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元はインカ時代(クスコ王国は13世紀から、インカ帝国は1438年から)のコリカンチャ(太陽神殿)で、黄金で埋め尽くされていたらしい。1533年にスペインのフランシスコ・ピサロが滅ぼし、黄金をすべて強奪し、土台の石組みの上に教会を建てた。

教会へと歩いて行く。
最盛期には広大なアンデス山脈をほぼ支配したインカの首都も、100年ほどの短命で、今は観光の街。
今日のわんこ。
ペルーも野良犬が多い国だが、狂犬病のあるところなので近寄ってはいけない。おとなしいけどね。
インカの花、カントゥータが咲いていた。
毛糸の帽子やマフラー売りなど。
土台のインカの石組みは、隙間無く強固で、Rまで描いている。

教会の部分は、赤煉瓦や石造り。モルタルなどで繋ぎ合わされ雑。
十字架があるが、スペインの植民地化後は、先住民の文化は滅ぼされキリスト教でスペイン語となったが、古来のインカの神々の影響も残っているようだ。
ベビーアルパカを抱いた物売りもいた。
今は博物館になっていて、10ソルのチケットを受け取り、入る。
すぐ横に、キリストの礼拝堂があるが、撮影禁止。
中庭へ。
インカ時代は、黄金が敷き詰められ、中央の井戸も黄金で覆われていた。
今は、教会の回廊が取り囲んでいる。
右側から廻って見る。
最初の部屋の入り口は、二段になっていて二重扉があったそう。
そして、その入り口の石は14角の石。カミソリの刃も通さないインカの石組み。
次は、星の神殿で広い。
くぼみには神像がおかれていたらしい。
大きな窪みは、王の椅子とも言われている。
17世紀、植民地時代のフレスコ画。
しかし、石組みの隙間の無いこと。
教会の回廊には、壺や絵も。
石組みの石は、安山岩などでクスコから35km離れたところから、車輪がない文明のため、人や家畜を使って運んできたもの。
ペルー、チリ辺りは、地震が多い地域のため、凹凸を組み合わせ耐震性をもたせ、さらに隙間なく積んであるのだ。高度な石の文化だ。

インカ時代のコリカンカの模型。
周壁には金の飾り、中庭を囲むように神殿があり、茅葺き屋根がかけられ、ところどころに金。
御輿にのった王も。
反対側にも小神殿が並んでいる。
微妙に石壁が傾いているのは、耐震のため。
雷の神殿。
生け贄の台。
ニッチには、黄金の像が置かれていた。
虹の神殿。
他のツアー客も混ざって混雑。やはり、26人は多い。
各神殿の窓が、ぴったりと同じ位置で合っている。
石積みの穴を石で補修した跡。ぴったり。
中庭に戻り、振り返ると、入り口側の回廊にはフレスコ画が描かれていて、教会の塔がみえる。
教会のフレスコ画は撮影禁止だけど、遠目に撮るのはokと。
その左奥には、ゴシックのリブボールドの通路があり、
インカの世界観が描かれた金の板がある。
コンドルが守る天上の世界、ピューマが守る地上の世界、蛇が守る地下の世界の三層に分かれている。
すべての金は、スペインへ持って行かれたので、レプリカだが。
インカの最後の皇帝アタワルパは、ピサロと交渉し、金を渡すので立ち去るようにお願いしたが、結局は騙され、処刑されてしまった。
スペインのセビリア大聖堂の黄金の祭壇衝立は新大陸などの3トンの黄金が使われており、インカの金もこうなったんだろう。
ワマン・ポマの「新しい記録と良き統治」という1615年にスペイン国王に送った書物のイラストが張ってあった。
当時のインカの歴史、スペイン人による征服史などがカスティーリャ語で書いてある。
王を中心とする農耕民族という感じで、最盛期はアンデス一帯に80の民族1600万人が住んでいた。
インカとはケチュア語で王、文字は持たない文明だった。
アンデスには、紀元前2500年から幾多の文化が生まれては消え、プレインカは謎のまま、そしてインカは、
農耕、高度な石の建築、土器、織物、インカ道などで、アンデスをおさめた最後の先住民国家だったが、1438~1533年と100年持たなかった。
1532年に黄金帝国探検にきたスペイン人のフランシスコ・ピサロの160名の軍は、2万人のインカ軍と対峙し、皇帝アタワルパに謁見するふりをして生け捕りし、インカ軍をおさえたのだ。その後は、アタワルパを監禁し、解放の約束で国中の黄金を集めさせ、奪った後に処刑して、インカは終わる。
で、きれいごとにしてスペイン国王に報告ってわけか。。
さすが、白人、、金持ちは強欲で恐ろしいことをする。馬鹿は、信じられないことをするが。口悪くてゴメン。
通路から、外に出ると、教会の庭、クスコの街が見渡せる。
赤茶の屋根に白い壁、なぜに3400mの高地にという気はするが、海岸の方に行っても砂漠だし、アンデスの西の熱帯雨林との間で緑もあるし住みやすかったのかもしれない。
クスコはケチュア語で「へそ」を意味し、太陽の子である王が暮らし、宇宙の中心だった。
山には、VIVA EL PERU ペルー万歳、右にはペルーの国章が刻まれているが、見づらくなっている。
インカの首都クスコで栄えた先住民の文化は、スペイン人に滅ぼされ、スペインの植民地となり、スペインの文化が植え付けられたが、やはり、スペインが嫌いでナショナリズムがあるのだろう。

庭にはカントゥータが咲いて、すばしっこいハチドリもいた。
帰り道、結婚式のパレードに遭遇した。
サント・ドミンゴ教会は、インカの太陽神殿のなごりがあり、これからのペルーの旅のはじまりによかった。
http://peruing.zening.info/cusco/domingo.htm
サント・ドミンゴ教会
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