいられない。偶然、ギャラリー・コンサートも聴くことができました。「広いサトウキビ畑を風が通り過ぎるだけ」というリフレインにバクダッド郊外で銃撃された日本人ジャーナリストの死を思いました。神様が与え、奪ういのち、運命、才能、魂。太陽がいくつも輝くようなピカソの作品に囲まれながら、沖縄の地上戦で、そして、今朝、バクダッド近郊で奪われた命を思う不思議さ。思っていられる自分の幸せ。アンコールでアカペラで歌われたAmazing Graceの間、おふたりのために祈りました。
2004.05.29
二つ目のレッスン終了後、駐車場でお迎えを待つ子どもの姿。「おかあさん、まだ来ないの?」「うん。」「じゃあ、一緒に待とうか。」幼稚園の頃から見てきた子たちももう、5年生。おっきくなったなぁ。なんて思いながら、しばらく二人で待つ。「おかあさんの携帯に電話してみる?」「うん。」おかあさんは、彼が自転車でレッスンに来て、その後の陸上の練習場所に向かうと思っていたみたい。ということで、私が送っていくことにしました。素直に助手席にのるとさっさと陸上のジャージ姿に変身。ナビもきっちり。到着するとちょっと低めの声で、「ありがとうございました。」ドアを閉めて走り去る姿。う~む。大人になったなぁ。惚れそうでした、じゃなくって、ちょっと、胸に迫るものがあったよ。この子たちが、いてくれたから私は、仕事を続けられた。どんなに辛くても泣きながらハンドルを握っても彼らに会いに来たから、仕事を続けられた。一緒に居てくれることがどんなに心強いことか。誰かのために、そこにいられる人になりたい。
2004.05.28
お休みの日はひたすら寝てた。必要がなければ、絶対、出かけなかった。そんな一年半でした。今日は、出かけたよぉ。母とふたりで横山大観を見に。日本画そのものをあまり見たことがないのだけれどあまりに有名なので(ミーハーです)。わはは。墨の濃淡だけで、雨に煙る風景を表現している絵にひかれました。「あなた、どこから見たの?」っていう富士山があったし。画家は、長生きすべきだ!と今日もまた、思いましたねぇ。日本庭園を眺めながらお茶して、食料品を買い込み、本屋で立ち読みし、お花屋さんによって帰ってきました。半日、ぶらぶらしたなんて一年半ぶりかも。たまには、母親孝行しなくちゃね。
2004.05.27
昨日の午後、ネット本屋さんに発注した本が午前中に届いたよん。24時間以内に発送どころじゃなくて、届いちゃうなんて、なんて便利な世の中だろう。って、つい、便利で挙句、カード払いなもんだから、読み終わってない本が山になってるのに、ついつい、発注。今週末は、久々に腰を落ち着けて読書に耽ります!!!そういえば、デパートにも何ヶ月も行ってないけど着るものもほとんどネット通販。苦手な着物やさんの営業さんにも追いかけられずに、着物だって作れる世の中だもんね~。インターネットのおかげで外出は、レッスンとお茶と通院だけ!いい時期に病気になったなぁ。(じゃないか・・・反省。)
2004.05.26
気になることがあって、多分、そのせいで、ここのところ、また、睡眠障害が始まった。そのうえ、一年ぶりに腰痛もやってきた。腰痛は、去年、通院のきっかけになったできごとで、人生初めての腰痛が、精神状態の限界を超えたことを自分自身に知らせてくれた身体症状だった。今回は、さっそく整体に行ってきました。大丈夫さぁ。まだまだ、甘いな。がんばれ、自分。て、ことで。
2004.05.25
う~~~~む。何を書いたらいいやら。西の国の舎弟より原色マンダラ、送っていただきました。ありがとう。この世って、極楽って、人間って、生きているって、いったい、なんなのだろう。色彩はなぜ与えられているのだろう。命はなぜ生まれては消えるのだろう。死ぬのなら、生まれてこなくても同じなのか。魂は、あるのか。肉体は、なんのためにあるのか。言葉を失いつつも頭の中はカオス状態。ぐわぉ~~~~。写真家のフィルターを通してこの世はマンダラになる。ファインダーで切り取ったものが写真だと思っていた。切り取られた空間の外側にまでも広がり続ける場の、もしくは、そこに漂う気配、気配ではなく、見えない真理をも転写するもの。写真家のフィルターで濾し取られたものは、そのまま、写真家の体の中に深く沈殿し、堆積し続けるのだろう。それにしてもどうしてこうも写真の中の人の顔は、「深い」のだろう。生きることへの貪欲さも生きていくための強欲さも私が見たこともない「欲深い」顔だ。カルカッタ(最近はコルカタになったんだっけ?)の人ごみでふと感じた途方もない孤独を思い出した。マザー・ハウスで見たインド人シスターの少女たちの笑顔を思い出した。まだまだ、見たい世界があることを思い出した。「無垢」「無邪気」の大きさにも気付かされた。わ~~~、とりとめない私。眠れない~~~。
2004.05.24
今日は、母方の祖父母の法事でした。祖母の13回忌、祖父の33回忌(こちらはちょっと早めました)。おじいちゃんが倒れたと聞いて、家族で駆けつけ、母と弟を残して帰るとき、「おじいちゃんは亡くなるかもしれないよ」と父が私に言った。生まれて初めての身内のお葬式で、お通夜、棺に入ったおじいちゃんを見て小学生だった私と二つ違いのいとこは、中国の泣き女?のように、息が苦しくなるほど、おお泣きした。おばあちゃんが寝込んでから亡くなるまで、2ヶ月近く、毎日、通った。初めての女の子の孫だったので、かわいがってもらった記憶しかない。おばあちゃんの実家は、養蚕が栄えた頃のお蚕さんの種屋さんで結構、「お嬢様」だったらしく、最期まで威張って?いたらしい。法林院説誉一道居士。唯一、スラスラ言える戒名。おじいちゃんのお気に入りのムコ殿だった父の戒名が、大慈院英俊一道居士で、お揃いになったのは、不思議だけどなんだか嬉しいこと。天国でもふたりでお酒を飲んでおばあちゃんに叱られていることだろう。懐かしいなぁ。ふたりとも自分たちの話題が、「インターネット」で見ず知らずの人にも読まれてるなんて、あちらの国でびっくりしているかも。よくおばあちゃんに「今日は、『乗り合い自動車』で来たの?」って言われて、大笑いしたもんね~。その一代前は、江戸時代生まれ、新撰組は、そう、遠い昔じゃないのね。私がおばあさんになる頃には、世界は、また、びっくりするようなことになってるのかな。お墓買わなきゃなぁ~なんて思ったりもした一日でした。(と思ったら、テレビで細木数子が女がお墓を買っちゃだめだって。むむ)
2004.05.23
「酒と薔薇の日々」ならぬ「お抹茶と饅頭の日々」なのである。今日なんて、お饅頭3個も食べちゃった。血糖値は大丈夫かなぁ。半日、お着物で正座も平気さっ。深い深いお茶の世界。知れば知るほど広がる未知の世界。嬉々として、という時間は過ぎたような気もする。それでも、「新しいことを知る」喜びと同時に、武道にも似た、究極に無駄をそぎ落とされ、洗練された「道」の世界に魅了されていく。どこまでも深く、しばらくの間は、深みに身をゆだねてゆっくりと沈み込んでいきたい・・・。
2004.05.22
抑うつが始まった頃から、運転するときにBGMを聞かなくなった。その頃、車のCDが壊れて、いつの頃からか、ラジオまで壊れてしまった。直しても聞かないからいいや、とそのままにしている。車に乗ると助手席の方から何かの音が聞こえるような気がすることがよくある。それは、待ちくたびれて、もう鳴ることのない、着信音の幻。運転中、何度、左手でバッグの中を探ったことか。左耳だけの、幻聴?のことは、お医者さんにも言ってない。だって、ほんとの幻だからね。幻聴が聞こえなくなったら音楽を聴く気になるだろうか。
2004.05.21
なのか。そうなってるのか。今日、ある写真展を見に京都に日帰りしようか、昨日の午後、真剣に考えた。写真展は、京都が最後。最終日にまだ日はあるのだが、今週末もお茶(またかいっ!)と法事で行けるのは今日しかない。いつもの私なら、既にこの段階で往復の指定券をえきねっとで予約、お茶のお稽古(そればっかり)をお休みさせていただく旨、先生にお電話差し上げているところでは、ある。う~む。見たい。しかし、平均最短睡眠時間12時間(普通に働いてる皆さん、ごめんなさい)の現在の私の体力では、帰ってから週末にかけてのリカバリーに自信がない。しかし、写真家は、「今回の回顧展は、葬式だ」とか「以降の出処進退まだまったく未定だ」とかいって脅すし・・・(脅してないかなぁ)。ぼんやり霞のかかった頭に超原色世界、写真曼荼羅を見たい!!!と思ってしまったら、どうにも、日帰り決行!と思ってしまったのだ。が、せっかく行くからには、舎弟の御尊顔でも拝見仕ろうかとメールを入れているうちに、舎弟のお手を煩わして図録を購入していただく運びとなりました。世の中のアーティストの皆さま、まずは、実際に会場に足を運んで拝見するのと図録で見るのとは、天と地、月とすっぽん、いやいや、本物とニセモノ、それは、十分承知の上、そのうえ、現在の体力を考慮した上での今回の愚行でございます。お赦しくだされよ。お手数おかけする舎弟がアーティストなんだから、こんな失礼もないとは思いますが、ごめんねっ!!!
2004.05.20
「・・・感動したっ!」と、どこかの宰相が言ったのは、何年前だったか。感想を書こうと思ったのだが、なにを書いていいやら。どこから手をつけていいやら。著者ふたりに与えられた科学者、研究者としての知能、知性。そればかりではなく、おふた方とも幅広く芸術にも造詣が深く、多田富雄氏は、エッセイスト、新作能の作者としても名高い。そして、神は、ふたりに「病魔」と戦い抜く力をもお与えになったのだ。ただ、病の前に、輝かしい科学者としての存在はなんらのくもりも見せない。科学者ゆえに自分の病状、予後を冷静に受け入れ、そして、人間としての尊厳を失わない生き方をし続ける努力をする。それを支えてくださるパートナーに恵まれているのもうらやましい限りだが、それも神様が与えたもうた賜物の一つに過ぎないのだろう。まだ、内容に触れられない。もう一度、精読しなくては。常時、3、4冊の本を同時にあちこち、読み進める私の読書癖は治らない。しかし、この本こそは、これからも自分が「薄い」人生を生きていると嘆きたくなるたびに読み直したい一冊だ。出会えてよかった本の中の一冊だ。
2004.05.19
ばっちい話なので、以下、不潔恐怖の方、お読みになりませんよう。逆にそういうご趣味の方には、がっかり(?)の話なんですけど。わかるひとには、わかる。薬の副作用。「口が渇く」って糖尿病でもないと体験しないのかもしれないけど薬を飲み始めて、1年以上、程度の差こそあれ、常に、「渇く」のだ。飴、ガム、ペットボトルを持ち歩いてその具合悪さにも慣れるようにしてきたけど風邪の治りはな、痰が切れないのとあいまって、のどの入り口にチュッパチャプスぐらいのかたまりが常にある感じ。もう~~~~、気持ち悪っ。いろんなものを試しても解決できません・・・。なにかいい方法、ないかなぁ。
2004.05.17
今週もお茶会でした。ここ一ヶ月あまりで4回のお茶会。う~む。ある意味、贅沢。いろいろなお茶会を経験するとあらためて普段のお手前のお稽古こそ、お茶だなぁとも思うし、お茶会を経験してこその「茶道」だな、とも思う。「茶道」これ、「さどう」って読んでたけど私の流派?は、「ちゃどう」って読むんだって、実は、去年、知ったんだよなぁ。不勉強ですいません、宗匠様。他流派はどうなんだろ。なかなか、お手前は上達しませんが、着付けはすばやくなってきました。髪を上げるのも慣れてきました。そして、いろんな方のお着物を見るにつけ、あんなのも、こんなのも、欲しくなります。去年までで一通り、夏冬揃ったからもう、買わないぞ~~~!とは思っていたのに、お仕立てしてない反物がすでに、2反。すでに、2週間後からは、夏物の季節だし。今からお仕立てお願いしても出来上がってくる頃は、夏物真っ盛り。袖を通せるまで3ヶ月以上、待たなきゃいけないし~~~。片方は、初めて、羽織を作ろうと思っています。となると、真夏に出来上がっても半年は出番がないのか~~~。忘れてしまいそうだ。嬉しいような、悲しいような。この、お仕立てを待つ1、2ヶ月っていうのが、お着物を作る楽しみなのかも。妹よ、お着物着る機会があったら使ってねぇ。
2004.05.16
花を殺して、活かすもの。花の精気が抜けてしまったら、それはもう「いけばな」ではない。だとしたら、「花の写真」に漂う妖気。撮る者の持つ「気」が写り込むのかも知れない。そんな私は、今日もファミレスの薄いコーヒーを飲む。
2004.05.15

ばあばのお誕生日に初めて歩いて見せてくれた君っ!!!こんな素敵なお誕生日プレゼント、誰にも真似できないよ。ありがとう!!!(ばあばに成り代わりまして御礼申し上げますぞ!)
2004.05.14
雨のせいだけじゃない。このところ、報道され続けるアメリカ兵によるイラク人の虐待の映像だ。上官の指令であれ、個人的な行いであれ、「戦争」は、ここまで人間を「非人間的」な行動に駆り立てるのか。憎悪の連鎖は、終わりがない。今日は、アブグレイブで虐待を受けた人々への報復として、アメリカの民間人を首をナイフで切りとるという映像がインターネットで配信されたと言う。この戦争は、「終結宣言」が出されてから、もう、一年以上になるのではないだろうか。「虐待」「拷問」言葉には言い尽くせない同じ人間の尊厳を踏みにじる映像の繰り返しに救いのないブラックホールのような人間の暗黒の部分を見せ付けられる。終わりはないのだろうか。どのように終結させるのだろうか。私の中にもその暗闇は存在するのだろうか。
2004.05.13
好天が続いて、なんとなく調子よかったけど雨が降ったりすると、ちょっと具合が悪くなったりする。総体的に回復してきているときに、ちょっと後戻りしてる感があるとまた、具合が悪くなるのか?と漠とした不安が灰色の雲のように垂れ込めてくる。そんなときは、安定剤を飲んで、本を持って、炬燵にもぐりこむ。しょうがないよ、と開き直る。低気圧が行過ぎるのを待つ。実に「後ろ向き」な生活、神様、お許しを。そりゃ、「前向き」>「後ろ向き」なのは百も承知。でも、後ろ向きは、よくないこと?まあ、ともかく、生きている。生きてるうちは、とりあえず、立ち止まろうが、後退しようが、存在してる事実がそこにある。ってことでね~。
2004.05.12
昨日の夜。名前も顔も出していいという37歳の男性に番組のディレクターがひとりでカメラを回しながらの半年間のドキュメンタリー。うつ病だけでなく、PTSD、強迫神経症も併せて精神病疾患に苦しんでいる。この番組を見た人たちは、何を思っただろうか。原因もこれから先の見通しも見えない。苦しみを知らない人に、彼の病状の深刻さは伝わっただろうか。私にとっては、彼が、自分を理解してくれようとするディレクターに意識的に、無意識に、依存している姿が、しばらく前までの(もしかしたら、今も)自分の姿が重なって、息苦しくなった。一人息子を見守る老親の言葉も彼にとっては、すでに自分の心を何度も切り刻んだ刃。「死ぬに死に切れない」という母親の心境も十分に理解できる。この番組の後、彼と彼の家族に変化はあるだろうか。彼が、全国に自分をさらしても番組に望んだものは、彼と両親との3人の閉鎖された世界からの突破口ではなかっただろうか。実際に病に侵されている本人ばかりではなく、周りにいるものをもごく普通の日常とはいえない世界に閉じ込め、逃げ出せないようにする。その世界の出口は、見えない。その息苦しさを知る人たちにいつの日か、幽かであれ、光が見つけられますように。私も慌てずに灯りを見失わないようにゆっくりと歩いて行きたいと思う。
2004.05.11
免疫学者の多田富雄氏と遺伝学者の柳澤桂子氏による往復書簡「露の身ながら」を読んでいる。ふたりは、科学者であり、また、共に病床にある。科学者としての目を通して、また、互いに病床にあるものとして、時代を、科学を、家族を、また芸術を、そして、心の中を語る。まだ、途中なのだが、交わされる手紙の日本語そのものが美しく心に響く。この感動を書き記すことができない自分の文章力がなんといっても歯がゆいが、今、この本を読み終えてしまうのが惜しいという気がしている。読み終えたら、また、感想を書きたいと思う。だから、今回はその1(多分)。日本人として、(なんてね、大上段に構えちゃったけど)もう十分過ぎるほど大人の年齢(!)だし、せめて、きちんとした日本語を話したい、そして、書けるようになりたいと思う。それに、すぐにイライラ、カッカするのもやめなきゃね~、大人なんだから。なかなか、大人になれないんだけどね。
2004.05.10
珍し~~~~~く書きたいことがいっぱいあるのだけど、これを書かねばなるまいのう。一昨日の午後、出かけていったマイ亀ちゃん。なんと、思いのほか、今日の午後には退院と相成りました。めでたい、めでたい。その間、結局、S社からは、何の連絡もなく、すばやく行ってすばやく帰ってきたのであった。いったい、なにを施されてきたのだろうか。本当に、パワーアップしてるのか?というわけで、別サイトに「あまりりす日記」をアップしました。(なんてほどのもんじゃないけどさ。)咲いたでしょ?めでたいのう。春は良いのう。ちょっと、遅かったけど我が家の八重桜もおまけにつけました。そうそう、今日から、言葉遣いに気をつけるんだった。ついね、数人の知り合いしか見てないと思って超(超、なんてすぐ使うのもよくないね)個人的な日記を書いているんだけど人がやってると「露悪趣味!」「掲示板じゃなくてメールでやれよ」と思うのに、自分も「恥ずかしい姿」あけっぴろげになってること、あまり、意識してないんだなぁ。っていっても、日記に嘘書いてもしかたないけど。内容は、変えようもないけど、せめて、言葉遣いに気をつけようっと。美しい日本語を使えるようになりたい。
2004.05.08
母が宅配のおじさんから購入したアマリリス。弟の家で早々に花咲かせた姉妹(?)から遅れること、3ヶ月?かな、我が家の子も遅い春を迎えました。やっと、やっと、咲きました(涙)。ぱちぱちぱち(拍手)。うっうっうっ(感涙)。だれ?なにかを物語ってるとか言ってるのは?え~い、いいんじゃい、遅くとも。花さえ咲けば。・・・咲けばね・・・うっうっうっ(悔し涙)。で、実は、成長日記をデジカメで撮ってたの。で、まとめて亀サイトにアップしようとものさしも写しこんだりしてたの。で、ついに、ついに、咲きました。でね、ほら、亀、入院中。どうなの?これは。さすが、私って感じですかね、このタイミングは。あと一日、早く咲くとか、もう一週間、遅れてみるとか、気づかいっていうか、慮りというものはないのかなぁ。人生って、これだから、楽しいのかも。そうだよ、私の人生だって、思いもよらずってこともあるかも~~~(楽天的)。
2004.05.07
っていってもうちの病院にじゃないよ。亀は亀でも、デジカメだいっ!もはや、年代もの、になりつつあるけれど日記を始めたのも亀のおかげ。しかし、当初から電池の持ちが異常に悪かった。充電してもすぐにバッテリーマークが点滅。で、忘れもしない、父の亡くなった日にどういうわけか、新しいバッテリーに買い換えたのだった。それでもやっぱり、充電時間は、あまり向上したようには思えなかった。いつだったか、パソコン雑誌を立ち読みした折に偶然、リコールしていると知ったのだが、例によって、「今日できることは明日でも・・・」と日延べしていた。先日、ふと、そのことを思い出し、製造元のHPを見ると、な、な、なんと、去年から1年間受け付けていた無料回収修理は、2週間前に終了していた!!!「やってもうた。ぼけっとしてるうちに。ふんっ、あたしの人生、そんなもんよ。」とは思ったものの、とりあえず、必要事項を記入。だめもとで「送信」してみました。GW中だし、お返事もないし。ま、いいさ。と、今日の午後、宅配のお兄さん?が「デジカメ、取りに来ました」とひょっこり現れました。そういえば、HPのお伺い指定日が5月6日を表示したまま、変更できないようになっていたので、そのまま、送信したのだった。「あれれ、今日はまだ、メールを開いてないからな。きっと、連絡のメールが来ていたんだろう」と思ったけど確認する間もなく、亀はお迎えの箱に入って、お出かけしていきました。がんばって来いよ~~~~~~。いまだ、確認メールも来てないけど元気になって帰って来るんだぞ~~~!!!「おっとりしている」「諦めが早い」小学校の通知表に書かれた「三つ子の魂」はいまだに健在なのだけれど(もっとも「おっとりしてる」は「のろま」を言い換えてくれたんだろうけど・・・)たまには、諦めずにがんばってみよっと。
2004.05.06
世の中はゴールデンウィーク、大型連休である。ほんとにみんな移動してるんだなぁと県外ナンバーの車の列を眺めながら、久しぶりに会った友人と出かけました。小さな湖に全国の家族連れが!!!なんだかなぁ。お呼びじゃない感じ、と思ったが、せっかくだから、夕日の湖を見ながらコーヒーの一杯でも・・・ということになった。ふた昔前のどこぞの高原のような安っぽいおもちゃみたいなペンションが立ち並ぶがコーヒーを飲めそうなところは見当たらない。とりあえず、駐車場に並んで入る。『1回1000円』だって。こうなったら意地でもコーヒーを飲んでやろうじゃない!人、人、人の湖畔に、とにかく、一杯のコーヒーを探す。うそでしょ?と思うけど喫茶店、レストラン、ドライブイン、座ってコーヒーを飲める場所がこれだけ人がいるのに、見あたらないなんて・・・。テレビのCMでおなじみの観光ホテルのレストランは、午後3時で営業終了・・・?????売店のおにいさんに「この辺でコーヒーが飲めるところは?」と聞くと「今の時期は・・・」と首をかしげる。まじ?!『今の時期』って今まさに、観光シーズンちゃうんかいっ!飛ぶように売れるであろう「クレープやさん」もおじちゃんが静かにレジを打ち、おばちゃんがひとつひとつ焼いている。10人ほどの順番も当分、やって来そうにない。・・・負けました。「ローソンで缶コーヒーでも買って飲む?」「そうだね。」これまた、レジへの道は遠かった。一体、なんなの?商売する気はあるのか?全国の皆さんは、何しに来て、どこで何を召し上がっているの?これって普通なの?普通じゃないよね~。いいの?これで。湖畔の皆さま。湖畔の眺めの良い場所が駐車場になってるのが、なんとなく、納得。いや、納得してない1000円札は、きっちりと機械に飲み込まれていきました。
2004.05.02
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