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2007年08月17日
今回は、「理論」と呼ぶのは適切ではないかも知れないが、アノマリー現象の研究について触れてみたい。アクティブ運用の戦略の大半は、何らかのアノマリー現象を応用ないしは「当てにしている」と言える。つまり、投資家にとって、アノマリーの研究は一種の「道具箱」のようなものだ。道具に好き嫌いがあるように、全てのアノマリーを使いこなさなくてもいいし、使う場合も、そのまま使うというよりは、発想のヒントにするという形が多いかも知れないが、アクティブ運用を考える限り、アノマリーの知識は避けて通れない。■その7.「アノマリーの研究」 「アノマリー」という言葉は、"anomaly"と綴られるが、「既存の理論ないしは法則に対する、例外事象」のことを指す。科学史の世界などでも使われる言葉だが、投資の理論的な研究でも、主に1980年代に、頻繁に使われた。 たとえば、かつて、米国の株式市場では、ある時期に、小型の(時価総額の小さい企業の)株式の方が、市場平均よりもかなりリターンが高いという現象が観察され、この理論的な説明に困ったことがある。当時の標準的な理論では、「株式市場はおおむね効率的(情報が瞬時に正しく価格に反映されることを指す)であり、事前に分かる特定の性質(時価総額が小さいという性質)を持つ株式に投資することで、リスクに見合った以上の投資収益率が得られるのはおかしい」と考えられていたので、小型株の高リターンが上手く説明できず、理論からの逸脱であると考えられ、この現象に対して「小型株効果」(Small Firm Effect)といった名前がつけられて、研究された。 市場平均よりも収益率の良い株式が事後的に見つかることや、ある一時期に、小型株の平均的なリターンが市場平均よりも高いことは、標準的な理論から見ると、単なるデータのブレであり、それ自体が理論と矛盾するというほどのことではない。しかし、小型株のリターンが平均的に高い現象が、かなりの期間にわたって続き、さらに、その現象が発見されてからも続いているとすると、それは、株式市場にあって小型株が誤って安く価格づけられる現象が継続的に起こっていることになり、市場はおおむね正しい価格に到達するはずだという標準的な理論の考え方と矛盾することになる。 何らかの現象をアノマリーと呼ぶためには、偶然だと仮定すると統計的にはあり得ないくらい強い傾向を持って、その現象が起こっていることが、データから確認される必要がある。たまたま数個のサンプルが一つの傾向を示した(たとえば、あるテレビ番組の視聴率の高低と、平均株価の上下変化が、何カ月かにわたって一致していた、という程度の現象)ことをもって、研究者のレベルで、これをアノマリーと呼ぶことはない。 しかし、雑誌や業界紙などの記事や、十分な知識のない著者が書いた投資の本などで、アノマリーという言葉が安売りされることがあるので、こうした場合と、ある程度学術的な研究の裏付けがあるアノマリーとは、区別して考える方がいいだろう。「アノマリー」という言葉を見つけた時には、投資の研究で取り上げられているようなデータの裏付けのあるアノマリーなのか、単に、市場関係者なり、マネー・ジャーナリズムがこの言葉を使っているだけの俗語的な意味でのアノマリーなのかを区別したい。 過去の少なくともある時期に、内外の株式市場で観察されて、学術的な論文でもアノマリーとして研究されたことのある主な現象をリストアップしてみよう。 なお、以下の説明では、「このような(性質を持つ)株式の(平均的な)リターンが高い」という現象の、いわば「アノマリーが効いている状態」のみを簡単に説明しているが、これらは全て、「ある時期にあって継続的に観察されたという現象に過ぎず」それがずっと継続して有効だったというものは、筆者の知る限り、残念ながら、一つもない。また、それぞれは、今後も有効であるべきだという強い理論的な根拠を伴ったものでもない。 なお、何れについても、単に「リターンが高い」と書いたが、これは、β値など既存のリスク指標によっては、説明できないくらい市場平均のリターンよりも高い、というような意味だ。(1)小型株効果: 株式時価総額の小さな企業の株式(小型株)の相対リターンが高い現象。この現象を応用した投資信託が商品化されたこともある(内外両方に例がある)。(2)ネグレクティッド・ファーム・エフェクト: Neglected Firm Effect。アナリストが調査対象にしていない株式の相対リターンが高い現象。(3)1月効果:特に米国で、1月の株式のリターンが他の月に較べて高い現象。1月の初旬に、且つ小型の株式に、集中して起こった場合が多かった。(4)低PER効果:PER(株価収益率)が相対的に低い株式の相対リターンが高い現象。(5)低PBR効果:PBR(株価純資産倍率)が相対的に低い株式の相対リターンが高い現象。(6)リターン・リバーサル:ある時期のリターンが相対的に低い(高い)株式の、次の時期における相対的なリターンが高い(低い)現象。過去5年程度の相対的なリターンに基づく現象から、前月のリターンと、当月のリターンの関係、さらには日次単位のリターンに関するリターン・リバーサルまで、様々な期間に関するリターン・リバーサルが内外の主に実務家の間で研究された。我が国でもフォーミュラ・プランと呼ばれるような運用方式でリターン・リバーサルを応用した投資信託が商品化されたことがある。(7)アーニング・サプライズ効果:決算発表で発表された利益が、事前のアナリストの予想よりもかなり大きかった場合(サプライズがあった場合)に、その会社の株式の相対リターンが高い現象。(8)利益予想改訂のトレンド効果:利益予想の上方(下方)修正の後には、また上方(下方)修正が続きやすいことに伴って、上方修正があった銘柄を、上方修正の発表後に買っても平均的な相対リターンが市場平均よりも高い現象。 上記のリストの中には、たとえば低PBRの銘柄は同時に低PERでもあることが多いといった重複や、上方修正の継続に伴ってリターンが高い銘柄のリターンは、リターン・リバーサルとは逆の傾向にあるはずだといった、相互に矛盾する可能性のあるものも含まれている。また、これらが、アノマリーとして研究されたものの、全てではない。例えば、「低位株効果」という、株価の低い(たとえば50円額面で100円台のような)株式の相対リターンが高い現象が、主に日本の市場で注目されたことがあるし、1月効果の他にも、曜日の効果などが研究された例もある。 これらを、大まかに分類すると、(1)、(2)、(3)は銘柄のカテゴリーや投資の時期に類するものだ。個人的には、ネグレクティド・ファーム・エフェクトは、この種の研究を始めた初期に読んだ本に書かれていたもので、思い出深い。 (4)、(5)は「バリュー投資」(割安株投資)の単純な形のものであり、今日でも応用者が多い。実際に投資家が使う場合、もう少し複雑な尺度に基づく判断をする場合が多いが、複雑なもの、新しいものの方が常にいいとは限らない。 (6)は、米国では、5年くらいの長期の相対リターンに基づくものが有名だが、日本では、1カ月から3カ月くらいのリターンに基づく場合が運用業界で相当に研究されたし、証券会社の株式のトレーダーには、1日、2日単位のものや、もっと短時間の日中のリターン・リバーサルを研究している者が多数居る(多数いすぎて、目下、飽和しているという声も聞かれる)。また、相対リターンの計測の仕方にも様々なバリエーションがあり、日本の運用実務の世界では、一時期かなり研究された現象だ。 グルーピングとして考えると、(4)、(5)、(6)は、他の事情を一定とすると、相対的に株価が下落した場合に、その銘柄の相対的な期待リターンが高いと考えるアプローチなので、株価の相対変化に対して「逆張り」的であるといえるだろう。 逆に、(7)、(8)は、明示的に株価の動きを取り入れている訳ではないが、プラスのアーニング・サプライズや利益予想の上方改訂があった場合には、株価は相対的に上昇していることが多いはずだから、相対的な株価の動きに対して「順張り」的な戦略だといえる。 バリュー投資に対して「グロース投資」は、成長株をじっと保有しているイメージだが、後から見て成長株となる好業績企業は、相対的なリターンが高い時期には(7)、(8)の現象を伴っている。結果的に、長期で保有して、株価が何倍にもなったような銘柄も、保有期間中コンスタントに高い相対リターンを実現し続けているわけではない。理想的には、(7)、(8)が上手く働くときにのみ保有したいところでもあるが、そうはいかずに、長期保有していると、その間に、いい時期が何度か訪れる、というようなパターンになっている。従って、グロース運用といっても、プロの世界のグロース運用は、利益予想の短期的な動向に常に気を遣う、かなり「せわしい」投資になることが多い(漫然と持っているだけの運用者もいるが)。 なお、(7)は、利益予想と発表された利益実績の違いを指すもので、研究としては、この定義で調べたものが多いが、実際には、利益予想それ自体の上方修正・下方修正の方が有効な場合が多い(終わった決算よりも、次の決算に関する予想が注目される)。 また、利益予想は、証券会社などのアナリストによるものと、会社自身によるものがあるが、どちらかと言えば、後者の方がより正確で影響も大きいことが多い。上場企業が自分自身の利益予想を発表することに対しては、客観的でないとの批判もある。しかし、繰り返しの状況における「嘘」は、企業自身のマイナスになることが多いし、より正確な情報を持っているのは、多くの場合、アナリストのような外部の第三者よりも企業の経営者の方だ。証券取引所の要請で、企業自身が利益予想を発表するという日本式のやり方は、投資家にとって、優れたシステムだと思う。 加えて、近年、適時開示の原則が強調されており、企業が情報の公開にあたって、速報性と公正性に、以前よりも格段に気を遣うようになったので、証券会社のアナリストと一般投資家の条件差は、更に縮小していると言えるだろう。
2007年08月17日
■その6.「APT(裁定価格理論)」 思わず、CAPMの批判に力が入ってしまったが、CAPMの後継理論でもあるAPT(裁定価格理論。Arbitrage Pricing Theory)について簡単に説明しよう。 APTは、前述のように、ステファン・ロスやリチャード・ロールが、CAPMの市場ポートフォリオ観測問題に対する批判から出発して、考案したものだ。 先ず、個々のリスク資産(たとえば株式の特定の銘柄)のリターンの変動が、複数個のリターンに影響するファクター(お互いに無関係な変動リスクをもたらす)とその銘柄固有の変動によって説明できると仮定する。そこで、市場の参加者は、銘柄固有のリスクを分散して低下させることができるようにポートフォリオを組むが、この際に、複数のリスクファクターの個々のファクターについて、リスクを負担することに対する超過リターンを求めて裁定取引を行うことが可能なので、個々のリスク資産の期待超過リターンは、個々のリスクファクターに対して市場が与えるリスクプレミアムとその銘柄の当該リスクファクターに対する感応度を掛け合わせたものを、全てのリスクファクターについて足し合わせたものになる。 言葉だけで書くとかえって難しいので、ファクターが1番から3番までの三つあるとして、j番目のファクターのリスクプレミアムをbj、j番目のファクターに対するその銘柄の感応度をβjと表すと、n番目の銘柄の期待リターンRnは以下のようになる。 Rn=β1b1+β2b2+β3b3+(リスクフリーレート) スッキリとした形で、もっともらしいと思われないだろうか。この結論を導くための条件は、ある程度の数の市場参加者が、リスクファクターの構造と、個々の銘柄のリスクファクターに対する感応度を知っていて、リスクファクターについて取引をすればいいだけであり、しかも、個々の投資家がどのリスクを重視するかについては、ばらばらであっても構わない。 APTにあっては、CAPMの「市場ポートフォリオ」が理論上特別な位置を占めるわけではないし、S&P500とか、TOPIXといった、個々の市場あるいは投資家の平均を表すポートフォリオが、必ずしも、平均分散の意味で、最も効率的なポートフォリオであるとは、限らない。つまり、理論に基づいて、市場平均を上回る効率のポートフォリオを作ることができるかも知れないのだ。 ここまでの話なら、この理論は、何となく、いい感じだと思わないだろうか。 なお、教科書的な話を一つ補足しておくと、APTとCAPMは相互に矛盾しない。リスクファクターが一つで、これが市場ポートフォリオのリターン変動ということなら、CAPMはAPTの一つのケースだ、ということになる。 さて、理論としてはスマートだし、応用上も期待が持てる印象を与えるAPTなのだが、いざ、現実の投資にこの理論を応用しようとすると、いったい何がリスクファクターなのか、ということが問題になる。そして、この問題について、「定番」と言える結論はない。 理論としてのAPTは、相互に独立な複数個の(イメージとして、数個から十数個くらいの)リスクファクターがあって、個々の銘柄のこれらに対する感応度が、投資家にとって分かっていると、ごくあっさりと、仮定するだけで、何がリスクファクターなのかは、語ってくれないし、ファクターが何個あるのかさえも、教えてくれないのだ。 多数の銘柄のリターンのデータを力ずくで統計分析して、リスクファクターを割り出す試みがなされたこともあるが、観測する時期や統計分析の方法によってリスクファクターの数が変化したし、ある時期の1番目の(一番大きなリターンの説明力を持つ)ファクターが、別の時期の1番目のファクターと同一なのかどうかも分からないし、また、そのリスクファクターが、具体的に何の意味を持つのか(たとえばインフレのリスク等)が、結局のところ、よく分からなかった。 「今後の研究が待たれる」とでも締め括ってもいいのだが、考えてみると、研究者があれこれ調べてみても分からないようなリスクファクターを、株式市場の市場参加者が理解していて、しかも、その理解が基本的に共通のものだ、というような状況は、現実のものとしては、想像しにくい。 また、CAPMのインチキ応用で、株価指数に対する感応度として定義されたβ値を推定するのも難しかったのに、個々の銘柄の、複数のリスクファクターへの感応度を正しく推定する、ということも簡単ではあるまい。 加えて、ある意味では決定的な困難かも知れないのは、行動ファイナンスの研究を踏まえると、市場での合理的な「裁定」という行為自体が、有効に機能しない可能性が大きいことだ。株価指数先物と、株価指数を構成する現物株式といった、低コストで明確に裁定できるものの場合は、確かに裁定は機能するだろうが、裁定関係が明確でないものどうしの裁定が有効に機能するかどうかは大いに疑わしいし、非合理的な投資家が居た場合でも、必ずしもこうした投資家が市場から淘汰されるわけではないことが明らかになっており、APTにおける裁定の有効性も、かなり怪しい。 しかし、APTの場合も、何らかのリスクファクターを決めてモデルを作り、これをデータに照らして検証したとして、説明力が全くなくても、それは、リスクファクターの決め方や、銘柄毎のリスクファクターに対する感応度の推計の間違いによるものかも知れないという言い訳が可能なので、APT自体は、決して反証されないという、CAPMの場合と同じ、構造を持っている。 あるリスクファクター構造が市場参加者の間で共有されているとすると、こういうことが起こる可能性がある、ということを示している点で、APTの論理構造は、将来、重宝なものになる可能性があるから、APTを忘れてしまうのがいいとまでは決めつけないが、APTも、CAPMと同様、今のところ、現実の資本市場の振る舞いを説明できている理論だとは、とうてい思えないし、個人投資家が、これらの理論を理解して、市場平均よりも高いパフォーマンスを獲得することができるようになるとは、思えない。 今回は、理論をデータで反駁するということが、いかに難しいことであるかということと、そうであるならば、理論の前提や推論過程のリアリティーを厳しく問うべきではないか、ということについて、納得していただけると、筆者としては、嬉しい。
2007年08月03日
2007年08月03日
前回に続いて、投資の理論について、筆者の思うところを書く。内容的には、楽天証券八周年記念講演での筆者の話の大幅な補足といった位置づけということになる。今回は、CAPMとAPTという、モダンポートフォリオ理論の代表選手とも言える二つの理論について、書いてみたい。■その5.「CAPM(資本資産価格モデル)」 通称「CAPM」(日本では「キャップエム」と読む人が多い)、キャピタル・アセット・プライシング・モデル(Capital Asset Pricing Model)は、主として、ウィリアム・シャープの考案によるもので、彼は、この業績によって、ノーベル経済学賞を受賞している。 既に立派な賞をもらっているので、気兼ねなく本音を言うと、筆者のこの理論に対する評価は高くない。 理論の結論を言葉で説明すると、以下のようなものだ。「リスク資産の期待リターンは、リスクフリーレート(無リスク資産の利回り)と、そのリスク資産の『市場ポートフォリオ』に対する感応度(相関係数。これをβ値と呼ぶ)に比例した超過リターンの合計である」。ここで、市場ポートフォリオとは、全てのリスク資産を、そのリスク資産の時価総額のウェイトで保有するポートフォリオのことだ。 たとえば、無リスク資産の金利が1%で、市場ポートフォリオの期待超過リターンが5%の場合、β値が1.2のリスク資産の期待リターンは7%になる(1%+1.2×5%=7%)。 この結論を導く際の主な前提条件と道筋は次のようなものだ。市場参加者が平均分散アプローチの意味で合理的で、全てのリスク資産の期待リターンと相関関係について同じ情報を持っていて効率的なポートフォリオを作るとして、全てのリスク資産の需給が均衡するように取引が行われるとすると、分散投資で低下させることの可能なリスクに対しては超過リターンが与えられず、効率的なポートフォリオでも分散不可能なリスクに対して、個々のリスク資産が限界的に与えている影響に比例した超過リターンが与えられている場合に、全体の辻褄が合う。また、この際に、資金の借り入れと運用は同金利で行うことができて、レバレッジを自由に使うことができて、且つ、取引コストと税金は無視できるとする、といった、簡単化のための仮定もある。 この理論の現実的な教訓は、リスクのより大きな資産にはより大きな期待リターンが必要だとしても、資産のリスクに対する評価は「ポートフォリオの一部として」行うべきであって、資産単独で行うべきではないと納得的に理解できる、啓蒙性だろう。 たとえば、一銘柄として見た場合にリスク(リターンの年率標準偏差)が30%ある銘柄が100あって、これらを一銘柄1%のウェイトで持つと全体としてリスクが15%になり、これが最もリスクとリターンの効率のいいポートフォリオなら、これらの個々の銘柄は、それぞれ15%のリスクに見合う期待リターンがあれば十分だ、ということだ。但し、ここまでは、分散投資のメリットを、個々の銘柄レベルまで分け与えて考えよう、ということだけであって、通常言われるような「分散投資」のメリットの理解を超えるような実用性があるわけではない。 この理論が本当に有効に現実を説明していると仮定すると、実用性は、一気に拡がる。たとえば、β値が1.5と推定することができた銘柄があれば、市場ポートフォリオの期待超過リターンを5%とすると、この銘柄の期待超過リターンは7.5%になるので、これにリスクフリーレートを加えた数字がこの銘柄の期待リターンとなって、たとえば、将来の利益・キャッシュフローを予想することができると、この期待リターンでこれを割引現在価値に直すことで、現在の株価を計算することができる。この点が、CAPMが「プライシング・モデル」と名乗る所以だ。 そこで、アナリストが分析対象銘柄の適正株価を求めたい場合、あるいは、企業買収者が、買収対象企業の同じく適正株価を計算したい場合などに、この理論を使うことになり、こうした応用例は、実務の世界で少なくない。 この理論そのものに対する批判の前に、現実に行われることが多い応用方法を説明しよう。先ず、日本株ならTOPIX(東証株価指数)、米国株ならS&P500あたりを「市場ポートフォリオ」であると仮定して、これらに対する分析対象銘柄のβ値を、たとえば過去60カ月(5年)のリターン・データによる回帰分析で求めて、β値を計算して、さらに適当な値を市場ポートフォリオの超過リターンとして仮定して、その銘柄の期待リターン、即ち割引率を決めて、将来の財務データを予測して、適正株価を求める、というものだ。但し、β値の計算の仕方には、何種類かの方法がある。 適正株価は、将来の利益予想によって大きく変化するが、β値及び、市場ポートフォリオの期待超過リターンによって、大きく変化することは、割引現在価値を計算したことがあれば、実感としてお分かり頂けるだろう(なお、割引現在価値というものの意味がどうしても分からない、という方は、株価の高低が納得的には理解できないことになるので、株式投資はしない方がいい)。 読者は、この「適正株価」を信じてみよう、という気持ちが起こるだろうか。 ちなみに、こうやって求めた適正株価は、現実の株価と比較されて、投資判断に使われることがある。筆者は、このような投資判断のプロセスを、組織で分担して、現実の株式投資に使っていた運用会社を見たことがある(国際分散投資で高名な運用会社だ)。 だが、冷静に考えると、これは、少し奇妙な風景だ。彼らは、銘柄毎の期待リターンを求めるために、CAPMを使って適正株価を計算しているわけだが、このCAPMの導出条件の中では、市場の参加者が個別銘柄(個別のリスク資産)のリターンとリターンの相関関係を知っていてポートフォリオを構成することが前提となっている。しかし、彼らは、個々の銘柄の期待リターンをこれから求めるのだ。これは、自らが使おうとしている理論の前提条件を、自らが否定している姿だ。市場や、理論に対して、謙虚になることはいいことだし、時に必要で有益なことだが、これでは、あまりに馬鹿馬鹿しい。 「理論」で(たいてい「最新の理論」とか「最先端の理論」と来るが)儲けるという話の中には、理論自体が不完全であるか(特定の誰かが儲けられる余地がある、という状態は理論として多くの場合不完全だ)、理論(の論理)は完全であるが使い方が間違っている話が多く、このケースは後者だ。 筆者の結論を言うと、CAPMは、前提から結論に至る論理は完全なのだが、前提が現実とかけ離れていて、使いようがない理論だ。しかし、いったんは認められたために、これが、誤用されつつも、完全には否定されずに、「とりあえず」使える理論のような顔をして実務の世界に残っている。 たとえば、S&P500が「市場ポートフォリオ」であると仮定して、これに対する個別の銘柄のβ値を求めるとして、理論が要求するのは、過去のβ値ではなくて、あくまでも「これからのβ値」だが、これに対する上手い求め方がないのが現状だ。 β値の求め方で、当初一番多かったのは、過去60カ月(5年)のリターンの回帰分析で求めた値を使うものだったが、端的に言って、β値は時間の経過に対して安定していない。理論が指すβ値は、あくまでも「これから」のものであり、過去のβ値ではない。過去のβ値を将来のβ値とする方法は、役に立たないことが、分かった。60カ月以外の期間を使ったり、統計的な処理を工夫したりしてみても、大同小異であり、役に立たなかった。 すると、たとえば、証券会社の株式のβ値は、証券会社の業績が株式市場の繁閑に大いに連動することもあって高いとか、あるいは、概して言えばPBRの高い株のβ値は高いといった、銘柄の属する業種や、一般的属性(「ファクター」と称することが多い)などを、β値の予測に役立てようとするようなアプローチが出てきた。数十のファクターで株式ポートフォリオのリスクを推定する「マルチファクター・モデル」と呼ばれるようなソフトウェアを使って、β 値を求めるアプローチも登場した。このような方法で求めたβ値を「ファンダメンタルβ」などと称することもあるが、過去のデータからの単純な推計よりも、推定精度が改善することは多かったのだが、それでも、個々の銘柄単位で、正確なβ値が求められるわけではなかった。 但し、こうしたマルチファクター・モデルと呼ばれるソフトウェアは、株式ポートフォリオのリスクの大きさと、その性質を具体的に推定することができる道具であり、機関投資家の場合、ポートフォリオの管理及び顧客向けの報告を行う上で、ほとんど必須のツールになっている。こうしたツールを自分で使えないファンドマネジャーは、ほとんど「もぐり」と言っていいくらいのものだ。>
2007年08月03日
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