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ほん太の学級通信に先日の授業参観の子どもたちの感想が記載されてきた。ぽん太のそれは次のように書いてあった。「親がいたので発言しようと,なんとかがんばった。」ところで,以前,離婚事件の相談をうけたことがあった。奥さんが3人の子どもをつれて家を出ていったケースてある。いろいろな要因のひとつに父親は,授業参観にも運動会にも仕事があるといって一切来たことがないと言われたことを時々思い出す。父親はそれ ほど授業参観も,運動会も父親自身の意義も考えていないと思われる。しかし,上記のとおりに,それぞれの子どもにとって,価値の序列として父親は自分たちを,後の方だ思ってしまっていた可能性はある。そして,父親の必要性を感じなくなり,母親と一緒に家を出てしまったのだろう。ほん太の感想を読んだとき当日は,徹夜気味で体力は今ひとつだが,母親も体調を壊しており,無理して行ったことは良かったと思った。そういえば,私の場合,授業参観に誰も来なかった。来ている人をうらやましいと思ったものだ。親が子どもを愛していることは間違いのないことだろう。子どもには形が必要だろう。大変激務の父親がもし授業参観日に来たら子どもは,口に出さないとしても大変うれしい筈だ。子どもは家族,父親にも愛されているという確信をもってさらに大きく成長することができると思う。これまでのほん太の授業参観では,手をあげることもなく,おとなしく授業を受ける態度であった。今回は,少し難しい質問に手を挙げ,答えていた。びっくりした。ほん太は上記のとおり,私の存在を認め,発言する機会をみつけようとしていたようだ。この日は,夕食時に家族のみなにほん太が質問に手を挙げ答えたよ。といったところ,ほん太は,表情は変えないがうれしいまなざしであった。親馬鹿だがひとつ,ひとつ少しずつ成長してくれればうれしい。明後日は,103すなわち父さんの会と校長,教頭との懇談会そして忘年会だ。
2006.11.30
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今夜は,ほん太とバイオリンのコンサートに行ってきた。本来,家族4人でいくところ,あん子は期末テストなので,ほん太と行ったわけだ。ほん太が5年の夏まで教わっていた先生のコンサートだ。音楽は詳しくないがハイドン,シューベルト,シューマンの曲の演奏会でだった。ほん太は最後まであきずに聴いていた。先生にほん太の名前で花束を用意した。隣で聴いているほん太を時々みながらどんな想いで聴いているのか,思いめぐらした。バイオリンは嫌だといってやめたが,満足して聴いている。プログラムの解説を真剣に呼んでいる。帰宅したのが10時過ぎた。ところで,今は,ほん太は,パイオンを止めてピアノに専念しているが,つい先日,やっとトルコ行進曲が合格したといっていた。今度はイタリア協奏曲といっている。明後日は,持久走大会だ。明日また朝5時において6時から友達と最後の練習をするといっている。親から言われず,自らすることは生き生きとしている。
2006.11.29
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この冬休みに海外旅行を家族に提案した。行き先は,パリもしくはリタリアこれに対し,妻は,ウイーン,ザウスブルクほん太は,ローマとロンドンあん子は,自宅がいい。しかし期末試験があるのでみんな決めていいという。私は,パリの町の美しさを子どもたちに見せたいと思っている。特に建築家になりたいと一時はいっていたぽん太には,パリの都市計画の素晴らしさを見せたい。しかし,妻は行ったこともあり,賛成しない。 妻はモーツアルト生誕250周年だからと自己の主張を曲げない。・・・・・・ 妻と協議し第2次案ウイーンとパリ・・・・・・ しかし,2か国ではせわしい第3次案ウイーンとザウスブルク結局,妻の案になった。そして,ガイドブックを検討した。寒さが気になる。冬のオーストリアは北海道並の寒さと予想される。子どもたちの健康が心配になった。そんなことからと,気持ちが自然に萎えてきた。旅行は勢いのような気がする。もし,私の提案に直ちに賛成してくれたら,既に申込みも終了しているはずであろう。妻にも言い分があるが,幻の海外旅行計画の感である。沢山のパンフレットガイドブック夢の中で簡易な旅行をさせて貰った。例年の温泉とスキーが妥当と思うようになりつつある。ほん太が尋ねる。「どうしてなかなか決まらないの。」「船頭が多いから船が漕げないのだ。」と答えた。
2006.11.28
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土曜日泊まりこんできた。韓国の弁護士の一行との公式行事の後の慰労会に温泉に行ってきたのである。韓国の弁護士はみんな英語ができる。堪能だ。常々どうして英語ができるのか,疑問に思ってきた。今回通訳を介して,ようやくその疑問が解けた。適正試験に英語があるのである。トッフル等の国際認定試験の点数が合格基準に超えないといけないのである。ところで,期末試験の勉強をしているあん子の英語を先日みてやった。文法の知識が欠落している。こんな欠落でこれまでよくやってこれたと驚く。私のころの教科書はきちんと文法に則して記述されていたと思う。(教科書のせいのような気がするが)私が英語の教師なら,最低英語の5文型を正確に教えたいところだが,教科書にはそのような記述はない。あん子には,5文型など,はじめて聞くことだ。あん子にいった。「英語は100点取れる。教科書を丸暗記できれば,」言っている本人である私は丸暗記せず言っているのである。また,来年韓国の弁護士と会うことになる。通訳は一人しかいないので,公式行事の後の談話は弾まない。そこで,韓国語を覚えるより,英語の勉強をすることにした。手始めにあん子の教科書を暗記してみよう。(教科書を借りるために宣言することになり,実際やれるか,不安てあるが)隗より始めてみよう。おや馬鹿だが,まあ,あん子にも刺激になれば,よいと思う。
2006.11.26
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ぽん太は,午前中2キロのロートレースに出場した。小学1年生から,3年生までは親子での出場。4年,5年そして6年と出場した。最近は,図書館でマラソンの本を借りてきて勉強していた。約30人中15位だった。10位までは表彰だった。野球クラブの子どもサッカークラブの子ども運動クラブの子どもそんな運動能力に優れた子どもの中で毎回,参加することは良いことだ。 午後は,友達を誘って,温水プールに行った。
2006.11.23
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ほん太は5時過ぎに起きて,ほんの少しヒアノの練習をして,6時に待ち合わせして友達とロードレースの練習した。そっと練習風景をのぞいてみた。5~6人の子どもたち,みんなでチンタラやっている。みんなでチンタラ楽しいだろうなあ。また,明日も起きるそうだ。ほん太が夕食前にピアノの練習をしていた。 ほん太は,担任から「もののけ姫」のピアノ曲の楽譜を貰ってきたそうだ。先生から言われたので、それなりに練習をしていた。習い事をつづけたおかげて,先生から声を掛けられた。 ほん太の習い事は,いいかげんだが,それでも毎日やっている。ところで,ほん太が進む予定の中学では水泳部がない。ほん太は,作りたいといっている。「水泳部に入りたい人を見つけてきなさい。校長先生に一緒にお手紙を書きお願いしなさい。お父さんはその文を見てやる。」中学自由選択制で水泳部のある隣の学校に行くのではなく,予定している今の学校でクラブの作る努力をするのはいいことだ。 人生は与えられた環境の中で,生きるしかない。自分の人生が不本意なのを環境のせいにしても始まらない。ほん太はどこまで本気かわからないが,その気があるなら応援してやりたい。
2006.11.21
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あん子は,来週期末があり,時間がないはずだが,生徒会の主催で擁護施設の人たちを学校に招待し,その交流に出かけた。ほん太は,東京国際女子マラソンに影響されて,雨の中,ロードレースの練習をした。金曜日にはじめてやったらしいが,友達と明日の朝練習をするそうだ。朝5時に起きて,ピアノをやり,朝6時にロードレース予定地に集合し,練習をするそうだ。本番は23日の勤労感謝の日である。私はどっさり図書館で本を借りてきた。その中で「文部省が英語を壊す」という題の本があった。文法重視の英語から,口語英語に変え,しかも小学校に英語の授業を世紀の授業としてやることは,さらに英語力をだめにするという本だ。説得力のある本だ。あん子の英語の教科書を見ると,会話重視になっている。昔は,会話重視の英語に幾分賛成していたが,今は文法,読解重視の以前の方がいいと思う。会話はできないが,今でも英字新聞の簡単な文は読むことができる。会話ができたとしても,ずーっと使う機会がない。使う機会がない会話の力を身につけても,非効率である。ところで,あん子の英語の点数が落ちたので,助言した。「英語は100点とれる。方法は,簡単,教科書を丸暗記することだ。」と我が身を省みずいった。あん子の発音は,ひどい。矯正してやりたいが,私もだめだ。発音の重要性を自覚していない。あん子は,ヒアリングは,できるといっている。基礎英語を聞いているといっている。親がそれほど英語ができないのに過大な要求かも知れないね。
2006.11.19
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少年が,死んでいくのは,悲しい。丁度,長女の合唱コンクールの自由曲が「ソルジャー」とかいう曲だった。戦争で死んでいく若者母親との対話の曲だ。その時代では,若者に逃げ道のない死を現代は,若者に同様に逃げ道がないのだろうか。この世に未練は愛する人への悲しみはそして希望は夢は悲しいことだ。・・・加害者の問題もある。しかしながら,被害者を支える家族,友人,教師そして希望,夢が欲しい。みんな,みんな疲れているような気がする。ところで,教育は,「ゆとり教育」をやめる。こんなとき「フィンランドの競争をやめたら学力世界1」の本を思い出した。
2006.11.14
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わが市も中学自由選択制が来年から導入される。ほん太と妻と,隣の中学校を見学してきた。その中学校は,今年の4月に新校舎が完成し,設備は素晴らしい。当初は,ほん太は,新築の隣の中学に行きたいと行っていたが,最近は友達の関係から,予定されている中学でいいといっている。自由選択制の流れが,この市にも及んだのだ。訪れた中学の教頭は,学校を子ども連れで見学したのは,我が家だけといっていた。学校に行くのは,生徒であるのに,生徒より親が見学して決めてしまうのかなあ。子どもには主体性がないね。我が家の母親は,隣の中学が気に入っている。ほん太は,予定の中学でいいといっている。私はどちらでもいい。気になるのは,生徒数てある。900人で,ほん太が予定する中学の約2倍である。一学年9クラスになるそうだ。自由選択制の問題以前に都心では越境通学が日常的という。・・・・・・明日は,ぽん太の学校は代休だ。夏の水泳大会に出場した友達からデズニーランドを誘われた。ぽん太は,いろいろ考えたようだ。結局,ピアノがあるから,といって断ったそうだ。もう一年間もトルコ行進曲をやっている。なかなか合格しない。今度こそ合格したいからと断ったようだ。母親から,ビアノは辞めろと言われているが,ほん太なりに真剣な気持ちはあるようだ。
2006.11.12
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今日は,ほん太の授業参観日だった。妻が体調をこわしたこともあり,私が行ってきた。算数と理科の授業を見てきた。算数の授業で,いつも消極気味なほん太であるが,今回手を挙げて答えることができた。たしか昨年のほん太の5年の算数の授業参観は,少数の割り算だった。ほん太は,位取りを間違えていた。隣の女の子は,正解を手で押さえて,ほん太に見えないようにしていた。カンニングをする必要はないが,試験でもないのに,・・・・帰宅後,自宅で,ぽん太にこの点を指摘した。「人徳がないね。答えを見えないようにされて」「えー,そうだったの。」これからしばらく,ほん太に少数の割算をさせた。理科の時間は,専科の先生の授業だ。地層の勉強だ。先日,ハイキングて地層の現物を見たばかりなのに見たことがないと答えている。土曜日の授業参観は,本来父親の参観を考えているはずだ。でも6年ほん太の父親は,いなかった。私は,いろいろ授業参観で学ぶことがあった。子どもの思考の速度である。仮に,教育学を受けていない私が,今日の45分の授業はするならば,5分で終わってしまう。大人の理解度で話すからだろう。子どもの目線を再確認した。授業はなんとゆったり,砂漠をラクダで歩くようなものだ。しかし,ながら子どもには,これが必要な速度であろう。
2006.11.11
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あん子のクラスは学年合唱コンクールで優勝し,今度は市の大会に出場する。事情により不登校の子も合唱コンクールに見学にきていたそうだ。そして,みんなの合唱コンクール感想文にその子が来てくれたから優勝できたとか,その子が黒板に「○組み最高」と書いてくれた文字を各人の感想文に転記され,クラス通信に載っていた。担任の各生徒へのねぎらいの言葉もあり感動的なクラス通信だ。これまでの頻繁に発行されるクラス便りを見ているとこの担任は24時間生徒のことを思っている先生と思う。今日あん子にいった。「あん子の担任は,日本で一番すばらい先生かも知れないね。」「いや,素晴らしい先生はもっといいると思うよ。」「それなら,学校で一番すばらい先生だね。」「それはいえるね。」「来年も,担任になって貰えるといいね。もし,体育の○○先生だと悲劇だね。」 「そうだね。○○先生は,意見を押しつけるからね。」「○○先生になったら,転校するかね。」「あはは。」私は,この素晴らしい担任の存在をもっともっと知って欲しい気がする。仕事はどういことか,まして人間を相手にし,そして明日に生きる子どもたちをわが子以上に育むこころをもって仕事をすること。 担任は,教師が天職なのだろう。なかなかまねはできない。教師としての義務というより,教師業を楽しんでいるような気がする。 私もこの先生に負けないように仕事に精進したい。そうだ,私もこの仕事を楽しむ気持ちでやろう。
2006.11.10
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私は,学習塾には行ったことがないが,そろばんの塾に行ったことがある。我が家の子に行かせたいと思っているが,近所にもなく,また行かせている親も周りにいない。電卓が普及したため,そろばんが歴史の遺物になってしまったのであろうか。それでもときどき,子ども新聞にそろばん大会の記事がある。ところで私も小さいこと,二桁くらいの暗算くらいはできた。インターネットで少し離れたところそろばん塾があった。ほん太に,少しそろばんを習ったらどうか,といったがいやだという。電卓時代,そろばんは遠くなりつつある。仮に遠くなりつつあっても日本が誇る文化であると思う。文化の伝承もあるのでなんとか、少なくともほん太に習わせたいが・・・
2006.11.08
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あん子が中間テストの結果を妻に報告した。今度学年の1番は,私もよく知っている子だ。あん子の小学1年生からの同級生だ。私は,当時からカメ君と呼んでいた。朝の体育館の集会では,厭きてゴロゴロして,先生に抱っこされていた。持久走では,かなりの完全なドベでも堂々と完走していた。でも,みんなに愛されていた。中学では野球部に入っているそうだ。どうして運動能力のないカメ君が野球部か,と思っていた。そんな個性的な子が,本人の努力と包容力のある先生の下でついに学年1番か。夕食のとき,よくやったなあと感想をのべた。あん子は,今回の中間は体調が悪いことが原因といって本人には不本気だそうだが・・・私は,それが実力であると思っている。独学で勉強をやっているので,やっているつもりになっているのだろう。少し,英語を見てやった。全く英語の文型を無視して作文をしていた。授業で教わっていると思うが・・・英語には文型があることを教えた。はじめて日本語との相違を知ったようだ。(最後まで授業ではやっていないといっているが・・) 数学も2次方程式の応用でつまずいていた。簡単な助言でクリアできる問題だった。このように独学の弊害があると思うが,あん子は,塾には行かないという。私も塾には行かなかった。しかし,当時はNHKラジオに中学生の勉強室という番組があった。私はこれを毎日まじめに30分聞いた。こんな番組は今はない。
2006.11.06
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共生,ともに生きる。ある建築家,都市計画家が寸分前に言っていた。当時,建築家は,奥行きの深いものと思っていた。そして,今日,至るところで共生ということが言われている。良く考えて見れば,共生とは難しいことではない。共生の原点は,家族である。ところで,コーチィングという本を読んでいたら,あるアメフトのコーチは,入部の半分はやめていいとか,また,ソフトボールのコーチは体罰を加えるとか,言っていた。ドライな考え方だ。私は反対だ。何れにしても家族の場合は,このようなコーティングができるわけがない。丸ごと受け入れ,共に生きるのが家族であろう。つまり,上記のコーチの指導は,自分(コーチ)のための自分のチ-ムが勝つための指導だ。家族の場合は,未成熟な子のための指導だ。コーチのためではない。子に生きるち力を与える指導だ。指導者の感情に任せて,体罰をすることなど,論外である。休日,ドライブに行く。遊園地に行く。これもひとつの共生だ。それよりも,チンタラ野山を歩くことは共生の思想にぴったりだ。時間もなく,体力のない私達にはシンドイことだが・・・・野道の雑草の花を見たり, 1時間に1本の電車を待ち,宿屋から駅まで歩き,木々のもとで昼食をとり,華やかなものではない。しかし,気分はエベレスト登山のごとくあるいは、奥の細道のごとくみんなで力を出し切って,自然を共有して歩く。これは現代では贅沢なことかも知れない。こんなことを考えた休日だった。妻はまだ足がパンパンに張って痛いと言っている。
2006.11.06
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秩父の細道は、ミニ修験道であった。秩父の山々は、それぞれ信仰の対象である。簡単な3時間のコースを選んだのだが、小さい山でも難儀だった。最初は、妻と子供たちは、元気欲、合唱なんかやっていたが、山登りになると段々こどもたちは、遅くなる。息もたどたどしくなっていると、反対方向から年配の婦人の集団が降りてくる。なんとたくましいことだ。妻は一人で先に行ってしまたので、わたしがこどもたちと上る。多少まだ元気のあるあん子だが「もう、ハイキングなんか行かない。」と言ってついてくる。途中ぽん太はへばって、おしりを着いて休憩したり。こんな低地のミニ登山でも難儀だ。やっと登った山の頂にお社とか、途中の山腹に仏像とか、があった。人間の煩悩、苦しみ、悲しみそんなものを険しい登山を通じて修行したのだろう。子供にとってこのハイキング(ミニ登山)は生まれて初めての困難でだったようだ。それでも成し遂げた満足感は伝わってくる。「なぜ、お父さんは元気なの?」「2時間もすれば、終わると思えば、耐えられる。」学校でせいぜい20分ぐらいしか、全力を出したことがないという子供たちには、文字通り「難行」だたろう。それでも体の五感に体験したことは、言葉で言い尽くせないものと思う。それぞれ文字通り全身の汗を温泉で流した。
2006.11.05
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今日は,秩父にハイキングと温泉だ。この連休は紅葉の見頃だろう。老若男女大勢の人が散策しているだろう。そういえば,学校の徒歩の遠足を聞かない。私達の小学校の遠足は,徒歩でとぼとぼ農家の柿の木とか,見ながら,みんなでいっしょに,歩きながら自然に歌を歌って歩いたものだ。途中,担任とたわいもないことを語り,一汗かいて,お弁当を食べたり,午後はへとへとになりながら帰宅した思い出がある。今から思えば,単なる遠足だが,毎年安全に企画・実行されてきたことに感謝したい。 そんな遠い思い出は懐かしい。仕事が忙しく, 昨日,急いでガイドブックと25000分の1の地図を買ってきた。 特別,どこに行くか決めていない。家族の中で私が一番体力がないだろう。そこで難易度が最も少ないコースを選択する予定だ。ハイキンクの後は,温泉だ。昨晩の会話「ほん太は,小学生だから,子ども料金だった。みんなと料理が違うかも知れない。お子様ランチかハンバーグかも知れないね。」「えー」とほん太は冗談を本気にしていた。秩父には音楽寺があるそうだ。行ってみたい。ほん太に,このことをいったら,「えー」と乗り気のない返事した。
2006.11.03
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あん子の学校の学内合唱コンクールが市民会館であった。出場予定時間にホールに飛び込んで,間に合った。あん子は伴奏者の一人だった。私は直ぐに帰った。後で教えてもらったが,学年対抗で,あん子のクラスは優勝したそうだ。担任の先生は,子どもたちの演奏をビデオで撮っているとき感動して涙との手の震えでうまくビデオが撮れなかったといっていた。優勝して,担任は大喜びだったそうだ。あれぼどまで,生徒思いの先生に報いるのは,優勝しかないと思っていた。良く先生はクラスをまとめ,音楽の好きなことも達が協力して合唱の練習を行った成果だ。ところで,昨日はほん太の担任が私の仕事場に突然お出でになり,先日のほん太の友達のメガネ損傷事件の挨拶と先生が趣味で作られているアートフラワー等を持参して見えた。先生の話では,校長が「いまどき,父兄はうるさくいう人がいる。○○(私のこと)さんのように理解してもらってよかった。」といって見えたそうだ。私もこの機会に日毎,担任の子どもに対する熱のこもったお仕事ぶりのお礼をほん太のみならず他の父兄の気持ちとして伝えた。そして,「ほん太の師である先生に対し,どんなことがあっても迷惑をおかけすることはできません。」と当方の弁償は当然である旨,のべた。私は,お世話になっている先生には,学期の途中にはお礼をしない。先生も困ると思う。あん子とほん太の先生には学年終了後,先生が負担に思われない範囲で気持ちを伝えたいと思っている。
2006.11.01
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