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時々小雨の降る中、表丹沢の水無川本谷を遡行した。本谷を下からつめまで歩き通したのは40年ぶりである。珍しく大人数での山行である。 かっては丹沢の沢を代表する沢だったと思うが、最近では他の沢にその座を奪われてしまったようだ。表丹沢の沢は家から近いこともあって、金のない学生時代にはよく歩いた。しかし不思議と水無川本谷にはあまり縁がなかった。憶えているのは1月に一人で遡行した時の滝を覆った薄いベルグラだけである。当時は丹沢の沢を岩の訓練として登山靴で登る人が多かった。この時も登山靴で登ったことが記憶にある。 1ヶ月前の気温と、6月を迎えようとする日の気温ではなかった。夏ならば必要もないのにシャワーを浴びて喜ぶのだが、皆水を避けての遡行だった。メンバーの中に沢は初めてというものがいて、全ての滝でロープを出した。それでも3時間強の時間で塔ノ岳の山頂に立った。沢の中では先日の東沢では蕾だったヒメレンゲがここではよく咲いていた。 下山後、他のメンバーは別のイベントがあり、一人先に帰途についた。林道を運転中、ヘルメットを持って歩く二人の登山者がいた。話相手を求めて車に誘った。どこを登ったと聞くと、私たちと同じ本谷だと言う。しかし沢の中間まで登って、書策新道で降りてしまったらしい。彼らは大阪から転勤で神奈川に住んでまもないそうで、今回は初めての丹沢だと話した。初めての丹沢に水無川本谷を選ぶ人がいることは、まだ丹沢を代表する沢の地位を保っているのかもしれない。
2010.05.30
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なんだか1週間前に歩いた丹沢と同じような発想の山行になってしまった。すなわち沢をアプローチにして道のない尾根から山頂へというルート取りの山行である。違うのはアプローチに使った沢が癒し系とも言ってよいような明るい沢だったことか。 それにしても雨がよく続いた。この日も雨の山行を覚悟していたが思ったより早く天気が回復した。それでもまだ天候は不安定で、歩き始めた頃から雷鳴が聞こえている。玄倉川流域の東沢は岸辺の様子から20cmほど降雨時より水位が下がったようだ。あまり水が少ないよりも、この程度の水量があった方が沢らしいと思った。以前同時期にこの沢を歩いた時は、水に濡れた岩一面にヒメレンゲの黄色い花が咲いていた。今年は天候不順のためか、小さな蕾を付けているだけだった。 水が涸れてから西丹沢特有のザレた斜面を登ると東沢乗越だ。ここから同角ノ頭へは通常はいったん同角沢に下り、対岸の尾根を登るのだが、今回は直接同角ノ頭に向かう同角尾根と呼ばれる尾根を歩いてみた。この尾根にはキレットというちょつとした難所がある。初心者が同行していることもあり、このためにミニバイルとロープを用意した。ルートは思ったより安定していたが、せっかくなので道具を駆使して突破した。 同角ノ頭は丹沢のピークの中でも私の好みの上位に位置する。見てよし、頂上での憩いもまたよい。ブナの林の中に点在しているシロヤシオはやっと咲き出したばかりだったが、瑞々しい新緑のブナ林は、この季節の丹沢の宝だ。
2010.05.27
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新緑の眩しいブナ林からなる丹沢の尾根を歩きたかった。場所はまだトレースしたことのない竜ヶ馬場東尾根とした。竜ヶ馬場東尾根とは東丹沢の塩水川水系のキウハ沢と四町四反ノ沢とに挟まれた急な尾根である。尾根の取付までにはキウハ沢にあるゴルジュがあるので取り付きにくい尾根である。ゴルジュは徹底的に巻くことも考えられるが、沢も楽しもうと沢靴を用意して沢通しに通過するつもりだった。 寿尾根に付けられた経路を利用して堰堤を二つ越えた所で沢に降りた。墜落した戦闘機の慰霊碑を過ぎるとゴルジュが始まる。最初の顕著な滝は小さな釜を持っている。ヌルヌルした左壁から落口で水に入って越えた。後続を水に入ったままでロープで確保したが、水の冷たさに負けそうだった。狭い廊下状を水に浸かって進むと同じような小滝がある。水が多く濡れなければ突破できそうもないので、少し戻って左のカンテ状の岩から巻くつもりで登る。ロープを出さないと沢には戻れそうもなかったので、なおも斜上した。次第に明瞭な踏み跡に導かれるようになり、とうとうゴルジュの上まで来てしまった。 竜ヶ馬場東尾根は終始急な尾根だった。標高差は約700mあるが下部にはモミの木が目立った。次第にブナ主体の林に変わり、それとともに薄い霧の中に入った。新緑は予想通りの瑞々しい姿であったが、ブナの中に点在するシロヤシオはまったく開花していなかった。今年は春の低温のためかツツジの開花は2週間近く遅れ気味と聞いた。少しは咲いていると淡い期待を持っていたので少々がっかりした。 稜線が近づくと背の低いミヤマクマザサが出てくる。そしてブナ林が疎らとなる。このあたたりのミヤマクマザサは地を這っているように丈が短い。素人考えだが鹿による食害のためだろうか。東丹沢では食害のために姿をほとんど見なくなったスズタケと違ってミヤマクマザサは食害には強く、このようにまとまって生き残っているようだ。
2010.05.20
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雪山は先週の穂高を最後にしようということは前から決めていた。しかしその後の山は漠然と丹沢の尾根歩きや乾いたクライミングを主体にするつもりだったが具体的には白紙だった。穂高から1週間たって、やっと少しずつカレンダーが埋まってきた。 今日は誘われて広沢寺・弁天岩のクライミングを楽しんだ。休日にもかかわらず想像していたような大混雑はなく、ストレスなく登れた。気候もよかったし、同行者もガツガツ登るタイプではなかったので私には好都合だった。しかし相変わらず自分の登攀力にはがっかりだ。久々だったというのは言い訳にはならない。登れないことを自覚し、つまらぬ怪我をしないように岩と付き合う必要を痛感した。
2010.05.16
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ゴールデンウィークが終わってからの週末だったからか登山者は少ないようだ。岳沢は小屋の再建工事中で資材運搬のヘリの騒音はあるものの、登山者は一人に会っただけの静かさだ。小屋を見下ろす岳樺の疎林が広がるやや急な尾根を整地してテントを張った。テントは我々のみで、他人との関係を気にしなくてもよい世界が私は好きだ。 翌日は奥明神沢から前穂を目指した。効率よい斜度と締まった雪に面白いように高度は稼げる。頂上まであと少しというところで、凍った雪の斜面が現れるようになった。パーティーの実力を考えると下山が心配だった。リーダーの私はメンバーに相談することなく即敗退を決断した。よく世間では「引く返す勇気を」と言う。引き返すには勇気なんていらない。リスクをおかす勇気を持つの方が数段難しい。 時間は十分ある。下降が少し不安なメンバーのためにロープを出した。登る時は雪面ばかり見ていたが、下りは景色がよく見えた。下山を始めてすぐに恐ろしい落石を見てしまった。このルートは安全な休み場がない。のんびり下りたいところだが、死にたくない一心で汗をかきながらベースに戻った。
2010.05.10
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なんだか最近は古き思い出をたどるような山が多くなってきている。前回の雨飾山からの金山・天狗原山もそのひとつだ。大きく変わったと感じる山もあれば、変わっていないと感じる山もある。今年は残雪が多いと言われている。以前の山行の時はどうだったかと思い、古い写真を探した。 古い写真を見るのはいろいろな意味で興味深い。時々見ていると、不思議とその写真に写っている前後の記憶が鮮明なのに気づく。記録や写真がない山の記憶はすっかり忘れてしまっているのと対比すると不思議だ。そして写真に写っている我が身を見て年を感じることもある。 雨飾山は当時と比べて最近はバックカントリーと呼ばれている遊びのゲレンデと化してしまったが、金山や天狗原山の静けさは昔のままだった。今回は焼山や火打山の黒さに驚いたが、当時の写真では同じ時期とは思えない白い姿をしていた。こんな山登りに興味が移っているのは、いよいよ私の山も登山口に近づいてきている証拠なのだろうか。
2010.05.07
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雨飾山は2000mにも満たない山である。しかも3000m級の山が連なる北アルプスに隣接している。それでも深田百名山にもなっている名峰である。深田久弥は雨飾山を「つつましやかな、むしろ可愛らしいと言いたいような山」と表現している。しかし雨飾山は布団菱という岩場があったり、スキーに適した斜面もあったりする変化に富んだ山である。見てもよし、登っても面白い山ある。 今年のゴールデンウィークは早くから小谷温泉を基点にして雨飾山から金山・天狗原山を歩くことに決めていた。地味で渋いコースかもしれないが、連休の混雑とは無縁の静かな山を楽しみたかったためだ。 1日目は雨飾山に登り、茂倉尾根を金山方面に少し歩いた稜線上にテントを張った。テントからは雨飾山がよく見えた。南からは形のよい三角形に見える雨飾山だが、テントからの姿は布団菱を正面に抱き左右に大きく翼を広げたような姿を見せている。 翌日は終始背後に雨飾山と北アルプスを背にして金山、そして天狗原山に登った。ルートは始め細い雪稜をたどるが、尾根は次第に幅の広くなり、最後は雪原のような山頂となる。当初は3日間かけてのんびりと歩くつもりだったが、のんびりできない性格が出てしまい、2日間の山になってしまった。
2010.05.03
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