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■銘柄が多すぎると管理できない? 「分散投資は効率が悪い」、或いは、「株式投資は、ある程度の集中投資がいい」といった意見を聞くことは、昔も今も少なくない。聞く度に、正直なところ、「またか」と思う。 分散投資を批判する意見は、分散投資自体が「悪い」、つまりパフォーマンスを悪化させると主張するものと、ある程度の集中投資(「ある程度の」という辺りが微妙だが)の方が、効率がいい、という話に大別される。 分散投資がパフォーマンスを悪化させる可能性があるとすると、どんな理由があるのだろうか。 よく聞く意見の一つは、「銘柄数が多くなりすぎると、管理が行き届かなくなる」というものだ。この種の意見は、投資の入門本を書いている半可通の書き手のほかにも、運用会社の相場好きの役員などが、口にすることがある。たとえば、「一人で眼が行き届くのは、せいぜい30銘柄くらいであり、これを超えると、十分な管理ができない」というようなことを言う。社内の偉い人にこのような事を言われると、なかなか反論しにくいものだ。これに、気にせずにすっきり反論できない人はファンドマネジャーに不向きだし、さりとて、勝ち負けのはっきりする言い方で上司に反論するような人物はサラリーマンに向かない。 三段階の反論が考えられる。 第一に、もともと、個別の銘柄に十分な管理などできないから、分散投資しているのではないか、という根本的な問題だ。そもそも、「十分な管理」とは、具体的に何を指すのか。先ず、株価の動きを詳細に見ていても、これを売買につなげて収益を改善することはできない。では、業績に関わる情報を見るのだとしても、直接的な情報(業績修正など)も、間接的な情報(景気や流行などの情報)も、それなりに株価に反映する。たとえば、1銘柄だけに投資して、その銘柄に全精力を集中しているとしても、株価が下がるような情報が出る前に自分だけが保有株を売ることは、経営者になって決算操作(違法だ!)でもしない限り、有効にはできない。 第二に、十分な銘柄数を持てないのは、運用者の怠慢ではないか、という意見があり得る。この点については、次の例で考えると分かりやすい。 今から十数年前に、実際にあった話だ。筆者は、ある運用会社のオフィスを訪ねて、その会社の社長さん(現在もご活躍中の方なので名前を秘する)のお話を伺っていた。彼は、自身の会社の当時の運用方針について熱く語り「我々は、他社のサラリーマンファンドマネジャーと違って、徹底的に調査をして、可能なら、その会社の全株式を買ってもいい、というくらいのガッツを持って投資する」と語ってくれた。ポートフォリオは、30銘柄前後の集中投資的なものだという。そこで、筆者は、「もし、同じくらい有望な銘柄が100(個)見つかったら、どんなポートフォリオを作りますか?」と質問してみた。社長さんは、一瞬怪訝な顔をして、「それでも我々は、我々がいいと思う30銘柄くらいを選んで投資すると思う」と答えた。 しかし、残念ながら、この答えは間違いなのだ。「同じくらい有望な」は、運用の言葉で言うと、大まかには「同じくらいの期待リターンの」ということになるが、これが100個見つかったのだとすると(質問の前提条件はそういうことだ)、100銘柄を使ってポートフォリオを作る方が、この中から30銘柄を選んでポートフォリオを作るよりも、期待リターンは同じで(これは質問の前提条件だ)、リスクの小さなポートフォリオを必ず作ることができる。これは、試してみるまでもなく、論理的に明らかなことだ。 このように考えると、30銘柄しか有望な銘柄を見つけていないのは、ファンドマネジャーとして職務怠慢なだけで、「厳選された集中投資」などと自慢している場合ではない、と言うこともできる。 「しかし、現実問題として、多数の銘柄を調べ尽くすことなどできない」という反論が返って来そうだが、その場合には、「だから、十分な管理などできないので、分散投資すると言ったではないですか」と、第一段階に話を戻せばよく、これが、反論の第三段階だ。■アマチュアとプロでは「ゲーム」が違う ここで補足しておくと、アマチュアの運用の場合、30銘柄もあればたいていは十分以上だが、投資信託や年金運用などプロの運用の場合は、(1)運用金額が大きいので銘柄数を増やしても売買コストが急増しないこと、(2)顧客に対する説明責任を負うので意図しないリスクによる勝ち負けの幅をある程度抑える必要があること、(3)他社との勝ち負けに関するビジネス上のリスクを意識しなければいけない(大負けは解約につながるし、多くの場合、勝ちのプラスよりも、負けのマイナスの方が、ビジネス上の影響が大きい)こと、の三つの違いがあって、たいてい30銘柄程度では分散投資が不足になる。 アマチュアの相対的には少額の(稀には巨額の人もいるが)運用の場合、分散投資でのリスク低下のメリットを、分散投資に伴う売買コスト(手数料等)増加が打ち消して、さらにマイナスの効果をもたらすことがある。また、説明責任や、他社との競争は、意識せずに運用ができる。 従って、アマチュアとプロとでは、見かけ上同じ日本株ポートフォリオの運用をしていても、現実的には、かなり違うゲームをしているので、よく、幸運だったアマチュアが、プロの運用を十把一絡げに批判することがあるが、彼は、ゲームの構造とデータのばらつきについて、よく理解していないのだ。 ただし、だからといって、プロの運用の方がより立派なのだということを言いたいわけではないので、注意して欲しい。プロが勝っているのは、「運用サービス業」の能力であって、同じリスクに対してより高いリターンを稼ぐような「運用力」そのものではない。■結果論と「事前の」一般論 さて、ここまで考えてみると、「ある程度の集中投資の方が、効率がいい」という(やや中途半端だけれども、実感のこもった)意見の正体も、よく分かるのではなかろうか。この意見は、リスク削減のメリットを売買コストの増加が上回るような微妙な場合(通常は少額の投資の場合)を除くと、結果論と事前でベストの意思決定との区別がつかない論者が、「私の経験では」(自分の経験を一般化して話すことは、かなり恥ずかしいことだ)、あるいは「成功した投資を見ると」(事後的に成功例を見ると集中投資の方が見事なのは当然だ)、といった前提の下に、「集中投資の方が上手く行った事例がある」ということを言っているに過ぎず、これは、一般論として、集中投資がいいか、分散投資がいいか、という議論の足しになる話ではない。 それでは、あまり大きな金額を運用していないアマチュアの投資家はどうするといいかというと、コストを大きく上げてまで(たとえばミニ株を使ってまで)広範な分散投資をする必要はないけれども、銘柄数を増やすきっかけがあれば、特に、新たに投資資金が増えたような場合には、新しい銘柄を買って、保有銘柄数を増やし、銘柄数が増えることを気にせずにいるといい、ということだ。 なお、詳しい理由は省略するが、一般論として、運用期間が長くなるのと共に、保有銘柄数が増えるのは、合理的な選択であり、自然な現象でもある。
2007年05月18日
(1)のつづき■ポートフォリオ理論の応用に関する補足 それに、もう一つ付け加えておくと、ポートフォリオ理論としてのCAPMが、理論の中で言う「マーケット・ポートフォリオ」は、世界に現存するすべてのリスク資産の組み合わせであって、株式市場の中だけで最も効率的なポートフォリオが作成可能だとは言っていない。 従って、株価指数のインデックス・ファンドに、理論上特別な地位がある訳ではない。「ポートフォリオ理論の応用である」との触れ込みで、インデックス・ファンド(ETFも含む)に投資することを推奨する文章を見かけることがあるが、これは、理論の内容について誤解している。インデックス・ファンドは、よく分散された(日経平均やNYダウなどがベースのものはそうでもないが)相対的に低コストなポートフォリオへの投資手段だというだけで、これが「最も効率的なポートフォリオ」であると、理論が言っているわけではない。 従って、もう一つ付け加えておくと、TOPIXやS&P500のような株価指数に対する感応度として計算されたβ値は、CAPM理論のβ値とは別物なのであって、これで、企業の価値を求める場合の将来価値の割引率を求めることは、現実に行われることがあるとしても、理論的な根拠を欠いている。企業価値や適正株価の求め方を書いた本で、株価指数に対するβ値を求めて、将来の利益なりキャッシュフローなりの割引率を求めようとする本は、「古くて、間違っていて、使い物にならない」のだ、と覚えておこう。 では、どうしたらいいのか。今のところ、市場参加者の割引率を簡単に求める方法はない。投資家は、個々の銘柄を、自分にとっての割引率(もちろんポートフォリオで投資することを前提として)で評価するしかない。便利な方法(対インデックスのβ値から割引率を求める方法)がないのは不便だからといって、その便利な方法が間違いだと分かってからも、その方法に固執することは誤りだ。■投資家にとってのまとめ さて、気がついてみると、随分理屈っぽい話になってしまった。 実用性の観点から、投資家にとっての結論をまとめておこう。 (1)株式市場は、常に正しい株価が形成されるという意味での「効率的市場」からはほど遠い。従って、アクティブ運用のチャンスはあるはずだ。 (2)株価指数に対するインデックス・ファンド(ETFなども含めて)が、理論的な裏付けを持つ最も効率的なポートフォリオだというのは嘘だ。インデックス・ファンドの長所は、もっぱら手数料が安いことであり、次いで、ターゲットとなる指数にもよるが、分散投資が行き届いている(事が多い)という点だ。 (3)チャンスはあるとしても、アクティブ運用は、そう簡単ではない。ただし、他の市場参加者にとっても難しいのだから、悲観することはない。気長に楽しめばよい、と筆者は、考えている。
2007年05月04日
■「市場の効率性」とは 投資に関わる理論的な知識で扱い方が曖昧な概念に「市場の効率性」、或いは「効率的市場仮説」と呼ばれるものがある。これは、簡単に言うと、株式市場のような資本市場では、情報が瞬時に伝達されて、正しく解釈されて、価格に反映するので、そこで実現する価格は常に正しい、という市場観のことだ。 正しい株価が常に実現するということは、企業の財務データや将来性などを分析して本来あるべき価値よりも割安な株価でその企業の株を買って、他人よりも儲ける、といったことが不可能になることを意味する。従って、市場が効率的だとすると、少なくとも、アクティブ運用には出番がない、ということになる。そこで、運用業界では、たとえば投資顧問会社とその顧客である年金基金との間では、「市場は効率的だと思うか?」というような半ば神学論争のような議論が繰り返される。 議論の本筋には関係ないが、用語解説をしておくと、「効率的市場仮説」には、その内容の強度に応じて、「ウィーク・フォーム」、「セミ・ストロング・フォーム」、「ストロング・フォーム」の三段階があるとされる。最も弱い「ウィーク・フォーム」では価格情報を分析すること、たとえばチャート分析は、誰でも安価、かつ簡単に出来るから、投資情報として無意味だと考える。「セミ・ストロング・フォーム」では、情報の範囲が経済や企業の分析、いわゆるファンダメンタルズの分析も、情報が十分伝達されているし、価格に影響力のある複数のプロが市場に参加しているので、市場で形成される価格(株価)に反映してしまうので、無効だ、と考える。さらに、最も強い「ストロング・フォーム」では、いわゆるインサイダー情報のような企業の内部情報も、誰かが価格に反映させるので、投資収益を改善する役には立たないと考える。 真理が多数決にあるわけではないが、運用関連業界では、「ウィーク・フォーム」の市場の効率性が成立しているという見方と、「ストロング・フォーム」の市場の効率性までは成立していないという見方が、圧倒的な多数を占めていて、意見が割れるのは「セミ・ストロング・フォーム」の辺りだ。 たとえば、アマチュアの世界ではそれなりの人気があるチャート分析は、年金運用のような顧客側がプロ(年金基金も一応プロの範疇だ)の世界では、まともな投資分析手法だとは思って貰えない。年金運用のようなフォーマルな運用の世界では、チャート分析で運用している、というファンドマネジャーが雇われることは、ほとんどない。 逆に、「インサイダー情報も含めた、特別な情報収集に基づく」という運用手法は、そのような情報を本当に集めて運用することは難しそうだし、文字通りのインサイダー情報では、場合によっては法に触れる。つまり、「ストロング・フォーム」を否定するとしても、その応用を実現することは現実的に難しい。 そうなると、スポンサー(運用するお金の出し手)側では、ファンダメンタルズ分析が有効だと「信じて」アクティブ運用を採用したり、有効でないと考えて手数料が安いパッシブ運用を採用する、というような行動につながるし、運用側も、それぞれに対応した運用哲学を掲げたり、運用商品を開発したりする。■アクティブ運用の有効性との本当の関係 それでは、「市場が効率的でない」とすると、アクティブ運用は有効なのか。また、株式市場そのものは「効率的」であるのか、否か。 面倒だから、まとめて答えてしまうと、現実の株式市場は「効率的」にはほど遠い。しかし、だからといって、アクティブ運用が有効だと言える保証はない、というのが答えだ。 「市場が効率的」という時の「効率的」には、チャンス(つまりミス・プライス)がないことが含意されているから、論理的に考えて、あるアクティブ運用が上手く行くことは、市場が効率的ではないことの証拠になると考えていい。しかし、市場が効率的でないということが、論理的に、すべてのアクティブ運用が有効であることの根拠にはならない。つまり、市場が効率的でないからといって、特定の(たとえば、どこかの投信会社の)アクティブ運用手法が有効であることは保証されない。 現実は、個々の投資家が持っている情報も、判断力も、共に、正しい価格を短期間に発見するに十分なレベルからは、ほど遠い。この点に関しては、理論が求めるようなレベルと比べると、プロも、アマも、お話にならないくらい低レベルで、しかも相対的なレベルは五十歩百歩でかつ不安定だ、というのが、洋の東西を問わず、今も昔も現実だろう。 「ドングリの背比べ」と喩えると、ドングリどうしの長さは、厳密に測ると差が付くし、その差は固定的だから、より正確な比喩として、「株式市場は『ドングリの影の長さ比べ』のようなものだ」と言ってみたい。ドングリは投資家の能力レベル、ドングリの影は投資家の運用パフォーマンスだ。投資家の能力レベルに多少の差があるとしても、所詮ドングリ程度であって、しかも、ドングリの影は、光の当たり具合や、そもそも不安定なドングリ自体の向きの変動によって、伸びたり縮んだりしていて、どのドングリの影が、全ドングリの影の平均を上回るかについては安定しない。 たとえば、ある投資家は、株式投資について、或いは個々の企業について、他人よりも明らかに詳しいかも知れない。しかし、その知識が運用結果に有効に生きるかどうかは、運用をやってみなければ分からない。そして、企業の事情について詳しいことは、多分、運用パフォーマンスを安定的には改善しないだろう。これが、プロ・アマ含めて、たぶん、熱心に勉強した投資家の到達点なのだ。 ちょっとガッカリされるだろうか。或いは、いつまでも刺激があって面白い、或いは、勝つドングリになることの難しさが分かって、一層張り合いが出る、とでもポジティブに考えていただけるだろうか。■市場の非効率性の根拠 さて、「市場は非効率的だ」また「投資家の判断力は(ドングリの背丈並みに)乏しい」と決めつけたことの根拠をまだ説明していなかった。 市場の効率性を否定する実証データとしては、行動ファイナンスの研究などでは、たとえば、ロイヤル・ダッチ・シェル社の株価の英・蘭両市場での理論値からの長期的な乖離(要は裁定が十分働かないということ)、ミューチュアル・ファンドやカントリー・ファンドの市場価格がファンド資産の純資産価値と大幅に乖離することがしばしばあること(これも不十分な裁定だが、ファンダメンタル・バリューからの乖離でもある)、及び、各種のアノマリーと呼ばれるような現象(小型株効果や低PBR効果、リターン・リバーサルなど)を挙げることなどが一般的だ。もちろん、行動ファイナンス系の本や論文でこうした現象を学ぶことも有意義だが、筆者としては、もう二つ付け加えておきたい。 一つには、日本の1980年代後半の株価を含めた資産価格バブルや、アメリカでも2000年に崩壊したネット株バブルのような、少なくとも後から見ると、合理的に説明がつかない、俗に言う「バブル」が市場ではしばしば起こっていることだ。個別の株価ばかりでなく、銘柄群の平均で個別の誤差を均して見ても、「正しい価格」の発見能力が市場にあるわけではないことが、明らかではないだろうか。 もう一つは、実証的というよりも、実感的だが、率直に言って、個別の企業の株価が幾らであるべきなのか、私も含めて、投資家個人が明確な根拠の下に絶対値を求めることがどう見ても不可能だ、という現実だ。個々の企業に関して時間と労力をかけて調査しているはずの証券会社のアナリストのレポートを見ても、企業の1、2年先の収益を予想することに力が入っていても、その数字の活かし方は、せいぜい何らかの修正利益に対する相対PERで見て「高い」とか「安い」とかいったものであり、他の銘柄のものも含めた市場価格に依存した株価判断になっていることから見ても明らかだろう。 率直に言って、トヨタ自動車でもソニーでも、個別の株式の適正株価を財務データだけを見て、独力で求めることは難しい。たとえばトヨタなら、ホンダや日産と比べてPERがどうか、とか、米国のビッグ・スリー(そろそろ死語になるのかも知れないが)と比べてどうなのか、といった銘柄間の相対評価や、トヨタ自身の以前の株価と比べてどうなのか、といった時間的な相対評価、つまり結局は相当程度他人の評価に依存して、適正株価の判断をしているのが現実だ。 しかし、伝統的なファイナンス理論が投資家に要求しているレベルは、個々の投資家が正しい価格を瞬時に判断できるというレベルなのであり(そのためには数千銘柄の相関関係から、将来のキャッシュフローの割引現在価値まで、瞬時に計算できなければならない)、それぞれが正しい判断を行うことが出来て初めて、将来の期待リターンとリスクに関して投資家間の前提条件が一致して、CAPM(資本資産価格モデル)のようなポートフォリオ理論が導かれる(なお、リスクをどれだけとりたいかという点に関しては多様であっても理論構築上の不都合はない)。 ポートフォリオ理論に関しては、投資家の計算能力についても、理論の要求と現実には大きなギャップがある。たとえば東証一部だけでも、ざっと1500銘柄あるが、理論では、投資家は、これらの銘柄の期待リターンとリスク、それにリターンの相関関係を考慮して、リスク・リターンの効率がベストのポートフォリオを(ということは、個々の銘柄の最適な投資比率を)計算することができなければならない。しかし、はっきり言って、それは、亀に腹筋運動をさせようとするくらい無理な要求だ。(2)へ続く
2007年05月04日
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