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10月のこの時期になると、相場の世界では、しばしば「ブラック・マンデー」のことが話題になる。今年は「サブプライム」という恐怖のタネが、既に見えているので、同じような急落はかえって起こりにくいだろうが、当時の記憶と、最近の新聞記事(10月18日付「東京新聞」朝刊の記事を参考にした)を参考に、思うところを書いてみたい。■朝の驚き 1987年10月19日が、後に「ブラック・マンデー」と呼ばれた米国株価大暴落の日だった。ニューヨークダウの幅にして508ドル安、率にして何と前日比22.6%安の暴落だった。508ドルというと今でも大きいが、ダウそのものが2200ドル台なのだから、その凄さは、なかなか想像しにくいかも知れない。翌日の日経平均も14.9%下落した。 筆者は当時28歳だが、某生命保険会社に転職して、運用部門に いた。ブラックマンデーの当日は、中途採用者10名程度を対象にした1週間の研修のために大阪のホテルに泊まっていた。ブラックマンデーを知ったのは、研修 2日目の朝、テレビで前日の相場をチェックしたときだった。さすがに、508ドル安というのは、さすがに驚いたが、「これは面白いことが起こった」と思ったのを覚えている。ただ、当時、日本株は本来の価値に対して大幅に割高だから (日経平均は2万5千円台だった)これぐらい下落しても一向に驚かないという積もりだったが、下落が米国から始まったのが少々意外だった。 こういうときは、ともかく、だれかと話したくなる。隣室のドアを叩いて、まだ眠っていたファンドマネジャーを起こした。大手証券会社から転職してきて、特定金銭信託、通称「特金」の運用をしていた。「○○さん、おはようございます。ニューヨークの株価が508ドル安ですよ!」とドアの外で叫んでみると、「えーっ」と言って、彼はパンツ一丁で廊下に出て来た(おそらく彼の就寝スタイルだったのだろう)。「こんなことがあるんだ」。「あるんですね」。どっちがどう言ったか正確に覚えていないが、そんな話以外に話すことがなかった。二人で顔を見合わせて、げらげら笑い合ったのを覚えている。特に「特金」のファンドマネジャーだった彼は、無理にでも笑って、自分を励ますしかなかったのだろう。 その後、東京の運用部門と連絡を取ったが、ともかく様子をみるしかない、ということになった。当然ながら、研修にはさっぱり身が入らなかった。■ポートフォリオ・インシュランス ブラック・マンデーの初動の原因には諸説あるが、下げ幅・率がこれだけ大きなものになった原因としては、「ポートフォリオ・インシュランス」と称する運用手法がアメリカの機関投資家に普及していたことがあげられる。 ポートフォリオ・インシュランスとは、運用額が一定の時期に一定の価値(たとえば元本の80%以上)を維持するように、株式などリスク資産の「エクスポージャー」(実質的な組み入れ率、リスクのこと)を調節するプログラムで、オプション価格理論を使ったコールオプションの複製の考え方を応用するテクニックとしてもてはやされていた。 しかし、運用手法としての実質を考えてみると、将来の株価の動きに応じて、その理由に関係なく、自動的に損切りをする仕組みと株価が上昇したときには株式を買い増しする、何とも愚直な順張りプログラムであって、それ自体、感心すべき対象ではなかった。だが、オプション価格理論のある程度複雑な数式と手法のネーミングの上手さで、当時は、それなりに運用手法として認められていて、これを専門に提供する投資顧問会社もあったのだ。 それでは、ポートフォリオ・インシュランスが無事に機能したかというと、ポートフォリオ・インシュランスを使っていた多くの運用資金が、予定以上の損失を出してしまった。 この時、教訓とされたのは、オプション価格計算の基礎になるボラティリティーは急変することがあるのでオプション価格理論の応用が上手く行かなくなることがある、ということと、特にこの際に、自分の売買自体が価格に影響を及ぼすこと(「マーケット・インパクト」という)によって、同様にオプション価格理論が機能しなくなること、などであった。 ポートフォリオ・インシュランスは、昔のように「高級なノウハウ」のような捉えられ方はしなくなったが、それでも、同様の考え方、行動は機関投資家の運用の中に潜んでいることがある。 一応、常識の見地からこれを批判しておくと、最大のポイントは、株価の下落には、何らかの理由があるはずで、これに関わりなく株を(予め決められた量だけ)売る、と「先に決めておく必要はない」ということだろう。■機関投資家のデイトレ 東京新聞の記事には、当時ファンドマネジャーだった方の回想が出ている。この方だったか、誰だったか覚えていないが、1987年当時、機関投資家の一部では、新日鐵のような流動性の高い銘柄で、当日中に売り買いするような、現在のデイトレに近い取引を行っていた。当時の雑誌だったか、新聞だったか忘れたが、電話の受話器を手に括り付けて、腱鞘炎になりながらも、売り買いに没頭するファンドマネジャーの話が出ていて、さすがに同僚達と呆れたのを覚えている。証券会社から見ると彼は、神様以上に御利益のある「歩く手数料」であった。 当時は、まだ固定手数料の時代だったし、機関投資家の場合、マーケット・インパクトも大きいので、このような取引が上手く行き続けるはずがないことは、少し考えてみると分かりそうなことだったが、機関投資家とはいっても、株好きの個人投資家と大差なかったのだ。現在の練度の高い個人投資家の方が、当時の生保の特金のファンドマネジャー(もちろん個人差はあったが)よりも遙かに洗練されていると思う。 日本の機関投資家は、ブラックマンデーが反省材料になって、運用を見直し、この種の運用を止めておけば良かったのだが、翌年、下落を取り返してぐんぐん上がり始めた株価は、結果として、彼らに誤った自信を植え付けて、バブルはさらに強化されてしまったのだった。■政策当局の間違い 東京新聞の記事で興味深かったのは、ブラックマンデーの当時、対策を検討した、元大蔵官僚(以下、「X氏」とする)の回想が載っていることだ。 当時の大蔵大臣は「政界きっての経済通」といわれていた故宮沢喜一氏であった。まだ、相場が不安定であった88年の年初、X氏は、宮沢大臣に、特定金銭信託の会計処理にあって、含み損の計上をしなくていい(要は取得原価で評価していい)とする特例措置の発動を進言したという。直後の3月期末にかけて、処分売りが出ることを恐れ、これを止める措置を取ると、株価が反発するのではないかと考えたようだ。 記事によると、「効果はあるんですか」(宮沢)、「はい、必ず株価は上がります」(X氏)というようなやりとりがあって、結局、この措置が発表され、1月6日の株価が前日比1215円も上がったという。 このエピソードは、日本の株価下落を水際で止めた美談として紹介されているのだが、筆者は、あまり感心しない。 実際に値下がりしたものを「見ないことにする」会計処理が、正しい経済判断を生むはずがない。将来価格が下落しても、それを会計上認識しないで済む、というのであるから、株式に対するリスク判断が正しく行われなくなる。 そもそも、株価が急落した時点で、その株価水準が妥当なものであるかどうかを考えるべきだろう。妥当な水準の株価よりもまだ高いのであれば、それを一時的に持ち上げることは、悪質な問題先送りだ。筆者は、このケースについて、政治家や官僚の「見識」とは、所詮この程度の頼りにならないものである、という悪しき教訓として、このエピソードを理解する。 なお、その後、宮沢氏は首相時代に公的年金の資金を株価の買い支えに使う通称「PKO」(プライス・キーピング・オペレーション)と呼ばれた愚挙を決断する。一方、X氏はある地方銀行の頭取になったが、この銀行の経営を倒産寸前の所まで悪化させた張本人(少なくとも責任者ではあった)となる。 その後1980年代の終わりまで続いた、日本株の大バブルは、ブラックマンデー以後の日銀による過剰な金融緩和が大きな原因となったというような通説があるが、これは、これとして認めるとしても、本来あるリスクを、リスクとして認識しない、「リスクの誤認」が大きな原因となったことを強調しておきたい。 当時、信託銀行のファンドトラストや、証券会社の営業特金といった金融商品では、顧客が借り入れられる金利(たとえば「長期プライム」)の「ポツイチ上」(0.1%上、ということ)で利回りを「握って」(要は利回り保証して)、セールスを展開していたのだからたまらない。ファントラであれば、信託銀行がお金を貸してくれて、さらにその利回り以上で運用利回りを保証してくれるというのだから、兆円単位の運用にのめり込んだ会社(商社に多かった)があったのもやむを得ないし、株価がさらに上昇したのも無理はない。■教訓 個人投資家にとって、ブラックマンデーの教訓は何だろうか。当たり前だが、株価とは頼りないものだし、大きく下落することがある、と知っておくべき事と、事実をごまかして認識してはいけないという事の二つだと筆者は思っている。
2007年10月19日
10月2日の「日本経済新聞」の夕刊に、「『長寿投信』販売が低迷」と見出しの付いた記事が載っていた。発売から10年以上経過した投資信託の販売が日本では低迷していて、全体の純資産残高は5%にとどまるという。米国のミューチュアルファンドの場合は、逆に純資産額の65%が設定後10年以上のファンドで占められているという。原因は何だろうか。■新しいファンドの方が売りやすいか 日経の記事の分析では、日本で「長寿投信」が売れないことの主な原因を、古い商品の売りづらさに求めているようだ。「金融機関が運用の実績ではなく『売りやすさ』から投信を販売しているという」というコメントを紹介し、金融機関が新商品に宣伝や販売を集中させることから、古い投信が相対的に売れなくなると説明している。 だが、それなら、古い商品にも宣伝や販売を集中させればいいのではないだろうか。それで売れるのであれば、慣れた商品の方が売りやすいだろうし、ひいては扱い商品数を増やさない方が、販売会社も運用会社も共にコストと手間を節約できる。 ちなみに、記事によると、日本株投信では、「長寿投信」のパフォーマンスが対TOPIX(東証株価指数)で2.7%上回っているのに対して、設定1~3年の投信は3.1%下回っているのだという。運用実績から見ても、長寿投信の方が売りやすいではないか。 新しいファンドの方が売りやすいかどうかについては、今のところ、はっきりした結論が出ない。アメリカの数字を見ると、新しくなくても売れている。しかし、日本では、過去の証券会社の販売経験から来る販売現場の感覚としては、今のところ「新商品の方が売りやすい」という印象が未だにあるかも知れない。特に1980年代の後半から1990年代にかけて、新商品の方が、イメージが良くて売りやすいという理由で、運用期間中に追加設定ができず、半年から2年程度クローズド(解約ができない)で、期間が5年程度の「スポット」と呼ばれる商品が、各社から、毎月のように設定される時代があった。 だが、その後、1990年代の後半から、投信は数を絞って長期間売るようにすべきだという監督当局の、当然といえば当然の指導が行われ(新ファンドは認可を受けなければいけない)、また、ファンドの一本一本に監査費用が掛かるようになった、といった制度変更もあって、投信会社は扱い商品数を絞る方向に向かうようにはなった。 とはいえ、証券会社でも、銀行でも、これまでのところ現実に新しいファンドの方が良く売れているので、販売現場が、新商品の方が売りやすい、という感覚を持っている可能性はある。■「長寿投信」が売れないもう一つの理由 日経の記事に言う「長寿投信」が売れないもう一つの理由として考えられるのは、長寿投信の手数料が安いことだ。日本株投信で見るとしても、近年発売されたファンドには、販売手数料が3%、信託報酬が年率1.5%(消費税込みで1.575%)くらいのものが多い。一方、10年以上前に設定されたファンドには、販売手数料2%、信託報酬0.8%くらいのものが幾つかある。 なお、販売手数料は、ファンドによっては販売会社が自由に設定できる場合が多く、近年はこのタイプが多いので、投信を購入する場合に、どこを通じて買うかは重要だ。家電製品を買うときに、インターネットの価格比較サイトで、安い販売店を探すように、金融商品を買うときにも、どこで買うと安いのかを(合わせて「便利なのか」も)考える必要がある。同じファンドを、銀行を通じて買うと3%手数料を取られるが、別の販売チャネルだとノーロード(販売手数料0%)で買えるというような事例もある。3%というと、ざっと長期金利の2年分だ。 手数料が安いとなぜ売れないのだろうか。普通の経済原理を考えると、手数料が安くて、しかも先の日経の記事のように、「長寿投信」の方が運用成績はいいのであるから、こちらが売れて当然と思えるのだが、そうはなっていない。 その理由は、投信を販売する金融機関が、手数料の安いファンドを一所懸命に売らないことに尽きる。もちろん、運用会社の方でも、信託報酬の高いファンドの残高が伸びる方が嬉しいので、同じ日本株投信で、先に存在しているローコスト・ファンドは、ある意味では目の上のたんこぶであり、早く残高が減って、償還できないものかと内心では思っている場合がある。営業努力の圏外に置かれている「長寿投信」には、何やら、弟ばかりが可愛がられて、親に冷たくされている兄のような寂しさを感じなくもない。 手数料が高いファンドの方がよく売れる、という現象は、1990年代に、新設の投信会社が多数参入して、証券会社の販売窓口を争った際に発見された法則だった。それまでの、A証券はほぼ子会社のA投信委託のファンドだけを売る、という関係の時分は、手数料を抑えて売ろうと努力した投信委託会社もあったのだが、1991年から外資系の投信会社が参入し、外資系の会社の幾つかが、証券会社の販売現場をよく観察して、手数料引き上げの競争に火をつけた。日本株投信でいうと、90年代初頭には信託報酬が0.8%程度のものが多かったのだが、1998年くらいからこれが平均1.5%程度に上昇した。 今回の日経の記事を読むと、結局、日本の投資信託のマーケットは、顧客が商品を選ぶのではなくて、販売会社が顧客に買わせる商品を選ぶ、という構造を抜け出していないことが分かる。■過去の成績を重視すべきか? ところで、日経の「長寿投信」の記事の末尾には、米国では最低3年以上の運用実績があって、成績のいいファンドに資金が集まる傾向があると指摘するFP(ファイナンシャル・プランナー)のコメントが紹介されている。これは、正しいのだろうか。 運用業界の立場から見ると、顧客が運用成績を重視して購入するファンドを決めるという原則が貫徹される方が運用の仕事に緊張感が伴っていい、ということが言えよう。 しかし、これまでの学術的な研究では、過去の運用成績と将来の運用成績は、ほぼ無相関だという結果が多い。つまり、過去に成績が良かったファンドに投資しても、その後の成績がいいとは限らないのだ。 現実をドライに眺めると、「過去の運用成績がいいファンドは、これから買うにもいいファンドだ」という考え方は、運用業界、販売業界が顧客に信じ込ませようとしているフィクション(作り話)なのだ。心情的には過去の運用成績を気にしないのはどうかと思うが、過去の運用成績をよく見るとファンド選びを幾らかでも改善できるというほど、投資の世界は甘くないのだ。 過去の運用成績が将来の運用成績に無関係だとすれば、投信を買おうとする投資家は、どうするのがいいか。これは、ある意味ではつまらない話だが、投資家にできる運用の期待値の改善手段は、手数料が安いファンドを買うしかない、ということになる。 そう考えると、手数料が安い頃に設定された「長寿投信」は、お値打ち品だ。販売会社は積極的には教えてくれないので、自分で探すしかないが、アクティブ・ファンドを買いたいと思う投資家は、設定時期が古い長寿投信の中から、手数料の安い掘り出し物を探すといい。「長寿投信」の残高が、運用会社の意に反して、じわじわ伸びるようなことになると、少し面白い。投資信託がもっと顧客の側を向くきっかけになるかも知れない。
2007年10月05日
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