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(3)マクロ経済環境や金融環境 日銀のコラムだから、当然、マクロ経済と金融環境に対する言及がある。「マクロ経済環境や金融環境も、こうした市場参加者の投資行動に重要な影響を与え得る。例えば、先進国では、実質経済成長率が高くインフレ率が低い時期に、株式ブームが発生する傾向が指摘されている」とある(セントルイス連銀の研究の紹介だ)。 低金利の下では、生命保険やヘッジファンドなどが、逆鞘の解消や運用収入の確保を目指して、リスクテイク行動を強める、との指摘もある。 次に、高い実質成長率と低いインフレ率が長期間にわたって併存してくれるのは、さて、いったい何時のことになるだろうか。もちろん、日銀の現在及び将来の金融政策も大いに関係する。(4)バブル崩壊!(情報の非対称性の顕在化と流動性低下) バブルの崩壊に関する日銀コラムの記述は次のようなものだ。 「このように、銀行や市場参加者のリスクテイク行動が前傾化し、それが自律的に増幅されていくと、バランスシートにリスクを過小評価した資産が積み上がり、金融システムに不均衡が蓄積される、そして、金利上昇や資産価格の下落などをきっかけに、不均衡は急速に巻き戻されていく」。 また、この巻き戻しの過程では、「金融取引に内在する情報の非対称性や運用・調達期間のミスマッチに関する問題が顕在化し、混乱が増幅される」とある。 それが「いつ」なのかが分からないことが難しい点だが、不均衡が蓄積されると、小さなきっかけで、日銀が言うところの「巻き戻し」が始まる。「巻き戻し」と一言で言うと簡単だが、市場関係者にとっては、ここからが痛みの始まりだ。 そして、投資家がリスクの過小評価に気づいても、直ちにリスクの正しい評価に辿り着けるわけではなく、情報の非対称性の存在は、逆方向に極端な評価にもつながりうるし、気づいていなかったリスクの存在と情報の不在の認識が急に拡がることによって、金融市場に混乱が起こる。上昇相場では、市場参加者にリスクを見せずに済ませることに役立った情報の非対称性は、下落相場では、どこが底になるのかが見えない恐怖を増幅する役割を演じるようになる。 また、リスク縮小の最も手っ取り早い方法は資産の売却だが、これによって資産価格が下落すると、値洗いによるデレバレッジ(レバレッジの巻き戻し)を誘発するとの指摘もされている。さりとて、値洗いが悪いのではなく、それまでの行動の結果を引き受けているにすぎない。 加えて、資産の売却が思うように進まないと、金融機関は流動性の問題に直面して、対象資産以外の資産も売却対象とするようになって、資産価格の下落が他の商品にも拡がって行く。サブプライム問題でも、金融機関が市場の流動性不足で売るに売れない証券化商品を抱えたために、資金繰りに苦しみ、これまで問題がなかった資産まで売るようになって、危機が波及した。こうした過程について、「金融市場レポート」7月号は、かなり詳細に分析しているので、興味のある方は一読されるといい。 日銀の「金融市場レポート」7月号のコラムは次のように結ばれている。「金融市場での取引が停滞すると、市場流動性が低下し、そのことが銀行や市場参加者の資金流動性の低下を加速させることで、市場環境はスパイラル的に悪化し、金融混乱の様相が深まることになる」 現在、米国の金融市場が直面している問題の構造は、要約するとこういうことなのだ。
2008年08月15日
昨年の夏から本格的に顕在化した米国の「サブプライム問題」は、その後丸1年が経過したが、まだ沈静化の兆しがない。プライム層向けの住宅ローンの焦げ付き発生や、消費者信用に関わるデフォルトの発生や関連損失の計上など、サブプライム・ローン関連にとどまらない問題の拡がりを見せている。 サブプライム問題の背景には、米国の住宅及び住宅金融ビジネスのバブル的な拡大とその崩壊があったことは衆目の一致するところだろう。在任中のグリーンスパンFRB議長は、米国の住宅市場について「バブル」という言葉を使うことを慎重に避けて、「フロス」(細かな泡のこと)という単語を使ったりもしたが、今や、規模が大きくてたちの悪いバブルが存在したことについて反対する人はほとんどいないだろう。ヘッジファンドの破綻や金融機関の行き詰まり、巨額損失、景気減速といった悪いニュースを、金融緩和、減税、証券会社や住宅金融機関に対する救済策の発表などで対症療法的に緩和しつつも、事態はまだよくなって来ない。諸々の要素が既に市場には織り込まれているとしても、差し引きすると、今後も米国の住宅価格が下落するだろうという重苦しさが残っている。 サブプライム問題は、何といっても、その規模が大きく、世界経済の需要と信用拡大を牽引する米国で起こったので、影響範囲が広い。しかし、構造的に、特別に新しい問題ではないように思われる。典型的なバブルの発生とその崩壊だ。 本稿では、日本銀行の2008年7月の「金融市場レポート」の12ページ以下の囲みコラム「金融不均衡の蓄積と混乱発生のメカニズム:先行研究に基づく整理」を参考にしながら、バブルが発生するメカニズムと、その崩壊過程での影響の伝播について、一般論として整理してみたい。このコラムは3ページほどの小文ながら、ポイントを突いた的確な整理だと思う。このコラム以外にも「金融市場レポート」の7月号は優れた分析を提供しているので、勉強熱心な投資家には、一読をお勧めする。(1)きっかけとしての金融技術革新や規制緩和 大まかに「バブル」と我々が呼ぶ金融市場の現象について、日銀流には「金融不均衡の蓄積」ともっと上品に呼ぶらしい。 さて、ご紹介するコラムでは、「クレジット・ブームの起点の一つは、金融分野における技術革新や規制緩和である」とバブルのきっかけが説明されている(下線は原文。以下全て同じ)。経験的に振り返ってみるに、この認識は正鵠を射ていると思う。過去20年くらいの間に頻繁に起こった大小のバブルでは、確かに新しい金融技術や制度の影響があったように思う。 たとえば、日本の投資家にとっては、80年代後半の株式市場のバブルが忘れられないところだが、この時にも当時としては重要な技術革新があった。それは、特定金銭信託によって企業が簿価分離をした株式運用が出来るシステム、あるいは信託銀行が提供したファンドトラスト(顧客の資金を預かって信託銀行が一任運用する)という商品が登場して、個人ばかりでなく、企業が株式市場での運用に走ったことだった。特定金銭信託で証券会社がアドバイスをする(実質的には一任運用に近かったが)ものや(通称「営業特金」)、ファンドトラストでは、俗に「握り」と称せられた利回り保証が慣行となっていて(当時から違法であったが、こうした慣行はあった)、投資家顧客の側が、この運用には損失のリスクがない、とリスクを誤認した(結果的に多数の利回り保証が履行されなかった)結果、大量の法人資金が「財テク」(「財務テクノロジー」の短縮語)の掛け声の下に株式市場に流入して株価を押し上げた。 大小のバブル及びその崩壊に関連する金融技術を思いつくままに挙げてみると、以下の表のようなリストができあがった。(表)バブルと新しい金融技術バブル或いはその崩壊(通称)新しい金融技術或いは制度ブラックマンデー(1987年)ポートフォリオ・インシュランス日本の株式バブル(1980年代後半)特定金銭信託、ファンドトラスト、「握り」LTCMショック(1998年)ヘッジファンド(レバレッジ)米ネット株バブル(1999年~2000年)ネット企業の株式日本の新興市場バブル(~2006年)M&Aブーム、IPO神話米国不動産バブル(2000年代~現在)住宅ローン証券化商品日本の不動産ミニバブル(~2007年)投資ファンド、REIT(不動産投資信託)商品バブル?(~現在)商品指数連動ファンド これらの中には、ネット企業の株式のように、金融技術的には普通の株式なので、厳密には「新しい金融技術」と呼びにくいものもあるが、無限に近い成長イメージで数百倍のPERで株を買わせたストーリーは、プライシングの難しい新しい金融商品を生んだわけだから、実質的には新しい金融商品の誕生だったと整理していいだろう。 「ホンネの投資教室」の79回目でご紹介したリチャード・ブックステイバーの「市場リスク暴落は必然か」(遠藤真美訳、日経BP社)でも説明されているが、バブルは、単純な景気の循環や、実物的なショックから起こるものというよりは、新しい金融的複雑性が新たな収益機会とリスクの誤認がきっかけとなって、ブームが起こり、やがて次のステージに進むケースが殆どだ。(2)リスクテイク行動の前傾化 日銀のレポートのコラムに戻ると、「技術革新や規制緩和による新たな収益機会のもとで、銀行や市場参加者のリスクテイク行動が前傾化すると、金融市場内部に、あるいは金融市場と実体経済の間に、正のフィードバックが作用し、金融取引の拡大が増幅されてゆく」とある。 この過程では、金融機関の資産の時価評価が収益を生むと共に、担保価値の上昇や、リスクテイク能力の拡大をもたらす。こうして生じた信用拡大は、実体経済にもプラスのフィードバックをもたらすことが多いので、ブームは一段と本格化する。 原文に下線が引いてある「リスクテイク行動の前傾化」とは、再び上品な言い回しだが、銀行でいうと、儲かっている分野に対する貸し出し競争が起こるし、投資銀行(要は証券会社)なら、自己資金での投資にも傾斜する、といった状況だ。 この過程に関して、日銀のコラムが十分分析できていない点があるとすると、それは、金融市場のプレーヤーのインセンティブと制御に関わるエージェンシー関係とそのコストだろう。 たとえば、ヘッジファンドのファンドマネージャーは、自分が属する会社やそのグループのために総合的に考えられたリスク管理の下に収益を追求するのではなくて、成功報酬ボーナスなどによる、自分の利益を最大化するのだ。もう少し詳しくいうと、成功報酬は一種のコール・オプションだから、ファンドマネージャーは自分のファンドのボラティリティーを極大化することで、このオプションの価値を最大化できる。加えて、成功報酬は1年単位で、いったん取ってしまえばこれを返還することはない。更にいえば、毎年ファンドを解散して利益を実現するわけではないので、ファンド資産の「時価評価」に基づいて1年の利益を評価してパフォーマンスを確定してしまうと、「勝ち逃げ」が可能になる。 ここまで極端でなくとも、住宅ローンのセールスマンも、モーゲージ商品の組成者もトレーダーも、あるいは格付け会社のアナリストや経営者までが、こうしたインセンティブ・システムの下で個人の利益を極大化する行動を取っている。 一方、それぞれの業務には専門性や情報の非対称性があるから、株主から見た経営者、経営者から見たトレーダーやセールスマンといった、エージェンシー関係にあるエージェント(代理人)がプリンシパル(雇い主)の利益のために動くかどうかは、極めて心許ない状況だ。加えて、ブームのただ中にあっては、トレーダーやセールスマンを管理すべき経営者も自らの成功報酬追求に血眼だし、場合によっては、株主も同様だ。ただ、エージェンシー関係の階層が追加されるたびに、制御が甘くなっていくことは否めない。 バブルの背景には、新しい金融技術があるというのはその通りだと思うが、ブームが生じてバブルに至る過程の中では、個人の行動を制御し切れない組織の問題、つまり、人的なミス・マネジメントが必ずあるように思える。 日銀のコラムは「市場参加者のリスクテイクは、リスク認識の限界から、過度に進む可能性がある」と続くが、これは、金融機関や金融システムあるいは、集団としての投資家といった単位で見ると、市場に参加する主体がリスクを正しく認識できていないように見えるかも知れないが、個々のプレーヤーの単位まで分解してみると、必ずしも全員が「リスク認識」を誤っている訳ではない。 敢えてもう一歩踏み込むと、こうした「リスク認識の限界」に見える状況を作り出すところに、新しい金融技術の役割がある。 もちろん、ただ一人の金融マンがバブルの設計図を描いてこれを実現するわけではなく、金融業界が集団的に機能してそれぞれの役割を果たしながら、バブルを作っていくわけだが、「新しいアイデアでブームを起こし、これをバブルにして稼ぐ」という過程は、成功報酬型のインセンティブ・システムを持つ金融マンたちの一種の集団的ビジネス・モデルとして、パターン化されつつあると見ていいのではないだろうか。 日銀のコラムは、ブームの中期の平穏な状態が続くときに、市場参加者が、金融危機が発生するかも知れないという認識を極端に低下させることや、「緩んだリスク評価が、投資家の群衆行動によって、見過ごされる傾向がある」と指摘している。この時期は、金融マンにとっての書き入れ時になる。 コラムがさらに指摘するように、「競争相手が資産価格上昇の波に乗って高収益をあげているときに、自分ばかりが低収益ではいられない」という心理も働く。この心理は、特に、日本の競争状況の機微をよく表していると思う。日本の金融マンは、通常、ウォール街の金融マンほど強烈なインセンティブ・システムに晒されているわけではないが、企業単位の競争状況は、彼らに対する強力なインセンティブとして作用する。その2へ
2008年08月15日
■第一話 ピーター・リンチの15分 ■第二話 1500兆の1%のリターンの源泉 ■第三話 名目GDP下方修正の衝撃 今回は株価とマクロ経済の関係について、筆者の頭に浮かぶ話を三つご紹介する。 ■第一話 ピーター・リンチの15分 運用会社では、マクロ経済を話題にすることが多い。先ず、社内の運用方針に関する会議はマクロ経済の現状分析と見通しから議論が展開されることが多く、運用会社内のエコノミストばかりでなく、運用に関係する社員の大半がマクロ経済の話題に参加することが多い。また、顧客に対して、運用方針や、運用の結果について説明(あるいは「言い訳」)するときにも、マクロの経済環境から話を始めるのが定石だ。 経済に対する大まかな把握や見通しがあって、これを前提としてアセット・アロケーション(資産配分)を行ったり、ポートフォリオの大まかな運用方針(株式なら業種のウェイトなど)を決めたりするのではないか、というのが、顧客から見た、運用会社の仕事のイメージだろう。もちろん、そのような手順で実際に仕事をしている運用会社は、少なくないのだが、率直に言って、マクロ経済の分析から運用戦略を立てるやり方は上手くいかないことが多い。なぜだろうか。たぶん、理由は複数ある。 一つには、マクロの見通し自体の難しさだ。たとえば、GDPの成長率見通しを大まかに何パーセントといった見当をつけることはそれほど難しくないが、これは誰でもできる。ここで有効な差をつけるためには、コンマ何パーセントといった単位でより正確に予測ができなければならないのだが、こうなると急に難しい。 ここで、GDPに対して株価はどうなるという決定に関して実用になる精度のモデルがあるといいのだが、そのような都合のいいものに辿り着くことはほぼ絶望的だ。 その理由というか事情は、以下のようなものだ。先ず、GDPの値が株価にとって重要だとしても、自分たちなりの予測が得られたとしても、これが他の市場参加者の予想に対してどのような位置づけにあるのかということを知らなければならない筈だ。そして、より望ましくは、他人の予測がどの程度現在の株価に反映しているのか、ということが分からなければ、自分たちの予測を、戦略としてどう生かしたらいいのかが決められない。GDPの予測そのものに始まって、インプットにこれだけとらえ所のない曖昧なものがあるのでは、厳密なアウトプットが得られるはずがない。加えて、株価に影響するのは、明らかにGDPだけではないから、仮にGDP成長率が当初の予測よりも0.5%増加するといっても、その他の条件によって、株価はプラスにもマイナスにも変化する。 結局、運用戦略の立案、言い換えると運用競争の勝ち負けにあって、マクロの経済分析は「実用上役に立たない」のだ。 この辺りの事情を考えるときに、筆者がいつも思い出すのは、確かジョン・トレイン(運用者を取材した著作が多いライター)のインタビューに答えたものだったと記憶しているが、フィデリティ社のマゼラン・ファンドの初代ファンドマネジャーとして有名なピーター・リンチ氏の台詞だ。彼は、マクロ経済や株式市場全体の上下について考えるかという質問に対して、「イエス。ただし、一年間にせいぜい15分くらいだけれども」と答えたという。彼は企業の分析に集中した。 これは、彼のお気に入りの回答だったらしい。なかなか気の利いた答えだと、筆者も思う。では、それでも、運用会社が延々と会議でマクロ経済の話をするのはなぜだろうか。たぶん理由が二つある。 一つには、社内の誰でも何か意見が言えて、話をすること自体に何となく有難味があるマクロ経済の話が運用会社にとって適当だということだろう。もう一つは、もっとはっきりしていて、それは、顧客を煙に巻くのに(或いは、運用の言い訳をする際に)、誰もが関心を持っていて、何とでも言えるマクロ経済がちょうどいい話題だからだ。 ■第二話1500兆の1%のリターンの源泉 「貯蓄から、投資へ」。たぶん20年間以上聞いて、もう聞き飽きたキャッチフレーズだが、筆者は証券会社に勤めているのだし、その趣旨に反対はするまい。しかし、これを推進しようとする人達の話の中には、聞くに堪えないものがある。たとえば以下のような感じだ。 「皆さんいいですか、日本には、1500兆円もの個人金融資産があります。この資産の運用で、もう少しリスクを取って、仮に平均1%のリターン改善が得られたとすると、年間15兆円ものお金になります。15兆円というと、GDPの約3%ですから、日本人が運用を改善するだけで、成長率で3%分も豊かになることができるのです。・・・・」読者は、この話のおかしさが直ぐにお分かりになっただろうか。 これは簡単な話で、15兆円の追加的な収益がどこから生じるのかを考えると直ぐに分かる。仮に、国内の株式でリスクを取るのだとすれば、15兆円追加で儲けるためには、大まかに言って日本の企業が純利益で「GDPの3%もの」利益を追加的に毎年稼ぎ出さなければならないのだ。これは簡単ではない。 投資先を海外にすると、事情は少し複雑になるが、投資に向かっている資金は日本人のものだけではないし、「日本のGDPの3%分」に相当する利益を新たに見つけて自分たちだけのものにしなければならない。 リスクを取ると、どこからともなくリターンが湧き出てくると思っているおめでたい人が、たぶん、日本も政府ファンド(日本版SWF)を作ったらいい、などと言うのだろう。 ちなみに、日本版SWFの根本的おかしさは、運用できる資金があるなら、これは国民に返す方がいいということだ。「民間でできることは、民間で」が、かの構造改革のキャッチフレーズだったが、資金の運用こそ「民間でできること」の代表だ。 ■第三話 名目GDP下方修正の衝撃 第一話でも書いたように、マクロ経済と運用戦略を適切に結びつけることは絶望的に難しい。しかし、「事後的に」マクロ経済と株式市場の間に成立している関係がないわけではない。特に、近年の日本株は、景気敏感の側面が強く出ている。 そう考えると、衝撃的だったのは、先般(7月23日)に内閣府が発表した、2008年度のGDP成長率予想の改定値だった。 2008年度について、これまでの予測は、実質成長率が2.0%で名目成長率は2.1%であった。GDPの「名実逆転」の解消を予想していたわけだ。 しかし、今回発表された改定値を見ると、実質成長率が1.3%に対して、名目成長率は0.3%にすぎない。GDPデフレーター、つまり日本の付加価値生産ウェイトで計算した物価は、まだまだデフレなのだ。 しかも、輸入物価は対前年比10数%、企業物価も5%前後の上昇と、企業の仕入れコストの方だけが急にインフレだ。 生産者にとっては、売値がデフレで、仕入れがインフレという「最悪の組み合わせ」で、目下利益が圧迫されている。こうした状況を見ると、さすがに、株価に対して弱気に傾きそうになるが、さて、どうか。 しかし、ここで踏みとどまって考え直すと、現状は、(1)企業にとって「最悪」で且つこれは新しく生じた事態なので株価は「売り」、なのか、或いは、(2)「最悪」の状況で形成されている株価が現在の株価なのだからむしろこれは「買い」なのか、相変わらず難しいことに気づく。 敢えて、結論は出さない(実は、出したくても、出ない!)。どうすればいいのかは、読者自身にお考え頂こう。
2008年08月01日
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