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December 20, 2005
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テーマ: 回想(14)
カテゴリ: 思い出
昨日書いた「青空の思い出」の中学編を書きます。

小学校の時の青空の思い出は
真夏の冒険の思い出でした。





中学の青空の思い出は
中学2年の夏です。


中1の秋に腎臓を悪くした私は
部活の体操部を止めてすぐに家に帰る様になりました。

それまでは毎日集団下校をしていました。
カバンは肩掛けカバンでした。


毎日決まったメンバーで行かなければなりませんでした。

家の南隣りのカズちゃん、西北向かいのミエコ、
ミエコの家から北に5件隣りのミユキちゃんと私の4人でした。

中1の一時期、
小学校から近所のボスだったミエコから
集中的にいじめられた事があります。

そんな時私は時間をずらして登下校していました。
今思い出してみると、
子供ながらに臨機応変だったなあと思います。

ミエコとは中1の時はクラスが違うので
朝さえやり過ごせば何とかなったのです。


何故かミエコは私と仲良くなりました。
はて、なんだったんだろう?


ミエコが意地悪モードじゃない時は
朝はもくもくと歩き、
帰りは4人で走って行きました。


走ればいつもビリでした。

そんな私なのに
肩掛けカバンをぼんぼん飛ばしながら走ると
何故か早く走れるのです。

そう、
私にとって走る事は嫌な思いしかなかったのですが
カバンをぶら下げて走ると早くて楽しかったのです。

4人でワイワイ騒ぎながら、
ぞろぞろと歩いている中学生たちの間を縫って
家までの30分を10分で駆け抜けるのです。

これは楽しかったです。
私はひょっとして障害物競走なんかだと
まだしも早いのかもしれません。


それが私の病気で
帰りは一人行動となりました。

それからの10ヶ月間、
通院と下校を一人で行いました。

病院はバスに乗って18分。
歩いて20分掛かる所でした。

ある日は雪が深くて
長靴でザクザク踏み分けて行った憶えがあります。


運動はドクターストップを言い渡されていたのですが
中学1年なんて、
ちょっとした事でつい騒いだりしてしまいます。

病気で体育を休んでいるので、
珍しがった男子がからかいます。

それを見た女子がやっかんで
「体育休んでるくせに騒いでいる」
と言って非難するのでした。


私にしてみたら病気で顔が腫れて
運動をしなくなったので太って
遊び回りもできずに悲しい事だらけの上に、

男子にはからかわれ、
女子には非難されて、
理不尽な思いの日々でした。


それで中学2年の初夏に病気が良くなって
体育が出来るようになった時に
私はまずプール開きにいきなり出場しました。

何と言っても昔の盆地ですから
泳げる人が少なかったのです。

それでクラスの女子でも数少ない泳げる私は
一年のブランクもものともせずに
クラスマッチで闇雲に気力で泳ぎました!!!

ええ~~い、出ちゃえーー!!
って出ちゃいました。ヽ(。_゜)ノ


そしてじっと我慢の日々だった
病気の1年から解放されて
さて部活をどうしようか~と考えた私は
体が硬いので体操部に戻る事は出来ずに

結局友達がやっていた
バレーボール部に入りました。

体力がないのでサーブさえ入りませんでした。
何をするのも皆に追い付きませんでした。

でも鈍い私なりに部活をやりました。

そして夏休みになると部活の帰りに
バレー部のキヨちゃんちに皆で寄りました。

キヨちゃんちの隣りには同級生のノボル君の家があって
男子が何人か集まっていました。


何しろノボル君は小さい時からずっと一緒でしたので
始めはからかったりいたずらしたりの
ふざけたやり取りをしていました。

そういう事が何度か続いて
ノボル君ちに来ていたトシ君達の家の所に
遊びに行こうと言う話になりました。


そしてカンカン照りの暑い夏の日に
私とキヨちゃん、ミエコとミチコさんの四人は
トシ君達が住んでいる住宅に遊びに行きました。

トシ君達の住宅の所は小学校が別だったので
初めての場所でした。

住宅の近くには中学の裏を流れる大きい川がありました。
川原も広くて両岸には雑木林もありました。


そしてトシ君達はその川を石で堰き止めて
ダムにしていました!

しかも木を組んで縛り付けて
イカダを作っていたのです!!!

何しろ「十二少年漂流記」や「トムソーヤの冒険」が
大好きだった私は一瞬にして浮き立ちました。

興奮状態になった私はすぐに靴を脱いで
男子数人と一緒になってイカダに乗りました!!

イカダの初航海に乗せて貰ったのです!!
生まれて初めてのイカダでした。

でも残念ながら、彼らも初めてのイカダ作りで
浮きを付けていなかったため沈み始めました。

と言っても、足首まで沈んでも何のそので
5~6人の男子と私は半ば沈み掛けたイカダに乗って
ワイワイと浮かれていました。


そしてふと岸を見た私の目に映ったのは
しゃがみ込んでつまらなそうにしている
女子3人でした。

彼女らにはイカダはお呼びではなかったようでした。

どうしてこんなにすごい物に喜ばないのか?
と、ふと思った記憶があります。

本当に彼女らは「何やってんの?」って感じでした。

イカダなのに!!!水に木が浮いているのに!
(半ば沈んでいましたが)


結局、イカダはどんどん沈んで
深い所には行けないので途中で戻りました。

堰き止めた川岸には果物が冷やしてありました。
スイカや瓜やきゅうりやトマトがありました。

私たち女子は喜んで
「わあー!!冷やしておいしそう~」
と喜んだのでしたが

トシ君が「畑から持って来た」と言ったので
血が引きました。

彼らは勤め人の子供達で
農家の子は一人もいなかったのです。


それで聞いてみました。
「どうやって畑から持って来たの?」と。

すると彼らは何の躊躇も無く
「盗んで来た」と言いました。

ほんの少しも後悔の色も
反省の色もありませんでした。


その場にいたバレー部の女子4人は
たまたま農家の子はいませんでした。

キヨちゃんは自転車店の娘。
ミエコは桶職人の娘。
ミチコさんは会社員の娘。
私は教師の娘。

でも農家の人達が毎日頑張って働いた畑から
平気で盗むと言うのは
とてもいけない事だと思っていました。

しかも彼らは恒常的に盗んでいて
それが全く平気そうでした。

悪い事だと思っていないのでした。

それが解ってしまったので
帰り道の女子4人の足は重かったのです。

口も重くなり、
誰かがやっと口を開きました。

「もう行くのは止めた方が良いね」
「うん、もう行かない」
「そうだね、行きたくない」
「止めようね」

理由について口にする勇気がありませんでした。

同級生の犯罪を目にしてしまった事で
共犯者になったような気がしたのだと思います。


それでその件に関しては
二度と口に上る事はありませんでした。

その後は誘われても断わりました。
それで一生に一度きりのイカダの大冒険は
後味の悪い物になりました。


ようやく病気と制約から解放されて
開放的な夏を満喫していた私でしたが
ちょっとばかり躓きました。

でも、秋になると
トシ君達には私の家に来てもらって
プロペラ飛行機を皆で作ったりしました。


それでも輝く太陽と川面に反射した光、
青い空と陽を浴びて風に揺れる雑木林。

男子達が皆で積み上げた石に堰き止められて
ダムになった川。

手作りのイカダ。

病気から解放された喜びの夏。
健康を取り戻した夏。

まだまだ未来は限りなくて
自分がどう生きて行くか全く知らない
13歳の夏は光輝く思い出に彩られていました。


青い空の思い出はやはり私を子供時代に引き戻し
元気をくれるのです。

そして私は今日も空を眺めています。
心にはいつも青空を!











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Last updated  December 20, 2005 11:24:49 AM
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