2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全23件 (23件中 1-23件目)
1
中学受験のために小学4年から6年の3年間で400万円を使ったという記事がある。私の回りでも,子供を私学に通わせたいといって教育費を稼ぐために仕事を出るという母親がいる。その母親は,私にいかに公立がだめで,私学がよいのかの本があるから,私の読めという。特に公立では,英語と数学の授業時間が少ないということを強調する。ある意味では,子供のために身を粉にして,子供の教育費を捻出するために全身全霊をかける態度は,頭が下がる。涙ぐましい。しかし,なにかおかしい気がする。私たちは,何のために生まれて来たのだろうか。そんなとき,フィンランドを思い出す。その国には,塾も特別な私学もなく,社会福祉が充実していて,子供の学力が世界1という。世界で2位の経済大国であり,塾もあり,私学もあり,社会福祉が不十分であって,学力は低いというわが国である。社会全体の構造が人間,そして子供を不幸にしている気がする。どんな親でも子供を幸せにしたい。言えることは,私達は子供の一生の面倒はみれない。しかし子供が一生を生き続けるだけの「たくましさ」だけは与えたい。挫折に打ち勝つだけの力を与えたい。なんとか,すれば私学に入れることもできる。しかしその親心が子供をだめにしないか,親がなんとかしてくれる依存心を与えないか,考えたりする。ここがフィンランドなら悩むことはない。選択する余地はない。いずれにしても本日の夜の12時をもって,団体の役員の任務は終了だ。4月から小学校のお父さんの会(103の会)ばかりではなく,今年は,中学でもお父さんの会を作ってみたいと思っている。
2006.03.31
コメント(0)
ぽん太が田舎から帰ってきた。一人で帰ったきた。まあ,勇気のある子だ。朝出かけに,「春休みは大いに遊べよ。みんなを集めてサーカーでもやったら,それら少し勉強だ。」といったら,「サッカーボールは田舎に置いて来たからできない。」といった。「それなら,こういう機会に本をよんだら」というと「ずっこけ3人組はおわっちゃた。」といった。「だったらこういう本をよんだら」とリビングにある『あー無情』を手渡した。少し眺めて,読み始めた。そんな姿を後にして自宅を出た。私は,殆ど小説を読まない。正確には読めない。そんな私になって欲しいなくこともあり,最近まで,自宅にテレビを置いていなかった(置いたのはパソコンでテレビを見るものであり,依然見ない生活を続けている。)。それでも中学生くらいのとき『あー無情』を読んだと思う。よい本だった。ジャンパルジャンが神父から受けた『愛』を糧に今度は人に『愛』をもたらす人間になった。これは,私の潜在的なあるいは本質的は人生の目標のひとつになっている。そんな意味でこの本をぽん太が読み終えたら,うれしい気がする。中1の長女は,図書館の年間読書の本のベスト何位かになった様だし,ほん太も読書好きな人間になってくれれば,本来テレビ大好き人間で,特にニースとかドキュメンタリ組番組を見ることを堪えていることに意味があると親馬鹿だが思っている。ぽん太,本を読んで,いろいろな人の人生を,イメージして欲しい。
2006.03.30
コメント(2)
子どもの通う学校に不登校のお子さんがいるという。他人のお子さんであり求められていなので,何も力になっていない。いろいろな事情があり,一言では言えないだろう。しかし,この問題は,親の全身全霊を掛けた問題であると思う。日々,放置することは問題の先送りであり,結局問題を解決できなくなる。中1の子が小学校1年生のとき,朝,学校に行きたくないといったことがあった。詳しい事情は子どもから聞かなかった。妻は,行かなくてもいいような態度だった。頭の中に不登校の文字がよぎった。この場合,無理に学校に行かせなくてもいいという考えのあることは知っていた。しかし,私は,毅然とかつ優しく「学校は行かなければならない」と言った。私は登校時間に少し遅れて,子どもと学校に行った。先生に子どもに託した。幸い不登校の問題はそれだけで終わった。大人は,仕事に出かけること,そして子どもは学校に行くことは,議論する余地のないことである。いやでも仕事をしなければならない。そして,いやでも学校に行かねばならないのである。親の立場では行かせなければならないのである。学校は勉強だけの問題ではない。集団生活という特別活動の面もある。極端な話,勉強だけであるならば,塾だけあればよい筈である。親はやがていなくなる。残った子どもが一人で生きる術をみにつけさせなければないない。放置してはいけない。いろいろて家庭の事情があるとおもうが,ときどき子どもから不登校の話を聴くたびにこんなことも思う。子どもに自己と戦う勇気を少しづつ後押しすべきである。学校の協力を得て,例えば,今日は校門まで,今日は,下駄箱まで,今日は教室の外まで,一歩,一歩勇気を支えてあげて欲しい。ある親では簡単なことでもこのようなことは困難と思う人がいるかも知れない。でもまず親が堂々と子どもを人前でも支える勇気を出してもらいたい。知っている例で子どもの学校にお子様の足が不自由で,松葉杖をつかわなければならない子どものために一日中つきっきりの母親がいた。知人の母親は,車椅子の子どものために教育委員会と交渉をして,学校で介護する約束をして,子どもと一緒に学校に通っていた。反対に仕事の関係でもう30歳を過ぎて7年間も引きこもりの子がいる家庭があった。おそらく,今も解決されていないと思う。問題は先送りされているだろう。豊かな社会,家族内の問題を解決しなくても日々暮らして行ける。子どもの生きる力の前に,明日に生きる子どもにために,親の問題解決の能力の有無が問われている気がする。がんばれ明日に生きる子どもたち,お父さん,お母さん
2006.03.28
コメント(0)
夕方早く,自宅に帰っていると,非通知の電話がかかってくる。非通知は原則電話には出ないが,私がいるときは,私が出ることにしている。女子学生風のものが家庭教師の勧誘の電話のことが多い。教育にお金を掛けることは,それぞれの家庭の考えである。私が,あまり,塾,家庭教師について懐疑的なのは理由がある。一般に塾の教師等は,中途半端な人とか、社会に適応ができないとか,何らかの事情が多いようだ。ただ学歴だけはある。しかし子どもには,一応の成功者,すなわち人生に果敢に挑戦し,自己の体験を通じて,積極的に人生の意義を見いだしている人に教えてもらいたい。人生の目標にできる人から教わりたい。大事なことだが,学校の教師との差は,塾の教師には,憲法,教育基本法そして児童心理学の素養がないが,学歴だけはあるということである。この差は,小さく無視してよいか,無視できないか,それぞれの親の見解の相違である。
2006.03.27
コメント(0)
妻の両親の旅館の金婚式に出かけた。丁度ビデオに入っていたボンタの2月のバイオリンの,3月のピアノのそれぞれの発表会の様子を再生した。大変に喜んでくれた。祖母は涙ぐんていた。ポンタがバイオリンをやめるといっていることについて,もったいないといっていた。小さいとき,厳しく母親から指導されようやく,ここまで来たのにもったいない気はわかる。妻の実家に戻って,中1の子と妻とのグランドピアノでの合奏も両親が喜んでくれた。防音室の狭い空間の音ではなく,澄んだ音は気持ちがいい。仕事があるので,子どもたちを残して,妻と私は一足先に帰宅した。春休みは,塾の春季講習会の選択もある。しかし勉強はついでもできる(と思う)。しかし,祖父母との交流は,それより大切と思った。いい思い出,そして,早春の信州の風景を楽しんで欲しい。
2006.03.26
コメント(0)
今日は,子どもたちの終業式だった。夜,子どもたちなりに,満足した1年だったようだ。家庭では見えないそれぞれの学校での活躍っているようだ。中1の子は,公立に通っている。公立は問題にされているが,楽しいといって,家庭科クラブで活動しながら,音楽の習い事と勉学をこなしている。音楽の道を目指しているようだ。小5の子は,当然であるが,遊ぶことが好きで,中途半端な勉学の態度で母親に小言をいわれている。仮にこの子を受験させるとすると,大変なことになる気がする。4教科を消化させるためには,親が叱りつづけなければならないだろう。仮に叱られて素直に勉強する子になった場合,それはそれで心配がある。個性のない「いい子」になってしまうだろ。他人の仕切られた人生を歩むことになるのではないだろうか。自己主張のないいい子にはしたくない。反対に仮に叱られて反発し,それでも叱って勉強させる状況の場合は,家庭がガタガタになる。そう思うと、今の家庭内に平和があるチンタラした状況が結果的に良いのかも知れない。新聞の広告では,中学受験に関する雑誌が次々創刊されている。子どもの能力と性格を考えず,その記事をそのまま実行して,意に反して子どもに不幸をもたらせないか,心配するのは,杞憂だろうか。いずれにしても明日から春休みだ。この機会に子どもに将棋を教えてやろうと思っている。まあ,いつも親馬鹿なことを考えているのである。
2006.03.24
コメント(0)
昨日に引き続き,小・中学生の部最優秀作品を仮名で紹介したい。なお,高校の部の最優秀作品の該当はなかった。 新しい平和のこと小 学 啓 子(小学校6年) 私は、今も世界中に埋められている『地雷』についての本を読みました。 “… カリッチさんは21歳左うでに大けがをし倒れた場所で地雷が爆発病院へ運ばれる途中でなくなりました“ 『続々・地雷ではなく花をください』の一部です。この本に出てくるボスニアという国は、冬季オリンピックの開催地にもなった所です。しかし、オリンピック開幕後、戦争が勃発。各地に地雷が隠されました。世界中で戦争のために使われている地雷の中には、子どもを狙ったおもちゃ仕立ての地雷や菓子箱風のも。・・・その後、ボスニアの戦争は終結しました。 カリッチさんの話には、続きがありました。 “… カリッチさんの倒れた場所は いっぱいの花でおおわれています でも花々がどんなに美しく咲いても 家族の悲しみは癒されません“ 私はこの本のサブタイトルの『平和だけではダメ!』という言葉の意味が全く分からず、「何でダメなの?」と思っていました。でも、カリッチさんの話の続きを読んで、なんとなく思ったのが、「何かムジュンしている」ということでした。気になったので、ほんの続きを読み進めていった時、疑問に思っていたことがはっきりと分かりました。 ・・・戦争は終わったのに、毎日地雷に怯えながら登校する盲学校の生徒を、先生が優しく抱きしめる話。目の前で地雷が爆発し、親友を公園で失った少女の話。戦争は、終わったはずなのに。 こんな光景は日本ではないと思うけど、地雷を埋めた大人、戦争を起こした軍人は、今、何をやっているんだろう。戦争はやめたけど、地雷は置きっぱなし。これじゃあ、自分勝手に遊び散らして後片付けをしないで帰っていく子どもと同じだと、戦争を知らない私が、腹立たしく思いました。戦争は街を破壊し、人間の心にも忘れられない程恐ろしい傷をつけます。終戦だけでは、人間の心の傷は消えないし治らない。「戦争やめて、平和条約結べばもう明るい平和なんだ。国同士が仲直りすればそれでいいじゃん。」なんて今まで私が思っていた甘い考えは、一気に覆されました。条約だけが平和ではない。終戦後、国と国との取り決めも大事だけど、人々の恐怖の種になっている地雷を、そして人々の恐怖や悲しみの心の傷を少しでも取り除いていくことが「本当の平和、みんなが安心し幸せに明るく生きていける世界」に近づいていけると思いました。 この事を私に教えてくれたこの絵本の収益金は、対人地雷ゼロ運動に使われるそうです。世界からの技術と寄付を使い、地雷だらけの地面の面積が、世界中の本当の平和を願う人々の手によって、狭くなりつつあるそうです。 これは、戦争が残していった被害に苦しむ人々が少しずつ減っていくことなので、私はとても嬉しく思いましたし、明るい未来が少しずつ近づいてきていると思うと、期待感が湧いてきました。 私は戦争を体験したことはありませんが、同じ地上のどこかで人々が苦しみ、恐怖に駆られるのはイヤです。そんな状況が『平和』とは言えないと思うし、事故のように今まで処理されてきた戦後の「本当の戦い」を終わらせることが、人々の想う本当の平和に繋がる。これが今の私の意見です。 私の様な小学生にできる事は少ないかもしれないけど、皆に呼びかけなどはできるので、皆にこの事と私の意見を知ってもらい、友達の考えも聞きたいと思います。 人は高い知能を持っています。それは人が戦争を起こす怖い力と、人を幸せにする力です。誤った使い方は大変な事になります。これからは、人を幸せにする力で、明るく本当の平和な世界が築かれる事を祈っています。私の感想戦争が終わっても地雷で傷つく人がいることについて,この小学生は,自分の目線で真剣に考えている。
2006.03.22
コメント(0)
今日私の団体のイベントがあった。1作文コンクールの大学一般の部の最優秀賞の作品は,印象的であった。大変感動したので,名前を仮名して引用したい。最優秀作品 大学・一般の部叔父の死で思う平和山田 花子 主婦 私の実家のお墓には、先祖代々の石碑の右隣に少し小さい石碑がある。それは、今から60年以上も前、20歳そこそこで南の海に沈んだ叔父の墓である。 叔父は、父の弟で召集で海軍の兵隊さんになり、南方に行き、そこで戦死したらしい。その知らせは、石が一つ入った箱とともに届けられた。遺骨のない石一つの葬式を、身内はしたのである。 届けられた石は、本当に叔父の戦死した南方のものなのか。私は、ときどき疑問に思う。遺族の慰めに、その辺の石を箱に入れて届けたのではないだろうかと。 実家の仏壇には、60年以上たった今も、昔と変わらず叔父の位牌と写真があるが、その部屋にある額に入った叔父の大きい写真が、寂しげに見えるのはなぜだろうか。たぶん写真は、兵隊に行く前にうつしたものだろう。 私は、幼いときから、この写真が不思議でならなかった。戦後生まれの私は、当然叔父に会ったことがない。でも、私と同じ家に生れ、時代が違ったというだけで戦争の犠牲者になる。ふる里から遠く離れた異郷で、何をおもって死と向き合っていたのだろうか。人間として生まれて20年余り。まるで、戦争に行くためにだけ生まれてきたようなものだ。楽しみも喜びも少ない短い人生である。それを思うと気の毒でならない。当時としては、これしか生きる道がなかったのであろうか。何としても残念である。 戦争は残酷である。日本には、叔父と同じような運命を辿った人が大勢いる。その人々のおかげで、今の日本があることを改めて私は思うのである。この礎になった無名の叔父の死を無駄にさせないためにも、今、私たちは平和について真剣に考えてみる必要がある。 テレビドラマや映画では、俳優が、肩書きのある軍人を演じると、それは戦争というより、美化された物語を作っていくように思う。戦地に行く人の孤独、残されたものの思い、厳しい環境など俳優さんによって正に逆の人間に作り替えられてしまう。 今、憲法第9条がにわかに騒がしい。 自衛隊が軍隊になったら、この国の未来はどうなるのだろう。周りの国々を考えると、やはり、はっきりとした軍隊があったほうがいいとも考えられる。しかし、それでは60年前にお国のために亡くなった数多くの人々に何と報告したらいいのだろうか。叔父は、あの若さで無駄死にをしたのだろうか。私たちは、戦没者に戦争はしないと誓ったはずだ。 日本は今、少子化に突入したといわれている。軍隊をもった時、自分から希望してこの軍隊に入る人が、果たしてどの位いるだろうか。一度楽した日本人が厳しい軍隊生活に我慢してついていけるのか。もし、軍人がたりなかった場合、韓国のような徴兵制になるのではないか。その時、また60年前の日本に逆戻りしたりしないだろうか。いろいろな疑問がわいてくる。 このように考えると、9条の改正は慎重の上にも慎重を期す必要がある。勢いに乗じて憲法改正をして、未来に禍根を残すことがあってはならない。 もっと時間をかけて、平和について、国民一人一人がよく考えてみることが大切であると思う。結論をだすのはそれからでも遅くない。 無名の人でも肩書きのある人でも、一つの命は尊くて重い。私たちは、歴史に学びつつどこまでも平和を求めていく必要がある。それが、60年前に戦死した叔父に対する私の答えであるように思う。私の取り止めものない感想「当時の人間は,戦争に行くためにだけ生まれてきた。楽しみも喜びも少ない短い人生である。」という文から,家にあった写真を思い出した。戦死して大勢で壮大な葬式を上げて,大きな墓石に埋葬したものがあった。今まで死んでいった身内の人の無念さを連想しなかった。そしてイラクで米兵は2300人戦死者をだし,イラク人は3万人も死んでいる。それぞれの家族でそれぞれの悲しみがある。2私が企画した笠木透と雑花塾のコンサートがあった。妻も子どもたちも聴きにきた。はじめて聴く人ばかりである。事務局長は,少女という歌を聞いて,涙か出てきたという。今,テレビとか,ラジオで流れてくる歌で涙が出てくるものはあるのだろうか。3その他の企画もあった。午後1時00分から午後6時40分までのイベントだった。さあ,家に帰って,一人で乾杯だ。
2006.03.21
コメント(0)
土曜日は,長女の音楽教室のバイオリンの試験,日曜日は長男のピアノ発表会で本年度の主な行事の終了。夕食の際,ぽんたに「バイオリンはどうするか,聞いた」ところ,「止める」といった。「ピアノだけにする」という。そうしていると,バイオリンの先生から,レッスン日の打ち合わせの電話があった。「楽譜も読めるし,技術もあり,才能がある」ようなことをいって,止めるのはもったいない」といわれた。お世辞であることはわかるが,ありがたい言葉だ。妻は「才能があっても,きらいなら上手にならない。やめた方がよい」という。私は,人に言われてしてもしょうがない。「やる,やらいは,自分で決めなさい」といった。バイオリン歴6年と11月,ピアノ歴2年と5月だ。12年の年月のうち,約7年バイオリンをしてきたのである。ぽんた自分の人生だ。
2006.03.19
コメント(1)
他のサイトでは,壮絶な中学受験のプログがある。遅く塾から帰ってきた子どもにさらに予定の勉強をさせたりして,寝る時間が深夜になっている。受験はある程度のノルマを消化しないといけないのはわかる。いろいろな道において,極めるにはそれ相当の精進が必要であることもわかる。問題は子どもにとって,憩いの場所と自己との闘い場所が同一であり,憩いの場所の世話人と闘い場所の世話人とか同じであることである。仮に会社なら,仕事をする場所と自宅とが別であり,家族のものに救いを求めることができる。子どもは誰に救いを求めることができるのだろうか(因みに,小5の子は,10時過ぎたら余程のことがない限り,妻は文句をいうことがあるが,私は寝かせる。)私達は,いろいろ欲しいものがある。思いつくのは,家,車,大型テレビとか,ブランドとしての学歴とか,しかしながら,忘れているものがあった。家族ひとり一人のこころの健康である。できれは,みんな手に入れたい。こころの健康は,多少無理をしても外見はわからない。子どものの悲痛な叫び声が聞こえて来るのはわたしだけであろうか。あの,ノルウエー画家ムンクの「叫び」を連想する。
2006.03.18
コメント(1)
「賢い人間になることが人生の本当の目的である。単に『勉強ができる』ということと,『賢い』ということは違う。『なぜ』,『どういうことか』を自分で考えることが『賢い』ということであり,そういう資質を備えていることが賢い人間である。文法を覚え,年号を覚えることは,『賢さ』とは別物だ。自分で考えないことは,試験が終われば忘れる。賢くなっていないのである(毎日中学新聞3月17日考える時間(池田昌子)参考)。ところで,学生時代にはいろいろな哲学者の名前があった。ヘーゲルとか,カントとか,西田幾多郎とか,こうした哲学者のいうことが理解できない自分の無能さを実感した。そんな経験を経て,毎日中学生新聞で池田女史の文に接した。大変わかりやすい哲学だ。思春期のこどもに生きることの意味のひとつの答えを与えるものだ。私も思春期にいろいろ悩んだことを思い出す。池田女史のようなわかりやすい哲学書に接していたら,もう少し楽になっていたかも知れない。しかし良く考えてみれば,悩むことは,何とかの定理を発見するようにこれまでの全ての体験知識を使った問題解決の努力の過程である気がする。その経験はその後の大きく言えば人生の節々に役立っていることは間違いがない。今から考えると毎日,哲学をやっていたことになる。明日に生きる子どもたちも,考え,悩み,現実に立ち向かって,そして未来を切り開いて欲しい。負けるな,現実に。ファイトだ,未来へ。
2006.03.18
コメント(0)
ポンタは,明後日がピアノの発表会であるが,練習もせず,家に帰ってまた学校に野球をやりにいったという。母親が小言をいっていた。でも,大勢でやる遊びはたのしいと思う。担任も入ってやったという。参加者は十数人というから,クラスの男の大半が一緒に遊んだことになる。食事のとき,疲れ切った表情だった。夢中にグランドで遊ぶことは,いいと思う。母親は小言をいっているが,内心は,みんなと遊ぶことを認めている感じだ。仮に,発表会で仮にドジッテもそれも勉強と思う。日が暮れても,思い切り戸外で遊び廻って欲しい。戸外で遊ぶことは,いずれしなくなる。幼い日の思い出を沢山,沢山もってもらいたい。
2006.03.17
コメント(0)
今週の日曜日は,ポンタのピアノの発表会だ。くるみ割り人形の序曲を連打するそうだ。ポンタの朝練は朝6時30分からだ。母親に起こされて,毎日毎日継続した。ピアノの前で寝ているときもあった。母親から,ピアノ止めていいよと言われたが,やめるとは決して言わない。親馬鹿だが,よく継続した。継続は力という感じた。がんばれポンタ
2006.03.16
コメント(0)
大人の社会では年間3万人の人が自死しているという。地方の一都市相当分の人たちが毎年世を去っている。どうしてこんなにと思うと想像に難くない。競争が厳しくなればなる程,こんな状況を生んでいる気がする。社会全体が「うつ病」になっているのではないか。うつ病の治療に,芸術療法がある,音楽とか絵を描いたする。また,太陽がさんさんとふりそそぐ部屋でボケーとする療法もある。逆にいうならば,日々芸術に親しみ,太陽のもとでボケーとする人は,うつ病に強い人間になっているかも知れない。ところで,私は,子どもに掛けるお金の優先順位の第一は例えば音楽などの習い事であると勝手に思っている。時々,子どもたちに習い事などをさせずに小さい時から塾に通わせるべきではなかったか,考えることがある。でも,こんな時代だからこそ,習い事をさせるべきではないか思うこともある。児童心理の本なんか読んでいると子ども社会にも「うつ病」が増えているという。それもわかる気がする。まだ物心のつかない子どもにとってとにかく勉強,あえていうならばテストの結果だけこだわる人生は面白くないと思う。子どもたちが,野球をやったり,かくれんぼ,など,おおぜいで遊ぶことはもう昔の遺跡になったのか。あー面白くない,子どもにかわいそうな時代だ。堂々巡りだが,だから次善の策として子どもに習い事が必要と思ってしまう。
2006.03.15
コメント(0)
妻から,小五の子の勉強ぶりが,ずさんだから,叱ってくれと言われる。そんなとき,新聞で中国の上海で自殺した子がいることを話した。親の言うことをまじめに聴いて,まじめに勉強をして,何かの理由で自殺されるより,チンタラでもやっている小5の子のことを認めてやった貰いたいと答えた。妻さらには,多くの大人が子どもに勉強をさせるのは,いい学校入らせ,いい生活をさせたいからであると思う。親の立場として理解できないわけはない。しかし,極端に言えば,金を目指した勉強は,実利的だが,ロマンがない。勉強をするのは,「賢い人間になって,賢い人生を送るためだ。賢い人間になることこそが,人生の本当の目的だ。だからこそ,勉強をすることは自分のためになるんだ。」(毎中新聞,3月10日考える時間)ところで,食事のとき,子どもから,小さいときどんな仕事に就きたいか,質問されることがある。多少恥ずかしいが,子どもにために堂々と答えている。国連事務総長だった,と。国連事務総長になって,世界を平和にしたいと思っていた,と気恥ずかしいが答えている。明日に生きる子どもたちが,親に言われて勉強するような,小さな人間になって欲しくない。仮に泣きながら勉強したら,勉強に悪いトラウマが生じる。自分の意志で勉強して,何か発見したら,勉強するいわば成功体験を得るのである。いずれにしても,自分の意志で明日に生きるために勉強して欲しいと思っている。親から優れた遺伝子を貰ったわけでもない,ポンタ。ガンバレたった一度の人生だ。
2006.03.12
コメント(2)
子どもが通う小学校に103(とうさん)の会がある。昨夜,近所の公民館にお父さん方が集まって103(とうさん)の会の2006年度事業計画を検討した。1 校長及び教頭とお父さんとの語る会2 星空映画会3 親子サッカー・ソフト並びに昼食カレー作り4 他のイベント5 安全通学路の点検2002年に誕生して,はや4年目の活動だ。こうした親父の会が普及することを願って散会した。私がこうした会の設立を願ったのは,子どもに大人の背中を見せる意義があると思ったからである。だれでもわが子の幸せを願う。しかしわが子だけは,幸せを実現できない。なお,お酒好きなお父さんは,会の後,さらに親睦を深めている。
2006.03.11
コメント(0)
イラクに派遣されて帰国した自衛隊員の三名が自殺していたという。遠くは,ベトナム戦争,近くでは湾岸戦争で戦場から帰った,アメリカの元兵士の自殺とか,こころの傷の問題が社会問題になっている。テレビゲームではない。生きるか死ぬかの死と隣合わせの日常生活を送って来れば,健全な精神がおかしくなるのは,想像に難くない。戦争を企画し,命令するものは,テレビゲームのように空調の効いた部屋で指示を出し,兵士は灼熱の砂漠,ジャングルの中で,政府が敵にすることにした相手と死の恐怖と一緒に戦うのである。ところで,受験熱の加熱の中国の上海で受験生が三名自殺したという記事もあった。自衛隊でイラクに派遣されている人々のこころの健康が気になると同時に,同じく中学受験でこころの傷ついた少年がいないか気になる。われわれの時代にも少年の自殺があった。われわれの時代よりもさらに優しくない現代,リストカットが話題になるように,多感な少年に現代は過超な負担を与えている気がする。
2006.03.11
コメント(3)
夕食のとき,徴兵制の話をした。昼間,あるお母さんから,若者はたるんでいるから,徴兵制で鍛えた方がよいと言われたと話した。長男に聴いた。「戦争の放棄,戦力の不所持だから,徴兵はダメ」長女に聴いた。「今の若い人は,そんなの無理」そして,家族に昼間のお母さんに次のように言ったと話した。「あなたの子どもが戦争で死んでもいいですか。」すると母親は「戦争なんか起こらないでしょう。」私は「軍隊で死ぬ人がいますよ。韓国では徴兵制があり,訓練で死ぬ人,堪えられず自殺するひとがいる。」こんな会話をしたと話した。妻は「論外」と言った。いずれしても母親は,有名な与謝野晶子の「君死にたもうなかれ」に代表されるように本能的に反戦,少なくとも非戦であると思っていたところ,こんな話を聞いて,愕然とした。現代の母親と子どもとの状況が,気安く徴兵を人間を鍛える訓練と短絡的に考えてしまうのだろうか。軍隊は,人の殺し方を学ぶところである。わが子どもには,そんな技術を学んで欲しくない。
2006.03.09
コメント(0)
仕事を終えて深夜帰宅するとき,子どもたちの部屋の前をそっと通り過ぎる。たぶん幸せそうな寝顔だろうなあと思ってとおり過ぎる。私には,こんな夜の静寂がいつも愛おしく思う。子どもたちは,どんな夢を見ているのだろうか。明日も元気に過ごして欲しいと願いながら,寝酒を飲む。ところで,逆境に生きる人から,「しあわせとはなんですか。」と真剣に問われることがある。そんなとき,日々辛くても,家族と盆と正月に贅沢できることがしあわせではないかと答えている。
2006.03.06
コメント(4)
昨日の日経新聞(夕刊)「おじさんは怒っているぞ」では,若者の中にやることもやらずに「自分探し」「自分らしい仕事」といっている者がいるという。これに対し,「個性はいいが,稼がにゃ飯も食えんぞ」とか「自分を見つける前に仕事を探すべき」とか『あなたらしさは』自分ではなく他人が決めるもの」とか「汗を描いてみないと何も見えんぞ」私と意見を同じくするのは,次の「妥協をしているっていわれてるかもしれんが,自分を探すヒマなっかないんだよ。働いて生活していれば」である。父親も母親も,家族のために自分探しを棚上げしている。みんな家族,特にわが子の幸せを願っているからだ。簡単に子どもに自分探しに理解を持つことは,結局子どもを不幸にすかも知れない。この点だけは譲歩せず,厳しく「自分らしさ」よりも「自分の力で生きる糧を得ること」「家族のことを考えて生きること」が優先することを理解させなければならないと思う。親のやさしさ,間違った愛情が子どもを不幸にしてはならない。
2006.03.05
コメント(3)
昨日の朝日新聞に韓国で8歳か9歳の少年が大学に入学したとの記事があった。大学では,この子に少数の教授が英才教育をする。これから大学の近所で母親と一緒に暮らし,また近所の小学校にも週何回が通うそうだ。こうした記事は何十年かに一度位ある。そのとき,こうような対処は子どもにとって健全化という視点で疑問をもつ。そうした超飛び級の子のその後を聞かない。小学生でも英検の2級の合格はできるだろう。また微分積分の勉強も可能であり,数学の大学入試レベルの学力くらいなら可能と思う。しかし,仮に学力が大学入学のレベルだとして,この子を大学に入学させるのは,大人の好奇心だけだ。この子の健全な育成を真摯に考えたら,大学生にさせるのは,問題がある。なぜ問題か。小学生の大学入学よりも,この子の幸せを考える必要がある。体と精神が小学生である。ある科目だけが大学生だ。また,なぜ,母親と二人だけで暮らすのだ。父親はいないのか。他の兄弟はいないのか。よく天才の夭折とういことをきく。この子のこれからの均衡がとれる成長が心配だ。親馬鹿な話だか,幸い我が家の子は,このような学力がないので,(もしくは早期学習をさせていないので)心配はない。だだ,姉,弟に習わせているバイオリンで姉が小さいとき,素質がある気配があり,妻は,長女にもっと時間をかけたい,そのために長男のバイオリンの練習について手を抜きたという話をしてきた。そのとき,「仮に長女にもっともっとバイオリンの練習をさせれば,さらに能力が付くかも知れない。しかし,弟も我が家の子である。家族の一員である。仮に弟のために姉の素質が開花しなかったとしても,我が家で生まれた以上納得してもらう以外はない。」と答えた。弟は,姉たどった途をとぼとぼと自分の意志で付いて行っている。2週後ビアノの発表会だ。
2006.03.03
コメント(0)
明日は雛祭りだ。自宅が狭くなり,雛人形を飾る場所がなくなりました。夕食のとき,長女に「雛祭りは,女の子の幸せを願うものだ。」といったら,「その考えは,おとう(私のこと)だけだ。」というので,母親も同じだといい,親王と内親王だけでも飾ろうということになった。妻と長女は,先程,仕事場の押入の人形を自宅に運んで行った。明日の雛祭り,夕食に間に合うように帰るつもりだ。
2006.03.02
コメント(2)
都会の日々痛々しい現代の子どもの生活を見ていると笠木透の子どもを慈しむ歌は自然と涙がこぼれる。「君が明日に生きる子どもなら」は,稲を誕生から穂りそして種の循環とこの国に種を蒔きなさい,君の心種を蒔きなさいと歌っている。子どもが田植えをしている,稲刈りをしている風景を見たいなあ。「あなたが夜明けをつげる子どもたち」は生命が一番偉大であり,素足で大地を駆け抜ける子どもを歌う。子どもたちにたとえ悲しい今日があっても生きるって素晴らしい,明日があるかぎりと歌う。素足で運動場を走ったら気持ちがいいだろうなあ。大地を転がり,体じゅうに土をつけて,遊んだら,楽しいだろうなあ。「わが大地のうた」は日本四季の風景と各地の風景を歌っている。この国の歴史を知ってはいない,この国の未来を知ってはいない,けれども私はここに生まれた,けれども私はここに育ったと歌う。日本賛歌の歌である。だが,家庭から家族間の談笑が少なくなった気がする。父親の帰宅が遅く,まず父親抜きの夕食。そして,子どものの塾のためにそれぞれ別々の夕食。いわゆる孤食。寒々とした状況だ。そんなことを思いながら,笠木透の歌を聞いている。
2006.03.01
コメント(4)
全23件 (23件中 1-23件目)
1