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19日(日)鳩吹山の南西の西山(両見山)へ川平ルートで登って桃山遊歩道から栗栖神社へ下山してきました。名鉄可児川駅から西の国道41号から木曽川の日本ラインまでの可児市と犬山市の境界に広がる里山は、道路地図には山名が載っていませんがたくさんのルートがあり、冬の低山歩きにはちょうど良いのです。今年の初登りに寂光院から継鹿尾山に登って大平山へ歩きましたがそのルートも今回の低山歩きの一つのルートです。網の目のようにたくさんのルートがあって、色々な歩き方ができるので人気のある低山です。低山ですがどこからも天気が良ければ御嶽山や白山、中央アルプスが見えるということが魅力の一つです。県道185号を栗栖神社を通り過ぎて、林道の突き当りまで行き川平ルートの登山口は沢を渡ります。ブロックやロープが付けられ渡りやすくなっています。急登をぐんぐん登って第一展望台と名付けられた展望地から木曽川の日本ラインと、ずーっと向うに中央アルプスの山並みが見えて左の山の陰から御嶽山が少し見えています。その次の第二展望台からは、先ほどの御嶽山がもっとよく見えます。ズームで納古山の向うに御嶽山中央アルプスのズーム今日は中央アルプスの山並みが良く見えます。尾根の急登を登りきったら、緩やかな稜線歩き気分よく落ち葉をサクサク踏んで進みます。第三展望台から、高賀三山の右に雪の白山がその名の通り真っ白に輝いています。少しズームで左には能郷白山が見えています。少しズームの能郷白山御嶽山が堂々とみえて、さらにその左に乗鞍岳も頭を出しています。少しズームで高度を上げるとどんどん姿を現して見ごたえがあります。白山のズームさらに快適な稜線歩きを進んで行くと栗栖鉱山跡の看板が左の崖にマンガン鉱の採掘坑道があります。初めてこのルートを通った時には行って見ましたがすごい崖を下りて坑道を覗いたのですが、戻って来るのにすごい斜面をよじ登ったので今回は行きません。桃山遊歩道との分岐帰りはここを桃山遊歩道へ行き栗栖神社へ下ります。この尾根上で一番高い天神山(324m)山頂KIKIの立っている左に猿啄城(さるばみじょう)から明王山、金毘羅山の関南アルプスが見えています。足もとの町は坂祝町です。正面の御嶽山はますますはっきりと見えて、乗鞍岳もしっかり見えています。そして次に第四展望台御嶽山と乗鞍岳と美濃加茂市の町白山中央アルプスと笠置山(中央)と恵那山(右)岩場の第五展望台から御嶽山と乗鞍岳第五展望台の岩場から目の前は鳩吹山そのずーっと向うに恵那山お昼ご飯は今日は風が無いので、第五展望台の岩場では無く、その下方に作られたベンチで山を見ながら頂いて、西山に向かいます。途中で中央アルプスと木曽川が良く見えるところから中央アルプスのズーム宝剣岳(中央)、左に木曽駒岳、右手前の大きな山塊は三ノ沢岳です、これくらいの方がよくわかりますね。3000mに近い山は雪と氷の世界ですね。西山山頂(339m)四等三角点今日はここで写真を撮って戻りましょう。途中の分岐を桃山遊歩道の方へ左折して、途中で先ほどの西山が見えています。鉄塔の下をくぐってどんどん下って行きますが、意外にこれが長くやっと目標の一つである、「東久邇宮殿下御展望之地」の石碑滑りやすい落ち葉の海を泳ぐように進む・・・一度滑って転んで尻餅をついて、一昨年の11月の骨折を思い出して悪夢がよみがえりました。ザクザク音を立てて、落ち葉の中の石車に注意しながら進みますが一度転んでからはもっと慎重に・・・栗栖神社の奥に下山して県道185号を突き当りまで歩きます。その先の林道に止めた車まで約1キロと少しです。天気は下り坂で、曇ってきました猿啄城が右端に見えて、左のピークにアンテナが見えるので明王山です。岩尾根の上の猿啄城テクテク歩いて車に戻って今日の低山散歩は終了。今までになく、今日の川平ルートは人が多くてたくさんの人と出会いましたが下山の桃山遊歩道の方に下りたら誰にも出会わず急にイノシシの掘り起こしがいっぱいの道になり人よりイノシシの方に遭う確率の高い道なんだね~今日の低山散歩は御嶽山、乗鞍岳、白山、中央アルプスの展望抜群の山歩きでした。
2020.01.22
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11日(日)天気予報どおりなら、日曜は天気が悪くなるから土曜に山に行くことにして、昨年末の鬼飛山から見えた、みのかも健康の森の髙木山へ、そして初めての梨割山とのセットで登ってきました。髙木山は2007年と2019年のどちらも7月に登っています。その後に行く梨割山と加治田城趾は歴史好きのKIKIにとってロマンを感じるところです。加治田城は別名「却敵城」敵を退けるという名前を持っているほど難攻不落の山城です。永禄8年(1565年)尾張の織田信長が、関・加治田・堂洞の中濃三城を制圧するために富加町に攻めて来た様子が信長一代記「信長公記」に記されています。犬山城を攻略後、富加町の加治田城、堂洞城へ圧力を強め犬山の鵜沼から猿喰城へと進行し、ついに堂洞城を包囲する。加治田城主 佐藤紀伊守は、堂洞城主との同盟を破って勢いのある信長方に寝返り堂洞城を攻めたという。(山頂の看板から)みのかも健康の森の駐車場に着いたらたくさんの車がすでに停まっています。お昼ご飯は持たずお茶だけ持って出発。天気が良くて風もないので暖かく冬の登山日和です。歩きはじめから、目的の髙木山が見えています。青空で雲一つありません。どんぐりパークの横を歩いて階段を登ったらここから777段の恐ろしい階段登りが始まりますが・・・右の林道から下りて来る人に尋ねたら、最近できた林道の方が楽だとのこと。階段登りをやめて林道歩きに変更です。未舗装だから足にも優しいし、夏は日陰が無いから暑いかもしれないけれど冬は暖かくて展望も良いからこの道にして正解!!私の後ろの納古山の西尾根の向うに御嶽山が雪を被ってきれいです。私の後ろの尖がりの山は、山之上富士山で三角錐のいい形です。少しズームにしてみましょう。山之上富士山(357.2m)の尖がりの右に、中央アルプスが雪を被って光っています。さらにその右に百名山の恵那山髙木山の山頂(342.5m)の広場には展望台があり一番上にKIKIが手を振っていますが分かりにくいですね。北側の左は能郷白山の頭が雪を被っているのでわかります。真正面は雪の白山西側の展望は一番奥の山並みは養老山地から鈴鹿山脈写真右端に少し雪を被った伊吹山田んぼの右の鉄塔がある山隗が、次に行く山梨割山と加治田城趾でしょうね。白山のズーム御嶽山は少し雲がかかりはじめ中央アルプスも雪で真っ白能郷白山のズームです。伊吹山のズームわかりにくいですが、伊吹山の手前のなだらかな山は池田山次に行く梨割山(一番右奥)加治田城趾は南に開けている真ん中の高い所でしょうね。鈴鹿の鎌ヶ岳(1161m)が左、御在所岳(1210m)が右にうっすら見えています。髙木山山頂は360度の大展望でした。下山は西南の尾根を下ります。振り返って山頂を見たらすこし展望台がみえました。暖かい自然林の尾根を下ります。少し寄り道をして、途中のピークにある愛宕神社に向かいます。愛宕神社が祠も無く、愛宕神社と彫られた石柱だけポツンと立っています。登山の無事とお礼をおまいりして下山。石ころが出て来て石車に注意して歩きます。途中から777段の階段の途中に合流することになり終わりが見えないほど長いやっと終点が見えて来て、結構な階段でした。下山後は駐車場でランチを頂き次の山の梨割山へ向かいます。登山口の清水寺の山門寺の駐車場を過ぎてそのまま道なりに進むと、結局林道終点まで行ってしまいました。結論的にこれは失敗、寺の駐車場に停めて、参拝してから山に入るのが一番無駄がないことを後で知りました。林道終点の右から長い階段を登ります。階段を登りきったら沢の堰堤があり沢沿いを山に入っていくと「山の神」の石碑があります。「神」の字が少し変わっているので変だね?と話しながら登ります。梨割山は右へ、加治田城趾はまっすぐ進みます。まず城址からの展望を日没までに楽しみたいから、加治田城趾へ行きます。看板が現在地を教えてくれるので助かりますが加治田城には赤いラインが無いので、道があるのかな・・・左へ行くと近道、まっすぐは本道となっているので初めてのところだから、近道では無く本道を進みましょう。緩やかに左に回り込んで登って行くと尾根に取り付きます。岩の稜線はロープの向うは崖です。稜線から南の展望は名古屋のビル群が山と山の間から見えてこの平野を敵が進んでくるのが、良く見えてここに城を作ったことが良くわかります。少しズームで、右の山の上に砦の櫓が見えています。さらにズームで見て見たら、猿啄城です。明王山と金毘羅山の稜線を下って来ると、たどり着くのが坂祝町の猿啄城趾です。この加治田城から、信長軍に攻められ陥落する猿啄城(さるばみ城)を見ていたのですね。稜線を進み樹間から、加治田城趾が見えて来ました。案ずる事は無く、普通に稜線を進むと加治田城趾につきました。看板の赤ラインが無いから、途中から道を探さないといけないかと思ったけれど。城址の広場は加治田城の謂れの看板があるだけしかし平野にある山城だけあってすごい展望です。ここから織田信長軍が進軍して来るのを見ていたのですね。加治田城主は自分の娘、八重緑姫を堂洞城主 岸勘解由方に嫁がせて婚姻関係で同盟を結んでいたという。加治田城側が信長方に寝返ったために八重緑姫は、見せしめで竹槍で殺されたという。時世を見て自分の娘を犠牲にしてまで信長に寝返った加治田城主とそのまま城を枕に討ち死にした堂洞城主の生き方は、戦国時代の厳しさを感じます。KIKIの後ろにみえる山が、梨割山です。加治田城趾から後ろに梨割山が見えています。加治田城が「却敵城」(きゃくてき城)と言われるのは、この梨割山が後ろに聳えて天然の要塞の壁になっているのもひとつの要因でしょうね。梨割城への登山ルートはこのほかにいくつかあるのですがすべてに登るのが険しいところがあるそうで、そこで敵を迎え撃ったそうです。山頂直下には「曲輪」の表示もありますが、次の梨割山にも行かなければいけないから時間が無いので曲輪跡を探さずに下ります。途中で出会った一人の男性は、曲輪には石垣の跡があったと言っておられた。梨割山への分岐に戻ってきました。サクサクと落ち葉を踏んで山腹を緩やかに進んで行く直角に右の斜面の直登が始まる、実際は写真で見るよりすごい斜面です。ボクサー犬を連れた男女が下りて来て、今日この山では3組4人と出会いました。もうすぐ山頂~~傾いた太陽が目に入る梨割山山頂(278.2m)二等三角点もあり、ベンチも二つあります。先ほどの加治田城趾も樹間から見えて位置関係がわかります。下りは途中でロープを掴んで下りました。登りではそのありがたみが全くわからなかったけれど下りでは落ち葉が滑るし、雨の後や雪の時はとても助かります。(写真は下りの途中で振り返って上を写しています)下りて来て大急ぎで清水寺を見学と参拝。この山門は増長天と持国天を祀っているため「二天門」と言われています。門も、県の重要文化財で、増長天像と持国天像の二つの像も富加町の重要文化財です。谷のドン詰まりに本堂があるから、本堂へは大急ぎで長い階段を登ります。途中の苔むした石組は城が有った当時の物のような古い石組です。無住のお寺なのにきれいな境内小さいけれど風格のある本堂坂上田村麻呂が開祖というだけあります。国の重要文化財の木造 十二面観世音菩薩像と,県の重要文化財の木造 地蔵菩薩立像が安置されているという。境内の右の御手水場の右に「梨割山へ」の看板があり谷のドン詰まりの寺の上が登山口なので結局ここから山に入るのが一番無駄がないということがわかりました。今度来るときは、下の駐車場に停めてここまで登り参拝後梨割山へ取り付くことにします。城跡めぐりのブームもあって、今日は意外にたくさんの人に出会いました。みのかも健康の森の髙木山の帰りに、ついでに立ち寄るつもりで登った山ですが意外に見るべきものがたくさんあり、歴女好みの山でもあるので今度はゆっくり清水寺参拝と城跡めぐりしながら登りたいと思った山でした。
2020.01.13
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5日(日)2020年の初登は犬山市の継鹿尾山その麓のもみじで有名なお寺、寂光院は今年の干支の子年の守り本尊の千手観音様を本尊としてお祀りしているそうです。実はそれを認識してはいなくて、たまたま行ってから気づいたのですがなんとちょうど良いことでしょうと、少しうれしくなってしまいました。継鹿尾山には今回で6回目初めて登ったのは1996年1月色々なルートから登れますが、登山道は東海自然歩道でもあるのでいつもたくさんの人が登っています。KIKIも初めての時は善師野から、二度目は大洞池経由で、三回目は石原登山口から、4回目は不老公園から大平山経由で5回目は寂光院から登って大平林道で下山しました。今日は寂光院で初詣をして、継鹿尾山に登って大平山に登り不老公園に下りました。一番上の駐車場はまだ少し余裕が有り、車を停められましたので支度をしていると次々に初詣の参拝客がやってきます。この写真の右端に、写ってはいませんが小さなケーブルカー乗り場があります。登山のザックを担いでいる人は小さなケーブルカーには乗れません。足の悪い人やお年寄り用の小さなケーブルカーはどういうわけか、いつもタイミングが悪くて見たことがありません。200円以上のご寄付で乗れるそうですが、いつも私たちはここへ来るときは登山ザックなのでのせてもらえないのです。登山するぐらいの人は自分のアンヨで歩きなさいと言うことですね。と言うことで長い階段を登って本堂に向かいます。本堂の南には展望の良い広場があり、そこからは犬山市街から岐阜城方面まで見渡せます。本堂の後ろは、今から登る継鹿尾山の手前のピーク)が見え、写真では写っていませんが、右端に継鹿尾山の山頂と休憩舎が見えています。本堂で初詣の御参りを済ませて本堂と境内境内の奥から山に入ります。滑りやすい山土と、石車に気を付けながら登っていきます。尾根のピークには御嶽神社があり、お参りしながら登っていきます。尾根を登りきったら、ほとんど水平の尾根を山頂まで歩き途中で山頂の展望舎が見えてきました。(ズームで写しています)尾根の稜線上の左に木曽川が流れ、すぐ横には大平山が見え、さらにその向こうはうぬまの森の陰平山、その右奥に関南アルプスの明王山、金毘羅山が見えています。継鹿尾山山頂(273m)、二等三角点があります。展望休憩舎にはたくさんの若者たちがいて、何かのイベントをやっています。そこから大洞池方面に長い階段を下りていきます。数を数えようと思いましたが、このあと階段だらけで数えられません。一番好きな場所にやってきました。ここは初めて継鹿尾山に登った1996年1月は、すごく良い天気で雪をかぶった御嶽山から中央アルプスの山並みがズラーと見えて感動したのです。まだ登山をやり始めた二年目で、いつかあの山に登れたらいいな~と思っていました。だから継鹿尾山というとこの場所を思い出します。あいにく今日は雲が多くて遠くの山の展望はありません。この後、たくさんの木階段が出て来て、登ったり下ったりを繰り返しながら鳩吹山の方を目指して歩きます。この写真の後、木のテーブルと椅子があるピークでランチタイム。今日は慌てて出てきたので、カップ麺とおにぎりと抹茶カプチーノだけです。しかし今日は寒くておまけに食べ始めたら霙まで降ってきたのであたたかいカップ麺は、体の芯から温まり寒がりの我らには助かります。再び歩き始めますが、相変わらず丸太階段が続くので気が抜けません。昨夜雨が降ったので濡れた丸太は滑ります。やっと丸太階段から解放されて山道を歩くと、倒木が道を塞いでよっこらしょと跨がず、くぐって通過石原登山口が下に見えてきました。最後の関門、ここは山土が滑ります。だからご丁寧にロープが張ってありますが、何とか慎重につかわずに下りられました。写真の階段を登れば鳩吹山方面に行きます。写真の左の舗装道路は大平林道で、そのまま下って不老公園に下山できますが我らは、鳩吹山の方へ少し上り、分岐を左の大平山の方へ向かいます。今、下りてきた方です。雲が無くなって太陽が出てきました。南斜面の明るく暖かい登山道分岐鳩吹山へは右上へ、我らは左へ向かいます。日当たりの良い南斜面大平山山頂(291m)木曽川を下に見てここから尾根を下って行きます。山頂から急斜面をどんどん下りてこの斜面が意外に長くて、反対周りで登りに使った方が良かったのかな~と少々後悔しながら下りて行きます。落ち葉の中の小石が石車になって、危ない危ない!!こんな登山道は昔の若い時みたいに、どんどん勢いで下山することはもうできません。岩場で左側に先ほどの継鹿尾山が見えています。正面には名古屋駅前のビル群痩せた岩尾根は絶好の展望地木曽川の流れとうぬまの森と陰平山とその奥の明王山と金毘羅山の関南アルプス大平林道の登山口には急斜面で下りてきました。県道横の不老滝を見て、寂光院まで舗装道路をテクテク歩いて 寂光院の駐車場の手前まで戻ってきましたもう車は4台しか残っていません。しっかり一日遊んで今年の登り初めでした。
2020.01.07
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この間の山(米田白山)の山頂でどなたかが小石で書いてくれていたので写真を撮って今日の新年のご挨拶にちゃっかり利用させていただきました。今年もよろしくお願いします。
2020.01.02
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