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「いろいろな生息条件について調べ、『バランスドアクアリウム』をつくる」。このテーマを設定した後に、いくつかのアンケートをとった。まず、「バランスドアクアリウムをつくることは、楽しみですか」。この質問に対して、40人中40人が「とても楽しみだ」と答えた。「何が楽しみか」という対しての結果は、次の通りである。○バランスドアクアリウムをつくること○しくみを調べること○ひみつを探ること○家でも熱帯魚を飼っているから○バランスドアクアリウムのしくみをしっかりと理解すること○バランスドアクアリウムについて、友だちと話し合うこと○魚を育てること○不思議なものをつくることができるから○自分で考えてつくることができること○ひみつを説明できること○自分のバランスドアクアリウムができること○家に持って帰ること○きれいで、心が落ちつくから○あまり、魚のことを調べたことがなかったから○生き物を飼育することが好きだから○魚の観察ができること○魚を買うのが初めてで、大切に育てたい などこのように、同じテーマを設定しても、その立場(興味・関心、得意・不得意など)は、多元的である。この多元的な立場を大切にし、そこから生まれる「思いがけない発言」によって、「わかり直し」を促していく(いきたい)。
2007.01.31
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今日から、研究発表会の単元に入る。6年の「環境」であるが、「バランスドアクアリウム」を教材化する。この「バランスドアクアリウム」は、島根の高橋先生が数年前に初等理科教育で紹介されたものだ。まず、子どもたちに「バランスドアクアリウム」を提示する。「かわいい」などの反応があるが、あまり驚きは示さない。「普通の水槽と何か違うところはないか」と問う。すると「容器が小さい」「エアポンプがついていない」「ろ過器がない」と、5年生でメダカを飼育したときのことや、家庭で熱帯魚や金魚を飼育していることを思い出して答えた。そこで、この「バランスドアクアリウム」が、「エアポンプ不要」「水かえ不要」「えさもほとんどいらない」と話すと、子どもたちからは驚きの声が上がる。最後に、「いろいろな生息条件について調べ、『バランスドアクアリウム』をつくる」ことテーマとして設定し、図書館に調べに出かける。
2007.01.31
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いよいよ、「モーターが回るしくみ」を説明する。はじめに、電磁石について分かったことを整理し、手作りモーターのコイルの極について確認する。その後、モーターの模式図を大きく板書し、モータが回るしくみについて話し合わせる。子どもたちが問題にしたのは「反発し合うときはよいが、引き合うときコイルはなぜ止まらないのか」ということ。「コイルをはじめ手で回さないと回らないから、回っている勢いかな?」「方位磁針を磁石に近づけるとき、はじめはぶらぶら揺れているよ。」「コイルから出ている片方のエナメル線は、半分しか削らなかったよ。」「電流が流れないと、電磁石にはならなね。」「コイルが止まろうとするとき、電流が流れないと回り続ける?」「でも、全部削っても、コイルは回ったよ。」「やっぱり勢いも必要ということかな。」このように、コイルから出ているエナメル線を半分削った場合と、全部削った場合について、説明していくことができた。
2007.01.31
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前回の授業の中で「100回巻・200回巻のコイル」と「手作りモーターのコイル」を置き換えて捉えることができないという問題点が明らかになる。そこで、今回は、コイルに流す電流の大きさを変えて、その変化について調べる。まず、100回巻のコイルで、乾電池1個と、2個を直列につないだもので、その電磁石の強さの違いを調べる。コイルの両端につくクリップの数の違いに驚く子どもたちであったが、ある子どもが「200回巻のコイルを使うと最強になる」と声をあげる。子どもたちは、次々と100回巻のコイルを200回巻のコイルに変えて電流を流す。「コイルが見えなくなるくらい、たくさんのクリップがついた。」そのクリップの付き方から目が離せない様子であったが、しばらくするとある子どもが次のようにつぶやく。「手作りモーターに流す電流も大きくしたら、どうなるだろうか。」そこで、自分たちでつくったモーターの電池も2個にして直列につなぐ。すると、モーターがこれまでにないほど速く回り、子どもたちからは歓声が上がる。「100回巻・200回巻のコイル」と「手作りモーターのコイル」。少しずつではあるが「同じもの」として捉えることができるようになってきている。
2007.01.30
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2月9日(金)は、本校の研究発表会である。私も、自分の考えをまとめる場面を授業する予定である。しかし、この自分の考えをまとめ説明するということは、案外難しい(「モーターをつくろう」の実践でも、なかなか説明することができない)。「わかったつもり」になっていることが多々あるのだ。しかし、このことを逆に捉えると、自分の考えを説明したり、文章や図ににまとめたりすることによって「わかり直し」を促すことができる。今回の研究発表会の講師である内田伸子氏(お茶の水女子大)は、「発達心理学」のなかで、次のように述べている・・・・・ 以上から、作文を書く過程では表現したいこと(思想)に合わせてぴったりした表現を選びあてはめていくわけではないことがわかった。ヴィゴツキーが指摘しているように、作文における意図と表現の関係は「デパートで自分の身体のサイズに合わせて既成服を選ぶのではなく、はじめ身体の輪郭もあまりはっきりせず、表現という布を切り取ったり、縫い合わせたりしながら形を作り出す過程」で、「あっ、そうか」「アハー」と納得する主観的体験を経て初めて身体の実態、つまり表現したかった意図や思想が明確になるような関係なのである。認識は、表現の方向を規定するが、その方向にそった表現を探しあてることにより認識の側が形作られる場合がむしろ多い。認識とことばとは作り作られる双方向的なダイナミックな活動なのである。・・・・・もちろん、「意図」と「理解」にニュアンスの違いがあるものの、「よく分かってから、説明させる」のではなく、「説明する中で、よく分かっていく」のであろう。その中では、教師の支援が必要であり、一人一人の子どもが「あ、そうか」と「わかり直す」ことができるように授業をデザインしていかなければならない。
2007.01.30
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コイルに電流を流すと磁石になる。前時で子どもたちが「発見」したことである。この「発見」をもとに、モーターが回るしくみについて説明できるようになるかと思いきや、なかなか上手くいかない。問題点(残された課題)として、次の3つのことが分かった。(1)手作りモーターで使用したコイルの極がどこかが分かっていないこと。鉄しんを入れた100回巻、200回巻のコイルでは極を調べたものの、多くの子どもたちが、そのコイルとモーターのコイルを置き換えることができない。(2)手作りモーターで使用した磁石の極を意識していないこと。教科書では、2つの磁石を使い、コイル側の極をそれぞれN極とS極にしているものの、実際には、N極とN極、または、S極とS極でもよく回る。(3)コイルに電流を流すときと流さないときの違いを考えていないこと。スイッチをオン・オフをくり返してどうなるかという実験をしていない。そこで、残りの時間で「コイルの極」「磁石の極」「電流を流すときと流さないときの違い」について、あらためて確認させた。やはり、「行きつ戻りつ」しながら「分かっていく」のであろう。
2007.01.29
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山鹿市で行われた「科学の祭典in鹿本」に、クラスの子どもたちをスタッフ(実験講師)として参加させる。子どもたちにとって「3回目」の科学の祭典である。今回、子どもたちは「磁石レントゲンであそうぼう」「モビールをつくろう」の2つのブースを出した。8月に行われた熊本大会と同じ内容のため、子どもたちは準備から手際よく進める。グランメッセと比べると小規模だったが、一人一人の「お客さん」に、ていねいに実験をして見せたり、説明したりしている様子であった。時間を分けて参加していたため、もっぱらの私の仕事は、子どもたちの出入りをチェックすること。実験に関しては、全く手を(口も)出す必要がなかった。また、人手不足だった他のブースに出張して手伝う子どももいた。共振を利用した「マジック(超能力?)」であったが、初めてとは思えないほど、しっかりと説明をしており、私自身驚いた。500人を超える来場者数だったそうだが、「ベテランの実験講師たち」に、まかせっきりの一日であった。
2007.01.28
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2月9日(金)は、本校の研究発表会である。「授業デザイン」とともに、研究のキーワードとなるのが「わかり直し」である。このblogでも、何度か「もどす」ということについて書いたが、この「もどす」ことも、「分かり直し」を促す手だてであろう。昨年、一昨年と、本校の研究発表会の講師であった佐伯胖氏も、「『わかる』ということの意味」の中で「わかり直し」について、次のように述べている。・・・・・ 「そんなことあたりまえだ、わかりきったことだ」と思っていたことが、実は全くわかっていなかったり、全くの誤解のまま一応「おとな」になってしまっているということは、実に驚くべきことではないでしょうか。 ・・・ (中略) ・・・ しかし、このことは特別に恥ずかしいことではありません。むしろ、「わかる」ということが実は「大変な」ことであり、通り一遍の授業で「わかった!」といっても、本当のところはまだわかっていないのだ、と考えるべきだということを物語っているのだと思います。 ・・・ (中略) ・・・ 「わかるということは大変なことなのだ」ということを、正直に認めましょう。そして、私たち自身、わかったふりをかなぐり棄てて、何度も何度も「わかり直し」を経験していくべきだと思います。当然と思っていることを疑ってみたり、あらためて「やっぱりそうか!」と感動してみたり。私たち自身の、そのような「わかり直し」の渦に、子どもを巻き込んでいくのが本当の教育ではないでしょうか。 ・・・・・また、佐伯氏は同書の中で「『わかる』ということは、実は『わかっていること同士が結びつく』ということにほかならない」と述べている。つまり、「わかり直し」=「本当にわかる」ということなのであろう。
2007.01.27
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「コイルが磁石になる」。モーターのひみつに迫る一言である。今回は、100回と200回巻きのコイルをつくり実験する。100回、200回とエナメル線を巻くのに意外と時間がかかる。何とかコイルをつくって、電流を流してみると、コイルの両端にクリップがついた。また、方位磁針を使うと、N極S極があることも分かる。「磁石と同じだ。」来週は、この「磁石」を詳しく調べるとともに、「モーターが回るひみつ」を話し合う。
2007.01.26
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2月9日(金)は、本校の研究発表会である。研究テーマは「『みんなで伸びる授業』をデザインする」。4月から、「授業デザイン」「授業をデザインすること」について考えてきたのだが、分かりやくす説明できなければならない。このことは、「授業デザイン」について理解をするとともに「ことば」を手に入れることが大切である。そこで、いくつかの「デザイン」の本を読むことにした。今回紹介するのは、南雲治嘉氏の「100の悩みに100のデザイン」である。 ・・・・・ この本は、デザインの本です。 でも、ほとんどの人は、洗練されたデザインの車やデザイナーが作ったキレイな洋服なんかをイメージしますよね。 たしかにそれらもデザインなのですが、私が言いたいのは、そういった物理的、ビジュアル的なデザインのことではありません。 そうではなく、この本では、デザインの本質的な考え方を紹介したいのです。 では、デザインの本質とはいったい何でしょうか?まわりくどい話が嫌いなので、ズバリ言いましょう。 デザインの本質とは、「問題を解決すること」です。 辞書には、「デザインとは、ある目的に向けて計画を立て、問題解決のために思考・概念の組み立てを行い、それを可視的、触覚的媒体によって表現すること」(ダビッド社『デザイン辞典』)とあります。 ・・・ (中略) ・・・ かっこいいものを作っている人たちーこれが、デザイナーの一般的なイメージです。 しかし、それは大きな間違いです。 デザイナーはいわば料理人です。企業が直面しているいろいろな問題に対して、原因を探り、素材を集め、求めている料理のレシピ(解決法)を与えるのがデザイナーの仕事なのです。 それは、どこか医者の処方箋にも似ています。 ・・・・・ 「料理のレシピ」や「医者の処方箋」。単なるハウ・ツーではなく、「企業が直面している問題」、つまり、「子どもの事実」に向き合うことが重要なのであろう。
2007.01.25
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「モーターをつくる。」そのとき、子どもたちが見つけた「コツ」は、次の通りである。・磁石は、強いものがよい。・磁石とコイルの高さ(位置)を調整する。・エナメル線を巻く回数を多くすると速くなるが、重くなりすぎると回らない。・コイルから出ているエナメル線をまっすぐに伸ばす。・紙コップにあける穴を大きくする。・紙コップから出るエナメル線は長すぎるといけない。・エナメル線をきちんと削る。・導線をクリップにきちんと着けておく。・コイルをキレイな円にする。大きく「電流」「磁石」「コイルのバランス」に関することであった。そこで、「どうしてコイルが回るのだろう」と問う。しばらく子どもたちは黙ってしまうが、ある子どもが次のように発言する。「コイルが磁石になるからだと思う。」他の子どもたちは、この発言を聞き、コイルに磁石を近づけてみる。すると、強い力はないが、たしかに磁石につくのである。その後、子どもたちからは「反発」というつぶやきがあちらこちらから聞かれはじめた。磁石と磁石を反発させ、磁石を動かしながら考える姿も見られる。次時は、100回巻、200回巻のコイルをつくり、そのコイルに電流を流し実験する。
2007.01.24
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2月9日(金)は、本校の研究発表会である。出版社や新聞社に研究発表会案内の掲載を依頼していたのだが、「現代教育新聞」に、次のように本校の取り組みが紹介された。・・・・・ 同小学校では、今年度から「みんなで伸びる授業をデザインする」というテーマを設定し、子どもたちにとって最適な授業のあり方を追求している。 目指しているのは、子どもたちが潜在的に持っている力を可能な限り発揮しながら、クラスの子どもたちと共に伸びていく授業の実現。子どもたちの相互理解はもちろん、教師も一緒に成長できる授業を目指した、新しい試み。 ・・・・・発表会の案内状を郵送しただけであったが、この1年の本校の研究を「的確」に表されていて驚いた。特に「教師も一緒に成長できる授業を目指した、新しい試み。」の部分は、まさに「その通り」である。紹介記事を書いていただいた方に感謝である。
2007.01.23
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モーターづくりに再度チャレンジする。前回教科書に書かれているとおりにつくったものの、コイルがまわった子どもは2人。そこで、今回は「新しい磁石」を使う。すると、数名の子どものモーターが、すんなりと回り始める。子どもたちからは、「磁石が強いからだ」という声も聞かれる。授業の終わりには、ほとんどの子どもがコイルを回し、モーターをつくることができた。感想を聞いてみると「コツが分かった」という発表も。次時は、この「コツ」を発表し会うところからスタートする。
2007.01.22
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2月9日(金)は、本校の研究発表会である。忙しさのまっただ中であるが、今、しっかりと1年間の研究を振り返る必要がある。4月、5月と、このblogでも書いたが、「授業デザイン」「授業をデザインすること」について、わかりやくす説明できなくてはならないであろう。私自身が、「授業デザイン」とは何か、定義しなければならない。この1年間で分かったこととは、「授業デザイン」とは、授業前の「計画」だけをではなく、授業中、授業後も含めた教師の活動(仕事)全体を指すということである。特に授業中の活動として「テーマの設定(授業善も関係あるが)」と「コミュニケーションの組織」が考えられる。このblogで何度か話題にした「もどす」「つなぐ」ということは「コミュニケーションを組織する」ということの一部であろう。しかし、この「もどす」や「つなぐ」ということは、何か難しいことをするわけではない。佐藤学氏は、「言葉という絆」の中で次のように述べている。 ・・・・・ 子どもが何か一言いって、教師が「○○君、もう一回言ってみて。どこからそう思ったの?」と聞き返し、テキストの文章の言葉と触れ合わせるだけで、その子はしだいに氷山の水面下の部分を言語化していくし、「みんな聞いて。○○君がどきっとすること言ったよ。」と言うだけで、クラスのみんながそこに耳を傾けるし、他の生徒の何かを誘い出してくる。一人ひとりの子どもの中に起こっている出来事、あるいは事件が、教室のなかで一番大切なことなんだ、というスタンスに教師が立てば、その事件と事件とをつないでいく読みの授業のイメージはつくれますね。 ・・・・・校内の研究会の中でも、「どんなときにもどすのか」「どこにもどすのか」などの話題があがる。もちろん、その「もどした」(もしくは「もどせなかった」)事例を挙げていくことは大切であるが、システム化していくことは、あまり重要ではない。「一人ひとりの子どもの中に起こっている出来事、あるいは事件が、教室のなかで一番大切なことなんだ」というスタンスに、私たち教師が立つことが重要なのである。このことは、簡単なことのように思えるが、1年間意識して授業してみると、「全くできていない自分」に痛いほど気づかされた・・・・。
2007.01.19
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「モーターをつくるために必要なものは?」と尋ねると、「磁石」「導線」「導線をぐるぐるに巻いたもの(コイル)」「電池」と答える。前時1時間、電池を分解し観察しただけであるが、その回るひみつに近づいている。今回は、この4つの部品を使って、「手作りモーターづくり」にチャレンジする。紙コップを土台にして、エナメル線を巻いたコイルを回す。教科書(大日本図書)に詳しい作り方が書かれているのだが、なかなか上手くいかない。コイルを巻き直したり、磁石の位置を変えたりしながら、何とかしようとする子どもの姿が見られた。そんな中、2人の子どもの手作りモーターが回りはじめる。歓声があがり、他の子どもたちも必死でがんばるが、ここで時間切れ。来週は、新品の磁石を使って、再度チャレンジする。
2007.01.17
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今週から「電流のはたらき」の学習をはじめる。今回設定したテーマは「モーターをつくろう」。子どもたちは、4年生の時に、モーターを使って実験はしているものの、そのしくみは子どもには分からない。モーターと乾電池をつなぎ、モーターが回転することを確認し、このテーマを設定した。まず、市販のモーターを分解する。留め具をはずすと、簡単にモーターを分解することができる。中から出てきたのは、「磁石」と「導線をぐるぐるに巻いたもの」。さっきまで動いていたモーターの部品を不思議そうに眺める子どもたちの姿が見られた。最後には、導線が何回巻かれているのか調べたり、部品を組み立ててケースなしで回してみたりするなど(私自身、その好奇心に感心したのだが)、子どもたちは次の活動にどんどん進んでいった。次時は、実際にモーターをつくってみる。
2007.01.15
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「とけたアルミはどこに行ったのだろう。」今回は、この疑問について追究する。食塩水と同じように、蒸発皿に数滴取り、アルコールランプで加熱する。すると、蒸発皿には「白い物質」が残る。多くの子どもたちが「アルミが出てきた」と声をあげる中、一人の子どもから次のようにつぶやく。「本当にアルミだろうか。」どうしてそのように考えたのかと、その理由を聞いてみると「食塩の時と違って、とけるときにあわが発生していたこと」「見た目でも、もとのアルミと違うこと」ことを発表した。すると、他の子どもから「もう一度、塩酸に入れてみればいい」という声があがる。そこで、その「白い物質」をもう一度塩酸の中に入れてみるが、「あわ」は発生しない。子どもたちは、残った「白い物質」が「アルミではない」ということに驚いていたようであった。
2007.01.14
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今回は、水溶液の「金属をとかす」性質について調べる。塩酸の入った試験管にアルミニウムを入れると「あわ」と「熱」を出しながらとける。また、ビーカーの上に張ったアルミニウムはくも数滴の塩酸でとけ、最後には、穴が開く。子どもたちは、穴が開くことともに「パチッパチッ」という音に驚いている様子であった。実験後に「今後、どんなことを調べたいか」と問う。すると、次のよう答え(疑問)が返ってくる。「とけるとき出ていた気体は何か。」「アルミ以外の金属で調べてみたい。」「他の水溶液は、金属をとかすのか。」「とけたアルミニウムは、どうなったのだろうか。」次時は、これらの疑問の解決をめざす。
2007.01.14
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前回、数種類の水溶液で「酸性」「アルカリ性」「中性」かどうかを調べた子どもたち。それぞれの家庭から「さまざまな水溶液」を持ち寄る。その「水溶液」、は、次の通りである。○ヤクルト ○タバスコ ○リンゴジュース○日本酒 ○焼酎 ○紅茶○黒酢 ○しょうゆ ○めんつゆ○にがり ○シャンプー ○レモン汁○化粧水 ○カルピス ○オリーブオイル などなど授業時間が過ぎても、リトマス紙をもらいに来る子どもの姿も見られた。今回の実験で、子どもたちが意外に感じていたことは、ジュースや調味料など、私たちが口にする水溶液に「中性」が少ないこと。特に「酸性」が多いのに驚いている様子であった。子どもたちの興味・関心の高さに、感心した1時間であった。
2007.01.14
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今週から、「水溶液の性質」に入る。5年生では「水に何かの物質を溶かしたもの」が水溶液であることを学習したが、今回は、その性質について調べる。 まず、調べるのは「酸性・アルカリ性」。食塩水や塩酸、水酸化ナトリウム水溶液など11種類の水溶液について実験した。意外だったのはポカリスエット。(たまたま理科室の冷蔵庫の中に入っていた。)テレビのコマーシャルなどで「アルカリイオン飲料」と紹介されているが、実際にリトマス紙で調べてみると、その結果は「酸性」を示す。多くの子どもたちが、「酸性」「中性」「アルカリ性」ということばを知っていたのだが、これ以外にも、子どもたちはいろいろな「発見」をすることができた。次時は、身近な水溶液を、それぞれの家庭から持ち寄って実験する。どんな「発見」があるか、楽しみである。
2007.01.14
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子どもたちは、ペットボトルの中に御輿来海岸と同じような「地層」をつくることができたことで、すべてのひみつを発見し「わかったつもり」になっている。今回も、雨どいを使って土砂を水槽に流し込ぬ体積実験を行うが、子どもたちは、何も疑問を感じていない様子である。そこで、「どうして、くりかえし土砂が海に流れ込むのか」と問う。すると、「川は、ずっと流れている」などと発表され、子どもたちは上手く説明することができず、「くり返し」に着目することとなった。しばらくすると、体積実験の中で気づいたことが発表されるようになる。「水を静かに流したとき、土砂があまり流れなかった。」「れきは、一気に水を流さないと、なかなか流れなかったよ。」これらの発言がきっかけになり、ある子どもが次のようにつぶやいた。「洪水だ。」他の子どもからは、「あー」と納得の声があがる。「大雨のとき、川にも水は濁っている」など、その根拠となることも次々と発表された。今回、「大雨・洪水」がくり返されることに気づいた子どもたち。またまた、地層のでき方について「わかり直し」、「よくわかった」と実感することができた。
2007.01.14
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今日1日、「人体模型Tシャツの日」と名づけ、子どもたちは「人体模型Tシャツ」を着て生活する。授業を構想したときに計画はなかったのだが、研究授業後に、本校の副校長先生から、このアイディアをいただいた。はじめは恥ずかしがっていたものの、先生方や他のクラスの友だちに見せて説明する姿も見られた。給食のときには、今どこと食べ物が通っているかと考えながら食べるなど、体のはたらきを「実感」することができる。最後には「もう1日ぐらい『人体模型Tシャツの日』があってもいいな」という声が聞かれるなど満足した1日になった。子どもたちの感想の一部を紹介する。 ・・・・・○あたたかいもの也冷たいものを食べると、なんとなくどこを通っているか分かり、とてもおもしろいと思った。○呼吸をすると、肺のふくらものががよく分かった。○最初は嫌だったけれど、慣れるとおもしろかった。○「へえ、これが体の中なんだ」という人もいて、うれしかった。○Tシャツを着て「今、ここが働いているんだ」とあらためて分かった。○「すごいね」と言われて、「人体模型Tシャツ」をつくってよかったと思った。○Tシャツが完成してしばらく時間があったけれど、ちゃんと説明できた。○いろいろな人に「これ何?」と聞かれたけれど、答えてあげることができてよかった。○もっと多くの人に見せて、説明したい。○普段考えない体のはたらきを考えた。○今度は、「骨Tシャツ」をつくってみたい。 ・・・・・最後には「もう1日ぐらい『人体模型Tシャツの日』があってもいいな」という声が聞かれるなど満足した1日になった。
2007.01.14
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「海岸の地層は、粒が大きい方が先に沈むということだけでは説明できない。」子どもたちは、改めで地層観察の記録やペットボトルでの実験の結果を見直すことになった。デジカメの写真や採取してきた岩石を見ながら「これも泥の層の上に砂の層がある」と疑問の声をあげる。そんな中、ある子どもが次のように発言した。「もう一度、ペットボトルの中に土砂を入れてみたい。」最初、この発言は、他の子どもたちに理解されなかったが、しばらくすると「やってみたい」という声が聞かれるようになる。そこで、先ほど実験したペットボトルの中に、そっと土砂を入れてみることにする。「御輿来海岸と同じ地層ができた。」あちらこちらから歓声があがる。泥の層の上にれきや砂が重なったのである。「実際の地層は、土砂が一回だけ流れてきてできたのではなく、何回もくり返し流れてきて積もった。」子どもたちがみんなでたどり着いた結論である。今回の授業の中では、実際の地層の様子と自分がつくり出したモデルを比べ、その矛盾をもとに友だちと交流を図りながら「分かり直し」していく子どもの姿を見ることができた。
2007.01.13
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今回は、日本教育工学協会全国大会での公開授業である。いよいよ「地層のでき方」を探る。最初に、前回の予想を発表させる。子どもたちは、「山や川にあった泥などが流れて、積もったのではないか」と発表する。この予想をもとに「実際に地層ができるかどうかペットボトルを使って実験してみよう」と課題を設定する。そして、れき・砂・泥の三種類の土砂を、水といっしょにペットボトルに入れて振る。すると、粒が大きいものから順に沈み、下から「れき」「砂」「泥」の「層のようなもの」ができる。子どもたちからも「地層ができた」という声があがる。そこで、「ペットボトルの中の土砂を撮影した写真」と「御輿来海岸で撮影した実際の地層の写真」を並べて提示し、その違いに着目させる。このとき、れき・砂・泥を、それぞれペンの色を変えてスクリーンに印を書かせる。プロジェクタを消し、印のみを残すことも比較させることに有効であった。「重い方から積もるはずなのに、海岸の地層では、砂の下に泥の部分がある。」「なぜ、泥の上に砂が積もっているのか考えてみたい。」子どもたちからは、このような発言がなされた。そこで、御輿来海岸の地層のでき方は、ペットボトルの実験では説明できないことを確認し、もう一度、調べてみることになる。(つづく)
2007.01.13
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先日の地層観察で持ち帰った「岩石」「デジカメの写真」「スケッチ」「メモ」などを整理するとともに、「地層のでき方」について考える。持ち帰った岩石をよく見てみると、単元の導入(もう、だいぶ前のことになるのだが・・・)で観察した岩石とよく似ていることが分かる。子どもたちは「色だけでなく、粒の大きさが違う」ということを再確認することができた。そこで、「どのようにして地層はできたのだろうか」と問う。子どもたちからは、次のような答えが返ってきた。「海の中に土砂が沈み、積もってできた。」「5年生で学習したように、流れる水のはたらき(川)によって運ばれてきた土砂が、海に積もったのではないか。」次時は、いよいよ「地層のでき方」を探る。
2007.01.13
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今回は、授業参観で「人体模型Tシャツ」を使って(実際に着て)、体のつくりやはたらきについて保護者に説明する。が、まず、まだできあがっていなかった「血管エプロン」を完成させる。すると、参観されていた保護者の中にお医者さんもおられ、子どもたちは、いろいろな質問をしていた。例えば「血管の大きさはどのくらいなのか」という質問に対して「大動脈や大静脈は『血管エプロン』にかかれているよりも、ずっと太い」など、私が聞いていてもおもしろかった。他の保護者も、その後、その保護者にいろいろ尋ねられている様子であった。「血管エプロン」も出来上がり、いよいよ「人体模型Tシャツ」を着て説明をはじめる。保護者も、はじめは「人体模型Tシャツ」を珍しがってみられていたが、その説明に感心されていたようである。質の高い質問もあった。子どもたちの表情は、みんな満足気である。
2007.01.13
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工業所の切り通しの観察を終え、宇土アリーナの芝生広場で昼食をとる。海もだいぶ引いており、いよいよ御輿来海岸の露頭の観察である。観察する露頭まで、海岸に降りてからも、けっこうの距離がある。その途中、しましまの岩の存在に気づき、関心をもつものの、地層とは関係付けてとらえてはいない様子である。露頭に着き、地層の観察をはじめるが、しばらくすると、1人の子どもが、その路頭から離れて海のそばで何かをしている。注意しようと近づいてみると、遠くから露頭をじっと見つめて何か考えている。そこで、他の子どもたちもその場所に集め、その子どもと同じように遠くから露頭を観察する。すると「地層の下も、ずっと地層だ」と声があがる。さっきまで自分たちが立っていた場所も、地層の一つの面だったのである。観察を終え、バスまでにどるときにも、驚きの声があがる。先ほど歩いてきた場所が「しましま」にも地層がつながっている。転がっている岩の「しましま」も、地層の一部だったのである。子どもたちは「全部地層だ」と喜びながら、ちょっと長い道のりも、楽しみながら歩いていた。私自身、はじめて子どもたちを地層観察に連れてきたのだが、ドラマティックで、地球のスケールの大きさを実感することができた1日となった。
2007.01.13
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研究授業のために「中断」していた「地層」の学習にもどる。(とはいっても、来週、公開授業を控えているのだが・・・。)今回は、地層の観察に出かける。場所は、宇土市下網田の御輿来海岸。海岸沿いに露頭があり、砂岩と泥岩の互層がよく観察できる。学校から、車で40分ほどの場所にある。現地に到着したときは、まだ海が満ちていたため、近くの工業所の切り通しを観察させてもらう。バスを停めたところから歩いて5分くらいのところにあるのだが、その途中に小さな露頭を発見した。歩道のすぐそばあり、地層の説明をするのに好都合であった。子どもたちも「はじめて地層を見た」と興味津々である。この露頭を観察したせいか、工業所の切り通しを見たときの子どもたちの感動はすごかった。その大きさが違うのである。海岸の露頭を観察することが一番の目的であったが、この2つの地層の観察で、地層のスケールの大きさを実感することもでき、とても有意義であった。
2007.01.13
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いよいよ「人体模型Tシャツ」を完成させる。これまでに、チャコペンで大まかに下書きをしているものの、これまでの学習を振り返り見直す子どももいた。チャコペンで書いた線に納得すると、サインペンでその線をなぞり、絵の具で色をつける。この色をつけるとき、思いがけず「おもしろい」かかわり合いが生まれる。肺に色をつけようとしていたときである。何色で塗ればよいか話題になるが、多くの子どもたちが「ピンク」で塗るという。理由は、私が肺の学習のときに提示した図では「ピンク」になっていたからである。しかし、中には「肺には血管がたくさんあるから赤色っぽくなっている」と説明する子どももいた。すると、その発言を聞いて「青色でかきたい」という子どもが現れた。他の子どもたちからは、とまどいの声があがる。その理由を尋ねると「肺には、二酸化炭素を含んだ血液が集まるから」と答えた。私も子どもたちも、多いに納得する瞬間であった。それぞれの思いで、一人一人の「人体模型Tシャツ」を完成させることができた。最後には、「えー」という声をあげながらも、うれしそうな表情で集合写真を撮影した。
2007.01.13
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「血管には青色と赤色の2種類がある」。前時までに、子どもたちが「肺のはたらき」と「呼吸と血液の循環の関係」について「分かり直し」、「解決」した課題である。しかしながら、血液の循環について次の疑問が残っている。「どうして、胃や小腸、肝臓に多くの血管がかかれているのか。」主に大きな血管をかき、本物と同じように表されている資料では、このような胃、小腸などにつながる血管は見あたらない。子どもたちからは、「他のところには血管はない」などのつぶやきも聞かれるが、すぐに「そんなはずはない」と否定する声もあがる。そこで、このことについて胃や小腸について学習したことをもとに考えることにする。すると、数名の子どもたちが、教科書やノートを読み返し、小腸で養分が吸収されることに着目しはじめる。「養分が血液に取り入れられるからじゃないかな。」「図に血管が小腸につなげてかかれていることと、血管の青色赤色とは関係ない。」このようにして、小腸のつくりやはたらきを「わかり直す」とともに、図にかかれている「意図」を理解していくことができた。このことは、「PISA読解力の育成」にもつながるであろう。
2007.01.13
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