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以前に少し書いたが、母親が心臓の手術をした。カテーテル・アブレーションといって、要は不整脈の治療なのだが、足の付け根×2カ所+首筋の血管からカテーテル(チューブのようなもの)を心臓まで挿入して、そこから電流を流して心臓にある悪い部分を切除する。とゆーもの。あ、ちなみに局部麻酔これまた難しい話になるのだが、簡単に言うと不整脈が起こるメカニズムとして、心臓にいくつも通っている"本来は心臓を動かすための神経"に不正なバイパスが形成されてしまい、その神経に何らかの刺激が伝わると、ループ(循環)が起こってしまい、まぁオーディオ的に言うと"ハウリング"を起こすような状態になる。とゆーものだ。これを治療するためには、先述の「不正なバイパス」を切ればいい。とゆーわけなのだ。ただ、こーして文章にするとそれだけでも、果たしてどの神経がループしているのか。とゆーところから手術は始まるわけで、そのために何回もの刺激を心臓に与えて「人工発作」を起こさせるのだ。それがさすがにカワイソウだと思っていた。朝8時45分この時間はボクは仕事を休んで家にいた。父と母の姉(彼女も実は癌患者)が朝イチで病院へ向かい待機しており、そんなにたくさんいてもしょうがないだろうということで、ボクは時間差で向かうことになっていたからだ。それにボクにはもうひとつ大事な任務があった。前日から急遽保育園に入園となったらー君を保育園に送り届ける任務だ。ヨメは仕事。10時半過ぎ、病院へ行く。いるわけはないのだが、昨日から入院していた病室へ行ってみる。やっぱりだれもいない。当然だが別室で手術の真っ最中なのだ。ナースセンターへ行く。カウンターの正面受付に座っているナースに「415号室の○○は今日はどこでオペやってますか?」と聞いてみると、なんだか照れくさそうにニサ~っと笑って「私、学生なんでほかの看護婦さんに訊いてください」と数m後ろでほかの作業をしているナースを指した。はぁ?なに?ボクがキミの後ろにいるナースを大声で呼べってか?!腹も立ったが、面倒なので「じゃ、呼んでもらっていい?」と言うと「あ、はい・・・」って、今気づいたんかい!!そんなこんなで、手術室の前にいる父と母の姉=叔母を発見。始まってすでに2時間が経過しようとしている。入る前にはだいたい2時間から3時間の手術だと聞いていた。なので昼頃までには終わると踏んでいたのだが、12時になっても13時をすぎても母は手術室から出てこない。ようやく14時頃になって主治医が姿を現し、手術が無事終わったことを告げた。説明ではどうやらそのバイパスが一般的によくある箇所ではない場所にあり、しかもそれは非常に難易度の高い箇所だったというのだ。(後で聞いた話だが、以前にもおなじような患者がいて、その人は成功率の低さからその箇所の切除は断念したのだという)でも今回はばっちり成功。とのこと。でも手術室から出てきた母は、すっかり疲れ切った顔で目を閉じ、言葉もろくに発せない状態だった。(全身麻酔ではないので意識はある)そりゃ5時間も心臓の中に電気通されてりゃ辛いわな・・・。で、結局16時頃までは止血のためにいろんな箇所を圧迫されていたこともあり、かなりしんどそうだったのが、圧迫をはずしてしばらくすると徐々に口数も増え、夕食の時には起きあがって「さー、食べるぞ!」とほぼ完食まぁ今日は一晩ベッドからは降りられないし、心細いだろうからとゆーことで父が付き添い。ボクは「一安心」ってことで帰ったのだった。このブログでも何度か救急車で運ばれたことを書き、たくさんのみなさんから励ましのコメントやメールをいただいた。ここに手術が無事成功したことをご報告し、お礼を申し上げたい。
Jan 30, 2007
頭痛い~。ちょっと下痢ってる~。え?またノロ?勘弁してくれ~。微熱あり。またまた葛根湯出動!
Jan 28, 2007
17:30 仕事が終わった。特になにもないから早く帰ろうと思い、ほどなくして職場を出た。17:45 まもなく家に到着という車の中でお袋からのメールを受信。「ちょっと渡すものがあるから仕事帰りにでも(実家へ)寄って行って」急遽Uターンして実家へ。預かるものを預かって喋っていると、16:05 やたら焦った声で(仕事中の)ヨメから電話。「ウチの隣の家が火事らしいよ!すぐ行って!」「え?!」一瞬何のことかわからなかったが、隣の家が火事・・・ってことはボクの家の隣のHさんの家が燃えてる。・・・ってことか?!(あたりまえでもそれが意外とピンと来ない)あわてて実家の玄関を飛び出す。実家の庭からも暗くなった空に映る火の手が見えている。家には子どもたち2人とヨメのお母さんがいる!ボクは驚く間もなく(近くなのに)車に乗ってダッシュ。でも家の前まで行くと偶然にも後ろをついてきている消防車のじゃまになると思い、少し離れた路肩に駐車。そして足でダッシュ。いつもは静かなこの近辺が恐ろしいほど高く上がった炎で真っ赤に照らされていた。近所の人もやっといま気づいたかのように家の中から飛び出してきている。今着いたばかりの消防車はまだ消火を始めていない。Hさんのその家はボクの家とは同じ道の並びに、小さな畑を挟んで建っている。ボクの家に行くにはいつもとは全く違う姿をして激しく燃え上がっているHさんの家の前の道を通り抜けなければならない。例年この季節には白い雪が降っているものなのだが、今年は降っていない。代わりに今日は真っ赤な火の粉が降っていた。近所の人たちがボクに「おい!自分の家、守れよ!!ガスの元だけは閉めといたからな!」と声をかけてくれた。少しの距離だが強烈な焦げた臭いと火の粉の中をくぐって自分の家の玄関までたどり着くと、中でお義母さんがあたふたしている。上の娘はもうとにかく怖がって泣きじゃくっている。らー君はよくわかっていないながらも、目を見開いて「なんだか異常事態なんだよ!」を主張していた。2人の子どもたちを抱き寄せ「よしよし!もう大丈夫だからな!とにかく言うこときけよ。」とは言ったものの"どーしたらいいのかな?"ってな状態。ひとつ言えるのは、今降っているのは雪なんかではない。火の粉といってもよく見るとそれはさっきまで一つの家としてHさんの家族を護っていた建物の破片なのだ。そしてそれは決して火の"粉"だけではなく大きな礫も風に乗って飛んできていたのだ。とりあえず子どもたちとお義母さんを家の中に待たせ、庭の散水栓からホースで、燃え上がるHさん邸と向かい合いに置いてあり、いつ火の塊が飛んできてもおかしくないLPガスのガスボンベに水をかける。(その程度しか思いつかなかったのだ)そしてまもなく帰ってきてこれまた大パニックになっているヨメに子どもたちを車に乗せるよう指示。でもヨメも大パニックでうまく動けない火の粉が子どもたちの服に落ちるので、それを払いながら車に乗せ、とりあえず全員実家へ。そしてまたボクとヨメとは歩いて家へ。消防の話によると、最近の家はよほど耐火性能はあがっているが、火の粉は換気口などの隙間から内部に入りくすぶったり発火したりする可能性があるのだという。だから「家の中、何回か確認してくださいね!」と言われた。21時過ぎ、消防の懸命な消火活動によって概ね鎮火。ヨメもボクも顔に点々と煤の跡がついていた。娘が着ていたブルゾンには2,3カ所、直径1cmほどの穴が開いていた。ところでいろいろ話を聞いていると、出火の原因がわかってきた。Hさんの長男Iくんはウチの娘と同級生。Iくんは夕方ウチへ遊びに来ていた。18時少し前、HさんちのおばあちゃんがIくんを迎えに来た。ボクが家の目前でUターンし、実家へ向かった、ほぼその頃だ。が、Iくんはもたもたしてなかなか出て行かなかった。どうやらその直後に発火しているのだ。実はおばあちゃんは天ぷらを揚げていた火をそのままにして迎えに来てしまったらしい。Hさん宅には幼稚園と保育園の弟たちが留守番しており、実はおじいちゃんも奥の部屋にいたのだそうだ。Iくんの弟2人が大声で「火事だ~~!」と叫んだときにはもう火の手が部屋に広がっていたんだそうで、おじいちゃんもその子たちが呼ばなかったら危ないところだったのだとか。さっきまで遊んでいた長男も戻るまもなく火を見つけ、泣きながらウチの娘とお義母さんに「ぼくのうちが火事だ!!」と言いに来たという。お義母さんはその声を聞いて、はだしのままバケツに水を汲んでHさんの玄関先まで行ったのだが、火の手も大きく、中で爆発音もしていたことから怖くてそれ以上近づけなかったのだそうだ。結局そのIくんのもので唯一焼け残ったのは、ウチで娘といっしょにやっていて、泣きながらウチの庭に投げ出して行った漢字ドリルとノート、そして筆箱だけだった。実はHさんは、焼けた家の道を挟んで向かい側に家を建てたばかりで、まだ引っ越しは完了していなかったのだ。そういう意味では「寝る場所を奪われた」わけではないのだから、それが救いだ。少し落ち着いてからボクはHさんが新しく建て直したばかりの家に出向いた。「家族みんな大丈夫?」Hさんに訊くと、「はい。全員大丈夫。無事でした。ありがとう。ごめんね・・・迷惑かけて・・・。」Hさんの奥さんは泣き崩れた。でも実は家族全員無事・・・ではなかった。家の中で飼っていた、目が不自由なシーズー犬の"ジゲン"が実は逃げ遅れて焼死しているだろう。というのだ。まだ遺体は見つかっていないが、逃げた可能性は低いという。「・・・やっぱり」ボクはちょっとがっかりした。できれば彼も助かっていて欲しかった。家財は全て焼けてしまっても、命だけは全て残っていて欲しかった。ボクの家はといえば、畑を挟んでいたこともあって、たいした被害もなく済んだ。(反対側の隣家は少しだが延焼していた)ただ、この夜はとにかく残った煙の臭いの中で一晩眠ることになった。
Jan 25, 2007
また夜中(1時頃)に母が救急車で運ばれた。例の不整脈の発作だ。1週間後には手術が控えているのに。今回は親父が付き添って行ったので、ボクは寝ながら待機(笑)。ボクは昼間に母の顔を見たわけではないし、調子悪いと聞いていたわけではないけど、実はちょっと虫の知らせのようなものはあった。気がする。結局4時前に家に戻って来たようだが、親父も疲れただろうな。老体だし(笑)。まぁ親父が歳の割に元気だからこんな感じで済んでるけど、もっと老け込んじゃってる爺さんだったらボクがもっと大変だったに違いない。それに親父は看護助手の経験があるから昨夜も母の脈をみながら「こりゃヤバいな」ってことで救急車を呼んだのだと。いずれにしても健康は宝なり。【読者の方でリアルで母を知っている方へ】 母は、普段は全然元気で普通に町を歩いてますが、病気のことを他人に気にされることを嫌いますので、このブログ内でお知らせした母の病状のことは、なるべく口外されないようにお願いします。もちろんこのブログ上でコメントをいただくことは大歓迎です。よろしくお願いします。
Jan 22, 2007
やべー。風邪っぽいよ。とゆーワケで、葛根湯(お湯割り)+栄養ドリンク服用完了。まさしく葛根党。それにしてもよく風邪ひくよな <ボク
Jan 22, 2007

最近、各方面から「音楽をやってるネタがないね。」と言われる。う~ん、実際やってないかもってことなのだが、そのくせ着々とDTM化を進めていたりするのだ。とはいえ元々ボクはアナログレコーディングな人なので4tr.MTRもすぐ使えるように残っているし、単体のHDRも使えるようにはしてある。あくまでも「そのようにしてある」だけで、時間がなくてなかなかそれらを使ってのレコーディングはやっていない(できていない)のが現実だ。DTM化とゆーかDTM導入のとっかかりとして昨年、(意外かもしれないが)初のDAWソフト「SONAR5」を導入。膨大な機能を前にまだまだ使いこなすには時間がかかりそう・・・。使いこなせるようになるまでにヴァージョンがいくつ上がるのだろう。で、このたび(これも意外かもしれないが)初のソフトシンセMoog Modular V2(以下MMV)を導入した。ソフトシンセって何ぞや?とゆー方のために言えば、よーするにパソコンにこのソフトをインストールするとそのパソコン自体がシンセサイザーとしての役目を果たすようになる。というものだ。ちなみにこのMMVは、1964年に世界で初めてシンセサイザーを考案した故Bob Moog博士が1967年に発売し、日本では冨田勲氏が名盤「月の光」をこれ一台で作ったり、YMOのレコーディングやステージで松武秀樹氏が使ったことで有名なMoog Modular Systemとゆータンスのように大きいシンセサイザーをパソコンで精巧にエミュレートしたもので、なんでもフィルターの不安定具合なんかも忠実に再現しているそうだ。ボクもすでに音は出してみたが、本物を触ったことがないのでどれほど本物と似ているかは何とも言えないけど、とにかく出音は太い。本物にはあり得ない機能としてプリセットがあるが、松武さんが作ったYMOサウンドはもとより「あ、この音!」ってのもいくつか入っている。パッチシンセ(ケーブルでモジュールとモジュールを結線して音を作る)は面倒だけど、いろいろ触っていると奥が深くておもしろい。あ、もちろんディスプレイの上でだから、メンテも要らなくて、本物よりずっと手がかからない故に楽しめるのだ。まぁとにかくボクの次回作ではこの音もお聞かせできるのではないかと思っている。
Jan 14, 2007
こう寒くなるとお風呂が恋しいのだ。で、去年あたりからお気に入りの入浴剤がある。ツムラのきき湯だ。もしかすると去年もこのネタを書いてるかもしれないが、そこはそれ、気にせずに。基本的にボクは入浴剤が好きだ。若い頃は透明なお湯が好きだったんだけど、なんとなくここ数年はいろんなのを試したくなっている。で、このちょっと高い入浴剤を使ってみたきっかけは実にミーハーで、細野さんがCMに出ていたから。ある寒い夜、初めて買った「きき湯」を入れて入浴したところ、湯上がり後、明らかに長時間暖かさが持続したのだ。決してツムラの回し者でもなんでもないのだけれど、ホントに実感した。現在は4種類あるようで、ボクは"マグネシウム炭酸湯"か"食塩炭酸湯"が特に効くような気がした。ホントの温泉の方がいいんだけどね~。
Jan 11, 2007
今日、再々放送(東海地方のみ)ではあるが、NHKハイビジョン特集「冨田勲 仏法僧に捧げるシンフォニー~鳳来寺山 63年目の再訪~」を観た。 愛知県にある鳳来寺山の仏法僧(ブッポウソウ)(実は正確には「ブッポウソウ」と鳴くのはブッポウソウではなく、コノハズクとゆーミミズクの仲間なんだとか)はなぜ美しい声で鳴くのか?とゆー観点から、それがどうやら鳳来寺山の地形に関係があると言われている。その地形はコノハズクの声に自然のエフェクトをかけ、他の地域で鳴くそれらよりも、より美しく響かせる。冨田勲氏と尚美学園大学大学院にある冨田研究室はそれを音響学的に解明。そこで行った「仏法僧」をコンセプトにした冨田氏オリジナル曲のレコーディングの模様をドキュメンタリーで収録したのが、この番組だ。冨田さんってもう74歳なんだ・・・ってとこにも驚いたけど、やはり彼の考える"音響への試み"はさすがにスケールも大きく、とても興味深い。我が心の師匠、松武秀樹氏も「先生」と呼んでいるが、本当に「先生」なのである。ここへきてまた冨田氏の作品を聴き直したくなったことは言うまでもない。
Jan 7, 2007
6日は何を隠そうボクの37回目の誕生日だったのだ。あぁ、こんな歳になっちゃったか。とゆーのが率直な感想。でも、たくさんのみなさんからお祝いのメールをいただいたりして、それはそれで嬉しいものだ。ありがとうございます!で、今日は家族でまったりと過ごした。んで例のごとくショッピングモールなんかを見て回ったり・・・。ボクの誕生日なのになぜかコムサのバーゲンで娘やらー君の服を買いだめしてみたりして(笑)。まあ結局ボクはGLOBAL WORKでニット(なのかカットソーなのか)とカットソーを買った(厳密にはヨメに買ってもらった)。あ、別にGLOBAL WORKは決してモードっぽくなくて、こだわりでも何でもないんだけど、ラフな感じとか軽い"和テイスト"もあったりして、比較的普段着には好みのものがあるので、以前から一度着てみたかったのだ。夕食はあるインドネシア料理専門店で。何を隠そう今年(6月1日)は我々の結婚10周年でもあるのだが、我々の新婚旅行はバリ島だったのだ。まだ子どもたちを連れて外国へ行くとゆー面倒なことは決行していないのだけれど、いつかは行きたいなと思っている。で、とりあえずその雰囲気だけでもってことで、ガムランのBGMとバリらしい装飾のお店へ。子どもたちには「お子様セット」みたいなのがあったからそれを。我々はとりあえず無難にナシゴレン(確かナシ=ライス、ゴレン=フライドってことらしく、フライドライス、つまりはチャーハンみたいなもの)と、エビの串焼きなどを食べた。デザートにオマケの「バナナの天ぷら」がついたのだが、文字通りホントに熱々に揚がったバナナにシナモンがふってあってココナッツアイスが添えられたそのデザートはイメージとは裏腹になかなか美味いっ!皆さんにも機会があればトライしてもらいたい。夜、雪が降り始めた。明日は銀世界だろう。
Jan 6, 2007
ついに正月三が日が終わってしまった。明日から仕事復帰。はーーー。気が重いなあ。ところで、ふらっと立ち寄った本屋で、High fashionとゆー雑誌と、なぜか発行されたのを知らなかった「NICE AGE YMOとその時代―1978‐1984」とゆー本を発見、YMO関係は「はぁ?」みたいな内容の本もあるが、パラパラっと見ると渡辺香津美氏や土屋昌巳氏のインタビューも載ってるよーだったので、即購入。土屋氏がホントにYMO、ことに細野さんを尊敬しているのが伺えるインタビューだ。High Fashionは、以前にMr.High Fashionとゆー雑誌があって、パリコレとかの写真もふんだんに載っている男性ファッション誌で、ボクもよく目の保養のために買っていたし、YohjiやY'sのショップにもよく置いてあるような雑誌だったのだが、いつの間にか休刊になってしまっていたのだ。で、もうその系統の雑誌はないと思っていたところ、実はHigh Fashionとゆー、これまでは女性ファッション雑誌だったものに統合されていて、ちょっと買ってみたとゆーこと。あくまでも目の保養にしかならないんだけどね。ところで、今年のカレンダーを見て初めて知ったのだけれど、「みどりの日」って5月4日に移動したんだね。んで、4月29日は「昭和の日」ってか?!へ~。まあ別に休みならそれでよし。とりあえず今週は明日・明後日出勤したら3連休。2日間がんばろっと。
Jan 3, 2007
実家に弟家族(女の子8,5,4歳の3人)とウチの家族が集まり、しゃぶしゃぶなんぞをした。事前に1.5kgの牛肉を買ってあったので、余裕でイケる(余る)。と思っていたら、しっかりなくなった誰だ食ったの! ボクかもしれない。そして夜には多賀大社へ初(ではないが)詣でに行った。なんかいいね。雪がないってのは(笑)。ところでDJ OZMAの紅白でのパフォーマンスはどうなの(笑)。我が家では「なんじゃありゃバッカじゃね~の~!(笑)」とゆー感じだったのだが。その後、NHKがちょっと弁解がましいコメントを出してたけど、あれはあれで仕方なかったのかなとも思うな。NHKの対応が云々と言われていて、まあ公務員だから肩持つわけじゃないけど、あの時点ではあれ以上の対応はできなかっただろうな。と思うから。ただ、DJ OZMAを出場させた時点で、「やるだろね。」って話は出てるはずな訳で、結局NHKも話題作りを狙ったかもな。なんて思うのは考え過ぎか。それはそうと正月休みもあと1日・・・。1週間近くもあったのに。ホントあっという間だったなぁ。どーでもいいけど食べ過ぎで・・・・やば・・・。
Jan 2, 2007
皆々様、新年あけましておめ。本年もどうぞよろ。今年はとてもいい天気の正月で、気分がいい。それはそうと今年はぜひとも作品を発表したいものだ。去年は結局・・・何も出してないような今年はなんとKATE20周年だったような・・・。あと、企画ものや他のユニットも考えていて、なんとなくまた自分のソロアルバムが遠のいているような(笑)。んで目標!○今年は作品を2つ以上発表する。○今年こそDAWをマスターする。(今更かい!)
Jan 1, 2007
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