全8件 (8件中 1-8件目)
1
テレビ 「緊急、池上彰と考える 巨大地震 その時命を守るために」 を 見た。 地震国 日本としては、最大の関心ごと その番組によれば、1981年が 地震対策の キーワード 地震対策の 法律の制定。 日本は、官僚主義と 非難されても、官僚の、法律順守によって、災害 その他のことから、日本人の生命、健康が、守られている。地震対策 補強で、建築で、筋かいなどについて、 法律で制定され、それを順守しないと、住宅建築の許可が下りないという 日本のシステムに 感謝、感謝。感謝。 そういう、政治、法律の 断固たる 日本のシステムにより、国民の生命は、守られているのを大震災で、実感。 なぜなら、 東日本大震災の時 停車しておいた車が、前後に 大きく スライドし ゆらゆら 揺れ続けた あの大地震にも 耐えた 我が家、というよりか、日本の建物 すべてが、倒壊など、建物の被害を あまり、受けなかったのは、法律の力である。家を建てる時、筋かいなどの 法律基準を 満たされなければ、役所の 建築許可が、下りず、日本中、すべての家が、建てられない、という日本の 法律システムに 感服。 もし、その法制度と、認可制度が、無かったならば、我が家は、たぶん、東日本大震災で、完璧、つぶれていて、その下敷きになって、私は、今、この世にいなかったかもしれない。 何故なら、あの大地震の時、私は、どうして いたのか、 今まで、たまに集まる 友だち、3人組の仲間に 内密に、告白しただけで、 誰にも、母親にも、姉にも、絶対、言わなかったこと、言えなかったこと、 もし、母、姉に 言ったら、小原庄助さんの 朝湯じゃ あるまいし、明るい 昼間から、何をしているのだ、と、烈火のごとく、怒られるのは、火を見るより、明らかなので、絶対 口が裂けても、言わず、今も、言ってないこと。 私の、当日を 知っているのは、たまたま、地震の日、仕事が休みで、家にいた 末の息子と、家人だけ、 勤勉が 取り柄の日本人なのに今、恥をしのんで、白状すれば、ものすごーく、恥ずかしいのだが、 実は、お風呂に 入ったのである。 お風呂に入った、とたん、まさに、その時、地震が 起こったのである。どうしょう、あの揺れである、 まあ、すぐに、「終わるだろう。」 と湯船に身を沈め、様子を見たが、大きな 揺れは、治まるどころか、いつまで経っても、止みそうもなく、大きく、ゆらゆら、揺れて、お湯が、湯船の外に ビシャ、ビシャ、あふれ出した。 う、 なんか、 これは、今までの 地震とは 違って 大きい、 こんな地震は、かつて、、ない。 もしかしたら、風呂場の 天井が落下して、私は、その下に 押しつぶされ、もう、これまでの 人生なのかもしれない。と、覚悟を 決めたけれど、 とに角、この何も着ていない という無防備な 状態での 発見から 避けなければならない。 生き恥をさらすのは、生きている時だけで、充分、死後にまで、なるべくなら、さらしたくない。 ということで、地震の 揺れ続く中で、しばらく、様子をみたが、治まりそうでもないので、あわてて、風呂から 飛び出し、、いつ、家が押しつぶれるか、分からない状態の中で、あわて、ふためき、濡れた体のまま、急いで、服を着た。 これで、一応、我が身の 情けない 状態は避けられた。それから、余震が続く中、ばあちゃん家に行った。そこで、津波のテレビを見た。まあ、そんな状況でした。 でも、身近な人々の、いろいろな状況を聞くと、切実、でした。姉の主人の甥は、宮城の雄勝に 単身赴任していて、地震後連絡が、取れず、もう、だめか と、家族は、一週間ほど、泣いて暮らしたという。 幸い、無事でしたが、 近所では、一度に、6人の葬式の記事が、地方新聞の おくやみ情報に載りました。娘さんが、宮城県に嫁いだ 縁者で、こちらで、葬儀を行ったらしいです。 池上さんの番組が、これからの災害の役に経ってほしい。世界中の地震の役に立ち、災害を最小にしてほしい。そんな中で、「最後は、人を助けるのは、人だ。 最後は、人との つながり 」 という、言葉が、印象に残った。これからも、地震、自然災害は、起こるだろうが、少しでも、というか、その被害を 皆無にするために、世界中で、対策を 共有しなければならない。 池上彰さんの解説は、本当に分かりやすいく、これからの若い人たちに、より良い世界を築いていく希望のような気がする。 PM2.5についても、日本は、中国に 最大の援助を惜しまないだろうと、思う。これからは、同じ地球の住民として、助け合って、みんな平和に幸せにくらせるように、協力しなければ、 そうでなくても、隕石など、火の玉が、地球に 落っこってくるのだから。これからは、地球 一丸となって、エネルギー対策、自然災害対策、宇宙の落下物対策に、全力を尽くさなくては。
2013年02月27日
コメント(0)

昨日 家人、高校の同級生の 無尽仲間から、電話来て、市の文化センターで上演する、吉永小百合さん主演の 映画に誘われた。地元では、もう、映画館が 無くなってしまったので、市の文化センターでの、 特別上演である。家人、ちょうど、同じ場所で、会議の集まりがあったので、会議が終わって、そのついでに、映画を見てきた。 そしたら、吉永小百合さん、本人が来て、あいさつしたそうで、サユリスト年代 の 家人にとって、感動、感激だったらしい。吉永小百合さんの、品位ある 立居振舞、言動に、悩殺されたようでしたね。私に、映画のパンフレットを 見せ、映画の内容を、あつく、熱く、語るは、語るは、 専業主婦で、家に ばかりいて、外の世界を知らない私を 家人は、哀れ、可哀そうだ とでも 思うのか、外出すると、いろいろ、その日の出来事を、話してくれる。 それにしても、普段、映画に興味のない、家人にとって、なかなか、いい映画だったらしい、パンフレットの俳優を 指さしながら、あらすじを、話してくれる。そして、「もう 一度、見てもいいかな。」とまで 言うので、私も、家人が、そんなに言う映画とは、どんな映画か、見たいと思ったので、「米沢でも、郡山でも、福島の映画館でも、いいから、連れて行って、」と、言いました。でも、家人の話では、殺人も 起こるらしく、不倫も あるらしく、そういう 不健康そう、免疫力 低下しそうなものは、還暦のご老体の 私には、ちょっと、きつい。 還暦 過ぎれば、もう、現実逃避、嫌なこと、気分悪いこと、自分に 合わないことから、スタコラ サッサ、 ホイ、ホイ 、逃げろ。 なので、「連れて行って、」 と、言ったものの、映画の内容に、観に行くことに、少し、ちゅうちょ ぎみ。 と、ここで、コーヒー ブレイク タイム。 映画 ということで、笑ってしまったのは、やはり、家人の同級生、それこそ、NHK大河ドラマ 「八重の桜」 ゆかりの 同志社大学卒業の無尽仲間のブログ内容。奥さんと、米沢市に 映画を 見に行って、自分は、戦争映画の 「山本五十六」 を見たかったけれど、奥さんが、戦争ものは イヤで、純愛ものを 見たいと 言ったから、仕方がないから、奥さんと一緒に、純愛ものを 観てきた。というのを、読んで、爆笑。 なんだ これ、 普通なら、「俺は、こっち 観るから、 おまえは、そっち 観ろ。」 と、言うと思うのだが、 相手に合わせて、自分の 観たい映画を、我慢するとは。まるで、恋愛 真っ最中の 恋人同士のよう。とても、とても、60才過ぎ、四捨五入すれば、70才のご老人の行動とは 思われない。万年の青年。いつまでも、若い気持ちが持てて、うらやましい。 この方のブログ、 個人情報など 天真爛漫、みごとに 完璧無視。やはり、のんびり、田舎だねぇ~。孫など 家族や、仕事、交友会の写真、 ド、アップ ばんばん、 私、家人に、「こんなに、オープンで 大丈夫なの。」 と、聞いたら、家人、無尽の会合で、それを、聞いたらしい、そしたら、 「孫に、自分の生きざま、を 残して、知らせたい。 から、いいのだ。」と いうことらしい。 と、横道に それてしまったから、もとに 戻して、昨日の映画に誘ってくれた家人の同級生 Sさんは、実は、驚くことなかれ、真実か どうかは、よく分からないが、家人から、30年前、私が、聞いた話では、早稲田大学卒の Sさんは昔、吉永小百合さん関連で、週刊誌に 載ったらしい。昔の週刊誌は、吉永小百合さんの記事で にぎわっておりましたから、まあ、同じ大学で、年令が一つ違いだから、講義など、一緒に 聞いていたかもしれないし、週刊誌など、売り上げ目的で、あること、ないこと、何でも書くから、よく分からないのだけれど。私の高校の同級生は、Sさんに一目ぼれで、結婚したというから、Sさんは、容姿 バツグンだったのだろう。もし、小百合さんの記憶に Sさんがあったとしたら、約40年後の 再会 「北のカナリアたち」 の20年ぶりの再会、それは衝撃と感動への序曲。とまでは、いかないでしょうけれど、と、映画と 勝手に オーバーラップさせて、人生、ドラマチックだねぇ~。 ということで、映画の後で、料亭、萬花楼で、懇親会が 開かれたみたいで、家人は、Sさんを、帰りがてら、萬花楼まで、車で送ったそうです。 田舎暮らしも、毎日、ドラマチック だねぇ~。 昨日も、今日も、大雪で、辺り一面、雪だらけ、雪を片す場所も 無しで、どうすんだべ。 雪も、ドラマチック だねぇ~。 早く、解けて欲しい。
2013年02月24日
コメント(0)
今日は、ばあちゃんの 91才の誕生日である。誕生祝い といっても、ばあちゃん家には、食べ物、お菓子など、賞味期限切れに ハラハラするものが、豊富にあり、洋服も、タンスに あふれ返り、送って喜ばれるものなど、何も ないので、 298円の のり巻きと、いなり寿司の 助六寿司を、昼食用に 生協から買った。 まあ、気持ちだけの安価な 誕生祝い。 ということで、ばあちゃん家に行った。姉も 来ていたが、 行ったら すぐにばあちゃん、「今年は、西暦 なん年か、分かるか。」と 言う、そんなこと 「分かるかー、」 と クイズ 出されても、「2013年 だ べぇー。 」 と 答えるしか ないではないか。ばあちゃん、「そうなんだ、2013年の、2月13日で、朝、カレンダー 見て、ハッと 気が付いた。数字が、同じ。こんな誕生日は、なかなか ないよ。」と、言う。 そう 言われれば そう、 こんなに ぴったり、数字が合った誕生日は、稀有なり。 ばあちゃん、誕生日と 年号数字の 合致まで、長生きして 良かったね。 その上、夕方には、、NHKの 「ゆうどきネット」 で、まるで、ばあちゃんの誕生日に 合わせたように長寿の秘訣の内容。 さっそく、ばあちゃんに、「テレビ 見ているかよ。」と、電話したら、「見ている。」 と 言う。 まあ、いろいろな情報を 参考にして、じいちゃんの年金で、健康で、長生きしてください。
2013年02月13日
コメント(0)

昨日 家人 市の公民館、稽古堂に行ってきた。その時、兄嫁のお姉さんに会い、そこで、龍生派の 生け花展をしていて、招待券 2枚 いただき、それを見てきて、私にも、「良かったから、見てきたら、」 と、招待券を寄こした。 90才で、私の母親と 同い年の 兄嫁のお母さんは、仮名の書道も、50年も 続けていて、生け花も 師範で、教えていて、まさに、継続は力なり。を 実践している、素晴らしい方で、何回か、その生け花展を、拝見させていただいている。 ということで、今日の写真。お花は、華があって、こころ 安らぐので、写真、大量 アップもっと、もっと、沢山、美しい生け花が、ありました。 地方で、平凡に暮らしている、ただのおばさんでも、こんな 花々に 囲まれて、満ち足りた時を過ごせることに、感謝、感謝。日本中のほとんどの人が、金持ちとか、貧しいとかに 関係なく、ちょっと、出かけると、このような芸術の世界を堪能できる 今の 日本に 感謝。感謝。 世界中が、今の日本のこのように なることを、切に 願うし、近い将来、きっと なる。と 信じている。 でもって、いつも、こころを 痛めていることは、北朝鮮との関係。 かつて、日本は、韓国との関係で、今の北朝鮮以上の 敵対、断絶関係にあった。 それが、それが、今では、おばさんから、子供まで、韓流ブームで、日本では、韓国ドラマ、韓国スターで、にぎわっているのである。 こんな時代が 来るなんて、まったく、予想、想像だに 出来なかった。 だから、北朝鮮との関係も、日本に、近い国、隣国 韓国同様、親密関係になり、お互い、助け合って、アジアの繁栄を 築きたいものである。 もちろん、政治家、優秀な官僚その他、財界人、すべての知識階級は、そうなるように、日々、こころを 砕いていると思う。 とりあえず、隣国と 仲良くしなければ、世界全体の平和、安定、世界の全住民の 安心して、満ち足りた生活は、おぼつかない。 なので、平凡おばさん、老婆心ながら、早く、北朝鮮との関係、友好になってほしい。日本は、あのアメリカとも、結べたのだから、どんな国とも、友好関係を結べるのは、日本の 得意分野でしょうが、 それには、やはり、拉致問題の秘密、極秘会談が、必要でしょうね。 拉致問題は、これだけ情報が 飛び交っているのだから、もう、隠しようにも、隠せなくなっている。北朝鮮の人道的立場にたった、勇断、解決が、求められている。ごちゃごちゃ、いろいろな問題が、出てくるかもしれないが、重大なことは、全員帰国、秘密 極秘会談で、全員帰国の実現。それのみに 焦点をしぼって、いかなる深刻な事柄も、全員帰国に勝るものはなし、人命優先の立場で、ごちゃごちゃを 切り捨てなければ、全員帰国、日本の地を踏むまで、あくまで、極秘、極秘、極秘。日本で、長い間、待って、待って、待ちわびていて、年老いて、時間のない家族のためにも、帰国まで、絶対に、マスコミで 騒ぎ立てない 協力、協定が重要。 おおやけ会談では、マスコミの どんなことも 情報公開 それがマスコミの使命という、妨害が あって 無理でしょうね。北朝鮮に対して、周りの国が、どんなに 手を差し伸べて、協力し、経済的交流を進め、お互いに高め合いたいと思っているか、 何故、そんなに、意固地に、国を閉ざさなければならないのか、もどかしい 限りでしょうね。 過去の過ちは、問わず。これからの発展に 全力を尽くす。 そういう考えの人々も 多くいて、温かい手を差し伸べたい、困っている時は、お互い様、過去の すべての わだかまりを捨てて、助け合う。そういう精神も、流れているのである。 思うに、日本で暮らす、在日の人々は、祖国を 思う気持ちで、どんなに 辛い やりきれない、日々を過ごしていることでしょう。 今、真に、アジアの平和、安定で 求められていることは、国境を越えた、共栄共存。自国だけの、共存共栄は、不可能。それは、インターネットの時代には、当たり前のこと。 ということで、「怨みは、水に流し、恩は、心に刻む。」 の言葉に免じて過去は、不問、過去をほじくり返して、良くなった ためしなし。これからが、重要、未来を 見据えた交渉が、求められる。煎じ詰めれば、中国も、日本も、韓国も、北朝鮮も、台湾も、みんな同じ、人間、助け合って、仲よく、それぞれの人生を 楽しく 謳歌して、暮らさなければ、損、そん、ソン、そーん。 おおぞーん。 でもって、なにを、おばさんは、言いたいのか、世界中の みんな、国籍を問わず、過去は問わず、未来の子供たちの為に、平和に、安心して、日々の暮らしに 困らないで、健康に 長生きしてほしいということか。
2013年02月11日
コメント(0)
歌舞伎の 市川団十郎さん 逝く の記事。 読売新聞では、一面 アベ相場 に次ぐ 上段トップ記事。しかし、地方紙 福島民友新聞では、一番後ろの テレビ番組面を めくった 三面記事 扱いにしかならなかった。 なぜ、日本の誇る 伝統芸能が、地方紙の トップ記事 扱いにならなかったのか。 自慢じゃないが、私は、日本人なのに生まれて このかた、まだ、生で 歌舞伎を 見たことがない。 数年前、娘が企画してくれて、お金も出してくれた 家族旅行で、築地で寿司三昧の食事をし、その途中で、歌舞伎座の建物を見て、東京という近代的な所に、何故 こんな、大阪風のゴテゴテの建物があるのか、不思議で、東海道中膝栗毛の やじさん、きたさんの 心境で、ねじより、立ち寄りで、本当に、しゃがみこんで、下から、見上げ、何様式化分からないけれど、その曲線 面白い 屋根カーブに 見入ってしまい、外見が こうも ゴテゴテ 人寄せ 絢爛豪華なら、中は、どうなっているのだろう。一生に一度は、入って、歌舞伎見物 してみたいものだ。と、思ったが、残念なことに、解体、建て替えられてしまった。 東京駅が、昔のように 復元されたことを 考えれば、そのまま 移築ということも できただろうが? 幾多の風雪に耐え、あんなに歴史があり、時代の変遷を 見守ってきた 昔からの建物が、消滅ということで、もったいない。 二字熟語で、 残念 無念。 地方にいても、本物の歌舞伎の 醍醐味を味わえたら、どんなに、人生、生活が 豊かになるだろうと 思うが、 かつて、ここでも、かの有名な 玉三郎さんの 本物の歌舞伎が 上演されたのである。お城の本丸に、周りを囲った 舞台を作って。 しかし、地方では、歌舞伎の醍醐味、魅力は さっぱり、分からなかったので、高価な 入場券が 余り、空席を満たすのに、高校生に無料で 観劇招待となったのである。当時、高校生の娘は、無料で 観てきた。 私も、観たいとは、思ったけれど、地元の暮らしでは、入場券は高すぎて、買えなかった。 ということで、中央のマスコミで、目ぢから と言われても、テレビの映像の 大目玉とか、断片的演技でしか 知らない。 生の演技の目ぢからを 知らないから、マスコミで、大々的に 取り上げるのが、よく、分からない。 もし、生の歌舞伎を 見ていたならば、たぶん、落語同様、その魅力に ぞっこん 惚れこみ、年金暮らしなのに、毎日、毎日、節約、節約 生活して、年に一度、東京に 歌舞伎三昧 豪遊旅行していたかもしれない。 ということで、 中央のマスコミで、なにかというと、大騒ぎする、歌舞伎界の魅力が、地方にも 浸透して、熱狂的ファンに あふれ返り、地方新聞の トップ記事になれば、と 思う。 なんといっても、日本の伝統芸能なのだから、
2013年02月05日
コメント(0)
今日は、日曜日。日曜日 といえば、地元住民としては、絶対、はずせないのが、「八重の桜」 の放送。 全国発信ということで、地元民として、誇りにしたいのは、「ならぬことは、ならぬ」 という ことば。 これは、すごい。すごすぎる。誰にでも、分かりやすい、人間として 行動する基準の 究極のことば。 この言葉が、広く、みんなの心に 浸透したなら、倫理道徳に 反することは 無くなり、したがって、犯罪も なくなり、ニュース、新聞の記事は、明るいものばかりになるだろう。 ということで、この 「ならぬことは、ならぬ」 は、地元だけに明治生まれの祖母に、よく、言われて育った。 若くして夫を亡くし、再婚もせずに、子供2人を育てた祖母の孫教育は、戦後の民主主義教育など、当然ながら、まったく 無視。 幼い孫に、「いいか、ふしだらなことをしたら、両手、両足、ノコギリで、ギョキ ギョキ 切って、家から 一歩もださないから。」 と、教えるのである。お~お、なんと 過激な言葉。、ふしだらなこと、とは 何か、倫理道徳とは何か も 分からない可愛い孫に向かって。ノコギリ、ギョキ ギョキ とは、
2013年02月03日
コメント(0)
この年になれば、ある程度のことは、まあまあ、知っているだろう。と 思うのだが、まだまだ、知らないことが いっぱいなのである。 落語を 初めて、生で 聞いたのは、東京の有名落語家による 田舎での地元講演で、50才過ぎてであり、テレビで 見るのとは まったく、違って、その度迫力、面白さに、ビックリ 仰天してしまったのである。落語の話は、うちのカカア、うちのヤドロク、うちの亭主、はっつぁん、くまさん、ご隠居さんの世界で、 西洋なら、哲学的に、夫婦とは なんぞや、とか、生きるとは、なんぞや、とか 深刻に 思索することも、「うちのカカアがねぇ~~~~~~。」と、どんな深刻な状況も 笑い飛ばしてしまう 庶民のしたたかさ、たくましさがあり、それに、感服したのである。 それは それで、まあ、いいのだが、またまた、話しが、横道にそれてしまった。 今日の本題は、落語番組の 笑点 ではなく 焦点。 家人の関係で、ある方の水彩画の個展を 昨年 拝見した。絵に 近づいて 見ていたら、「もう少し 離れて、このくらいの所から見ると いいですよ。」 と、アドバイスを受けた。そして、その距離からみたら、平面だった絵が、たちまち、立体的になり、精彩を放った。これには、ビックリした。 絵を見るのに、見る焦点が あるのである。 それから、美術展などで 絵を見る時は、少しずつ 退いて 絵の焦点を見つけるようにして 見るようにしている。そうすると、近くで見た絵と、まったく違って、生き生きと 迫ってくるのである。 今まで、絵の鑑賞に、見る距離が 重要であることに、まったく 気が付かなかったし、学校でも、見る距離は、教えてくれなかった。 ということで、美術展で、今まで、いったい、何を見ていたのだろう。 距離感を 考慮に入れず、絵の 本当の素晴らしさが、まったく、分からない 感動半減の見方を 還暦まで していたのだ。 これに 気付いたら、フランスの画家、スーラの点描画や、モネの 睡蓮 など ピタッと合った焦点で 見てみたいものである。
2013年02月02日
コメント(0)
またまた、朝ドラの話なのですが、「純と愛」の中で、いつも、ストローで チューチュー 音出して吸っている チュウチュウさんが、状況に はまりすぎの 二字熟語を、ボソッと いうのが、面白い。撃沈、とか、退場、とか、笑止 とか、四字熟語より、インパクトが、ある。 ということで、私なりに二字熟語を 連想したら、 「れんびん」 漢字で「憐憫」 という言葉が、浮かんでしまった。 意味を、電子辞書の広辞苑で 調べたら、「あわれむこと。なさけをかけること。」 と、何故か、すべて、 かな表記であった。 「憐れむこと。情けをかけること。」 と、威勢よく、何故、漢字表記にしなかったのだろう。 まさに、広辞苑の意味表記の かな文字、そのものが、見ているだけで、れんびん そのもの。 不思議。 まあ、そんなことは どうでもいいのだが、二字熟語の連想で、何故、己の脳裏に すかさず、、「れんびん」 という言葉が浮かんだのか、 希望 とか、 克己 とか 寛容 とか 感謝 とか 誠実 とか、そういう明るい熟語が 即 浮かばなかったことに、ガッカリ。 まあ、これから、そういう明るい言葉に向かって、努力しよう。
2013年02月01日
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1