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自分のために、注文した本が届いた。すべて、「ヘンリ・J・M・ナウウェン」の著作。2年以上も前、眠れない時期を過ごしたとき、教会の書店で出会った「心の奥の愛の声」は、私の心の支え、支えなどというより、背骨、眠れるまでの友、涙を吸い取るハンカチだった。「心の奥の愛の声」は、私の人生の中で最も読み重ねた本である。「まえがき」には、この本が、彼にとっても非常に苦しい時期の日記であることが告白されている。「・・・。ほんとうに苦しい時期だった。このまま生きつづけられるだろうかとさえ思った。あらゆるものが崩れてしまったのである。---自尊心、生きて働こうという意欲、愛されているという気持ち、立ち直りたいという希望、神を愛し、人びとに希望を与える人間として多少は、知られているこの私が、地面にうつぶせに倒れたまま、闇に沈んでいたのだった。 どうなったのだろう。私はからっぽな自分と向き合ってしまったのである。まるで自分の人生に意味を与えていたすべてを奪われて、目の前に見えるのは、底なしの穴だけという気持ちになっていたのだった。・・・まるで、ようやく見つけた家の床が抜けたような気持ちだった。この苦しみは、私から生きる気力を完全に奪った。もう、眠れなかった。私は何時間も手放しで声を上げて泣いた。・・・すべてが闇と化した。・・・。 こういうことはすべて、ある友情がとつぜん断ち切られたのが引き金になって起きたのだった。・・・大勢の友だちのなかに一人、それまで経験したことのない形で私の心を動かした相手がいた。これはまったく初めての経験で、私は大きな喜びと心の安らぎを得た。魂の生活へのドアが開いたという気がした。青春時代にも、おとなになってからのあらかたの時も、錠が下りたままだったドアが。 だが、この、深い満足をあたえてくれた友情が、苦悩への道となったのだった。・・・私は相手を自分のものにしなければ満足できなくなり、依存心を深め、ついにその友情が破綻するほかなくなったとき、崩壊してしまった。見棄てられ、拒絶された、裏切られたという気持ちだった。・・・。」ナウウェンは、父と同じ年にオランダで生まれたカトリック司祭であり、1996年残念ながら心臓発作で急逝した。このまえがきに描写された自画像は、喪失による鬱病の患者である。そのころ、「喪失」によって抑うつ状態にあった私は、その後、もっと大きな、幾重にも重なる喪失が待っているとも知らず、その喪失にどう向かい合っていいのかわからなかった。実際には、喪失そのものを「喪失」であると認めることさえできなかった。認めたくなかったのだ。いまだに深い暗闇に飲み込まれそうになる。いとも簡単にだ。学習しない。自分にあきれる。何度も繰り返し、同じ「喪失」を「喪失」するのだ。懲りない。多くの著書を遺し、多くの人を神の愛に導いた父と同じ年のカトリック司祭であっても闇を前に手放しで泣き続けるほかはなかったと告白してくれたナウウェンに心惹かれる。何度読み返してもその深い神の愛の理解には足元にも及ばないだろう。それだけに、何度も、何度も、読み返したくなる言葉の数々である。
2004.12.27
ブログめぐりをしていたら驚くほど今の私の心にふさわしい祈りが掲載されていたので、無断でコピーさせていただきました。ごめんなさい。神様。主よ、今、この時のため、よく備わっていることを強く望みます。わたしの全てを喜びつつしんであなたに捧げます。わたしの思いを明らかにし、清められるよう導いてください。矛盾した望みがわたしの内にあり、むなしいものやはかないものに心がとらわれます。わたしは知っています。もし主にわたしの魂を捧げるなら、わたしのなすことは新しい魂に従うことを。この祈りのとき、わたしの全存在とわたしの試みようとするすべてのこと、すべての出会いと思い、わたしの生涯、葛藤や失敗までもあなたの御手にゆだねることができますように。主よ、わたしはあなたのもの。あなたの御計らいのとおりになりますように。アーメン。本当に、私のすべてを神様にゆだねられたら、私の心は、穏やかになって、誰かを責めたり、自分を責めたり、心が嵐になることも無くなるのに・・・・・・。それができない私をも神様はご存知です。「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように。」(ルカ1-38)
2004.12.24
注文した絵本が来た。その名も「悲しい本」。谷川俊太郎の翻訳の力と肩の力の抜けたイラストに優しく心を包まれるけれど、大切な人を失った悲しみを隠していた場所を掘り当てられて、心が熱くなる。母は、一度目をとおしただけで「読みたくない」と返してよこした。そして、『愛する人を失うとどうして死にたくなるのか』も読んでるんだなぁ。悲しみは、悲しみとして、喪失は、喪失として、きちんと向かい合っていかなければならない。失ったものは、戻ってこないのだと自分なりの「お葬式」をしなければいけない。別れの儀式だ。「喪失」を「喪失」として認められるようにならなければ、葉っぱで覆ったぐらいでは、すぐに姿を現す。冷たくて比重の重い水銀のように心の底に沈みこむのを待つ。
2004.12.23
まずは、チョコレート。お歳暮に有名チョコレートの3段詰め缶をいただいてしまったので、ついつい・・・・・・。顔にぶつぶつができてから後悔するけどやめられないんだよね。最近、また、本物の安定剤のお世話になることが多い。どっちがいいやら、悪いやら。それともどっちも悪いやら。
2004.12.22
今日は、ほんとにいい命日だったね、お父さん。お父さんは、ほんとにラッキー!今日は、朝からママがお出かけなので甥っ子は、我が家でお留守番。最近見かけない、三十数年前のパパのおもちゃで遊んだり、ばあばとお散歩したり、すっかり顔なじみのご近所さんにはケーキをいただいたり、大好きないちごを食べたり、お得意のダンスをしたり、ピアノを弾いたり、最近、想像を超えるようないたずらをするようになったり、ほんとに2年の月日は、確かに過ぎたんだなぁ。今日は、あまり、時計を見たくない。レッスンも冬休みを前にパーティーの計画だったり、中学生は、冬休み勉強会の対策だったりと落ち着かなかったけどおかげで仕事も細々だけど続けています。秘密だけど今日は、心の中に新しいキャンドルが灯るような素敵なニュースもあったし。おとうさんの命日は、ほんとにいい一日でした。おとうさんは、ほんとに、ラッキー。今日もありがとう。
2004.12.21
昨日の父の三回忌、終了後。和尚様がにこやかに「どうですか。元気になりましたか」とお尋ねになる。「はい。徐々に。ありがとうございます。」「あのね、実は、前から話があるんですが、どうですか、結婚してお父さんを安心させるのは・・・。」おいでなすったね~~~。ありがとうございますぅ、とは、いいつつ、逃げ腰。「え~~、相手はねぇ、○○(市内の地名)にマンションを持っていてねぇ、次男だから、親の面倒見る心配はなし。」あ~~~、あはあはあは。って、おいっ!それ以外の情報は何もないのかいっ!ひととなり、とか、なんだ、ほら、えーーーっと、ご職業とか、ご趣味とか・・・。なにが一番大切かは、わかんないけど、とりあえず、マンションも親も、欠かせない情報かもしれないけどさ。もし、相手に私のこともお勧めしてくださってるとして、・・・・・・・?私ってば、そんな「お得情報」、なんにもないんだけど。あれ、売り物がなければ、「マンション」「次男」といわれたら喜んで幾久しくお受けいたさないとまずいのかしらん。そりゃ、ひがみだよね~~~。そうよ、こういうときこそ、ポジティブ・シンキングしなきゃね。あ~~~~~、しかし、うちのめされるなぁ。
2004.12.17
三回忌ということは、もう、2年経つということだ。まだ、2年かなぁ。可愛い初孫をひと目見ただけで、入れ替わるように逝ってしまった父。あまりに突然で、唐突で、別れ際に文句を言う暇もお礼を述べる間もなかった。一週間経つまでが、死ぬほど長くって、一ヶ月経つ頃には、すっかりおかしくなって、一年経っても、信じられなかった。今日も、まだ、「父と2年もの間、会っていない。」というのが信じられないけれど、全力で遊んでくれる2歳になった甥っ子が弟夫婦と帰ってしまった後の、キッチンから水音しか聞こえない、母と二人だけの夜が、少しだけ、「日常」に思える。二年かかって、一体、どのあたりを旅しているやら。おとうさん、たまには、会いたいなぁ。
2004.12.16
なんだかしらないけど「師走」なのである。走っているのである。慌しいのである。たまには、ゆっくりお茶でもしたいぞと、お友だちにメールした途端に、母親から買い物に出動要請だ。おいおい。ま、しかたない。夜は夜で、女子中学生クラスとそのママたちとクリスマスと忘年会で、「御会食」~!「ビストロ」ってかいてあるのに、子どもメニューのせいなのか、パスタ、グラタン、ピラフ、ハンバーグなど、今、もっとも遠ざけたい炭水化物のオンパレード。(泣)それでも何年もお付き合いしているとはいえ、一緒に食事ができるのは、うれしいことだね。日記は、きまぐれ。まとめ書き。
2004.12.15
「まあ、(勉強を)やらないってことでしょうなぁ。」と発言していた文科省の大臣は、考えてみたら、あの、中山参与のご亭主だったのである。そのうえ、先月、タウンミーティングでは、歴史教科書について「極めて自虐的で、やっと最近、いわゆる従軍慰安婦とか強制連行とかいった言葉が減ってきたのは本当に良かった」と発言していたのであった。さておき。ゆとり教育、とは一体なんであるか。たしか、子どもたちに生きる力をつけさせるとか、なんとか、そんな目的のために始まったのだろうが、現場で見ていれば、生きる力は、あまり発揮される機会もないのであるが、読解力は、がたおち、である。もちろん、文章化する能力だって低下する。生きる力は、どうやってつけるのか知らないが、概ね、「あきらめる」力は、押並べて強いのである。そんなことで、本当に生きていけるのか。子どもの頃、たいくつで面倒くさくて嫌いだった、読書感想文とか、日記とか、ドリルなんてものが実は、その後に習得していく学習能力の土台を築いてくれていたのである。ほんとに、もう、ゆとってる場合じゃないのだよ、みんな。
2004.12.14
などというものが存在するとは。知らなきゃよかったのである。いやいや、知ってよかったのである。子どもの頃から、秋が苦手。冬が嫌い。冬生まれなのに。寒いのが嫌、それ以上に、日が短いのがつらい。ここに来て、実に、具合が悪かったのである。安定剤を飲む機会がどんどん増えていたのである。またも、異常な睡眠に取り込まれていたのである。そのうえ、秋口からの恐ろしい体重増加は、どういうわけか、甘いものと炭水化物を「もしや、糖尿病かえ?」とビビってしまうほど、摂取した結果の贅肉である。太るわ、当り散らすわ、とんでもないことだったのである。やはり、起きて太陽を見つめながらヨガをやるしかないのである。と、今は、そのせいにするのである。
2004.12.13
昨日は、甥っ子の満2歳のお誕生日。そして、今日は、その甥のママのお誕生日です!この世に誕生して2年。すべて親任せ~の哺乳類は、いまや、直立歩行、母国語習得の毎日。どんな勢いで細胞分裂が起こっているのか、それと同じ速さで、我々が老化しているとは、考えたくないなぁ~。この二人のおかげで、十数代続く我が家のコンサバな歴史?は破られ、この世でであった人たちが「家族」という暖かな本物の絆を築くことができるのだと、少なくとも私は、うまれて初めて、教えられ、獲得させてもらったのだと思います。家族のお誕生日は、その絆を見直す日。
2004.12.12
新しい劇場で、大竹しのぶ主演のお芝居を観ました!エウリピデスのギリシャ神話を下敷きに舞台を南北戦争直後のアメリカに移している。愛、家族、宿命、葛藤、憎悪、そして死。あまりに平穏な私の日常とかけ離れていてよかった、と思いながらも、いやいや、誰の人生にもすべてちりばめられている要素にも他ならないと思う。あまりにも濃い内容で、まだまだ、感想を書けるほど心の底に沈殿してこないまま。それでも、膨大なテキストを正確に読みこなす演出家は、さすがだと思う。あ~~~~、芝居はいいなぁ。
2004.12.11
ゆっくり、の~んびり、しているようで、精神のコアのところがちっとものほほ~んとできてない。それで、「クウネル」とか「Arune」なんて雑誌を読んでる。正直、積んでる。読んでも、ちっとも頭に残らない。ほんとに、なんだか、空回りし続けてる。もしかしたら、今が一番、生きるのが辛いかもしれない。なんのために、ここにいるのかわからない。ま、おいといて。ゆっくりは、はやりなのか?「ゆっくりAERA」を買ってみる。よしもとばななのエッセイが読みたかったから。「私たちは、・・・・・・自分の情熱を燃やすために、向いていることをこの人生でやりつくすために生まれてきたのではないだろうか。愛する人々への愛情を抱きながら、たくさんのよき思い出をつくって、それを大事に抱えて悔いなく死ぬためにここにいるのではないだろうか? 忙しくいらいらして働いて、一回も立ち止まらず、人生を捨てた形でいつも自分は何かが足りないと思いながら、死に急ぐためでは絶対にない。」そうだ。そのとおりだ。そう思いながら、それを川の向こう岸に見ながら、ちっとも近づけずに歩いている。いや、もしかしたら、濁流に流されながら泥水を飲みながら、遠い意識の底で、憧れの「本当の人生」を見上げているのかもしれない。愛、情熱、・・・指先がいつも冷たいのは、そういう暖かいものを忘れてしまったからだろうか。
2004.12.10
一度始まると止まらない。といったって、自分で稼いでいる範囲でやってるから、まだ、正常の範囲の買い物依存、かもしれない。必要ないものを買ってみる。ネットでCDを買ってみる。前から買おうかと迷っていたグールドを飛ばして、知らないアーティストのCDを買ってみた。かけてみると一枚からは、日本語の歌詞が聞こえてきてびっくりしたりする。今まで買ったことのない範疇の音楽だったりする。今日は、目に付いたゴスペルのCDを発注してみた。なにやってんだろ。ちょっと、自分でも驚くほど、分裂気味。
2004.12.09
すると主は、「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしのうちに宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。・・・・・・なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。(2コリント12-9~10)When you came to me with your bad dreams and your fearsIt was easy to see that you'd been cryingSeems like everywhere you turn catastrophe it reignsBut who really profits from the dyingI could hold you in my armsI could hold you foreverI could hold you in my armsI could hold you in my arms forever( by RAY LAMONTAGNE)[なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。]聖書の中で、好きな言葉のひとつです。自分が弱い、と思うとき、「弱いんじゃい、どうにかしてくれ」と思うとき、この言葉を思い出す。自分の問題をきちんと自分で消化できるのが大人?自分のことばかりを考えているのは、自分の幸せを追求するのは、よくないこと?まわりのことを優先して自分の生き方を置き忘れたのは、言い訳?悪夢と怖れを抱いて泣きじゃくるときに、この腕に抱きしめようかと言ってくれる「人類」は、どのあたりで白馬を駆っているのだろうか。モンゴルあたりか。明治維新あたりか。
2004.12.08
チェックしているblog、 kanokoさんで、うれしい記事発見!(右下blog peopleをクリック!)実は、私の教え子の5年生の男の子も小麦、卵、ミルク、そのほかのアレルギーがあって、おやつを買って行きたいけどなかなか食べられるものがない。最近は、少しずつなら食べられるものも出てきたみたいで、それでも、お菓子の袋の「原材料」のところを必ず、じっくり見て、「あ、食べられない。」なんて自分で判断しているのを見るとお菓子を買っていくのも控えてしまう。入会してもらうときに必ず、アレルギーのチェックはする。食べ盛りだから、おやつもあげたいけれど健康に関することだからむずかしい。アナフィキラシー・ショックなんてのもあるから、命に関わるし。だから、ケーキがつきもののクリスマス・パーティーも実は、このクラスは、新年会にしようかと思っている。入会してもらうとき、アレルギーのチェックはしている。やはり、アトピー性皮膚炎の子が多いけれど食べ盛りに、食べられないものがあるっていうのは、つらいんじゃないかなぁ。(と食い意地の張っている私は、身につまされる。)少しずつでも食べられるものが増えるように、アレルギーでも食べられる楽しみが味わえるようにそういう努力はうれしいなぁと思う。さてさて、中学生の期末が終わり・・・終わりがあれば、結果がある。こちらは、「学習アレルギー」かいっ!ってくらいの、私が「これは出るっ!」というご託宣+実践した問題をもののみごとに間違えてくれてるこやつらに、一体この先、どうしたらよかんべか。どこかの会社の人、考えて~~~~~!
2004.12.07
9月に注文していた来年の手帳が既に届いている。とはいえ、やっぱり、手帳は新年になってから開けたいよね~。注文した手帳は、今年も使っているもの。「浮気しない」タイプの私は、それまで、ず~っとイギリス製のカバーが硬い薄くて紙質のよい手帳を長年使っていた。去年、ネットで見つけた手帳は、それとは違って、一日一ページ。文庫よりひとまわり大きくてスケジュール帳というより日記帳。というわけで、今年の初めは、日記帳代わりにその日の気持ちの移り変わりを事細かに書いてある。自分の感情がなにをきっかけに変わっていったか、感情に押し流されないように冷静に文章化しようとしている。書くことによってデジタルに変化する自分の感情を冷静に受けとめようとしている。読み続けていたカナダ人司教のコラムを書き写している。体重と体脂肪も。具合が悪かった今年前半は、読み返したくない日記と減少し続ける体重の記録だ。さてさて、その手帳は、好みのカバーを選ぶことができる。皮のカバーもあるけれど、私は、今年もナイロンカバー。すごくきれいな色が揃っているから。去年は、大好きなブルーの中でもちょっとエメラルドグリーンよりの、ティファニーの箱みたいな色。今年は、「いいことがありますように。」「心が桜色になりますように」とピンクよりちょっと黄みがかった「さくら」いろ。来年は冷静に自分の心を書き連ねる~なんて日がありませんように。幸せで、心膨らむような予定がひとつでも多く書くことができますように。
2004.12.06
誰のために急ぐわけじゃなし、ゆっくり休もう。葛根湯と生姜紅茶であったまろう。明日は、雪?ますます、ゆっくり休もう。
2004.12.05
今日は、10月のお茶会の打ち上げ兼忘年会の昼食会でした。というわけで、今日は、紬デビューでした。紬は、いくら高価でもやっぱり、普段着。お茶のときは、お稽古はよくてもやっぱり、色無地、小紋などやわらか、たれもの、はんなり系のものが多くなる。普段の紬は、やっぱり、憧れ。母からもらった大島と確か、縞の紬があったはずだけど今日は、大島なんだけど疋田の染め模様があるベージュの着物。大島は、軽くてあったかい。帯も織りのもの。これは、はんなり系、紬、どちらもいけそうだ。同席のお友だちもおばあちゃまやお母様のお着物だったり、そういうところが、また、着物のいいところ。お茶では白足袋、白い半襟だけどこういうお出かけならちょっと遊びも欲しいなぁ。とはいえ、まだまだ、必要なものを揃えてる段階なので、こういうとき、やっぱり、小物はいつものものをあわせることになる。贅沢は言わないけど(でも、贅沢なことだけど)小物はやっぱり、いろいろ欲しいなぁ。少しずつ、いろんなものを揃えて楽しんでいきたい。お茶のお道具までは、まだまだ、長い道のり~~~!やっぱり、宝くじ、買おうかなぁ。
2004.12.04
お茶も期末テストも終了。まあ、普通に働いていてもひとよりはかなりゆっくりしてるはず。ところが、なんだか、とて~も疲れてる。たぶん、「こころ」というやつが。なんちゃって~。いつもの「疲れ」の症状が出始めた。眠りの中に逃げ込む。こころの矢印は、デジタルなときを刻む。まだ、体力があるから、人前では、「普通」を装うが、これが一番、疲労する原因。といって、デジタルで変わる心のベクトルを投げつけられるほうは、たまらないだろうな。ごめ~んね。安定剤のお世話になってます。こんなのは、「根性」じゃ、どうにもならんのよ。もしかしたら、暇すぎて埃っぽいこころの奥まで踏み込んでいるのかとも思ってみるが、いやいや、そうではない。非常に表層の部分で、いやいや、層なんて厚みがあるばしょじゃない。というより、そろそろ、窓のガラス拭きをしないとこころの床を照らす光量が低下しているのかな。寒い季節は苦手。日が短いのも嫌い。熊さんのように冬眠、したくなるのは、この季節。ほかほか、ほっこり、冬眠をゆるしてくれる国に行きたいなぁ。
2004.12.03
今夜も胃の調子が悪い・・・。今日は、朝からお茶のお稽古。お寝坊した私は、ヨーグルトを食べてお稽古へ。先生のところでコーヒーとチーズのクラッカーサンドをいただく。今日のお菓子は、愛媛の御銘菓『山田屋まんじゅう』。「まんじゅう」といってもかわいい一口サイズ。二服目は、こちらもあずきタップリの俵屋吉富『雲竜』。と、そろそろヘビーな状態に・・・。しかし、今日はそこで終わらなかった。いや、ここで帰ればよかった。続いても本日三服目のお濃茶、さすがにお菓子は、京の御銘菓、植村義次の州浜『春日の豆』。といっても実体は、豆ではなく、きな粉を飴で練っておたふく豆のかたちにしたものです。いやいや、全国のおいしい和菓子大集合!コーヒー、お濃茶、お濃茶、お濃茶というところですでに、黄色信号が点滅して、お稽古終了。と、仕事前。とはいえ、なんとなく、食事をしてないのでこのままでは、小腹が空くぞ・・・とコンビニへ。しかし、おにぎりの棚の前では、食指が動かず、かといって、時間は迫るばかり・・・。と、野菜ジュースに小型のクリームパンという食べ合わせ最悪のコンビを買ってでかける。今日は、受験生のお宅訪問。と、なんとおばあちゃまが用意してくださっていたのは、「揚げまんじゅう」・・・・・・・。これが、全国的にあるものかどうかは知らないけれどもようするに硬くなり始めたおまんじゅうのてんぷら。私も生まれて2度目ぐらいです、これ、食べるの。2個もお皿に盛ってあったのですが、ありがたく、ひとつだけ、いただくことにしました。で、帰宅、すればよかったのだが、用があって、お茶の先生のお宅に顔をだし、ご挨拶して帰ろうとしたらば、これが、やはり、そうはいかず、「先生、おまんじゅうは、今朝、頂戴したので・・・」とお断りしたのですが、「だめ。食べなさい。」といわれれば、食べるのが弟子(・・・かな?)いやいや、今日はじめてのお薄のおいしいこと。では、そろそろ、というときに同席していた友人がタイミングよく退席、なんとなく、もうひとりのお濃茶のお稽古に付き合うことになり、退席した友人のお土産、木曽の『栗小餅』と本日なんと4服目のお濃茶!!!私は、今日一日、いったい、何キロの上白糖を摂取したのであろうか。畑何枚分の小豆と大豆。子牛ちゃん何頭分のミルク。おまんじゅ、何個、乳脂肪分は、総カロリーは、あ~~~~、考えたくない。そして、何十グラムのお抹茶をいただいたことだろう。コーヒーと緑茶、総カフェイン量は・・・・・・。ということで、結局、食事は一度もしなかった。いや、できなかった。ダイエットなんてもんじゃない、このままじゃあ、糖尿病一直線だよぉ~~~っ!怖いっ!胃薬飲んで寝よ。
2004.12.02
朝5時に、胃が痛くて目が覚める。なんじゃこりゃ。まったくもう。お夕食のアジのから揚げを調子に乗って食べ過ぎたからかな。それとも寝る前にすきっ腹にクエン酸入りの水を飲んだからか。胃酸過多用のチュアブルの胃薬を探し当てるも期限切れ~~~~、え~い、構うものか。飲まないでは、寝られない。と、うんうん言ってるうちになんとか期限切れの胃薬が効いたようです。ってなわけで昼間はげんなり。最近のほうが安定剤をよく飲んでいるかも。前は、効かないと思っていた安定剤が、最近は、ぴたりと効くんだな、これが。早く終わってくれ、今年。
2004.12.01
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