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先日、歩数計を見つけた。 いつ、買ったのか、忘れてしまっていた。 電池を入れ替えたら、動いた。 それで、 19:20 分、夜の 7時20分に 今日の歩数を見たら、偶然、8888歩だった。 首に掛けていたのを、歩数計が、変わらないようにそーっ と はずし、写真を撮りました。8 が、なんと、4個 も。 末広がり、満載。これから、良いことが、いっぱい、続きそう。 ということで、 8、八、末広がり について、 ウィキペディア Wikipedia では、 漢字で 「八」 と書くと 下の方が 広がる事から 「末広がり」を意味し、日本では幸運とされる。 古代の日本においては、 8 は聖数とされ、 また、漠然と数が大きいことを示すのにも使われた(例:八島、八雲、八咫鏡、八重桜)。 同様に、八を用いた八十(やそ)、百八十(ももやそ)、八百万(やおよろず)等も「数が大きい」という意味で用いられる。
2013年04月28日
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何となく、テレビのチャンネルを変えたら、 野田聖子議員の 重い障害を持った子供との場面が出てきた、 野田聖子議員の 女として生まれたからには、自分の子供がほしい、と、 妊娠、出産までも、いろいろあり、 庶民である、私こと、おばさんは、 新聞広告の週刊誌見出しで、知っておりました。 妊娠中の大きいお腹で、幸せいっぱいの野田議員の映像も、テレビのニュースで、拝見しておりました。 そして、出産後、思いもかけない 子供の障害も、新聞広告の 週刊誌の見出しで 知りました。 3歳までに、10回近い手術。 親子にとって、どれほどの試練、 テレビの画面には出ていなかったけれど、 夫婦にとり、どれほどの、辛さ、葛藤があったことか、 そのうえ、野田聖子さんは、 息子さんのあの状態で、選挙活動もあり、 私ならば、何をどうしてよいか、分からずに、 パニック状態になって、錯乱してしまうだろう、という状況で、それを、乗り越え、 内面の葛藤、苦しさを、押し殺し、 冷静沈着に、息子の成長を願い、 それに向けて、どんな障害もはねのける、母親のすごさ、まさに、奇跡としか言いようのない ドキメンタリー番組に、何と言って よいか、言葉を失いました。 そして、奥さんを支えるご主人。病院の大勢のスタッフ。 この番組が、 障害を持つ子供の 多くの親たちの励み、救い、希望となってほしい。 マスメディアの功罪は 計り知れないが、 一個人の さまざまな、苦しみ、悩み、奮闘、奇跡が、マスコミにより、公開されることにより、 自分だけの悩みと、深刻に受け止め、暗い底なし沼に 入り込み、 どうしてよいか、分からない状況に陥り、精神的に追い込まれてしまう親たちにとり、 同じ境遇でも、果敢に立ち向かっている人がいることを、テレビで、知るだけでも、真っ暗な心に、ポッと、一条のともし火が、見えるように、 野田議員の奮闘が、多くの人々の救い、希望となってほしい。 それにしても、 目のあたりが、お母さん そっくりの まさきくんの 可愛い、愛くるしい 仕草には、思わず、声援を送ってしまう。
2013年04月26日
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「日新館 童子訓」で、親孝行の大切さは、よく分かったけれど、 もし、親が、間違った行いをした場合、子供としては、どうすればよいのか? 「童子訓」の教えでは、 【日新館童子訓 19.諫(いさ)めて 逆らわず】もしも、両親に過ちが有る時には 気分を穏やかにし、顔色を にこやかにし、声を和らげて いさめる事。 釈注では、 両親を おいさめ 申し上げても、 それを お聞き入れにならない時には、ややもすると 敬う心が 薄らぎ易いものであるから、この場合は 特に 心を励まして真心を 尽くさなければならない。両親の機嫌が悪い時も、その様な事には構わずに はばかる事無く いさめもしも、その過ちで 罪を犯してしまう様な事が あったならば、子供としての罪も重い。軽い事と 重い事を良く考え、上手に おいさめ 申し上げなければならない。両親が、その事に怒って 鞭打つ様な事があり、血を流す事に なったとしても 決して 両親を 恨んではいけない。その様な時には、敬いの心と 孝行の心を 思い出す事。 この教えは、、 親が、あきらかに 倫理道徳や、藩の教えと異なった、誤った行動をして、子供が、それに耐えきれずに、どんなに、おいさめ 申し上げても、親が まったく、聞く耳を持たない という 困った状態に なることもありうる。 そんな時 どうするか? それでも、親を憎まず、恨まず、敬いの心と、孝行の心を忘れるな。 と 教える。 この教えについては、 現代としては、いろいろ、異論もあるでしょうが、 これが、昔の 会津藩の教えでした。 たぶん、 この教えの裏には、 そんな 子供の切ない心を 親が、知ったら、 子供の 切なさは、親の 切なさであるから、 子供より、年長者としての親は、子供に 辛い思いをさせないために、自分の過ちを 自分から 改めるだろう。という、 希望的観測が、含まれていたのかもしれない。
2013年04月22日
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今朝、雨が降っていた と思っていたら、チラホラ、雪が 降り出した。四月半ば 過ぎで、サクラも 咲いているのだから、チラホラ 程度で、雨に変わるだろう。と 思っていたら、どんどん、どんどん ボサボサ、ボサボサ、雪が、降ってきて、みるみるうちに、辺り一面、真っ白。 ウメの花も 雪だらけ。 アッ という間に、真冬の光景に 逆戻り。 これでは、お城のサクラは、どうなっているのだろうか?やはり、雪だらけに なっているのだろうか? さくら見物に来た、観光客は、さくら 見物どころか、雪見 見物でも しているのだろうか? サクラ と ユキ のドッキン グー。なかなか、遭遇できない ドッキン グー。などと、吉本喜劇の お笑いおばさんみたいなことも していられないのであるが、 夜、7時のニュースでも、この気候は、気象台の観測史上初めてということで、会津若松の 石部桜の雪だらけの 画面が出ていた。 今まで、4月に雪が降ったことはあるが、サクラが咲いてからの雪は、記憶にない。 4月の雪の時は、それなりに、サクラの開花も遅くて、 雪をかぶることは なかったように思う。 「おう、テレビの全国版のニュースに、ドラマ、八重の桜のタイトルに出てくる 石部桜が出ている。」 と、見ていたら、 突然家が、ガタガタ 揺れた、かなり、大きく 揺れた。 テレビの画面の字幕では、震度4で、震源地が、近くであった。
2013年04月21日
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夕方、お城を通った。 二日前の早朝は、サクラは、つぼみで 咲いていず、寒々とした、茶色の枯れた エダ振りであったが、 昨日の暖かさで 開花したのか、お城の情景が にぎやか、華やかに 一変していた。 二日で、あっという間に、こんなに 変わるとは、 自然のハヤワザ、手品である。 二日前の写真と比較。一気に 花 開く。 お城と、さくら。今年も、堪能。 それにしても、天気予報の通り、今日は、寒い。 夕方、雪が、チラホラ 降ってきた。
2013年04月19日
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朝、所用でお城のテリトリー内にある 文化センターに行った。帰りの運転中に、突然、お城のサクラは、どうかな?このまま、家に 帰ってもいいけれど、せっかく、来たのだから、ついでに、お城のサクラでも見て行こうか、と、急に 思い立った。今まで、満開でない お城のサクラは見る気もしないし、見たこともない。 まあ、午前9時前だったので、お城に行ったついでに、サクラの咲き具合を見てもいいかな、と思い、運転しながら、馴染みの無料駐車場、県立博物館に行ったら、 ビックリ、仰天、有料になっていた。 市政だよりでも 分からず、市民の知らないうちに 出来ていた。 地方都市では、なかなか 出来ない、これが、行政のスピード化というものか?まあ、良いことは、即決で、どんどん 実行する 時代になっているのだろう。と、 慌てて、Uターンして、地元住民のみ 知っている 無料駐車場、文化センターの狭い場所とか、体育館脇とかに 止めて、 お城を おばさん、一人、のんびり、気の向くまま、好き勝手 放題、散策しました。 家族にも、誰にも、気を使わないで、主人公は、自分。 お気に召すまま。気の向くまま、自分だけの極秘 秘密行動。 それを、ここブログで、さらけ出してしまいます。 しかし、あな、恐ろしや、 家族より、何が何だか 分からない ブログのほうが、私の今日の行動を 知っているなんて、なんか、ヘン。 何といっても、愛する家族 優先でしょう。それなのに、ブログ優先なんて、家庭崩壊に ならなければよいが。 まあ、後で、おいおい、家族は 知ればよいか。 そもそも、あっけらかんの 私のバカ正直な性格は、母親譲りで、 ( 母の、学生時代のあだなは、「石部金吉 (いしべ きんきち) 」で、 くそまじめ、石や金のように 融通のきかない バカ真面目、バカ正直 ということで、その娘なのだから、仕方ないか、) 秘密とか、極秘とかを 心に秘めたら、その重圧、耐えられず、病気になってしまいそう。 いや、私が、秘密を 持ったら、確実に、ストレスたまり、免疫力 低下して、病気になってしまうな。自分の健康の為にも、隠し事が出来ず、 「王様の耳は、ロバの耳」 と 大声で、叫ぶがごとく、思ったことを、家族に、すぐに、言って、スッキリ。 たぶん、 言われた方は、迷惑千万だろうが。 しかし、 還暦過ぎても、こんなことを 言っているようでは、四字熟語で、わたしは、軽佻浮薄、そのもの。それで、わたくし、常日頃、その浅はかさに 深く、反省しております。が、寄る年波には、勝てず。すぐ、忘れてしまいます。 でもって、お城の写真、満載。 コウヤマキ、秋篠宮家の悠仁親王のお印、ここらへんが、北限であるらしい。まだ、つぼみ。 まだ、つぼみ。つぼみの間にお城の天守閣が、少し 見える。 さくらの古木というか、幹が ご老体で、枯れそう。天守閣の本丸では、昔の装束で お出迎え、記念写真撮影も 一緒に どうぞ。 古木、樹齢 何年か? 古木、あちこちにある。 つぼみも気になるが、あちこちの木の幹のデコボコも、気になる。つぼみの所も、あれば、満開の所もある。 以上、今日の お城のサクラでした。 午後は、ジャガイモを 植えなければならないので、クワで、畑仕事。
2013年04月17日
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夜 10時テレビ 「プロフェッショナル 仕事の流儀 」 中国での日系のスーパーでの戦い。尖閣問題など いろいろなことでの、日系企業への逆風。その中で、いかに中国の人々に便利で、喜んでもらえるか?中国の消費者の為に 奮闘する日本人。 それを見ていたら、突然、目の前を チョウチョが、ひらひら 横切った。 エー。 やっと、庭のウメの花が 咲いたのに、チョウチョとは、 部屋の中が暖かいので、出てきたか? しかし、どこから、冬中、家の中にいたのは、確かだ。さなぎのままで、家の中の どこかにいたのだ。 蛍光灯のカサに止まった。テレビの内容にも 気になるし、チョウにも、気になるし、 困った。
2013年04月15日
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夫婦なんて、一番 身近な存在で、あるが、もともと、生まれ 育ちの違う者が、一緒に暮らすのだから、意見、考え方の違いによる 軋轢、(あつれき、広辞苑では、人の仲が悪くなること。不和。) ストレスは、当然である。 それで、「子は、かすがい。」 (広辞苑では、「かすがい」 とは、両者の間をつなぎとめるもの。)と、ことわざも作られ、 かすがいである 子供のために、離婚しないで、我慢している夫婦もいるだろう。 と いうことで、 夫婦なんて、もともと、アカの他人なのだから、一緒に 生活をしていくには、お互い、人道主義の立場に立ち、世界平和の精神を持ち、「なんじの敵を 愛せよ 許せよ 」 の 博愛主義で、対処しないと、維持できない 側面もあるようである。 達観。 ちなみに、 「博愛主義」 とは、広辞苑では、「 個人的利己心、人種的偏見、国家的利益、宗教的またはイデオロギー的党派性を捨てて 人類全体の福祉増進のために、全人類は すべて平等に 相愛すべきものであるとする主義 」
2013年04月12日
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昨日の読売新聞。115才の 英語で返答する男性 木村さんに 引き続き、女性の世界最高齢 115才の 大川さんの記事。 「j j j j j j j ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「じぇ、じぇ、じぇ、じぇ、じぇ、じぇ、・・・・・・・・・・・・・・「おどろいた、おどろいた、おどろいた、おどろいた、・・・・・・・・・ の 無限大。 115才で、具合の悪いところは なく、なんでも おいしく、食べられ、薬も 飲んでいないんだって、 まったく、信じられない、ウソのような 本当の話なのである。男女とも、口達者な世界最高齢の 長寿国 日本。 その元気で、長生きに、「じぇ、じぇ、じぇ、・・・・・」 などと、驚いているばかりでなく、あやかりたい ものである。
2013年04月09日
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日新館童子訓の教え。 自分の身体は、自分のものであって、自分のものではない。親からの 大切な贈り物である。だから、自分勝手に 振る舞ってはいけない。 つねに、親孝行を 心がけ、親を 悲しませるようなことを しないように いつも、親を 喜ばすように 振る舞わなければならない。 という しごく もっともな教えであるが、 この複雑な 現代社会、いろいろな誘惑があり、 お金もうけの為、詐欺や、借金地獄、いじめ、辱めを受けたり、反社会的なものに 引きずり込まれ、親に心配をかけることもある。しかし、生きることが、どんなに、苦しく、辛い 状況になろうとも、己の身体を 傷つけることをしては、ならない。 自分の身体は、親からの賜物であり、自分のものであって、自分のものではない。と、童子訓では、説く。 もし、親に相談できなかったら、今は、電話で 相談できるようにもなっている。社会全体が、、悩み、困っている人々を、助けようと、全力を 尽くしているので、それを利用すればよい。 どんな相談でも、相談内容は、秘密厳守であり、電話相談員は、秘密厳守の訓練を受けているので、安心して、話せばよい。 どんな状況、理由で 精神的に 追い込まれ、うつ病になろうとも、 自分の 独りよがりで、親や、家族の名誉を守ろうと、自分の身体を 誤って 傷つけてはならない。 親にとっては、子供が、一人で苦しみ、苦しみに耐えきれず、自分を傷つけてしまう。と いうことのほうが、どれほど、辛いことか。 子供は、どんなことがあっても、親より長く 生き抜いていかなければならないのだ。 日新館の教えとは、違うかもしれないが、 親は、我が子が、どんな 過ちを 犯しても、子供と共に、生きて、生きて、生き抜いてゆく 覚悟を持っているのだ。 【日新館童子訓 20.身は両親から伝えられた賜である】自分自身の身体は、両親から 伝え残された 大切な賜であるから 自分自身のものであって 自分自身のものでは無い。だから、少しのことでも敬い、気を付けて 過ちなどが無い様に、用心して 身を慎む事。どの様な事があっても平静の日常生活を保ち、誰もいない時にも 心を正しく、良心に 恥じない様に努め、道に背いた 行いや 不届きな行為は してはいけない。
2013年04月07日
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普通、年老いて、親が、亡くなれば、 「いつまでも、あると思うな 親と金。 ないと思うな、運と災難。」ということで、親孝行は、終わり と思ってしまうが、そうでは ないのである。 日新館の教えでは、親が 亡くなっても、親孝行は、己が、生きている限り、ずーっ と ずーっ と ずーっ と 続くのである。ほっと、しばし、息抜き なんて 出来ないのである。 【日新館童子訓 31.両親の令名】両親が 亡くなった後にも、一挙手 一投足、片時も 我が身は、両親のものである事を、忘れずに身を守り、行を慎み、一言一行 といえども、両親の名を汚す様な事の無い様に、充分 気を付ける。その事が、善い事で、両親の名をあらわすに 足る事と 思えば、万難を 排しても、これを 成し遂げ様と 努める。しかし、もしも かえって 両親や祖先の名を 汚す様な事で あったならば、いかなる誘惑がある と いえども、思い留まり、決してその事に、手を染める様な事はしない。
2013年04月06日
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NHKの朝ドラは、慣性の法則か どうか 知らないけれど、見だしたら、どうにも、止まらない、ということで、何故か、ついつい、見てしまう。 「純と愛」 の終りは、ちと、スッキリしなかった。 もっと、明るく さわやか、朝ドラの常道、完全無欠のハッピーエンドを 期待して、イトシ君が、純ちゃんと、二人で、夢の 「魔法の国」 のホテルを作って、多くの人が 泊まりに来ていて、みんな幸せ、にぎやかで、ごったがえしている場面で、終わってほしかった。 それなのに、 最終回で、いとし君の指タッチで、希望の予感だけで、6か月間のハラハラ、ドキドキ、明日はどうなるか、の ドタバタ展開が、純ちゃんの ながーい、長ーい、独白 と共に 終了。 あの独白は、気候風土の異なる、イギリス、シェークスピアの 戯曲の世界を、彷彿(ほうふつ) 連想してしまうものであったが、日本、しかも、晴天 快晴 南国 沖縄の風土には、ミスマッチ だったような。 あの純ちゃんの独白は、暗雲 立ち込める、イギリス舞台、「リア王」 「嵐が丘」、「ジェーン・エア」 の世界では、精彩を放ち、ジャスト、フィット。 しかし、ニッポン、南国、常夏、石垣島ではなぁ~~~~~~。 (日本の まだ、ウメの花も 咲かない 雪国 どっぷりのおばさんの 感想でございました。) 地球儀、世界地図でいえば、日本より、高緯度にある、西洋の哲学、思想など、深刻なことは、日本は、どちらかというと、学者以外 庶民は、苦手、 そりゃ、日本は、日本なりに、深刻なことは、というか、深刻なことだらけなのですが、西洋のように それに、真向いから、真っ向勝負、のぞまないで、現実逃避 と いうことで、斜交い (はすかい。ななめ) から見て落語の世界で 勝負。うちのカカア、うちの甲斐性無し亭主、うちのヤドロク、はっつぁん、くまさん。隣のご隠居さん、 が、適当に、現実の深刻さを ちゃかして、笑いに昇華させていますからね。 思うに、シェークスピアの行き着く所、成れの果てが、日本の落語ではないかと。( また、おばさん、 勝手に、迷走、暴走しております。あしからず。) またまた、本題の「 j j j 」から、逸脱。 本題に戻れば、NHKの朝ドラ、「あまちゃん」で、岩手の三陸の方言で、「じぇ」 とは、「 驚いた。 」 ということ。ドラマの中のメールで、「j j j 」 と していて、どういうことか、と、いえば、「じぇ、じぇ、じぇ、」 で「ビックリ、ビックリ、ビックリ。」「たまげた、たまげた、たまげた、」 である。 よく、考えたら、いや、よくでもなく、まあ、適当に考えたら、我が家も、 「 j j j 」である。イヌのジャックに、ネコのジジに 昨年 可愛い孫が生まれて 晴れて ジイさんとなった家人である。娘に、それを言ったら、「お父さんの名前も 頭文字が j でしょ。」 と言われた。うーん、そこまで、気が付かなかった。ということは、 我が家には、「 j 」 が、4個か? 4つは、重い。 私は、動き回るたびに、「じぇ。」 「 じぇ。」ここにも、「じぇ。」 ここにも 「じぇ。」 と、一日中、驚いてばかり いなければ ならないではないか、こりゃ、心臓に あまり、よくないな。
2013年04月05日
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飲み会、土曜日、月曜日と連ちゃんでした。 土曜日は、私を含め、例の 飲んだくれ 3人組。かしまし、うるさい 飲み会。それにしても、女の漢字を 3個書いて、姦しを 「 かしまし 」 と 読ませた 先人は、すごい。感服の至り。 ( 昔、昔、テレビの漫才で、いつも陽気な 「かしまし娘」 という名の3姉妹が、北海道の地名のギャグで、大受けして、子供時代、弟と見て 無邪気に 笑い転げ、楽しく過ごした時期が ありましたけれど。) 飲み会は、もちろん 最長老の私は、「良きに 計らえ。」 と いう 水戸黄門様 気分で、いつもながら、だんどり、すべて お任せ。 で、当日、会費持参で、「いつも、ありがとうね。わるいわね。」と、ねぎらいのことばで、 他に、威張れる時も ないので、威張っております。 メンバーのMさんは、飲み会のたびに、職業が変わっていて、その職場の、信じられなーい、アンビリーバブル の話に「えー。 えぇー。ウッソウ。 今どき、 まさか 、信じられなーい。」 と、酔いながら、相づちをうちながら、聞くのが、すごく、楽しい ひと時でもあります。 Mさんを、通して、社会の厳しい風を 感じ取っています。今回は、Mさん、震災の雇用関係の仕事 また1年 契約更新ということで、「良かったね。ばんざーい。ばんざーい。」 で、乾杯なのです。Mさん、工務店の事務とか、薬局の受け付けとか、人生経験、人生の肥やし、蓄積はすごい。仕事がらみで、パソコン操作も スイスイ 覚えてしまい、自己の能力を、 着実に パワーアップ している。 それに比べ、実績も 何もなく、家に 閉じこもっていることが、年金暮らしでは、それなりに、平穏な過ごし方で、経済的に 困窮しない生活と、消極的な暮らししか 出来ない自分にいささか、落胆。なのだが、( しかし、性格の違いか、家人は、積極的に 出かけておりますが。) 久しぶりの飲み会で、日頃のストレス、解消。スパークリング ワイン なる メニュウも 初めて 知ったけれど、なんか、すごーく 料金が高かったので、3人で、メニュウの料金表を にらめっこして、あきらめた。 まあ、60才以下の女三人の 久しぶりの 飲み会でした。 そしたら、月曜日には、家人より 一つ年下で、一人暮らしの 家人のいとこから、庭の手入れの 依頼がてらに、飲み会に誘われました。それで、ジャガイモサラダと、ふきのとうの 味噌和えを 手作りし刺し身と、鶏肉の空揚げ、焼酎などを買って夫婦で お邪魔して、庭の 雪囲いの縄などを 取り払ったり、庭の畑を 少し 耕したりして その後、いとこの 男の手料理、ひじきの煮物、ぜんまいの煮物、漬け物、野菜サラダなどと、ビールと、到来物の35度の 玄米焼酎なる 珍しいもので、ほろ酔い気分になりました。いとこも、家人と飲んで、楽しかったのか、近所のスナックに行こう。 と、なって、3人で、千鳥足で、歩いて行って、カラオケで、歌ってしまいました。 ということで、「女は、お酒なんて、飲むんじゃない。」という 明治生まれの 亡き祖母の教えが、頭にあって、こりゃ、確実に 祖母の大目玉だな。と、心が、痛み、 月曜日は、家人同伴なのだが、反省。 反省。 でも、田辺聖子さんも、かもかのおっちゃん、と、ほろ酔い気分 だったのだから、まあ、一年に 一度ぐらいの気晴らしなので、 許されるかなー。 許してねー。 許してねー。 ですね。 それにしても、昔は、正月の 盃に少しの お屠蘇 (オトソ) も、まずくて、まずくて、吐き出してしまい、まったく 飲めず、私の兄弟も みんな、今も 飲めないのに、兄弟の中で、私だけが、飲めるようになったのは、何故なのだろう。 不思議だ。
2013年04月02日
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この前、テレビで見たので、豆苗を買ってきて、食べた。 根っこ付きなので、切って食べた。 切り口から、また、芽が出るというので、栽培していたら、こんなに なってしまった。わんさか、わんさか、(広辞苑的には、「わんさ、わんさ」で 検索してね。) 生えている。 我が家の、ぬいぐるみ、ジジと、ジャックの ダミー (替え玉人形、みせかけ、) も ビックら している。
2013年04月01日
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