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(1)なぜリーマンブラザーズは救済されなかったか (2)投資銀行ビジネスモデルの弱点 (3)ユニバーサルバンクは大丈夫なのか 9月15日に米国のリーマンブラザーズが米破産法第11条を申請し、破綻した。相前後して、バンク・オブ・アメリカによるメリルリンチ買収の合意と保険大手AIGの経営危機が報じられた。これを受けて内外の株価が大幅な下落を演じるなど、混乱が発生し、本稿執筆時点でも収まっていない。 昨年夏に本格的に表面化したサブプライム問題から引き続く一連の状況は、今後に対する示唆に富む多くの教訓を含んでいると思うが、今回は「投資銀行」という業態に焦点を当てて、気づいたことをいくつかメモ的に書いてみたい。 今年に入って、ベアー・スターンズ(米国第5位)、リーマンブラザーズ(同第4位)、メリルリンチ(同3位。ブローカーとしては第1位)と投資銀行の大手の挫折が相次いで表面化した。ビジネスモデルとして見たときの米国型の投資銀行の限界が現れているのではないかというのが、本稿の問題意識の根底だ。 (1)なぜリーマンブラザーズは救済されなかったか ベアー・スターンズ、AIGが救済されて、なぜリーマンブラザーズが公的資金で救済されなかったのかについて、一貫性がない、或いは影響が大きいのだから公的資金をリーマンに投入することをためらうべきでなかった、とする意見が散見される。9月17日朝刊の社説も6紙(全国紙4紙、日経、東京新聞)のうち4紙がそういった論調だった。 しかし、(A)大原則は民間会社への税金投入はしない、しかし(B)金融システムに深刻な影響がある場合はこの限りにあらず、という原則で米当局は一貫しているように思う。 ベアー・スターンズは問題表面化から深刻化が急で検討の時間がなく(B)のリスクが残ったし、AIGは金融取引の保証(CDS:クレジット・デフォルト・スワップ)の帳尻がこの会社に多額に集中していたので、同社の破綻が銀行システムに甚大な被害を与える可能性があった。推察するに、リーマンブラザーズに関してはゴールドマン・サックス出身のポールソン財務長官は、影響の限定性を見切ると共に、リーマンブラザーズのような会社を税金で救済することのモラル上の問題を熟知していたのだろう。彼は、リーマンについて公的資金の投入を考えたことは「一度もない」と言明した。 たとえば、サブプライム問題の原因となった不動産関連の証券化ビジネスにあっても、リーマンブラザーズは大きなリスクを取ってビジネスを展開し、問題表面化までは、大いに稼いでいたはずだ。このビジネスの担当者も経営者も、そこから大きな成功報酬をボーナスなどの形で得ていたはずだ。これで、ビジネスが不調に陥った場合に政府に救済されるということなら、リスクの過剰な拡大を誘発してしまうだろう(いわゆる「モラル/ハザード」の問題だ)。 (2)投資銀行ビジネスモデルの弱点 リーマンブラザーズのような投資銀行のビジネスモデルでは、(1)市場から資金を調達し、(2)多くの場合レバレッジを掛けて、(3)リスク商品への投資/トレーディングを行う、というものだ。加えて、(4)トレーダーから経営者に至るまで、成功報酬のシステムで処遇されるので、彼らには、取れる限り最大限のリスクを取る経済合理的なインセンティブがある。 成功報酬制度は経済的には「コール・オプション」なので、ボラティリティー、つまりリスクが大きいほど価値が上昇する。すなわち、投資銀行型のモデルにあって、リスクは可能な限り上限まで拡大する傾向がある。つまり、経営基盤のしっかりしている投資銀行は、その基盤が許す限り最大のリスクを取ろうとするので、投資銀行は大きくても、小さくても、一つの失敗で一気に危機に至る性質を持っている。 従ってプレーヤー(担当者)レベルでも会社をごまかしてより大きなリスクを取りたいというインセンティブが働くし、経営者も成功報酬なので、会社が大きなリスクを取ることで自分の持っているオプションの価値が上がる。 ここでリスクをごまかすための小道具が、リスク評価の難しい証券化商品のようなものを作り出す「金融工学」や、土地は値下がりしないとか、ネット企業は無限に成長するといった「○○神話」の類だ。 金融工学やその産物であるデリバティブは建前上、リスクをヘッジし、制御する手段だということになっているが、使用者の利害を金融工学的に理解すると、これがむしろリスク拡大の手段に使われがちであることが、容易に理解できるはずだ。プレーヤーは資本家から、リスクの形で富を盗み出すのだ。リスクと価値が交換可能であることは、オプションの初歩が理解できれば分かることだ。 「『個人』を制御することが難しくて、リスクが過大に拡大する傾向があること」が投資銀行ビジネスモデルの第一の弱点だ。 加えて、成功報酬というオプションが行使される期間が1年で、将来大損をしても、過去の報酬を返さなくてもいい点にも、問題がある。将来の損失の可能性と引き替えに、1年だけ収益を膨らませることができると巨額の報酬が手に入る。しかも、多くの場合、利益の評価は在庫の時価評価に基づいて行われる。この場合、自分のトレードが価格を一時的に動かすことができれば、将来のリスクと引き替えに、1年分の好業績を手に入れることが出来る。ALM(アセット・ライアビリティー・マネジメント)風に言うと、株主の利益と社員個人(しばしば経営者も含まれる)の利害のセッティングに、期間のミスマッチが存在するのだ。 この第一の弱点に関しては、かつてのゴールドマン・サックスのような基本的に無限責任のパートナーシップ制の経営体であれば、投資銀行のオーナーとプレーヤー(社員)の利害のミスマッチにある程度対処することができるだろう。 しかし、大きな資本の必要性と株式によって調達した他人の資金を使うことのプレーヤー(経営者を含む)にとっての魅力もあってか、今や、大手投資銀行は株式を上場している。この形を取ることで、現代の投資銀行は、プレーヤーが資本家をカモにする舞台装置となった。 また、特に米国型の投資銀行のビジネスモデルでは、市場から比較的短期の資金を大量に調達している。今回のリーマンブラザーズのように業績が悪化した場合や、市場からの信用が低下した場合には、直ぐに資金コストが上昇しやすいし、資金調達自体が難しくなる。これが、直接的には、今年に入ってから、全米3、4、5位の投資銀行が吸収されたり、消えたりした原因だ。 投資銀行と比較すると、商業銀行は、預金という比較的安定的な資金源を持っている。 たとえば、メリルリンチが大手商業銀行であるバンク・オブ・アメリカに吸収されると、投資銀行としてのメリルリンチは安定した資金供給源を得て一息つくことになるかも知れないが、さて、金融システムとしては、それでいいのだろうか、というのが次の問題だ。ギャンブラー達を銀行の金庫の中に呼び込んでも大丈夫なものなのだろうか? (3)ユニバーサルバンクは大丈夫なのか 答えは明らかだ。大丈夫なはずがない。 欧州の大手銀行には、投資銀行業務を併営するユニバーサルバンクが複数あるが、今回、サブプライム問題では、いくつかの銀行が巨額の損失を抱えた(まだ全てが表面化していないかも知れない)。 こうした銀行の幾つかでは、トレーディングやリスク商品への投資といった投資銀行業務に、商業銀行本体やプライベートバンキングで築いたクレジットをいいように使われてしまっているのではなかろうか。 リーマンブラザーズを経済倫理の原則通りに処置できるかどうかを決める際に問題となったのは、銀行システムへの影響の多寡だったはずだ。投資銀行という「限度(以上)までリスクを拡大する装置」を、マネーセンターバンクの中に取り込むということは、最悪の場合、金融システム全体が危機に晒されるようなリスクを取り込んだことになっているのではないだろうか。 技術的・情報的に先端の分野を収益の源にすることが避けられない以上、投資銀行ビジネスで、プレーヤーの行動も含めたリスクを完全に制御することは不可能だ。 サブプライム問題の深化に伴う世界的な金融業界再編では、投資銀行は商業銀行に吸収されるか、或いは投資銀行の側が金庫代わりの商業銀行を手に入れるかする公算が大きい。投資銀行の個々のプレーヤーにとっては、他人のお金で大きなリスクを取ることができて、稼いだ場合にボーナスを弾んでくれるなら、お金の出し手はだれでもいい。また、欧州の大手ユニバーサルバンクは、すでに自行内に十分にリスキーな規模の投資銀行部門を抱えている。 こうした経営体の存在は、金融システムの根幹に、投資銀行的なリスク(限界を破って拡大しようとするリスク)を深く取り込んでしまったことを意味するのではないだろうか。 日本の過去数十年の金融行政は、銀行を大切にして、銀行の収益源を強化し、日本にもユニバーサルバンク的な銀行を作り上げて、これを世界レベルで競争させようとしてきたように思われる。大手銀行は、いろいろな形で、今一つ様にならないながらも、証券業務を手掛けてきた。今のところ、世界の金融界に向かって、これが日本の投資銀行だと言えるようなものは完成していないが、これが完成することは、将来の金融システムにとっては恐ろしいことだろう。 日本でも、世界でも、投資銀行的なリスクを銀行システムの根幹からどう隔離するかについて、真剣な検討が必要だろう。
2008年09月19日
(1)よく指摘される弱点(2)「基準化」で失われる情報(3)ファンド選択の系統的間違い クオンツ運用とは数量的な分析に基づく運用のことで、運用業界の慣用的な表現だ。通常、コンピューターで大量のデータを処理し、あらかじめ決められたプログラムに基づいてポートフォリオを動かすような運用を指す。俗に「システム運用」などと呼ばれることがある。データ処理が「数量的」であることと、運用が「プログラムされている」こととは、本質的には別々の性質だが、統計的に抽出した何らかの性質をそのまま運用に生かそうとするアプローチの性質上、両者が一致していることが多い。 同時に統計的な性質をポートフォリオに反映させようとするアプローチの性質上、株式運用の場合、数十銘柄から数百銘柄に及ぶ銘柄数を保有することが多く、アプローチとしては機関投資家向け(年金運用、投資信託からヘッジファンドまで幅広く)の運用手法ということになるが、運用方法の長所・短所を考える上では、個人の運用の参考にもなるだろう。 (1)よく指摘される弱点 クオンツ運用の弱点としてよく指摘されるのは、(1)過去のデータに基づくので市場環境の変化に弱い、(2)運用ルールが硬直的、(3)真似されやすい、といった点だ。 これらのうち、最も本質的な批判は(2)だろう。(1)と(2)は深く関連しているが、より本質的なのは(2)の方だと思う。過去のデータに基づいて運用に関する判断を行うとしても(残念ながら、未来のデータに基づくことは不可能だ)、たとえば2008年の4月時点では2008年3月までのデータを使って運用方法を考えればいいが、2008年の10月になる時点でも2008年4月に考えた運用方法を使っているとすると、2008年の4月から9月までの情報が運用に反映していないことになる。理屈上は、運用の方法全体も含めて、各時点時点で判断を行えばよく、過去の方法を将来にそのまま当てはめるのは怠慢だ。 一方、面白いことに、運用業界の人も含めて、世間の人がクオンツ運用を褒めるポイントもここにあることが多く、「システム運用は、その時々の人間の相場観に影響されない点がよい」と讃えられることがしばしばある。確かに、その時々のムードに影響されて投資家が判断を誤ることはよくあるから、こう言いたくなる気分は分からなくもないが、本当は賢くない。プログラム化された運用は、いわば最初の時点で「こういう時には、こうするのがいい」という頑固な相場観が注入されているのであって、システム運用に相場観がないというのは誤りだ。 真似されやすい、という点については確かにそういう側面もある。ただ、似たような観点で似たような銘柄が買われるという現象は、ファンダメンタルズに基づく運用でも普通にあることで、この場合は、アナリストやファンドマネジャーなど人間が判断に介在するので、真似に気づきにくいだけだ。クオンツ運用の場合、ポートフォリオをコントロールするプログラムを完全にコピーされると似た運用ができやすいだけに、真似の可能性が強調されることが多く、商売上は、何らかの有り難みのある「ブラックボックス」の存在を主張することが多い。 ただ、料理で言えば、レシピを完全に公開しても作り手によって味の差があるように、ポートフォリオの運用も実際上の細かな手順まではプログラムに書き尽くせない場合が多く、運用者の立場から見ると、完全に同じ運用というのは、案外少ない筈だと思う。 余談だが、年金運用のコンサルタントの運用会社に対するヒアリングなどに立ち会い、半可通のコンサルタントが運用の仕組みを根掘り葉掘り聞いた後で「この方法は他社にも真似できるのではないか。御社の独自性はどの部分にあるのか」などと質問するのを聞いて、「ろくに分かっていないくせに、質問だけは面倒だな」などと可笑しく思ったことがあったが、こういう相手にももっともらしく受け答えしなければならないのが年金運用の商売だ。手続きに納得すれば、どこかの運用機関を選んで推薦してくれるのだから、丁重に扱うに限る。 (2)「基準化」で失われる情報 さて、前記の(1)、(2)に関連して、クオンツ運用のよくあるアプローチに系統的な弱点が一つあるように思うので、以下に書いておく。 端的に言って、データを加工する際の手順で重要な情報が失われているのではないかということだ。 例としてバリュー運用を考えてみよう。最もシンプルに低PERのポートフォリオについて検証しようとすると、クオンツ運用の運用者は、典型的には以下のような手順を取る。 1. 過去のそれぞれの時点に関して銘柄毎のPERのデータを集める。 2. PERのデータを偏差値に基準化する(大まかに言うと、生データと母集団の平均の差を取ってこれをデータの標準偏差で割った数字に変換する)。 3. 偏差値に比例したアクティブ・リターンを個々の銘柄に与える。 4. アクティブ・リターンとアクティブ・リスクを最適化させるように(通常はオプティマイザーと呼ばれるプログラムを使って)ポートフォリオの最適化計算を各時点に対して行う。 5. 各時点の情報を使って最適化されたポートフォリオをつなげた場合の運用パフォーマンスを測定して、結果が よければ、「よし!」とつぶやく。 6. 実は、ここから後のいわば「チューニング」が現実的には重要なのだが、説明に関係ないので以下のプロセスは省略する。 基準化とは、大まかにどんなイメージかというと、たとえばPER20倍が平均で、銘柄ごとのPERのバラツキの標準偏差が5 (倍)であった場合、PER15倍の銘柄については「+1.0(標準偏差)」のスコアを与えるのが基準化の作業だ。相対的に高くも安くもない銘柄のスコアは0.0になる。このように、データを標準偏差単位に基準化しておいて、1標準偏差= 2%といった調子でこれに比例したアクティブ・リターン(市場平均を上回るリターン)の期待値を与えてポートフォリオを作り、そのポートフォリオのパフォーマンスをテストするのだ。基準化の際に、データは「絶対値」と「バラツキの大きさ」を情報として失うのだ。 これはちょうど、模擬試験の点数を偏差値に変換することによって、その年の受験生の絶対的レベルの情報が失われたり、点数のバラツキの大きさが調整されてやはり情報としては捨象されたりすることと似ている。模擬試験の場合は、その集団が本番の試験に臨んで、相対的な点数で勝負するので、偏差値をベースとした情報処理で受験戦略を考えても大きな問題がなさそうだが、ポートフォリオの運用ではどうなのか。 (3)ファンド選択の系統的間違い ここで、運用会社が自社の運用の考え方を説明するときによく使う言い回しを思い出すと、彼らは、「価格の歪みが修整されるプロセスを利用して超過リターンを獲得する」というような言い方をする。これを、PERを基にしたバリュー運用に当てはめると、相対的にPERが低い銘柄のミス・プライシング(価格形成の誤り)が修整されるプロセスを利用してアクティブ・リターンを獲得することを目指す運用だ、ということになる。 ただ、ここで、過去のデータのテストと今後の運用パフォーマンスの関係について考えると、過去にこの戦略の成績が よかったということは、たとえばPERの絶対的なバラツキが観測期間にあって縮小した結果だと考えることができる。 データを基準化してしまうと、たとえばPERの平均が同じ20倍だった場合でも、一標準偏差が8(倍)だったのか4(倍)だったのかといったデータの性質が消えてしまう。仮に、一標準偏差が8倍から4倍に縮小するような変化が起こった場合、利益に大きな変動がなければ、運用者の考えの通りに「価格の歪みが縮小した」ことになるが、問題はこの価格修整が今後も継続しうるかどうかということだ。このケースの場合、PERの相対的格差が縮小しすぎたか、縮小しすぎになっていないまでも今後の修整のポテンシャルをあらかた使い尽くしてしまった状況である可能性が大きい。 また、平均値についても、たとえば市場の平均PERが40倍の時の低PER効果と、17倍の時の低PER効果では、効果が異なる可能性が大いに考え得る。 こうした問題が繰り返し頻繁に起こっていると思われるのは、ヘッジファンドの選択だ。ヘッジファンドを選択する場合、「トラックレコード」と称する、直近過去の運用成績を見て、これが優れているものを採用する傾向が強いが、こうしたファンド選択を行うことで、「ポテンシャルを使い尽くした残り滓」のようなファンドを選んでいる可能性が大きい。 運用の舞台裏を考えると、トラックレコードが「運用の腕」を表しているのだと素朴に信じてはいけない場合が多い筈だ。そもそも成功報酬の条件(特にヘッジファンドの場合、運用者側が有利だ)で資金をヘッジファンドに預けること自体がファイナンス的意思決定としてはあまり利口でない場合が多いのだが、ファンドの選択でも自分勝手な解釈で間違いを犯すことが多いようだ。こうした間違いは、大なり小なりレバレッジが掛かっていない通常の投資信託の評価にも当てはまることがあるので、個人投資家も注意が要る。 クオンツ運用の話に戻ると、基準化したデータで過去を調べることと共に、生データの平均と標準偏差自体の変化を調べることが重要だろうということだ。典型的なクオンツ運用のプロセスや株式ポートフォリオをコントロールするマルチ・ファクター・モデルと呼ばれるソフトウェアなどのデータ処理から見て、この点が盲点になっている可能性は小さくないと思う。 もちろん、この現象はコンピューターによる数量分析に頼らない場合にも重要だから、個人投資家も、たとえば割安・割高ということを考える場合に、注目した尺度の絶対値やそのバラツキにも注目するといいだろう。
2008年09月05日
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