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わーい、といおうか、う~~~む、といおうか、今日で、後数十分で、8月が終わる。まずは、「わーい」は、大殺界の(おい、きにしてるのか!)最悪の月が終わる。気にしてないけどね~~~。どうやら、生き延びていけそうなことだけは確か。「う~~~む」は、やはり、言いたくないけど、つい、言ってしまう。「今年も三分の二が終わっちゃったよ~。」まったくね。今時分、毎年、言うんだけどね。でも、やっぱり今年も言っちゃうんだなぁ。同じことを言っていても確実に1歳年をとっている。1年、終わりに近づいてる。なんとしても脱しなくては。来年は、こんなこと言ってないようにしなくっちゃ。
2004.08.31
心の壁が肥厚しているのか。心を守るために感情が鈍磨しているのか。決して「平常心」などと褒めうるべきではないのであるが、なぜか、今日のところは、心が水平を保っている。嫌がっていても怖がっていても避けていても逃げ惑っていても来るものは、来るのだ。もちろん、悟ったわけでもなく、この水平は、借り物のようであることもあいかわらず、もろい自分でいることも承知している、この自分がまたもはかなく躓くであろうこともとりあえずは、ガラスの金魚鉢にいれて眺めてみようと思う。8月も終わる。
2004.08.30
あ~あ。やはりあれは、夢ではなかったのかぁ・・・。今日、会議がありまして、これ以上ない、初めて見る、上機嫌の彼女。出来レースとはいえ、めでたく「部長」様になりました。これから2年、今日の上機嫌が続くのか。なら、いいけどねん。でさ、それだけならいいけど入部2年目、なにも経験のないわたくしめ、とあるお役目を言い渡されました。結局、誰かが引き受けなきゃならないし、あまり固辞するのも失礼だし、一応、お受けすることにしました。しょうがないやね。これも何かの修行であろうよ。やるからには、みんなが楽しめて、充実感のあることをやりたいな。っていっても、自分の頭のハエを追うこともできない日々。ここから第一歩です。あんまり、がんばり過ぎないように自分の楽しみのためにやりたいと思います。神様、どうぞ、厳しすぎる試練ではありませんように。
2004.08.29
昔は、「こりゃ、一体なんなんだ!」と見るたびに思っていたものが、あるとき、感動に変わる。私にとっては、シンクロナイズドスイミングが、それだ。大和撫子としたことが、プールからにょっきり脚を出すとは、いかがなものか・・・と思っていたのは若い頃。だいたい、プールから出てくるあの足の裏の形を見るたびに私のふくらはぎが攣るんじゃないかと・・・。シドニーオリンピックで「空手」をテーマにした日本チームの演技でまさに、「開眼」!でございます。とくに、ティーム、今回も鳥肌立ちました。かっこいい!!!こりゃ、まさに、美と力と技のスポーツであるぞ!それにしても宿敵ロシアめ。ペアだって、ティームだって、日本のどこが銀で、あんたたちが金なのよっ!!!やっぱり、ああいう肉体表現系は、西欧の文化だっちゅうのか。10点を出せ、10点を!!!西欧のジャッジたちよ!!!認めよ、日本人の実力を。ティームは、演技順も早すぎたよね~~~~。あ~~~、悔しい。いつの日か、日本が実力で金メダルをもぎ取って見せるわ。見てらっしゃいっ(鼻息っ!)
2004.08.28
数日ぶりに眠れないので眠剤を飲んだら、効くわ、効くわ、あ~~~~、頭がぼんやり、しながら、母と叔母と一緒に知人のお葬式にお焼香にあがりました。母の実家の分家さんのおばさんで小さい頃、可愛がっていただいた方でした。ここ数年、見慣れた「お葬式」・・・。今日は、葬祭センターでの仏式のお葬式。不況でも、日本人?の死亡率は、相変わらず100%なのでこのビジネスは、盛んらしいですね。司会の女性の仕切りで難なく流れるように進んでいく儀式。途中で「ふるさと」のインストゥルメンタルのBGMとか流れちゃったりするのねえ、最近は。なんだか、そぐわない。送るほうはともかく、送られるほうは、このお経で本当に極楽へ向かっていくのかなぁ。日頃から「般若心経」とか唱えてるとか、仏教のお勉強をしているならそうなるのだろうか。それとも死んだ途端にお経が分かるようになるのか、分からなくてもお経によって極楽への道が開かれるのか、どうなんだろうなぁ・・・と誰かに聞きたくても聞けないしね。お葬式に行くと死ぬまででいいや、と慌てないなりそこないクリスチャンは、「でもなぁ、何があって今日、急に死ぬとも限らないし、うわ~~~~、やばい」と思ったりもする。一応、カトリックのお友だちには、死にかけてたら、洗礼をさずけてくれ~~~と言ってあるけど、慌てまくったうちの親は、多分、菩提寺のお坊さんに電話してしまうだろうなぁ。やっぱり、早く手を打って、イグナチオ教会のクリプタに一人用のお墓を買わねば~~~~。それより、誰に知らせて欲しいとか、お葬式は密葬でしてくれとか遺言を書いとかないとなぁ。ま、死んだ後の心配より死ぬまでの人生を先に考えねば。
2004.08.27
うが~~~っ!っつっかれたよん~~~。朝から、お茶のお稽古に行って、お社中のおば様方を駅まで迎えに行って、お菓子屋さんに寄ってから、秋のお茶会の会場になる旅館まで運転して、先生とおば様方と下見をして、帰り道にお昼をご一緒して、one of おば様方を最寄の駅までお送りして、それから、お約束だったお友だちが顧問の中学校の演劇部にお稽古を見に行きました。いやはや、いやはや。中学生たちは、去年より格段に、う~~ん、なんちゅうか、成長しておった。これは、驚き。棒立ち、棒読みの去年とはダンチ!驚いちゃったなぁ。そして、何を言っても暖簾に腕押し、糠に茄子、いや、釘、だった去年とは違って自ら質問してくる。いやはや~~~~~、若いっていいなぁ。で、その稽古場に行く途中の廊下で、「顧問の先生」の友人が、「ちょっと(あなた)、月影先生って呼ばれてるらしいよ。」漫画音痴のわたくしだって、存じておりますのよ。それは、演劇少女必読「ガラスの仮面」の陰の主人公、黒づくめの月影千草先生。たしか、テレビでは、野際陽子が演じていたような。漫画もドラマも見ていないのでそれ以上はわかんないけど確か、超キビシイんだよね。それでいいってこと?鬼の指導を希望ってことなのね、おーっほほっほっほ。あーーー、疲れた。そういうわけで、ついでに、帰り道、苦手なスーパーにも寄ってみました。そしたら、あなた、お買い物ができるじゃありませんか。わ~~~い!!!月影パワーで、一年半ぶりにスーパーでのお買い物、クリア、です。疲れすぎかもしれないけど達成感!の一日でした。早く寝よっと。
2004.08.26
そうだっ!愚痴言ったりしてる場合じゃない。残り半分の人生を充実させるためにやらなきゃならないことがいっぱいあるのだ。人の価値観を自分に合わせようとしたって無理。私は私の座標軸で、自分のベクトルを表示しよう。眠いときは、寝ることにしようっと。
2004.08.25
こんなひとが世の中にいるのか、というような驚くような人がいるわけで・・・。彼女は、あまり深く付き合う関係ではない。であるなら、なおさら、私に影響はないはずなのだが。どういうわけだか、いつも、会うたびにイライラさせられる。いやいや、そう言うのは、あちらのほうなのかも。特に用がないからには、あまり近づかないようにしている。それでもどういうわけだか、視界に入ってきては、やらかしてくれる。あまり関わりないならば、私たち(とあるカテゴリー)に関心を払わなければいいのに、どうやら、私たちの一挙手一投足がお気に召さないらしい。私たちが失敗しても、窮地に陥っても彼女に迷惑かけない限り、無視してくれたほうが、彼女にとっても心の平安が保たれるだろうに・・・とむしろ、同情する。ある種の自意識過剰。よく見かける自分に必要以上に自信がある自意識過剰気味のひとっていうのも見ていて辛いけどいちいち、不機嫌になる自意識過剰は、これまた、彼女自身が辛いだろう。あ~~~、彼女がtopになったらどうしようかな~~~~。と、今から、考えても仕方ないけど組織からの上手なfade outをなにげなく、画策中・・・人生が顔に出るのは、男性だけではないと思う。さすがに、人間、30年、40年やっているとその人の品性が現れるのは、顔だけじゃなく、全身であり、文章や表現するものであるかもしれない。うわ~~~、こんな愚痴日記を書いているのはまずい。くわばら、くわばら・・・。peace!!!
2004.08.22
お茶の行事で今年3度目、そして、2週連続で富山へ。なんで~?ご縁があるのかしらん。ぶっとばされそうだが、「おわら風の盆」の八尾町へのオプショナルツアーに惹かれて参加したので実際の趣旨は眼中にないのであった。すみませぬ。立山のホテルからバスで50分。八尾町「おわら風の盆会館」のようなところに到着。舞台上で、実演プラス踊り講習会。やはり、胡弓の音がなにやら感傷的というのか、胃の後ろあたりにきゅーっとなるような感覚を憶える。唄のおじさんたちもここ十数年でかなり「プロ」っぽくなったのであろう、妙に垢抜けている感じであった。八尾は、石積みの空中都市。坂の町。狭い坂の路地が縦横に。間口が狭く奥に長い、京都の町屋のような建物が坂に沿って建てられているので、こちらからは一階が入り口、で裏へまわると二階が入り口で、深いところに坪庭がある、という家も多い。本来は9月1・2・3日に行われていた祭も全国的な人気で、現在は、十日にわたって「前夜祭」が開催されている。それでも、当日は、狭い路地に観覧するお客さんがあふれるらしい。そうなる前の町が、祭が、見てみたかったなぁ。狭い坂道を夜明け近くに流す胡弓の音色、笠に隠れた踊り手の姿。いいねぇ。別サイトに写真を掲載しました。カメラ爺のグループが来るのもわかる、どこかで見たことがある、日本の町並み、でした。
2004.08.21
自分がふらふらと別次元に行きそうになったら「いま、ここ。」を意識する。過去に戻るから、後悔する。将来を想定するから、不安になる。いま、ここにしかいない、私。いま、ここ以外は、変えることも、推測することも意味ないこと。だから、いま、ここに生きる。
2004.08.20
暑けりゃ暑いで、辛いし、お盆過ぎに、すーっと涼しくなるとこれまた、寂しいような、心細いような。でも、また急に暑さがぶり返すともんのすご~く暑いっ!って思っちゃったりして。でも、夕方になるのが早くなってきたし、風は、空は、秋色を呈してきたし。週末の立山は、やっぱり、長袖とウィンドブレーカーかな。姜尚中の「在日」を読む。自分があまりに現代史に関して無知であることをあらためて思い知らされる。周りを見れば韓流ブーム。そして、拉致問題で北朝鮮はイメージダウンのまま。戦争を知らないまま、今でさえ、戦争で傷ついている人がいることをあらゆるメディアでオンタイムで目にしながらやはり、痛みを感じないままでいる。オリンピックが始まれば、年金問題やら、イラク戦争やら、合併問題もすっかり忘れて浮かれてしまう。これでいいの?
2004.08.19
ああ、残念、負けちゃった!でも、15歳にして試合巧者だし、なにより落ち着いてる。愛ちゃんのポイントを奪取したときのかわいい雄たけび?についつい、見入ってしまった卓球。いままで、卓球ってこんなに真剣に見たことなかった。とてもおもしろいスポーツだったのね。北京オリンピックでもまだ10代。なんて若いんだ。がんばれ、愛ちゃん!
2004.08.18
それぞれの時代にひとりやふたり、アクの強いオバキャラがいて、メディアに祭り上げられ、使い果たされバッシングされたり、命を落としたりしているが、今をときめくオバキャラは、占いで巨万の富を築いたあの方。さすがに、夫が有名人とか、息子が人気者とかじゃなく、本人が望んで(多分、占いによって)露出しているのだろう。それにしても常に強気。(弱気の占い師も嫌だけど・・・}「あたしを誰だと思ってんの?」「ズバリ、言うわよ。」は良いとしても「あんた、死ぬよ。」はおろか、「地獄に落とすよ。」って、これ、言っちゃまずいだろうって思うのは、私だけだろうか。言ってることは、至極当然、前時代的または普遍的道徳としてうなずけることはあるのだが、何千万の宝飾品をつけまくって気に入らないゲストに毒を吐きまくるように映る姿には、どうにもね~~~~。自らの運勢を鑑定してマスコミにでまくっているだけに今までのオバキャラのように持ち上げられ、捨てられることは、既に、データに入っているのだろうが、どのように、このブームの幕引きをするのだろうか。という私は、今、人生の冬、大殺界の真ん中の年の、最低の月。当たっているような、そうでもないような。でも、明日から、風呂場で水垢離しようかなぁ。
2004.08.17
なんでも省略すりゃ、いいってもんじゃないよね。バカ丸出しだ。おっと、失礼、言霊、言霊。取り消し。やっぱり、カニはたらばだよね。寝よ。おやすみ~。
2004.08.16
花火のよさは、儚さ。あんなに暑かったのに、花火を見上げる私たちは、半そでのTシャツでは、いつの間にか、ココロモトナイのを感じてる。帰って、縁側で手持ち花火をしよう。どうして、もっと長持ちする花火を作ってくれないのかな。光と一緒に、シューっという音も消えた後は、無音だけが残って、だから、次々と火をつけるよ。目を閉じたらさっきの光がまぶたの裏側に残ってる。今年の花火はもうおしまい。
2004.08.15
大学時代の友人からのお誘いで、当時の先生のお宅の飲み会に行く予定でしたが、残念ながら、ちょっと、疲労気味。新幹線にもしばらく乗ってないので、次回のお楽しみ、としました。先生のお宅にいる友人の携帯に電話して、20年ぶりに(!)先生とお話した。声だけだから、あまり年を感じないのは、お互い様かなぁ。「人生半分過ぎてしまってから、やっぱり、お芝居をやりたいと思っています。」おお、これは、私の信仰告白。さっそく、現在、母校の教授であり、最近できた、こちらのホールの芸術監督に挨拶に行くようにと相変わらずの頼もしい、気の早い、お言葉。さて、自分の「いま、ここ」を探す旅の、入り口となりますように。
2004.08.14
外出から戻って「迎え火」を焚く。一昨年は、父とふたりで「迎え火」を焚き、「ほんとは、わたしじゃなくて、この家の跡取りとしなきゃいけないんじゃないかなぁ。」となんだか、申し訳ないような気持ちになったのを2年ぶりに思い出した。父は、いつもそばにいるような気がするので、今さら、お盆だけ帰って来るという気がしない。そういえば、新盆だった去年は、迎え火を焚いたんだっけ?去年の記憶は、ほとんど抜け落ちている。いつもは、母とふたりになってしまった広いこの家に、何十人ものご先祖様が帰ってきているのだろうか。
2004.08.13
旅先で、ぽっかりと空いた時間。ホテルのフロントで地元の美術館で開催中の企画展を尋ねる。『美しき旅・・・人生をめぐって』どうだろ?まさに、私たちのこと?どんな作品があるのかも分からず、入ってみる。こんな賭けも、旅。果たして、大正解。てんこもり。ブランクーシから始まって、ピカソ、シャガール、キスリング、ルノアール、モネ、ムンク、セザンヌ、マグリット、ジャコメッティ。まだまだ。岡本太郎、横尾忠則、草間弥生。日本画もありました。私の今回のお気に入りは、ブランクーシは、もちろん、特別。ジョセフ・コーネル『ホテル・フローレンス』ルーチョ・フォンタナ『空間概念-期待』常設展では、ルオーの版画。ここのは、怖いシリーズだけじゃない。『ユビュ親父』シリーズは、超かわいい。もっともっと時間が欲しかった。地元にもいい美術館が欲しいなぁ。もう一度、ここに来たいなぁ。
2004.08.12
二週間に一度の通院日。今回は、前半が調子悪く、後半は、眠れず。なんだかなぁ。昼には、いつも以上に働き、つか、子どもたちが押し寄せ、普段、英語の面倒だけ見てる子たちの数学にもてこずり、お盆を前に、疲労気味なのでしょう。「ゆとり教育」で算数のコマを減らされているせいか、ほんとに、計算力がない。集中力もないし、ついでに、国語力もない。いったい、どうなってしまうのだ!と親じゃなくても心配です。中学生ぐらいで数学につまずいてる子は、小学校5年生からやり直さないといつまでたっても追いつけない。やってもいないのに、食わず嫌いの「数学嫌い」。こんなに明快で楽しいものはないのになぁ。というわけで、麦茶とおやつにつられて我が家でとりあえず、夏休み帳をこなす連中に付き合っていて、取り寄せた本を読む暇がない。でも、忙しいほうがよかったりもする。つまらないこと、考えないからね。先生からは、「睡眠薬をやめていきたいけどまだ、あったほうがいいですね。」といわれる。ある種、飲めば眠れる、って思い込んでるプラシーボ効果な部分もある。それでも、変に目が覚めるし。たまには、飲まずに寝てみようかな。「いま、ここ」座標が「いま、ここ」を指すところに自分がいる時間を延ばしていきたい。
2004.08.09
昨日、尼僧様のお話の後、ちょっとお茶か早い夕食でも・・・と出かけたのですが、狙いがはずれ。前から気になっていた不思議な店に入ってみる。『癒し』をテーマ?にしているマッサージとカフェが一緒になってるらしい。カフェといってもハーブティー位しかないので、空腹ではあったが、足裏マッサージをお願いしてみる。母が、ソフトな「バリ式」私は、ハードな「台湾式」に挑戦。500円追加でアロマオイル使用だそうで。フットマッサージは、初体験。全身のマッサージは、全裸にされたハワイのロミロミ、なんだったか忘れたが、修行中のイタリア人に、気がついたら、仰向けになって両足を上げている彼の両足の裏だけで腰を支えられてえびぞっていたこともあった。(うまく説明できないなぁ。巴投げの、投げられるほうが裏返しになってる、その途中の状態、って言ったらわかります?って、誰に聞いてるんだろ、わたし。しかし、巴投げは、片足か。)そして、お友だちにしてもらった全身、アロマオイルに包まれ、まじ寝してしまった至福の一時間。それから、一昨年、人生観変えられるほど痛かった、中国4000年の歴史、気功マッサージ。1時間揉まれるとなぜか500グラムは痩せていた。「台湾式」は指の関節で揉まれるさすがにハードなヤツで足の親指をぐりぐりされて声が出そうでした!!!親指が痛いのは「頭が悪い」からだそうで・・・(母曰く)しかし、フットバスがことのほか、気持ちよく。ここですぐに、キリストが弟子たちの足を洗ったことなんぞ、思い出したりするのである。やってもらう方は、なんだか、申し訳ないような、ありがたい気持ちになるものである。喋ったりするのも面倒なので、30分、目を閉じてお任せ状態。もう一つは、「癒し」のテーマで目に付くところに筆文字でなんだか、メッセージが書かれていて、「癒し」というより、やや、「うっとおしい」。環境音楽に集中して、ぼんやりするには、次はバリ式にしよって、また、行く気になっていたりして。2時間ぐらいしか眠れなかったせいもあったけど帰ってから、すごく、眠くなった。昨日は、おもしろい一日でした。
2004.08.08
去年まで「お施餓鬼」なんて言葉もよく知らなかったけど今年も菩提寺に出かけた。かわいい小僧さんも含め、10人以上のお坊さんの読経のあと、「アルパ」というインディアン・ハープとギター、ケーナのミニコンサートがあり、そのあと、瀬戸内寂聴と日本の尼僧の2トップという、青山俊董先生のお話を聞く。父の新盆のとき、方丈さんのはからいで直接お会いできたときのことを思い出した。辛い時期だったので、何のお話をしたのか、なんだか、思い出せないが、5歳から仏の道を一筋に歩んでこられた「迫力」と言うのか、「霊力」のようなものが部屋の中に張り詰めていた感じだった。お話が始まる前に、先日のシスター鈴木の講演の話を母にしていたのだが、奇しくも、青山先生もシスター鈴木同様、カール・ブッセの有名な詩、『山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいう 噫、われひとと尋めゆきて涙さしぐみかえりきぬ山のあなたになお遠く 「幸」住むと人のいう』を取り上げられていた。人生に何が起こってもそれに『感謝』できること、それが人生の大テーマ。むずかしいけれど、少しでも近づけたら・・・と思う。
2004.08.07
筆不精、ではなかった。いつの頃からか、手紙を書かなくなった。メールを始めてからなおさら、ペンさえ、持たなくなった。もともと縦書きが不得意。あ~~~、それなのに、「縦書きのお礼状」である。お茶事にお招きいただいた先生へのお礼状だ。今日、書こう、いや、明日こそ、と思いつつ、時は経ち・・・・・。え~~~~~ん、ごめんなさい~~~。またも、とんでもない頃に書きました。本当にすばらしい体験で、お礼以外の何ものもない、その気持ちを素直に表せばいいのだが、丁寧で、それでいて、その辺がこそばゆくない、しかし、エチケットに適った「手紙」を書くという作業にあまりに慣れていないのだ。しかし、今日こそは、とモスバーガー(なぜか)の一番奥の席に陣取り、途中で、カフェインを補給しつつ、隣でハンバーガーをかじりながら奇声を発し、ソファを走り回るガキんちょにもそして、その親にもイライラすることなく、書き上げた枚数の倍は、便箋を無駄にしつつ、完成いたしました。(・・・ということにした。)何度も読み返すうちに、なんだか、どの字も間違っているような、てにをは、なんぞは、読めば読むほど、あってるんだか、間違っているんだか、わからなくなりました。どうか、この気持ちが伝わってくれ~~!と祈るばかりです。
2004.08.06
2年前の私は、「2年後の私」がこんな風だとは、夢にも思っていなかった。2年後の私は、いったい、どうなっているだろう。ゆっくりでも前に進んでいたい、と思う。2年前の私には、もう、戻れない。それは誰のせいでもない、必然。いまだに、克服されない、泥沼に足を取られたままだ。泥沼でも大きな葉っぱを繁らせ、美しく大輪の花を咲かせる蓮のように。ここから、2年間。2年後、2年前には想像もしていなかった花を咲かせたいと思う。
2004.08.04
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