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今日もお稽古でした。「ひゃっきおぼろづき」とは、今、お稽古している5人一組、札によって4服一回りのこのお手前(というのか、なんというのだろう)は、100遍やって、やっと朧月程度にわかるんだよ・・・、そのくらい難しいってことらしい。今日の進歩。やっと、札を引くのが怖くなくなったこと。わ~~~~、なんじゃそりゃ。自分の小心者ぶりにおっどろきですわい。だって、だって、怖かったんですものぉ!!!まあ、要するに、あまりに五里霧中、暗闇で鼻をつままれる状態だったから、役札を引いちゃうと「次は?次は?」っておろおろするばかりだったんだもん~~~~。ったくなぁ、こんなに自分が小心者だったとは。これも、ある種、「完ぺき主義」の裏返し。まだ、かっこいいな、そうじゃなくて、「恥かくのが怖い」のかも・・・・・・。それもちょっと違うなぁ。もう、わかんないことは、わかんないから、同じことを何度も先生にお聞きしたりして、かなり、???な状態なのだなぁ。それでも、やっぱり、毎回毎回、新しい発見があったり、もちろん、何度やってもわからないなりに、なんだろな~~~、おろおろしながら、わくわく。おずおずだけど、うっすら。ボートダイブで、ジャイアントストライドで、ドボーンと海に入った瞬間、って感じです。って、こんな説明で誰が理解できるんだろう。ボートの上からじゃ、よくわからなかった海中が、自分のたてた泡の中から垣間見えるようになって、ウェットスーツを通して、海水が心地よく身体を冷やしてくれる・・・みたいな、って、なおさら、わかんないか。あ~~~~~~~~~、潜りたい。違った、違った。お稽古、でした。つまり、潜りなれたスポットではあるものの、今日はどんな出会いがあるのかなぁ・・・なんてボートの上で熱くなった身体が冷やされる緊張感と重力からの開放感のアンバランスが、ちょっぴり不安ででも心地よい。って、やっぱり、潜りかいっ!!!いいの。お茶とスキューバ両方やったひとだけがわかってくれれば。深みにはまるぅ~~~♪
2004.10.30
レッスンに行くと、車が止まってる。おーっとっとっと。これ、わかってるよ~。嫌だなぁ~・・・。あ~、たくちゃんのママ。「こんにちは。」「あの~、先生・・・。」うわ~~~、来た来た。「はい。」「・・・・・・今日は、どうしても嫌だって言ってるんですよ。」言われる前にわかってるんだなぁ。でも、それは、「やめたい」ってことがわかってるんじゃなくて、こういうことが、たびたび、あるんだなぁ。「う~ん。わかります。」このクラスは、ハイパーゲンキ系の男の子が6人。おとなしい真面目系の女の子が2人。ともかく、ただでさえ、毎週毎週、男の子たちは、「先生、外で遊ぼうっ!」って、「だめもと」で言ってくる。だから、レッスンプランは、「ゲーム」「歌」「チャンツ」。なにはともあれ、「ゲーム」といってしまえば、繰り返しの練習でもやりとりでもやってくれるのだが、隙あらば脱線、ノリ過ぎると女の子は、やる気をなくすのだ。女の子たちには、「ひみつのホームワーク」をプレゼントして、それはそれで、やっと一段落したところ・・・・・・。たくちゃんは、ひとたび「ゲーム」となれば、誰よりも答えてくれる「いい耳」の持ち主なのだ。2ヶ月に1回くらいの「ズル休み」をしながらもがんばってくれてるんだけど、どうも今日は、だめらしい。振り返ってみれば、5年生たちもそういう時期があった。男の子たちにしてみれば、放課後の一番楽しい時間に、遊びを中断してくるのは、辛いんだろうなぁ。でも、高学年になるとそれなりに自分がやっていることの必要性や達成感や責任のようなものを感じるらしい。「書く」ことは、ほとんど「慣れる」程度にしかやってこなかったクラスも高学年になって話し合いをして少しずつ、「書く」ことを取り入れるようになった。女の子たちは、おおむね、「書くこと」が好きだ。男の子たちに「書く」のを納得させるのは、むずかしい。自分たちがその気にならないと「めんどうくさい」らしい。最近、やっと毎週書くことに熱が入ってきた。聞いてみると「学習塾」でも英語が始まって、なんと中学1年の教科書を使っているらしい。どんなことをやっているのかと聞いてみるとまだ、アルファベットの大文字、小文字を書くぐらい、彼らにしてみるとどうやら、自分たちのレベルが他の子たちよりもかなり高いということを自覚して、急に、こちらのレッスンでも「書く」ことをやる気になったらしい。ありがとう、「学習塾」の先生。「やりたい」と思わなければ、続かない。「やりたい」と思わなければ、身につかない。「やりたい」と思わせるのが、私の仕事。たくちゃんのママにもとりあえず、もうしばらく様子を見てもらうようにお願いする。なんといっても「いい耳」が、もったいない。自分がその気になるときが、もうすぐ来る。休み休みでも、その間、月謝はストップでもいいから、ともかく、ドロップアウトしないで欲しい。たくちゃんもがんばれっ!私もがんばるっ!
2004.10.29
11月半ばを目指して新しいお稽古の日々、スタートでございます。なんだかなぁ、前からよくわからないんだけれどもこれが、どうして、私にとってよくわからないのか、わからない。おおっ、これぞ、数学クラスの生徒の気持ちか?!大筋つかむのは割りに得意(すなわち、詰めが甘い)私のはずが、大筋どころか、牛筋とか、ひらめ筋とか、アキレス腱とか、なんだか、骨組みもつかめないのは、これ、どういう試練?(おおげさ)そのうえ、今日は輪をかけてボケまくり。皆様の足を引っ張りまくりで、結構、なみだ目。うっうっ。右、左、右、っとここから、左か?ここで、水いれて、・・・お、いいのか、悪いのか?うっ、今、あたしは、言わなくていいのね~・・・とかさ~~~~~、もう、いやっ!でも、それでも、なんでだか、「やる気」なの。これって、ある意味、はた迷惑。ごめんなさいませ。どうしても、ともかく、「攻略」したいのよ。素敵な「向上心」とかじゃなくて、わからないものに対する「戦い」なの。ちょっと、間違ってるかもしれませんが、とりあえず、お仲間の足を引っ張らずにできるようになったら、そこから、心を入れますんで、神様、赦してください。わ~ん、でも、時間がないよぉ~~~~!
2004.10.28
23日の地震から4日ぶりに車ごと土砂崩れに巻き込まれた母子が救出された。2歳の男の子は、どうやって、車の外へ這い出して岩とのわずかな隙間に出たのだろうか。そして、どうやって4日間、「生きて」いたのだろうか。残念ながら、お母さんは、即死状態だったようだ。ハイパーレスキュー隊は、女の子の救出を続けている。お母さんは、きっと、自分の命を男の子にあげたし、助かるように、導いてくれたのだろう。一方、イラクでは、日本人の男性が武装組織に拘束された。4月の拘束事件のときは、「自己責任」という言葉が人質となった人たちを責めたてたが、彼らは、それぞれ、目的を持っての覚悟の入国だったと思う。もちろん、今回の男性とて、無目的で危険に身をさらすことはなかっただろうが、今、彼は、自分の命の重みを実感しているだろう。同じ時間を生きていながら、命を手放さなければならないとき。命を与えられるとき。命を奪われるようなところに引き寄せられていってしまうとき。やはり、自分だけの力では、「生きる」ことはできないのではないか、と思う。
2004.10.27
母親の咳で寝付かれず、近所の迷惑親父に朝っぱらから襲来され、レッスン中にいろんな皆さまから土砂崩れのお見舞いのお電話、メールを多数いただき、最後のレッスンに咳連発の生徒が3人。葛根湯飲んで、あったまって寝るしかない!!!おやすみなさ~い!みなさまも風邪にお気をつけくださいね。
2004.10.26
一人でいるのは、わりと好き。でも、ときどき、一人でい続けられるか、考え始めたら、どよ~んと落ち込むね。レモネードさんの日記で素敵な言葉を見ました。>孤独を感じているあなたは、見捨てられたわけではありません。>不安を感じているあなたを、宇宙の法則は、見捨てたりしません。>道はなくなりません。>愛は決してなくなりません。>愛も勇気も平和も、あなたを見捨てる事はありません。>大丈夫です。勝手に引用しちゃってごめんなさい。落ち込むだけならいいけど自分ひとりじゃ、もてあました「自分の心」を回転速度の落ちた皿回しのようにすでに足元の危険など省みず、なんとか皿を落とさないように必死の形相で駆け回ってしまう。ひとたび、お皿の調子を取り戻せれば、ついさっきの大暴れも危機感も嘘のように消え去るのに。なぜ、皿回しなんて始めてしまったのかなぁ・・・なんて悩んでるくらいなら全部とまって割れてしまえば楽ちんなのかな。それでも棒の先にお皿が接着されてるような芸よりは、はらはらどきどきの皿回しをしていたい。
2004.10.24
台風の次は、地震かえ~?台風のほうが、予報できるだけましかなぁ。先日の雨で地盤が緩んでいるので気が抜けません。外出先でお仕事の後、知人と食事の約束だったのですが、今日は、取りやめにしました。我が家に帰ってみると近所の奥さんがリュックを背負ったまま母とお茶を飲んでいるし、私も外出中の友人のお母様に電話を入れたりとなにかと慌しくしているうちにもう、こんな時間になりました。リフォームしたら、オール電化にしようか、でも、そしたら、土鍋でご飯が炊けないなぁとか、しかし、地震があったら、やっぱり、オール電化かななんて、悠長なことを言ってる場合ではないか。みなさん、気をつけてくださいね。
2004.10.23
通院日が近いことと家に薬を置いてきたままなので、弟の家からクリニックに向かう。めずらしく待ち時間は、ほとんどなし。先生に今月の様子をお話しする。大きなできごとは、お茶会。そして、ここ数日の台風騒ぎ。「以前だったら、こういうことで落ち込んだり、動揺したけれど、今回はそんなことはありませんか。」といわれて、反射的にうなづいてしまったけれど、これは、鬱になりやすい「いいこちゃん」の私が現れたのだ。十分、動揺しているうえに、こんなとき、どこに身を寄せようか、私の居場所がない、とか、母が心細くて近所の家に泊まりに行ったと聞けば、父の不在をまたもぽっかりと空いた穴のように感じたり、弟の家族にお世話になりつつ、例のやつらに心を占拠されて不安の虫になっている。でも、今の私は、そういう状態だ、ということは、わかっている。それだけは、病気になったときよりもかなり、「まし」なのだ。本当に。県道も復旧したと幼なじみからメールがあったので、午後、家に帰る。やっぱり、私の家は、ここかな。
2004.10.22
前日に引き続き、家に帰りつく道は不通のまま。というわけで、弟が母を「救出」に向かう旨、電話がある。弟の仕事が、幸いお休みの日だったこともあるが、しっかり家族を守ろうとする弟の姿を頼もしく思う。私も弟の家に向かう途中、着替えなどを購入する途中で友人とお茶する。・・・緊急事態なのか、心構えが甘いのか。と、そこにこのシンクロニシティー!(というほどでもないが・・・)近所に住む幼なじみが、お茶してるドーナツ屋に現る!!!お互いに、どうやって、ここにいるのか!!!と驚きつつ、情報収集。どうやら、山道を通ってなら帰れそうであるが、不通になっている県道は、まだ、復旧の見込みなし。「ある程度(?)の長い間、生きている私たちもこんなの、初めてだわ~~~!」と感慨に耽りつつ、普通にドーナツにコーヒーとかしてる私たちってやっぱり、罰当たり?夕方、弟の家に着く。「身を寄せる」というより、かわいい甥っ子と過ごせるというので、母も私も甥っ子以上に興奮!あー、これがおとうさん亡き後の「家族」なんだろう。ありがたいな、と思いつつ、やっぱり、ここに私がいていいのかなぁとほんのちょっぴり、申し訳なく思ったりもする。申し訳なく思ってもどうしようもないことなんだから、申し訳なく思ってることが僭越だったりする。ま、これはね~、私と同じ立場の伯母を持っていた私にしかわからないことなんですけどね。こういうときに、ふと、また、不安やら無価値感やら久々に、私の心を暗い影がノックするんだなぁ。
2004.10.21
台風23号が列島縦断!って、こんな日に子どもたちのお母様たちとのお食事会。キャンセルでもいいんだけどなぁ~。と思ったものの、せっかくなので決行!毎年、子どもたちとキャンプ場でのBBQなのだが、今年初めて、おかあさんたちとの食事会と相成りました。子どもたちは、それを聞いてがっかり、というより、「なんでボクたちは、ないの~~~!」と怒られたけどね。今年は、大人の雰囲気で。もう、かなり長いお付き合いのお母さんが多いので、友だちとの食事会に近い。と、それはさておき、食事をしている間に、「豪雨」になってしまった。早く帰ろうっと焦っていると携帯に連絡が入る。我が家に向かう道が土砂崩れになったとニュースでやっているという・・・。とりあえず、行くだけ行ってみようと21号のときに国道が寸断されたために迂回路になっている道への入り口で止められる。「トンネルの前で土砂崩れ。一つ前の信号から山の中を通れば、行けるって話だが、あとは、自己判断してください。」って、オヤジ、おいっ!まあ、何度も同じこと繰り返して飽きてるんだろうけどそんだけの情報で「自己判断」って、どういうことだ。腹立つわ~!というより、これから、どうする?母親と連絡を取り合って、今来た道を戻って、母の実家に泊めてもらうことにする。伯父の家に着いて、母に連絡すると彼女も心細くなったといって近所の家へ身を寄せたという。あ~あ、お父さんがいれば、そんなこと、思いもしなかっただろうになぁとちょっと、ショック。それにしても今年の台風は。
2004.10.20
お茶会、お茶会、と思っていてもその日は、ちゃんとやって来て、やることをやっているとなんだかあっという間に終了。超、超、超緊張のためか、始まる頃には、すっかり、どきどきもせず、かといって、落ち着いているというのとも違う不思議な静寂のなかで自分のお手前が始まりました。ラッキーだったのは、お客様の存在が、感じられるけれどお手前をしている私を侵食してこなかった。お正客の先生が、こちらをご覧になっているのもなんだか、「心強い」感じさえして・・・。後見の先生が入ってこられるまでの時間が恐ろしく長かったけれどそれからは、先生がフォローしてくださるので慌てることなく、お手前できました。薬の副作用+緊張でかなり手が震えましたが、先生がフォローしてくださると、お正客の先生が、「私だって、薬なんて飲まなくとも手が震えますよ。」と思わず、鼻の奥がつーんとなるような温かいやりとりで、感謝、でした。なんて、すごい先生方のもとでお茶を学ぶことができているんだろう!!!「お茶会」の計画、進行は、先生と経験豊富な先輩とそれぞれ得意分野のあるお仲間のおかげで、スムーズにできました。それでも、いろんな問題や乗り越える山もあったけれどやってみなければわからない、やってみて、本当に得難い経験ができたし、深いつながりができたことは、なにより、嬉しかった。お茶会の片づけが、これほど、心楽しく、感謝に満ちていたことは、初めてだったような気がします。「お茶会」のかたちを整えることに精一杯だったけれどやはり、そこには、「こころ」が伴わなければ、成立しないのだとも実感。そこまで、心配りができるようになるのは、遠い道のりだろうけれど、続けていきたいなぁと思いました。ほんとに、いろんなこと、いろんな人に感謝!です。
2004.10.19
充実の、あっという間の、お茶会終了!眠いので、また、明日。いろんなことに、感謝、です。まだまだよ、のう。これからがまた、修行であろう。でも、お茶はいい!人間は、おもしろい!なんだか、大きな希望をもらいました。
2004.10.17
落ち着いて、心を込めて、茶を点てるのみです。神様、お守りください。行ってきます。
2004.10.16
仕事の帰りに、亡くなった伯母の家によってお茶会で使うために、お茶碗を二つ借りてきた。どういうわけでお茶を習い始めたかもすっかり忘れてしまったが、伯母は、私と私の友人以外には、お弟子を取ることもなく、お茶名をいただいた後、たった一度、お茶事をして一週間、交通事故にあって、お茶のお稽古にもどることなく、この世を去ってしまった。私もそれきり、お茶のお稽古をしなかったが、カルチャーセンターで、今の先生にお世話になることになった。カルチャーセンターに通う頃には、ふくささばきさえ、できなくなっていたけれど尊敬できる先生に出会えたことも続けてやっていこうと思えたことも伯母が導いてくれているように、よく思う。その頃はよくわからなかったが、今日、久しぶりにお水屋箪笥を見て驚いた。あ、あの飴色のお茶碗は、大樋だったのかとか、楽茶碗もいくつもあったんだっけ。お弟子をとるつもりはない、といいながら、よく、これだけのお道具を集めたものだなぁ。そして、あの、お茶事をひとりですべてやり遂げたことで、思い残すことがないくらい、お茶を極めていったのだろうか・・・。なにより、そのことの偉大さは、私に、今頃、伝わる。日曜日には、伯母が縫ってくれた色無地を着て久しぶりに、伯母のお茶碗でお茶をたてよう。きっと、喜んでくれるに違いない。
2004.10.15
う~~~~~む。だとすると、私がまず、学ぶべきは、やはり、「手放す」ことであろう。すべてのものごとを自分から手放すこと、委ねることであろう。自分がコントロールしようと思うとその瞬間から過去に縛られ、未来に悲観する。いま、ここ。そこに、点の上にただあるのみ。自分に与えられた場所にいて、そこにいていいということを信頼しよう。あとは、心を込めて茶筅を振るのみ。おいしいお茶を点てるのみ。
2004.10.14
浄水器からでる細い水流をやかんの底に打ち付けるように水を入れる。ガスの強火に掛ける。マグカップを二つ、用意する。コーヒー豆を量ってミルで挽く。部屋には、いい香りが満ちてくる。なんともいえない幸せな気分。サーバーにドリッパーをセットする。一番、お手軽なペーパードリップ。挽いた豆に熱湯を少しまわしかけると香りとともにドリッパーの中の豆もふわっと膨らむ。この瞬間に、もう、おいしいコーヒーを確信する。熱湯をカップにも注いでカップを暖める。ケトルを細火のガスのうえに戻して、豆が十分に蒸されるのを待つ。この時間が好き。コーヒーを飲む時間も好きだけど私は、コーヒーを淹れている時間が大好きだ。静かに、静かに、豆がふっくらと膨らむようにお湯をドリッパーにまわし入れてサーバーには、暑くほろ苦いしずくの音がする。好みの濃さ、好みの量、丁度でドリッパーをはずす。最後まで落としきらないのが大切。カップを暖めていたお湯を捨てて、湯気を立てるサーバーと一緒にテーブルに運ぶ。今日のお供は、やっぱり、クッキー。CDも掛けて、新聞を持って、秋の陽射しがガラス越しに射す場所に落ち着く。しみじみ、幸せ。お天気のいい秋の日に自分と誰かのためにコーヒーを淹れるのは、幸せだ。
2004.10.12
とは、思えない2年を過ごしてきたけれど本当は、今、こうして生きていられることは、それだけで、感謝すべきことなのだ。これこそは、自分のせいでもないし、神様なり、仏様なり、誰かのおかげとしか思えない。そういうことに、常日頃は、感謝どころか、なぜ、私がこんな目に会うのだろうなんて自分のおかれた立場を恨んでみたりして。ほんとに、愚かだなぁ・・・。人の命なんて、運命なんて、本当に儚いものだと思い知らされてもついつい、瑣末なできごとに、感情の波に流されてしまう。そんな未熟な人間のまま、人生、もう半分生きてしまったなんてまずいんじゃないの、私。だからって、すぐには、成長できないけどね。ともかく、毎日、毎日、痛い思いをしても削られて磨かれていくことを怖がらずに生きていくしかないね。
2004.10.11
働いたよ、私は。なんだかなぁ。これは、なにか意義のあることだろうか。まあ、意義がなきゃやるべきでないわけではないのでは、ない!(ん?あってるかな、これ)面倒くさがり屋の私は、こうして修行させていただいてるのかも。それにしても、疲れましたぁ。
2004.10.10
先日、先生のお宅にお稽古に伺ったとき、ちょうど、先生がお仕立てを依頼した紬の着物ができあがってきた。紬、紬、今、私は、紬が欲しいのだ。あ~~~、物欲、物欲。お茶席での着物の用意に一生懸命だったので、普段に着られる紬まで手が出なかったけどとりあえず、一通りは色無地も揃えたし、紬でお仕事にも行ってしまうお友だちの刺激を受けて、ますます、紬欲しさに拍車がかかっているのだ。とはいえ、やはり、お安くはない買い物なので、そう簡単には、手に入らないのだ。着物にお金をかけているので、普段着は、ほとんど、ユニクラーな私。良いではないか。で、そうそう、先生の紬の話。男物の黒の紬地。背中には、「花紋」なのだ。いいなぁ。着物雑誌などで見かけて素敵だなぁと思っていたものの、実物を見るのは初めて。いやー、素敵、素敵。きゃー、いつかは、無地の紬に花紋いれちゃうぞ。着物にはまりまくるのもいいが、とりあえず、着なくっちゃね。
2004.10.09
「はい、久々に『ユウスケくん問題』~♪」とユウスケ。・・・・・・はいはい。なんだか、突如、始まるんだな、これが。「では、問題です。夜になると動くもの、な~んだ?」えっと、えっと。なぞなぞ、なんでしょ。「え~っと、星!」「ブ、ブー。」「じゃ、月!」「違いま~す。教えて欲しい?」「うんっ!」「正解は、・・・・・・『夜行性』!」・・・・・・そ、そりゃ、そうだ。ひねりは?オチは?あの、レッスンに戻っていいでしょうか。と、自宅の電話が鳴る。ったく、こんなときに、なんなんだ。「こちら、博多明太子製造元の○○と申します。本日、明太子を漬け込みましたので、いかがかと存じまして・・・・・・」「はぁ、ありがとうございます。ちょっと、今、仕事中ですので、またの機会に・・・・・・」電話を切って戻ると、「センセー、『仕事中』じゃないでしょ。」「へっ?」「お勉強中じゃない!」・・・・・・そ、そう、なの?・・・・・・「そっか~。」レッスン終了後、「ねえねえ、ボク、どっか、変わってるとこな~い?」いつも、十分、変わってるけど。あ、そういう意味じゃなくてね。「わかってるよ~。」「なに、なに?」「床屋さんに行ったんでしょ。気がついてたよ。」「気がついてたら、なんで、言ってくれないのっ!」お前は、新婚の主婦かいっ!ほんっとに、可愛いヤツだぜ。
2004.10.06
昨日のお茶のお稽古で、なんと、なんと、なんと!!!右腕が筋肉痛だよっ!!!ほんの数十グラムほどの柄杓のお稽古で、20センチ四方の絹の袱紗で、筋肉痛とは、信じがたい。やはり、箸より重いものを持たない生活のせいかしらん、おほほほほ。そうではない。妙なチカラが入っているからなんだなぁ。先生に「チカラが入りすぎてるんじゃない?」と繰り返し言われるわけだ。あ~あ。そのうえ、ひざの上の筋肉もかなり疲れてる。なんども座ったり、立ったりで、こちらは、軽いスクワット効果が期待できそう。それにしても、こんなことでどうするんじゃい!!!
2004.10.05
この世に「運」があるとしたら、私は、「友だち運」と「先生運」に恵まれていると思う。残念ながら、他にもっと恵まれて欲しい「運」もありそうな気もするのだが・・・。(自覚、あり)今月中旬のお茶会のためのお稽古に先生のお宅に伺う。今日は、午前中から午後まで、そして仕事をはさんで夜にも、お稽古をしていただきました。およそ「お稽古」というものは、きっとなんであれ、頭で考えていることなどは、なんの役にも立たず、ただ、肉体のみ、いやいや、精神の宿った肉体のみが、その目指すところに到達できる道具となるのかもしれない。精神だけでもなく、もちろん、表層のみ、なぞっても意味を成さない。呼吸を深くして、意識を、正座した自分にあるようで、また、自分を意識しない場所において、ただ、お手前に集中したとき、不思議な静寂を自分の中心に感じることができる。な~んていうと、まるで、何かを体得したようだけどそれは大きな勘違いで、すっかり何かが抜け落ちている瞬間だったのかもしれない。その証拠に、次の瞬間、それは静寂でもなんでもなくて、ぼんやりとして、お手前の次の手順をすっかり忘れているだけだったりして・・・・・・。(号泣)先生が丁寧にお隣で繰り返して教えてくださっているのに、指も手首もぐにゃぐにゃして、治りゃしないっ!!!焦れば焦るほど、目指す先生の動きとは別物になる・・・・・・。ほんとにもう、悲しいばかりだ。先生、ごめんなさ~い。自分は、「器用貧乏」だと思っていたけれど、どうやら、器用でもなんでもないらしい。ってことは、不器用なうえに貧乏ということか。って、おいっ!
2004.10.04
まだ、文字通りの「老婆」心ではありませんが。英語ばかりか、女子中学生諸君の数学は、というのか、たまたま、うちの子たちばかりが数学も英語も気がかりなのか。まったく、おせっかいとは思いつつ、数学教室、自主的に開催。中学の数学でつまずく子は、実は、小学校5年生でつまずいているはずなのだ。正の数・負の数、分数あたりで?マークが点滅していると文字が入ってきただけで混乱する。グラフが読めない、面積・体積など、「概念」とか「抽象的思考」など、数字で表されたものが、思い描けないままに進んできた子どもたちだ。それにつけても「深く」考えない。文章題ともなると一度読んだだけであきらめる。多分、数学だけではないだろう。なぜそんなに簡単にあきらめてしまうのだろう。時間をかけなければ、深く考えることもできない。できるか、できないか。潔いまでの、二者択一だ。割り切れないもの、時間をかけなければ答えが出ないものがこの世界にはあると、学校では教えないのだろうか。
2004.10.03
おちびちゃんクラス。渋滞に巻き込まれて5分遅刻。こういうときに限って、なぜか全員集合で、お天気もいいもんだから、かくれんぼの真っ最中。「先生、遊ぼうっ!」「だめだめ。急いで始めるよっ!」「遊ぼうよぉ!先生が遅刻したんだから。」「すいません・・・。でも、だめー。この間、叱られたじゃない。早く、3周してきて。」って、真に受けて、やみくもに家の周りを3周してきたらしい。おいおい。今日も今日とて、集中力はかなり低調・・・。どうする、これはまったく。たった2学年上のおにいちゃんたちは、最近始めた「かきとり」?が始まるや、さっきまでの騒ぎは嘘のよう・・・・・・。あれ、あなたたち、いつからそんなに真剣なの?「ねえねえ、真剣だねぇ。」(はっきりいって、邪魔してる)「ほんとだ~。しんとしてるね。」「さっきさぁ、ミズキたちのクラス、大騒ぎだったんだけど、みんなもあんなだったっけ?」「あんなだったよ、私たちだって。」「そっか~。じゃあ、ほっといてもいいか。」「そうだよ。そのうち、静かになるよ。」「そうだね~。」って、おい、小学生に相談にのってもらってるじゃん、私。いつの間に、そんなに頼りになるやつらになったのよ。成長してるのね~、あなたたち。(感涙)おやつ狙いでもいいから、楽しく続けてくれよ~、みんな。
2004.10.01
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