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通常プランだと昼過ぎにホテル集合でお帰りの日なのだが、延泊したのでフリーの一日。
6:40ホテルで朝食。
ちょっとだけメニューが変わっていたが、基本は同じ。
でも種類は多いし、どれもおいしい。

7時過ぎに、近くのタクシー乗り場へ。まだ薄暗く、静か。
朝の渋滞も考えて早めに出たが、スイスイで、10分ちょっとでオペラ通りのマイバスに到着。
既に、日本人が大勢集まっている。
ヨーロッパのオプショナルツアーの会社は何社かあるが、マイバスはJTBブランドで安全。
(といいつつ、こないだのルクソールの熱気球事故にあったのはJTBツアー客だけど。)
事前購入チケットで受付をして、暇なので街をぶらぶら。
遠くにオペラ座。
静寂のパリの街だが、一部は動き始めている。
どこをみてもやっぱり綺麗。
朝カフェしてる人もいた。

8時出発。
快適シートで行くモン・サン・ミッシェルとノルマンディーの小さな町1日観光(昼食・夕食付き)175EUR。
そう、モン・サン・ミッシェルへ行くために延泊したのだ。
モン・サン・ミッシェルはパリから遠いので早朝から深夜まで丸一日かかるのだ。
もう少し安いプランもあったが、バスの長旅なので快適シートのプレミアムプランで。
案の定、30分前に出発したエコノミープランは、おばさん・おじさんの大集団だったが、今回のプランは20人ちょっとでバスも空いていた。

まずは、パリの街中。
コンコルド広場。
シートが広くて窓も大きいので反対側も撮れる。ANAのバスも似た感じだったが、こっちはリクライニングもできた。
シャンゼリゼ通り。
なんか、小雨模様で雲行きが怪しい。

セーヌ川を渡ってパリの街ともお別れ。
高速道路をひたすら走る。ノルマンディーへひたすら北西へ。
郊外は、牧草地帯や穀倉地帯などで広々としている。
ちなみにフランスの高速道路は制限速度130km/h、有料で時々ゲートがある。

9:40、ヴィロンヴェのSAでトイレ休憩。
お店や飲食店もあり、いつものコカコーラゼロを。
入り口には、バラが咲いていた。
この人数でもトイレに殺到すると時間がかかるし、大人数のツアーだとほんとに時間が無いよな。

オワセルの辺りで、セーヌ川を渡る。
セーヌ川も近くをずっと北西に海へと向かっていたのだ。
あとは、またひたすら、ノルマンディーを西へ。
さらに、のどかな草原。牛さん、いっぱい。
ガイドのマドモワゼル、日本語が堪能で、ずっとしゃべっているが、みんな朝早いのでおねんね。

カーンのオルヌ川。
カーンから海まで14km、でも川の交通が発達していて、船で海まで行ける港町だ。
そして、その海はノルマンディー上陸作戦で侵攻してきた場所だ。
カーンを離れて高速を西南西に。
草原に森が点在している。
12:20、ついに遠くに小さなプラミッドのようなものが。
少しずつ、大きくなっていびつな形になってくる。
モン・サン・ミッシェルだ。

少しして、高速を降りて下道を。
沿道には、石造りの素敵なおうちなど、バラも綺麗だった。
12:40、モン・サン・ミッシェルの手前の街に到着。
レストラン、La Rotisserieで昼食。
大きなしゃれたレストランで、フロアに他の日本人ツアー客があふれていた。

まずは、モン・サン・ミッシェル名物のオムレツ。
巨大なオムレツを取り分けてくれる。
ふわふわでやわらかいが、メレンゲと混ぜたみたいなやさしい味で、みんな塩胡椒を追加して食べてた。
シードルもついた。リンゴのお酒で、アップルジュースを発酵させたみたいでのみやすかった。

魚料理は、スズキのソテーかな。こってりソースと野菜がついて、フレンチらしく。
リンゴパイは、さくさくにリンゴのスライスとコーティング、しっかり味。

食後に、バス停まで少し歩く。
モン・サン・ミッシェルは、今は堤防道路でつながっているが、工事中でもあり、シャトルバスが5~10分間隔でピストン輸送しているのだ。
バスを降りると、憧れのモン・サン・ミッシェル。
小島の上にそびえる修道院で、海の中に立つその姿は西洋の驚異と称され、世界遺産でも一二を争う人気のところだ。
サン・マロ湾は潮の満ち引きが激しいところで、満潮時は海に浮かぶ孤島となり、かつては干潮時にできる道を通って巡礼していた。潮に飲まれて亡くなる人も多く、モン・サン・ミッシェルに行くなら遺書を書いていけとまで言われた聖地だ。
1877年に堤防道路ができて行き来できるようになったが、その後は砂が2mも堆積し、島が海に浮かぶことは少なくなったという。
訪問時はたぶん引き潮だと思うが、遠浅の干潟に少しだけ水が残っているような感じだった。
島の上半分は三層の建物の修道院が占め、頂上には聖堂がそびえたち、高い尖塔が空に突き出ている。裏側はラ・メルヴェイユといわれる三層の修道院の居住場所。
島の下半分はグランド・リュといわれる参道の街となっている。
ため息の出る存在感と美しさだ。
周りは、立派な城壁に囲まれ、イギリスとの百年戦争の際は海峡に浮かぶ要塞となった。
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