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本校の研究のスターとなった本である。この本を読み返してみると次の2つのこと(もちろん2つだけでなく、もっとたくさんあるのだが)が分かる。(1)「話し合い」を充実させたものが「協同的な学び」ではないこと(2)学びが「外に向かう」とは、学習したことを日常生活に生かすということではないということ(2)について、佐伯氏は「学びへの誘い」のなかで、次のように述べている。 ・・・・・ 大切なことは、実験にしろフィールドワークにしろ、その場で得られたデータの意味づけを慎重にし、しかも恐れることなく、実践に文脈を広げていく、ということである。 「実践の文脈まで意味を広げる」ということは、特定の観察結果を抽象化もしくは形式化した「法則」にまとめ、それを実践場面に適用するという、いわゆる「応用」とはまったく異なる。 むしろ、特定の「結果」や「事実」をもとに、日常、私たちがなんとなく当たり前だと思っていることや、無意識のうちに勝手に想定していた前提にあらためて焦点をあてて、それらを根底から疑ってみることである。 ・・・・・やはり、これまでの授業とは、まったく異なるものをめざしているということであろう。また、現在取り組んでいる「総合的な学習」とも異質なものである。「基礎・基本から発展へ」とか「まず、しっかりとおさえるべきことはおさえて」というような考え方では、「協同的な学び」の実現から遠ざかっていくばかりであろう。
2005.03.31
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この1年間、子どもたち同士のかかわり合いを大切にするために、いくつかクラスの中で日常的に取り組んだことがある。そのなかでも、ある公立小学校で紹介されていた「4つの声」を大切にするという取り組みは、効果的であった。 4つの声とは、(1)驚きの声(2)疑問の声(3)問い直しの声(4)納得の声 この「4つの声」を勧め、授業の中で取り上げて認めていくことで、しだいに子どもたち同士のかかわりが生まれていったように思う。また、同時に○うなずきながら、友達の話を聞くこと○つぶやきの声は、3秒以内でなどのルールを決めて取り組んだ。 もちろん、形式化したことに課題は残るが、この取り組みは、「共同体」としてのクラスづくりにつながったと考えている。 ただし、学び合う(意味のある)共同体づくりに必要なことは、学習訓練ではなく、そのよさを「伝え」共同体としての学びに「誘う」ことであろう。
2005.03.29
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教室の中で「協同的な学び」をめざすとき、子どもたち同士のかかわり合いを「背伸びとジャンプ」として捉えなくてはならない。この「背伸びとジャンプ」はヴィゴツキーの「発達の最近接領域」にもとづくものであるが、佐藤学氏は「習熟度別学習の何が問題か」のなかで、次のように述べている。・・・・・ 「共同学習」において、教師はわからない子どもをわかる子どもが援助する「教え合う関係」を求めがちですが、「教え合う関係」は一方向的であり「共同学習」を貧弱なものにします。「教え合う関係」と「学び合う関係」は決定的に違います。 ・・・・・ すべての子どもが「背伸びとジャンプ」としての学びを遂行する授業を行うには、教科書よりもやや高いレベルの内容を設定し、同時にわからない子どもの疑問やつまずきを積極的に取り上げる必要があります。 ・・・・・ 学びは、「媒介された活動」による新しい世界との出会いであり、教師や仲間との対話による「背伸びとジャンプ」なのです。 ・・・・・ 「発達の最近接領域」とは、他者とのかかわり合いの中で到達できる学習のレベルは、ひとりで学習して達成することができるレベルより高いということである。3才の我が子の様子を見ていると、「他者」とのかかわりの力を実感する。たまたま今、4才になるいとこが新潟から来ているのだが、この2週間は、ものスゴイ成長ぶりだ。 しかし、ヴィゴツキーの本は読んでいるものの、そのままの本を読むことは難しい。この「習熟度別学習の何が問題か」のなかに、次のいくつかのヒントが見える。(1)子ども向けに分かりやすいものではなく、すべての子どもにとって「難易度が高いもの」を教材(学習材)として設定すること。(2)子どもたちのつまずきや素朴な疑問を積極的に取り上げること。授業のために必要なものとして認識すること。 つまり、これまで私たちがもっていた授業観を、180°転換させなければならないということであろう。
2005.03.29
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佐藤学氏の「教師たちの挑戦」は、発売と同時に購入した。しかし、私の手元に届いたときには「ただの話し合い(討論)か」という感想しか持つことができなかった。それは、この本が、教師だけでなく一般の方を対象としていて、読みやすく書かれていたせいであろうか。しかし、私が「協同的な学び」をめざすと決めたものの、取り組みの糸口さえつかめずに悩んでいたときに、そのヒントを与えてくれたのがこの本であった。まずはじめに、私のこころに止まったのは次の一文である。 ・・・・・ 疑問(question)を問題(problem)に移すには、他者との疑問の交流が必要である。 ・・・・・ ちょうど理科の研究の中で、素朴な疑問を見通しをもたせることにより課題意識まで高めることがテーマであったかからか。しかし、この一文により、この本に書かれていることが単なる「話し合い」ではないことに気付かされた。他にも、「協同的な学び」の実現をめざす上でヒントとなることがたくさん詰め込まれている。 ・・・・・ 学びは新しい世界との〈出会い〉と〈対話〉であり、教師と仲間の対話による〈背伸び〉と〈ジャンプ〉である。 学びに挑戦している子どもは、柔らかで気高く、そして美しい。 ・・・・ 子どもの発言を「聞く」ということは、次の三つのかかわりにおいて発言を受け止めることを意味している。一つはその発言がテキストのどの言葉に触発されたものなのかを認識すること、二つ目はその発言が他の子のどの発言に触発されたものなのかを認識すること、三つ目はその発言がその子自身のその前の発言とどうつながっているのかを認識することである。 教師が、この三つのかかわりにおいて一人ひとりの発言が聞けるようになると、テキストを媒介として一つひとつの発言が織物のようにつながってくる。 ・・・・・ 学び合い探求し合う教室では、ひとりの発見が他の子どもの発見をよびおこし、新しい気づきの連鎖が生まれる。 ・・・・・ 探求し合う教室を創造する教師は、「もどす」ことの意義を熟知している。しかも、「もどす」ことに熟練した教師は、高いレベルの学びに挑戦することに積極的である。課題が子どもに困難なときには、その前段に「もどす」ことで再出発できるし、グループ活動に「もどす」ことによって、一人ひとりの参加を促し、多様な個と個の擦り合わせを組織して高いレベルの学びを実現することが可能になる。 ・・・・・ この本を読むことにより、理科の理論の中に「挑戦意欲」が中心をしめるようになった。そして、今後の本校の研究に対し、この「教師たちの挑戦」は、次の2つのことを指摘していると考える。(1)「協同的な学び」の実現をめざすとき、「ペア学習か、グループ学習か」「どのように話し合わせればよいのか」などの話題が中心なるのではなく、もっとダイナミックでクリエイティブ(新しい発想で)に授業づくりに取り組まなければならないこと。(2)子どもたちが、かかわり合うことができないとき、子どもたちの能力(しっかりとした考えをもつことができないなど)や学習訓練(話し合いのスキルなども含めて)の問題ではなく、教師やその集団(文化的実践をめざす共同体になっていないという意味で)に問題があること。 この本は、「協同的な学び」「背伸びとジャンプ」を実現させるという視点で読まないと、その凄さは分かりづらい。しっかりと熟読し、その凄さを受け止めたい。
2005.03.29
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今、私のすむ町で、ちょっとしたブーム?が起こっている。 なんと、本屋さんに「3びきのかわいいオオカミ」が並んでいるのである。それも1冊ではなく、5冊も!このブームの火付け役は、私の妻である。 町の子育てサークルにこの本をもっていったところ、2人の保健婦さんが、この本を購入しよう本屋さんに予約。購入した本を町の保育園の保母さんに紹介。あっという間に、「話題の1冊」である。である。 しかし、本屋さんで見つけたとき(1番目立つところに置いてあった)、本当にびっくりした。 本の内容は、「3びきのこぶた」のこぶたとオオカミの立場が、まったく逆転したもの。大人が読んでもとてもおもしろい。そして、結末が「教育上」とてもいい。「3びきのこぶた」では、オオカミをこらしめておしまいだが、「3びきのかわいいオオカミ」では、なかよくなって終わる。オオカミたちが、最後に「花の家」を建てたところに、新しい見方がある。 この本は、本校の先生方の間で話題になった本であったが、「口コミ」には、スゴイパワーがあると感じている。
2005.03.28
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この週末に、1冊の本を読みなおした。佐藤学氏の「教師たちの挑戦」である。 最近、「熟達者」と「初心者」との間で成立する協同的な学び(徒弟的な)に関心が向いていた私であったが、神戸での研修後、「子どもたち同士」の学びあう授業づくりを中心に取り組んでいくことを決心?したからである。 つまり、佐藤氏が主張する「背伸びとジャンプ」について、再検討する必要性が出てきたのである。 その「教師たちの挑戦」では、次のように述べられている。 探求し合う教室を創造する教師は、「もどす」ことの意義を熟知している。しかも、「もどす」ことに熟練した教師は、高いレベルの学びに挑戦することに積極的である。課題が子どもに困難なときには、その前段に「もどす」ことで再出発できるし、グループ活動に「もどす」ことによって、一人ひとりの参加を促し、多様な個と個の擦り合わせを組織して高いレベルの学びを実現することが可能になる。 ・・・・・ 菅野さんの授業は、まず問いを子どもたち全員で共有するところから出発する。・・・・ ・・・・菅野さんは、ときおり「あっ」「あっ」と全員に響く声を発している。実験の観察による驚きと発見を表す声である。この「あっ」「あっ」という声は、今まさに発見と驚きを体験している子どもの内面を代弁している。と同時に、それは実験を観察する身の構えを動機づける声である。この「あっ」「あっ」という声に方向づけられて、子どもたちは小さな現象を大きな感動をもって観察するのである。 ・・・・・ 学び合い探求し合う教室では、ひとりの発見が他の子どもの発見をよびおこし、新しい気づきの連鎖が生まれる。 この1年の研究から、「背伸びとジャンプ」を実現するために、レベルの高い「挑戦性のある」課題設定が必要であることは明らかになってきた。また、子どもたちのかかわり合いの中で、図を使って「根拠を示しながら」説明したり、質問しあうことが効果的であるということも分かってきた。 より研究を深めるためには、これらのことを咀嚼し、自分の授業スタイルに合わせていくこと(もちろん変えていくことを前提にして)が課題であろう。 佐藤氏は、次のようにも述べている。 学び合い探求し合う教室には、一人ひとりの子どもの声なき声を「聴く」こと傾倒し、「つなぐ」ことと「もどす」ことに専念する教師が存在している。 子どもたちの間に相互作用が生まれるか生まれないかは、子どもの(能力の)問題ではなく、教師に問題があることは、明らかである。
2005.03.28
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神戸への研修からもどり、2日が経とうとしているが、今日の仕事が忙しかったせいか、本当に有意義な研修(旅行?)だったと、じみじみ振り返っている。とくに、稲垣先生と話をしているときのことがもっとも印象に残っている。それは、稲垣先生との会話の中では、どのように「協同」の効果を理科学習に取り入れればよいかということを前提に話ができたからではないかと考えている。「本校でも『協同』というと、まだ単なる話し合いとしか捉えてもらえません」と話したとき、稲垣先生が驚かれたことが忘れられない。構成主義がさかんに話題になったのは80年代のこと。理科においても「学校知」と「日常知」の問題(理科では、素朴概念と科学概念の問題)は、どの雑紙にも取り上げられている。教育関係者(それも授業研究積極的に取り組むもの)が「協同」について理解していないということは、本当にショッキングなことだったのだろう。概念を形成すること・見方や考え方を変容(再構成)させることに、「協同」は欠かせないものである。先生との話の中で、「協同」に関する(認知心理学での)先行研究は、どの教科もたくさんあるはずなのにということが、結論であった。私たちが「協同的な学び」をめざすために、力を注がなければならないのは、「協同」の効果は何なのかを探ることではなく、どのような授業をつくればその効果を最大限に生かせるのか試行し、実践で試すことである。どの教科においても「協同」に関する心理学的研究を「勉強」してほしい。そこから研究はスタートするのではないか。やはり、「協同的な学び」をめざすためには、「認知」のことを知らなければ始まらない。
2005.03.26
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昨日から、このページを開設した。 これまで、サイトをブラウジングしているとき、簡単にブログができるということは知っていたが、あまり関心はもっていなかった。しかし、ここ数日「やってみたい」という気持ちが高まったのには、いくつかの理由(きっかけ)がある。(1)神戸大学稲垣教授研究室を訪問したとき、「協同」を実現するために「掲示板」が有効な交流の手だてになると感じたことから。(2)堀江貴文著(ライブドア)「100億稼ぐ超メール術」を読んで、ML(メーリングリスト)を使った会議の形(トップダウンでもなくボトムアップでもない)に共感したことから。(3)これまで1年間、自分の実践や本を読んで考えたことなど、記録に残そうと試みたが、三日坊主に終わってしまっていたことから。 授業研究を進める上で、「本を読む」ということは、とても大切な行為である。しかし、多くの本に目を通す(乱読)することと同時に、そこに書かれていることを咀嚼する(熟読)することが必要である。私の「咀嚼」の方法として、メモをとることが効果的であることが、最近分かった。メモをとることで情報を収集し、その情報に私なりの手を加える。(もちろんこの「メモをとること」にチャレンジしたのは1年前であったのだが・・・。) このメモ(日記)を公開することによって、自分自身にプレッシャーをかけるということができる。また、このページをもとに、本校の先生方の交流が生まれるのではないか。
2005.03.26
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昨日の夜、神戸での研修(発達科学部 稲垣教授研究室訪問)から戻る。家族旅行を兼ねた2日間の旅であったが、研究面でも充実していた。その成果は、次の3つである。(1)LPP(正統的周辺参加)をめざす研究でも、やはり、子どもたち同士のかかわり合いを中心に進めていった方がよいことを再確認したこと。(2)「協同的な学び」を実現するという目的の中で、IT活用の位置づけを明確にできたこと。(3)今後、稲垣先生にいろいろな相談ができるようになったこと。 (1)は、最近、悩んでいたことである。悩んでいたというよりも、心が揺らいでいたという表現が近い。佐伯氏のLPP論によると、やはり「熟達者と初心者」の関係で述べられているところが大きく、子どもたちが文化的実践へ参加するためには「熟達者」とのかかわりが必要だと考えだしたからである。しかし、実現が難しく(まったくチャレンジしないということではないが)教室の友達とのかかわり「背伸びとジャンプ」を中心に研究していった方が現実的であろうとのこと。(2)については、この1年間、はっきりと説明できなかったことである。しかしながら、私の中では、しっかりと結びついていたのだが・・・。実際にソフトを見てITを「協同」を促す道具として活用していくことが効果的であると感じた。このブログをはじめたのも、本校の先生方と「共同体」をつくるため。いろいろなコメントをもらい、その効果を実感したい。
2005.03.25
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