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昨年のトマト04月22日 hcで苗を2本買ってきた 桃太郎07月01日 その後はゆくりとしている07月08日 やっと5個 どんどん増えている07月19日 6個の収穫07月22日 6個の収穫 昨年のミニトマト04月22日 4つの苗 中サイズの実のつくのを購入 畑に植え付けた07月29日 40個 追加で収穫ワキメから どんどん増やそう05月27日 庭で刺し芽をしておいた ただいま10本のワキメは育ちつつある06月03日 追加で庭でまた刺し芽をした これで 合計20本の刺し芽となった06月10日 m-08の畑に刺し芽の20本を移動 全部20ともに畑に定植した06月17日 支柱をつけて追肥をしておいた 06月24日 刺し目の分 どんどん成長してきている 楽しみ07月15月 やっと実の収穫 まずは2個07月19日 10個くらい そろそろ実が一杯に付き出している07月22日 10個くらい どんどん赤くなりつつつある07月29日 40個くらい収穫した収穫トマト2本 収穫は6月26日から 1+1+5+1+5+6+6+6+6+6+10+6+4 =63個ミニトマト4本収穫6月23日7+10+10+5+12+20+48+30+40+40+40+40+50+40+20=412個 刺し芽の20本 収穫は7月15日から 2+10+10+10+40+20+40+60+80+50=322個 会社ミニトマト2本 収穫は7月08日から 4+1+3+4+10+10+10+6+10+4 =62個 会社トマト2本 収穫は7月22日から 1+2+6+2+4+2 =17個 収穫はお終いになった トマト80個 ミニトマト796個 これにて終了 今年のトマト ミニトマト2年前は4月03日に購入 昨年は4月22日に購入いつもより 早いけど hcでうっていたので 3本だけ お試しで購入03月30日 ミニトマト3本をhcで購入 中サイズのもの03月31日 トマト サターンの58円のも3本を買っておいた04月08日 黄色のミニトマト 1本も買ってきた早いので 庭で植えておく 暖かくして 早く 枝をのばして わき目を育てよう3本から わき芽を育てて サシメして どんどん増やす予定04月14日 庭のトマト ミニトマト pet bottleを外して ビニールの風よけとする在庫トマト 庭でサターン3本を育てておく まあまあ 大きくなっている ミニトマト 庭で 中サイズの3本 育てている 花も咲いてきている ミニトマト 畑で 黄色のミニトマト 1本 半分枯れてしまっている やはり だめか ミニトマト 黄色と赤1ほんづつ 追加でかってきた 畑に植え付けた m07に植え付け ミニトマト 赤の中サイズ 2本を追加で購入した m-08の畑に植え付けた ミニトマト 赤の中サイズ2本を追加で購入した m-06の畑に植え付けた合計 トマト3本 ミニトマト10本 合計で13本なり庭のトマト ミニトマトは 元気で どんどん育っている もう すこししたら 畑に移動しよう サシメもどんどんやっていこう04月21日 庭のトマト ミニトマト m-08の畑に移動した ビニールをつけておく04月27日 無事 でも サイズはそのままだなあ04月28日 苗は畑に移動 m-08の畑に植え付け カバーをつけておいた05月03日 まだ さしめには小さいな もう すこし待とう05月12日 さしめの枝をとっておく トマト7本とミニトマト12本なり 枝の脇の芽を 庭でブランターに どんどんサシメしていこう 合計サシメ19本 今年も畑にトマト ミニトマト 大量に作ろう 現在は13本 会社でも トマト3本とミニトマト3本を植えておいた05月25日 トマトのサターンにも ちいさいが実がついてきている 06月01日 トマトのサターンの実 2弾目もついている 最初のは大きくなりつつある06月09日 みにとまと 赤くなりつつあるのが2個 そろそろ 収穫できそう06月12日 ミニトマト 2個の初の収穫となった06月29日 トマト 6個の初の収穫となった さしめ 大量に畑に移動しよう06月02日 さしめ ブランターで5つあるので 2つをm20の畑に植えた 15本06月02日 3つのブランターのさしめ g-22の畑に植えた 15本06月09日 また さしめをしておいた 10本たぶん40本くらいのさしめのトマト ミニトマト m20-g22-m08に植え付けた これで 畑はトマト ミニトマト 大量 昨年の初の収穫は トマト 06月26日 初の1個の収穫ミニトマト 06月23日 赤くなっての7個の収穫をした今年のミニトマト 06月12日なので 14日 昨年より早くの収穫となった今年のトマト 昨年とおなじ 6月26日に赤くなった 収穫は6月29日 6個 6日遅い これから 毎週 大量のトマト ミニトマト 収穫をできようになった06月30日 ミニトマト かなりたくさんの収穫をできるようになった07月04日 トマト5個とミニトマト20個07月07日 ミニトマト 30個くらい トマト4個07月09日 ミニトマト 30個くらい07月10日 トマト1個の収穫07月11日 ミニトマト30個 黄色のミニトマト20個 収穫した07月13日 ミニトマト黄色20個の収穫をした07月14日 ミニトマト赤40個の収穫をした トマトも30個の収穫をした07月17日 ミニトマト赤30個の収穫をした トマトも10個の収穫をした07月20日 トマト8個の収穫をした ミニトマト40個の収穫をした07月27日 トマト11個の収穫をした ミニトマト40個の収穫をした07月28日 トマト10個の収穫をした どんどん小さくなりつつある 黄色ミニも40個08月03日 ミニトマト30個収穫をした トマト6個の収穫08月04日 トマト 5個の収穫をした08月07日 トマト さしめからの収穫も開始 08個なり08月10日 ミニトマト 赤も黄色も大量に収穫した08月11日 トマト 大量に収穫した16個08月18日 トマト 大量に収穫した20個08月25日 トマト すこし収穫した 10個東日本大震災 3月11日発生8月31日は 既に903日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康】 「お前はうっとうしいんだよ。消えな」と「禁煙活動」 「tdyno.372-(12:27).mp3」をダウンロード暗い社会には「お前はうっとうしいんだよ。消えな!」というような言葉が発せられる。特に理由を言うわけでもなく、「うざい」、「吐き気がする」なども同様の言葉だ。実に下品で、人格も感じられない言葉で、このような社会で人生を送りたくないと私は思う。 原発の被曝問題もそうだが、本来は住みやすいはずの日本で、住みにくくしているとしたら「村八分」の悪しき伝統が、まだ残っていることだろう。 「他人を尊重する」というのは人間が社会生活を送る上でとても大切なことで、他人の思想信条や服装、態度、肌の色、男女などで「差別」をしないことは現代の日本ではもっとも大切な事と私は思う。それができれば、日本はずいぶん明るくなる。それでは、「他人を尊重する」ためには、お互いにどのぐらいを我慢する必要があるのだろうか? それを決めるのは「他人に対する迷惑度合いが、社会が容認でいないほど」ということであり、「迷惑」は「他人に対して」に限定され、その「容認」はできるだけ寛容でなければならないと思う。 「目で見て不快である」を拡大すると、「お前は顔の作りが悪い」、「デブだ」とか、「季節外れの服装をしている」などになるので、行きすぎであり、せいぜい「卑猥な格好」ぐらいに止めておくのが良い。私はやや古いのか、鮮やかな緑に髪の毛を染めていたり、手や足の爪を伸ばしてものすごい色を付けているのは不快だが、我慢することにしている。 「臭いが不快だ」というのもある。強い香水を付けた女性、何かの病気で体臭が強い人、風呂にあまり入っていないのか汗臭い人・・・に会うこともあるが、少し避けるようにしている。「お前は臭いがきついから去れ」というのはちょっとやり過ぎと思う。少しの間は我慢して自分からそっと立ち去る「音がうるさい」ので最近、多くの人が神経質になっているのに「電車の中の携帯電話」だが、私はグループで大声で話している方がうるさいし、小声で連絡だけをしているなら携帯も問題がないと思っている。そんな社会のことを考えると「禁煙運動」は現代の日本で、「異常で品が無い」ように思う。もちろん、どこも構わずタバコを吸い、灰は散らすし、吸い殻はポイ捨て、煙を人の顔に吹きかけるなどは困るが、現在の日本の禁煙運動は、一人で静かにタバコを吸うのも止めろという。タバコを吸うという行為の社会的影響は三つある。一つは「吸う人の健康問題」であり、これは社会的な禁止条件にはならない。もう一つは「副流煙で健康障害が起こるからイヤだ」というのがあり、これは分煙などで処理することができる。そして三番目、これが本当の理由ではないかと思うのだが、「けむりがイヤだ」、あるいは「吸っている人の態度がふてぶてしい」という理由だ。 実は私が禁煙運動に疑問を投げかけているのは、禁煙運動が「吸う人が肺がんになる」ということだけの時に始まっていることだ。副流煙問題は1990年代からであり、今でもその健康障害はハッキリしていない。私は副流煙で健康障害がでるというなら(その影響はきわめて僅かなので)、砂糖入りのコーヒー缶、自動販売機のお酒なども販売制限をするべきと思う。まして、「けむりがイヤだ。ふてぶてしい」という理由は今でも表面には出てこない。陰湿な禁煙運動(本当の理由を言わない運動)だ。 「人の行動を制限する。人を支配する」という欲求は人間に強い。だから、タバコを吸う人を何とかしてバッシングしたいという気持ちはわからないでもないが、これほど社会で特定の人たちを理由もハッキリしないまま排斥しようとするのは社会が暗くなるだけだ。もし禁煙運動をしたければ、「他人に対する迷惑が、他のことと比較して社会が容認できないほど」ということを制限にして欲しい。そうしないと「お前はデブだから電車が混んで困る。うざいから消えろ!」という社会になってしまう。ところでなんで禁煙運動の人は禁煙運動をしているのだろう? 他人の健康を心配してという割にはあまりに攻撃的だから、他人の健康を心配しているようには見えない。やはり、「自分がイヤだから」というように感じられる。 「人がタバコを吸っているのを見るとむしゃくしゃする」というなら、それはきわめて危険な気持ちだから少し修行をして、心を抑えた方が良いだろう.「村八分」、「差別」などと同じ気持ちの動きだからだ。 「副流煙が危険」というのは科学的には根拠がないが、考えとしてはあり得る.その場合は「自分が危険」であるときに限定するのが良いだろう。「他人が危険」という理由で自分が激しくタバコを嫌うのも行きすぎだからである。 他人に直接的な迷惑をかけなければ「思想信条の自由」は大切で、「タバコを嫌う自由」と共に「タバコを吸う自由」もあることをこの際、みんなで確認したい。 被曝問題やその他の社会的なことで悩んでいる人が多いけれど、それは「ゆえなきバッシング」だからだ。私がやや執拗に禁煙運動に自制を求めているのは、日本社会からゆえなきバッシングを減らしたいからでもある。 (平成25年8月20日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.31
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畑のヤマノイモちゃんと植えたのは あまり生育していないが勝手に生えている ヤマノイモは元気だnetでみても意図せず庭に自然に生えてしまった場合などは完全な駆除が難しいため、注意が必要である。と かかれているまあ ヤマノイモ 作ろう 作ろうとしても あまり いいものは なかなか育たないが勝手に生えている ヤマノイモは 元気にそだっている畑の畝のはしっこに 適当にうえておけば結構と良いのが 収穫できる適当に 放置していても ヤマノイモ ちゃんと 育っている東日本大震災 3月11日発生8月31日は 既に903日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康】 「お前はうっとうしいんだよ。消えな」と「禁煙活動」 「tdyno.372-(12:27).mp3」をダウンロード暗い社会には「お前はうっとうしいんだよ。消えな!」というような言葉が発せられる。特に理由を言うわけでもなく、「うざい」、「吐き気がする」なども同様の言葉だ。実に下品で、人格も感じられない言葉で、このような社会で人生を送りたくないと私は思う。 原発の被曝問題もそうだが、本来は住みやすいはずの日本で、住みにくくしているとしたら「村八分」の悪しき伝統が、まだ残っていることだろう。 「他人を尊重する」というのは人間が社会生活を送る上でとても大切なことで、他人の思想信条や服装、態度、肌の色、男女などで「差別」をしないことは現代の日本ではもっとも大切な事と私は思う。それができれば、日本はずいぶん明るくなる。それでは、「他人を尊重する」ためには、お互いにどのぐらいを我慢する必要があるのだろうか? それを決めるのは「他人に対する迷惑度合いが、社会が容認でいないほど」ということであり、「迷惑」は「他人に対して」に限定され、その「容認」はできるだけ寛容でなければならないと思う。 「目で見て不快である」を拡大すると、「お前は顔の作りが悪い」、「デブだ」とか、「季節外れの服装をしている」などになるので、行きすぎであり、せいぜい「卑猥な格好」ぐらいに止めておくのが良い。私はやや古いのか、鮮やかな緑に髪の毛を染めていたり、手や足の爪を伸ばしてものすごい色を付けているのは不快だが、我慢することにしている。 「臭いが不快だ」というのもある。強い香水を付けた女性、何かの病気で体臭が強い人、風呂にあまり入っていないのか汗臭い人・・・に会うこともあるが、少し避けるようにしている。「お前は臭いがきついから去れ」というのはちょっとやり過ぎと思う。少しの間は我慢して自分からそっと立ち去る「音がうるさい」ので最近、多くの人が神経質になっているのに「電車の中の携帯電話」だが、私はグループで大声で話している方がうるさいし、小声で連絡だけをしているなら携帯も問題がないと思っている。そんな社会のことを考えると「禁煙運動」は現代の日本で、「異常で品が無い」ように思う。もちろん、どこも構わずタバコを吸い、灰は散らすし、吸い殻はポイ捨て、煙を人の顔に吹きかけるなどは困るが、現在の日本の禁煙運動は、一人で静かにタバコを吸うのも止めろという。タバコを吸うという行為の社会的影響は三つある。一つは「吸う人の健康問題」であり、これは社会的な禁止条件にはならない。もう一つは「副流煙で健康障害が起こるからイヤだ」というのがあり、これは分煙などで処理することができる。そして三番目、これが本当の理由ではないかと思うのだが、「けむりがイヤだ」、あるいは「吸っている人の態度がふてぶてしい」という理由だ。 実は私が禁煙運動に疑問を投げかけているのは、禁煙運動が「吸う人が肺がんになる」ということだけの時に始まっていることだ。副流煙問題は1990年代からであり、今でもその健康障害はハッキリしていない。私は副流煙で健康障害がでるというなら(その影響はきわめて僅かなので)、砂糖入りのコーヒー缶、自動販売機のお酒なども販売制限をするべきと思う。まして、「けむりがイヤだ。ふてぶてしい」という理由は今でも表面には出てこない。陰湿な禁煙運動(本当の理由を言わない運動)だ。 「人の行動を制限する。人を支配する」という欲求は人間に強い。だから、タバコを吸う人を何とかしてバッシングしたいという気持ちはわからないでもないが、これほど社会で特定の人たちを理由もハッキリしないまま排斥しようとするのは社会が暗くなるだけだ。もし禁煙運動をしたければ、「他人に対する迷惑が、他のことと比較して社会が容認できないほど」ということを制限にして欲しい。そうしないと「お前はデブだから電車が混んで困る。うざいから消えろ!」という社会になってしまう。ところでなんで禁煙運動の人は禁煙運動をしているのだろう? 他人の健康を心配してという割にはあまりに攻撃的だから、他人の健康を心配しているようには見えない。やはり、「自分がイヤだから」というように感じられる。 「人がタバコを吸っているのを見るとむしゃくしゃする」というなら、それはきわめて危険な気持ちだから少し修行をして、心を抑えた方が良いだろう.「村八分」、「差別」などと同じ気持ちの動きだからだ。 「副流煙が危険」というのは科学的には根拠がないが、考えとしてはあり得る.その場合は「自分が危険」であるときに限定するのが良いだろう。「他人が危険」という理由で自分が激しくタバコを嫌うのも行きすぎだからである。 他人に直接的な迷惑をかけなければ「思想信条の自由」は大切で、「タバコを嫌う自由」と共に「タバコを吸う自由」もあることをこの際、みんなで確認したい。 被曝問題やその他の社会的なことで悩んでいる人が多いけれど、それは「ゆえなきバッシング」だからだ。私がやや執拗に禁煙運動に自制を求めているのは、日本社会からゆえなきバッシングを減らしたいからでもある。 (平成25年8月20日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.31
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駅前にある パーキングなかなか 広い場所だけど時間貸しの駐車場として使っている場所がよければ かなり儲かるようだnetでみたら概要24時間無人の時間貸しで営業を行う場合が多い。駐車場は屋外と屋内のタイプがあり、駐車台数は数台から数十台となっている。駐車場の管理は、小規模の場合(1台~8台程度)はロック方式(フラップ板)、大規模の場合はゲート方式で行い、発券機や精算機を設置している。ロック方式(フラップ板)の場合は、駐車を行うと各駐車スペースに設置されているセンサーが感知し、地面に埋め込まれたフラップ板がせり上がり、車両を動かせないようにする。精算機で駐車スペースの番号を入力し、料金を支払いロック板が下がることで車両を動かせるようになり、出庫することができる。ゲート方式の場合は、各駐車スペースにはセンサーは設置されず、ゲートバーのみの管理となる日本における現状企業や団体、個人地主が保有する遊休地の有効活用策のひとつとして設置されるようになったが、2006年6月1日から道路交通法が改正され、駐車監視員による駐車違反の取締りが行われるようになり、コインパーキングの需要が高まっている。経営方策としてはコインパーキング経営の形として運営会社による借り上げが主であるが、個人経営も増加している。もう 空地があれば 駐車場になっているまあ 有効利用されているともいえるが 場所が不便だと だれも使わない駅前の一等地の利用としては 良く 儲かりそう東日本大震災 3月11日発生8月31日は 既に903日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康】 「お前はうっとうしいんだよ。消えな」と「禁煙活動」 「tdyno.372-(12:27).mp3」をダウンロード暗い社会には「お前はうっとうしいんだよ。消えな!」というような言葉が発せられる。特に理由を言うわけでもなく、「うざい」、「吐き気がする」なども同様の言葉だ。実に下品で、人格も感じられない言葉で、このような社会で人生を送りたくないと私は思う。 原発の被曝問題もそうだが、本来は住みやすいはずの日本で、住みにくくしているとしたら「村八分」の悪しき伝統が、まだ残っていることだろう。 「他人を尊重する」というのは人間が社会生活を送る上でとても大切なことで、他人の思想信条や服装、態度、肌の色、男女などで「差別」をしないことは現代の日本ではもっとも大切な事と私は思う。それができれば、日本はずいぶん明るくなる。それでは、「他人を尊重する」ためには、お互いにどのぐらいを我慢する必要があるのだろうか? それを決めるのは「他人に対する迷惑度合いが、社会が容認でいないほど」ということであり、「迷惑」は「他人に対して」に限定され、その「容認」はできるだけ寛容でなければならないと思う。 「目で見て不快である」を拡大すると、「お前は顔の作りが悪い」、「デブだ」とか、「季節外れの服装をしている」などになるので、行きすぎであり、せいぜい「卑猥な格好」ぐらいに止めておくのが良い。私はやや古いのか、鮮やかな緑に髪の毛を染めていたり、手や足の爪を伸ばしてものすごい色を付けているのは不快だが、我慢することにしている。 「臭いが不快だ」というのもある。強い香水を付けた女性、何かの病気で体臭が強い人、風呂にあまり入っていないのか汗臭い人・・・に会うこともあるが、少し避けるようにしている。「お前は臭いがきついから去れ」というのはちょっとやり過ぎと思う。少しの間は我慢して自分からそっと立ち去る「音がうるさい」ので最近、多くの人が神経質になっているのに「電車の中の携帯電話」だが、私はグループで大声で話している方がうるさいし、小声で連絡だけをしているなら携帯も問題がないと思っている。そんな社会のことを考えると「禁煙運動」は現代の日本で、「異常で品が無い」ように思う。もちろん、どこも構わずタバコを吸い、灰は散らすし、吸い殻はポイ捨て、煙を人の顔に吹きかけるなどは困るが、現在の日本の禁煙運動は、一人で静かにタバコを吸うのも止めろという。タバコを吸うという行為の社会的影響は三つある。一つは「吸う人の健康問題」であり、これは社会的な禁止条件にはならない。もう一つは「副流煙で健康障害が起こるからイヤだ」というのがあり、これは分煙などで処理することができる。そして三番目、これが本当の理由ではないかと思うのだが、「けむりがイヤだ」、あるいは「吸っている人の態度がふてぶてしい」という理由だ。 実は私が禁煙運動に疑問を投げかけているのは、禁煙運動が「吸う人が肺がんになる」ということだけの時に始まっていることだ。副流煙問題は1990年代からであり、今でもその健康障害はハッキリしていない。私は副流煙で健康障害がでるというなら(その影響はきわめて僅かなので)、砂糖入りのコーヒー缶、自動販売機のお酒なども販売制限をするべきと思う。まして、「けむりがイヤだ。ふてぶてしい」という理由は今でも表面には出てこない。陰湿な禁煙運動(本当の理由を言わない運動)だ。 「人の行動を制限する。人を支配する」という欲求は人間に強い。だから、タバコを吸う人を何とかしてバッシングしたいという気持ちはわからないでもないが、これほど社会で特定の人たちを理由もハッキリしないまま排斥しようとするのは社会が暗くなるだけだ。もし禁煙運動をしたければ、「他人に対する迷惑が、他のことと比較して社会が容認できないほど」ということを制限にして欲しい。そうしないと「お前はデブだから電車が混んで困る。うざいから消えろ!」という社会になってしまう。ところでなんで禁煙運動の人は禁煙運動をしているのだろう? 他人の健康を心配してという割にはあまりに攻撃的だから、他人の健康を心配しているようには見えない。やはり、「自分がイヤだから」というように感じられる。 「人がタバコを吸っているのを見るとむしゃくしゃする」というなら、それはきわめて危険な気持ちだから少し修行をして、心を抑えた方が良いだろう.「村八分」、「差別」などと同じ気持ちの動きだからだ。 「副流煙が危険」というのは科学的には根拠がないが、考えとしてはあり得る.その場合は「自分が危険」であるときに限定するのが良いだろう。「他人が危険」という理由で自分が激しくタバコを嫌うのも行きすぎだからである。 他人に直接的な迷惑をかけなければ「思想信条の自由」は大切で、「タバコを嫌う自由」と共に「タバコを吸う自由」もあることをこの際、みんなで確認したい。 被曝問題やその他の社会的なことで悩んでいる人が多いけれど、それは「ゆえなきバッシング」だからだ。私がやや執拗に禁煙運動に自制を求めているのは、日本社会からゆえなきバッシングを減らしたいからでもある。 (平成25年8月20日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.31
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畑の蝶モンシロチョウだけど 写真で撮るのは むつかしいなあなかなか 写真はとれない良く動くし ふらふらしているが 結構と素早い動きをするnetで蝶の話などをみてみた世界で最も大きい蝶ニューギニア島東部の極限られた地域に生息する、アレキサンドラトリバネアゲハ(Ornithoptera alexandria)のメスです。この蝶は羽を広げると約30センチもの大きさがあります。このほかのトリバネアゲハ属(Ornithoptera)のメスも大変大きく、また、オスは美麗種が多いことで有名です。日本で一番大きな蝶モンキアゲハのメスといわれています。次は、ナガサキアゲハや沖縄の方にいるオオゴマダラがあげられます。日本で一番小さな蝶日本で一番小さな蝶は、ハマヤマトシジミと思われます。一見ヤマトシジミに似ているこの蝶は、前翅長わずか5ミリ、世界でも小さな蝶の中に入ります。乱獲で蝶がいなくなるって本当?現在の所、マニアの乱獲による蝶の個体数の減少は確認されていません。台湾やパプアニューギニア、アフリカ、南米など、蝶を採集して装飾品などを作り生計を立てているところでは、かなりの数が採集されているのにも関わらず、蝶の個体数の減少は認められないといいます。実際に蝶がいなくなった場所を調べてみると、乱獲ではなく、むしろ自然破壊によるものが多く見られます。蝶について詳しく知らない人はそのまま信じられている。蝶は とっても 減らないとのこと30cmの蝶から5mmの大きさの物がいるらしい大きな羽で よく空をとべるものだと 感心するなあ蝶の筋肉はすごい筋肉をしているのかも東日本大震災 3月11日発生8月31日は 既に903日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康】 「お前はうっとうしいんだよ。消えな」と「禁煙活動」 「tdyno.372-(12:27).mp3」をダウンロード暗い社会には「お前はうっとうしいんだよ。消えな!」というような言葉が発せられる。特に理由を言うわけでもなく、「うざい」、「吐き気がする」なども同様の言葉だ。実に下品で、人格も感じられない言葉で、このような社会で人生を送りたくないと私は思う。 原発の被曝問題もそうだが、本来は住みやすいはずの日本で、住みにくくしているとしたら「村八分」の悪しき伝統が、まだ残っていることだろう。 「他人を尊重する」というのは人間が社会生活を送る上でとても大切なことで、他人の思想信条や服装、態度、肌の色、男女などで「差別」をしないことは現代の日本ではもっとも大切な事と私は思う。それができれば、日本はずいぶん明るくなる。それでは、「他人を尊重する」ためには、お互いにどのぐらいを我慢する必要があるのだろうか? それを決めるのは「他人に対する迷惑度合いが、社会が容認でいないほど」ということであり、「迷惑」は「他人に対して」に限定され、その「容認」はできるだけ寛容でなければならないと思う。 「目で見て不快である」を拡大すると、「お前は顔の作りが悪い」、「デブだ」とか、「季節外れの服装をしている」などになるので、行きすぎであり、せいぜい「卑猥な格好」ぐらいに止めておくのが良い。私はやや古いのか、鮮やかな緑に髪の毛を染めていたり、手や足の爪を伸ばしてものすごい色を付けているのは不快だが、我慢することにしている。 「臭いが不快だ」というのもある。強い香水を付けた女性、何かの病気で体臭が強い人、風呂にあまり入っていないのか汗臭い人・・・に会うこともあるが、少し避けるようにしている。「お前は臭いがきついから去れ」というのはちょっとやり過ぎと思う。少しの間は我慢して自分からそっと立ち去る「音がうるさい」ので最近、多くの人が神経質になっているのに「電車の中の携帯電話」だが、私はグループで大声で話している方がうるさいし、小声で連絡だけをしているなら携帯も問題がないと思っている。そんな社会のことを考えると「禁煙運動」は現代の日本で、「異常で品が無い」ように思う。もちろん、どこも構わずタバコを吸い、灰は散らすし、吸い殻はポイ捨て、煙を人の顔に吹きかけるなどは困るが、現在の日本の禁煙運動は、一人で静かにタバコを吸うのも止めろという。タバコを吸うという行為の社会的影響は三つある。一つは「吸う人の健康問題」であり、これは社会的な禁止条件にはならない。もう一つは「副流煙で健康障害が起こるからイヤだ」というのがあり、これは分煙などで処理することができる。そして三番目、これが本当の理由ではないかと思うのだが、「けむりがイヤだ」、あるいは「吸っている人の態度がふてぶてしい」という理由だ。 実は私が禁煙運動に疑問を投げかけているのは、禁煙運動が「吸う人が肺がんになる」ということだけの時に始まっていることだ。副流煙問題は1990年代からであり、今でもその健康障害はハッキリしていない。私は副流煙で健康障害がでるというなら(その影響はきわめて僅かなので)、砂糖入りのコーヒー缶、自動販売機のお酒なども販売制限をするべきと思う。まして、「けむりがイヤだ。ふてぶてしい」という理由は今でも表面には出てこない。陰湿な禁煙運動(本当の理由を言わない運動)だ。 「人の行動を制限する。人を支配する」という欲求は人間に強い。だから、タバコを吸う人を何とかしてバッシングしたいという気持ちはわからないでもないが、これほど社会で特定の人たちを理由もハッキリしないまま排斥しようとするのは社会が暗くなるだけだ。もし禁煙運動をしたければ、「他人に対する迷惑が、他のことと比較して社会が容認できないほど」ということを制限にして欲しい。そうしないと「お前はデブだから電車が混んで困る。うざいから消えろ!」という社会になってしまう。ところでなんで禁煙運動の人は禁煙運動をしているのだろう? 他人の健康を心配してという割にはあまりに攻撃的だから、他人の健康を心配しているようには見えない。やはり、「自分がイヤだから」というように感じられる。 「人がタバコを吸っているのを見るとむしゃくしゃする」というなら、それはきわめて危険な気持ちだから少し修行をして、心を抑えた方が良いだろう.「村八分」、「差別」などと同じ気持ちの動きだからだ。 「副流煙が危険」というのは科学的には根拠がないが、考えとしてはあり得る.その場合は「自分が危険」であるときに限定するのが良いだろう。「他人が危険」という理由で自分が激しくタバコを嫌うのも行きすぎだからである。 他人に直接的な迷惑をかけなければ「思想信条の自由」は大切で、「タバコを嫌う自由」と共に「タバコを吸う自由」もあることをこの際、みんなで確認したい。 被曝問題やその他の社会的なことで悩んでいる人が多いけれど、それは「ゆえなきバッシング」だからだ。私がやや執拗に禁煙運動に自制を求めているのは、日本社会からゆえなきバッシングを減らしたいからでもある。 (平成25年8月20日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.31
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ひょうたん畑の空いている場所があったので hcで売っている58円のひょうたんを2つかってきた千成ひょうたんと おおきなひょうたん05月26日 g-22の畑に空地があるので ひょうたんを2つ植えておいた ただいま 無事に苗はある みずやりをしっかりとやっておく ひょうたん 収穫できれば うれしい06月16日 すこし伸びてきている これは おおきいひょうたんの分06月22日 千成ひょうたんも そろそろ 伸びてきている06月30日 千成ひょうたん 蔓があちこちに伸びてきている06月30日 じゃんぼのひょうたんも ぼちぼちと 成長してきている まあ ゆっくりと 様子見をしておこう07月20日 じゃんぼ 実がつきだした これで 安心なり07月21日 千成ひょうたん こちらにも実がついてきている08月04日 千成のひょうたん 数はまあまあついている08月04日 じゃんぼのひょうたん 2個は確定08月24日 みると じゃんぼのひょうたんは4個あった3か月くらいで収穫8月25日に収穫しよう08月25日 じゃんぼのひょうたん 5個あった 収穫しておいた08月25日 のこりのせんなりひょうたんも 収穫しておいた これで おしまいに東日本大震災 3月11日発生8月31日は 既に903日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康】 「お前はうっとうしいんだよ。消えな」と「禁煙活動」「tdyno.372-(12:27).mp3」をダウンロード暗い社会には「お前はうっとうしいんだよ。消えな!」というような言葉が発せられる。特に理由を言うわけでもなく、「うざい」、「吐き気がする」なども同様の言葉だ。実に下品で、人格も感じられない言葉で、このような社会で人生を送りたくないと私は思う。原発の被曝問題もそうだが、本来は住みやすいはずの日本で、住みにくくしているとしたら「村八分」の悪しき伝統が、まだ残っていることだろう。「他人を尊重する」というのは人間が社会生活を送る上でとても大切なことで、他人の思想信条や服装、態度、肌の色、男女などで「差別」をしないことは現代の日本ではもっとも大切な事と私は思う。それができれば、日本はずいぶん明るくなる。それでは、「他人を尊重する」ためには、お互いにどのぐらいを我慢する必要があるのだろうか? それを決めるのは「他人に対する迷惑度合いが、社会が容認でいないほど」ということであり、「迷惑」は「他人に対して」に限定され、その「容認」はできるだけ寛容でなければならないと思う。「目で見て不快である」を拡大すると、「お前は顔の作りが悪い」、「デブだ」とか、「季節外れの服装をしている」などになるので、行きすぎであり、せいぜい「卑猥な格好」ぐらいに止めておくのが良い。私はやや古いのか、鮮やかな緑に髪の毛を染めていたり、手や足の爪を伸ばしてものすごい色を付けているのは不快だが、我慢することにしている。「臭いが不快だ」というのもある。強い香水を付けた女性、何かの病気で体臭が強い人、風呂にあまり入っていないのか汗臭い人・・・に会うこともあるが、少し避けるようにしている。「お前は臭いがきついから去れ」というのはちょっとやり過ぎと思う。少しの間は我慢して自分からそっと立ち去る「音がうるさい」ので最近、多くの人が神経質になっているのに「電車の中の携帯電話」だが、私はグループで大声で話している方がうるさいし、小声で連絡だけをしているなら携帯も問題がないと思っている。そんな社会のことを考えると「禁煙運動」は現代の日本で、「異常で品が無い」ように思う。もちろん、どこも構わずタバコを吸い、灰は散らすし、吸い殻はポイ捨て、煙を人の顔に吹きかけるなどは困るが、現在の日本の禁煙運動は、一人で静かにタバコを吸うのも止めろという。タバコを吸うという行為の社会的影響は三つある。一つは「吸う人の健康問題」であり、これは社会的な禁止条件にはならない。もう一つは「副流煙で健康障害が起こるからイヤだ」というのがあり、これは分煙などで処理することができる。そして三番目、これが本当の理由ではないかと思うのだが、「けむりがイヤだ」、あるいは「吸っている人の態度がふてぶてしい」という理由だ。実は私が禁煙運動に疑問を投げかけているのは、禁煙運動が「吸う人が肺がんになる」ということだけの時に始まっていることだ。副流煙問題は1990年代からであり、今でもその健康障害はハッキリしていない。私は副流煙で健康障害がでるというなら(その影響はきわめて僅かなので)、砂糖入りのコーヒー缶、自動販売機のお酒なども販売制限をするべきと思う。まして、「けむりがイヤだ。ふてぶてしい」という理由は今でも表面には出てこない。陰湿な禁煙運動(本当の理由を言わない運動)だ。「人の行動を制限する。人を支配する」という欲求は人間に強い。だから、タバコを吸う人を何とかしてバッシングしたいという気持ちはわからないでもないが、これほど社会で特定の人たちを理由もハッキリしないまま排斥しようとするのは社会が暗くなるだけだ。もし禁煙運動をしたければ、「他人に対する迷惑が、他のことと比較して社会が容認できないほど」ということを制限にして欲しい。そうしないと「お前はデブだから電車が混んで困る。うざいから消えろ!」という社会になってしまう。ところでなんで禁煙運動の人は禁煙運動をしているのだろう? 他人の健康を心配してという割にはあまりに攻撃的だから、他人の健康を心配しているようには見えない。やはり、「自分がイヤだから」というように感じられる。「人がタバコを吸っているのを見るとむしゃくしゃする」というなら、それはきわめて危険な気持ちだから少し修行をして、心を抑えた方が良いだろう.「村八分」、「差別」などと同じ気持ちの動きだからだ。「副流煙が危険」というのは科学的には根拠がないが、考えとしてはあり得る.その場合は「自分が危険」であるときに限定するのが良いだろう。「他人が危険」という理由で自分が激しくタバコを嫌うのも行きすぎだからである。他人に直接的な迷惑をかけなければ「思想信条の自由」は大切で、「タバコを嫌う自由」と共に「タバコを吸う自由」もあることをこの際、みんなで確認したい。被曝問題やその他の社会的なことで悩んでいる人が多いけれど、それは「ゆえなきバッシング」だからだ。私がやや執拗に禁煙運動に自制を求めているのは、日本社会からゆえなきバッシングを減らしたいからでもある。(平成25年8月20日)武田邦彦ふむふむはた坊
2013.08.31
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昨年のナスビ暖かくなるまで ゆっくりとする04月22日 今年はゆっくりして 暖かくなるまで待って 本日ナスビの苗6本を買ってきた04月30日 苗は無事にそだっている ok m-08の畑に植えている05月20日 なんとか持ちこたえている すこしは大きくなっている05月27日 6本のうち 5本が枯れそう 水遣りが日曜だけなので枯れてきた05月27日 追加で4本の苗をかってきて m06に植えておいた06月03日 さらに追加が4本の苗を庭のプランターに植えておく で 結局は6-5=1 で+4+4=合計9本の苗を育てている次は第二弾 種蒔きして秋茄子を育てる予定04月30日 庭で種蒔きをしておく 8potで種まきした05月20日 発芽せず これはダメだなあ第二弾の種まきのは 失敗 発芽せず時差でナスビをどんどん育てよう第三弾05月27日 庭でpotに種まきをしておく06月06日 やっと発芽している これで発芽したので そのまま育てていこう06月10日 発芽したのは畑に移動 m-06の畑に移動06月17日 苗は無事 07月08日 4本は無事 実もすこしだけ収穫できている08月05日 すこし大きくなりだしたくらい 実はすこしつきだした種がまだあるので ついでに第四弾だ06月10日 庭でpotに種まきしておく06月17日 まだ発芽せず いつも遅いなあ06月19日 やっと発芽してきている06月23日 畑に移動した g-22の畑の畝07月08日 何本かは 無事08月05日 2-3本はそだちつつある最期に第五弾06月24日 庭でpotに種まきをしておいた これで最終の予定07月01日 発芽していないけど そのまま畑に移動した m-20の畑に移動07月08日 何本かは 苗が無事に残っている08月05日 こちらも2-3本は育ちつつある ナスビの在庫 畑 m07に6本 6本枯れてなくなった 実が1個のみ収穫 畑 m06に追加で4本 収穫はまずは4個 その後4個の収穫 そのごすこし収穫 畑 m06に発芽した苗すこし 4本くらい残っている畑 g22に発芽した苗をすこし 2-3本くらい残っている畑 m20にすこし こちらも2-3本くらい残っている庭 予備の苗3本 会社 4本のナスビ これが一番に元気にそだっている 苗で残っているのは 4本くらい 発芽したのはすこし そのうち 残っているのは8本くらい会社でのナスビ 収穫は15個 畑のナスビ 15個の収穫 畑のは 秋まで 待とう さっぱりだけど09月09日 小さいの 少しだけ収穫 4個09月16日 また 小さいの すこしだけ収穫09月24日 ちいさいの4個のみ09月30日 小さいの6個のみ10月07日 小さいの6個のみ10月14日 小さいの3個のみ なすび ちびちびと 収穫している 会社のなすびも これでおしまい秋ナス やっと できだした10月21日 20本が収穫できた10月28日 10本が収穫できた11月10日 20本が収穫できた秋ナス 収穫が終了 これにて おしまい今年ナスは ゆっくりとしよう苗も4月21日くらいに苗を買おう種まきもそれくらいから もっと 暖かくなってから なすびさん 育てよう04月27日 ナフコでhcの苗6つ購入 2号の分 m07の畑に植えた04月27日 ローヤルでhcの苗2つ購入 黒陽の長ナス m06の畑に植えた05月05日 ナフコで千両2号 2本の苗をまた 買っておいた m-08の畝に05月11日 会社で育てるなすび4本の苗をかって 会社に植え付けた05月12日 ついでに また なすび 4本の苗を追加して買ってきてm-08の畝に05月19日 最初の苗 なんとか ちいさいながら 育っている05月26日 今年は枯れた苗はなし06月09日 なすび 今年は順調なり06月12日 初の実 2個を収穫しておいた06月14日 2回目の収穫 2個を収穫しておいた06月16日 3回目の収穫 13個を収穫しておいた06月18日 4回目の収穫 1個のみ06月23日 5回目の収穫をした 12個06月27日 6回目の収穫をした 8個06月28日 7回目の収穫をした 丸ナス1個06月29日 8回目の収穫をした 10個06月30日 9回目の収穫をした 10個07月04日 10回目の収穫をした 15個07月06日 11回目の収穫をした 7個07月07日 12回目の収穫をした 8個07月10日 13回目の収穫をした 12個07月13日 14回目の収穫をした 10個07月17日 15回目の収穫をした 12個07月20日 16回目の収穫をした 08個07月21日 17回目の収穫をした 02個07月27日 18回目の収穫をした 20個07月28日 19回目の収穫をした 10個07月30日 20回目の収穫をした 05個08月03日 21回目の収穫をした 09個08月04日 22回目の収穫をした 14個08月07日 23回目の収穫をした 06個08月10日 24回目の収穫をした 30個08月18日 25回目の収穫をした 20個08月25日 26回目の収穫をした 10個 種まき05月06日 庭での種まき 16potsに種まきをしておいた05月12日 発芽はまだ 遅いなあ05月19日 発芽してきている ぼちぼちだけど やっと発芽05月26日 なすびの苗も 畑に移動した m-06に06月09日 発芽の苗の分も 無事にそだちつつある06月16日 そのご やや 苗も育ってきている 無事なり06月22日 苗も大きくなりだした 無事に成長してきている okだなあ06月27日 その後も 成長をしている いい 感じ07月04日 秋ナス用だけど 順調に育ってきている07月21日 秋ナス用 もう 実がどどんとついてきている 早いなあ秋ナス用の種まきもやっておいた合計千両2号が6本 黒陽が7本 丸ナス1本 14本となった 会社でも4本を植えた今年の茄の育ち具合は 順調で 良い東日本大震災 3月11日発生8月30日は 既に902日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------消費税は増税か減税か?(1) 自民党が民主主義を守って欲しい「shouhizei01tdyno.376-(6:20).mp3」をダウンロード10年ほど前、パリ大学出身の才媛が日本の大学に来て助教授に任命されて、憲法論を学生に教えた。日本語はまあまあだった彼女だったが、まったく日本の学生に憲法を教えることができなかったという。その理由を私に話してくれた。 「だって、日本の学生って、政策も法律も自分たちが考えるものとは思っていないのよ。それに法令は自分たちの約束で、お役人はそれを守るために雇っているという感覚では無くて、お役人に監視されているという感じなの。だから、どうしても講義ができなかったわ」2009年に民主党は「増税をせずに豊かな生活」という基本方針で、具体的な政策をマニフェストで示して選挙に勝ち、政権を取った。政権というのは「国民から委託された権力」だから、国民との約束を守らなければ選挙の意味が無い。 特に消費税の増税をした野田前首相は選挙運動の時に、「口で言ったことは守る。紙に書いたことは絶対守る。増税はしない」と言い、それは動画で残っている。その野田首相と民主党が消費税増税を国会で決めた。だから、当然、決議は無効である。 私は戦争中に生まれて戦後に育った。そして日本は自由で民主主義の国であると習い、自由民主党を基本的には支持してきた。それは自由な社会、民主的な手続きが良いと思っているからだ。もちろん増税というのがなかなか国民の了解が得られにくいものであることは承知であるし、時としてどさくさに紛れて実施する類いのものであることも知っている。でも今度の経過はあまりに酷い。物事には程度問題がある。2012年12月の選挙で自民党が勝ったから増税は認められたということにはならない。増税の決議の時、自民党は少数だったのだから、決議のうち、民主党の票は反対票としなければならないからだ。 私は一生に一度でも、「政策や法律は国民が決め、法令は国民同士の約束」という社会に住んでみたい。そのためには、もっとも困難な政策でそれを一度でもやれば若い学生の意識も変わり、大きな意味で日本の将来を明るくするとおもう。 姑息な手段で言い訳に終始して、国を発展させることはできないし、子どもを幸福にすることもできない。 自民党は、消費税増税の決議を取り消し、再度、選挙をして公約に正々堂々と増税を掲げ、その必要性を国民に訴え、そして政権を維持するべきだ。それをやれば、なし崩し的にごまかして法律を通し、その言い訳に終始するという「政治的信念」を感じることができない「二世殿様党」から、ごつい政治家で構成された「自由民主党」になることができる。 最近、新聞が盛んに世論調査を行い、増税の可否を国民に聞いている。まるで世論調査が選挙より上位の意思表示のように取り扱っている。そういえば、2012年の増税議論の時に「マスコミは増税の特例を設けて、実質的に増税しない」という密約を結んだのだから、これも取り消して自由な報道に戻るべきだ。 政治と報道が正しく、誠意がないとこの国は発展しない。 (平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.30
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ひょうたん畑の空いている場所があったので hcで売っている58円のひょうたんを2つかってきた千成ひょうたんと おおきなひょうたん05月26日 g-22の畑に空地があるので ひょうたんを2つ植えておいた ただいま 無事に苗はある みずやりをしっかりとやっておく ひょうたん 収穫できれば うれしい06月16日 すこし伸びてきている これは おおきいひょうたんの分06月22日 千成ひょうたんも そろそろ 伸びてきている06月30日 千成ひょうたん 蔓があちこちに伸びてきている06月30日 じゃんぼのひょうたんも ぼちぼちと 成長してきている まあ ゆっくりと 様子見をしておこう07月20日 じゃんぼ 実がつきだした これで 安心なり07月21日 千成ひょうたん こちらにも実がついてきている08月04日 千成のひょうたん 数はまあまあついている08月04日 じゃんぼのひょうたん 2個は確定08月24日 みると じゃんぼのひょうたんは4個あった3か月くらいで収穫8月25日に収穫しよう08月25日 じゃんぼのひょうたん 5個あった 収穫しておいた東日本大震災 3月11日発生8月30日は 既に902日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------消費税は増税か減税か?(1) 自民党が民主主義を守って欲しい「shouhizei01tdyno.376-(6:20).mp3」をダウンロード10年ほど前、パリ大学出身の才媛が日本の大学に来て助教授に任命されて、憲法論を学生に教えた。日本語はまあまあだった彼女だったが、まったく日本の学生に憲法を教えることができなかったという。その理由を私に話してくれた。 「だって、日本の学生って、政策も法律も自分たちが考えるものとは思っていないのよ。それに法令は自分たちの約束で、お役人はそれを守るために雇っているという感覚では無くて、お役人に監視されているという感じなの。だから、どうしても講義ができなかったわ」2009年に民主党は「増税をせずに豊かな生活」という基本方針で、具体的な政策をマニフェストで示して選挙に勝ち、政権を取った。政権というのは「国民から委託された権力」だから、国民との約束を守らなければ選挙の意味が無い。 特に消費税の増税をした野田前首相は選挙運動の時に、「口で言ったことは守る。紙に書いたことは絶対守る。増税はしない」と言い、それは動画で残っている。その野田首相と民主党が消費税増税を国会で決めた。だから、当然、決議は無効である。 私は戦争中に生まれて戦後に育った。そして日本は自由で民主主義の国であると習い、自由民主党を基本的には支持してきた。それは自由な社会、民主的な手続きが良いと思っているからだ。もちろん増税というのがなかなか国民の了解が得られにくいものであることは承知であるし、時としてどさくさに紛れて実施する類いのものであることも知っている。でも今度の経過はあまりに酷い。物事には程度問題がある。2012年12月の選挙で自民党が勝ったから増税は認められたということにはならない。増税の決議の時、自民党は少数だったのだから、決議のうち、民主党の票は反対票としなければならないからだ。 私は一生に一度でも、「政策や法律は国民が決め、法令は国民同士の約束」という社会に住んでみたい。そのためには、もっとも困難な政策でそれを一度でもやれば若い学生の意識も変わり、大きな意味で日本の将来を明るくするとおもう。 姑息な手段で言い訳に終始して、国を発展させることはできないし、子どもを幸福にすることもできない。 自民党は、消費税増税の決議を取り消し、再度、選挙をして公約に正々堂々と増税を掲げ、その必要性を国民に訴え、そして政権を維持するべきだ。それをやれば、なし崩し的にごまかして法律を通し、その言い訳に終始するという「政治的信念」を感じることができない「二世殿様党」から、ごつい政治家で構成された「自由民主党」になることができる。 最近、新聞が盛んに世論調査を行い、増税の可否を国民に聞いている。まるで世論調査が選挙より上位の意思表示のように取り扱っている。そういえば、2012年の増税議論の時に「マスコミは増税の特例を設けて、実質的に増税しない」という密約を結んだのだから、これも取り消して自由な報道に戻るべきだ。 政治と報道が正しく、誠意がないとこの国は発展しない。 (平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.30
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これが 通勤のjrの電車いつも 思うのだけど同じ金額で 座れる人と 立たないといけない人がでるはた坊は いつも 東加古川から三宮までなので 座れる次の駅から 乗る人は 立っている えらい差であるnetで jrの規定をみてみた座席数、寸法かつては『普通鉄道構造規則』(2002年廃止)の中で、座席数を車両定員の3分の1以上、かつ1人当たりの着席幅を400mm以上とすることが規定されていた。国鉄時代は約430mmに設定していた。この規定はJR東日本の6扉車導入を機に廃止されたが、そうした特殊な例をのぞけば2000年代以降もおおむね守られている。1人当たりの着席幅は体格向上に応じて拡大の傾向にあり、最新の車両では450mmから480mm程度である。なお、改定後の条文は次の通り。(旅客用座席)第百九十六条旅客車には、適当な数の旅客用座席を設けなければならない。ただし、特殊な車両にあっては、この限りでない。つまり 1/3の人は座れる 2/3の人は立ってくださいということになる通勤電車 おなじ金額と 座れるひととたっている人 同じお金を払っている文句をいうひとがいないのが 実に不思議である高速渋滞と 通勤電車の過密など 港のtermianlの車の待ち時間が長いなど問題解決のため いろんな 対策がうてると思うが当然として 何の対策もされていない 実に不思議だなあ通勤時間は超混雑 昼はガラガラで 何の対策もうたない やっぱり 不思議だなあ東日本大震災 3月11日発生8月30日は 既に902日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------消費税は増税か減税か?(1) 自民党が民主主義を守って欲しい「shouhizei01tdyno.376-(6:20).mp3」をダウンロード10年ほど前、パリ大学出身の才媛が日本の大学に来て助教授に任命されて、憲法論を学生に教えた。日本語はまあまあだった彼女だったが、まったく日本の学生に憲法を教えることができなかったという。その理由を私に話してくれた。 「だって、日本の学生って、政策も法律も自分たちが考えるものとは思っていないのよ。それに法令は自分たちの約束で、お役人はそれを守るために雇っているという感覚では無くて、お役人に監視されているという感じなの。だから、どうしても講義ができなかったわ」2009年に民主党は「増税をせずに豊かな生活」という基本方針で、具体的な政策をマニフェストで示して選挙に勝ち、政権を取った。政権というのは「国民から委託された権力」だから、国民との約束を守らなければ選挙の意味が無い。 特に消費税の増税をした野田前首相は選挙運動の時に、「口で言ったことは守る。紙に書いたことは絶対守る。増税はしない」と言い、それは動画で残っている。その野田首相と民主党が消費税増税を国会で決めた。だから、当然、決議は無効である。 私は戦争中に生まれて戦後に育った。そして日本は自由で民主主義の国であると習い、自由民主党を基本的には支持してきた。それは自由な社会、民主的な手続きが良いと思っているからだ。もちろん増税というのがなかなか国民の了解が得られにくいものであることは承知であるし、時としてどさくさに紛れて実施する類いのものであることも知っている。でも今度の経過はあまりに酷い。物事には程度問題がある。2012年12月の選挙で自民党が勝ったから増税は認められたということにはならない。増税の決議の時、自民党は少数だったのだから、決議のうち、民主党の票は反対票としなければならないからだ。 私は一生に一度でも、「政策や法律は国民が決め、法令は国民同士の約束」という社会に住んでみたい。そのためには、もっとも困難な政策でそれを一度でもやれば若い学生の意識も変わり、大きな意味で日本の将来を明るくするとおもう。 姑息な手段で言い訳に終始して、国を発展させることはできないし、子どもを幸福にすることもできない。 自民党は、消費税増税の決議を取り消し、再度、選挙をして公約に正々堂々と増税を掲げ、その必要性を国民に訴え、そして政権を維持するべきだ。それをやれば、なし崩し的にごまかして法律を通し、その言い訳に終始するという「政治的信念」を感じることができない「二世殿様党」から、ごつい政治家で構成された「自由民主党」になることができる。 最近、新聞が盛んに世論調査を行い、増税の可否を国民に聞いている。まるで世論調査が選挙より上位の意思表示のように取り扱っている。そういえば、2012年の増税議論の時に「マスコミは増税の特例を設けて、実質的に増税しない」という密約を結んだのだから、これも取り消して自由な報道に戻るべきだ。 政治と報道が正しく、誠意がないとこの国は発展しない。 (平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.30
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g-10にら収穫したあとも また 生えてきている猛暑もすぎたので そろそろ 成長も再開してくれるだろうnetでの ニラの話中国西部の原産。東アジアに広く分布し、中国、フィリピン、インド、インドネシア、台湾、日本などで栽培されて、ヨーロッパやアメリカでは利用されていない。 特に中国では古くから野菜として栽培され、後漢時代の“四民月令”には葉も花も利用できると記載されています。 日本では、弥生時代に渡来したとも云われ、 自生していたと云う説もあり定かではないが、9世紀(平安時代)に入ると栽培されていたようで、最初は薬用とし粥に混ぜて利用した程度と云われています。 江戸時代になると、農業全書(宮崎安貞:1697年)の中で、ニラは昔から有名な作物で、人々から賞味されていて、陽起草とも云って人の栄養を助け、身体を温める性質の良い野菜であると書いてあります。この時代になると、重要な野菜の一つとなり、栽培法や利用法、効用に関する記載も多く見られるようになってきますが、依然として大量に用いるものではなかったので庭先や、畑の隅に、畑の縁の土留めを兼ねて植えられる程度で少量ずつ栽培、利用されていたようでした。 大量に栽培、消費されるようになったのは、食生活の変化が著しくなった1960年代(昭和35年頃)以降からです。 農林水産省の野菜生産状況調査には、1972年(昭和47年)に新顔として登場しました。その時の作付面積は1890ha、生産量2.8万tでした。その後急増し、1980年代前半には25,000ha、6.5万tに達しました。にら日本での生産は6.5万トンすごいなあ ニラさん 人気もの東日本大震災 3月11日発生8月30日は 既に902日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------消費税は増税か減税か?(1) 自民党が民主主義を守って欲しい「shouhizei01tdyno.376-(6:20).mp3」をダウンロード10年ほど前、パリ大学出身の才媛が日本の大学に来て助教授に任命されて、憲法論を学生に教えた。日本語はまあまあだった彼女だったが、まったく日本の学生に憲法を教えることができなかったという。その理由を私に話してくれた。「だって、日本の学生って、政策も法律も自分たちが考えるものとは思っていないのよ。それに法令は自分たちの約束で、お役人はそれを守るために雇っているという感覚では無くて、お役人に監視されているという感じなの。だから、どうしても講義ができなかったわ」2009年に民主党は「増税をせずに豊かな生活」という基本方針で、具体的な政策をマニフェストで示して選挙に勝ち、政権を取った。政権というのは「国民から委託された権力」だから、国民との約束を守らなければ選挙の意味が無い。特に消費税の増税をした野田前首相は選挙運動の時に、「口で言ったことは守る。紙に書いたことは絶対守る。増税はしない」と言い、それは動画で残っている。その野田首相と民主党が消費税増税を国会で決めた。だから、当然、決議は無効である。私は戦争中に生まれて戦後に育った。そして日本は自由で民主主義の国であると習い、自由民主党を基本的には支持してきた。それは自由な社会、民主的な手続きが良いと思っているからだ。もちろん増税というのがなかなか国民の了解が得られにくいものであることは承知であるし、時としてどさくさに紛れて実施する類いのものであることも知っている。でも今度の経過はあまりに酷い。物事には程度問題がある。2012年12月の選挙で自民党が勝ったから増税は認められたということにはならない。増税の決議の時、自民党は少数だったのだから、決議のうち、民主党の票は反対票としなければならないからだ。私は一生に一度でも、「政策や法律は国民が決め、法令は国民同士の約束」という社会に住んでみたい。そのためには、もっとも困難な政策でそれを一度でもやれば若い学生の意識も変わり、大きな意味で日本の将来を明るくするとおもう。姑息な手段で言い訳に終始して、国を発展させることはできないし、子どもを幸福にすることもできない。自民党は、消費税増税の決議を取り消し、再度、選挙をして公約に正々堂々と増税を掲げ、その必要性を国民に訴え、そして政権を維持するべきだ。それをやれば、なし崩し的にごまかして法律を通し、その言い訳に終始するという「政治的信念」を感じることができない「二世殿様党」から、ごつい政治家で構成された「自由民主党」になることができる。最近、新聞が盛んに世論調査を行い、増税の可否を国民に聞いている。まるで世論調査が選挙より上位の意思表示のように取り扱っている。そういえば、2012年の増税議論の時に「マスコミは増税の特例を設けて、実質的に増税しない」という密約を結んだのだから、これも取り消して自由な報道に戻るべきだ。政治と報道が正しく、誠意がないとこの国は発展しない。(平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむはた坊
2013.08.30
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2012年 今年もまずは2本から m-07 05月13日 HCで2本かってきておいた05月20日 なんとか2本 無事だけと やや貧弱になっている05月27日 まだ無事 okとしよう m-07の畑に植えている06月24日 やっと成長してきている あちこちに蔓が延びて 元気が良い07月01日 通路をあちこちと走りまわっている 茂りすぎになってきている07月08日 実がつきだした 07月22日 緑の実がついている07月28日 緑のかぼちゃ3個を収穫した07月29日 緑のカボチャ7個を収穫08月05日 緑1個の収穫08月11日 緑が1個08月26日 緑が3個 また収穫した09月02日 緑の3個 またまた 収穫したg-22 06月24日 こぼれ種からの発芽したかぼちゃ 3本ある 1本は伸びて大きい 2本は小さい07月01日 1本は通路を成長して伸びている 小さいのもそろそろ成長しつつある07月08日 蔓があちこちと延びてきている07月22日 白い実がついている07月28日 白のかぼちゃ 1個を収穫した07月29日 白が2個 収穫した08月05日 白が1個かぼちゃ緑が18個収穫した白は4個の収穫をした合計で19個 かなり沢山の収穫となった白いカボチャ品種をnetでみたら タキイのカボチャ夢味 ユメミ 良食味で栽培容易! 果皮が美麗な白皮カボチャ!2013年 今年はかぼちゃの苗は植えていないm-08の畝に 1本かぼちゃらしき苗がある??しばらく 様子をみよう05月12日 これは かぼちゃなので 苗として そのまま 育てていこう品種は何かわからないけど しょせん かぼちゃ 何でもokだ今年は1本だけ かぼちゃを育てよう05月19日 トマトの場所から 横に移動した 06月02日 そのご あまり かわらず まあ なんとか 無事に成長してちょーだい 今のところは ???06月09日 すこし伸びてきている 安心だなあ06月16日 伸びてきたあ どんどん 伸びてチョだい06月23日 四方に あちこちと伸びてきている07月04日 実がつきだした しめしめ07月07日 小さい実 すこし成長 ほっとする07月10日 あちこちに 小さい実が付きだしている 好調なり07月18日 実が3-5個くらい かなり大きくなってきている07月28日 その後も順調に生育している これで かぼちゃも成長して あちこちに伸びてきた1本だけだけど これで 安心 西洋カボチャは受粉後、45~50日くらい07月04日に実がついていたので 8月20日くらいが収穫時期あと10日はかかりそう ゆっくりとまとう それにしても このかぼちゃ 蔓が伸びすぎ 茂りすぎだなあ実は5-6はついているみたい 何個あるのか ???? 08月18日 かぼちゃの収穫をした 20個もあった びっくりした08月25日 まだ かぼちゃの実があった 21個目 今年のかぼちゃ1本の苗から 21個のかぼちゃが収穫できたこれなら 日本の食糧は 10本の苗があれば 210個のかぼちゃがとれるので問題なし東日本大震災 3月11日発生8月29日は 既に901日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【歴史のコラム】 一等国になってはいけない?? 「tdyno.375-(13:26).mp3」をダウンロード「普通の歴史」を「満州国の建国、その1」まで整理をしてきて、ふと思ったことがある。あまり踏み出してはいけないが、人間の頭はどうしても近い未来が気になる。このまま整理を進めると「一等国になってはいけない」、「努力をしてはいけない」、「良い方法を採用してはいけない」という変な結果になるのではないか?と危惧されるからである。それでも良い。「こうなるから、こうやってはいけない」などと結果を予想して検討を重ねてはいけないからだ。でも、気になる。 明治維新以来、日本は中国や朝鮮と違って、いち早く「ヨーロッパ化」を進めた。徳川幕府から明治政府にして、中央集権、ヨーロッパ風決定方式、武士から組織化された日本軍へ、大学などの整備を行った。だからこそ、日清戦争に勝った。日露戦争にも勝ったのは、厳しい訓練、国家意識(乃木将軍に代表される)、下瀬火薬に代表される技術革新だった。一つ一つは「良いこと」だろう。でもその結果、戦争に勝ってしまった。第一次世界大戦もそうだ。 満州国になるとさらにその傾向が強くなり、あまりに「良いこと」をしたので一等国になり、中国、ロシア、朝鮮などの周辺国家よりダントツに優れ、その結果、清の最後の幻の皇帝が祖国に国を作ろうと思って日本公使に助けを求めるという事態になる。 溥儀(皇帝)にしても、自分は清の皇帝の直系だから血筋は誰にも負けない。出も力を失い祖先の墓も爆破されてしまった。そうなると国を再建するには力が合って、自分を理解してくれるところに助けを求めるしかない。そこで日本公使宅へ転がり込んだ。 日本も国が損をすることはしない。だから満州国を建国して溥儀の希望に添い、かつ日本に得になるようにした。でも、有色人種の発展を好まない白人から見ると日本の行動は許せない。日本の行動自体が世界標準として許せないのではなく、下等な民族である有色人種の行動として許せないのだ。これと同じ事が1990年に起こっている.戦後、日本は軍事に変えて経済で「良いこと、努力、良い選択」をしてきた。その結果、世界に冠たる経済大国になり、一等国になった。 高度成長は1954年から1990年までの34年間で、その間のGDPの伸びは8.8倍.道路や学校、すべての物が一緒に良くなるので、個人の給料が8.8倍になるのではないが、実質、月5万円の給料が44万円になった。つまりアメリカやフランスと同じ生活が出来るようになり、これこそ「努力の成果」だった。ところが、一等国になると日本バッシングが始まり、1980年代はアメリカ、今は中国や韓国がバッシングをしている。そればかりではない。国内にも「経済反日日本人」が登場して「もったいない」、「分別しろ」と言って、お金を使おうとすると非難、時間を有効に使おうとすると非難してくる.一体何を目指しているのだ?? 「一所懸命になって努力をして一等国になると、国内にも「反日日本人」が登場して、満州国はダメとか、もったいないと言い出す。 面倒なものだ。 今から100年前。一等国になると言うことは国を拡大して豊かで安全な国にすることだった。それ以外の行動を取る国はなかった。一等国になったのに、領土を増やさなかった国は現実にもなかった。 月5万円の給料が44万円になって、「もったいない」といって月5万円で生活するという方法がない。同じ事を言っている.一貫性がない。 (平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.29
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せんなり ひょうたんこれは 小さいので 趣味の栽培netをみてみた最古の栽培植物のひとつ原産地のアフリカから食用や加工材料として全世界に広まったと考えられている。乾燥した種子は耐久性が強く、海水にさらされた場合なども高い発芽率を示す。狭義には上下が丸く真ん中がくびれた形の品種を呼ぶが、球状から楕円形、棒状や下端の膨らんだ形など品種によってさまざまな実の形がある。ヒョウタンは、苦み成分であり嘔吐・下痢等の食中毒症状を起こすククルビタシンを含有し、果肉の摂取は食中毒の原因となるへーえ ひょうたん 毒があるらしい知らんかったヒョウタンと同ー種のユウガオは、ククルビタシンの少ない品種を選別した変種で、食用となり干瓢の原料として利用される干ぴょうは ひょうたんの変種とのことへーえ これも ひょうたんか 知らんかった東日本大震災 3月11日発生8月29日は 既に901日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【歴史のコラム】 一等国になってはいけない?? 「tdyno.375-(13:26).mp3」をダウンロード「普通の歴史」を「満州国の建国、その1」まで整理をしてきて、ふと思ったことがある。あまり踏み出してはいけないが、人間の頭はどうしても近い未来が気になる。このまま整理を進めると「一等国になってはいけない」、「努力をしてはいけない」、「良い方法を採用してはいけない」という変な結果になるのではないか?と危惧されるからである。それでも良い。「こうなるから、こうやってはいけない」などと結果を予想して検討を重ねてはいけないからだ。でも、気になる。 明治維新以来、日本は中国や朝鮮と違って、いち早く「ヨーロッパ化」を進めた。徳川幕府から明治政府にして、中央集権、ヨーロッパ風決定方式、武士から組織化された日本軍へ、大学などの整備を行った。だからこそ、日清戦争に勝った。日露戦争にも勝ったのは、厳しい訓練、国家意識(乃木将軍に代表される)、下瀬火薬に代表される技術革新だった。一つ一つは「良いこと」だろう。でもその結果、戦争に勝ってしまった。第一次世界大戦もそうだ。 満州国になるとさらにその傾向が強くなり、あまりに「良いこと」をしたので一等国になり、中国、ロシア、朝鮮などの周辺国家よりダントツに優れ、その結果、清の最後の幻の皇帝が祖国に国を作ろうと思って日本公使に助けを求めるという事態になる。 溥儀(皇帝)にしても、自分は清の皇帝の直系だから血筋は誰にも負けない。出も力を失い祖先の墓も爆破されてしまった。そうなると国を再建するには力が合って、自分を理解してくれるところに助けを求めるしかない。そこで日本公使宅へ転がり込んだ。 日本も国が損をすることはしない。だから満州国を建国して溥儀の希望に添い、かつ日本に得になるようにした。でも、有色人種の発展を好まない白人から見ると日本の行動は許せない。日本の行動自体が世界標準として許せないのではなく、下等な民族である有色人種の行動として許せないのだ。これと同じ事が1990年に起こっている.戦後、日本は軍事に変えて経済で「良いこと、努力、良い選択」をしてきた。その結果、世界に冠たる経済大国になり、一等国になった。 高度成長は1954年から1990年までの34年間で、その間のGDPの伸びは8.8倍.道路や学校、すべての物が一緒に良くなるので、個人の給料が8.8倍になるのではないが、実質、月5万円の給料が44万円になった。つまりアメリカやフランスと同じ生活が出来るようになり、これこそ「努力の成果」だった。ところが、一等国になると日本バッシングが始まり、1980年代はアメリカ、今は中国や韓国がバッシングをしている。そればかりではない。国内にも「経済反日日本人」が登場して「もったいない」、「分別しろ」と言って、お金を使おうとすると非難、時間を有効に使おうとすると非難してくる.一体何を目指しているのだ?? 「一所懸命になって努力をして一等国になると、国内にも「反日日本人」が登場して、満州国はダメとか、もったいないと言い出す。 面倒なものだ。 今から100年前。一等国になると言うことは国を拡大して豊かで安全な国にすることだった。それ以外の行動を取る国はなかった。一等国になったのに、領土を増やさなかった国は現実にもなかった。 月5万円の給料が44万円になって、「もったいない」といって月5万円で生活するという方法がない。同じ事を言っている.一貫性がない。 (平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.29
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にらにらの名前をnetでみてみた名称『古事記』では加美良(かみら)、『万葉集』では久々美良(くくみら)、『正倉院文書』には彌良(みら)として記載がある。このように、古代においては「みら」と呼ばれていたが、院政期頃から不規則な転訛形「にら」が出現し、「みら」を駆逐して現在に至っている。近世の女房言葉に二文字(ふたもじ)がある。方言では、ふたもじ(二文字。千葉県上総地方)、じゃま(新潟県中越地方)、やまわかめ(山若布。富山県会田市)、にらねぎ(韮葱。静岡県、鳥取県などの一部)、こじきねぶか(乞食根深。愛知県、岐阜県の一部)、とち(奈良県山辺郡、磯城郡)、へんどねぶか(遍路根深。徳島県の一部)、きりびら(沖縄県島尻郡)、ちりびら(沖縄県那覇市)、きんぴら(沖縄県那覇市)、んーだー(沖縄県与那国島)国内生産量は約6万トン、全生産量の4割超を1位の高知県と2位の栃木県が占める。作付面積1位は福島県。はた坊の畑では メインの野菜となっている東日本大震災 3月11日発生8月29日は 既に901日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【歴史のコラム】 一等国になってはいけない?? 「tdyno.375-(13:26).mp3」をダウンロード「普通の歴史」を「満州国の建国、その1」まで整理をしてきて、ふと思ったことがある。あまり踏み出してはいけないが、人間の頭はどうしても近い未来が気になる。このまま整理を進めると「一等国になってはいけない」、「努力をしてはいけない」、「良い方法を採用してはいけない」という変な結果になるのではないか?と危惧されるからである。それでも良い。「こうなるから、こうやってはいけない」などと結果を予想して検討を重ねてはいけないからだ。でも、気になる。 明治維新以来、日本は中国や朝鮮と違って、いち早く「ヨーロッパ化」を進めた。徳川幕府から明治政府にして、中央集権、ヨーロッパ風決定方式、武士から組織化された日本軍へ、大学などの整備を行った。だからこそ、日清戦争に勝った。日露戦争にも勝ったのは、厳しい訓練、国家意識(乃木将軍に代表される)、下瀬火薬に代表される技術革新だった。一つ一つは「良いこと」だろう。でもその結果、戦争に勝ってしまった。第一次世界大戦もそうだ。 満州国になるとさらにその傾向が強くなり、あまりに「良いこと」をしたので一等国になり、中国、ロシア、朝鮮などの周辺国家よりダントツに優れ、その結果、清の最後の幻の皇帝が祖国に国を作ろうと思って日本公使に助けを求めるという事態になる。 溥儀(皇帝)にしても、自分は清の皇帝の直系だから血筋は誰にも負けない。出も力を失い祖先の墓も爆破されてしまった。そうなると国を再建するには力が合って、自分を理解してくれるところに助けを求めるしかない。そこで日本公使宅へ転がり込んだ。 日本も国が損をすることはしない。だから満州国を建国して溥儀の希望に添い、かつ日本に得になるようにした。でも、有色人種の発展を好まない白人から見ると日本の行動は許せない。日本の行動自体が世界標準として許せないのではなく、下等な民族である有色人種の行動として許せないのだ。これと同じ事が1990年に起こっている.戦後、日本は軍事に変えて経済で「良いこと、努力、良い選択」をしてきた。その結果、世界に冠たる経済大国になり、一等国になった。 高度成長は1954年から1990年までの34年間で、その間のGDPの伸びは8.8倍.道路や学校、すべての物が一緒に良くなるので、個人の給料が8.8倍になるのではないが、実質、月5万円の給料が44万円になった。つまりアメリカやフランスと同じ生活が出来るようになり、これこそ「努力の成果」だった。ところが、一等国になると日本バッシングが始まり、1980年代はアメリカ、今は中国や韓国がバッシングをしている。そればかりではない。国内にも「経済反日日本人」が登場して「もったいない」、「分別しろ」と言って、お金を使おうとすると非難、時間を有効に使おうとすると非難してくる.一体何を目指しているのだ?? 「一所懸命になって努力をして一等国になると、国内にも「反日日本人」が登場して、満州国はダメとか、もったいないと言い出す。 面倒なものだ。 今から100年前。一等国になると言うことは国を拡大して豊かで安全な国にすることだった。それ以外の行動を取る国はなかった。一等国になったのに、領土を増やさなかった国は現実にもなかった。 月5万円の給料が44万円になって、「もったいない」といって月5万円で生活するという方法がない。同じ事を言っている.一貫性がない。 (平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.29
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m-06の畑の畝の ネギさん九条ネギの根っこの分からの物は大きくなっている これはok下仁田ネギの 中サイズの物は まあまあ下仁田ネギの 小物の苗は うーん 小さいまま猛暑が過ぎたのでこれから 成長してくれるはず9-10-11-12か月と あと4か月ゆっとくりと 大きくなってくれれば 収穫できるはず東日本大震災 3月11日発生8月29日は 既に901日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【歴史のコラム】 一等国になってはいけない?? 「tdyno.375-(13:26).mp3」をダウンロード「普通の歴史」を「満州国の建国、その1」まで整理をしてきて、ふと思ったことがある。あまり踏み出してはいけないが、人間の頭はどうしても近い未来が気になる。このまま整理を進めると「一等国になってはいけない」、「努力をしてはいけない」、「良い方法を採用してはいけない」という変な結果になるのではないか?と危惧されるからである。それでも良い。「こうなるから、こうやってはいけない」などと結果を予想して検討を重ねてはいけないからだ。でも、気になる。 明治維新以来、日本は中国や朝鮮と違って、いち早く「ヨーロッパ化」を進めた。徳川幕府から明治政府にして、中央集権、ヨーロッパ風決定方式、武士から組織化された日本軍へ、大学などの整備を行った。だからこそ、日清戦争に勝った。日露戦争にも勝ったのは、厳しい訓練、国家意識(乃木将軍に代表される)、下瀬火薬に代表される技術革新だった。一つ一つは「良いこと」だろう。でもその結果、戦争に勝ってしまった。第一次世界大戦もそうだ。 満州国になるとさらにその傾向が強くなり、あまりに「良いこと」をしたので一等国になり、中国、ロシア、朝鮮などの周辺国家よりダントツに優れ、その結果、清の最後の幻の皇帝が祖国に国を作ろうと思って日本公使に助けを求めるという事態になる。 溥儀(皇帝)にしても、自分は清の皇帝の直系だから血筋は誰にも負けない。出も力を失い祖先の墓も爆破されてしまった。そうなると国を再建するには力が合って、自分を理解してくれるところに助けを求めるしかない。そこで日本公使宅へ転がり込んだ。 日本も国が損をすることはしない。だから満州国を建国して溥儀の希望に添い、かつ日本に得になるようにした。でも、有色人種の発展を好まない白人から見ると日本の行動は許せない。日本の行動自体が世界標準として許せないのではなく、下等な民族である有色人種の行動として許せないのだ。これと同じ事が1990年に起こっている.戦後、日本は軍事に変えて経済で「良いこと、努力、良い選択」をしてきた。その結果、世界に冠たる経済大国になり、一等国になった。 高度成長は1954年から1990年までの34年間で、その間のGDPの伸びは8.8倍.道路や学校、すべての物が一緒に良くなるので、個人の給料が8.8倍になるのではないが、実質、月5万円の給料が44万円になった。つまりアメリカやフランスと同じ生活が出来るようになり、これこそ「努力の成果」だった。ところが、一等国になると日本バッシングが始まり、1980年代はアメリカ、今は中国や韓国がバッシングをしている。そればかりではない。国内にも「経済反日日本人」が登場して「もったいない」、「分別しろ」と言って、お金を使おうとすると非難、時間を有効に使おうとすると非難してくる.一体何を目指しているのだ?? 「一所懸命になって努力をして一等国になると、国内にも「反日日本人」が登場して、満州国はダメとか、もったいないと言い出す。 面倒なものだ。 今から100年前。一等国になると言うことは国を拡大して豊かで安全な国にすることだった。それ以外の行動を取る国はなかった。一等国になったのに、領土を増やさなかった国は現実にもなかった。 月5万円の給料が44万円になって、「もったいない」といって月5万円で生活するという方法がない。同じ事を言っている.一貫性がない。 (平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.29
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昨年のきゅうりhcでの苗は売っているが まだ寒そう とりあえず 種のほうは買っておいた苗は来週くらいにしようかな ???04月22日 hcで苗を探しに行く 小さいが北進があったので6個をかっておく 植え付け04月28日 苗は畑で無事だ サイズは変わらず 05月06日 まあまあ すこしは成長しつつある05月20日 上に伸びてきている 支柱が必要05月27日 支柱をつけておく ついでに小さいキュウリを収穫しておく06月01日 2回目の収穫は2本を06月03日 3回目の収穫は4本06月06日 4回目の収穫は6本06月10日 5回目の収穫は3本06月13日 6回目の収穫は5本06月17日 7回目の収穫は8本06月20日 8回目の収穫は8本06月23日 9回目の収穫は6本06月26日 10回目の収穫は4本06月29日 11回目の収穫は10本07月01日 12回目の収穫は02本07月04日 13回目の収穫は05本07月08日 14回目の収穫は04本07月11日 15回目の収穫は10本07月14日 16回目の収穫は08本 種まき 第二弾04月22日 同時に種まきを開始しておく 8potsを04月28日 1個の芽が出てきている しめしめ05月06日 g-10の畑に移動した05月20日 8本ともに無事 すこし成長した05月27日 蔓が延びてきている06月06日 第二弾のキュウリの生長も開始 実もそろそろかも06月17日 かなり横に横に伸びてきている 実も小さいがついている06月23日 1回目の収穫 19本もあった 多すぎだなあ06月26日 2回目の収穫 11本06月29日 3回目の収穫 20本07月01日 4回目の収穫 07本07月04日 5回目の収穫 15本07月08日 6回目の収穫 16本07月11日 7回目の収穫は10本07月19日 8回目の収穫は08本 第三弾のキュウリ05月27日 庭で種まきをしておいた06月02日 発芽した06月06日 次に日曜には畑に移動しよう06月10日 畑に移動 m-06の畑に植え付けた07月08日 蔓は延びてきている07月19日 1回目の収穫 12本07月28日 2回目の収穫 07本 落ち着いてきている第四弾の種まき06月10日 庭で8potに種まきをしておいた06月15日 発芽してきている06月23日 畑に移動 g-22に植え付けておいた07月08日 5本くらいは 無事 第五弾は会社で種まき08月09日 会社で通行人からキュウリの種をもらう08月10日 もらった種 会社の土に植えておく08月13日 発芽した08月19日 双葉になっているが 育つかな ????08月28日 追肥しておいた 収穫した分は 第一弾 5月27日から 合計で5+2+4+6+3+5+8+8+6+4+10+2+5+4+10+8+8+6=104本 第二弾 6月23日から 合計で19+11+20+07+15+16+10+8+10=116本 第三弾 7月19日から 合計で12+2+7+5+10 =36本 第四弾 8月04日から 合計で1+2+1+1 =5本 第五弾 キュウリ 第4弾の分 お終いとなった 第五弾を育てているが これは会社で育てている成長はあまりしない 無理かな 実がつくかな ?????今年のきゅうり まずは 苗から04月27日 苗を6本かってきた 畑に植え付けをしておいた05月06日 2本が枯れそう 追加で2本の苗をかっておいた05月12日 すこし 元気がなさそう どうかな ???05月18日 追加で 予備で また2本のきゅうりを追加して 植えておいた06月02日 ちいさい実がついていたので 収穫しておいた 06月06日 ちいさい実がまた ついていたので 再度の収穫をしておいた06月08日 3回目の収穫をしておいた06月09日 4回目の収穫をしておいた 小さいのも どんどん収穫06月15日 5回目の収穫をしておいた 数もふえてきている06月18日 6回目の収穫をしておいた 1本06月22日 7回目の収穫をしておいた 毛馬 4本なり06月23日 8回目の収穫をした 3本06月27日 9回目の収穫をした 2本06月28日 10回目の収穫をした 4本06月29日 11回目の収穫をした 5本06月30日 12回目の収穫をした 6本07月06日 13回目の収穫をした 9本07月07日 14回目の収穫をした 5本07月13日 15回目の収穫をした 6本07月14日 16回目の収穫をした 6本07月18日 17回目の収穫をした 7本07月20日 18回目の収穫をした 6本 次は 種まきをしよう05月06日 庭で種まきをしておいた 16pots 05月12日 発芽はまだ 遅いなあ 05月17日 発芽している05月18日 畑に移動 g-22の畑に植え付けた06月02日 10本くらいはのこっている みずやりをしておいた06月06日 また みずやりをしておいた06月09日 またまた みずやりをしておく これで なんとか成長するかな06月12日 まあまあ 育ちつつある みずやりをやっておく06月18日 はやくも小さいが実がつきだしている06月23日 写真をとってきた まあまあ 大きくなってきている06月30日 ふしなり 初の収穫をした ごろごろ 実がつきだした 10本なり07月04日 ふしなり 2回目の収穫 20本なり07月07日 ふしなり 3回目の収穫 13本なり07月10日 ふしなり 4回目の収穫 10本なり07月17日 ふしなり 5回目の収穫 13本なり07月21日 ふしなり 6回目の収穫 13本なり07月25日 ふしなり 7回目の収穫 15本なり07月28日 ふしなり 8回目の収穫 06本なり07月31日 ふしなり 9回目の収穫 04本なり08月03日 ふしなり 10回目の収穫 05本なり08月04日 ふしなり 2弾目 11回目の収穫 03本08月07日 ふしなり 12回目のは 02本08月10日 ふしなり 13回目のは 13本08月11日 ふしなり 14回目の収穫は 15本08月12日 ふしなり 15回目の収穫は 02本08月18日 ふしなり 16回目の収穫は 01本08月25日 ふしなり 17回目の収穫は 02本きゅうり 第二弾の種まき種まきした分のが 早くも実がつきだした早すぎるので 時差のきゅうりの種まきの第二弾をしよう06月23日 第二弾の種まきをしておいた m-20の畑に06月23日 庭でもpotに種まきをしておいた06月30日 発芽した苗をg-10の畑のうねに移動した06月30日 m-20のきゅうりも 発芽してきている07月13日 g-10のきゅうり かなり大きくなってきている 無事だ07月17日 m-20/g-10の苗 それなりに育ちつつある 蔓もどんどん伸びてきているhcの苗 これは 6月2日から収穫 7月20日で おしまいに 合計77本ふしなり 第一弾にもどんどん実がつきだした 6月30日から8月12日までで 合計98本ふしなり 第二弾の苗 無事に生育中 8月04日から収穫 合計31本8月になっている そろそろ 収穫も少なくなりつつある 東日本大震災 3月11日発生8月29日は 既に901日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【歴史のコラム】 一等国になってはいけない?? 「tdyno.375-(13:26).mp3」をダウンロード「普通の歴史」を「満州国の建国、その1」まで整理をしてきて、ふと思ったことがある。あまり踏み出してはいけないが、人間の頭はどうしても近い未来が気になる。このまま整理を進めると「一等国になってはいけない」、「努力をしてはいけない」、「良い方法を採用してはいけない」という変な結果になるのではないか?と危惧されるからである。それでも良い。「こうなるから、こうやってはいけない」などと結果を予想して検討を重ねてはいけないからだ。でも、気になる。 明治維新以来、日本は中国や朝鮮と違って、いち早く「ヨーロッパ化」を進めた。徳川幕府から明治政府にして、中央集権、ヨーロッパ風決定方式、武士から組織化された日本軍へ、大学などの整備を行った。だからこそ、日清戦争に勝った。日露戦争にも勝ったのは、厳しい訓練、国家意識(乃木将軍に代表される)、下瀬火薬に代表される技術革新だった。一つ一つは「良いこと」だろう。でもその結果、戦争に勝ってしまった。第一次世界大戦もそうだ。 満州国になるとさらにその傾向が強くなり、あまりに「良いこと」をしたので一等国になり、中国、ロシア、朝鮮などの周辺国家よりダントツに優れ、その結果、清の最後の幻の皇帝が祖国に国を作ろうと思って日本公使に助けを求めるという事態になる。 溥儀(皇帝)にしても、自分は清の皇帝の直系だから血筋は誰にも負けない。出も力を失い祖先の墓も爆破されてしまった。そうなると国を再建するには力が合って、自分を理解してくれるところに助けを求めるしかない。そこで日本公使宅へ転がり込んだ。 日本も国が損をすることはしない。だから満州国を建国して溥儀の希望に添い、かつ日本に得になるようにした。でも、有色人種の発展を好まない白人から見ると日本の行動は許せない。日本の行動自体が世界標準として許せないのではなく、下等な民族である有色人種の行動として許せないのだ。これと同じ事が1990年に起こっている.戦後、日本は軍事に変えて経済で「良いこと、努力、良い選択」をしてきた。その結果、世界に冠たる経済大国になり、一等国になった。 高度成長は1954年から1990年までの34年間で、その間のGDPの伸びは8.8倍.道路や学校、すべての物が一緒に良くなるので、個人の給料が8.8倍になるのではないが、実質、月5万円の給料が44万円になった。つまりアメリカやフランスと同じ生活が出来るようになり、これこそ「努力の成果」だった。ところが、一等国になると日本バッシングが始まり、1980年代はアメリカ、今は中国や韓国がバッシングをしている。そればかりではない。国内にも「経済反日日本人」が登場して「もったいない」、「分別しろ」と言って、お金を使おうとすると非難、時間を有効に使おうとすると非難してくる.一体何を目指しているのだ?? 「一所懸命になって努力をして一等国になると、国内にも「反日日本人」が登場して、満州国はダメとか、もったいないと言い出す。 面倒なものだ。 今から100年前。一等国になると言うことは国を拡大して豊かで安全な国にすることだった。それ以外の行動を取る国はなかった。一等国になったのに、領土を増やさなかった国は現実にもなかった。 月5万円の給料が44万円になって、「もったいない」といって月5万円で生活するという方法がない。同じ事を言っている.一貫性がない。 (平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.29
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オクラの生産量トップはインド。約578万トンで全体の70%以上2位はナイジェリア、3位はイラク日本では約1万2000トン栄養豊富な緑黄色野菜 夏バテ防止に!! スタミナ補給に!!オクラには独特のぬめりがあり他の野菜とともに、舌ざわりや歯ざわりを楽しむために利用される。これらの野菜は健康志向や食生活の多様化から見直され、また、栄養的にも優れており、消費も増加傾向にある。原産地には諸説がありますが、アフリカ北東部の原産説が有力。2000年前にはすでにエジプトで栽培されていた、とても古い野菜の一つ。アメリカには18世紀に伝わり、栽培が広まったのは19世紀以降。日本には幕末期に渡来したといわれ、明治6年の記録が最初東日本大震災 3月11日発生8月29日は 既に901日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【歴史のコラム】 一等国になってはいけない??「tdyno.375-(13:26).mp3」をダウンロード「普通の歴史」を「満州国の建国、その1」まで整理をしてきて、ふと思ったことがある。あまり踏み出してはいけないが、人間の頭はどうしても近い未来が気になる。このまま整理を進めると「一等国になってはいけない」、「努力をしてはいけない」、「良い方法を採用してはいけない」という変な結果になるのではないか?と危惧されるからである。それでも良い。「こうなるから、こうやってはいけない」などと結果を予想して検討を重ねてはいけないからだ。でも、気になる。明治維新以来、日本は中国や朝鮮と違って、いち早く「ヨーロッパ化」を進めた。徳川幕府から明治政府にして、中央集権、ヨーロッパ風決定方式、武士から組織化された日本軍へ、大学などの整備を行った。だからこそ、日清戦争に勝った。日露戦争にも勝ったのは、厳しい訓練、国家意識(乃木将軍に代表される)、下瀬火薬に代表される技術革新だった。一つ一つは「良いこと」だろう。でもその結果、戦争に勝ってしまった。第一次世界大戦もそうだ。満州国になるとさらにその傾向が強くなり、あまりに「良いこと」をしたので一等国になり、中国、ロシア、朝鮮などの周辺国家よりダントツに優れ、その結果、清の最後の幻の皇帝が祖国に国を作ろうと思って日本公使に助けを求めるという事態になる。溥儀(皇帝)にしても、自分は清の皇帝の直系だから血筋は誰にも負けない。出も力を失い祖先の墓も爆破されてしまった。そうなると国を再建するには力が合って、自分を理解してくれるところに助けを求めるしかない。そこで日本公使宅へ転がり込んだ。日本も国が損をすることはしない。だから満州国を建国して溥儀の希望に添い、かつ日本に得になるようにした。でも、有色人種の発展を好まない白人から見ると日本の行動は許せない。日本の行動自体が世界標準として許せないのではなく、下等な民族である有色人種の行動として許せないのだ。これと同じ事が1990年に起こっている.戦後、日本は軍事に変えて経済で「良いこと、努力、良い選択」をしてきた。その結果、世界に冠たる経済大国になり、一等国になった。高度成長は1954年から1990年までの34年間で、その間のGDPの伸びは8.8倍.道路や学校、すべての物が一緒に良くなるので、個人の給料が8.8倍になるのではないが、実質、月5万円の給料が44万円になった。つまりアメリカやフランスと同じ生活が出来るようになり、これこそ「努力の成果」だった。ところが、一等国になると日本バッシングが始まり、1980年代はアメリカ、今は中国や韓国がバッシングをしている。そればかりではない。国内にも「経済反日日本人」が登場して「もったいない」、「分別しろ」と言って、お金を使おうとすると非難、時間を有効に使おうとすると非難してくる.一体何を目指しているのだ??「一所懸命になって努力をして一等国になると、国内にも「反日日本人」が登場して、満州国はダメとか、もったいないと言い出す。面倒なものだ。今から100年前。一等国になると言うことは国を拡大して豊かで安全な国にすることだった。それ以外の行動を取る国はなかった。一等国になったのに、領土を増やさなかった国は現実にもなかった。月5万円の給料が44万円になって、「もったいない」といって月5万円で生活するという方法がない。同じ事を言っている.一貫性がない。(平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむはた坊
2013.08.29
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昨年度 01月09日 m08のニラは枯れ草になっていた ニラが枯れてしまった 在庫はなしになった次は3月になると 新芽が出るだろう02月26日 ニラ 新芽が出てきている 春だなあ そろそろ青くなってきてくれそう03月04日 ニラ 新芽が増えてきている 早く青くなれーーーーー03月18日 ニラ かなり前面に芽が出てきている ニラ 収穫は4月から 開始だなあ04月08日 今年の収穫は1回目となる 初の収穫だけど 昨年より遅い04月22日 2回目の収穫した05月03日 3回目の収穫をした05月13日 4回目の収穫をした05月20日 5回目の収穫をした06月10日 6回目の収穫をした06月30日 7回目の収穫をした07月08日 8回目の収穫をした07月15日 9回目の収穫をした07月22日 10回目の収穫をした08月05日 11回目の収穫をした08月12日 12回目の収穫をした08月19日 13回目の収穫をした08月26日 14回目の収穫をした09月09日 15回目の収穫をした09月23日 16回目の収穫をした09月30日 17回目の収穫をした10月06日 18回目の収穫をした10月13日 19回目の収穫をした10月21日 20回目の収穫をした10月28日 21回目の収穫をした11月03日 22回目の収穫をした11月10日 23回目の収穫をした11月18日 24回目の収穫をした11月25日 25回目の収穫をした12月02日 26回目の収穫をした これで おしまいになった04-2回収穫した 05-3回 06-2回 07-3回 08-4回09-3回 10-3回 11-4回 12-2回 合計26回26回にて 終了 よく 食べたなあ今年 今年も韮さん 元気もう 大きくなりだしたので 初の収穫をした03月17日 庭の韮が元気 まずは 初の収穫をした03月31日 ニラの2回目の収穫をした04月08日 ニラ 3回目の収穫をした04月21日 ニラ 4回目の収穫をした04月28日 ニラ 5回目の収穫をした05月06日 ニラ 6回目の収穫をした05月12日 ニラ 7回目の収穫をした05月26日 ニラ 8回目の収穫をした06月09日 ニラ 9回目の収穫をした06月30日 ニラ 10回目の収穫をした07月07日 ニラ 11回目の収穫をした07月14日 ニラ 12回目の収穫をした07月21日 ニラ 13回目の収穫をした07月28日 にら 14回目の収穫をした08月04日 にら 15回目の収穫をした08月10日 にら 16回目の収穫をした08月18日 にら 17回目の収穫をした08月25日 にら 18回目の収穫をした庭のにらは まあまあ水もたっぶりで 元気であるm-08のは株分けをしている こちらは 水やりたっぶりで元気g-22のは 水が不足して 猛暑で 元気なし今年も ニラさん 元気だなあ3月に 2回の収穫をした4月も 3回の収穫をした5月も 3回の収穫をした6月も 2回の収穫をした 7月も 4回の収穫をした どんどん 収穫をしよう12月まで ずーーーと 収穫できるので 超 役立つ野菜なり東日本大震災 3月11日発生8月28日は 既に900日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【原発の安全】02・・・誕生の時の科学者の動き「genpaturekisi02tdyno.355-(10:27).mp3」をダウンロード広島・長崎の原爆の経験があるので、日本では軍事用の原子力利用にはアレルギーがあったので、「原子力の平和利用」を象徴する「非核三原則」と、「自主・民主・公開」の「原子力三原則」を表面にたてて政治的活動が行われた。 15年ほど後の沖縄返還の時にも、表面上は非核三原則を守り、密約で日本政府とアメリカで「沖縄への核の持ち込みは自由」ということになった。このことから判るように、日本の核化は「政治、軍事、経済」が先行し、技術やエネルギーという視点ではなかった。つまり原子力の利用が大きな政治課題になったのは1950年代の終わりで、その後、1970年代まで、日本はエネルギーの不安は感じていなかったからだ。それでは、原子力を導入する政治的な大がかりなキャンペーンの中で物理を中心とする原子力研究陣はどのような状態だったのだろうか? 戦争中に核反応(日本軍の原爆)を研究した理化学研究所の仁科芳雄、後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹などの学者が日本の原子力研究の最初を担い、続いて戦後、伏見康司(日本学術会議会長)、茅誠司(東大総長)、武見太郎(日本医師会長)らが活躍した。これらの人たちはその優れた頭脳で広島の爆弾が原爆であるということや、日本の原子力の平和利用に関する初期の段階で学者として活躍し、どちらかというと「批判派」でもあった。つまり、正力松太郎、中曽根康弘などの政治、経済組がひたすら日本の核化を進める中で、主として軍事目的への原子力の利用を警戒し、かつアメリカからの安易な技術導入ではなく日本が自主的な研究開発を進めるべきであるというスタンスに立っていた。しかし、今から歴史を振り返ると、政治・経済サイドが現実的で権力に基づく推進策を採ったのに対して、学者は理屈を述べていたこと、核物理や放射線の影響についてはかなりのレベルにあったものの、アメリカからの情報の不足もあって、原子力発電の安全性やそのエネルギー的意味などについては考えが及ばなかった。 基礎学問の面ではきわめて優れていた初期の原子力の人たちも、システムエンジニアリングのような分野は、概念すらはっきりはしていなかった。 当時、世界的には東西対立と原爆競争の中にあり、1955年のアインシュタインとバートランド・ラッセルによるロンドン宣言に見られるように「核の安全問題」はもっぱら「人類を死滅させる可能性のある核爆弾」に関心が集中していたことにもよる。 不思議なことで、人類の将来を脅かすものとしての環境問題が指摘されたのは、ロンドン宣言からわずか8年後のレイチェル・カーソンの著述物だった。世界の知性と言われたこの二人も、8年後を予測できなかったのだ。それはともかく、当時、今日の原発の安全についてはほとんど意識されていなかったと言っても良い.またこの時代から科学者は必ずしも誠意がなく、たとえば仁科、湯川などの核物理の専門家は戦争中、原爆製造計画に携わっていたが、それは本人達からは明かされなかった.(平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.28
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蝶の飛び方 ふらふらとしているなぜかいなとnetをみてみた蝶の飛び方は、トンボやハチなど他の昆虫に比べるとちょっと複雑。 蝶は翅を閉じるときに揚力が生まれるけれども、翅が大きい為そのまま開いたのでは空気抵抗で下方向の力が生まれ相殺されてしまう。なので、 翅を閉じる際に前翅と後翅に時差を与え、翅全体にひねりを加えて揚力と前方向への推進力を得る。そして、その推進力を上方への力にするよう体をひねり、体全体を上方へと持ち上げる。ひねりを加えて再度翅を広げ、空気抵抗を抑えつつ揚力を得て上昇し、滞空を可能にしている。 滞空できれば、翅を広げ滑空することで何処へでも飛ぶことが出来る。 翅と体をひねることで不安定そうな翅の動きになるが、最も高度に管理された飛行方法であり、 最高速こそ出せないけれども、エネルギー消費が少なく、最も長距離、長時間飛べる飛び方になっている。蝶は身体に比べて大きな羽を同時に上下にゆっくり振って飛びます.だから慣性の法則で胴体が上に行ったり下に行ったりします.まっすぐ飛ぼうとするとトンボのように前後の羽を互い違いに振るか,ハチやアブや小型の鳥のように小さな羽を慣性で引きずられないほど高速で振るか,もしくは大型の鳥のように羽ばたかずに滑空している時間を増やすかです.トンボのように虫を捕まえるわけでもなく,ハチやアブのように高速で飛び回るわけでもない蝶は,効率最重視であのような飛び方をしているのです. 蝶でもセセリチョウのように高速で飛び回るものは高速で羽を振るので直線的に飛びます.蝶がふらふら飛ぶ、のは、外敵から身を守るのがあるらしいです。 うちは庭に蝶を呼びたくていろいろ植えましたが、真ん中が小道だと、そこと木の隙間をフワフワ飛ぶんです。空間を飛ぶ、みたいな感じで。 ハネを傷つけない目的も。 こんな 飛び方で驚異の飛翔2000キロの距離を飛ぶ アサギマダラもいる蝶さん 馬鹿にできない東日本大震災 3月11日発生8月28日は 既に900日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【原発の安全】02・・・誕生の時の科学者の動き「genpaturekisi02tdyno.355-(10:27).mp3」をダウンロード広島・長崎の原爆の経験があるので、日本では軍事用の原子力利用にはアレルギーがあったので、「原子力の平和利用」を象徴する「非核三原則」と、「自主・民主・公開」の「原子力三原則」を表面にたてて政治的活動が行われた。 15年ほど後の沖縄返還の時にも、表面上は非核三原則を守り、密約で日本政府とアメリカで「沖縄への核の持ち込みは自由」ということになった。このことから判るように、日本の核化は「政治、軍事、経済」が先行し、技術やエネルギーという視点ではなかった。つまり原子力の利用が大きな政治課題になったのは1950年代の終わりで、その後、1970年代まで、日本はエネルギーの不安は感じていなかったからだ。それでは、原子力を導入する政治的な大がかりなキャンペーンの中で物理を中心とする原子力研究陣はどのような状態だったのだろうか? 戦争中に核反応(日本軍の原爆)を研究した理化学研究所の仁科芳雄、後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹などの学者が日本の原子力研究の最初を担い、続いて戦後、伏見康司(日本学術会議会長)、茅誠司(東大総長)、武見太郎(日本医師会長)らが活躍した。これらの人たちはその優れた頭脳で広島の爆弾が原爆であるということや、日本の原子力の平和利用に関する初期の段階で学者として活躍し、どちらかというと「批判派」でもあった。つまり、正力松太郎、中曽根康弘などの政治、経済組がひたすら日本の核化を進める中で、主として軍事目的への原子力の利用を警戒し、かつアメリカからの安易な技術導入ではなく日本が自主的な研究開発を進めるべきであるというスタンスに立っていた。しかし、今から歴史を振り返ると、政治・経済サイドが現実的で権力に基づく推進策を採ったのに対して、学者は理屈を述べていたこと、核物理や放射線の影響についてはかなりのレベルにあったものの、アメリカからの情報の不足もあって、原子力発電の安全性やそのエネルギー的意味などについては考えが及ばなかった。 基礎学問の面ではきわめて優れていた初期の原子力の人たちも、システムエンジニアリングのような分野は、概念すらはっきりはしていなかった。 当時、世界的には東西対立と原爆競争の中にあり、1955年のアインシュタインとバートランド・ラッセルによるロンドン宣言に見られるように「核の安全問題」はもっぱら「人類を死滅させる可能性のある核爆弾」に関心が集中していたことにもよる。 不思議なことで、人類の将来を脅かすものとしての環境問題が指摘されたのは、ロンドン宣言からわずか8年後のレイチェル・カーソンの著述物だった。世界の知性と言われたこの二人も、8年後を予測できなかったのだ。それはともかく、当時、今日の原発の安全についてはほとんど意識されていなかったと言っても良い.またこの時代から科学者は必ずしも誠意がなく、たとえば仁科、湯川などの核物理の専門家は戦争中、原爆製造計画に携わっていたが、それは本人達からは明かされなかった.(平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.28
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裏の庭に柿ノ木を植えている 高さ6mで幹の直径が11センチで竹のような細い柿ノ木2002-10月 柿の種 ポットに植える2003-06-1日に芽がでていた2006-03 3.0m 太さ 3センチ 3年生2007-03 4.0m 4センチ 4年生2008-03 4.7m 5センチ 5年生 ただ今 ココ 秋に満6年2008-11 4.7m 6センチ これで6年と2ヶ月目 発芽してからは5年と5ヶ月2009-04 4.7m 7センチ すこし太くなる これで6年と8ヶ月 発芽してから5年11ヶ月2009-06 4.7m 7センチ これで6年と10ヶ月が過ぎた 発芽してからでは6年と1ヶ月2009-09 5.7m 7センチ これで7年と01ヶ月が過ぎた 発芽してからでは6月と4ヶ月2009-12 5.7m 9センチ これで7年と04ヶ月が過ぎた 発芽してからでは6年と7ヶ月2010-04 6.0m 9センチ これで7年と08ヶ月が過ぎた 発芽してからでは6年と11ヶ月2011-01 6.0m 10センチ これで8年と05ヶ月が過ぎた 発芽してからでは7年と8ヶ月2012-01 6.0m 10センチ これで9年と05ヶ月が過ぎた 発芽してからでは8年と8ヶ月2013-02 6.0m 10センチ これで10年と06か月が過ぎた 発芽してからでは9年と9か月2013-05 6.0m 11センチ これで10年と09か月が過ぎた 発芽してからでは10年2013-06 3.0m 11センチ ついに 大きくなりすぎたので カットした高さを半分にして 真ん中のところ 2箇所の枝をかっと で みると 実がなくなった今年は 実はなし庭のしぶがき隊 庭には 昨年の 渋柿の種からの発芽が1本あったけど 雑草にまぎれて なくなった今年も 渋柿の種からの発芽が 始まった6月01日 庭にあちこちで 発芽している6月02日 g-10の畑にも 発芽している あちこちに 渋柿の種からの発芽が みられる06月15日 しぶがき隊 すこし大きくなってきている07月15日 その後も しぶがき隊 すこしづつ 成長している07月31日 やや大きくなってきている 畑に移動してみよう しぶがき隊 畑で 育ててみよう当分 畑で なんとか大きくしていこう08月04日 10本の苗を畑に移動した m-07の端っこに植え付けておいた畑で1年くらい育ててみよう 大きくなるかな ???08月11日 その後 苗は無事 なんとかなるだろう08月25日 その後 苗は10本のうち 4本くらいは 大きくなりそうだ東日本大震災 3月11日発生8月28日は 既に900日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【原発の安全】02・・・誕生の時の科学者の動き「genpaturekisi02tdyno.355-(10:27).mp3」をダウンロード広島・長崎の原爆の経験があるので、日本では軍事用の原子力利用にはアレルギーがあったので、「原子力の平和利用」を象徴する「非核三原則」と、「自主・民主・公開」の「原子力三原則」を表面にたてて政治的活動が行われた。 15年ほど後の沖縄返還の時にも、表面上は非核三原則を守り、密約で日本政府とアメリカで「沖縄への核の持ち込みは自由」ということになった。このことから判るように、日本の核化は「政治、軍事、経済」が先行し、技術やエネルギーという視点ではなかった。つまり原子力の利用が大きな政治課題になったのは1950年代の終わりで、その後、1970年代まで、日本はエネルギーの不安は感じていなかったからだ。それでは、原子力を導入する政治的な大がかりなキャンペーンの中で物理を中心とする原子力研究陣はどのような状態だったのだろうか? 戦争中に核反応(日本軍の原爆)を研究した理化学研究所の仁科芳雄、後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹などの学者が日本の原子力研究の最初を担い、続いて戦後、伏見康司(日本学術会議会長)、茅誠司(東大総長)、武見太郎(日本医師会長)らが活躍した。これらの人たちはその優れた頭脳で広島の爆弾が原爆であるということや、日本の原子力の平和利用に関する初期の段階で学者として活躍し、どちらかというと「批判派」でもあった。つまり、正力松太郎、中曽根康弘などの政治、経済組がひたすら日本の核化を進める中で、主として軍事目的への原子力の利用を警戒し、かつアメリカからの安易な技術導入ではなく日本が自主的な研究開発を進めるべきであるというスタンスに立っていた。しかし、今から歴史を振り返ると、政治・経済サイドが現実的で権力に基づく推進策を採ったのに対して、学者は理屈を述べていたこと、核物理や放射線の影響についてはかなりのレベルにあったものの、アメリカからの情報の不足もあって、原子力発電の安全性やそのエネルギー的意味などについては考えが及ばなかった。 基礎学問の面ではきわめて優れていた初期の原子力の人たちも、システムエンジニアリングのような分野は、概念すらはっきりはしていなかった。 当時、世界的には東西対立と原爆競争の中にあり、1955年のアインシュタインとバートランド・ラッセルによるロンドン宣言に見られるように「核の安全問題」はもっぱら「人類を死滅させる可能性のある核爆弾」に関心が集中していたことにもよる。 不思議なことで、人類の将来を脅かすものとしての環境問題が指摘されたのは、ロンドン宣言からわずか8年後のレイチェル・カーソンの著述物だった。世界の知性と言われたこの二人も、8年後を予測できなかったのだ。それはともかく、当時、今日の原発の安全についてはほとんど意識されていなかったと言っても良い.またこの時代から科学者は必ずしも誠意がなく、たとえば仁科、湯川などの核物理の専門家は戦争中、原爆製造計画に携わっていたが、それは本人達からは明かされなかった.(平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.28
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猛暑も過ぎて 秋の雰囲気もしてきている次の秋の野菜の 大根と かぶら そろそろ 用意して 9月から 植え付けにはいろうで 土を追加して 畑に投入する予定ただいま 24bagの土を用意しているまだ 24bagを追加して48bagの土をいれてしまおうだいこん かぶら ねぎ わけぎ あさつき らっきょう にんにくこれらを植える畝に どんどん土を追加して いれていこう東日本大震災 3月11日発生8月28日は 既に900日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【原発の安全】02・・・誕生の時の科学者の動き「genpaturekisi02tdyno.355-(10:27).mp3」をダウンロード広島・長崎の原爆の経験があるので、日本では軍事用の原子力利用にはアレルギーがあったので、「原子力の平和利用」を象徴する「非核三原則」と、「自主・民主・公開」の「原子力三原則」を表面にたてて政治的活動が行われた。 15年ほど後の沖縄返還の時にも、表面上は非核三原則を守り、密約で日本政府とアメリカで「沖縄への核の持ち込みは自由」ということになった。このことから判るように、日本の核化は「政治、軍事、経済」が先行し、技術やエネルギーという視点ではなかった。つまり原子力の利用が大きな政治課題になったのは1950年代の終わりで、その後、1970年代まで、日本はエネルギーの不安は感じていなかったからだ。それでは、原子力を導入する政治的な大がかりなキャンペーンの中で物理を中心とする原子力研究陣はどのような状態だったのだろうか? 戦争中に核反応(日本軍の原爆)を研究した理化学研究所の仁科芳雄、後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹などの学者が日本の原子力研究の最初を担い、続いて戦後、伏見康司(日本学術会議会長)、茅誠司(東大総長)、武見太郎(日本医師会長)らが活躍した。これらの人たちはその優れた頭脳で広島の爆弾が原爆であるということや、日本の原子力の平和利用に関する初期の段階で学者として活躍し、どちらかというと「批判派」でもあった。つまり、正力松太郎、中曽根康弘などの政治、経済組がひたすら日本の核化を進める中で、主として軍事目的への原子力の利用を警戒し、かつアメリカからの安易な技術導入ではなく日本が自主的な研究開発を進めるべきであるというスタンスに立っていた。しかし、今から歴史を振り返ると、政治・経済サイドが現実的で権力に基づく推進策を採ったのに対して、学者は理屈を述べていたこと、核物理や放射線の影響についてはかなりのレベルにあったものの、アメリカからの情報の不足もあって、原子力発電の安全性やそのエネルギー的意味などについては考えが及ばなかった。 基礎学問の面ではきわめて優れていた初期の原子力の人たちも、システムエンジニアリングのような分野は、概念すらはっきりはしていなかった。 当時、世界的には東西対立と原爆競争の中にあり、1955年のアインシュタインとバートランド・ラッセルによるロンドン宣言に見られるように「核の安全問題」はもっぱら「人類を死滅させる可能性のある核爆弾」に関心が集中していたことにもよる。 不思議なことで、人類の将来を脅かすものとしての環境問題が指摘されたのは、ロンドン宣言からわずか8年後のレイチェル・カーソンの著述物だった。世界の知性と言われたこの二人も、8年後を予測できなかったのだ。それはともかく、当時、今日の原発の安全についてはほとんど意識されていなかったと言っても良い.またこの時代から科学者は必ずしも誠意がなく、たとえば仁科、湯川などの核物理の専門家は戦争中、原爆製造計画に携わっていたが、それは本人達からは明かされなかった.(平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.28
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2012 ヤマノイモ03月18日 昨年のヤマノイモの種芋の包みをみてみた まだ芋に芽は出ていないな ことしの植え付け用の種芋 まだ 芽はでてない が 3月の末には 畑に植え付けよう04月01日 種芋 m-08の畑の畝に植え付けておく04月15日 発芽していないかよく見る しかし まだ04月29日 予想とおり発芽した 今年は畝を変えた これで良く育てば もうけもの m-08の畑05月04日 畝に支柱をつけて 紐をつけておいた05月13日 ツルが支柱にどんどん登りだしている05月27日 どんどん蔓ができて 支柱に上がりだしている06月03日 支柱にどんどんあがりだしている06月17日 支柱の上にまで蔓が伸びている ok 07月01日 見た目にも ヤマノイモらしくなってきている庭をみると ヤマノイモのツルが出ていた04月28日 庭で1本 ヤマノイモのツルがある このまま育ててみよう 05月03日 これにも支柱をつけておいた05月10日 いものつるが3mになってきた 順調に大きくなってきている05月16日 2fにまで届きそうになってきている05月19日 2fに届いている どんどん伸びて頂戴 3.5M 05月26日 2Fの真ん中まできている 4M 05月31日 2fの上にいきつつある 5mになった06月06日 2fの上に上に上にいく 6mになった06月13日 2fの蔓をすこし下に移動して 再度 上に上るようにset ただいま7mに06月17日 雄花がたくさんついているm-20の畑こちらに 前の芋が残っていたのが 発芽してきている05月04日 たくさん発芽してきている これらも育てていこう 支柱をつけておいた05月13日 ツルは支柱を登り 空中にツルがぶらぶらしている06月03日 むかこの蔓がたくさん 他にも2-3本ある06月17日 2mくらいで蔓がなんども上がったり下がったりしているm-07の畑05月05日 ここにも1本 ついでに支柱をつけておいた 1個でも収穫するぞーーー05月13日 支柱にはつるがしっかりと巻いている これで良し06月03日 こちらも3-4本の蔓がある06月17日 2mくらいで蔓がなんども上がったり下がったりしている今年は山の芋さんの成長は順調なり庭の蔓は8Mを超えた雄花がたくさんついてきている畑の蔓は2mくらいで ウロウロしているが 見た目はヤマノイモらしくなってきている庭のヤマノイモが10mに届くか 観察中06月29日 8m40cmになった07月01日 8m80cmになった07月06日 9mとなった もうすこしで10mになる07月11日 9.4mとなった あと60cmで10mになる ムカゴがたくさん付き出した07月22日 庭に もう1本のヤマノイモの蔓が出ている これは4mくらいになっている庭のヤマノイモ 晴れが続いていて 9.5mくらいで止まっている さすがに 10mには いかないみたいだ 雨が少なくなり 成長しなくなったみたい08月04日 m-08の畑のヤマノイモ 無事に育っている08月25日 g-10の畑のヤマノイモ これも無事に育っているok/ok/okだ秋の収穫の時期となった これから m-08 m-20 m-07 m-06 庭と順番に収穫しよう10月07日 m-08のを収穫した これは 少ないなあ まあ 仕方がない 10月14日 m-20のを収穫した こちらは まあまあ10月21日 m-06のを収穫した これは大きいのがあった バラバラになったけど ヤマノイモ まだ 残っているのは m-07に1個 g-10に2個 日曜に g-10のを掘り出してみよう 来年用の 種イモも しっかりと確保した種イモは新聞紙に包んで 家の中で保存中 来年もこれを使おう2013 ヤマノイモ04月14日 保管中の やまのいも 畑に植え付けをやっておく ヤマノイモ m-07の畑の畝に30個を植え付けしておいた昨年はm-08の畝に植えたが 今年はm-07の畝に変更さて うまくいくかどうかは 未定 どうなるかな04月27日 g-10 g-22 m-07 m-20などに 発芽してきている04月28日 m-07の畝に植えた30本 ここのはまだ 発芽してこない05月03日 m-07の30本のうち 1本がやっと 発芽してきている ぼちぼちだなあ05月04日 m-08のところにもたくさん 発芽してきている05月06日 m-06のところにも すこし発芽してきている植え付けしたヤマノイモ 発芽は5月03日 遅いがなんとか なるだろう勝手に生えてきたのがあちこちで発芽してきている勝手に生えてくるのが 多い 楽しみだなあ これで6つの畑に あちこち ヤマノイモ発芽した やまのいも ただいまの 最高潮のは m-07のつる どんどん 伸びている 見ているだけでも いい感じ05月26日 イモの蔓 m07のは もう 4mを超えている06月08日 イモの蔓 まだ 伸びている 元気だなあ07月04日 ヤマノイモ 蔓も伸びている 花もさいたりしている むかごはまだ08月25日 ヤマノイモ m07-06-20とg-10-22の場所のが まあまあ今年のヤマノイモ 元気だあーーーーーーあ植えたのはダメのが多いが 勝手に生えてきているのは 元気なのが多い ヤマノイモ それなりに蔓は元気である東日本大震災 3月11日発生8月28日は 既に900日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【原発の安全】02・・・誕生の時の科学者の動き「genpaturekisi02tdyno.355-(10:27).mp3」をダウンロード広島・長崎の原爆の経験があるので、日本では軍事用の原子力利用にはアレルギーがあったので、「原子力の平和利用」を象徴する「非核三原則」と、「自主・民主・公開」の「原子力三原則」を表面にたてて政治的活動が行われた。 15年ほど後の沖縄返還の時にも、表面上は非核三原則を守り、密約で日本政府とアメリカで「沖縄への核の持ち込みは自由」ということになった。このことから判るように、日本の核化は「政治、軍事、経済」が先行し、技術やエネルギーという視点ではなかった。つまり原子力の利用が大きな政治課題になったのは1950年代の終わりで、その後、1970年代まで、日本はエネルギーの不安は感じていなかったからだ。それでは、原子力を導入する政治的な大がかりなキャンペーンの中で物理を中心とする原子力研究陣はどのような状態だったのだろうか? 戦争中に核反応(日本軍の原爆)を研究した理化学研究所の仁科芳雄、後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹などの学者が日本の原子力研究の最初を担い、続いて戦後、伏見康司(日本学術会議会長)、茅誠司(東大総長)、武見太郎(日本医師会長)らが活躍した。これらの人たちはその優れた頭脳で広島の爆弾が原爆であるということや、日本の原子力の平和利用に関する初期の段階で学者として活躍し、どちらかというと「批判派」でもあった。つまり、正力松太郎、中曽根康弘などの政治、経済組がひたすら日本の核化を進める中で、主として軍事目的への原子力の利用を警戒し、かつアメリカからの安易な技術導入ではなく日本が自主的な研究開発を進めるべきであるというスタンスに立っていた。しかし、今から歴史を振り返ると、政治・経済サイドが現実的で権力に基づく推進策を採ったのに対して、学者は理屈を述べていたこと、核物理や放射線の影響についてはかなりのレベルにあったものの、アメリカからの情報の不足もあって、原子力発電の安全性やそのエネルギー的意味などについては考えが及ばなかった。 基礎学問の面ではきわめて優れていた初期の原子力の人たちも、システムエンジニアリングのような分野は、概念すらはっきりはしていなかった。 当時、世界的には東西対立と原爆競争の中にあり、1955年のアインシュタインとバートランド・ラッセルによるロンドン宣言に見られるように「核の安全問題」はもっぱら「人類を死滅させる可能性のある核爆弾」に関心が集中していたことにもよる。 不思議なことで、人類の将来を脅かすものとしての環境問題が指摘されたのは、ロンドン宣言からわずか8年後のレイチェル・カーソンの著述物だった。世界の知性と言われたこの二人も、8年後を予測できなかったのだ。それはともかく、当時、今日の原発の安全についてはほとんど意識されていなかったと言っても良い.またこの時代から科学者は必ずしも誠意がなく、たとえば仁科、湯川などの核物理の専門家は戦争中、原爆製造計画に携わっていたが、それは本人達からは明かされなかった.(平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.28
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m-06の秋ナス用の苗猛暑をすぎて 秋ナスの苗も ただいま 元気になっているなすびは まだまだ これから 秋ナスが収穫できる予定きゅうりは そろそろ おしまいにトマト ミニトマトも そろそろ おしまいに茄は まだまだ これから これから東日本大震災 3月11日発生8月28日は 既に900日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【原発の安全】02・・・誕生の時の科学者の動き「genpaturekisi02tdyno.355-(10:27).mp3」をダウンロード広島・長崎の原爆の経験があるので、日本では軍事用の原子力利用にはアレルギーがあったので、「原子力の平和利用」を象徴する「非核三原則」と、「自主・民主・公開」の「原子力三原則」を表面にたてて政治的活動が行われた。 15年ほど後の沖縄返還の時にも、表面上は非核三原則を守り、密約で日本政府とアメリカで「沖縄への核の持ち込みは自由」ということになった。このことから判るように、日本の核化は「政治、軍事、経済」が先行し、技術やエネルギーという視点ではなかった。つまり原子力の利用が大きな政治課題になったのは1950年代の終わりで、その後、1970年代まで、日本はエネルギーの不安は感じていなかったからだ。それでは、原子力を導入する政治的な大がかりなキャンペーンの中で物理を中心とする原子力研究陣はどのような状態だったのだろうか?戦争中に核反応(日本軍の原爆)を研究した理化学研究所の仁科芳雄、後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹などの学者が日本の原子力研究の最初を担い、続いて戦後、伏見康司(日本学術会議会長)、茅誠司(東大総長)、武見太郎(日本医師会長)らが活躍した。これらの人たちはその優れた頭脳で広島の爆弾が原爆であるということや、日本の原子力の平和利用に関する初期の段階で学者として活躍し、どちらかというと「批判派」でもあった。つまり、正力松太郎、中曽根康弘などの政治、経済組がひたすら日本の核化を進める中で、主として軍事目的への原子力の利用を警戒し、かつアメリカからの安易な技術導入ではなく日本が自主的な研究開発を進めるべきであるというスタンスに立っていた。しかし、今から歴史を振り返ると、政治・経済サイドが現実的で権力に基づく推進策を採ったのに対して、学者は理屈を述べていたこと、核物理や放射線の影響についてはかなりのレベルにあったものの、アメリカからの情報の不足もあって、原子力発電の安全性やそのエネルギー的意味などについては考えが及ばなかった。基礎学問の面ではきわめて優れていた初期の原子力の人たちも、システムエンジニアリングのような分野は、概念すらはっきりはしていなかった。当時、世界的には東西対立と原爆競争の中にあり、1955年のアインシュタインとバートランド・ラッセルによるロンドン宣言に見られるように「核の安全問題」はもっぱら「人類を死滅させる可能性のある核爆弾」に関心が集中していたことにもよる。不思議なことで、人類の将来を脅かすものとしての環境問題が指摘されたのは、ロンドン宣言からわずか8年後のレイチェル・カーソンの著述物だった。世界の知性と言われたこの二人も、8年後を予測できなかったのだ。それはともかく、当時、今日の原発の安全についてはほとんど意識されていなかったと言っても良い.またこの時代から科学者は必ずしも誠意がなく、たとえば仁科、湯川などの核物理の専門家は戦争中、原爆製造計画に携わっていたが、それは本人達からは明かされなかった.(平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむはた坊
2013.08.28
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昨年まずは hcでの苗から04月15日 hcでの苗があったので まずは1本 58円なり m-08の畑に1本 植え付けた05月20日 初の収穫 すこし こぼれ種の発芽は 05月20日 あちこちにたくさん発芽している05月26日 2回目の収穫をしたあ05月31日 3回目の収穫をしたーあ06月03日 4回目の収穫をしたーーーあ06月10日 5回目の収穫をしたーーーーーーあ06月17日 6回目の収穫をしたーーーーーーーーーーあ06月24日 7回目の収穫をしたーーーーーーーーーーーーーあ06月30日 8回目の収穫をしたーーーーーーーーーーーーーーーあ07月08日 9回目の収穫をしたーーーーーーーーーーーーーーーーーあ07月11日 10回目の収穫をした----------------------------------あ07月16日 11回目の収穫をした---------------------------あ07月22日 12回目の収穫をした----------------------あ07月29日 13回目の収穫をした------------------あ08月05日 14回目の収穫をした--------------あ08月12日 15回目の収穫をした----------あ08月19日 16回目の収穫をした------あ08月26日 17回目の収穫をした--あ09月02日 18回目の収穫をしたあ収穫はこれにて終了した あとは穂が咲いている香りも良い あとは 種が落ちて 来年に発芽してくれる今年 今年もしその葉 まずはhcで1本の苗を買ってきた04月09日 まずはhcで 1本の苗を買ってきて 畑に植えておいた04月14日 まだ 寒いみたい 枯れそうだなあ04月27日 はんぶん 枯れそうなまま 成長せず05月25日 これは ダメ 花が咲いて種ができそう 結果は不良の苗だつたhcでの苗 第二弾04月27日 hcでローヤルにいくと苗があったので2つ購入 畑に植えておく05月19日 あおしそのhcでの買ってきた分 そろそろ収穫できそうになった05月25日 やっと しそのは 収穫できた いい 感じ06月02日 第二弾の収穫となった06月08日 第三弾の収穫をした06月16日 第四弾の収穫をした06月23日 5回目の収穫をした06月30日 6回目の収穫をした07月07日 7回目の収穫をした07月14日 8回目の収穫をした07月21日 9回目の収穫をした07月28日 10回目の収穫をした昨年の種が落ちているのが 発芽してくるのは 4月21日くらい しかし 今年は まだ 見つからない ??????発芽はまだしていない 寒いので 無理かな ??こぼれ種の発芽は あかしそはでて来ている05月25日 あおしそ ようやく いちぶ 発芽してきている05月26日 あちこち あおしそが 発芽してきていた やっと 出たあーーーーー06月02日 あちこち あちこち もっと 発芽してきている06月08日 しその葉 空梅雨で雨がなし 弱ってきている みずやり しておく06月15日 10本のしそを集めて m07に植え付けている これは無事06月16日 ほかのは 大きくなりつつある そろそろ 収穫もできそうになっている06月23日 ねぎの間にあるしその葉 抜いて10本をm07に植え付けた07月15日 10本のしその葉 元気に育っている しその葉10本のこの苗だけで 十分 今年の収穫はできそう まだ あちこちにあるのは 余分くらいだ どんどん 整理していこう08月04日 11回目の収穫をした08月11日 12回目の収穫をした08月18日 13回目の収穫をした08月25日 14回目の収穫をした東日本大震災 3月11日発生8月27日は 既に899日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康と安全】 飲酒運転考(1) 飲酒運転とはなにか? 「tdyno.375-(9:07).mp3」をダウンロード飲酒運転とは「飲酒をして運転をする」ということで、昔はそれで良かったのですが、現在では「機器で測定して「酔っている状態」で運転する事が飲酒運転」と定義が変わっています。つまり、昔は一杯飲み屋でお酒を飲んで運転して家に帰ってはいけないということですから、「乗るなら飲むな、飲むなら乗るな」というコピーが流行したのです。この前、九州で「前日にお酒を飲むのは禁止」というバス会社があることが報じられました。そうなると毎日、車を運転する必要のある人は「一生、お酒が飲めない」と言うことにもなります。 私の知り合いの土建屋さんは、家族で一所懸命働いて家計を支えていますが、夜はビールを飲むのが楽しみ、そしてぐっすり眠って、朝は奥さんと仕事に出かけます。もちろん、軽トラックにはシャベルや一輪車など工事に必要なものを一式、乗せています。そして、そんな生活を何10年としています。でも、前日にお酒を飲んではダメということになると、その人は仕事を辞めるか、晩酌の楽しみをあきらめるかを迫られる事になります。かくゆう私も、酒酔い運転の取り締まりがこの記事で示すような「非科学的」なので、お酒を飲んだ翌日は運転をしないことにしていますが、それは私の職業からそれができるからで、本当に土建屋さんは可哀想です。 飲酒運転がいけないことは当然で、社会的には一定のアルコールの血中濃度を決めなければなりません。Bandicam_20130826_182333524 この表は世界各国の飲酒運転基準で「呼気中の基準」を示しています。国によってはまれに血中の濃度の基準しかない国もありますが、血液検査をすることはできないので、そのような国は基準がないのと同じです。この表からわかるように、血中のアルコール濃度の基準は世界的に、厳しい国が0.25(mg/L,以下単位は省略します)、普通の国が0.38で、まだ規制のない国も多いというのが現状です。それに対して日本だけは飛び抜けて厳しく、0.15となっていますが、これは博多の飲酒運転事故前には0.25だったのですが、社会的な糾弾を受けて規制が厳しくなったものです。それでは、いったい、酒酔い運転とはどう言うものなのでしょうか? そしてどのような規制をするのが酒酔い運転が行われない社会を作る方法なのでしょうか。まず、次のデータが必要です。1)血中アルコール濃度と事故率の関係2)血中アルコール濃度の経時変化 当然のことですが、「飲酒をしたら車を運転してはいけない」というのは不適切な表現です。10年前に一度、お酒を飲んだら一生、車を運転してはいけないということになります。つまり、正確に表現すると「飲酒をするかどうかではなく、血中のアルコール量(通常、呼気中の測定から換算)がどのぐらいなら危険」ということです。だから、血中アルコール濃度と事故率の関係を調べ、それが「容認される限度」を決める必要があります。Icrp ここに、原発の被曝についての被曝限度の決め方について「国際基準」の図を示しました。現代社会の危険性・・・農薬、毒物、添加物、車、タバコ、痲薬など・・・について、すべてこのような考え方で規制値を決めます。まず、「絶対に安全」というレベルがあります。それがこの図では左の(免除レベル)になります。つまりこれ以下のものなら社会は何の問題にもしないということです。また右には(線量限度)とありますが、これは「仕方が無いから、この値で規制しよう」ということで、英語でtolerable(我慢できる)範囲ということです。規制値は「我慢できる数値」で決まります。そんなバカなことはない、と思う方が多いと思います。被害が出ることが判っているのに、「我慢できる範囲」とはなにか!と思うでしょう。でも、人間はそれで仕方が無いのです。たとえば、交通事故では1年間に5000人の死者がでます。それでも車は走っていますが、これは5000人が「我慢できる範囲」だからです。 火災でも1年に2200人が死亡しますが、消防法や建築基準法をもっと徹底的にして、たとえば「木造の家は認めない」、「3階以上のビルはダメ」とか「マンションで火を使ってはいけない」などとすれば、死亡者はゼロに近づく可能性があります。でも、それでは生活が困るので、「2000人ぐらいは仕方が無い」と言うのが「我慢できる範囲」です。 (平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.27
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昨年のきゅうりhcでの苗は売っているが まだ寒そう とりあえず 種のほうは買っておいた苗は来週くらいにしようかな ???04月22日 hcで苗を探しに行く 小さいが北進があったので6個をかっておく 植え付け04月28日 苗は畑で無事だ サイズは変わらず 05月06日 まあまあ すこしは成長しつつある05月20日 上に伸びてきている 支柱が必要05月27日 支柱をつけておく ついでに小さいキュウリを収穫しておく06月01日 2回目の収穫は2本を06月03日 3回目の収穫は4本06月06日 4回目の収穫は6本06月10日 5回目の収穫は3本06月13日 6回目の収穫は5本06月17日 7回目の収穫は8本06月20日 8回目の収穫は8本06月23日 9回目の収穫は6本06月26日 10回目の収穫は4本06月29日 11回目の収穫は10本07月01日 12回目の収穫は02本07月04日 13回目の収穫は05本07月08日 14回目の収穫は04本07月11日 15回目の収穫は10本07月14日 16回目の収穫は08本 種まき 第二弾04月22日 同時に種まきを開始しておく 8potsを04月28日 1個の芽が出てきている しめしめ05月06日 g-10の畑に移動した05月20日 8本ともに無事 すこし成長した05月27日 蔓が延びてきている06月06日 第二弾のキュウリの生長も開始 実もそろそろかも06月17日 かなり横に横に伸びてきている 実も小さいがついている06月23日 1回目の収穫 19本もあった 多すぎだなあ06月26日 2回目の収穫 11本06月29日 3回目の収穫 20本07月01日 4回目の収穫 07本07月04日 5回目の収穫 15本07月08日 6回目の収穫 16本07月11日 7回目の収穫は10本07月19日 8回目の収穫は08本 第三弾のキュウリ05月27日 庭で種まきをしておいた06月02日 発芽した06月06日 次に日曜には畑に移動しよう06月10日 畑に移動 m-06の畑に植え付けた07月08日 蔓は延びてきている07月19日 1回目の収穫 12本07月28日 2回目の収穫 07本 落ち着いてきている第四弾の種まき06月10日 庭で8potに種まきをしておいた06月15日 発芽してきている06月23日 畑に移動 g-22に植え付けておいた07月08日 5本くらいは 無事 第五弾は会社で種まき08月09日 会社で通行人からキュウリの種をもらう08月10日 もらった種 会社の土に植えておく08月13日 発芽した08月19日 双葉になっているが 育つかな ????08月28日 追肥しておいた 収穫した分は 第一弾 5月27日から 合計で5+2+4+6+3+5+8+8+6+4+10+2+5+4+10+8+8+6=104本 第二弾 6月23日から 合計で19+11+20+07+15+16+10+8+10=116本 第三弾 7月19日から 合計で12+2+7+5+10 =36本 第四弾 8月04日から 合計で1+2+1+1 =5本 第五弾 キュウリ 第4弾の分 お終いとなった 第五弾を育てているが これは会社で育てている成長はあまりしない 無理かな 実がつくかな ?????今年のきゅうり まずは 苗から04月27日 苗を6本かってきた 畑に植え付けをしておいた05月06日 2本が枯れそう 追加で2本の苗をかっておいた05月12日 すこし 元気がなさそう どうかな ???05月18日 追加で 予備で また2本のきゅうりを追加して 植えておいた06月02日 ちいさい実がついていたので 収穫しておいた 06月06日 ちいさい実がまた ついていたので 再度の収穫をしておいた06月08日 3回目の収穫をしておいた06月09日 4回目の収穫をしておいた 小さいのも どんどん収穫06月15日 5回目の収穫をしておいた 数もふえてきている06月18日 6回目の収穫をしておいた 1本06月22日 7回目の収穫をしておいた 毛馬 4本なり06月23日 8回目の収穫をした 3本06月27日 9回目の収穫をした 2本06月28日 10回目の収穫をした 4本06月29日 11回目の収穫をした 5本06月30日 12回目の収穫をした 6本07月06日 13回目の収穫をした 9本07月07日 14回目の収穫をした 5本07月13日 15回目の収穫をした 6本07月14日 16回目の収穫をした 6本07月18日 17回目の収穫をした 7本07月20日 18回目の収穫をした 6本 次は 種まきをしよう05月06日 庭で種まきをしておいた 16pots 05月12日 発芽はまだ 遅いなあ 05月17日 発芽している05月18日 畑に移動 g-22の畑に植え付けた06月02日 10本くらいはのこっている みずやりをしておいた06月06日 また みずやりをしておいた06月09日 またまた みずやりをしておく これで なんとか成長するかな06月12日 まあまあ 育ちつつある みずやりをやっておく06月18日 はやくも小さいが実がつきだしている06月23日 写真をとってきた まあまあ 大きくなってきている06月30日 ふしなり 初の収穫をした ごろごろ 実がつきだした 10本なり07月04日 ふしなり 2回目の収穫 20本なり07月07日 ふしなり 3回目の収穫 13本なり07月10日 ふしなり 4回目の収穫 10本なり07月17日 ふしなり 5回目の収穫 13本なり07月21日 ふしなり 6回目の収穫 13本なり07月25日 ふしなり 7回目の収穫 15本なり07月28日 ふしなり 8回目の収穫 06本なり07月31日 ふしなり 9回目の収穫 04本なり08月03日 ふしなり 10回目の収穫 05本なり08月04日 ふしなり 2弾目 11回目の収穫 03本08月07日 ふしなり 12回目のは 02本08月10日 ふしなり 13回目のは 13本08月11日 ふしなり 14回目の収穫は 15本08月12日 ふしなり 15回目の収穫は 02本08月18日 ふしなり 16回目の収穫は 01本きゅうり 第二弾の種まき種まきした分のが 早くも実がつきだした早すぎるので 時差のきゅうりの種まきの第二弾をしよう06月23日 第二弾の種まきをしておいた m-20の畑に06月23日 庭でもpotに種まきをしておいた06月30日 発芽した苗をg-10の畑のうねに移動した06月30日 m-20のきゅうりも 発芽してきている07月13日 g-10のきゅうり かなり大きくなってきている 無事だ07月17日 m-20/g-10の苗 それなりに育ちつつある 蔓もどんどん伸びてきているhcの苗 これは 6月2日から収穫 7月20日で おしまいに 合計77本ふしなり 第一弾にもどんどん実がつきだした 6月30日から8月12日までで 合計98本ふしなり 第二弾の苗 無事に生育中 8月04日から収穫 合計31本8月になっている そろそろ 収穫も少なくなりつつある東日本大震災 3月11日発生8月27日は 既に899日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康と安全】 飲酒運転考(1) 飲酒運転とはなにか? 「tdyno.375-(9:07).mp3」をダウンロード飲酒運転とは「飲酒をして運転をする」ということで、昔はそれで良かったのですが、現在では「機器で測定して「酔っている状態」で運転する事が飲酒運転」と定義が変わっています。つまり、昔は一杯飲み屋でお酒を飲んで運転して家に帰ってはいけないということですから、「乗るなら飲むな、飲むなら乗るな」というコピーが流行したのです。この前、九州で「前日にお酒を飲むのは禁止」というバス会社があることが報じられました。そうなると毎日、車を運転する必要のある人は「一生、お酒が飲めない」と言うことにもなります。 私の知り合いの土建屋さんは、家族で一所懸命働いて家計を支えていますが、夜はビールを飲むのが楽しみ、そしてぐっすり眠って、朝は奥さんと仕事に出かけます。もちろん、軽トラックにはシャベルや一輪車など工事に必要なものを一式、乗せています。そして、そんな生活を何10年としています。でも、前日にお酒を飲んではダメということになると、その人は仕事を辞めるか、晩酌の楽しみをあきらめるかを迫られる事になります。かくゆう私も、酒酔い運転の取り締まりがこの記事で示すような「非科学的」なので、お酒を飲んだ翌日は運転をしないことにしていますが、それは私の職業からそれができるからで、本当に土建屋さんは可哀想です。 飲酒運転がいけないことは当然で、社会的には一定のアルコールの血中濃度を決めなければなりません。Bandicam_20130826_182333524 この表は世界各国の飲酒運転基準で「呼気中の基準」を示しています。国によってはまれに血中の濃度の基準しかない国もありますが、血液検査をすることはできないので、そのような国は基準がないのと同じです。この表からわかるように、血中のアルコール濃度の基準は世界的に、厳しい国が0.25(mg/L,以下単位は省略します)、普通の国が0.38で、まだ規制のない国も多いというのが現状です。それに対して日本だけは飛び抜けて厳しく、0.15となっていますが、これは博多の飲酒運転事故前には0.25だったのですが、社会的な糾弾を受けて規制が厳しくなったものです。それでは、いったい、酒酔い運転とはどう言うものなのでしょうか? そしてどのような規制をするのが酒酔い運転が行われない社会を作る方法なのでしょうか。まず、次のデータが必要です。1)血中アルコール濃度と事故率の関係2)血中アルコール濃度の経時変化 当然のことですが、「飲酒をしたら車を運転してはいけない」というのは不適切な表現です。10年前に一度、お酒を飲んだら一生、車を運転してはいけないということになります。つまり、正確に表現すると「飲酒をするかどうかではなく、血中のアルコール量(通常、呼気中の測定から換算)がどのぐらいなら危険」ということです。だから、血中アルコール濃度と事故率の関係を調べ、それが「容認される限度」を決める必要があります。Icrp ここに、原発の被曝についての被曝限度の決め方について「国際基準」の図を示しました。現代社会の危険性・・・農薬、毒物、添加物、車、タバコ、痲薬など・・・について、すべてこのような考え方で規制値を決めます。まず、「絶対に安全」というレベルがあります。それがこの図では左の(免除レベル)になります。つまりこれ以下のものなら社会は何の問題にもしないということです。また右には(線量限度)とありますが、これは「仕方が無いから、この値で規制しよう」ということで、英語でtolerable(我慢できる)範囲ということです。規制値は「我慢できる数値」で決まります。そんなバカなことはない、と思う方が多いと思います。被害が出ることが判っているのに、「我慢できる範囲」とはなにか!と思うでしょう。でも、人間はそれで仕方が無いのです。たとえば、交通事故では1年間に5000人の死者がでます。それでも車は走っていますが、これは5000人が「我慢できる範囲」だからです。 火災でも1年に2200人が死亡しますが、消防法や建築基準法をもっと徹底的にして、たとえば「木造の家は認めない」、「3階以上のビルはダメ」とか「マンションで火を使ってはいけない」などとすれば、死亡者はゼロに近づく可能性があります。でも、それでは生活が困るので、「2000人ぐらいは仕方が無い」と言うのが「我慢できる範囲」です。 (平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.27
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g-10の3本の下仁田ネギ08月25日 無事に 猛暑を乗り超えたみたいなんとか 無事だ涼しくなれば 元気になり 勢いを盛り返してくれそうまずは 安心 ほっとした人間も 猛暑を乗り切って がんばろう東日本大震災 3月11日発生8月27日は 既に899日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康と安全】 飲酒運転考(1) 飲酒運転とはなにか? 「tdyno.375-(9:07).mp3」をダウンロード飲酒運転とは「飲酒をして運転をする」ということで、昔はそれで良かったのですが、現在では「機器で測定して「酔っている状態」で運転する事が飲酒運転」と定義が変わっています。つまり、昔は一杯飲み屋でお酒を飲んで運転して家に帰ってはいけないということですから、「乗るなら飲むな、飲むなら乗るな」というコピーが流行したのです。この前、九州で「前日にお酒を飲むのは禁止」というバス会社があることが報じられました。そうなると毎日、車を運転する必要のある人は「一生、お酒が飲めない」と言うことにもなります。 私の知り合いの土建屋さんは、家族で一所懸命働いて家計を支えていますが、夜はビールを飲むのが楽しみ、そしてぐっすり眠って、朝は奥さんと仕事に出かけます。もちろん、軽トラックにはシャベルや一輪車など工事に必要なものを一式、乗せています。そして、そんな生活を何10年としています。でも、前日にお酒を飲んではダメということになると、その人は仕事を辞めるか、晩酌の楽しみをあきらめるかを迫られる事になります。かくゆう私も、酒酔い運転の取り締まりがこの記事で示すような「非科学的」なので、お酒を飲んだ翌日は運転をしないことにしていますが、それは私の職業からそれができるからで、本当に土建屋さんは可哀想です。 飲酒運転がいけないことは当然で、社会的には一定のアルコールの血中濃度を決めなければなりません。Bandicam_20130826_182333524 この表は世界各国の飲酒運転基準で「呼気中の基準」を示しています。国によってはまれに血中の濃度の基準しかない国もありますが、血液検査をすることはできないので、そのような国は基準がないのと同じです。この表からわかるように、血中のアルコール濃度の基準は世界的に、厳しい国が0.25(mg/L,以下単位は省略します)、普通の国が0.38で、まだ規制のない国も多いというのが現状です。それに対して日本だけは飛び抜けて厳しく、0.15となっていますが、これは博多の飲酒運転事故前には0.25だったのですが、社会的な糾弾を受けて規制が厳しくなったものです。それでは、いったい、酒酔い運転とはどう言うものなのでしょうか? そしてどのような規制をするのが酒酔い運転が行われない社会を作る方法なのでしょうか。まず、次のデータが必要です。1)血中アルコール濃度と事故率の関係2)血中アルコール濃度の経時変化 当然のことですが、「飲酒をしたら車を運転してはいけない」というのは不適切な表現です。10年前に一度、お酒を飲んだら一生、車を運転してはいけないということになります。つまり、正確に表現すると「飲酒をするかどうかではなく、血中のアルコール量(通常、呼気中の測定から換算)がどのぐらいなら危険」ということです。だから、血中アルコール濃度と事故率の関係を調べ、それが「容認される限度」を決める必要があります。Icrp ここに、原発の被曝についての被曝限度の決め方について「国際基準」の図を示しました。現代社会の危険性・・・農薬、毒物、添加物、車、タバコ、痲薬など・・・について、すべてこのような考え方で規制値を決めます。まず、「絶対に安全」というレベルがあります。それがこの図では左の(免除レベル)になります。つまりこれ以下のものなら社会は何の問題にもしないということです。また右には(線量限度)とありますが、これは「仕方が無いから、この値で規制しよう」ということで、英語でtolerable(我慢できる)範囲ということです。規制値は「我慢できる数値」で決まります。そんなバカなことはない、と思う方が多いと思います。被害が出ることが判っているのに、「我慢できる範囲」とはなにか!と思うでしょう。でも、人間はそれで仕方が無いのです。たとえば、交通事故では1年間に5000人の死者がでます。それでも車は走っていますが、これは5000人が「我慢できる範囲」だからです。 火災でも1年に2200人が死亡しますが、消防法や建築基準法をもっと徹底的にして、たとえば「木造の家は認めない」、「3階以上のビルはダメ」とか「マンションで火を使ってはいけない」などとすれば、死亡者はゼロに近づく可能性があります。でも、それでは生活が困るので、「2000人ぐらいは仕方が無い」と言うのが「我慢できる範囲」です。 (平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.27
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ミニトマト猛暑が過ぎてきたが ミニトマトも 完熟の状態でそろそろ おしまいになりそうもう すこし 収穫したら 次の野菜の準備にはいらないとねえ残っている ミニトマト できるだけ たくさん 収穫してしまおう東日本大震災 3月11日発生8月27日は 既に899日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康と安全】 飲酒運転考(1) 飲酒運転とはなにか? 「tdyno.375-(9:07).mp3」をダウンロード飲酒運転とは「飲酒をして運転をする」ということで、昔はそれで良かったのですが、現在では「機器で測定して「酔っている状態」で運転する事が飲酒運転」と定義が変わっています。つまり、昔は一杯飲み屋でお酒を飲んで運転して家に帰ってはいけないということですから、「乗るなら飲むな、飲むなら乗るな」というコピーが流行したのです。この前、九州で「前日にお酒を飲むのは禁止」というバス会社があることが報じられました。そうなると毎日、車を運転する必要のある人は「一生、お酒が飲めない」と言うことにもなります。 私の知り合いの土建屋さんは、家族で一所懸命働いて家計を支えていますが、夜はビールを飲むのが楽しみ、そしてぐっすり眠って、朝は奥さんと仕事に出かけます。もちろん、軽トラックにはシャベルや一輪車など工事に必要なものを一式、乗せています。そして、そんな生活を何10年としています。でも、前日にお酒を飲んではダメということになると、その人は仕事を辞めるか、晩酌の楽しみをあきらめるかを迫られる事になります。かくゆう私も、酒酔い運転の取り締まりがこの記事で示すような「非科学的」なので、お酒を飲んだ翌日は運転をしないことにしていますが、それは私の職業からそれができるからで、本当に土建屋さんは可哀想です。 飲酒運転がいけないことは当然で、社会的には一定のアルコールの血中濃度を決めなければなりません。Bandicam_20130826_182333524 この表は世界各国の飲酒運転基準で「呼気中の基準」を示しています。国によってはまれに血中の濃度の基準しかない国もありますが、血液検査をすることはできないので、そのような国は基準がないのと同じです。この表からわかるように、血中のアルコール濃度の基準は世界的に、厳しい国が0.25(mg/L,以下単位は省略します)、普通の国が0.38で、まだ規制のない国も多いというのが現状です。それに対して日本だけは飛び抜けて厳しく、0.15となっていますが、これは博多の飲酒運転事故前には0.25だったのですが、社会的な糾弾を受けて規制が厳しくなったものです。それでは、いったい、酒酔い運転とはどう言うものなのでしょうか? そしてどのような規制をするのが酒酔い運転が行われない社会を作る方法なのでしょうか。まず、次のデータが必要です。1)血中アルコール濃度と事故率の関係2)血中アルコール濃度の経時変化 当然のことですが、「飲酒をしたら車を運転してはいけない」というのは不適切な表現です。10年前に一度、お酒を飲んだら一生、車を運転してはいけないということになります。つまり、正確に表現すると「飲酒をするかどうかではなく、血中のアルコール量(通常、呼気中の測定から換算)がどのぐらいなら危険」ということです。だから、血中アルコール濃度と事故率の関係を調べ、それが「容認される限度」を決める必要があります。Icrp ここに、原発の被曝についての被曝限度の決め方について「国際基準」の図を示しました。現代社会の危険性・・・農薬、毒物、添加物、車、タバコ、痲薬など・・・について、すべてこのような考え方で規制値を決めます。まず、「絶対に安全」というレベルがあります。それがこの図では左の(免除レベル)になります。つまりこれ以下のものなら社会は何の問題にもしないということです。また右には(線量限度)とありますが、これは「仕方が無いから、この値で規制しよう」ということで、英語でtolerable(我慢できる)範囲ということです。規制値は「我慢できる数値」で決まります。そんなバカなことはない、と思う方が多いと思います。被害が出ることが判っているのに、「我慢できる範囲」とはなにか!と思うでしょう。でも、人間はそれで仕方が無いのです。たとえば、交通事故では1年間に5000人の死者がでます。それでも車は走っていますが、これは5000人が「我慢できる範囲」だからです。 火災でも1年に2200人が死亡しますが、消防法や建築基準法をもっと徹底的にして、たとえば「木造の家は認めない」、「3階以上のビルはダメ」とか「マンションで火を使ってはいけない」などとすれば、死亡者はゼロに近づく可能性があります。でも、それでは生活が困るので、「2000人ぐらいは仕方が無い」と言うのが「我慢できる範囲」です。 (平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.27
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畑でよく見る モンシロチョウ元気で 一年中 うろうろと 飛び回っているnetで 蝶と 蛾の違いについて 調べてみた チョウ(蝶)昆虫綱チョウ目(鱗翅目、ガ目とも)のうち、Rhopalocera に分類される生物の総称である。チョウ目の21上科のうち、アゲハチョウ上科、セセリチョウ上科、シャクガモドキ上科の3上科が、いくつかの特徴を共有し、Rhopalocera に分類される、すなわちチョウである。その他のチョウ目の種はガ(蛾)と呼ばれるが、チョウはチョウ目の系統の中でかなり深いところにある派生的な系統で、それに対しガは「チョウでない」としか定義できない側系統であり、チョウ目をチョウとガに分けるのは自然な分類ではない。(チョウ目#チョウとガの区別参照)。しかし、一般には完全に区別して扱われ、昆虫採集においてもっとも愛されてきた昆虫である。蝶目のなかの 一部が 蝶で その他は 蛾蝶でないのが 蛾 蛾でないのが 蝶あ チョー か ?????東日本大震災 3月11日発生8月27日は 既に899日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康と安全】 飲酒運転考(1) 飲酒運転とはなにか? 「tdyno.375-(9:07).mp3」をダウンロード飲酒運転とは「飲酒をして運転をする」ということで、昔はそれで良かったのですが、現在では「機器で測定して「酔っている状態」で運転する事が飲酒運転」と定義が変わっています。つまり、昔は一杯飲み屋でお酒を飲んで運転して家に帰ってはいけないということですから、「乗るなら飲むな、飲むなら乗るな」というコピーが流行したのです。この前、九州で「前日にお酒を飲むのは禁止」というバス会社があることが報じられました。そうなると毎日、車を運転する必要のある人は「一生、お酒が飲めない」と言うことにもなります。 私の知り合いの土建屋さんは、家族で一所懸命働いて家計を支えていますが、夜はビールを飲むのが楽しみ、そしてぐっすり眠って、朝は奥さんと仕事に出かけます。もちろん、軽トラックにはシャベルや一輪車など工事に必要なものを一式、乗せています。そして、そんな生活を何10年としています。でも、前日にお酒を飲んではダメということになると、その人は仕事を辞めるか、晩酌の楽しみをあきらめるかを迫られる事になります。かくゆう私も、酒酔い運転の取り締まりがこの記事で示すような「非科学的」なので、お酒を飲んだ翌日は運転をしないことにしていますが、それは私の職業からそれができるからで、本当に土建屋さんは可哀想です。 飲酒運転がいけないことは当然で、社会的には一定のアルコールの血中濃度を決めなければなりません。Bandicam_20130826_182333524 この表は世界各国の飲酒運転基準で「呼気中の基準」を示しています。国によってはまれに血中の濃度の基準しかない国もありますが、血液検査をすることはできないので、そのような国は基準がないのと同じです。この表からわかるように、血中のアルコール濃度の基準は世界的に、厳しい国が0.25(mg/L,以下単位は省略します)、普通の国が0.38で、まだ規制のない国も多いというのが現状です。それに対して日本だけは飛び抜けて厳しく、0.15となっていますが、これは博多の飲酒運転事故前には0.25だったのですが、社会的な糾弾を受けて規制が厳しくなったものです。それでは、いったい、酒酔い運転とはどう言うものなのでしょうか? そしてどのような規制をするのが酒酔い運転が行われない社会を作る方法なのでしょうか。まず、次のデータが必要です。1)血中アルコール濃度と事故率の関係2)血中アルコール濃度の経時変化 当然のことですが、「飲酒をしたら車を運転してはいけない」というのは不適切な表現です。10年前に一度、お酒を飲んだら一生、車を運転してはいけないということになります。つまり、正確に表現すると「飲酒をするかどうかではなく、血中のアルコール量(通常、呼気中の測定から換算)がどのぐらいなら危険」ということです。だから、血中アルコール濃度と事故率の関係を調べ、それが「容認される限度」を決める必要があります。Icrp ここに、原発の被曝についての被曝限度の決め方について「国際基準」の図を示しました。現代社会の危険性・・・農薬、毒物、添加物、車、タバコ、痲薬など・・・について、すべてこのような考え方で規制値を決めます。まず、「絶対に安全」というレベルがあります。それがこの図では左の(免除レベル)になります。つまりこれ以下のものなら社会は何の問題にもしないということです。また右には(線量限度)とありますが、これは「仕方が無いから、この値で規制しよう」ということで、英語でtolerable(我慢できる)範囲ということです。規制値は「我慢できる数値」で決まります。そんなバカなことはない、と思う方が多いと思います。被害が出ることが判っているのに、「我慢できる範囲」とはなにか!と思うでしょう。でも、人間はそれで仕方が無いのです。たとえば、交通事故では1年間に5000人の死者がでます。それでも車は走っていますが、これは5000人が「我慢できる範囲」だからです。 火災でも1年に2200人が死亡しますが、消防法や建築基準法をもっと徹底的にして、たとえば「木造の家は認めない」、「3階以上のビルはダメ」とか「マンションで火を使ってはいけない」などとすれば、死亡者はゼロに近づく可能性があります。でも、それでは生活が困るので、「2000人ぐらいは仕方が無い」と言うのが「我慢できる範囲」です。 (平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.27
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さといも猛暑がづづいているが サトイモさん わりと元気がある水路の横にあるので みずやりが楽 今年のサトイモは 元気なり猛暑はもう しばらく続くが サトイモさん 今回は 無事なり08月25日 猛暑が過ぎた 雨かふってきて サトイモ 元気そう今年の猛暑もやっと おわりそうサトイモ元気なり 大きくなっている 今年は場所が良いので みずやり不要で 成長している東日本大震災 3月11日発生8月27日は 既に899日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康と安全】 飲酒運転考(1) 飲酒運転とはなにか?「tdyno.375-(9:07).mp3」をダウンロード飲酒運転とは「飲酒をして運転をする」ということで、昔はそれで良かったのですが、現在では「機器で測定して「酔っている状態」で運転する事が飲酒運転」と定義が変わっています。つまり、昔は一杯飲み屋でお酒を飲んで運転して家に帰ってはいけないということですから、「乗るなら飲むな、飲むなら乗るな」というコピーが流行したのです。この前、九州で「前日にお酒を飲むのは禁止」というバス会社があることが報じられました。そうなると毎日、車を運転する必要のある人は「一生、お酒が飲めない」と言うことにもなります。私の知り合いの土建屋さんは、家族で一所懸命働いて家計を支えていますが、夜はビールを飲むのが楽しみ、そしてぐっすり眠って、朝は奥さんと仕事に出かけます。もちろん、軽トラックにはシャベルや一輪車など工事に必要なものを一式、乗せています。そして、そんな生活を何10年としています。でも、前日にお酒を飲んではダメということになると、その人は仕事を辞めるか、晩酌の楽しみをあきらめるかを迫られる事になります。かくゆう私も、酒酔い運転の取り締まりがこの記事で示すような「非科学的」なので、お酒を飲んだ翌日は運転をしないことにしていますが、それは私の職業からそれができるからで、本当に土建屋さんは可哀想です。飲酒運転がいけないことは当然で、社会的には一定のアルコールの血中濃度を決めなければなりません。Bandicam_20130826_182333524 この表は世界各国の飲酒運転基準で「呼気中の基準」を示しています。国によってはまれに血中の濃度の基準しかない国もありますが、血液検査をすることはできないので、そのような国は基準がないのと同じです。この表からわかるように、血中のアルコール濃度の基準は世界的に、厳しい国が0.25(mg/L,以下単位は省略します)、普通の国が0.38で、まだ規制のない国も多いというのが現状です。それに対して日本だけは飛び抜けて厳しく、0.15となっていますが、これは博多の飲酒運転事故前には0.25だったのですが、社会的な糾弾を受けて規制が厳しくなったものです。それでは、いったい、酒酔い運転とはどう言うものなのでしょうか? そしてどのような規制をするのが酒酔い運転が行われない社会を作る方法なのでしょうか。まず、次のデータが必要です。1)血中アルコール濃度と事故率の関係2)血中アルコール濃度の経時変化 当然のことですが、「飲酒をしたら車を運転してはいけない」というのは不適切な表現です。10年前に一度、お酒を飲んだら一生、車を運転してはいけないということになります。つまり、正確に表現すると「飲酒をするかどうかではなく、血中のアルコール量(通常、呼気中の測定から換算)がどのぐらいなら危険」ということです。だから、血中アルコール濃度と事故率の関係を調べ、それが「容認される限度」を決める必要があります。Icrp ここに、原発の被曝についての被曝限度の決め方について「国際基準」の図を示しました。現代社会の危険性・・・農薬、毒物、添加物、車、タバコ、痲薬など・・・について、すべてこのような考え方で規制値を決めます。まず、「絶対に安全」というレベルがあります。それがこの図では左の(免除レベル)になります。つまりこれ以下のものなら社会は何の問題にもしないということです。また右には(線量限度)とありますが、これは「仕方が無いから、この値で規制しよう」ということで、英語でtolerable(我慢できる)範囲ということです。規制値は「我慢できる数値」で決まります。そんなバカなことはない、と思う方が多いと思います。被害が出ることが判っているのに、「我慢できる範囲」とはなにか!と思うでしょう。でも、人間はそれで仕方が無いのです。たとえば、交通事故では1年間に5000人の死者がでます。それでも車は走っていますが、これは5000人が「我慢できる範囲」だからです。火災でも1年に2200人が死亡しますが、消防法や建築基準法をもっと徹底的にして、たとえば「木造の家は認めない」、「3階以上のビルはダメ」とか「マンションで火を使ってはいけない」などとすれば、死亡者はゼロに近づく可能性があります。でも、それでは生活が困るので、「2000人ぐらいは仕方が無い」と言うのが「我慢できる範囲」です。(平成25年8月26日)武田邦彦ふむふむはた坊
2013.08.27
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昨年のゴーヤ04月22日 hcでのなえ 58円のが売っていたので 即 お買い上げ 畑に植えた04月30日 そのご 畑で水槽をかぶせておいたので暖かくて 成長している風を防いで暖かくするには カバーが必要 暖かいとすぐに成長してくれている05月05日 カバーをつけて支柱をつけておいた これでok 05月13日 その後もまだそのまま そんなに急には成長しない05月20日 鶏糞をどかーんといれておいた06月02日 先端の芽をカットしておく06月03日 小さい実がついてきている06月10日 蔓があちこちに延びてきている 06月24日 まだ 実はできていない もうすこしかかりそう07月01日 支柱にのびて2m-3mは蔓が延びている そろそろ 実もあるはず日曜は ゴーヤの実を捜そう07月08日 ゴーヤの実 1個はあった まだあるかもと探していたら 雀がいた 関係ないか07月11日 初の実 3個の収穫07月15日 2回目は6本の収穫07月19日 3回目は7本の収穫07月22日 4回目は6本の収穫07月28日 5回目は7本の収穫08月04日 6回目は10本の収穫08月05日 7回目は05本の収穫08月11日 8回目は22本の収穫08月19日 9回目は06本の収穫08月26日 10回目は06本の収穫09月01日 11回目は12本の収穫09月02日 12回目は08本の収穫09月09日 13回目葉20本の収穫09月16日 14回目は02本の収穫09月23日 15回目は20本の収穫09月30日 16回目は10本の収穫10月06日 17回目は10本の収穫10月07日 18回目は04本の収穫 これにて 終了 撤去ゴーヤ 7月11日より 3+6+7+6+7+10+5+22+6+6+12+8+20+02+20+10+10+4 =164個 今年のゴーヤは昨年より良い収穫も これにて 終了 今年のゴーヤ4月27日 ゴーヤの苗 hcで 買い物をした 2本 そのまま 畑に植え付けた今年もゴーヤ まずは2本の苗から05月03日 その後petの中で 無事だけど 大きくはなっていないpetの中は 蒸し暑そうだなあ しかし なしでは 枯れてしまうので このまま petをつけておく なんとか なるかな ???05月12日 まあ なんとか無事であるが 小さいままだなあ かなり暖かくなってきているので もう 大丈夫のようだ05月18日 カバーを外しておく 小さいが無事である05月19日 追加で苗を2本 買っておく 予備 78円の分なので安い05月26日 こぼれ種の発芽が1本06月02日 そのご こぼれ種の発芽がどんどんと 06月06日 ゴーヤ いよいよ 成長を開始してきている06月09日 ゴーヤのみずやり しっかりとしておく 空梅雨 水が不足している06月12日 みずやり 大変だけど どんどんやっておく なんとか 上に上に伸びだした06月22日 かなり上に伸びてきている 雨もたっぶり降ったので 良し ゴーヤはhcで買ったのが4本こぼれ種からは6本くらい 出てきている ゴーヤ すくすく育ちだした暑くなると ゴーヤの成長の季節になる どんどん 伸びてチョーだい昨年はもう そろそろ実がついていた もういちど 実があるかどうか ゆっとくりと 日曜に見てみよう07月07日 初のゴーヤ 1個があった まずは 小さいが収穫しておいた 07月18日 ごーや よく見たら4個あった 収穫した07月20日 3回目の収穫は8本07月21日 4回目の収穫は4本07月25日 5回目の収穫は8本07月28日 6回目の収穫は3本08月03日 7回目の収穫は9本08月04日 8回目の収穫は7本08月07日 9回目の収穫は6本08月11日 10回目の収穫は4本08月17日 11回目の収穫は2本08月25日 12回目の収穫は30本そろそろ ゴーヤ たくさん実が付きだした東日本大震災 3月11日発生8月26日は 既に898日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------気象庁、不祥事が続く・・・地震警報は誤報 「jisinyochigohoutdyno.352-(7:16).mp3」をダウンロード2013年8月8日午後5時少し前、ラジオのアナウンサーがけたたましい声で「まもなく激しい揺れが来ます」と叫んだ。緊急地震警報がほぼ本州全土に発せられたからである。しばらくして地震はなく、誤報であることが明らかになった。新幹線も、私が乗るはずの電車も、すべて一時停止し、業務を止め、車は停車した・・・単なる「誤報」ですむ問題ではない。でも、この数年、気象庁という比較的、品が良いと思われていた役所は地球温暖化でいい加減なデータを出し始めた前後から、「利権」にまみれていい加減な事ばかりをやっている。数年前、気象庁に関係する先生と研究会を開いたら、「あまりに酷い測定なので、自費を600万円も出してせめてある程度、正しい気温を測ることができるようにした」と嘆いておられた。 気温を測るのに、車の渋滞のある交差点の横のコンクリートの上とか、観測点の上から樹木が覆い被さったり、さらには頻繁にたき火が行われる場所だったりしていた。先生から写真を見せていただき、「気象庁にはまともな技官がいるのか?」と思った。 次は、地球温暖化のデータで、ある人に紹介されて気象庁の責任者に合いに言ったときだった。その人と私の話をメモしたりするのに熱心で、気象庁がなぜ日本が温暖化するのかという質問にはほとんど答えなかった。 最近では、私は「過去に記憶の無いほどの豪雨」とか「バケツをひっくり返したような雨」などと、真面目な技官ならまずあり得ない用語を使うことを批判した。観測はまず数値のデータである。「過去に記憶の無い」というなら、まず「40年来」とか数字を出した方が確定する事ができ、その後に「多くの人にとって経験がない」というのを着けるのが適切だ。・・・・・・・・・ ある組織の腐敗は、徐々にやってきて回復せざる所まで進み、それがいろいろな異常事件として顕在化する。まさに、温暖化を強調するために測定をごまかし、数年に一度の豪雨を「経験の無い」と表現するようでは、地震の誤報ぐらいは充分に考えられる。 技術とはそう言うものだ。 温暖化の他にもう一つ、東日本大震災のマグニチュードは9.0となっているが、最初の発表はたしか8,4だった。少しずつ訂正していったが、このマグニチュードが従来から気象庁が使っている定義か、あるいは国際定義かすらハッキリしない。 日本の技術陣の崩壊は目を覆うような感じがするが、それは「このぐらいで良いだろう」、「そんな厳密なことは面倒だ」という質の悪い文科系文官のいうことに技術陣がおとしめられてしまったからでもある。目の前で原発が爆発しても、まだ「原発は安全だ」というような社会では、誤報は続く。テレビのコメンテーターの中には技術を良くご存じなく、今度の誤報でも「このぐらいは許さないと」といている人もいるが、技術のほころびは「厳密性を失う」ことによって起こる。 (平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.26
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おくら猛暑で やや お疲れまあ 秋になったら 元気がでるかなまたまだ 9-10-11月と収穫していく予定なり追肥して 水やりをしておこう雨もひさしぶりに降ったので すこしは 元気になるかも東日本大震災 3月11日発生8月26日は 既に898日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------気象庁、不祥事が続く・・・地震警報は誤報 「jisinyochigohoutdyno.352-(7:16).mp3」をダウンロード2013年8月8日午後5時少し前、ラジオのアナウンサーがけたたましい声で「まもなく激しい揺れが来ます」と叫んだ。緊急地震警報がほぼ本州全土に発せられたからである。しばらくして地震はなく、誤報であることが明らかになった。新幹線も、私が乗るはずの電車も、すべて一時停止し、業務を止め、車は停車した・・・単なる「誤報」ですむ問題ではない。でも、この数年、気象庁という比較的、品が良いと思われていた役所は地球温暖化でいい加減なデータを出し始めた前後から、「利権」にまみれていい加減な事ばかりをやっている。数年前、気象庁に関係する先生と研究会を開いたら、「あまりに酷い測定なので、自費を600万円も出してせめてある程度、正しい気温を測ることができるようにした」と嘆いておられた。 気温を測るのに、車の渋滞のある交差点の横のコンクリートの上とか、観測点の上から樹木が覆い被さったり、さらには頻繁にたき火が行われる場所だったりしていた。先生から写真を見せていただき、「気象庁にはまともな技官がいるのか?」と思った。 次は、地球温暖化のデータで、ある人に紹介されて気象庁の責任者に合いに言ったときだった。その人と私の話をメモしたりするのに熱心で、気象庁がなぜ日本が温暖化するのかという質問にはほとんど答えなかった。 最近では、私は「過去に記憶の無いほどの豪雨」とか「バケツをひっくり返したような雨」などと、真面目な技官ならまずあり得ない用語を使うことを批判した。観測はまず数値のデータである。「過去に記憶の無い」というなら、まず「40年来」とか数字を出した方が確定する事ができ、その後に「多くの人にとって経験がない」というのを着けるのが適切だ。・・・・・・・・・ ある組織の腐敗は、徐々にやってきて回復せざる所まで進み、それがいろいろな異常事件として顕在化する。まさに、温暖化を強調するために測定をごまかし、数年に一度の豪雨を「経験の無い」と表現するようでは、地震の誤報ぐらいは充分に考えられる。 技術とはそう言うものだ。 温暖化の他にもう一つ、東日本大震災のマグニチュードは9.0となっているが、最初の発表はたしか8,4だった。少しずつ訂正していったが、このマグニチュードが従来から気象庁が使っている定義か、あるいは国際定義かすらハッキリしない。 日本の技術陣の崩壊は目を覆うような感じがするが、それは「このぐらいで良いだろう」、「そんな厳密なことは面倒だ」という質の悪い文科系文官のいうことに技術陣がおとしめられてしまったからでもある。目の前で原発が爆発しても、まだ「原発は安全だ」というような社会では、誤報は続く。テレビのコメンテーターの中には技術を良くご存じなく、今度の誤報でも「このぐらいは許さないと」といている人もいるが、技術のほころびは「厳密性を失う」ことによって起こる。 (平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.26
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3年前のハバネロ こりずに ハバネロに挑戦04月19日 種蒔きをする 庭にポットで16個に種蒔きをしておく04月25日 まだ発芽しない で hcでも苗を1本購入して畑に植えつけておく m-07に04月29日 種蒔きしたハバネロのタネの発芽はなし ?? たぶんダメ05月30日 残っているハバネロ 苗の購入した1本のみ しかし生長していない06月27日 1本のハバネロ その後成長していない 買った時は15センチ 今20センチ07月11日 まだ20センチくらい08月01日 ようやく30センチくらいになっている08月22日 小さい実が付き出した 成長していないが 実だけは付いている今年はハバネロ タネからの発芽は全滅でダメ苗の1本も4月25日に買ったのが15センチ8月01日になってもまだ30センチ 成長はすこしのみ 今年もダメだった ようやく花も咲いているので 実はすこし出来てくるだろうが かなり成長も遅く 実もこれから 唐辛子類は 今年は サッパリ ダメ さっぱりダメなハバネロも 8月22日に小さい実をつけている成長していないけど 小さいなりに実は付いた小さいハバネロに拍手 拍手 バチバチバチ2年前もハバネロ 1本のみ購入した05月03日 ハバネロ1本 128円で安くうっていたので 購入した06月03日 家の庭に植えているが 成長しない そのままのサイズで育っていない06月19日 いまだに小さいまま ??? まったく成長していない そのまま花が咲き出す うーん ハバネロ 成長しないなあ 何故かな ???わからんなあ まあ すこしくらい 実がつくだろう ??ハバネロも 気温のからみかな 栽培は難しい ???その後07月19日 行方不明08月19日 同じく行方不明09月18日 ハバネロ 無事にまた葉が伸びてきていた ハバネロ ミニトマトに囲まれて行方不明となっていたが いまごろ 葉が生育中 でも いまさら 実もつかない ??もう すこし 様子見をしよう ??10月23日 やっと実がついている まだ2個だけ 青い色のまま10月30日 実が3個なった 実も大きくなりつつある11月06日 実は3個で確定 これにて終了 青いままだ 5月に植えたハバネロ 11月になって実が3個 これにて終了 01月04日 緑の実のハバネロ 黄色になっているのもあるし緑もある 色々になっている昨年ハバネロはなし今年06月23日 hcで激安の50円のハバネロ 売っていたのでかってきてg-10に植えた かなり遅いけど 間に合うかな ?? まあ なんとかなるだろう ハバネロ 実がつくと きれいなのができる いつも 失敗しているので どうかいな07月21日 2本は無事かな でも雑草に囲まれている 2本は雑草に負けている2本が残りそうだけど 雑草さんに囲まれているので どうかいな まあ なんとか 成長してほしいけど 雑草の方が強いので わからないなあ ??08月11日 なんとか1本だけが 残っている まあ なんとか 実もつきそうだけど 残りは1本のみ08月25日 かなり大きくなって 実もついてきている今年は実がついている東日本大震災 3月11日発生8月26日は 既に898日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------気象庁、不祥事が続く・・・地震警報は誤報 「jisinyochigohoutdyno.352-(7:16).mp3」をダウンロード2013年8月8日午後5時少し前、ラジオのアナウンサーがけたたましい声で「まもなく激しい揺れが来ます」と叫んだ。緊急地震警報がほぼ本州全土に発せられたからである。しばらくして地震はなく、誤報であることが明らかになった。新幹線も、私が乗るはずの電車も、すべて一時停止し、業務を止め、車は停車した・・・単なる「誤報」ですむ問題ではない。でも、この数年、気象庁という比較的、品が良いと思われていた役所は地球温暖化でいい加減なデータを出し始めた前後から、「利権」にまみれていい加減な事ばかりをやっている。数年前、気象庁に関係する先生と研究会を開いたら、「あまりに酷い測定なので、自費を600万円も出してせめてある程度、正しい気温を測ることができるようにした」と嘆いておられた。 気温を測るのに、車の渋滞のある交差点の横のコンクリートの上とか、観測点の上から樹木が覆い被さったり、さらには頻繁にたき火が行われる場所だったりしていた。先生から写真を見せていただき、「気象庁にはまともな技官がいるのか?」と思った。 次は、地球温暖化のデータで、ある人に紹介されて気象庁の責任者に合いに言ったときだった。その人と私の話をメモしたりするのに熱心で、気象庁がなぜ日本が温暖化するのかという質問にはほとんど答えなかった。 最近では、私は「過去に記憶の無いほどの豪雨」とか「バケツをひっくり返したような雨」などと、真面目な技官ならまずあり得ない用語を使うことを批判した。観測はまず数値のデータである。「過去に記憶の無い」というなら、まず「40年来」とか数字を出した方が確定する事ができ、その後に「多くの人にとって経験がない」というのを着けるのが適切だ。・・・・・・・・・ ある組織の腐敗は、徐々にやってきて回復せざる所まで進み、それがいろいろな異常事件として顕在化する。まさに、温暖化を強調するために測定をごまかし、数年に一度の豪雨を「経験の無い」と表現するようでは、地震の誤報ぐらいは充分に考えられる。 技術とはそう言うものだ。 温暖化の他にもう一つ、東日本大震災のマグニチュードは9.0となっているが、最初の発表はたしか8,4だった。少しずつ訂正していったが、このマグニチュードが従来から気象庁が使っている定義か、あるいは国際定義かすらハッキリしない。 日本の技術陣の崩壊は目を覆うような感じがするが、それは「このぐらいで良いだろう」、「そんな厳密なことは面倒だ」という質の悪い文科系文官のいうことに技術陣がおとしめられてしまったからでもある。目の前で原発が爆発しても、まだ「原発は安全だ」というような社会では、誤報は続く。テレビのコメンテーターの中には技術を良くご存じなく、今度の誤報でも「このぐらいは許さないと」といている人もいるが、技術のほころびは「厳密性を失う」ことによって起こる。 (平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.26
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雨のあと 畑はみずだらけで タニシさんが移動していたタニシ(田螺)腹足綱 原始紐舌目 タニシ科 Viviparidae に分類される巻貝の総称。南米と南極大陸を除く各大陸とその周辺地域の淡水に生息し、雌雄異体の卵胎生。殻口をぴったりと塞げる蓋を持つ。リンゴガイ科と並び淡水生の巻貝としては大型の種を含む。南米・南極を除いた大陸とその周辺の淡水に棲息しており、数cmの黒っぽく見える殻を持つものが多い。特筆すべきはその摂食法の幅の広さで、物の表面に着生した藻類などを削り取って食べる刈り取り食者(グレイザー)であり、水底の沈殿物を食べるデトリタス食者でもあり、さらには水中の懸濁物を鰓で集めて食べる濾過摂食者でもある。このため、大きな状況変化がある中でも生き延びることができ、例えば水田のような環境が変化しやすい小規模な水域に大型種が生息することが可能となっている。アジアには特に種類が多く、タニシと人とを近づける稲作文化と相俟って、食用を主とした人との関わりが生まれた。日本でも「ツブ」や「田つぶ」、あるいは「田んぼのサザエ」という呼び方で食用にされる。ただし他の淡水動物同様、寄生虫の宿主ともなるので食用には十分に熱することが肝要である。日本にはマルタニシ、オオタニシ、ナガタニシ、ヒメタニシの4種がおり、日本全国の水田、用水路、池などに分布するこれは 何かいな ???東日本大震災 3月11日発生8月26日は 既に898日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------気象庁、不祥事が続く・・・地震警報は誤報 「jisinyochigohoutdyno.352-(7:16).mp3」をダウンロード2013年8月8日午後5時少し前、ラジオのアナウンサーがけたたましい声で「まもなく激しい揺れが来ます」と叫んだ。緊急地震警報がほぼ本州全土に発せられたからである。しばらくして地震はなく、誤報であることが明らかになった。新幹線も、私が乗るはずの電車も、すべて一時停止し、業務を止め、車は停車した・・・単なる「誤報」ですむ問題ではない。でも、この数年、気象庁という比較的、品が良いと思われていた役所は地球温暖化でいい加減なデータを出し始めた前後から、「利権」にまみれていい加減な事ばかりをやっている。数年前、気象庁に関係する先生と研究会を開いたら、「あまりに酷い測定なので、自費を600万円も出してせめてある程度、正しい気温を測ることができるようにした」と嘆いておられた。 気温を測るのに、車の渋滞のある交差点の横のコンクリートの上とか、観測点の上から樹木が覆い被さったり、さらには頻繁にたき火が行われる場所だったりしていた。先生から写真を見せていただき、「気象庁にはまともな技官がいるのか?」と思った。 次は、地球温暖化のデータで、ある人に紹介されて気象庁の責任者に合いに言ったときだった。その人と私の話をメモしたりするのに熱心で、気象庁がなぜ日本が温暖化するのかという質問にはほとんど答えなかった。 最近では、私は「過去に記憶の無いほどの豪雨」とか「バケツをひっくり返したような雨」などと、真面目な技官ならまずあり得ない用語を使うことを批判した。観測はまず数値のデータである。「過去に記憶の無い」というなら、まず「40年来」とか数字を出した方が確定する事ができ、その後に「多くの人にとって経験がない」というのを着けるのが適切だ。・・・・・・・・・ ある組織の腐敗は、徐々にやってきて回復せざる所まで進み、それがいろいろな異常事件として顕在化する。まさに、温暖化を強調するために測定をごまかし、数年に一度の豪雨を「経験の無い」と表現するようでは、地震の誤報ぐらいは充分に考えられる。 技術とはそう言うものだ。 温暖化の他にもう一つ、東日本大震災のマグニチュードは9.0となっているが、最初の発表はたしか8,4だった。少しずつ訂正していったが、このマグニチュードが従来から気象庁が使っている定義か、あるいは国際定義かすらハッキリしない。 日本の技術陣の崩壊は目を覆うような感じがするが、それは「このぐらいで良いだろう」、「そんな厳密なことは面倒だ」という質の悪い文科系文官のいうことに技術陣がおとしめられてしまったからでもある。目の前で原発が爆発しても、まだ「原発は安全だ」というような社会では、誤報は続く。テレビのコメンテーターの中には技術を良くご存じなく、今度の誤報でも「このぐらいは許さないと」といている人もいるが、技術のほころびは「厳密性を失う」ことによって起こる。 (平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.26
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残暑の蝶何とか しじみとか なんとか いろんな 種類がいるが小さくて 動き回るので 種類はわからずモンシロチョウくらいしか 種類はわからないまあ いろんな種類が うろうろと 飛んでいる鳥 虫 蝶 蜂 そのた 蚊 あぶ はえ テントウムシもう いろいろ たくさんいるので何がいるのか あまり 判らないなあ東日本大震災 3月11日発生8月26日は 既に898日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------気象庁、不祥事が続く・・・地震警報は誤報 「jisinyochigohoutdyno.352-(7:16).mp3」をダウンロード2013年8月8日午後5時少し前、ラジオのアナウンサーがけたたましい声で「まもなく激しい揺れが来ます」と叫んだ。緊急地震警報がほぼ本州全土に発せられたからである。しばらくして地震はなく、誤報であることが明らかになった。新幹線も、私が乗るはずの電車も、すべて一時停止し、業務を止め、車は停車した・・・単なる「誤報」ですむ問題ではない。でも、この数年、気象庁という比較的、品が良いと思われていた役所は地球温暖化でいい加減なデータを出し始めた前後から、「利権」にまみれていい加減な事ばかりをやっている。数年前、気象庁に関係する先生と研究会を開いたら、「あまりに酷い測定なので、自費を600万円も出してせめてある程度、正しい気温を測ることができるようにした」と嘆いておられた。 気温を測るのに、車の渋滞のある交差点の横のコンクリートの上とか、観測点の上から樹木が覆い被さったり、さらには頻繁にたき火が行われる場所だったりしていた。先生から写真を見せていただき、「気象庁にはまともな技官がいるのか?」と思った。 次は、地球温暖化のデータで、ある人に紹介されて気象庁の責任者に合いに言ったときだった。その人と私の話をメモしたりするのに熱心で、気象庁がなぜ日本が温暖化するのかという質問にはほとんど答えなかった。 最近では、私は「過去に記憶の無いほどの豪雨」とか「バケツをひっくり返したような雨」などと、真面目な技官ならまずあり得ない用語を使うことを批判した。観測はまず数値のデータである。「過去に記憶の無い」というなら、まず「40年来」とか数字を出した方が確定する事ができ、その後に「多くの人にとって経験がない」というのを着けるのが適切だ。・・・・・・・・・ ある組織の腐敗は、徐々にやってきて回復せざる所まで進み、それがいろいろな異常事件として顕在化する。まさに、温暖化を強調するために測定をごまかし、数年に一度の豪雨を「経験の無い」と表現するようでは、地震の誤報ぐらいは充分に考えられる。 技術とはそう言うものだ。 温暖化の他にもう一つ、東日本大震災のマグニチュードは9.0となっているが、最初の発表はたしか8,4だった。少しずつ訂正していったが、このマグニチュードが従来から気象庁が使っている定義か、あるいは国際定義かすらハッキリしない。 日本の技術陣の崩壊は目を覆うような感じがするが、それは「このぐらいで良いだろう」、「そんな厳密なことは面倒だ」という質の悪い文科系文官のいうことに技術陣がおとしめられてしまったからでもある。目の前で原発が爆発しても、まだ「原発は安全だ」というような社会では、誤報は続く。テレビのコメンテーターの中には技術を良くご存じなく、今度の誤報でも「このぐらいは許さないと」といている人もいるが、技術のほころびは「厳密性を失う」ことによって起こる。 (平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.26
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秋の雲の代名詞といえば、さば雲?いわし雲?うろこ雲いずれも秋によく見られることや、大きな雲、広い雲に比べてより一層高いところにあるように見えることから、秋の季語になっています。また、似たような雲にひつじ雲(高積雲の俗称)がありますが、ひつじ雲のほうが1つ1つのかたまりが大きいのが特徴netでみたら巻積雲(けんせきうん)は雲の一種。白色で陰影のない非常に小さな雲片が多数の群れをなし、集まって魚の鱗や水面の波のような形状をした雲。絹積雲とも書く。また、鱗雲(うろこ雲)、鰯雲(いわし雲)、さば雲などとも呼ばれる。概説上空高く高度 5 - 15 km 程度に浮かび、雲を構成する粒は氷の結晶からできている。基本雲形(十種雲形)の一つで、上層雲に分類される。ラテン語学術名は巻雲(cirrus)と積雲(cumulus)を合成した cirrocumulus(シーロキュムラス)で、略号は Cc。巻積雲の雲形は、高積雲のそれとよく似ており、判別が難しい。巻積雲と高積雲の見分け方としては以下のようなものが挙げられる。雲のできる高さ(巻積雲の方が高い所にできる)一つ一つの雲の大きさ(巻積雲の方が小さい。おおむね、天空上での見かけの大きさ(視角度)が1度より小さいものを巻積雲とする)雲の薄さ、光の透過具合(巻積雲の方が薄く、太陽の光が透けるので、影ができない)巻積雲は、その形によってさらに細かく層状雲、レンズ雲、塔状雲、房状雲に分類される雲 分類は難しそう東日本大震災 3月11日発生8月26日は 既に898日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------気象庁、不祥事が続く・・・地震警報は誤報「jisinyochigohoutdyno.352-(7:16).mp3」をダウンロード2013年8月8日午後5時少し前、ラジオのアナウンサーがけたたましい声で「まもなく激しい揺れが来ます」と叫んだ。緊急地震警報がほぼ本州全土に発せられたからである。しばらくして地震はなく、誤報であることが明らかになった。新幹線も、私が乗るはずの電車も、すべて一時停止し、業務を止め、車は停車した・・・単なる「誤報」ですむ問題ではない。でも、この数年、気象庁という比較的、品が良いと思われていた役所は地球温暖化でいい加減なデータを出し始めた前後から、「利権」にまみれていい加減な事ばかりをやっている。数年前、気象庁に関係する先生と研究会を開いたら、「あまりに酷い測定なので、自費を600万円も出してせめてある程度、正しい気温を測ることができるようにした」と嘆いておられた。気温を測るのに、車の渋滞のある交差点の横のコンクリートの上とか、観測点の上から樹木が覆い被さったり、さらには頻繁にたき火が行われる場所だったりしていた。先生から写真を見せていただき、「気象庁にはまともな技官がいるのか?」と思った。次は、地球温暖化のデータで、ある人に紹介されて気象庁の責任者に合いに言ったときだった。その人と私の話をメモしたりするのに熱心で、気象庁がなぜ日本が温暖化するのかという質問にはほとんど答えなかった。最近では、私は「過去に記憶の無いほどの豪雨」とか「バケツをひっくり返したような雨」などと、真面目な技官ならまずあり得ない用語を使うことを批判した。観測はまず数値のデータである。「過去に記憶の無い」というなら、まず「40年来」とか数字を出した方が確定する事ができ、その後に「多くの人にとって経験がない」というのを着けるのが適切だ。・・・・・・・・・ある組織の腐敗は、徐々にやってきて回復せざる所まで進み、それがいろいろな異常事件として顕在化する。まさに、温暖化を強調するために測定をごまかし、数年に一度の豪雨を「経験の無い」と表現するようでは、地震の誤報ぐらいは充分に考えられる。技術とはそう言うものだ。温暖化の他にもう一つ、東日本大震災のマグニチュードは9.0となっているが、最初の発表はたしか8,4だった。少しずつ訂正していったが、このマグニチュードが従来から気象庁が使っている定義か、あるいは国際定義かすらハッキリしない。日本の技術陣の崩壊は目を覆うような感じがするが、それは「このぐらいで良いだろう」、「そんな厳密なことは面倒だ」という質の悪い文科系文官のいうことに技術陣がおとしめられてしまったからでもある。目の前で原発が爆発しても、まだ「原発は安全だ」というような社会では、誤報は続く。テレビのコメンテーターの中には技術を良くご存じなく、今度の誤報でも「このぐらいは許さないと」といている人もいるが、技術のほころびは「厳密性を失う」ことによって起こる。(平成25年8月23日)武田邦彦ふむふむはた坊
2013.08.26
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昨年の うり まずは ニューメロンから04月08日 とりあえず hcで買い物をしてきた まだ寒そう もう すこし待とう04月22日 種まきを開始 庭でpotに8個 種まきしておいた04月29日 まだ発芽せず05月05日 発芽した 遅いなあ 畑に移動 g-10に植えておく06月03日 そのご 生育していたが 小さいまま 気温が低いのかな 06月17日 残っているのは1本くらい すこし成長してきている06月24日 1本のみ残り すこし成長してはいるが 1本のみ07月15日 1本のみ なんとか育っているが 実がつくのかどうか ?????07月29日 実が2個ついていた マクワウリ次に 第二弾05月27日 庭で種まきをした06月06日 やっと発芽してきている 06月10日 畑に移動した m-06の畑に06月17日 すこし落ち着いてきている 何本残るか ????06月24日 8本くらいは残っている が 小さいな07月15日 蔓が延びてきている なんとかなるかなあ ???07月29日 実ができていない なし ???08月05日 小さい実がすこしついてきている 08月19日 6個の実があったので 収穫しておいた08月26日 1個の実がついていた今年のマクワウリ畑で8本くらい g-10では生育中野は1本だけ 消えた 実が2個ついた庭で発芽したのが8pot m-06に植えている 8本残っている 実は小さいの 数個 会社でも2本 育てている これは150cmくらいになっている07月15日 蔓は良く伸びている2mくらいになっている 実も3個ついている07月29日 実が6個目がついている 収穫したのは2個 08月03日 実がまた6個ついている 2個 また収穫しておく08月19日 追加の実が4個 また 出来ている08月26日 4個の収穫をした まだ 実は付きそうだ結果 畑のは実は2+6+1で 合計9個 会社のは実が合計14個に 畑の負け今年まずに ニューメロン種を買ってきている04月08日 まくわうりの種を買ってきた でも種まきは 4月21日くらいにしよう まだ 気温はひくいので もう少しあととする05月12日 庭で種まきをしておく05月26日 発芽してきているので 畑に移動した m-06の畝に植えた06月02日 m-06のまくわうり 残っているのは1本だけ06月16日 16本をうえたが 残ったのは 0本となった 虫さんと雑草に負け今年は hcでも苗をすこしだけ05月26日 予備でhcでの苗2本をかって植えておく06月16日 1本だけ 残っている06月18日 無事に大きくなりだした06月28日 1本だけの苗 横に横に伸びてきている まくわうり 種まきのは0本になりhcの苗 1本だけ無事 大きくなりだしたので 楽しみ がんばれーーー07月07日 ノビル 伸びる どんどん 伸びてきている そろそろ 実がついても よさそうだけど どうかな 様子をみておこう 07月15日 ちいさい実が1個ついていた おお 感激だなあ まくわりう 実がつきだした頑張れーー まくわ どんどん 実をつけてーーちょ07月28日 まくわうり よく見たら 4-5個の実がついている よしよし これで 安心 08月04日 探してみたら 7個のまくわうりの実がついていた 収穫した これで 終了なり08月24日 もう1つ 実があった これも収穫しておこうこれで おしまい東日本大震災 3月11日発生8月25日は 既に897日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康】 卵とコレステロール「tdyno.367-(8:55).mp3」をダウンロード卵好きの人には罪なことだ。 「メタボリズム」という医学雑誌の論文に、メタボリック症候群患者の減量食に毎日卵3ヶを食べさせると、脂質バランスが改善され、糖尿病のもとになるインスリンの分泌が改善されたとの報告がでた。 卵を食べた方が良いと言うこれまでと逆の結果だ。12週間の実験だが、なにしろ卵を3つも食べるから、それまでの生活に比べると2倍以上のコレステロールをとっている計算になる。 実験期間が終わってみると、卵3つを食べていたグループは善玉コレステロール(HDL)が上昇し、悪玉コレステロール(LDL)が減少した。さらに動脈硬化性疾患リスクに関係する「LH比」も大きく改善し、インスリンの改善指標の「HOMR-IR」も下がった。メタボ、血圧、コレステロール、痛風の尿酸、タバコなどに共通に見られるように、厚労省が指導する「医学」の「健康」はムチャクチャであることが良くわかる。この論文一つで「卵が良い」というわけではない。少し前まで「卵は栄養のバランスが良く、積極的に摂った方が良い」と言われていたのが、メタボの出現と共に「卵はコレステロールを増やす」と言われて、卵の消費量が格段にへった。 「卵にコレステロールが多い」ということと、「卵を食べるとコレステロールが増える」というのは違う。初歩的な科学の間違いを厚労省も栄養学者(御用学者)も社会に発信し、それを平気でNHKなどが報道するからだ。もともとコレステロールには「悪玉」も「善玉」もなく、今、悪玉と言われているものはコレステロールの移動状態もので、人体には必須だ。さらにコレステロールは人体に必要なもので、食物からとることもできるが、多くは体内で合成する。だから、食物からコレステロールを多く摂った場合には、体内で合成する量が減り、少ない場合は体内で合成する量を増やす。体内合成量は約70%とされる。 「禁煙運動」も同じだが、科学に「善悪」はない。それを体内にもともとあるコレステロールを「善玉、悪玉」と呼ぶ心にそもそも非科学性がある。 卵を3つ食べれば、その分だけ他の物を減らしてバランスを取るのは当然だが、とんだ濡れ衣を着せられたものだ。ところで、悪玉と言われるコレステロールが減ると、死ぬことが多くなる。このグラフは実にハッキリとその傾向を示している。Bandicam_20130603_135450728 そればかりではない。最近、増えてきてサラリーマンの6%も病気にかかっていると言われる「ウツ」はコレステロールが不足したときに増える。なにしろコレステロールは必要だから体内で合成され、食品からとる量が少ないと、体が頑張って合成をしなければならないので、あまりに少ないと、それがストレスになるのも当然だ。なんと言っても、コレステロールは細胞膜を作るのだから、どうしても体に必要だ。現在の厚労省の基準は、「健康」は無視して、とにかくコレステロールを悪者にしている。コレステロールの病気があるなら、それはコレステロールの量ではなく、体内合成が調整できなくなったときで、その方を直さなければならない。 医学者、頑張れ!Bandicam_20130531_095543314 (平成25年8月24日) 武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.25
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稲の開花7月末から8月頃に穂先に小さな花が咲きます。稲もほかの植物と同じように花を咲かせますが、その時間はわずか2時間ほどしかありません夏の早朝に、穂先に白い小さな花をつけます。 花が咲いているのは、2時間くらい。まず、穂についている緑色の「えい」が開いて、黄色いおしべが見えてきます。5分くらいするとおしべの先の袋がやぶれて、花粉が飛びます。それから2時間くらいたつと、えいはおしべを残して、ふたたびしっかり閉じてしまうのです。つまり、花の命はたったの2時間。そして全部の花が咲き終わるまで7日間。花の咲く短い時間は、お米が実るためにとても大切な時間出穂9月末頃になると稲の穂が実り、田んぼは一面黄金色になります。ただいま 毎日 2時間の花が咲いているらしい7日間 で 全部の花が咲き終わるとか なんとかこれで 安心 今年のお米も いい感じ東日本大震災 3月11日発生8月25日は 既に897日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康】 卵とコレステロール「tdyno.367-(8:55).mp3」をダウンロード卵好きの人には罪なことだ。 「メタボリズム」という医学雑誌の論文に、メタボリック症候群患者の減量食に毎日卵3ヶを食べさせると、脂質バランスが改善され、糖尿病のもとになるインスリンの分泌が改善されたとの報告がでた。 卵を食べた方が良いと言うこれまでと逆の結果だ。12週間の実験だが、なにしろ卵を3つも食べるから、それまでの生活に比べると2倍以上のコレステロールをとっている計算になる。 実験期間が終わってみると、卵3つを食べていたグループは善玉コレステロール(HDL)が上昇し、悪玉コレステロール(LDL)が減少した。さらに動脈硬化性疾患リスクに関係する「LH比」も大きく改善し、インスリンの改善指標の「HOMR-IR」も下がった。メタボ、血圧、コレステロール、痛風の尿酸、タバコなどに共通に見られるように、厚労省が指導する「医学」の「健康」はムチャクチャであることが良くわかる。この論文一つで「卵が良い」というわけではない。少し前まで「卵は栄養のバランスが良く、積極的に摂った方が良い」と言われていたのが、メタボの出現と共に「卵はコレステロールを増やす」と言われて、卵の消費量が格段にへった。 「卵にコレステロールが多い」ということと、「卵を食べるとコレステロールが増える」というのは違う。初歩的な科学の間違いを厚労省も栄養学者(御用学者)も社会に発信し、それを平気でNHKなどが報道するからだ。もともとコレステロールには「悪玉」も「善玉」もなく、今、悪玉と言われているものはコレステロールの移動状態もので、人体には必須だ。さらにコレステロールは人体に必要なもので、食物からとることもできるが、多くは体内で合成する。だから、食物からコレステロールを多く摂った場合には、体内で合成する量が減り、少ない場合は体内で合成する量を増やす。体内合成量は約70%とされる。 「禁煙運動」も同じだが、科学に「善悪」はない。それを体内にもともとあるコレステロールを「善玉、悪玉」と呼ぶ心にそもそも非科学性がある。 卵を3つ食べれば、その分だけ他の物を減らしてバランスを取るのは当然だが、とんだ濡れ衣を着せられたものだ。ところで、悪玉と言われるコレステロールが減ると、死ぬことが多くなる。このグラフは実にハッキリとその傾向を示している。Bandicam_20130603_135450728 そればかりではない。最近、増えてきてサラリーマンの6%も病気にかかっていると言われる「ウツ」はコレステロールが不足したときに増える。なにしろコレステロールは必要だから体内で合成され、食品からとる量が少ないと、体が頑張って合成をしなければならないので、あまりに少ないと、それがストレスになるのも当然だ。なんと言っても、コレステロールは細胞膜を作るのだから、どうしても体に必要だ。現在の厚労省の基準は、「健康」は無視して、とにかくコレステロールを悪者にしている。コレステロールの病気があるなら、それはコレステロールの量ではなく、体内合成が調整できなくなったときで、その方を直さなければならない。 医学者、頑張れ!Bandicam_20130531_095543314 (平成25年8月24日) 武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.25
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ひょうたん畑の空いている場所があったので hcで売っている58円のひょうたんを2つかってきた千成ひょうたんと おおきなひょうたん05月26日 g-22の畑に空地があるので ひょうたんを2つ植えておいた ただいま 無事に苗はある みずやりをしっかりとやっておく ひょうたん 収穫できれば うれしい06月16日 すこし伸びてきている これは おおきいひょうたんの分06月22日 千成ひょうたんも そろそろ 伸びてきている06月30日 千成ひょうたん 蔓があちこちに伸びてきている06月30日 じゃんぼのひょうたんも ぼちぼちと 成長してきている まあ ゆっくりと 様子見をしておこう07月20日 じゃんぼ 実がつきだした これで 安心なり07月21日 千成ひょうたん こちらにも実がついてきている08月04日 千成のひょうたん 数はまあまあついている08月04日 じゃんぼのひょうたん 2個は確定08月24日 みると じゃんぼのひょうたんは4個あった3か月くらいで収穫8月25日に収穫しよう 東日本大震災 3月11日発生8月25日は 既に897日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康】 卵とコレステロール「tdyno.367-(8:55).mp3」をダウンロード卵好きの人には罪なことだ。 「メタボリズム」という医学雑誌の論文に、メタボリック症候群患者の減量食に毎日卵3ヶを食べさせると、脂質バランスが改善され、糖尿病のもとになるインスリンの分泌が改善されたとの報告がでた。 卵を食べた方が良いと言うこれまでと逆の結果だ。12週間の実験だが、なにしろ卵を3つも食べるから、それまでの生活に比べると2倍以上のコレステロールをとっている計算になる。 実験期間が終わってみると、卵3つを食べていたグループは善玉コレステロール(HDL)が上昇し、悪玉コレステロール(LDL)が減少した。さらに動脈硬化性疾患リスクに関係する「LH比」も大きく改善し、インスリンの改善指標の「HOMR-IR」も下がった。メタボ、血圧、コレステロール、痛風の尿酸、タバコなどに共通に見られるように、厚労省が指導する「医学」の「健康」はムチャクチャであることが良くわかる。この論文一つで「卵が良い」というわけではない。少し前まで「卵は栄養のバランスが良く、積極的に摂った方が良い」と言われていたのが、メタボの出現と共に「卵はコレステロールを増やす」と言われて、卵の消費量が格段にへった。 「卵にコレステロールが多い」ということと、「卵を食べるとコレステロールが増える」というのは違う。初歩的な科学の間違いを厚労省も栄養学者(御用学者)も社会に発信し、それを平気でNHKなどが報道するからだ。もともとコレステロールには「悪玉」も「善玉」もなく、今、悪玉と言われているものはコレステロールの移動状態もので、人体には必須だ。さらにコレステロールは人体に必要なもので、食物からとることもできるが、多くは体内で合成する。だから、食物からコレステロールを多く摂った場合には、体内で合成する量が減り、少ない場合は体内で合成する量を増やす。体内合成量は約70%とされる。 「禁煙運動」も同じだが、科学に「善悪」はない。それを体内にもともとあるコレステロールを「善玉、悪玉」と呼ぶ心にそもそも非科学性がある。 卵を3つ食べれば、その分だけ他の物を減らしてバランスを取るのは当然だが、とんだ濡れ衣を着せられたものだ。ところで、悪玉と言われるコレステロールが減ると、死ぬことが多くなる。このグラフは実にハッキリとその傾向を示している。Bandicam_20130603_135450728 そればかりではない。最近、増えてきてサラリーマンの6%も病気にかかっていると言われる「ウツ」はコレステロールが不足したときに増える。なにしろコレステロールは必要だから体内で合成され、食品からとる量が少ないと、体が頑張って合成をしなければならないので、あまりに少ないと、それがストレスになるのも当然だ。なんと言っても、コレステロールは細胞膜を作るのだから、どうしても体に必要だ。現在の厚労省の基準は、「健康」は無視して、とにかくコレステロールを悪者にしている。コレステロールの病気があるなら、それはコレステロールの量ではなく、体内合成が調整できなくなったときで、その方を直さなければならない。 医学者、頑張れ!Bandicam_20130531_095543314 (平成25年8月24日) 武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.25
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積乱雲(せきらんうん)何らかの原因で発生した強い上昇気流によって積雲からむくむくと成長して塔あるいは山のように立ち上り、雲頂が時には成層圏下部にも達することがあるような、巨大な雲である。積乱雲の鉛直方向の大きさは雲の種類の中でも最大であり、最高部から最低部までの高さは1万メートルを超えることもある。また、他に雷雲(らいうん)、入道雲(にゅうどうぐも)などの言い方がある。積乱雲の一生積乱雲の一生は夕立やゲリラ豪雨などの約十分程度のものから台風を伴うような巨大なものでは数日間に及ぶことがある。したがって、積乱雲は気象学では通常メソスケールの気象擾乱として区分されていることが多い。積乱雲は地上から見ると一つの大きな雲の塊のように見えるが、積乱雲がかかっている付近では雨が弱まったり強まったりしており、1つの大きな積乱雲の中にいくつもの小さな積乱雲が存在していることが知られている。この小さな積乱雲を細胞に例えて降水セル(precipitation cell)と呼ぶ。積乱雲の寿命が数時間なのに対して降水セルはスケールが相対的に小さいため寿命は約30分から60分である。降水セルの一生は(1)成長期、(2)成熟期、(3)減衰期の三過程に分類される。8月23日の夕方は雷が びかびか 落雷もありもう 雨がふりそうで で 結局は雨はなしふりそうで ふらない ふらなさそうで ふる とか 色々自然現象 天候は なかなか あたらない 東日本大震災 3月11日発生8月25日は 既に897日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康】 卵とコレステロール「tdyno.367-(8:55).mp3」をダウンロード卵好きの人には罪なことだ。 「メタボリズム」という医学雑誌の論文に、メタボリック症候群患者の減量食に毎日卵3ヶを食べさせると、脂質バランスが改善され、糖尿病のもとになるインスリンの分泌が改善されたとの報告がでた。 卵を食べた方が良いと言うこれまでと逆の結果だ。12週間の実験だが、なにしろ卵を3つも食べるから、それまでの生活に比べると2倍以上のコレステロールをとっている計算になる。 実験期間が終わってみると、卵3つを食べていたグループは善玉コレステロール(HDL)が上昇し、悪玉コレステロール(LDL)が減少した。さらに動脈硬化性疾患リスクに関係する「LH比」も大きく改善し、インスリンの改善指標の「HOMR-IR」も下がった。メタボ、血圧、コレステロール、痛風の尿酸、タバコなどに共通に見られるように、厚労省が指導する「医学」の「健康」はムチャクチャであることが良くわかる。この論文一つで「卵が良い」というわけではない。少し前まで「卵は栄養のバランスが良く、積極的に摂った方が良い」と言われていたのが、メタボの出現と共に「卵はコレステロールを増やす」と言われて、卵の消費量が格段にへった。 「卵にコレステロールが多い」ということと、「卵を食べるとコレステロールが増える」というのは違う。初歩的な科学の間違いを厚労省も栄養学者(御用学者)も社会に発信し、それを平気でNHKなどが報道するからだ。もともとコレステロールには「悪玉」も「善玉」もなく、今、悪玉と言われているものはコレステロールの移動状態もので、人体には必須だ。さらにコレステロールは人体に必要なもので、食物からとることもできるが、多くは体内で合成する。だから、食物からコレステロールを多く摂った場合には、体内で合成する量が減り、少ない場合は体内で合成する量を増やす。体内合成量は約70%とされる。 「禁煙運動」も同じだが、科学に「善悪」はない。それを体内にもともとあるコレステロールを「善玉、悪玉」と呼ぶ心にそもそも非科学性がある。 卵を3つ食べれば、その分だけ他の物を減らしてバランスを取るのは当然だが、とんだ濡れ衣を着せられたものだ。ところで、悪玉と言われるコレステロールが減ると、死ぬことが多くなる。このグラフは実にハッキリとその傾向を示している。Bandicam_20130603_135450728 そればかりではない。最近、増えてきてサラリーマンの6%も病気にかかっていると言われる「ウツ」はコレステロールが不足したときに増える。なにしろコレステロールは必要だから体内で合成され、食品からとる量が少ないと、体が頑張って合成をしなければならないので、あまりに少ないと、それがストレスになるのも当然だ。なんと言っても、コレステロールは細胞膜を作るのだから、どうしても体に必要だ。現在の厚労省の基準は、「健康」は無視して、とにかくコレステロールを悪者にしている。コレステロールの病気があるなら、それはコレステロールの量ではなく、体内合成が調整できなくなったときで、その方を直さなければならない。 医学者、頑張れ!Bandicam_20130531_095543314 (平成25年8月24日) 武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.25
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この場所は10年くらい そのまま 放置されている休耕田らしいけど そのまま ずーと 放置雑草が茂っていて そのうち 樹木なども生えてきている雑草を刈り取っているが 樹木がおおきくなりだしているそのうち 森になってしまうかも ????休耕田は 勝手に 売買してはいけないらしいnetみると不動産としての土地の地目としては「田」であることが多く、日本では取引に際しては農業委員会の許可が必要な場合があり、買い受けるには一定の資格が必要である。宅地など他用途への転用については農地法での転用の手続きが必要であり、休耕田を勝手に埋め立てて、他用途転用してはならない。日本では、減反政策や宅地化により、水田の面積は減少傾向にある。と ある減反政策の弊害として、日本の原風景が失われること、自然環境が変化し生態系に影響を与えること、伝統ある農業文化が失われることなどが挙げられる[1]。 補助金や関税によって市場価格から遊離した農業生産を奨励する保護政策の裏面として減反政策が存在する。これによる食料品の物価高、および国税の浪費などが国民の家計に圧迫を加えていることが指摘されている。「関税保護などを取り外せば、海外から安い穀物類が入荷するためこれらの作物の生産は一部の高級ブランドを残して壊滅する」と予測する意見もあるが、一方で新鮮さが要点である野菜の栽培あるいは卵や牛乳などの酪農などの農業は生き残るであろうと予測されている。一方、世界的な食糧価格の高騰を背景に、数少ない国内自給可能な食糧である米の生産調整を行うことに批判的な向きもある。輸入に頼る小麦やトウモロコシの代用としての、米の利用を促進する技術開発を進めるほか、高品位な米については、生活水準の向上で高級米の需要が急増する中国、東南アジアへの輸出を積極的に検討すべき、との意見もある。東日本大震災 3月11日発生8月25日は 既に897日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【健康】 卵とコレステロール「tdyno.367-(8:55).mp3」をダウンロード卵好きの人には罪なことだ。「メタボリズム」という医学雑誌の論文に、メタボリック症候群患者の減量食に毎日卵3ヶを食べさせると、脂質バランスが改善され、糖尿病のもとになるインスリンの分泌が改善されたとの報告がでた。卵を食べた方が良いと言うこれまでと逆の結果だ。12週間の実験だが、なにしろ卵を3つも食べるから、それまでの生活に比べると2倍以上のコレステロールをとっている計算になる。実験期間が終わってみると、卵3つを食べていたグループは善玉コレステロール(HDL)が上昇し、悪玉コレステロール(LDL)が減少した。さらに動脈硬化性疾患リスクに関係する「LH比」も大きく改善し、インスリンの改善指標の「HOMR-IR」も下がった。メタボ、血圧、コレステロール、痛風の尿酸、タバコなどに共通に見られるように、厚労省が指導する「医学」の「健康」はムチャクチャであることが良くわかる。この論文一つで「卵が良い」というわけではない。少し前まで「卵は栄養のバランスが良く、積極的に摂った方が良い」と言われていたのが、メタボの出現と共に「卵はコレステロールを増やす」と言われて、卵の消費量が格段にへった。「卵にコレステロールが多い」ということと、「卵を食べるとコレステロールが増える」というのは違う。初歩的な科学の間違いを厚労省も栄養学者(御用学者)も社会に発信し、それを平気でNHKなどが報道するからだ。もともとコレステロールには「悪玉」も「善玉」もなく、今、悪玉と言われているものはコレステロールの移動状態もので、人体には必須だ。さらにコレステロールは人体に必要なもので、食物からとることもできるが、多くは体内で合成する。だから、食物からコレステロールを多く摂った場合には、体内で合成する量が減り、少ない場合は体内で合成する量を増やす。体内合成量は約70%とされる。「禁煙運動」も同じだが、科学に「善悪」はない。それを体内にもともとあるコレステロールを「善玉、悪玉」と呼ぶ心にそもそも非科学性がある。卵を3つ食べれば、その分だけ他の物を減らしてバランスを取るのは当然だが、とんだ濡れ衣を着せられたものだ。ところで、悪玉と言われるコレステロールが減ると、死ぬことが多くなる。このグラフは実にハッキリとその傾向を示している。Bandicam_20130603_135450728 そればかりではない。最近、増えてきてサラリーマンの6%も病気にかかっていると言われる「ウツ」はコレステロールが不足したときに増える。なにしろコレステロールは必要だから体内で合成され、食品からとる量が少ないと、体が頑張って合成をしなければならないので、あまりに少ないと、それがストレスになるのも当然だ。なんと言っても、コレステロールは細胞膜を作るのだから、どうしても体に必要だ。現在の厚労省の基準は、「健康」は無視して、とにかくコレステロールを悪者にしている。コレステロールの病気があるなら、それはコレステロールの量ではなく、体内合成が調整できなくなったときで、その方を直さなければならない。医学者、頑張れ!Bandicam_20130531_095543314 (平成25年8月24日) 武田邦彦ふむふむはた坊
2013.08.25
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昨年のオクラ04月08日 オクラの種を買ってきておいた今年も5月より種まきをしよう04月30日 庭で種まきをしておく05月10日 発芽してきている 16pots 10日かかる05月13日 g-22の畑に移動 植え付けしておいた05月20日 苗は無事 16本くらいある06月17日 なんとか育ちつつある これでokだなあ06月30日 花がついている 順調に育ちつつある予備として オクラの種まき 第二弾05月27日 追加で庭で種まきをしておく06月03日 発芽した すこしだけ 5本くらいかな残っているのは06月10日 畑に移動する m-06に植え付けた06月17日 残っているのは 2本だけ まあ 予備なのでokオクラ 花も咲き出した なんとか育ちつつある07月08日 良く見ると 実があちこちに付いている 収穫をしておいた15個07月11日 2回目の収穫をした15個07月16日 3回目の収穫をした30個07月19日 4回目の収穫をした20個07月22日 5回目の収穫をした20個07月29日 6回目の収穫をした30個08月05日 7回目の収穫をした30個08月12日 8回目の収穫 8個08月19日 9回目の収穫 2個08月26日 10回目の収穫 2個09月02日 11回目の収穫 20個09月08日 12回目の収穫 20個09月09日 13回目の収穫 10個09月16日 14回目の収穫 10個09月23日 15回目の収穫 10個09月30日 16回目の収穫 04個10月06日 17回目の収穫 06個10月13日 18回目の収穫 20個10月21日 19回目の収穫 20個10月27日 20回目の収穫 10個11月03日 21回目の収穫 07個11月10日 22回目の収穫 05個 勢いが弱ってきている7月8日から15+15+30+20+20+30+30+8+2+2+20+20+10+10+10+4+6+20+20+10+7+5=314個これで おしまいとなった昨年は309個 今年は314個 今年の勝ち今年 今年も種は 4月8日に買ってきた種まきは いつもとおり 4月28日の予定まあ 暖かくなってから ゆっくりと しよう05月03日 庭で種まきをしておいた05月19日 やっと 発芽してきている発芽したら 畑に移動の予定 26日くらいに 畑に移動しよう05月26日 m-06の畑に移動した06月09日 なんとか 無事に残っている06月28日 おくら かなり大きくなってきている 無事だなあ07月13日 気が付くと もう 実がついていた さっそく 収穫とした 4本07月18日 おくら 追加で10本の収穫をした07月20日 おくら 3回目の収穫をした 10個07月25日 おくら 4回目の収穫をした 30個07月28日 おくら 5回目の収穫をした 15個08月03日 おくら 6回目の収穫をした 20個08月04日 おくら 7回目の収穫をした 20個08月07日 おくら 8回目の収穫をした 20個08月11日 おくら 9回目の収穫をした 20個08月18日 おくら 10回目の収穫をした 40個おくら 実がどんどんつきだした どんどん 収穫をしていこう オクラの高さは低いが 実は どんどんついている 小さく育てて実もたくさん収穫 エコなり東日本大震災 3月11日発生8月24日は 既に896日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【原発の安全】01・・・日本での誕生 「genshoryokusi01tdyno.354-(11:10).mp3」をダウンロード福島原発事故以来、奇妙な事が続いている。これまであれほど原発事故や被曝に対して厳しい報道態度をとっていた朝日新聞などの大マスコミが3号機の爆発映像を報じなかったり、「被曝など大したことはない」という論評を掲げるなどと豹変した。 大きなことが起こると、これまでの主義主張を捨てて、反対の立場をとることを心理学では「リスキーシフト」というが、日本にはそれが多いのは実に残念でもある。これは学校でも同じで、小児白血病を防止するために、従来から行っていた1年1回の胸のレントゲンでの集団検診を止めたのに、東電が原発事故を起こすと、文科省の大臣が1年20ミリまで認めた。1年20ミリというと1年に胸のレントゲン400回だから、安全か危険かという前に偉い人の言うことが180度変わることも経験した。これで本当に子どもの健康を心配している母親が納得するはずもない。それは1年1ミリか20ミリかというより、言っていることが変われば信じるようにいっても人間はそうはいかない。さらに最近では北茨城市では市が7月12日に1時間に7マイクロシーベルトという高い放射線量を観測していたにもかかわらず、その発表が10日以上遅れるという不祥事が起きたが、これもマスコミはほとんど報道しない。また、その後、大きな問題となったが、原発からの地下水が大量に海に流れていたことも隠され、選挙の終わった翌日に公表されるというひどさだ。選挙と原発のデータがリンクすること自体、きわめて不透明で誠実さに欠ける。ちょっと前まで中国や北朝鮮の報道統制や、食品の安全性について厳しく指弾していた日本が、自分の事となるとなりふり構わず報道を統制し、汚染された食品を子どもに食べさせようとしている。このようなことをどう理解すれば良いだろうか? そして現在のことを正しく認識し、未来に何が起こるかを推定するにはどうしたら良いだろうか? その一つの方法が「歴史を知る」ということだ。そこで、かなりの回数になるかも知れないが、このシリーズで、日本の原子力の歴史とそこから何が起こったか、何が起ころうとしているのかを書きたいと思う。まず最初は日本の原子力の誕生と成り立ちである。 日本の原子力は広島・長崎に原爆が投下されてわずか10年ほどで始まった。原爆が投下されたときにはアメリカとソ連は「連合軍」だったが、10年経ったときには厳しい東西対立が起こり、自由主義諸国と共産主義が鋭い対立をしていた。その中で、サンフランシスコ平和条約で再び独立を取り戻した日本は、アメリカにとって「大切な同盟国、共産主義の進出を防ぐ大事な砦」になっていた。当時は核兵器ができたばかりだったから、「使える兵器」であり、日本が核兵器を持つかどうかは別にして、核(原子力)を使える状態にしておく必要があった。かくして、日本の親米派(当時の自由党、民主党、左派および右派の社会党を問わず)と産業界が中心となって日本の「核化」が進められた。 日本が原子力を始めるにあたって、今の自民党と、かつての社会党が一緒に推進したことも頭に入れておく必要がある。この頃の自由党の結党は「自主憲法の制定、日本軍」など現在の感覚では右翼的なものだった。 共産主義は 自民党と社会党の共通の敵だったからだ。そして、中東問題も、石油の枯渇も、まして環境問題や地球温暖化などまったく知らなかったときだった。だから「エネルギーを多様化する」などの理由で原子力をはじめたわけではない。現在、「原子力がなければエネルギーはどうなるのだ」などの意見があるが、これは歴史的にはあまり整合性のない話しなのである。 歴史を振り返ることは、今の私たちが時として狭い視野を持っているとすると、それを広げるのにとても力になる。 (平成25年8月14日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.24
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昨年度 01月09日 m08のニラは枯れ草になっていた ニラが枯れてしまった 在庫はなしになった次は3月になると 新芽が出るだろう02月26日 ニラ 新芽が出てきている 春だなあ そろそろ青くなってきてくれそう03月04日 ニラ 新芽が増えてきている 早く青くなれーーーーー03月18日 ニラ かなり前面に芽が出てきている ニラ 収穫は4月から 開始だなあ04月08日 今年の収穫は1回目となる 初の収穫だけど 昨年より遅い04月22日 2回目の収穫した05月03日 3回目の収穫をした05月13日 4回目の収穫をした05月20日 5回目の収穫をした06月10日 6回目の収穫をした06月30日 7回目の収穫をした07月08日 8回目の収穫をした07月15日 9回目の収穫をした07月22日 10回目の収穫をした08月05日 11回目の収穫をした08月12日 12回目の収穫をした08月19日 13回目の収穫をした08月26日 14回目の収穫をした09月09日 15回目の収穫をした09月23日 16回目の収穫をした09月30日 17回目の収穫をした10月06日 18回目の収穫をした10月13日 19回目の収穫をした10月21日 20回目の収穫をした10月28日 21回目の収穫をした11月03日 22回目の収穫をした11月10日 23回目の収穫をした11月18日 24回目の収穫をした11月25日 25回目の収穫をした12月02日 26回目の収穫をした これで おしまいになった04-2回収穫した 05-3回 06-2回 07-3回 08-4回09-3回 10-3回 11-4回 12-2回 合計26回26回にて 終了 よく 食べたなあ今年 今年も韮さん 元気もう 大きくなりだしたので 初の収穫をした03月17日 庭の韮が元気 まずは 初の収穫をした03月31日 ニラの2回目の収穫をした04月08日 ニラ 3回目の収穫をした04月21日 ニラ 4回目の収穫をした04月28日 ニラ 5回目の収穫をした05月06日 ニラ 6回目の収穫をした05月12日 ニラ 7回目の収穫をした05月26日 ニラ 8回目の収穫をした06月09日 ニラ 9回目の収穫をした06月30日 ニラ 10回目の収穫をした07月07日 ニラ 11回目の収穫をした07月14日 ニラ 12回目の収穫をした07月21日 ニラ 13回目の収穫をした07月28日 にら 14回目の収穫をした08月04日 にら 15回目の収穫をした08月10日 にら 16回目の収穫をした08月18日 にら 17回目の収穫をした庭のにらは まあまあ水もたっぶりで 元気であるm-08のは株分けをしている こちらは 水やりたっぶりで元気g-22のは 水が不足して 猛暑で 元気なし今年も ニラさん 元気だなあ3月に 2回の収穫をした4月も 3回の収穫をした5月も 3回の収穫をした6月も 2回の収穫をした 7月も 4回の収穫をした どんどん 収穫をしよう12月まで ずーーーと 収穫できるので 超 役立つ野菜なり東日本大震災 3月11日発生8月24日は 既に896日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【原発の安全】01・・・日本での誕生 「genshoryokusi01tdyno.354-(11:10).mp3」をダウンロード福島原発事故以来、奇妙な事が続いている。これまであれほど原発事故や被曝に対して厳しい報道態度をとっていた朝日新聞などの大マスコミが3号機の爆発映像を報じなかったり、「被曝など大したことはない」という論評を掲げるなどと豹変した。 大きなことが起こると、これまでの主義主張を捨てて、反対の立場をとることを心理学では「リスキーシフト」というが、日本にはそれが多いのは実に残念でもある。これは学校でも同じで、小児白血病を防止するために、従来から行っていた1年1回の胸のレントゲンでの集団検診を止めたのに、東電が原発事故を起こすと、文科省の大臣が1年20ミリまで認めた。1年20ミリというと1年に胸のレントゲン400回だから、安全か危険かという前に偉い人の言うことが180度変わることも経験した。これで本当に子どもの健康を心配している母親が納得するはずもない。それは1年1ミリか20ミリかというより、言っていることが変われば信じるようにいっても人間はそうはいかない。さらに最近では北茨城市では市が7月12日に1時間に7マイクロシーベルトという高い放射線量を観測していたにもかかわらず、その発表が10日以上遅れるという不祥事が起きたが、これもマスコミはほとんど報道しない。また、その後、大きな問題となったが、原発からの地下水が大量に海に流れていたことも隠され、選挙の終わった翌日に公表されるというひどさだ。選挙と原発のデータがリンクすること自体、きわめて不透明で誠実さに欠ける。ちょっと前まで中国や北朝鮮の報道統制や、食品の安全性について厳しく指弾していた日本が、自分の事となるとなりふり構わず報道を統制し、汚染された食品を子どもに食べさせようとしている。このようなことをどう理解すれば良いだろうか? そして現在のことを正しく認識し、未来に何が起こるかを推定するにはどうしたら良いだろうか? その一つの方法が「歴史を知る」ということだ。そこで、かなりの回数になるかも知れないが、このシリーズで、日本の原子力の歴史とそこから何が起こったか、何が起ころうとしているのかを書きたいと思う。まず最初は日本の原子力の誕生と成り立ちである。 日本の原子力は広島・長崎に原爆が投下されてわずか10年ほどで始まった。原爆が投下されたときにはアメリカとソ連は「連合軍」だったが、10年経ったときには厳しい東西対立が起こり、自由主義諸国と共産主義が鋭い対立をしていた。その中で、サンフランシスコ平和条約で再び独立を取り戻した日本は、アメリカにとって「大切な同盟国、共産主義の進出を防ぐ大事な砦」になっていた。当時は核兵器ができたばかりだったから、「使える兵器」であり、日本が核兵器を持つかどうかは別にして、核(原子力)を使える状態にしておく必要があった。かくして、日本の親米派(当時の自由党、民主党、左派および右派の社会党を問わず)と産業界が中心となって日本の「核化」が進められた。 日本が原子力を始めるにあたって、今の自民党と、かつての社会党が一緒に推進したことも頭に入れておく必要がある。この頃の自由党の結党は「自主憲法の制定、日本軍」など現在の感覚では右翼的なものだった。 共産主義は 自民党と社会党の共通の敵だったからだ。そして、中東問題も、石油の枯渇も、まして環境問題や地球温暖化などまったく知らなかったときだった。だから「エネルギーを多様化する」などの理由で原子力をはじめたわけではない。現在、「原子力がなければエネルギーはどうなるのだ」などの意見があるが、これは歴史的にはあまり整合性のない話しなのである。 歴史を振り返ることは、今の私たちが時として狭い視野を持っているとすると、それを広げるのにとても力になる。 (平成25年8月14日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.24
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あさつきの一昨年の動き05月-8月枯れている 9月-11月葉茂る 12月-1月枯れてる 2月-04月葉茂る昨年のあさつき 2年前の11月に収穫した後は放置 3-4月は収穫せずに気がつくと枯れていた高級ネギのあさつき とりあえず根っ子を保管して8-9月から栽培を再開とする09月25日 保管していたあさつき 畑の横にばら撒いておく10月02日 発芽してきている10月10日 発芽して大きくなってきている m07の畑でも発芽している11月06日 あさつき m-08に移動しておいた11月13日 定着している すこし成長してきている12月04日 まあまあ成長してきている12月18日 霜がおりたら あさつき弱ってきている もう枯れそうになってきた あさつき わけぎ 下仁田ネギと九条ネギ たくさんある が 霜には弱い あさつきは12月で枯れそう しかし わけぎ これは元気だ昨年01月04日 葉は枯れてしまう 霜がおりているのでダメだなあ01月22日 完全な枯れ草になった つまり 下が新しい芽が出てくるのだろう ???02月14日 葉がまた出てくる予定 しかし まだだ 03月04日 やっと新芽が出てきている すこし遅いなあ新芽 やっと出てきている 春だーーーーーーーー04月01日 大きくなってきている 収穫できそうになっている04月08日 ようやく1回目の収穫をした04月14日 2回目の収穫をした たくさんできて来ている04月22日 3回目の収穫をした04月29日 4回目の収穫をした あさつき 収穫したのは全部を冷凍庫で保存 必要なだけ解凍して使用しよう で 今回でお終いに 残りはほりあげて また夏に育てよう秋になった あさつき 畑に残っていたのが発芽してきている10月06日 畑でのあさつきの発芽 細いがあちこち 発芽してきている10月21日 成長はしているが やや小さいな 勝手に生えている方が元気だ あさつき これもネギとして利用しよう あちこちにある アサツキ 大きくなったので そろそろ収穫してしまおう11月に収穫して 12月になれば また 枯れてしまうので いまがチャンス大量に収穫してネギさんとして冷凍しておこう11月11日 あさつき 収穫した 冷凍して保存してつかおう11月18日 あさつき 2回目の収穫をした11月25日 あさつき 3回目の収穫をした12月は あさつき 休みとなっている もうすぐ枯れそう 今年03月03日 やっと発芽してきている春だあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー あさつき さん 発芽 したあ03月10日 発芽したあさつき まず すこし収穫をした03月17日 2回目の収穫をした03月24日 3回目の収穫をした03月31日 4回目の収穫をした04月08日 5回目の収穫をした04月14日 6回目の収穫をした高級ネギの あさつき 収穫 小さいがok今年は6回にて 終了 残りの分は 枯れたら 抜き取って 乾燥 納屋で保管して9月にまた 秋に植え付けよう05月06日 残っている苗を全部をぬいておいた06月16日 納屋は風通しがよくないので 通路においておく07月21日 状態は良い 無事なり08月23日 その後も あさつきの状態はok そろそろ 植え付けが近い9月になれば 畑に植え付けよう 東日本大震災 3月11日発生8月24日は 既に896日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【原発の安全】01・・・日本での誕生 「genshoryokusi01tdyno.354-(11:10).mp3」をダウンロード福島原発事故以来、奇妙な事が続いている。これまであれほど原発事故や被曝に対して厳しい報道態度をとっていた朝日新聞などの大マスコミが3号機の爆発映像を報じなかったり、「被曝など大したことはない」という論評を掲げるなどと豹変した。 大きなことが起こると、これまでの主義主張を捨てて、反対の立場をとることを心理学では「リスキーシフト」というが、日本にはそれが多いのは実に残念でもある。これは学校でも同じで、小児白血病を防止するために、従来から行っていた1年1回の胸のレントゲンでの集団検診を止めたのに、東電が原発事故を起こすと、文科省の大臣が1年20ミリまで認めた。1年20ミリというと1年に胸のレントゲン400回だから、安全か危険かという前に偉い人の言うことが180度変わることも経験した。これで本当に子どもの健康を心配している母親が納得するはずもない。それは1年1ミリか20ミリかというより、言っていることが変われば信じるようにいっても人間はそうはいかない。さらに最近では北茨城市では市が7月12日に1時間に7マイクロシーベルトという高い放射線量を観測していたにもかかわらず、その発表が10日以上遅れるという不祥事が起きたが、これもマスコミはほとんど報道しない。また、その後、大きな問題となったが、原発からの地下水が大量に海に流れていたことも隠され、選挙の終わった翌日に公表されるというひどさだ。選挙と原発のデータがリンクすること自体、きわめて不透明で誠実さに欠ける。ちょっと前まで中国や北朝鮮の報道統制や、食品の安全性について厳しく指弾していた日本が、自分の事となるとなりふり構わず報道を統制し、汚染された食品を子どもに食べさせようとしている。このようなことをどう理解すれば良いだろうか? そして現在のことを正しく認識し、未来に何が起こるかを推定するにはどうしたら良いだろうか? その一つの方法が「歴史を知る」ということだ。そこで、かなりの回数になるかも知れないが、このシリーズで、日本の原子力の歴史とそこから何が起こったか、何が起ころうとしているのかを書きたいと思う。まず最初は日本の原子力の誕生と成り立ちである。 日本の原子力は広島・長崎に原爆が投下されてわずか10年ほどで始まった。原爆が投下されたときにはアメリカとソ連は「連合軍」だったが、10年経ったときには厳しい東西対立が起こり、自由主義諸国と共産主義が鋭い対立をしていた。その中で、サンフランシスコ平和条約で再び独立を取り戻した日本は、アメリカにとって「大切な同盟国、共産主義の進出を防ぐ大事な砦」になっていた。当時は核兵器ができたばかりだったから、「使える兵器」であり、日本が核兵器を持つかどうかは別にして、核(原子力)を使える状態にしておく必要があった。かくして、日本の親米派(当時の自由党、民主党、左派および右派の社会党を問わず)と産業界が中心となって日本の「核化」が進められた。 日本が原子力を始めるにあたって、今の自民党と、かつての社会党が一緒に推進したことも頭に入れておく必要がある。この頃の自由党の結党は「自主憲法の制定、日本軍」など現在の感覚では右翼的なものだった。 共産主義は 自民党と社会党の共通の敵だったからだ。そして、中東問題も、石油の枯渇も、まして環境問題や地球温暖化などまったく知らなかったときだった。だから「エネルギーを多様化する」などの理由で原子力をはじめたわけではない。現在、「原子力がなければエネルギーはどうなるのだ」などの意見があるが、これは歴史的にはあまり整合性のない話しなのである。 歴史を振り返ることは、今の私たちが時として狭い視野を持っているとすると、それを広げるのにとても力になる。 (平成25年8月14日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.24
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8月23日 処暑暑さが峠を越えて後退し始めるころ。『暦便覧』では「陽気とどまりて、初めて退きやまむとすれば也」と説明している。二百十日・二百二十日とともに台風襲来の特異日とされている。処暑の期間の七十二候は以下の通り。初候綿柎開(めんぷ ひらく) : 綿を包む咢(がく)が開く(日本)鷹乃祭鳥(たか すなわち とりを まつる) : 鷹が捕らえた鳥を並べて食べる(中国)次候天地始粛(てんち はじめて しじむ(しゅくす)) : ようやく暑さが鎮まる(日本・中国)末候禾乃登(か すなわち みのる) : 稲が実る(日本・中国)次は9月7日の白露東日本大震災 3月11日発生8月24日は 既に896日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【原発の安全】01・・・日本での誕生「genshoryokusi01tdyno.354-(11:10).mp3」をダウンロード福島原発事故以来、奇妙な事が続いている。これまであれほど原発事故や被曝に対して厳しい報道態度をとっていた朝日新聞などの大マスコミが3号機の爆発映像を報じなかったり、「被曝など大したことはない」という論評を掲げるなどと豹変した。大きなことが起こると、これまでの主義主張を捨てて、反対の立場をとることを心理学では「リスキーシフト」というが、日本にはそれが多いのは実に残念でもある。これは学校でも同じで、小児白血病を防止するために、従来から行っていた1年1回の胸のレントゲンでの集団検診を止めたのに、東電が原発事故を起こすと、文科省の大臣が1年20ミリまで認めた。1年20ミリというと1年に胸のレントゲン400回だから、安全か危険かという前に偉い人の言うことが180度変わることも経験した。これで本当に子どもの健康を心配している母親が納得するはずもない。それは1年1ミリか20ミリかというより、言っていることが変われば信じるようにいっても人間はそうはいかない。さらに最近では北茨城市では市が7月12日に1時間に7マイクロシーベルトという高い放射線量を観測していたにもかかわらず、その発表が10日以上遅れるという不祥事が起きたが、これもマスコミはほとんど報道しない。また、その後、大きな問題となったが、原発からの地下水が大量に海に流れていたことも隠され、選挙の終わった翌日に公表されるというひどさだ。選挙と原発のデータがリンクすること自体、きわめて不透明で誠実さに欠ける。ちょっと前まで中国や北朝鮮の報道統制や、食品の安全性について厳しく指弾していた日本が、自分の事となるとなりふり構わず報道を統制し、汚染された食品を子どもに食べさせようとしている。このようなことをどう理解すれば良いだろうか? そして現在のことを正しく認識し、未来に何が起こるかを推定するにはどうしたら良いだろうか? その一つの方法が「歴史を知る」ということだ。そこで、かなりの回数になるかも知れないが、このシリーズで、日本の原子力の歴史とそこから何が起こったか、何が起ころうとしているのかを書きたいと思う。まず最初は日本の原子力の誕生と成り立ちである。日本の原子力は広島・長崎に原爆が投下されてわずか10年ほどで始まった。原爆が投下されたときにはアメリカとソ連は「連合軍」だったが、10年経ったときには厳しい東西対立が起こり、自由主義諸国と共産主義が鋭い対立をしていた。その中で、サンフランシスコ平和条約で再び独立を取り戻した日本は、アメリカにとって「大切な同盟国、共産主義の進出を防ぐ大事な砦」になっていた。当時は核兵器ができたばかりだったから、「使える兵器」であり、日本が核兵器を持つかどうかは別にして、核(原子力)を使える状態にしておく必要があった。かくして、日本の親米派(当時の自由党、民主党、左派および右派の社会党を問わず)と産業界が中心となって日本の「核化」が進められた。日本が原子力を始めるにあたって、今の自民党と、かつての社会党が一緒に推進したことも頭に入れておく必要がある。この頃の自由党の結党は「自主憲法の制定、日本軍」など現在の感覚では右翼的なものだった。共産主義は 自民党と社会党の共通の敵だったからだ。そして、中東問題も、石油の枯渇も、まして環境問題や地球温暖化などまったく知らなかったときだった。だから「エネルギーを多様化する」などの理由で原子力をはじめたわけではない。現在、「原子力がなければエネルギーはどうなるのだ」などの意見があるが、これは歴史的にはあまり整合性のない話しなのである。歴史を振り返ることは、今の私たちが時として狭い視野を持っているとすると、それを広げるのにとても力になる。(平成25年8月14日)武田邦彦ふむふむはた坊
2013.08.24
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昨年まずは hcでの苗から04月15日 hcでの苗があったので まずは1本 58円なり m-08の畑に1本 植え付けた05月20日 初の収穫 すこし こぼれ種の発芽は 05月20日 あちこちにたくさん発芽している05月26日 2回目の収穫をしたあ05月31日 3回目の収穫をしたーあ06月03日 4回目の収穫をしたーーーあ06月10日 5回目の収穫をしたーーーーーーあ06月17日 6回目の収穫をしたーーーーーーーーーーあ06月24日 7回目の収穫をしたーーーーーーーーーーーーーあ06月30日 8回目の収穫をしたーーーーーーーーーーーーーーーあ07月08日 9回目の収穫をしたーーーーーーーーーーーーーーーーーあ07月11日 10回目の収穫をした----------------------------------あ07月16日 11回目の収穫をした---------------------------あ07月22日 12回目の収穫をした----------------------あ07月29日 13回目の収穫をした------------------あ08月05日 14回目の収穫をした--------------あ08月12日 15回目の収穫をした----------あ08月19日 16回目の収穫をした------あ08月26日 17回目の収穫をした--あ09月02日 18回目の収穫をしたあ収穫はこれにて終了した あとは穂が咲いている香りも良い あとは 種が落ちて 来年に発芽してくれる今年 今年もしその葉 まずはhcで1本の苗を買ってきた04月09日 まずはhcで 1本の苗を買ってきて 畑に植えておいた04月14日 まだ 寒いみたい 枯れそうだなあ04月27日 はんぶん 枯れそうなまま 成長せず05月25日 これは ダメ 花が咲いて種ができそう 結果は不良の苗だつたhcでの苗 第二弾04月27日 hcでローヤルにいくと苗があったので2つ購入 畑に植えておく05月19日 あおしそのhcでの買ってきた分 そろそろ収穫できそうになった05月25日 やっと しそのは 収穫できた いい 感じ06月02日 第二弾の収穫となった06月08日 第三弾の収穫をした06月16日 第四弾の収穫をした06月23日 5回目の収穫をした06月30日 6回目の収穫をした07月07日 7回目の収穫をした07月14日 8回目の収穫をした07月21日 9回目の収穫をした07月28日 10回目の収穫をした昨年の種が落ちているのが 発芽してくるのは 4月21日くらい しかし 今年は まだ 見つからない ??????発芽はまだしていない 寒いので 無理かな ??こぼれ種の発芽は あかしそはでて来ている05月25日 あおしそ ようやく いちぶ 発芽してきている05月26日 あちこち あおしそが 発芽してきていた やっと 出たあーーーーー06月02日 あちこち あちこち もっと 発芽してきている06月08日 しその葉 空梅雨で雨がなし 弱ってきている みずやり しておく06月15日 10本のしそを集めて m07に植え付けている これは無事06月16日 ほかのは 大きくなりつつある そろそろ 収穫もできそうになっている06月23日 ねぎの間にあるしその葉 抜いて10本をm07に植え付けた07月15日 10本のしその葉 元気に育っている しその葉10本のこの苗だけで 十分 今年の収穫はできそう まだ あちこちにあるのは 余分くらいだ どんどん 整理していこう08月04日 11回目の収穫をした08月11日 12回目の収穫をした08月18日 13回目の収穫をした東日本大震災 3月11日発生8月23日は 既に895日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ--------------------------------------------- 【普通の歴史】3-2 一等国の時代・・・満州国建国の背景 「mansyu01tdyno.337-(14:12).mp3」をダウンロード満州国の建国から、上海事変、南京事変、そして日中戦争になるところが、近代日本の歴史や中国との関係で一番、難しい。そこでまずは「本質だけを書き、できるだけ詳細に入らない」ことを心がけたい。言えば「木を見て森を見ない」ということにならないようにする。その理由は、日露戦争までは侵略戦争かどうかはほとんど問題は無いし(日本が独立しただけ)、第一次世界大戦は日本が参戦したと言っても主戦場はヨーロッパで日本はついでに参戦したにすぎないからだ.つまり、 1) 日清戦争 明治中期で単なる戦争 2) 日露戦争 防衛戦争で日本の生死がかかっていた3) 第一次世界大戦 ついでの戦争 (日本が完全に独立して一等国入り)だったが、その後の戦争、 4) 満州国建国、 5) 上海・南京事変から日中戦争 6) 大東亜戦争は少なくとも見かけは日本が戦争をしかけたように見えるので、「歴史認識」に大きな違いが出てくるからだ. つまり、日露戦争、第一次世界大戦は日本にとって「受け身の戦争」だったが、満州国建国からは日本の「積極的戦争」のように見える。だから、この時期の本質を見極めることがとても大切になる.ゆっくり整理しながら進みたい.・・・・・・・・・「満州」というのは中国の万里の長城の北、朝鮮の北にある。万里の長城の北ということは「中国ではない」ということを示している。これがまた日本の近代史にも大きな影響を与えた。もし、日本と中国の関係が難しくなったときに中国を支配していたのは「外国の人=満州民族」だった。清(その当時は「後金」といったが)が中国を侵略したのは、ちょうど徳川幕府ができた頃で、それまで中国の王朝だった明(みん)を追い出して外国人の政権を作った。つまり、日本では「清」という国は中国の国とされているが、清は満州の国で中国は占領されていた状態だった。でも、200年以上、首都を北京に移していたのでもともとの国の満州はすっかり寂れていたい。そしてロシアが満州に進出すると「祖国を明け渡す」という形で満州はロシアが支配するようになった。 一方、そのころの日本は日露戦争に勝ち、朝鮮を併合し、第一次世界大戦でドイツを東アジアと太平洋から追い出し、ヨーロッパ国家と同じく「世界の一等国」になった。そのころの世界の一等国は、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、ロシアというところだったので、日本もイギリスやドイツをまねて行動をするようになったし、日本人も「せっかく一等国になったのだから、一等国のように振る舞うこと」を求めた。 当時の世界の一等国の標準的な振る舞いは、 1)海外に植民地を持つこと、 2)軍備を整えて常に他国との優位性を保つ、 3)自国に有利であれば他国を占領し、植民地か属国にする、ということだった。すでに植民地を多く持つイギリス、オランダ、スペイン、ポルトガル、アメリカ、フランスはどちらかというと「植民地の死守」をして、ドイツ、日本のような「遅れてきた国家」はなんとかして他の国と同じように支配権を広げようとした。そんなとき、つまり日本が一等国になり、台湾、朝鮮、千島列島、南洋諸島を占領して「頑張っていた頃」、「願ってもない話」が飛び込んでくる。それが「滅びつつある清の皇帝が、中国から引き揚げて満州帝国を作り、その皇帝になりたいと言っている」ということだった。すでに清は滅び、次の皇帝になるはずだった溥儀は、中華民国の蒋介石の軍隊が歴代の清の皇帝・・・それはまさに自分の父祖であったのだが・・・の墓が爆破され、その骨が飛び散るのにショックを受けて父祖の地の満州に新しい国を建国したいと願った。 一等国になり、イギリスやアメリカと同じように振る舞おうとしていた日本は、満州国を建国し、溥儀氏を皇帝に治め、日本の影響を満州にも及ぼしたいと考えた。この考えは後にアーリア人や反日日本人に否定されるが、私は普通の考えのように思う。ここまでの日本の歴史の整理では、満州国の建国に日本が力を出したのは、ヨーロッパ、アメリカの当時の政治から言えば、むしろ控えめのように見える。この問題はもう一度、検討する予定。また、満州帝国建国の歴史の話になると、張作霖の爆死など「事件の発端」について年号や経緯を覚えさせられるが、むしろ私たち歴史家ではない人にとって大切なのは個々の事件ではなく、満州帝国ができ、日本が実質的に運営したという事実を理解することだと思う。 (平成25年8月20日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.23
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2年前 ワケギの予定 種の保管は納屋でやっている たくさん種ワケギは用意しているが畑の放置している ワケギを見てみると 発芽しているのもある庭のわけぎ 発芽しているg-22のわけぎ これも発芽したm-20のわけぎ これも発芽した納屋のわけぎ これは大量にある 発芽はまだ在庫は大量にある わけぎの植え付けの予定は8月21日だったけど今年の8月は猛暑の予定 猛暑が過ぎるまで植え付けは延期しよう第一弾のわけぎ g-22 09月11日 g-22の畑で昨年のわけぎを植え付けした09月18日 発芽していたので無事09月25日 どんどん発芽してきている10月02日 これで安心 追肥した10月23日 収穫できるくらいに大きくなってきている11月27日 大きく 青々としている 収穫できる12月11日 わけぎ 収穫はokとなっている12月30日 すこし収穫をしておく第二弾のわけぎ m-08 09月18日 残りのわけぎm-08の横にならべておく09月25日 発芽しつつある 10月02日 発芽したのでm-08の畝に移動した 10月23日 こちらは 生育は遅い まだ 小さいなあ11月27日 すこし大きくなってきているが まだ 小さいかな 小ぶりのまま12月11日 わけぎ 収穫はokとなっている わけぎ 第1-2弾とも 収穫できる12月30日 収穫を開始 わけぎ いい感じになっている昨年01月09日 2回目の収穫をしておく 大きくなっている01月15日 3回目の収穫をしておく 美味い01月21日 4回目の収穫をしておく 出来具合も良い01月29日 5回目の収穫をしておく まあまあ02月05日 6回目の収穫をしておく いい感じ02月12日 7回目の収穫をしておく 新鮮だあ02月19日 8回目の収穫をしておく 良く分ケツしている02月19日 8回目の収穫をしておく 春らしいわけぎになってきている03月04日 9回目の収穫をしておく まだまだ収穫はできそう03月11日 10回目の収穫をしておく どんどん収穫するぞーーー03月18日 11回目の収穫をしておく まだまだ どんどん収穫するぞーーー03月25日 旅行で収穫できず04月01日 12回目の収穫をしておく まだまだ収穫するぞーーー04月08日 13回目の収穫をしておく これで 柔らかさもなくなってきたので お終いに 在庫は大量 たくさんあるーーーーう が 柔らかさがなくなってきた で これで お終いとしよう残っているワケギは雑損さんに負けている 全部引っこ抜いて保存 夏に再度植えつけよう05月13日 残っていたワケギ 追加でほりあげておいた 納屋において 保存中 08月19日 在庫のわけぎ 発芽してきているぞ今年も9月には 植え付けしよう 在庫はたっぷりとある猛暑が続いたので 植え付けは 遅くなり10月となった10月07日 やっと畑のm-08に植え付けをしておいた 数は100くらい すこし減った10月20日 わけぎ 発芽してきている これで安心なり11月25日 大きくなりだした そろそろ 収穫もできそう12月02日 雑草がおおいので 除草をしておいた12月09日 その後も 分葱は元気なものだ いい感じ12月23日 もう 収穫してもよさそうだなあ まあ これだけあれば かなりの収穫をできる そろそろ 収穫しよう今年01月02日 初の収穫したあ01月06日 九条ネギがたくさんあるので 収穫はなし02月10日 そのご 雑草も生えているので すこし雑草を取り除いた やや 黄色に02月11日 2回目の収穫をした03月10日 3回目の収穫をした03月20日 4回目の収穫をした03月24日 5回目の収穫をした03月31日 6回目の収穫をした04月08日 7回目の収穫をした04月14日 8回目の収穫をした04月21日 9回目の収穫をした これで おしまいに残っているわけぎは 黄色くなりつつある そろそろ 抜き取ってしまい 納屋で乾燥して 保管しよう8月の後半くらいに 再度の植え付けをする 予定05月03日 引っこ抜いておく 畑ですこし 乾燥する05月04日 家に持って帰る 乾燥させて 納屋で保管する植え付け用の根っこ 大量に収穫した いい感じ秋には 大量のわけぎ どんどん 植え付けよう07月15日 干している分葱 状態も良い やや青みがついてきている08月22日 その後も 無事で 保存の状態も良いなあ やはり 外で保存が良い わけぎ今年は納屋でなくて 外の壁の横に干している保存の状態はこちらのほうが 風通しが良いので 元気に見える東日本大震災 3月11日発生8月23日は 既に895日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ--------------------------------------------- 【普通の歴史】3-2 一等国の時代・・・満州国建国の背景 「mansyu01tdyno.337-(14:12).mp3」をダウンロード満州国の建国から、上海事変、南京事変、そして日中戦争になるところが、近代日本の歴史や中国との関係で一番、難しい。そこでまずは「本質だけを書き、できるだけ詳細に入らない」ことを心がけたい。言えば「木を見て森を見ない」ということにならないようにする。その理由は、日露戦争までは侵略戦争かどうかはほとんど問題は無いし(日本が独立しただけ)、第一次世界大戦は日本が参戦したと言っても主戦場はヨーロッパで日本はついでに参戦したにすぎないからだ.つまり、 1) 日清戦争 明治中期で単なる戦争 2) 日露戦争 防衛戦争で日本の生死がかかっていた3) 第一次世界大戦 ついでの戦争 (日本が完全に独立して一等国入り)だったが、その後の戦争、 4) 満州国建国、 5) 上海・南京事変から日中戦争 6) 大東亜戦争は少なくとも見かけは日本が戦争をしかけたように見えるので、「歴史認識」に大きな違いが出てくるからだ. つまり、日露戦争、第一次世界大戦は日本にとって「受け身の戦争」だったが、満州国建国からは日本の「積極的戦争」のように見える。だから、この時期の本質を見極めることがとても大切になる.ゆっくり整理しながら進みたい.・・・・・・・・・「満州」というのは中国の万里の長城の北、朝鮮の北にある。万里の長城の北ということは「中国ではない」ということを示している。これがまた日本の近代史にも大きな影響を与えた。もし、日本と中国の関係が難しくなったときに中国を支配していたのは「外国の人=満州民族」だった。清(その当時は「後金」といったが)が中国を侵略したのは、ちょうど徳川幕府ができた頃で、それまで中国の王朝だった明(みん)を追い出して外国人の政権を作った。つまり、日本では「清」という国は中国の国とされているが、清は満州の国で中国は占領されていた状態だった。でも、200年以上、首都を北京に移していたのでもともとの国の満州はすっかり寂れていたい。そしてロシアが満州に進出すると「祖国を明け渡す」という形で満州はロシアが支配するようになった。 一方、そのころの日本は日露戦争に勝ち、朝鮮を併合し、第一次世界大戦でドイツを東アジアと太平洋から追い出し、ヨーロッパ国家と同じく「世界の一等国」になった。そのころの世界の一等国は、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、ロシアというところだったので、日本もイギリスやドイツをまねて行動をするようになったし、日本人も「せっかく一等国になったのだから、一等国のように振る舞うこと」を求めた。 当時の世界の一等国の標準的な振る舞いは、 1)海外に植民地を持つこと、 2)軍備を整えて常に他国との優位性を保つ、 3)自国に有利であれば他国を占領し、植民地か属国にする、ということだった。すでに植民地を多く持つイギリス、オランダ、スペイン、ポルトガル、アメリカ、フランスはどちらかというと「植民地の死守」をして、ドイツ、日本のような「遅れてきた国家」はなんとかして他の国と同じように支配権を広げようとした。そんなとき、つまり日本が一等国になり、台湾、朝鮮、千島列島、南洋諸島を占領して「頑張っていた頃」、「願ってもない話」が飛び込んでくる。それが「滅びつつある清の皇帝が、中国から引き揚げて満州帝国を作り、その皇帝になりたいと言っている」ということだった。すでに清は滅び、次の皇帝になるはずだった溥儀は、中華民国の蒋介石の軍隊が歴代の清の皇帝・・・それはまさに自分の父祖であったのだが・・・の墓が爆破され、その骨が飛び散るのにショックを受けて父祖の地の満州に新しい国を建国したいと願った。 一等国になり、イギリスやアメリカと同じように振る舞おうとしていた日本は、満州国を建国し、溥儀氏を皇帝に治め、日本の影響を満州にも及ぼしたいと考えた。この考えは後にアーリア人や反日日本人に否定されるが、私は普通の考えのように思う。ここまでの日本の歴史の整理では、満州国の建国に日本が力を出したのは、ヨーロッパ、アメリカの当時の政治から言えば、むしろ控えめのように見える。この問題はもう一度、検討する予定。また、満州帝国建国の歴史の話になると、張作霖の爆死など「事件の発端」について年号や経緯を覚えさせられるが、むしろ私たち歴史家ではない人にとって大切なのは個々の事件ではなく、満州帝国ができ、日本が実質的に運営したという事実を理解することだと思う。 (平成25年8月20日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.23
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2年前のパセリ01月22日 ダイコンの葉に隠れているが 冬も成長している02月06日 2月になっても青々としている 元気に茂っている02月23日 畑から庭に移動しようかなと思ったが 冬なので辞めた03月06日 横のダイコンも撤去したので日当たりが良くなった04月04日 春だ 畑でも青々としているので気持ちが良い 畑の畝をすこし移動させた05月30日 バセリの花の茎がどんどん大きくなったので 花の茎をカットしておいた06月05日 もうすこしカットしておく09月05日 猛暑でバセリも消えてしまっていた09月26日 またhcでの苗を2つ購入して畑に植えておいた10月11日 無事にパセリの苗は生育中 ok これで安心11月21日 前と比べて かなり大きくなってきている ok okパセリ 2本くらいはいつも置いておきたいので猛暑で消えた分 交換として 2つ植えておいたg-10の畑で無事に生育中 1本は大きい 1本は小さい まあ okだ昨年のパセリ今年も2本の苗から04月10日 パセリの苗 2本を購入して m-06の畑に植えておいた04月17日 枯れずになんとか残っている ok05月03日 2本に成長をはじめている かなり大きくなりつつある06月05日 大きくなりすぎたので 畑から 庭のプランターに移動した さすがに パセリは元気だ 葉も十分に茂っているので 家の庭に移動した どんどん利用しよう今年のパセリhcで苗がうられていたので かっておく04月27日 ローヤルで 苗が売られていた 1本 買ってきておく 畑に植えた m-06 05月19日 すこし大きくなってきている 今年も パセリ 1本 畑に植えておく もうすこし大きくなったら また 畑から庭に移動して収穫をいつでも できるようにしよう06月08日 パセリ 大きくなったので 畑より 庭に移動した これで 収穫は便利に06月15日 庭でゆっくりと はせり 育っている07月15日 庭のパセリ 元気になっている やはり 庭においておくのが良い07月31日 青虫がつきだした 5匹を捕まえたが 新手が何度も現れる なんとか 葉は 少しだけは残っている まだ 大丈夫08月22日 そのご 残っている葉は これだけ また 葉が出てきているほとんど 虫さんに食べられてしまった東日本大震災 3月11日発生8月23日は 既に895日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ--------------------------------------------- 【普通の歴史】3-2 一等国の時代・・・満州国建国の背景 「mansyu01tdyno.337-(14:12).mp3」をダウンロード満州国の建国から、上海事変、南京事変、そして日中戦争になるところが、近代日本の歴史や中国との関係で一番、難しい。そこでまずは「本質だけを書き、できるだけ詳細に入らない」ことを心がけたい。言えば「木を見て森を見ない」ということにならないようにする。その理由は、日露戦争までは侵略戦争かどうかはほとんど問題は無いし(日本が独立しただけ)、第一次世界大戦は日本が参戦したと言っても主戦場はヨーロッパで日本はついでに参戦したにすぎないからだ.つまり、 1) 日清戦争 明治中期で単なる戦争 2) 日露戦争 防衛戦争で日本の生死がかかっていた3) 第一次世界大戦 ついでの戦争 (日本が完全に独立して一等国入り)だったが、その後の戦争、 4) 満州国建国、 5) 上海・南京事変から日中戦争 6) 大東亜戦争は少なくとも見かけは日本が戦争をしかけたように見えるので、「歴史認識」に大きな違いが出てくるからだ. つまり、日露戦争、第一次世界大戦は日本にとって「受け身の戦争」だったが、満州国建国からは日本の「積極的戦争」のように見える。だから、この時期の本質を見極めることがとても大切になる.ゆっくり整理しながら進みたい.・・・・・・・・・「満州」というのは中国の万里の長城の北、朝鮮の北にある。万里の長城の北ということは「中国ではない」ということを示している。これがまた日本の近代史にも大きな影響を与えた。もし、日本と中国の関係が難しくなったときに中国を支配していたのは「外国の人=満州民族」だった。清(その当時は「後金」といったが)が中国を侵略したのは、ちょうど徳川幕府ができた頃で、それまで中国の王朝だった明(みん)を追い出して外国人の政権を作った。つまり、日本では「清」という国は中国の国とされているが、清は満州の国で中国は占領されていた状態だった。でも、200年以上、首都を北京に移していたのでもともとの国の満州はすっかり寂れていたい。そしてロシアが満州に進出すると「祖国を明け渡す」という形で満州はロシアが支配するようになった。 一方、そのころの日本は日露戦争に勝ち、朝鮮を併合し、第一次世界大戦でドイツを東アジアと太平洋から追い出し、ヨーロッパ国家と同じく「世界の一等国」になった。そのころの世界の一等国は、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、ロシアというところだったので、日本もイギリスやドイツをまねて行動をするようになったし、日本人も「せっかく一等国になったのだから、一等国のように振る舞うこと」を求めた。 当時の世界の一等国の標準的な振る舞いは、 1)海外に植民地を持つこと、 2)軍備を整えて常に他国との優位性を保つ、 3)自国に有利であれば他国を占領し、植民地か属国にする、ということだった。すでに植民地を多く持つイギリス、オランダ、スペイン、ポルトガル、アメリカ、フランスはどちらかというと「植民地の死守」をして、ドイツ、日本のような「遅れてきた国家」はなんとかして他の国と同じように支配権を広げようとした。そんなとき、つまり日本が一等国になり、台湾、朝鮮、千島列島、南洋諸島を占領して「頑張っていた頃」、「願ってもない話」が飛び込んでくる。それが「滅びつつある清の皇帝が、中国から引き揚げて満州帝国を作り、その皇帝になりたいと言っている」ということだった。すでに清は滅び、次の皇帝になるはずだった溥儀は、中華民国の蒋介石の軍隊が歴代の清の皇帝・・・それはまさに自分の父祖であったのだが・・・の墓が爆破され、その骨が飛び散るのにショックを受けて父祖の地の満州に新しい国を建国したいと願った。 一等国になり、イギリスやアメリカと同じように振る舞おうとしていた日本は、満州国を建国し、溥儀氏を皇帝に治め、日本の影響を満州にも及ぼしたいと考えた。この考えは後にアーリア人や反日日本人に否定されるが、私は普通の考えのように思う。ここまでの日本の歴史の整理では、満州国の建国に日本が力を出したのは、ヨーロッパ、アメリカの当時の政治から言えば、むしろ控えめのように見える。この問題はもう一度、検討する予定。また、満州帝国建国の歴史の話になると、張作霖の爆死など「事件の発端」について年号や経緯を覚えさせられるが、むしろ私たち歴史家ではない人にとって大切なのは個々の事件ではなく、満州帝国ができ、日本が実質的に運営したという事実を理解することだと思う。 (平成25年8月20日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.23
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昨年のイチゴ苗はm-20に20個くらい 庭に10個くらい03月18日 m-20のは雑草だらけ 雑草をとっておく が 苗は小さいまま03月18日 庭の苗も小さい が 追肥しておいた苗の手入れは ほとんど なし で苗は小さいままだあ04月29日 ようやく花が咲いてきている 実も もうすぐだなあ なんとか イチゴも花が咲いている 実は もうすぐ できそうだ05月17日 いちご 実がついているが 赤くなると虫の餌になる05月20日 赤くなっているのがあるので すぐに収穫しておいた05月26日 2回目の収穫をしておく まあまあ06月02日 3回目の収穫をしておく 庭のイチゴもすこし赤くなってきている こちらも食べてしまおう06月30日 雑草とりしてイチゴの苗の蔓を伸ばしておくとする蔓から 新しいイチゴの苗を作ろう で しばよく 様子をみていたが 猛暑が続いて 苗は 消滅 あらあら で 消えてしまった残ったのは 1本のみ これが 来年用のいちごの苗となってしまった まあ ええか これで 頑張ろう今年のいちご苗をみてみたら 2-3本はあるみたい02月10日 畑にはすこしいちごの苗がある03月17日 残っているいちごは やっぱし1本だけ で これを petボトルにいれておいた03月29日 庭の2本もpetにいれておいた で結果は畑のpetのは枯れた 庭のpet-2本は 無事 同じようにしても 畑のは枯れて 庭のは無事やはり 畑は水が不足して 風がつよく 1週間見れない庭のは 毎日みて 水をやっているので無事に苗の間は 庭で育てないとダメだなあ で 苗も不足しているので50円の安売りの苗をかってきて庭で もういちど 育てている04月08日 50円の苗 6本 買ってきて 庭で植えている04月14日 いちご 庭の苗 花が咲いてきている04月21日 実がつくかどうか 花は咲いているが ???まあ 実ができればよいが 1つでもokあまり 期待しないで 様子見petのいちごの方が元気がある実がそろそろ つきそう05月03日 petのいちご 畑で1本 庭で2本 合計3本05月06日 庭のいちご ブランターで6本の苗がある小さい実がついているが 赤くなるかな ????05月18日 実が赤くなっているが 虫が 先に食っている あらあら 虫に食われている次から 袋をかけよう そのご いちごの苗つくり07月15日 庭のいちご すこし苗が増えてきている07月31日 その後も いちご 無事に育っている08月22日 いちご 苗は 無事 まあまあ庭で いちごの苗をすこし増やしておこう畑のは 雑草に負けてしまっている 消滅している庭ての苗 すこし ふやして 来年に備えておこう東日本大震災 3月11日発生8月23日は 既に895日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ--------------------------------------------- 【普通の歴史】3-2 一等国の時代・・・満州国建国の背景「mansyu01tdyno.337-(14:12).mp3」をダウンロード満州国の建国から、上海事変、南京事変、そして日中戦争になるところが、近代日本の歴史や中国との関係で一番、難しい。そこでまずは「本質だけを書き、できるだけ詳細に入らない」ことを心がけたい。言えば「木を見て森を見ない」ということにならないようにする。その理由は、日露戦争までは侵略戦争かどうかはほとんど問題は無いし(日本が独立しただけ)、第一次世界大戦は日本が参戦したと言っても主戦場はヨーロッパで日本はついでに参戦したにすぎないからだ.つまり、1) 日清戦争 明治中期で単なる戦争2) 日露戦争 防衛戦争で日本の生死がかかっていた3) 第一次世界大戦 ついでの戦争 (日本が完全に独立して一等国入り)だったが、その後の戦争、4) 満州国建国、5) 上海・南京事変から日中戦争6) 大東亜戦争は少なくとも見かけは日本が戦争をしかけたように見えるので、「歴史認識」に大きな違いが出てくるからだ. つまり、日露戦争、第一次世界大戦は日本にとって「受け身の戦争」だったが、満州国建国からは日本の「積極的戦争」のように見える。だから、この時期の本質を見極めることがとても大切になる.ゆっくり整理しながら進みたい.・・・・・・・・・「満州」というのは中国の万里の長城の北、朝鮮の北にある。万里の長城の北ということは「中国ではない」ということを示している。これがまた日本の近代史にも大きな影響を与えた。もし、日本と中国の関係が難しくなったときに中国を支配していたのは「外国の人=満州民族」だった。清(その当時は「後金」といったが)が中国を侵略したのは、ちょうど徳川幕府ができた頃で、それまで中国の王朝だった明(みん)を追い出して外国人の政権を作った。つまり、日本では「清」という国は中国の国とされているが、清は満州の国で中国は占領されていた状態だった。でも、200年以上、首都を北京に移していたのでもともとの国の満州はすっかり寂れていたい。そしてロシアが満州に進出すると「祖国を明け渡す」という形で満州はロシアが支配するようになった。一方、そのころの日本は日露戦争に勝ち、朝鮮を併合し、第一次世界大戦でドイツを東アジアと太平洋から追い出し、ヨーロッパ国家と同じく「世界の一等国」になった。そのころの世界の一等国は、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、ロシアというところだったので、日本もイギリスやドイツをまねて行動をするようになったし、日本人も「せっかく一等国になったのだから、一等国のように振る舞うこと」を求めた。当時の世界の一等国の標準的な振る舞いは、1)海外に植民地を持つこと、2)軍備を整えて常に他国との優位性を保つ、3)自国に有利であれば他国を占領し、植民地か属国にする、ということだった。すでに植民地を多く持つイギリス、オランダ、スペイン、ポルトガル、アメリカ、フランスはどちらかというと「植民地の死守」をして、ドイツ、日本のような「遅れてきた国家」はなんとかして他の国と同じように支配権を広げようとした。そんなとき、つまり日本が一等国になり、台湾、朝鮮、千島列島、南洋諸島を占領して「頑張っていた頃」、「願ってもない話」が飛び込んでくる。それが「滅びつつある清の皇帝が、中国から引き揚げて満州帝国を作り、その皇帝になりたいと言っている」ということだった。すでに清は滅び、次の皇帝になるはずだった溥儀は、中華民国の蒋介石の軍隊が歴代の清の皇帝・・・それはまさに自分の父祖であったのだが・・・の墓が爆破され、その骨が飛び散るのにショックを受けて父祖の地の満州に新しい国を建国したいと願った。一等国になり、イギリスやアメリカと同じように振る舞おうとしていた日本は、満州国を建国し、溥儀氏を皇帝に治め、日本の影響を満州にも及ぼしたいと考えた。この考えは後にアーリア人や反日日本人に否定されるが、私は普通の考えのように思う。ここまでの日本の歴史の整理では、満州国の建国に日本が力を出したのは、ヨーロッパ、アメリカの当時の政治から言えば、むしろ控えめのように見える。この問題はもう一度、検討する予定。また、満州帝国建国の歴史の話になると、張作霖の爆死など「事件の発端」について年号や経緯を覚えさせられるが、むしろ私たち歴史家ではない人にとって大切なのは個々の事件ではなく、満州帝国ができ、日本が実質的に運営したという事実を理解することだと思う。(平成25年8月20日)武田邦彦ふむふむはた坊
2013.08.23
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昨年のナスビ暖かくなるまで ゆっくりとする04月22日 今年はゆっくりして 暖かくなるまで待って 本日ナスビの苗6本を買ってきた04月30日 苗は無事にそだっている ok m-08の畑に植えている05月20日 なんとか持ちこたえている すこしは大きくなっている05月27日 6本のうち 5本が枯れそう 水遣りが日曜だけなので枯れてきた05月27日 追加で4本の苗をかってきて m06に植えておいた06月03日 さらに追加が4本の苗を庭のプランターに植えておく で 結局は6-5=1 で+4+4=合計9本の苗を育てている次は第二弾 種蒔きして秋茄子を育てる予定04月30日 庭で種蒔きをしておく 8potで種まきした05月20日 発芽せず これはダメだなあ第二弾の種まきのは 失敗 発芽せず時差でナスビをどんどん育てよう第三弾05月27日 庭でpotに種まきをしておく06月06日 やっと発芽している これで発芽したので そのまま育てていこう06月10日 発芽したのは畑に移動 m-06の畑に移動06月17日 苗は無事 07月08日 4本は無事 実もすこしだけ収穫できている08月05日 すこし大きくなりだしたくらい 実はすこしつきだした種がまだあるので ついでに第四弾だ06月10日 庭でpotに種まきしておく06月17日 まだ発芽せず いつも遅いなあ06月19日 やっと発芽してきている06月23日 畑に移動した g-22の畑の畝07月08日 何本かは 無事08月05日 2-3本はそだちつつある最期に第五弾06月24日 庭でpotに種まきをしておいた これで最終の予定07月01日 発芽していないけど そのまま畑に移動した m-20の畑に移動07月08日 何本かは 苗が無事に残っている08月05日 こちらも2-3本は育ちつつある ナスビの在庫 畑 m07に6本 6本枯れてなくなった 実が1個のみ収穫 畑 m06に追加で4本 収穫はまずは4個 その後4個の収穫 そのごすこし収穫 畑 m06に発芽した苗すこし 4本くらい残っている畑 g22に発芽した苗をすこし 2-3本くらい残っている畑 m20にすこし こちらも2-3本くらい残っている庭 予備の苗3本 会社 4本のナスビ これが一番に元気にそだっている 苗で残っているのは 4本くらい 発芽したのはすこし そのうち 残っているのは8本くらい会社でのナスビ 収穫は15個 畑のナスビ 15個の収穫 畑のは 秋まで 待とう さっぱりだけど09月09日 小さいの 少しだけ収穫 4個09月16日 また 小さいの すこしだけ収穫09月24日 ちいさいの4個のみ09月30日 小さいの6個のみ10月07日 小さいの6個のみ10月14日 小さいの3個のみ なすび ちびちびと 収穫している 会社のなすびも これでおしまい秋ナス やっと できだした10月21日 20本が収穫できた10月28日 10本が収穫できた11月10日 20本が収穫できた秋ナス 収穫が終了 これにて おしまい今年ナスは ゆっくりとしよう苗も4月21日くらいに苗を買おう種まきもそれくらいから もっと 暖かくなってから なすびさん 育てよう04月27日 ナフコでhcの苗6つ購入 2号の分 m07の畑に植えた04月27日 ローヤルでhcの苗2つ購入 黒陽の長ナス m06の畑に植えた05月05日 ナフコで千両2号 2本の苗をまた 買っておいた m-08の畝に05月11日 会社で育てるなすび4本の苗をかって 会社に植え付けた05月12日 ついでに また なすび 4本の苗を追加して買ってきてm-08の畝に05月19日 最初の苗 なんとか ちいさいながら 育っている05月26日 今年は枯れた苗はなし06月09日 なすび 今年は順調なり06月12日 初の実 2個を収穫しておいた06月14日 2回目の収穫 2個を収穫しておいた06月16日 3回目の収穫 13個を収穫しておいた06月18日 4回目の収穫 1個のみ06月23日 5回目の収穫をした 12個06月27日 6回目の収穫をした 8個06月28日 7回目の収穫をした 丸ナス1個06月29日 8回目の収穫をした 10個06月30日 9回目の収穫をした 10個07月04日 10回目の収穫をした 15個07月06日 11回目の収穫をした 7個07月07日 12回目の収穫をした 8個07月10日 13回目の収穫をした 12個07月13日 14回目の収穫をした 10個07月17日 15回目の収穫をした 12個07月20日 16回目の収穫をした 08個07月21日 17回目の収穫をした 02個07月27日 18回目の収穫をした 20個07月28日 19回目の収穫をした 10個07月30日 20回目の収穫をした 05個08月03日 21回目の収穫をした 09個08月04日 22回目の収穫をした 14個08月07日 23回目の収穫をした 06個08月10日 24回目の収穫をした 30個08月18日 25回目の収穫をした 20個 種まき05月06日 庭での種まき 16potsに種まきをしておいた05月12日 発芽はまだ 遅いなあ05月19日 発芽してきている ぼちぼちだけど やっと発芽05月26日 なすびの苗も 畑に移動した m-06に06月09日 発芽の苗の分も 無事にそだちつつある06月16日 そのご やや 苗も育ってきている 無事なり06月22日 苗も大きくなりだした 無事に成長してきている okだなあ06月27日 その後も 成長をしている いい 感じ07月04日 秋ナス用だけど 順調に育ってきている07月21日 秋ナス用 もう 実がどどんとついてきている 早いなあ秋ナス用の種まきもやっておいた合計千両2号が6本 黒陽が7本 丸ナス1本 14本となった 会社でも4本を植えた今年の茄の育ち具合は 順調で 良い東日本大震災 3月11日発生8月22日は 既に894日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【普通の歴史】3-1 一等国の時代・・・第一次世界大戦 「daiitijitaisentdyno.348-(13:37).mp3」をダウンロード(このシリーズは、最初に思想や先入観を持って歴史を見るのではなく、歴史を知ってから、その後に思想を作るようにしています。まだ私の心には明治維新から戦争までの一定の考えは確定していません。) 日露戦争が終わって朝鮮を併合した1910年までの日本は特に歴史的解釈に迷うところはない。ヨーロッパの植民地にならないように懸命だった。 日本が朝鮮を併合したのが1910年で、明治維新が1868年だから約40年。その後の日本の動きを見ても、おおよそ40年ぐらい経つと、最初の目的を達したり、第二段階に入ったりするようだ。 1910年から40年後の1950年には日本は敗戦し、軍事国家から普通の国家に戻った。それから40年後には経済成長が終わり、バブルが崩壊している。おそらく2030年にはまた新しい日本の時代が始まるだろう。明治維新から日本は大きく分けると次のようになっている。 明治維新から独立まで 40年 (1910年まで) 先進国のまねをした時代 40年 (1950年まで) 高度成長の時代 40年 (1990年まで) 環境ボケの時代 40年 (2030年まで)・・・・・・日露戦争がおわったころの日本は、少しの不満を抱えながらそれでも順調な日々を過ごしていたが、遠くセルビアでオーストリアの皇太子が暗殺されたことで戦争が始まる。つまりは第一次世界大戦である。 遠いヨーロッパで起こった事件だから日本も知らない顔をしていればそれもできたけれど、「力をつけた日本」だから、「参戦する」ということになり、イギリス側についてドイツを攻めた。 後に、日本の松岡外相がヒットラーにあって同盟を結んだことから、何となく日本とドイツは親しい関係にあったと錯覚している人が多いけれど、第一次世界大戦では日本はドイツと戦い、中国の青島やドイツが占領していた太平洋の島を全部、奪い取った。さらに、上海事変のところでもう一度、出てくるかも知れないが、上海事変で中国に日本と戦うことを勧め、訓練したのもドイツである。つまり、日本はドイツと1915年ぐらいから1937年ぐらいまでの22年間は敵対していて、第二次世界大戦の少し前にドイツと急接近したに過ぎない。だからヒットラーが影で日本人を嫌っていたというのも頷けることだ。 第一次世界大戦はドイツとオーストリー帝国の敗北となり、日本はさらに国際的な立場を強め、中国への進出を加速していく。その典型的な外交が対支21箇条の要求と言われる武力を背景にした日本の中国に対する要求だった。すでに清は辛亥革命の翌年の1912年に滅亡しているので、第一次世界大戦の時には中国は群雄割拠の時代で、代表的な政府は中華民国という状態だった。だから、中国の青島で日本軍とドイツ軍が戦ったのだが、中国軍が出てくるということは無かった。 日本にいると、日本の中で日本と関係の無い国同士が戦うなどということもありえないが、世界では多くあることだった。また、第一次世界大戦で日本はドイツに勝って戦勝国となり、講和会議では白人諸国と並ぶことができた。つまり、日本は1920年にはついに「独立を勝ち得たばかりではなく、ヨーロッパやアメリカと同じ事ができる」という段階に来たのである。その時には、ヨーロッパやアメリカは「お手本」であり、「極悪非道な国」とは見なしていなかった。 日本は偉くなったのだ。今でもヨーロッパやアメリカを学ぶ風潮があり、知識人にその傾向が強いが、いわゆる反日日本人の人たちと同じ考えの人が1920年に「我々も偉くなった」と喜んだのである。偉くなってヨーロッパと同じ事をした、それが後に失敗の原因になる。 (平成25年8月18日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.22
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庭のにらこれは 水やりがいつでもできるので まあまあ 元気畑のは肥料が効いているが 水が不足するので 猛暑の時はやや不調庭は 猛暑でも みずやりをしっかりとやっているのでいつも 元気なり人間も同じ 水をしっかりととって猛暑も 頑張ろう野菜も 人間も 水が不足すると 一大事みずやり 野菜にも しっかり 人間も 猛暑の時は しっかり 水をどんどん飲んでいこう東日本大震災 3月11日発生8月22日は 既に894日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【普通の歴史】3-1 一等国の時代・・・第一次世界大戦 「daiitijitaisentdyno.348-(13:37).mp3」をダウンロード(このシリーズは、最初に思想や先入観を持って歴史を見るのではなく、歴史を知ってから、その後に思想を作るようにしています。まだ私の心には明治維新から戦争までの一定の考えは確定していません。) 日露戦争が終わって朝鮮を併合した1910年までの日本は特に歴史的解釈に迷うところはない。ヨーロッパの植民地にならないように懸命だった。 日本が朝鮮を併合したのが1910年で、明治維新が1868年だから約40年。その後の日本の動きを見ても、おおよそ40年ぐらい経つと、最初の目的を達したり、第二段階に入ったりするようだ。 1910年から40年後の1950年には日本は敗戦し、軍事国家から普通の国家に戻った。それから40年後には経済成長が終わり、バブルが崩壊している。おそらく2030年にはまた新しい日本の時代が始まるだろう。明治維新から日本は大きく分けると次のようになっている。 明治維新から独立まで 40年 (1910年まで) 先進国のまねをした時代 40年 (1950年まで) 高度成長の時代 40年 (1990年まで) 環境ボケの時代 40年 (2030年まで)・・・・・・日露戦争がおわったころの日本は、少しの不満を抱えながらそれでも順調な日々を過ごしていたが、遠くセルビアでオーストリアの皇太子が暗殺されたことで戦争が始まる。つまりは第一次世界大戦である。 遠いヨーロッパで起こった事件だから日本も知らない顔をしていればそれもできたけれど、「力をつけた日本」だから、「参戦する」ということになり、イギリス側についてドイツを攻めた。 後に、日本の松岡外相がヒットラーにあって同盟を結んだことから、何となく日本とドイツは親しい関係にあったと錯覚している人が多いけれど、第一次世界大戦では日本はドイツと戦い、中国の青島やドイツが占領していた太平洋の島を全部、奪い取った。さらに、上海事変のところでもう一度、出てくるかも知れないが、上海事変で中国に日本と戦うことを勧め、訓練したのもドイツである。つまり、日本はドイツと1915年ぐらいから1937年ぐらいまでの22年間は敵対していて、第二次世界大戦の少し前にドイツと急接近したに過ぎない。だからヒットラーが影で日本人を嫌っていたというのも頷けることだ。 第一次世界大戦はドイツとオーストリー帝国の敗北となり、日本はさらに国際的な立場を強め、中国への進出を加速していく。その典型的な外交が対支21箇条の要求と言われる武力を背景にした日本の中国に対する要求だった。すでに清は辛亥革命の翌年の1912年に滅亡しているので、第一次世界大戦の時には中国は群雄割拠の時代で、代表的な政府は中華民国という状態だった。だから、中国の青島で日本軍とドイツ軍が戦ったのだが、中国軍が出てくるということは無かった。 日本にいると、日本の中で日本と関係の無い国同士が戦うなどということもありえないが、世界では多くあることだった。また、第一次世界大戦で日本はドイツに勝って戦勝国となり、講和会議では白人諸国と並ぶことができた。つまり、日本は1920年にはついに「独立を勝ち得たばかりではなく、ヨーロッパやアメリカと同じ事ができる」という段階に来たのである。その時には、ヨーロッパやアメリカは「お手本」であり、「極悪非道な国」とは見なしていなかった。 日本は偉くなったのだ。今でもヨーロッパやアメリカを学ぶ風潮があり、知識人にその傾向が強いが、いわゆる反日日本人の人たちと同じ考えの人が1920年に「我々も偉くなった」と喜んだのである。偉くなってヨーロッパと同じ事をした、それが後に失敗の原因になる。 (平成25年8月18日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.22
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庭の甘がき昨年にかった苗だけど今年に発芽すれば 生きている だめなら また 枯れてしまっていることになる発芽するのは 予測では 4月18日つまり 隣の渋柿が そうだった で あと 1か月とすこし 芽がでるまで カウント 開始だあーーー 暇なので 毎週 カウントしていこう3月03日 あと1月と 15日だ3月31日 まだまだ あと18日4月06日 芽が出てきている 予想は18日なので 12日早くなった今年は2週間 春が早くなったということで ちゃんちゃん 甘がき 生きていた が が が そのご 動きなし04月13日 そのまま04月20日 そのまま04月27日 そのまま05月04日 そのまま まさか 枯れたかな05月11日 そのまま05月18日 おお 芽が大きくなっていた やっぱり 生きていた めでたし めでたし 葉は出てきている05月26日 無事 虫がつかないよう みておこう06月03日 枝が伸びてきている やっと 大きくなりだした06月20日 枝がのびて 苗の大きさも まあまあに07月21日 無事なり 虫もいない07月31日 5-6-7月と 無事に育っている 甘がき 実がつくには 6年くらい かかるかな ????08月21日 猛暑がつづいているので 甘がきも 葉が 不調 持つかな ??水やりをしているが 猛暑が続いているので あまり元気がないなあ東日本大震災 3月11日発生8月22日は 既に894日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【普通の歴史】3-1 一等国の時代・・・第一次世界大戦 「daiitijitaisentdyno.348-(13:37).mp3」をダウンロード(このシリーズは、最初に思想や先入観を持って歴史を見るのではなく、歴史を知ってから、その後に思想を作るようにしています。まだ私の心には明治維新から戦争までの一定の考えは確定していません。) 日露戦争が終わって朝鮮を併合した1910年までの日本は特に歴史的解釈に迷うところはない。ヨーロッパの植民地にならないように懸命だった。 日本が朝鮮を併合したのが1910年で、明治維新が1868年だから約40年。その後の日本の動きを見ても、おおよそ40年ぐらい経つと、最初の目的を達したり、第二段階に入ったりするようだ。 1910年から40年後の1950年には日本は敗戦し、軍事国家から普通の国家に戻った。それから40年後には経済成長が終わり、バブルが崩壊している。おそらく2030年にはまた新しい日本の時代が始まるだろう。明治維新から日本は大きく分けると次のようになっている。 明治維新から独立まで 40年 (1910年まで) 先進国のまねをした時代 40年 (1950年まで) 高度成長の時代 40年 (1990年まで) 環境ボケの時代 40年 (2030年まで)・・・・・・日露戦争がおわったころの日本は、少しの不満を抱えながらそれでも順調な日々を過ごしていたが、遠くセルビアでオーストリアの皇太子が暗殺されたことで戦争が始まる。つまりは第一次世界大戦である。 遠いヨーロッパで起こった事件だから日本も知らない顔をしていればそれもできたけれど、「力をつけた日本」だから、「参戦する」ということになり、イギリス側についてドイツを攻めた。 後に、日本の松岡外相がヒットラーにあって同盟を結んだことから、何となく日本とドイツは親しい関係にあったと錯覚している人が多いけれど、第一次世界大戦では日本はドイツと戦い、中国の青島やドイツが占領していた太平洋の島を全部、奪い取った。さらに、上海事変のところでもう一度、出てくるかも知れないが、上海事変で中国に日本と戦うことを勧め、訓練したのもドイツである。つまり、日本はドイツと1915年ぐらいから1937年ぐらいまでの22年間は敵対していて、第二次世界大戦の少し前にドイツと急接近したに過ぎない。だからヒットラーが影で日本人を嫌っていたというのも頷けることだ。 第一次世界大戦はドイツとオーストリー帝国の敗北となり、日本はさらに国際的な立場を強め、中国への進出を加速していく。その典型的な外交が対支21箇条の要求と言われる武力を背景にした日本の中国に対する要求だった。すでに清は辛亥革命の翌年の1912年に滅亡しているので、第一次世界大戦の時には中国は群雄割拠の時代で、代表的な政府は中華民国という状態だった。だから、中国の青島で日本軍とドイツ軍が戦ったのだが、中国軍が出てくるということは無かった。 日本にいると、日本の中で日本と関係の無い国同士が戦うなどということもありえないが、世界では多くあることだった。また、第一次世界大戦で日本はドイツに勝って戦勝国となり、講和会議では白人諸国と並ぶことができた。つまり、日本は1920年にはついに「独立を勝ち得たばかりではなく、ヨーロッパやアメリカと同じ事ができる」という段階に来たのである。その時には、ヨーロッパやアメリカは「お手本」であり、「極悪非道な国」とは見なしていなかった。 日本は偉くなったのだ。今でもヨーロッパやアメリカを学ぶ風潮があり、知識人にその傾向が強いが、いわゆる反日日本人の人たちと同じ考えの人が1920年に「我々も偉くなった」と喜んだのである。偉くなってヨーロッパと同じ事をした、それが後に失敗の原因になる。 (平成25年8月18日)武田邦彦ふむふむ はた坊
2013.08.22
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2011年 山椒 増やそうと株分け サシメして どんどん増やしたが途中で 全部が もとのもくあみ全部 枯れてしまった もとの 1本になりつつある2012年07月29日 今年も山椒は元気だなあ 虫がいたがピンセットで撤去した山椒 増やして分は枯れてしまっている また 1本だけになってしまっている まあ ええか だなあ2013年 今年も 山椒は元の1本のみとなっている増やした分は 全部 枯れている狭い庭では 雑草にかこまれて 消滅してしまう これは ネギさんも 同じ苗を育てても 夏に 雑草にまけてしまい 全部 消滅してしまう小さい苗は 雑草にまける山椒も 雑草に弱い まあ 手入れしなければ みんな 同じだなあ03月10日 芽らしいのが 出てきている03月20日 気が付くと 葉が出てきている 春だなあ04月14日 葉がびっしり 香りも良い いい感じ山椒 元の1本 これは いつもとおり 元気で葉が出てきている2002年に見つけた庭のニラの間に生えてきた山椒の木 植木鉢に移動して育てているのでこれで12年目となる 鳥が運んできてくれた山椒の木である山椒は 鳥の好物つまり 山椒は 鳥には健康に良い つまり 人間にも健康に良いということかな?????????????????????????? ???????? ?? ?山椒は日本原産、花椒は中国原産で、同じミカン科だが種類が異なる08月21日 猛暑で 参照も水が不足 枯れそうになってきているが 水をやっているので なんとか 持っている猛暑で 山椒も 大変だなあ 日焼けしている猛暑だと 野菜も 果樹も 日焼けするらしい東日本大震災 3月11日発生8月22日は 既に894日後となった 阪神大震災は、1月17日で発生から18年 武田さんのブログ---------------------------------------------【普通の歴史】3-1 一等国の時代・・・第一次世界大戦「daiitijitaisentdyno.348-(13:37).mp3」をダウンロード(このシリーズは、最初に思想や先入観を持って歴史を見るのではなく、歴史を知ってから、その後に思想を作るようにしています。まだ私の心には明治維新から戦争までの一定の考えは確定していません。)日露戦争が終わって朝鮮を併合した1910年までの日本は特に歴史的解釈に迷うところはない。ヨーロッパの植民地にならないように懸命だった。日本が朝鮮を併合したのが1910年で、明治維新が1868年だから約40年。その後の日本の動きを見ても、おおよそ40年ぐらい経つと、最初の目的を達したり、第二段階に入ったりするようだ。1910年から40年後の1950年には日本は敗戦し、軍事国家から普通の国家に戻った。それから40年後には経済成長が終わり、バブルが崩壊している。おそらく2030年にはまた新しい日本の時代が始まるだろう。明治維新から日本は大きく分けると次のようになっている。明治維新から独立まで 40年 (1910年まで)先進国のまねをした時代 40年 (1950年まで)高度成長の時代 40年 (1990年まで)環境ボケの時代 40年 (2030年まで)・・・・・・日露戦争がおわったころの日本は、少しの不満を抱えながらそれでも順調な日々を過ごしていたが、遠くセルビアでオーストリアの皇太子が暗殺されたことで戦争が始まる。つまりは第一次世界大戦である。遠いヨーロッパで起こった事件だから日本も知らない顔をしていればそれもできたけれど、「力をつけた日本」だから、「参戦する」ということになり、イギリス側についてドイツを攻めた。後に、日本の松岡外相がヒットラーにあって同盟を結んだことから、何となく日本とドイツは親しい関係にあったと錯覚している人が多いけれど、第一次世界大戦では日本はドイツと戦い、中国の青島やドイツが占領していた太平洋の島を全部、奪い取った。さらに、上海事変のところでもう一度、出てくるかも知れないが、上海事変で中国に日本と戦うことを勧め、訓練したのもドイツである。つまり、日本はドイツと1915年ぐらいから1937年ぐらいまでの22年間は敵対していて、第二次世界大戦の少し前にドイツと急接近したに過ぎない。だからヒットラーが影で日本人を嫌っていたというのも頷けることだ。第一次世界大戦はドイツとオーストリー帝国の敗北となり、日本はさらに国際的な立場を強め、中国への進出を加速していく。その典型的な外交が対支21箇条の要求と言われる武力を背景にした日本の中国に対する要求だった。すでに清は辛亥革命の翌年の1912年に滅亡しているので、第一次世界大戦の時には中国は群雄割拠の時代で、代表的な政府は中華民国という状態だった。だから、中国の青島で日本軍とドイツ軍が戦ったのだが、中国軍が出てくるということは無かった。日本にいると、日本の中で日本と関係の無い国同士が戦うなどということもありえないが、世界では多くあることだった。また、第一次世界大戦で日本はドイツに勝って戦勝国となり、講和会議では白人諸国と並ぶことができた。つまり、日本は1920年にはついに「独立を勝ち得たばかりではなく、ヨーロッパやアメリカと同じ事ができる」という段階に来たのである。その時には、ヨーロッパやアメリカは「お手本」であり、「極悪非道な国」とは見なしていなかった。日本は偉くなったのだ。今でもヨーロッパやアメリカを学ぶ風潮があり、知識人にその傾向が強いが、いわゆる反日日本人の人たちと同じ考えの人が1920年に「我々も偉くなった」と喜んだのである。偉くなってヨーロッパと同じ事をした、それが後に失敗の原因になる。(平成25年8月18日)武田邦彦ふむふむはた坊
2013.08.22
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